吐息で白く曇ったメガネをチェレンは少し押し上げた。
トウヤもあはは、と、気のない空笑いをする。
気まずいことこの上ない。 確かに同じ方向に歩いてはいたが、まさか30分と経たず追いついてしまうとは。
イシシッと意地悪な笑い声をあげるゾロアに潜めた眉を向けると、トウヤはその向こうで面倒くさそうにしているヤーコンに視線を向けた。
「まさか、ネジ山を視察していてお前たちに出会うとはな。」
「そうですね。」
チェレンが答えると、ヤーコンはズボンのポケットをボリボリとかく。
トウヤの持ったポケモン図鑑、それにチェレンのモンスターボールに目を向けると、「フン!」とつまらなそうに鼻を鳴らしてヤーコンはポケットに手を突っ込んだ。
「ちっとは……たくましくなったみたいだな。」
「……そうですか。」
興味なさそうに声を返したチェレンの言葉に、ヤーコンも興味を示さなかった。
太い眉をピクピクと動かすと、ヤーコンは2人に視線を向け、トウヤが跳ね上がるほど大きな咳払いを1つ吐く。

「ところで、おまえたち……最近プラズマ団をみたか?
 あれからジムリーダーたちで集まって話し合ったが、まるで地に潜っているのか、あいつらのアジトがわからなくてな。
 コチラとしても、でかたを待つしかないのだ。」
トウヤはトウコに視線を送ったが、首を振って返された。
答えられない2人と1匹を見ると、ヤーコンは「フン!」と強く息を吐いて帽子を被り直す。
「……まあ、おまえたちには関係のない話だな。
 子供はポケモンと楽しく旅をしておればいいんだ。」
チェレンが少しムッとしたのがトウヤには分かった。
全く気付いてない様子のヤーコンに苦笑いのようなものを向けながらトウヤは重くなってきたバッグを抱え直す。
「え、えーと、ヤーコンさんはこのネジ山よく来るんですか?」
「フン、よく来るもなにも、ここはオレ様の山だからな! 隅から隅まで知ってるぞ!
 ネジ山はいいぞ! 
 とくにワシのお気に入りはこの通路をぬけたときの……フムウ……言葉よりも実際にみればわかるか。
 じゃあな ヒヨッコども! よければワシの山でトレーナー修行でもしていけ!」
それこそ山の隅々まで響くのではないかという大きな笑い声をあげて、ヤーコンはトウヤたちの前から去っていく。
その背中が見えなくなると、チェレンは大きく息を吐いて肩を落とす。
「また、なにかメンドーなことを押しつけられるかと思わず身構えたよ。
 トウヤ、じゃ、僕は先に行くから。」


再びチェレンと別れたトウヤは少し考えるようにすると、後ろのトウコに視線を向けた。
「いや、「どうしよう」じゃなくて……自分で考えろよ。
 旅してんのはオマエだろ?」
「え、えーと、じゃあトウコちゃん、さっきヤーコンさんが言ってた場所が気になるんだけど……」
「オーケーオーケー、んじゃ、いっちょ行ってみっか!」
二つ返事で了承すると、トウコは細い足で駆け出し、トウヤを先導した。
迷いのない足取りに、トウヤはやはり彼女はここに来たのだろうと推測する。
野生のポケモンたちをからかいながら曲がりくねった洞窟の道を走り回ると、トウコは洞窟の先に見える白い光の中へと飛び出した。
「うわぁ……!」
「すっげ! すっげー!」

洞窟を抜けると、そこは白銀の世界で、トウヤとトウコは眩しさで目を細めながらも好奇心に勝てず走り出す。
そっと手のひらですくい上げると、バニプッチのクリームのように真っ白な雪は、手の上でほろほろと溶けていく。
「雪だ雪だ! すっげー!」
高い鳴き声をあげるゾロアを引き連れ、トウコは雪原の中央へと駆け出すと、模様もない真っ白なキャンパスに飛び込んだ。
雪の上に残った身体の形は1つだけだ。
起き上がってから、少しつまらなそうな顔をすると、トウコはトウヤのところへと駆け戻り、トウヤを雪の真ん中に放り投げた。
「ひどいよ、トウコちゃん……」
雪まみれで起き上がったトウヤの顔に、追い討ちとばかりに雪がぶつけられる。
攻撃元を辿ると、ゾロアが意地悪な顔をしてイシシッと笑い声をあげていた。
普段温厚なトウヤもさすがに腹が立ってきた。
ホルダーからボールを引っ張ると、ゾロアの方向に向かって力一杯投げ付ける。

「ダイケンキ!!」
ボールから飛び出したダイケンキはアシガタナを取り出すと、スコップの要領で雪をかき出しゾロアへと投げ付ける。
雪に埋まったゾロアは炎を吐いて脱出すると、巨大な扇風機に化けてトウヤたちに向けて雪嵐を巻き起こす。
「やったなー!」
「なにをー!」
吹雪から逃れるためにイワパレスを呼び出し、投げられる雪玉を壊そうとズルズキンを呼び出し、こちらの攻撃から身軽に逃げ回るゾロアを足止めしようとシキジカを呼び出し、なんだか分からないうちにオタマロさんも飛び出し。
トウヤたちが始めた雪遊びはいつの間にか、大乱闘へと変わっていた。
オタマロさんは凍っているし、ダイケンキはアシガタナについた雪が取れずに四苦八苦している。
ズルズキンがイワパレスを蹴りつけているのを見つけたトウヤは止めさせようと慌てて駆け寄った。
近付いてきたトウヤを見つけると、ズルズキンは「ケッ」と舌打ちする。
叱る暇もなく、トウヤは大慌てでイワパレスをボールに戻した。
イワパレスがいなくなった後には、ぽっかりと雪に四角い穴が空いている。

思わず「うわぁ」と声があがる。
この雪原で遊ぶにはイワパレスは重量オーバーだったようだ。
「あ、あっぶな……もうちょっとでイワパレス窒息させるとこだった……
 ありがとう、ズルズキン。」
声をかけると、ズルズキンは再び舌打ちする。
そこだけくり抜いたかのような四角い穴の底には、小さな穴が空いていた。
恐らくそこにイワパレスの本体がいたのだろう。
ため息を吐きながらトウヤが穴を見つめていると、四角い穴の底の小さな穴から、氷色をした小さなクマがひょっこりと顔を覗かせる。
小さなクマはクシュン、とくしゃみすると、鼻水をすすりながらトウヤのことを見上げてきた。


「ポケモン……?」
「お、クマシュンだ!」
はしゃぐトウコを背中に、トウヤは青色をしたクマにポケモン図鑑を向ける。
物珍しそうに図鑑へと近付いてくるクマシュンに手を向けると、体から放たれる冷気でチリチリと指先が痛む。
「騒いでたのがうるさかったのかな?」
「一緒に遊びたいんじゃね?
 ホレホレ、トウヤお兄さんがおやつくれるってさー。」
「ちょっと、勝手なこと……!」
トウヤは言い返しかけたが、全く無反応なクマシュンを見ると口をつぐんでため息を吐いた。

「クマシュン。」
トウヤが呼び掛けると、クマシュンは鼻をすすりながらトウヤの方に顔を向ける。
呼んでみたはいいがエサをやるわけにもいかず、どうしようか悩んでいると、トウヤの頭の上を飛び越えてやってきた雪玉がクマシュンの鼻先に当たった。
驚いたのか雪の中へと潜って逃げていくクマシュンを見つめていると、トウヤの後ろからケケッという邪悪な笑い声が聞こえてくる。
「……ズルズキンの仕業か。」
呆れ半分でトウヤがズルズキンの方に顔を向けようとしたとき、少し興奮した様子でトウコがトウヤの後ろ頭をはたいてきた。
「痛いよ、トウコちゃん……」
「トウヤ、あれ!」
トウコが指差した先に目を向けると、クマシュンが潜っていった穴の先に、うっすらと青白く光る洞窟が見える。
よく見ようと目を凝らしてみれば、中ではチラチラとなにかが動いている様子が見える。
「さっきのクマシュン、あそこから来たのかな?」
「行ってみよーぜ!
 なんか珍しいポケモンいるかも!」
弾んだ声でトウコが号令をかけると、トウヤはうなずいてダイケンキを呼び寄せた。
『あなをほる』を使って雪を掘り進む。
白い大地の中には、大人でも入れるのではないかというほど大きな洞窟が眠っていた。
歓声をあげるとトウコは転がるほどの勢いでゾロアと一緒に飛び込んで行く。
気楽なものだ。 トウヤは一息つくダイケンキの頭をなでながら小さく息を吐く。
寒さにふるえながらも尻尾をパタパタ振るシキジカを連れて、トウヤは雪の坂道を駆け降りる。


指先から凍り付きそうな冷え込みに、トウヤは自分の肩を抱き締める。
どこかからか差し込んだ光が反射して、洞窟の中はキラキラと光っていた。
口から漏れる白い息に時折視界を遮られながらトウヤはトウコを探す。
かすかな爪音を頼りに洞窟を奥へと進んで行くと、角を曲がったところで先程のクマシュンに遭遇した。
「あ、ここ、キミたちの住みかなんだね。」
トウヤが話し掛けると、クマシュンは垂れた鼻水をズッとすすった。
奥からクマシュンとは違う、大きくて白いクマが現れる。 ポケモン図鑑を向けると、ツンベアーという名前が表示された。
寝ぼけているのか少しぼーっとした様子のツンベアーに手を振ると、トウヤは奥から聞こえてきたトウコの呼び声に耳を傾ける。

「おーい、おーい、トウヤーッ!」
「なにー、トウコちゃん?」
声を頼りにトウヤが洞窟の奥へと進むと、後ろを追いかけてきていたシキジカがクシュン、とくしゃみした。
慌ててボールに戻そうとするが、シキジカはそれを首を振って断る。
そうこうしているうちに、待ち切れなくなったのかトウコの方からこちらへとやってきた。
キャンキャンと鳴き叫ぶゾロアを足元に、興奮した赤い頬を輝かせてトウヤへと駆け寄ってくる。
「すっげーんだよ、トウヤ! 見ねーと絶対損するぞ!」
訳もわからないまま、トウヤはトウコに洞窟の奥へと連れていかれる。
凍り付いた足元に、シキジカが滑ってトウヤの背中にぶつかった。
足を止めたトウヤはトウコが見つけたものを見上げて白い息を吐く。
どのくらい長いことここに眠っていたのか、どこまでも透明な、繊細な光を放つ大きな氷が、洞窟の奥、ぽっかりと開けた場所に鎮座していた。
「すご……」
「な? すっげーだろ!
 きっと古代の宝だぜ、世紀の大発見だ!」
弾んだ声をあげるトウコの隣で、トウヤは二の腕をさする。
いよいよ寒くなってきた。吐いた息は氷の粒となって、トウヤの鼻先へとまとわりついてくる。


「すごいね。 こんなに大きくて透明な氷、どうやって出来たんだろう?」
「案外、クマシュンの鼻水だったりしてな。」
「まさかぁ……」
苦笑しながらトウヤが振り向いたとき、シキジカが耳をパタリと動かして飛び上がった。
それまでシキジカがいた足元が凍りつく。
驚いてトウヤが振り返ると、薄暗い洞窟の奥から、白い霧を纏った大きな雪の結晶のようなポケモンが姿を現した。
「フリージオだ!!」
トウコがポケモンの名前を叫ぶ。
シキジカは氷の上に立つとフラフラしながら鳴き声をあげた。
体中をピリピリさせる冷気が、服についたわずかな汗さえも凍りつかせていく。
「やる気だな、面白れー!! トウヤ!!」
「えぇ!? ボクが戦うの!?」
ガタガタとふるえながらもシキジカはふわふわと浮かんでいるフリージオを睨みつけた。
トウヤは仕方なくバッグからポケモン図鑑を取り出す。
なんだかよくわからないが、やるしかない、らしい。


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