「ユニラン、『めざめるパワー』!!」
「オタマロさん、『バブルこうせん』!」
サイコとトウヤが放った攻撃が命中すると、コートの男を飲み込もうとしていた穴は大きく広がり禍々しく渦を描き始める。
帽子が吹き飛ばされそうになり、ベルが頭を押さえる。
ズルズル引きずられながら床の上で踏ん張っているオタマロさんに、トウヤは視線を向ける。
何かを察されたことに気付いた。
「ちょっと待って」と言う間も無くオタマロさんは息を吸い込むと、上下の階まで響きそうな声でその技を放つ。

『まろろろろろろろろろろ!!』

「きゃあ!?」
「ちょっと、なにやってんのよ!
 ノーマルタイプの『さわぐ』がゴーストに効くわけないでしょ!」
「ごめん、ごめん、ごめん! オタマロさん、ストップ!!」
悲鳴を上げるサイコにキンキン声で謝りながら、トウヤはオタマロさんに指示を出す。
「まろ?」とオタマロさんが頭に疑問符を浮かべると、響き渡っていた音が止んだ。
吹き飛ばされそうになったオタマロさんを、ベルのチャオブーが抱え込む。
一向に引っ張り出せない男にチッと舌打ちすると、サイコは片手を離しホルダーからモンスターボールを引きちぎった。
「リグレー! シンボラー!
 『サイケこうせん』!!」
飛び出した2匹のポケモンが穴の奥へと向かって虹色の光線を発射する。
一瞬引き返す力が弱くなり、トウヤは尻餅を突いた。
殺気を感じトウヤがモンスターボールを投げると、イワパレスが『むしのていこう』を使い相手の放った黒い球を受け止める。

穴の奥から現れたポケモンは、ヒトモシにどことなく似ていた。
サイコは奥歯を噛み締めると、ふわふわと浮かぶ黒いポケモンを睨み付ける。
「ランプラー……あんたが親玉ね?」
黒い街灯のようなポケモンはカタカタと音を鳴らすと体に灯った青白い炎をサイコに向けて飛ばした。
ユニランが間に入り、サイコの代わりに青い炎を受け止める。
蒸発する緑色の液体の間から、サイコはランプラーを睨みつけた。
倒れている男から彼女の両手が離れる。
トウヤが顔を真っ赤にして踏ん張っている横で、サイコはふわふわと浮いている3匹のポケモンたちに向かって声を張り上げた。
「シンボラー、『エアスラッシュ』!!
 ユニラン! リグレー! 『めざめるパワー』!!」
溜め込んで一斉に放たれたエネルギーがランプラーの前で爆発する。
ランプラーは見えない。 白煙に眉を潜めるサイコの横を、黒い何かが通り抜けた。
ギャッと悲鳴があがり、べちゃりと音を立ててユニランが床の上へと落ちていく。
「……『たたりめ』!? ユニラン!!」
振り返ったサイコの耳元で黒いエネルギーが爆発する。
一瞬の出来事だった。 一瞬で、サイコのポケモンたちは3匹とも戦闘不能まで追い込まれていた。
呆然と立ち尽くすサイコをトウヤは横目で見る。
出来ることなら参戦したい。 だが、大人って重い。 一瞬でも気を抜いたら手を離してしまいそうだ。
必死に奥歯を噛み締める口の端から、血が一筋流れ落ちる。


「ど、どうしよう……フィレくん……!」
自分よりも小さなポケモンに抱きつきながら、ベルはオロオロと視線をさ迷わせる。
トウヤは気絶した男の人にかかりきりだし、サイコのポケモンも全員ランプラーにやられてしまっている。
ベルが恐る恐る図鑑を開いたとき、トウヤの膝が折れた。
オタマロさんを抱えたままチャオブーが飛び出していく。
すぐさま男の人とトウヤが霊道に引きずりこまれることはなくなったが、チャオブーの力をもってしても男の人を穴から引きずり出すのは難しそうだ。
冷えた手をこすりながらベルはふるえた。
目の前で頑張っているトウヤとチャオブーにかける言葉すら見つけることが出来ない。
「どうしよう……どうしよう……!」

「落ち着けよ、ベル。」
肩に手を置かれ、ベルの瞳が見開いた。
「答えはいつだって、そのちっちゃい手の中にあるんだぜ?」
ベルの目の前で、小さなゾロアがイシシッと笑い声をあげる。
細い指がまっすぐに突き出された……ような気がした。
振り返っても薄暗い墓場が広がっているだけだ。 それでもベルは、立ち上がるとバッグの中からモンスターボールを引っ張り出した。



ボールからポケモンを呼び出すと、ベルは真っ白な手をランプラーへと向けて突き出す。
「ソバカ、『かみくだく』攻撃!!」
バウッと鋭い鳴き声をあげると、ハーデリアは足元のゾロアを追い越し、トウヤたちに襲い掛かるランプラーへと飛び掛かった。
黒いエネルギーが口元に集中し、ガラス状になったランプラーの中心部を噛み砕く。
キィン……と高い音をあげるとランプラーは黒いエネルギーの塊をハーデリアへと向かって発射する。
だが、放たれたエネルギーはハーデリアの身体を通過して地面を打った。
ユニランを抱えたサイコがハッとした表情でベルのバトルを見守る。
「いいわよ、ベル! ノーマルタイプのハーデリアなら、ゴーストタイプの技は効かないもの!!」
「が、がんばっちゃうよ、ソバカ!!」
ベルが体の前で拳を握ると、ハーデリアは体中の毛を逆立て相手を威嚇した。
『ふるいたてる』という技だ。 うなりをあげるハーデリアにランプラーは青い炎を燃え上がらせると、小さな炎を無数に発射する。
「『おにび』よ、やけどに気をつけて!!」
「ふ、ふええ!?」
サイコの忠告も空しく、炎はハーデリアへと命中しヨロイでもあるはずの黒い毛をチリチリと燃やす。
思わぬ反撃にベルがオロオロと空中に手をさ迷わせると、肩に小さくて重いものがのしかかった。

「行くぞォ、ベルッ!!」
「あ、う、うん!!」
トウヤの体勢が崩れる。 ベルは人差し指を真っ直ぐランプラーの方に向けると、バッグのヒモを強く握って声を張り上げた。
「『かみくだく』!!」
黒い毛を燃やしながらハーデリアが走る。
一瞬ひるんだランプラーの腕に噛み付くと、ランプラーは攻撃を嫌がってくるくると回転した。
振り払われ、荒い息を吐くハーデリアをモンスターボールへと戻すとベルは次なるモンスターボールを投げる。
「メニティ!!」
ピンク色のポケモンは床から浮かび上がると「むぅん」と柔らかい鳴き声をあげた。
サイコの目が見開かれる。 エスパータイプのムンナでは、先ほどのユニランたちの二の舞だ。
サイコが声を上げる間もなく、ランプラーは『シャドーボール』を発射した。
だが、ベルがバッグのヒモを握り締めると、黒いエネルギーはムンナの直前で爆発する。
「ベルッ!?」
煙が晴れると、ムンナの周りに薄桃色のエネルギーが集まって光りだした。
役目を終えた『カシブのみ』がパラパラと崩れ落ちて床の上へと落ちる。
おなかに力を入れると、ベルはムンナに目を向け、大きな声で技の名前を叫んだ。
「メニティ、『さいみんじゅつ』!!」
甲高い声が鳴ると、ムンナは大きく息を吸い込んで相手へと技をかける。
カシャン、と音を立て、ランプラーが床の上へと転がる。
ベルは若草色のバッグの中からモンスターボールを引っ張り出すと、大きく腕を振ってランプラーへと投げつけた。
「いっけえーっ!!」
赤と白のモンスターボールが命中すると、ランプラーは小さなボールの中に吸い込まれる。
1回、2回とボールが揺れ、完全に動きが停止するとベルは腰が抜けたのか、その場に座り込んだ。
トウヤが床の上に倒れこむ。 しばらくの間は、子供たちの荒い息遣いだけが響いていた。



「……大人って重い。」
ゆっくりと体を回転させながら、トウヤは低めの声を吐き出した。
図鑑の説明の通り、ずいぶんとHPを吸い取られてしまった。 クラクラする頭を押さえながら立ち上がると、トウヤはイワパレスをボールへと戻しベルへと視線を向ける。
バッグの中から『げんきのかけら』を取り出すと、ベルの前に置いて熱っぽい息を吐く。
「ベル、ボクの薬分けとくから、サイコちゃんと、このおじさんのこと頼むよ。
 もう終わってるかもしれないけど……ボクは上の階に行ってくる。」
「うん……」
けだるい顔をして階段へと向かうトウヤの後ろを、ゾロアがチョコチョコと走りながらついていった。
あとは最上階を残すのみだから、1人で行っても問題はないはずだ。
なのに、嫌な予感が拭えない。 げんきのかけらを片手に、ベルは眉を潜めた。





「こ、こらぁ! 大人しくしなさーい!!
 あんた酷いケガなのよ、そんなに動き回ったら死んじゃうわよ!!」
よろよろと足元をふらつかせながらうなりを上げるゾロアに、フウロは悲鳴にも近い声をあげていた。
野生のポケモンは自分が危険な状態であるほど、必死になって抵抗してくるものだ。 それはフウロも知っていたが、まさか自分のポケモンを2匹も戦闘不能に追い込むほど強いとは思っていなかった。
何とかして手当てしようと、フウロはじりじりと距離を詰める。
鋭くあげられた鳴き声に1歩下がると、背中に誰かがぶつかって、フウロはバランスを崩しひざを突いた。
顔を上げるとまだ子供とも思える少年が、遠い目をしてゾロアを見つめている。
その足元にいるもう1匹のゾロアに、ケガをしたゾロアは同様した。
少年はモンスターボールからポケモンを呼び出すと、軽く背中を叩いて吐息とともに指示を出す。
「シキジカ、『アロマセラピー』。」
きょん、と鳴き声をあげるとシキジカは尻尾をパタパタと振り、若草にも似た穏やかな香りを風に乗せて広げていく。
ゾロアはひくりと鼻を動かすと、足元から床の上に崩れ落ちた。
息も辛そうなゾロアにフウロは駆け寄り、ポケモンセンターから持ってきた救護キットで手当てする。
巻かれた包帯の上ににじむ血を見つめると、トウヤはため息をついた。
背中に人の気配がする。 振り返ると、いつ追いついたのかトウコが難しい顔をして、倒れたゾロアのことを見つめていた。

トウコは傷ついたゾロアの毛並みに触れると、軽く鼻孔を膨らませてから立ち上がった。
長くて柔らかいポニーテールがふわりと揺れる。
しばらく無言のままゾロアを見つめると、トウコは勿忘草色をした瞳をトウヤへと向けた。
「……トウヤ。 このゾロア、傷が治るまで保護しとけ。」
「え……」
どういうことかと聞き返そうとするトウヤをよそに、トウコは自分のゾロアと視線を合わせると、うなずきあって階段を駆け下りる。
階下からゾロアの吠える声が聞こえてきた。
ビリビリと肌に伝わる振動に両腕を肩へと回すと、トウヤは自分のひざ元のゾロアに手を伸ばし、そっと抱え上げた。


耳のそばで渦を巻く風も収まると、トウヤとゾロアのやりとりを不思議そうな顔をしてみていたフウロは「うふふ」と笑い、腰の後ろで手を組んだ。
「確か……アララギ博士のお弟子さんよね?
 来てくれたんだ、ありがとう! その子はもう大丈夫だよ、すっごくよく効く『げんきのかたまり』を使ったからね!」
声をかけられると、トウヤは照れたように笑って視線を足元へと向けた。
フウロは空を見上げる。 朝から続いていた雨は止み、雲の隙間から晴れ間が見え始めていた。
タワーオブヘブンの屋上に祭られた大きな鐘を見上げると、フウロはトウヤに視線を向け、大きな瞳を1回瞬いた。
「そうだ! せっかく来たんだし、あの鐘を鳴らしたらどう?
 タワーオブヘブンの鐘はポケモンの魂を鎮めるの。 しかも、鳴らす人の心根が音色に反映される……」
ヒトモシたちの顔が脳裏に浮かび、トウヤはゾロアに視線を向けた。
疲れ切ったのか、ゾロアはトウヤの腕の中でぐっすりと眠っている。
戸惑った顔をしていると、フウロはトウヤに視線を向け、腰の後ろで手を組んだまま、小さく声をあげてはにかんだ。
「遠慮することないのよ。 大丈夫、それだけぐっすり眠っちゃったらポケモンだって起きないわ。」
「あ、えっと……はい。」
視線を細かく動かしながら、トウヤは自分の背ほどもある大きな鐘へと顔を向けた。
うっすらと濡れた鐘は、雲間からの光を浴びてキラキラと輝いている。
小さな好奇心を持って、トウヤは巨大な鐘からぶら下がった紐をそっと引いた。
それほど力も入れていなかったが、思いの他大きな……そして静かな音が響き渡る。


「あ……」
「鐘の音……?」

「……トウヤ、か。」
7番道路を駆けるトウコは立ち止まると、静かにたたずむタワーオブヘブンの方へと視線を向けた。
澄み渡った音色は、雨上がりの空によく似合っている。
薄く口元で笑うと、トウコはタワーオブヘブンに背を向けた。
ゾロアがイシシッと笑い声をあげる。
高い草に覆われた草原の向こうには、銀色のフードを被った集団が見える。


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