フキヨセシティジムアドバイザー・ガイドーさんの証言:
「いやー、まさか真に受ける人がいるとは思いませんでした。
 本当は迂回路があったんですよ。 でも、せっかくこの街のジムリーダーが作ったんだから、紹介したいじゃないっすか。
 大抵のトレーナーは何か言ってくるんですよ。「無理ー」とか、「冗談だろ?」とかね。
 それを、彼は文句1つ言わずに乗り込んで……いやー、勇気あるっスね。」



「うぇやああああぁ!?」
旅に出てから、トウヤはまさか自分が空を飛ぶことになろうとは微塵も考えていなかった。
いや、ポケモンに乗って飛ぶくらいは考えたことはある。でも、まさか大砲で自分が飛ばされる日が来ようとは。
ようやく足が地に着いて一息ついたかと思ったら、トウヤは肩を叩かれて絶望的な顔をするハメになる。
聞いてない。 もう1門、大砲があるとか。
呆れ顔でトウヤを見つめるパイロットに視線を移すと、トウヤは恐る恐る尋ねてみた。
「あの……ちなみにあと何回飛べば……?」
「全部で10回だな、ここのジムは楽しいぞぉ!」
貧血を起こすトウヤを、下から見上げるゾロアが笑った。
自分と同じ顔でバカにするゾロアに腹が立たないではないが、怒っていても仕方ない。
心配そうに肩をつつくシキジカに手を添えると、トウヤはのろのろと立ち上がった。
シキジカをボールに戻し、亀のような足取りで次の大砲へと向かう。
広いジムの中に、トウヤの悲鳴が響き渡った。





「おー、飛んでる飛んでる! 景気いいねー!!」
ジムの中を縦横無尽に飛び回るトウヤを見て、フウロは満足そうにパートナーのスワンナに視線を向けた。
張り切って仕掛けを作ったというのに、1年前に女の子が使って以来、この方法で自分のところまで来てくれる挑戦者はご無沙汰だ。
金切り声とともに目の前を横切っていったトウヤを見て、フウロはさて、と足の方向を変える。
もうすぐ自分のところへ来るはずだ。 バトルフィールドの準備をしなくてはならない。

「ぎゃあああああぁ!?」
豪快な悲鳴とともに壁に激突したトウヤに、フウロはハッと目を見開いた。
ここ1年ほど使われていなかった仕掛けだ。 1門だけ設定を間違えていたのをすっかり忘れていた。
顔を押さえながらヨロヨロとやってきたトウヤに、フウロは土下座でもしそうな勢いで手を合わせる。
「ごっめーん! 大砲の調整するのすっかり忘れてた!
 ケガはない? やだ、どうしよう、鼻血出てる! お医者さん呼ばなくちゃ!!」
オロオロするフウロに、トウヤは首を横に振る。 幸い当たり所がよかったのか、歯も折れてない。
ティッシュを鼻に詰めると、トウヤはダイケンキのモンスターボールを手に取る。
右往左往していたフウロの動きが止まる。 驚いたような顔でトウヤの顔を見つめると、自分もモンスターボールを手にしたまま、小さな口でトウヤへと尋ねかけてきた。
「バトルするの……? 鼻血出てるよ?」
「だって、そのために来たから……。」
トウヤが口元の血を拭うと、フウロは2回ほど目を瞬いた。
以前、ここに来た女の子そっくりだ。 あのときも女の子は壁に激突して、鼻血を出しながらもフウロに挑みかかってきた。
フウロは軽くうつむくと、手にしたモンスターボールをフィールドへと打ちつける。
「……アナタがどんなトレーナーか、ちょっとドキドキするわね。
 アタシはフウロ、フキヨセシティジムのジムリーダー。 得意なタイプは、『ひこう』タイプ!」
「ボクはトウヤ。 カノコタウン出身のポケモントレーナーです!」
フウロの最初のポケモン、ココロモリが飛び上がる。
試合開始のブザーも待たず、2人のバトルは既に始まっていた。



「ダイケンキ!!」
「ココロモリ、『ハートスタンプ』!!」
バサリと羽音を立てると、薄い翼を持ったポケモンはハート型の鼻を待ち構えるダイケンキへと押し付けてきた。
予想外の攻撃にダイケンキの手からアシガタナが転がり落ちる。 うろたえるダイケンキを見ると、トウヤはすぐさまモンスターボールを取り出し、ダイケンキの方へと向けた。
「ココロモリ、もう1回『ハートスタンプ』!!」
「交代! ズルズキン!!」
アシガタナを拾い上げたダイケンキをモンスターボールへと戻すと、トウヤは代わりのポケモンにココロモリの攻撃を受け止めさせた。
受け止めたズルズキンの腕から黒い波動が放たれ、『ハートスタンプ』のダメージを打ち消す。
フウロの口から「やば」と小さな声が漏れた。 トウヤの手が振り上げられると、フウロは奥歯を噛んでココロモリに技の指示を出す。
「『アクロバット』!!」
「ズルズキン! 『しっぺがえし』!!」
技と技とがぶつかり合い、フィールド上に大きな音が鳴り渡る。
吹き飛ばされたズルズキンはトウヤの前に転げると、頭を振ってゆっくりと起き上がった。
ケケッという邪悪な笑いとともに、ココロモリがフウロの前に落ちる。
1発にして戦闘不能へと陥ったココロモリに引きつった笑みを浮かべると、フウロは自分のポケモンをモンスターボールへと戻した。

「強いね、キミのポケモン。 ……なんだかワクワクしてきちゃう!」
フウロが新しいポケモンを繰り出すと、トウヤは反射的にポケモン図鑑を取り出した。
真っ白な鳥ポケモンは踊るように羽ばたくと、はるか高いところへと飛び上がってズルズキンを圧倒する。
「……スワンナ!」
鳥ポケモンは大きな翼を広げると、ズルズキンへと向かって突っ込んでくる。
ズルズキンは身構えたが、ダメージはなかった。
一瞬気が緩んでガードを解きかけた瞬間、見えない攻撃がズルズキンの腹を打ち、残っていたhpの全てを奪い去る。
「ズルズキン!?」
「『エアスラッシュ』……だよ!」
右手の指をあげたまま、フウロはトウヤへと話し掛ける。
見上げると、スワンナは大きな翼を広げ、悠然と狭い室内を飛び回っていた。
トウヤは軽く唇を噛むと、倒れたズルズキンをボールへと戻して次のポケモンを繰り出す。
「シキジカ!!」
「きょんっ!」
ボールを開くと、シキジカは鳴き声をあげて元気に飛び出していった。
トウヤは指示の構えを取る。 まだシキジカのレベルは低いが、ズルズキンが倒れた今、『かたきうち』のダメージならスワンナにかなりのダメージを与えられるはずだ。
指先をスワンナに向けた瞬間、シキジカが弾かれて床に転がる。
先ほどと同じ攻撃だった。 トウヤは目を見開いて、倒れたシキジカに視線を向ける。


「……速い!?」
「トウヤくん、キミ、何度もポケモン図鑑を見てるけど、今まで『こうげき』や『ぼうぎょ』くらいしか、ちゃんと見てなかったでしょ。
 『すばやさ』だって、重要なステータスだよ。
 先手必勝……先に攻撃してひるませてしまえば、相手は何も出来ずに終わっちゃうことだってあるんだからね!」
背筋に冷たいものが走って、トウヤは口元に笑みを浮かべた。
倒れたシキジカをボールへとしまうと、使い込まれたボールを手にし、それをスワンナの真下へと向かって投げつける。
「ダイケンキ!!」
ダイケンキはアシガタナを手にすると上空から睨みつけるスワンナに流線型の身体を向ける。

フウロが視線を動かすと、スワンナは身体の向きを変え、ダイケンキに向けて大きな翼を振った。
見えない攻撃が迫ってくるのがわかる。
ダイケンキはアシガタナを構えると、カタナと身体で攻撃を受け止めた。
大きくダメージを受けてしまったが、まだ倒れてはいない。
トウヤは上空のスワンナを見上げると、うなりをあげるダイケンキに高い声で指示を出す。
「ダイケンキ、反撃するよ! 『かたきうち』!!」
低く鳴き声を上げるとダイケンキは水の力を借りて上昇し、手にしたアシガタナをスワンナへと叩きつけた。
スワンナの甲高い悲鳴が上がる。 床に叩きつけられたスワンナはすぐさま起き上がると反撃しようと大きな翼を広げる。
トウヤはスワンナに指先を向けた。 フウロが指示するのよりも早く、まだ宙に浮いたままのダイケンキに技の指示を出す。
「『アクアジェット』!!」
ダイケンキはアシガタナをしまうと、そのまま水の勢いを利用してスワンナへと突っ込んだ。
細い首を、ダイケンキの腕が強く打つ。
キィッとか細い声をあげると、スワンナは小さなボールの中へと戻っていく。
フウロは視線を強くすると、スワンナのボールを手に取った。



「ケンホロウ!!」
「イワパレス!!」
フウロのポケモンが交代されたのを見て、トウヤもポケモンを交代する。
ずっしりとしたイワパレスの背中の宿を見て、フウロの奥歯が強く噛まれた。
先手は取れない。 トウヤが相手の攻撃を待ち構えるのを見て、フウロは大きく息を吸う。
灰色の鳥はフウロの指の動きを見ると、細い翼で空気を切り裂いた。
放たれた空気の刃が、下から見上げるイワパレスの宿をわずかに切り取っていく。
「『エアスラッシュ』!!」
空気の刃がすぐそばの床を切り裂くと、跳ね上がった床の破片を避けるようにイワパレスはハサミを交差させた。
一瞬出来たスキを狙い、フウロは再び大きく息を吸い込む。

「『エアスラッシュ』ッ!!」
もう1度放たれた『エアスラッシュ』に、イワパレスの宿の形が崩れていく。
フウロの顔が緩んだ。 恐らくあと1発。 あと1発攻撃を与えれば、イワパレスは倒れる。
「行くわよ、ケンホロウ!
 最後のポケモンだけど……絶対あきらめないから!!」
レベルの高いポケモンを繰り出す最中に、1匹だけレベルの低いシキジカが混じっていた。
恐らくトウヤも後がないはずだ。 そう思い、帽子に手を当てるトウヤに視線を向けた瞬間、フウロは戦慄した。
自分がそうであるように、トウヤも勝負を諦めていない。
いや、それどころか、フウロの目に映るそれは、紛れもなく勝利を確信したトレーナーのそれだ。
フウロが3発目の『エアスラッシュ』の指示を出す前、トウヤはイワパレスに視線を向けた。
ポケモンも、彼が何を指示するか分かっているようだった。
大きなハサミを床の上へと突き立てると、イワパレスは全身に力を込め、トレーナーの指示とともにその技を発動させる。

「『からをやぶる』!!」
トウヤの指示とともに、イワパレスは壊れかけた自分の宿を脱ぎ捨てた。
崩れた岩が、ガラガラと音を立てて床の上へと散らばっていく。
その形をケンホロウが目にしたとき、既に勝負はついていた。
続けざまに放たれた『いわなだれ』は、フウロが叫ぶよりも早くケンホロウの胴体へと命中する。
パラパラと落ちてくる小さな砂に目を向けながら、フウロは少しだけ肩を落としてため息をついた。
「あぁ……負けちゃった。」
砂利に埋まりかけたケンホロウをモンスターボールへと戻すと、フウロは胸元から手のひらに収まるほど小さなバッジを取り外し、少し強く握り締める。





「ありがとうね。」
「え?」
宿がなくなり、落ち着きなくカサカサと動き回るイワパレスに目を向けていたトウヤは、その声で振り向いた。
「アナタと戦えてアタシ強くなれたから……ありがとうね。」
少し照れたように笑うフウロに、トウヤは何も言えず立ちすくんだ。
落ち着きなく視線を迷わせるトウヤを見ると、フウロはクスクスと笑い、小さなバッジをトウヤの手に握らせる。
「うふふ、アナタってすごいポケモントレーナーなのね!
 ひさしぶりに本気でポケモン勝負出来て、アタシもポケモンもしあわせ。
 こんなに熱いバトルが出来たの、いつ以来かしら…… ……そうだ、ちょうど1年前だわ!」
心当たりのあるキーワードに、トウヤの目が見開く。
「あ、あの! もしかしてそのトレーナーってボクと同じくらいの背丈の女の子で、ピンク色のキャップ被ってませんでしたか!?」
「あら、知ってるの?」
「姉なんです!」

慌てたような様子に気付くこともなく、フウロは目をぱちくりと瞬かせると、口元に薄い笑みを浮かべた。
「そーなんだ! あの人の弟さん!
 お姉さんすっごく強かったよ、アタシ、何もすることなく負けちゃったもの!
 弟さんにまでこんなに強くなって……きっと2人はライバルね! お姉さん、お元気? もうチャンピオンロードくらいまで行ったのかしら?」
こちらから質問するつもりが逆に矢継ぎ早に質問されてしまい、トウヤは完全に固まった。
宿をなくして落ち着きなく歩き回っているイワパレスを抱えると、トウヤは唇を噛んで目の前で喋り続けるジムリーダーに視線を向けた。
どうも、確かにトウコとは戦ったようなのだが、こちらの欲しい情報は持っていなさそうだ。
適当に切り上げて帰ろうとトウヤが顔をあげたとき、「あっ」とフウロは声をあげてトウヤの帽子に指先を向けた。
「そういえば、あのときのお姉さん……なんか、妙に急いでる感じだったわ。
 何度もセッカシティへの道を聞いてきて……何か知ってる?」
トウヤは小さく首を横に振った。 あの、わが道を行くトウコが急いでどこかに行くというのは、あまり考えられないことだ。
「不思議だったのよね。 すっごく慌ててる様子なのに、「そんなに急ぐなら飛行機で運ぼうか?」って言っても断られちゃって……
 トウヤさん、ホドモエのバッジを持ってるのなら、次はセッカシティに行くんでしょう? 何か分かったら教えてね。」



それから少しだけ話し込んでから、トウヤはフキヨセジムを後にした。
1歩外に出ると、雨足の強まってきた空に、トウヤは小さく声をあげる。
朝出たときは霧雨だったのに、今ではすっかり土砂降りだ。 ぽかんと口を開けたまま、ついてきたゾロアに目を向けると、トウヤは苦笑気味にゾロアへと話しかけた。
「これじゃ、ポケモンセンターに着くまでに濡れちゃうね。」
ちょっとだけつまらなそうな顔をすると、ゾロアは土砂降りの雨の中にトウヤを突き飛ばした。
足がつんのめってこけて、トウヤは泥だらけになる。
文句の1つも言ってやろうとトウヤがゾロアに口を開きかけたとき、先も見えないほどの雨の中、幽霊のようにたたずむ人影を見つけ、トウヤの茶色い瞳がわずかに揺れた。

「N……!」
土砂降りの雨の中、傘もささずじっとたたずんでいたNに、トウヤは駆け寄った。
ゾロアの鳴き声がすると、Nは顔を上げ、自分のゾロアに……そして、トウヤの方に暗い瞳を向ける。
色々と言いたいことはあったが上手く言葉にならず、トウヤは自分の唇を噛む。
帽子のツバから滴が1つ流れ落ちると、Nは傷だらけの唇で、トウヤへと向かって話しかけた。


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