「さぁ、今日ご紹介するのは高い! 遅い! 不味い! 三拍子そろった評判のレストラン5つ黒星!
 ご覧下さい、店の前はすごい行列です!
 それでは、先頭のこの男性の方にインタビューしてみましょう!」

「かれこれ1年並んでいるんですよ。
 ほら、どれだけ不味くても誰か美味しいっていうものじゃないですか。 それすらも超えた、誰もが口にする不味さというものが気になりましてね〜……」

「あ、また1人出てきました! ご覧ください、泡を噴いて倒れています!
 これが食中毒ではないんですよ、不味いだけ……ただ、不味いだけなんです!」

「あまりの不味さに、この店で食事をした人はみな気絶してしまうらしいですよ。
 いやー、楽しみですね。 どんな調理法でもおいしくなる高級食材を使ってどれだけ不味い料理が出来るのかと。」

「……ありがとうございました。 評判のレストラン5つ黒星。 今後も目が放せませんね〜」



「……トウヤ、面白いのか? それ……」
ヌードルをすすりながらテレビを見続けるトウヤに、チェレンは眉を潜めて話し掛けてきた。
「うん、結構面白い。」
テレビから視線を離さずに、トウヤは答える。
呆れた顔ををして、チェレンは自室へと戻っていった。
パタン、と扉の閉まる音が聞こえると、トウヤは視線を動かし、食道の壁際に向かって声を掛ける。
「ゾロア、そんなとこにいないでこっちでご飯食べようよ。 おなか空いちゃうよ?」
部屋の隅っこで丸まっていたゾロアは、1度だけ顔を上げるとぷいとそっぽを向いた。
小さなおなかがきゅうと音を上げる。 チラチラとゾロアの方を気にするダイケンキに目を向けると、トウヤは食べるのを中断し、ゾロアに近寄る。

「ほら、今日はベルがきのみいっぱい持ってきてくれたから、職員さんがデザート作ってくれたんだよ。
 デザートだけでもいいから食べようよ。 昨日から何も食べてないよね?」
きのみが盛り付けられた皿を目の前に置くと、ゾロアは一瞬だけ鼻と視線を動かした。
横取りしようとするズルズキンを必死でダイケンキとイワパレスが止めている。
トウヤはそちらへ目を向けると、小さく笑って立ち上がった。
「ズルズキンたちはご飯の後!
 ちゃんとみんなの分あるから、ケンカしない!」
ケッと舌打ちすると、ズルズキンはイワパレスの皿から食事を奪って食べて、ペッと吐き出した。
そりゃあ不味かろう。虫タイプのイワパレスの食事じゃ、根本的に材料が違う。
ヘコんでいるイワパレスにモモンのみをこっそり与えると、トウヤは丸まったままのゾロアに視線を向けた。
「そっかー、ゾロアは食べないのかー…
 残念だなー、すっごく美味しいきのみのケーキなのに……」
ゾロアは視線だけをトウヤの方に向ける。
「食べないなら、ボクが食べちゃおうかな?
 どう思う、ダイケンキ?」
ダイケンキはゾロアの方に視線を向けながら、グルルと鳴き声をあげた。
皿の上からなくなっているケーキを見て、トウヤはホッと息を吐く。
ダイケンキの瞳には、壁に隠れてガツガツと何かを貪り食うゾロアの姿が映っていた。
それを奪おうと目を光らせるズルズキンをたしなめると、トウヤはなにやらバタバタと近付いてきた足音に視線を向ける。



駆け込んできたハンサムは、トウヤの顔を見ると「おお」と声をあげ、がっちりと両肩を掴む。
「これは先日私が危ないところを助けてくれたトウヤ君ではないか!
 ちょうどいいところで出会った。 私は今、追われているのだ!
 すまないが、キミの顔を貸してくれないだろうか?」
「え、え?」
いいとも悪いとも言わないうちに、ハンサムはベタベタと何かを顔に塗りたくり、トウヤそっくりの顔へと変身した。
ケーキにがっついていたゾロアが驚いて、口からクラボのみを落とす。
トウヤの顔をしたハンサムは追いかけてきたらしきエプロン姿の女性たちに顔を向けると、軽く肩をすくめ、着ていたコートを脱ぎ捨てた。

「ちょっと! こっちに薄汚いコート着た中年の男が来なかった?」
「いや、知りませんね。
 外に逃げたんじゃないでしょうか?」
トウヤそっくりの声で受け答えるハンサムに、ゾロアがうなり声をあげる。
キャン!キャン!と鋭い鳴き声をあげると、ゾロアはくるりと回転し、トウヤの姿に変身する。
「まぁ!」と声をあげると、エプロン姿の女性はトウヤとハンサムを見比べ、ハンサムに眉根を寄せた顔を向けた。
「あんた……よく見たら、そのシャツについたマトマの染み……
 さては、あんたが盗み食い男だね! 正体をお見せ!」
ハンサムに張り付いたトウヤの顔がひっぺがされ、身を守るものがなくなったハンサムはエプロン姿の女性に引きずられてどこかへ消えていった。
呆然と見送ったトウヤの後ろで、ゾロアがクスクスと笑い声をあげる。
トウヤが振り返ると、ゾロアは途端に顔をしかめてトウヤの姿のまま、うなり声をあげた。
ちょいちょい、と、帽子の辺りを指差すと、トウヤは口元に笑みを浮かべてゾロアに話し掛ける。


「おっきな耳、飛び出してるよ。」
ハッとした顔をしてゾロアは自分の頭を押さえると、うなり声をあげながらくるりと回転し、もう1度トウヤに変身し直した。
今度は尻尾が飛び出している。
トウヤが指摘すると、ゾロアはトウヤを睨みながら鼻先の黒いトウヤへと変身する。
耐えきれなくなったのか、オタマロさんが「まーろまろまろ!」と甲高い笑い声をあげていた。
顔を真っ赤にするゾロアにトウヤは苦笑いすると、話に混ざりたそうな顔をしているシキジカを指してゾロアに視線を向けた。
「それじゃあ、シキジカは? 化けられる?」
期待のまなざしに牙を向け、ゾロアはくるりと回転した。
トウヤはうーんとうなり声をあげる。
目の前にいるのは確かにシキジカだ。色が黒いこと以外は。
不思議そうな顔をして覗き込むシキジカをキッと睨み付けると、ゾロアはもっさりと毛の生えたガントルに変身し、シキジカを小突き回した。
「……変身の苦手なゾロアもいるんだね。
 それじゃさ、ゾロア。 Nが迎えにくるまでイリュージョンの練習しようよ。
 それで、Nのこと驚かせちゃおう!」

ムッとした顔をすると、ゾロアは色々と飛び出しすぎなダルマッカに変身し、炎のようなものをトウヤに吐き出した。
熱気どころか、そよ風1つ吹いてこない。
涼しい顔したトウヤに「うー」とうなり声をあげると、ゾロアはダルマッカの姿のまま、尻尾を床に叩き付けた。
「ダルマッカか……、水に流されちゃうんじゃないかなぁ?
 ……ダイケンキ!」
よしきた、とばかりにダイケンキは飛び出し、アシガタナを引き出してゾロアへと向ける。
ビクリと跳ね上がると、ゾロアはくるりと回転し、綿毛のような草ポケモン、モンメンの姿に変身する。
あまりやわらかくはなさそうな綿毛を見つめると、トウヤはうーんとわざとらしく考えてイワパレスへと視線を向けた。
「草タイプかぁ、それだったら、ボクは虫タイプのイワパレスで戦おうかな?」
ずっしりと動き出したイワパレスに目を向けると、モンメンのような生き物はうなりごえをあげて再び回転する。
トウヤは「おっ」と小さく声をあげた。 少し溶けかかってはいるが、今度変身したバニプッチはおおむね正確に化けられている。
ぴょこぴょこと床の上を跳ねるバニプッチを見下ろすと、トウヤは口元を緩め、ズルズキンに視線を送る。
「ズルズキン!」
ニヤニヤと笑いながら近づいてきたズルズキンに、バニプッチは牙を向けた。
相性の上では絶対的に不利だ。 ゾロアは考えるようにすると1回転して別の姿に変わる。
トウヤの声が、「お」から「おぉ」に変わった。
今度は完璧だ。 目の前に現れたNの姿に、ズルズキンは驚いたのか、のけ反っていた。
「うまいうまい! 完璧だよ、ゾロア!」
トウヤが手を叩くと、ゾロアはちょっとひるんだような顔をしてから「フーッ!」とうなり声をあげる。
Nの姿のまま警戒するその姿がおかしくて、トウヤは思わず噴き出した。
すると、目の前のNはあからさまに不機嫌な顔を見せ、トウヤのそばにいたシキジカの姿に変わる。
今度も、毛並みの色まで完璧なシキジカだ。
カツカツとヒヅメを鳴らすゾロアに拍手すると、トウヤは自分のポケモンたちに目を向けた。



「……グルブ、エアスラッシュ!」
即席の的が真っ二つに割れると、チェレンはふぅと息を吐いてハトーボーに目を向けた。
ヤグルマの森で捕まえたマメパトも、今では進化してすっかり頼れる相棒だ。
クルル、と割れた柵の上で鳴き声をあげるハトーボーに視線を向けると、チェレンはポケモン図鑑を閉じ、口元に薄い笑みを浮かべる。
「……いいね、命中率も上がってきているよ。
 次のフキヨセジムは飛行タイプのジムだからね。 頼りにしているよ。」
チェレンに声をかけられるとハトーボーはグルル、と満足そうに鳴き声をあげた。
次のポケモンの調整に移ろうとチェレンがバッグの中のモンスターボールに手をかけたとき、なんだか聞き覚えのある悲鳴とともに、チェレンは真後ろから突き飛ばされた。
振り返ってメガネを直すと、トウヤの隣にトウヤがもう1人いる。

「……トウヤ、今度は何の騒ぎなんだ?」
あきれた声でチェレンが尋ねると、2人のトウヤは全く同じタイミング、動作でチェレンへと向かって話し掛ける。
「チェレン、助けてよ!
 ゾロアがボクのフリしていたずらばかりするんだ!」
「……自分のポケモンたちはどうしたんだ?」
「それが、ポケモンたちにもボクが見分けられなくなっちゃったみたいで……
 誰かに相談しようにも、こうやってボクの動きをマネするから、みんなどっちが本当のボクか見分けてくれなくて困ってるんだ。」
チェレンはため息を吐くと、豆鉄砲食らったような顔をしているハトーボーに視線を向けた。
羽音を立てて飛び上がるハトーボーに、トウヤの視線が上がる。
チェレンは、ずれかかったメガネを直すとトウヤの方を指差し、低めの声で指示を出す。
「……グルブ、左のトウヤに『でんこうせっか』。」
クルル、と小さく鳴き声をあげると、ハトーボーはぴょんと飛び上がり、驚いた顔をするトウヤに頭から突っ込んだ。
頭と頭がぶつかり、トウヤのフリをしたゾロアは小さな狐の姿に戻る。
ジタバタと暴れるゾロアを抱きかかえ、トウヤはチェレンに尊敬のまなざしを向けた。

「すごいね、チェレン。 どうやって分かったの?」
「……唇。」
「唇?」
腕をかじられながら尋ねるトウヤに眉を潜めながら、チェレンは自分の下唇に指先を向ける。
「トウコにも言われただろう。 緊張すると唇を噛むクセ。
 旅に出てからだいぶ直ってはいるようだけど、キミの唇、まだ、だいぶ荒れてるよ。」
「はー……」
感心したようにトウヤは自分の口元に手を当てた。
腕から抜け出したゾロアが、再びトウヤへと化ける。
今度は唇の荒れまで完璧だ。
困ったような顔を向けたトウヤに、チェレンは軽くメガネを押し上げた。





「……ガッサガサだな、オマエの唇。」
眠そうにあくびするゾロアの横でトウコがつぶやくと、Nは視線だけをそちらへ向けた。
返事はないが、トウコがそれを気にする様子はない。
薄目を開けてNの方を見るトウコのゾロアに視線を合わせると、Nは視線を固い扉へと向け、聞こえるか聞こえないかくらいの声を発してきた。
「生物の習性というものは生涯変わることはないんだよ、ゾロア。」
「『クセ』っつーんだよ、それは。」
退屈そうにゾロアは尻尾をシートの上へと打ちつけた。
興味深そうにNは視線をゾロアの方へと向ける。
「くーせっ! 悪癖。 オマエ、ストレスたまってんだろ。 見てりゃあ、それはわかるよ。
 オマエ、トウヤそっくりなんだよなー……ある意味わかりやすいよ。」
Nはゾロアから視線を外すと、窓の外に目を向けた。
冷暖房完備な個室の外では、ひんやりと空気が冷え始めている。
少し遠くを見るような視線で外を見つめると、Nは小さなため息交じりにトウコに答えを返した。
「……それは、ボクも知っているよ。」


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