「うー、寒い寒い。 さすがにこの時期は冷え込むなぁ……」
ネジ山のドクター、ヒロカズは二の腕をさすりながら用意したストーブのあるテントまで小走りで向かっていた。
夏も冬も、ここネジ山を巡回し、怪我をしたポケモンやトレーナーがいないかどうかを調べるのが彼の仕事だが、今のところ真っ先に風邪をひいて倒れてしまいそうなのは自分だ。
天気予報も上回る予想外の冷え込みに上着を持ってこなかったことを後悔しつつ、ヒロカズはひとつ、小さなくしゃみをした。
「まずいな……」
このままでは本格的に医者の不養生だ。
早く上着を取ってこようと体を山のほうへ向けたとき、ヒロカズは雪の間からはみ出した不自然に茶色い布の切れ端のようなものを見つけた。
まさか、雪崩でも起こったのだろうか。 ヒロカズの背筋に冷たいものが走る。
慌てて掘り起こそうとしたとき、ボロ布が埋まった雪山がもぞもぞと動き、降ったばかりの雪を払い落とした。
ドクターのヒロカズは腰を抜かす。
「失敬、ミスター! この辺りにプラズマ団という組織がいるという話を聞いたのだが、あなたはご存知ですか?」
「い、いえ……知らないです……」
ボロ布のようなコートを纏った男、ハンサム。 この男、雪に埋まっていたはずなのにピンシャンしている。
上着を取りに行く途中だったことも忘れ、ヒロカズは雪の上に腰を落としたまま固まっていた。
「フム……この山でプラズマ団が珍しい石を探しているという情報があって来たのだが、どこを探しても見つからないな。
 もはやここにはいないのかもしれん、他を当たるとするか。 では、失礼!」
ハンサムはひとしきり考えるようにすると、雪まみれのコートを翻し、洞窟の方へと去っていく。
後に残されたヒロカズがふと見ると、真っ白な雪の上に、黄色い縦線が引かれていた。




フリージオはピキピキとガラスのような音を立てると、シキジカへと向かって『れいとうビーム』を発射した。
カツカツとひづめを鳴らすと、シキジカは透明な氷の塊の裏側へと逃げ込む。
凍りつきそうなほど冷えた氷だったが、今はフリージオの攻撃を防ぐ盾として役に立ってくれた。
トウヤはハァッと白い息を吐き出すと、氷の裏側でオロオロしているシキジカに視線を向ける。
「シキジカ、『エナジーボール』!!」
冷たい空気を吸い込むとシキジカは緑色に光る球体をフリージオに向かって発射する。
フリージオは大きな顔からカチカチと音を鳴らすと、打ち出された『エナジーボール』を凍らせ、砕いて、食べてしまった。
これにはトウヤもシキジカも驚く。 むしろそんなのアリなのか。

「なにやってんだよ、トウヤ! 『こおり』タイプ相手なら『かくとう』技だろ!?」
「無茶言わないでよ! あの冷気じゃ、攻撃が届く前にシキジカが凍るって!」
言い合いするトウヤとトウコを見てフリージオはケタケタと豪快に笑い声をあげた。
冬毛に生え変わったとはいえ、元々冷気に弱い草タイプ。 シキジカはバトルの前からふるえている。
やる気を出している分、交代も考えていないが、あまり無茶はさせられない。
ポケモン図鑑とフリージオを見比べる。
ふわふわと浮いている雪の結晶に目を向けると、トウヤは冷たい空気を吸い込み、あまり動かない指先をぎゅっと握り締めた。
「シキジカ、走って! スピードでかく乱するんだ!」
きょん、と鳴き声をあげるとシキジカは細い足に力を込めて凍った地面を蹴りつけた。
小さな身体が跳ね上がり、放たれた『れいとうビーム』が地面に氷の塊を残す。
高い音を立てて着地すると、シキジカは氷を蹴ってフリージオの真下を通り抜けた。
転げるように身を翻すシキジカに、フリージオの体が回転する。
シキジカが飛び上がると、フリージオはそれを追いかけるように『れいとうビーム』を発射した。
洞窟の天井にオーロラ型のつららが出来る。
間一髪かわして凍った床の上に着地すると、シキジカは巨大な氷の裏側へとその身を隠す。
「いいよ、シキジカ!」
トウヤが指の向きを変えるとシキジカは氷の周りを時計回りに走り出した。
肌を切り裂くような冷気を感じる。
トウヤが目を向けると、冷気をため込んだフリージオが、シキジカに向かって大きな口を開けていた。

「飛べっ!」
トウヤの合図とともに小さなひづめが氷を打ち、シキジカの身体が宙に浮く。
フリージオのれいとうビームは巨大な氷の足元を撃った。
「あっ」と小さくトウコが声をあげた。 このままだと、天井からぶらさがった氷にぶつかる。
しかし、トウヤとシキジカは冷静だった。 口元をゆるめるとトウヤは天井の氷を指差し、空中のシキジカに高い声を響かせる。
「シキジカ、『とびげり』!!」
シキジカは身をひねると、細い足を使って天井からぶらさがった氷を蹴りつけた。
甲高い音とともに氷が割れ、シキジカの真下へと降り注ぐ。
シキジカは氷の行く先を睨みつけた。 足の下では、驚いたような顔をしたフリージオが、シキジカのことを見上げている。
ゴツン!、と、景気のいい音が鳴った。
あんぐりと口を開いたままのフリージオに、シキジカが破壊した氷の塊が直撃する。
フリージオは目を白黒させると、そのまま床の上に落っこちて動かなくなった。
ごろんと転がったフリージオに近づくと、トウヤとシキジカは困ったような顔をしてトウコに顔を向けた。
「いや、だから「どうしよう」じゃなくってさ……」





チェレンはネジ山の出口に差し掛かったところで、口をつぐんだまま、相手方のことをじっと睨み付けた。
思いも寄らぬ相手だったのか、目の前のプラズマ団たちは戸惑った顔をしながら手にしたモンスターボールをフラフラとさまよわせている。
「……洞窟の入り口で広がって歩かれると、通行の邪魔なんだけど。」
小さくつぶやいた程度だったが、チェレンの声は洞窟の中によく響いた。
カチンときたのか、目の前のプラズマ団は手にしたモンスターボールを固い地面に打ち付ける。
「う、うるせーな、クソガキ!
 我らプラズマ団はこのネジ山でこき使われている可哀想なポケモンをカイホウして……」
「ゲーチスさまの命で特別な石を探しに来たんだろ。」
「そ、そうだった……」
まるで漫才のような掛け合いをする2人に、チェレンはあきれたようなため息を吐く。
「本当にメンドーな連中だな。
 悪いけど、キミたちをこの先に行かせるわけにはいかないよ。」
チェレンはチラリと後ろを振り返った。
ネジ山の中央には、まだトウヤたちがいるはずだ。
彼らと鉢合わせさせるわけにはいかない。
チェレンがモンスターボールを開くと、しなやかに身体をくねらせたレパルダスがにゃおん、と可愛らしく鳴き声をあげる。



数分もせず、フリージオはムクリと起き上がった。
「あ、大丈夫?」
寒さで歯をカチカチいわせながら尋ねるトウヤを見ると、フリージオはキョロキョロと辺りを見渡した。
ふわりと浮き上がるフリージオに、トウヤの視線が上がる。
何か言おうとトウヤが口から白い息を吐き出したとき、フリージオは突然、耳をふさぎたくなるほどの大声でバカ笑いをし始めた。
「ワーハッハッハッハッハッ!」
そのまま飛び去っていったフリージオに、トウヤもトウコもシキジカも、開いた口がふさがらなかった。
「……なんだったんだろう、あれ?」
「さーなぁ……? 前に会ったときからあんな感じだったし……」
「え?」
「ん?」
「……「前に会った」?」
トウヤが聞き返すと、トウコは気が付いたように「あ」と声をあげた。
何かを考えるように少しうつむき、唇をとんがらせながら、うん、と1度うなずく。

「会ったな。 んで、バトルして……そんで、さっきみたいに飛んでったんだ。
 このままじゃ見失うと思って慌てて追いかけて……」
「見失うって、何を?」
聞き返したトウヤに、トウコは視線を上げる。
「忘れた。 でも、確かこっちの方に逃げてったはずだぜ。」
そう言ってトウコはフリージオが飛び去ったのとは逆の方向に歩き出した。
見失わないように、慌ててトウヤも彼女を追いかける。
早足で進むトウコの背中を小走りで追いかけると、不意に彼女が振り返り、天井の方を睨み付けた。
ほんの少し遅れ、洞窟の入り口の方から大きな音が聞こえてくる。




「コートカ、『ねこだまし』!」
甘い声で鳴くと、レパルダスは両の前足を相手へと突き出し、バチン!と弾けるような音とともに相手へと叩き付けた。
技を出されたメグロコはひるんで数歩後ろへ下がり、長い尻尾を縮こませる。
「切り裂け、レパルダス!」
指示が出ると、レパルダスは鋭く研がれた爪を1度舐めてから、メグロコへと飛び掛かった。
慌てて地面の下へと逃げていくメグロコを見送ると、チェレンは甘えた声を出すレパルダスに視線を向ける。
「……本当にバトルが好きなんだね。 キミが先鋒だと頼もしいよ。」
チェレンの言葉を聞くと、レパルダスはにゃあ、と鳴き声をあげた。
プラズマ団はどこかへと逃げてしまったメグロコを探している。
「メ、メグロコ!?
 おーい、どこいったー、メグロコちゃーん!?」
呆れ顔でチェレンがため息をつくと、オロオロしていたプラズマ団がキッとチェレンのことを睨み付ける。
「……まだやる気?」
もう1人のプラズマ団は奥歯を音を鳴らすほど噛み締めると、握り締めたモンスターボールを腰に戻してチェレンを睨み付けた。
「……くっ、強いな。
 だが、その強さはおまえらトレーナーがポケモンを支配することで実現している強さだよな!?」
小さく息を吐くと、チェレンは足元にいるレパルダスに視線を向けた。
未だ戦い足りないのか、レパルダスはニヤニヤと口元を緩ませながら、カリカリと音を鳴らして地面で爪を研いでいる。
「……だから、キミたちがポケモンを自由にしたい……そう望むなら、キミたちはそうすればいい。
 だけどね、力にまかせてみんなのポケモンを奪うのは、どう考えても間違っている。
 それは強さじゃない!」

チェレンはもう1つモンスターボールを手に取った。
前と後ろから、自分たちとは違う足音が聞こえてくる。
レパルダスが気配を消す。
迫ってくる人影にチェレンが先制攻撃を仕掛けようとしたとき、甲高い少年の声が響いて、チェレンを止めた。
「チェレンッ!」
「トウヤ?」
眉を上げたチェレンの視界の端で、街の方角から走ってきた3人目がチェレンに向かってボールを放った。
解き放たれたヤブクロンが、薄暗い洞窟の中に煙幕を張り巡らせる。
「仲間よ、ここにいたか!
 例のモノがみつかったぞ、われわれも塔に向かおう!
 いいか! プラズマ団はポケモンが支配されているこの世界を変えるための力を手に入れた!」
「そうとも! 間違った世界をただすためならちからずくも当然だ!
 さて……われらの王様、Nさまのもとに集おう!!」
煙にむせるチェレンの前を、なにかが横切っていく気配を感じた。
トウヤが叫ぶ。昔、幾度となく聞いた、耳に残る懐かしいフレーズ。


「グルブ! 煙を洞窟の外へ追い出してくれ!」
チェレンがボールを放つと、飛び出したケンホロウは細い翼を大きく振り、強い風を巻き起こした。
徐々に煙が引いていく。 軽く咳き込みながらチェレンが辺りを見渡すと、プラズマ団3人の姿はもう見えなくなっていた。
よほど苦しかったのか、トウヤは地面に膝を突いてまだむせこんでいた。
近付いて背中を叩いてやると、ほんの少しだが息遣いが和らぐ。
「大丈夫か、トウヤ?」
「ト、トウコちゃんが……」
よろめきながら立ち上がったトウヤの肩をチェレンが支える。
「おっ……かけないと……」
「や……」
何か言おうとしたのを、チェレンは指先に力を込めてこらえる。
代わりにトウヤの背筋を伸ばし、顔を見ないようにして深呼吸すると、チェレンはトウヤをまっすぐに、睨むようにして見つめた。
「深追いはしない方がいい、街から遠ざかりそうなら一旦諦めてセッカシティへ向かうんだ。
 トウコなら、キミが心配しなくとも無事に戻って来られる。 そうだろう?」
「う、うん……」
うなずくトウヤの手に回復薬を握らせると、チェレンはトウヤを送り出した。
「チェレンは?」
泣きそうなトウヤの顔をメガネに映すと、チェレンは不機嫌そうなレパルダスの背中を軽く叩いた。
「僕はもう少しここにいる。 ちょっと考えたいんだ。
 大丈夫、キミに心配されなくても、自分の身くらい自分で守れるよ。」
前と後ろを見比べると、トウヤは小さくうなずいてセッカシティの方角へと走り出した。
その背中を見送ると、チェレンは少し曇ったメガネを押し上げながら、どこでもない方向にじっと目を向ける。
「僕は、強くなって何をしたいのか……?
 そもそも、僕は誰のために強くなる……?」


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