「ジムリーダー、ハチクが得意なのは『こおり』タイプ。
 こおりタイプが苦手とするのは『ほのお』『かくとう』『いわ』『はがね』ってとこかな。」
「じゃあ、ズルズキンとイワパレスを中心に作戦を組み立てて…シキジカも『とびげり』を覚えてるから、考えておこうかな。」
「けど、シキジカは「くさ」タイプだから向こうの攻撃食らったら一発だぞ?
 そこんとこ、忘れんなよ。」
「そっか。 トウコちゃんはジムリーダーと戦ったの?」

霜柱の浮いた地面に足跡をつけると、トウヤは氷の上を歩くトウコに振り返った。
「さぁ? 覚えてねーな。
 セッカのジムリーダーのことはカミツレに聞いたんだ。」
「カミツレさんが?」
「昔は俳優やってたんだってさ、ここのジムリーダー。」
そうなんだ、と小さく返事してトウヤは白く濁った氷の上へと降り立った。
セッカシティ名物の湿原と聞いて来たが、寒さで凍り付いてしまって水も草もカッチカチだ。



「すごいね、完全に凍っちゃってるね。」
沈む様子もない足元をつつきながら、トウヤは感心した声をあげる。
「冬以外の季節なら、ガマガルやらチョボマキとか、湿原のポケモンたちですっげーにぎやかなんだけどな、ここ。」
「それもカミツレさんに聞いたの?」
「いや……あれ?」
頭の上にハテナマークを出すトウコにトウヤは振り返る。
「トウコちゃんが来たときには、まだ秋だったってこと?」
トウヤが振り返ると、トウコは腕組みをして空に視線を向けていた。
「そう……なんのかな。 ぜんっぜん覚えてない。」
「だとしたら、相当急いで来たんだね。
 フウロさんのところにトウコが来たのって、ボクが挑戦したちょうど1年前って言ってたよ。」
トウヤが言うと、トウコは考え込むようにうーんと腕を組んでうつむいた。
ゾロアはしきりに東の方角を気にしている。
そちらに何かあるのかとトウヤが足を向けかけたとき、うつむいていたトウコの顔が上がり、細い眉がつり上がった。


「危ないッ!」
声を上げる間も無く、トウヤは飛び掛かってきたゾロアに突き飛ばされ、氷の上を滑り転げる。
それまでトウヤがいた場所に、黄色い光が立ち上がった。
驚いて地面の上を見て見ると、泥に溶け込みそうな茶色い色をしたひらべったい魚のようなポケモンが、トウヤのことを見つめながらニヤニヤ笑っている。
「マッギョだ! うかつに触ると電気ビリビリだぞ!」
「わかった、じゃあ……シキジ……」
「まーろまろまろまろ!」
唐突に飛び出してきたオタマロさんが、うかつに飛び掛かって電気ビリビリにされる。
シキジカの『エナジーボール』でマッギョを追い払うと、トウヤは湿地に横たわるオタマジャクシをしゃがんで覗き込んだ。
「電気タイプだって言ったのに…何しに出てきたんだよ、オタマロさん……」
「フッ」
「いや、フッじゃなくて。」

なぜか格好をつけようとするオタマロさんをモンスターボールに戻そうとすると、トウコの細い腕が伸びてきてそれをさえぎった。
顔を上げると、彼女の勿忘草色をした瞳が湿地の奥の方にまっすぐ向いている。
「あれ……」
トウヤが顔を上げると、人の背ほどの大きさをした巨大なカエルが頬袋を膨らませながらトウヤたちのことをじっと見つめていた。
ポケモン図鑑を取り出すと、小さな画面にはガマゲロゲ、という名前が表示される。
体についたコブをふるわせると、ガマゲロゲはゆっくりと、のそのそとした足取りで近付いてくる。
「げろ……」
「まーろまろまろまー!」
「うわ!?」
完全にダウンしていたはずのオタマロさんが起き上がって、トウヤは思わずのけ反った。
電気ビリビリのまま、ピョンピョンと氷の上を飛び跳ねてガマゲロゲへと近付くと、オタマロさんはガマゲロゲから強烈な平手打ちを食らう。
「なにしてんだ、アイツ……?」
「恋ですなぁ。」
「うわ!?」
突然自分の体をすり抜けて現れた老人に、トウコは驚いてのけ反った。
老人はトウコに気付くことなく杖の力を借りながらトウヤに近付くと、ため込んだ白いヒゲをなでてオタマロさんの方に目を向ける。

「ガマゲロゲはオタマロの進化形でしてな、このセッカ湿原にはたくさん生息しておるのですよ。
 特にあの子……わたくしはエリザベスと呼んでおりますが、群れの女ボス的存在でして……いやー、あなたのオタマロもお目が高い!」
「どうも……」
よく分からないまま礼を言うと、トウヤはオタマロさんへと目を向けた。
飛び掛かっては殴られ、飛び掛かっては殴られ、どちらかといえば恋というより、格闘技の組み手を見ているようだ。
なぜか嬉しそうなオタマロさんから目を離すと、トウヤは甘酸っぱい顔でオタマロさんたちを見守る老人へと視線を移す。
「あの、ところで、誰……ですか?」
トウヤが聞くと、老人は白髪の眉毛を上げて「おぉ」と声をあげた。
「これは失礼、わたくしめはなにを隠そう、世界各地にその名を轟かすポケモンだいすきクラブ! そのイッシュ支部の会長なのです!
 親しみを込めて会長と呼んでくれて構いませんぞ!」
「知ってる? トウコちゃん……」
小さな声でトウヤが尋ねると、トウコは首を横に振った。
「ご存知かと思いますが、ポケモンだいすきクラブは世界各国にありましてな。 わたくし、世界各国にあるポケモンだいすきクラブの中でも1番ポケモンが好きな会長なのであります!
 朝は朝とてバルジーナの鳴き声で目覚め、昼は昼とてダストダスたちとたわむれ、夜はデスカーンと眠るのです。
 我がポケモンだいすきクラブの生活はポケモンなしでは考えられませんな! はっはっはっは!」
ポケモンセンターを出てから1時間経ったか経っていないかというほどなのに、トウヤはドッと疲れてきた。
そっと逃げようにも、オタマロさんとガマゲロゲのキャッチボール(?)が続いている以上、その場を離れるわけにもいかない。
「先ほども申したように、ポケモンだいすきクラブは世界各国にありますがな、わたくしはたとえばシンオウのポケモンだいすきクラブの会長のように長々と話をしたりはしないのですよ。
 ポケモンのことを語るのに多くの言葉が必要でしょうか? 否! わたくしたちにはこの素晴らしいポケモンたちがいる! それだけで充分ではないですか!
 先日もわたくしのキリキザンがですな、わたくしのことを気遣ってくれたのでしょう。 タンスにしまってあったわたくしの服のそでや股のところを、それはもう綺麗に切り取ってくれましてな!
 いやはや、感動するお話ではないですか! この他にも、先日わたくしのところにやってきたモロバレルは……」
冷たい氷に腰を落とすと、トウヤのお尻はべっとりと濡れた。
見えないのをいいことに後ろから蹴りを入れているトウコに「やめなよ」とそっと声を掛けると、トウヤは立ち上がって帽子の下から会長に目を向けた。


「あ、あの、ところで会長はこれからどこへ行くんですか?」
恐る恐る尋ねるトウヤに「おお」と声をあげると、会長はゴソゴソとカバンを探り、中からバスケットのようなものを取り出した。
「何を隠そう、わたくしもエリザベスに用があってですな、ほーれほれ、いつものマカロンですぞー」
会長がピンク色のタブレットのようなものを取り出すと、ガマゲロゲは長い舌を伸ばし、投げられたピンクを器用に受け止める。
「いやー、エリザベスは実に可愛らしいですなー!
 もう冬眠の時期だというのに、こうして毎日来ては、わたくしのマカロンを受け取ってくれるんですよ!」
オタマロさんを回収するまで帰るわけにもいかず、トウヤは心底嫌そうな顔をするトウコを必死でなだめる。
「ほーれほれ、まだマカロンはありますからなー……ありゃ?」
手元からなくなったマカロンを補充しようと会長が振り向くと、先ほど確かにあったはずのバスケットが消えていた。
慌てて辺りを見渡すと、「あ」と言ってトウヤが空中を指差す。
「のぉ!? なんでわたくしのバスケットが空を飛んでいるんですかな!?」
「知るかよ! トウヤ!」
「わかってる! オタマロさん!」
トウヤが声を掛けると、ひっくり返っていたオタマロさんが起き上がり、トウヤの足元に飛び付いた。
ぬるぬるする尻尾の付け根を掴むと、トウヤは凍った足元を避けつつ、バスケットを追いかける。





「ふむ……この辺りで怪しい人物がいるという情報があって来たのだが、それらしい人物は見当たらんな。」
すっかりマメも潰れた足を休ませながら、ハンサムは凍った草の上にあぐらを組みながら考え込んでいた。
「国際警察7つ道具、探索くん1号2号も何の収穫もなく帰ってきてしまったし……
 あとは3号の帰還を待つだけなのだが……おっ!」
湿原の向こうから見覚えのあるプロペラが近付いてくるのを見つけ、ハンサムは立ち上がった。
何か収穫があったようだ。 近付いてくる探索くん3号から藤編みのカゴのようなものを受け取ると、ハンサムはその中身を確かめる。
「……なんだ、マカロンではないか。不審者のものとは思えんな。
 結局、収穫なしか……仕方ない、1度街に戻って……」
ハンサムがぶつぶつ言っていると、不意に腹の虫がぐぅと音をあげる。
視線は、自然とマカロンへと動いた。 イッシュなら誰でも知っている店の、なかなか上等なマカロンだ。
「腹が……減ったな。」


「見つけた、マカロンドロボー!」
唐突に真横から吹き飛ばされ、ハンサムは霜のついた草の上を跳ね飛んだ。
訳も分からず起き上がると、黒いキツネのようなポケモンがうなり声をあげている。
「て、トウコちゃん、問答無用はちょっと……!」
キツネのあとから追いかけてきた少年がオロオロした様子で何かに話し掛けていた。
ハンサムは自分の状況を考える。 間違えたとはいえ、無断で持ってきてしまったマカロン入りのバスケット。
腹を鳴らしている自分、怒りでうなり声をあげているゾロアに、そのトレーナー。
間違いない。 これでは完璧に自分がマカロン泥棒だ。
ひとまずバスケットを地面の上に置くと、ハンサムは無抵抗の印として両手を上に上げる。
「ま、待て、誤解だ! 私は断じて……」
「まろまろまろまろまーっ!」
耳にへばり付くようなやかましい鳴き声とともに、飛んできた『バブルこうせん』にハンサムは吹き飛ばされた。
氷の上に落ち、コートのスソが氷面にはり付く。
逃げ出そうと貼り付いたコート相手に格闘していると、鼻先をなめるような生臭い匂いとともに、ハンサムの身体は宙を舞っていた。
「げーろげーろげー!」
悲鳴をあげるトウヤをよそに、オタマロさんとガマゲロゲは上下に重なるとダブルで『バブルこうせん』を発射する。
マカロン泥棒(?)は空高く吹き上げられると、星になって消えていった。
オロオロしているトウヤの横で、オタマロさんとガマゲロゲはハイタッチなんてしてる。



「よっしゃあ! オタマログッジョブ!!」
サムズアップを決めるトウコにトウヤは額に手を突いたまま深くため息を吐いた。
「もうちょっと穏便にいこうよ……親切で拾ってくれた人だったらどうするのさ。」
そう言いつつ、トウヤも90%くらいコートの男が怪しいとは思っているのだが。
草の上に置かれたバスケットを回収しようと手を伸ばすと、横から青い手が伸びてきて少し大きめのバスケットを持ち上げる。
視線を動かすと、ガマゲロゲが低い鳴き声を上げてバスケットを抱え込んでいた。
取り返すべきかどうかトウヤが少し迷っていると、ガマゲロゲはバスケットを抱えたまま、トウヤに背を向けてのしのしと湿原の奥へと歩き出す。
「ちょ、ちょっと……」
マカロンはともかく、バスケットは取り返さなくてはならない。
トウヤが慌てて追いかけると、ガマゲロゲは薄暗い木の根元の、枯れ草が生い茂ったところに手を突っ込んで地面の中へと潜りだした。
完全に姿の見えなくなったガマゲロゲを不思議に思いトウヤが覗き込んでみると、立ち木の根元に人が1人通れるかどうかという小さな穴がぽっかりと空いている。

「まろまろまろまろまー♪」
2戦3戦やりあったあとだというのに、どこにそんな元気があるのかオタマロさんはぴょこぴょこと飛び跳ねながら穴の奥へと潜り込んでいく。
好奇心が半分、オタマロさんのことが少し、会長のバスケットのこともちょっぴり考えて、トウヤは穴の中へと潜り込んだ。
中は意外と深く、ポケモン図鑑のバックライトを頼りに先へと進んでいくと、トウヤは白い光の先にいつになく静かなオタマロさんを見つけた。
じっと一点を見つめるオタマロさんの視線の先を、ライトで照らす。
薄い光だったが、照らされたポケモンたちはまぶしそうに目を細めた。
慌てて光の先を地面へと向けると、トウヤは改めてポケモンたちへと目を向ける。


穴倉の底で眠っていたのは、1匹や2匹ではなかった。 動きも鈍く、冬眠しているのだと伺えるオタマロやガマガル、それにガマゲロゲ。
そこに1つの群れがあるというのは、間違いない。
驚いた顔をしながらも湿った穴の中にライトを向けていると、エリザベスが空のバスケットをトウヤの足元へと投げてくる。
「あ、あの……?」
トウヤの耳にシャリシャリ、パリパリといった乾いた音が聞こえてくる。
陰影のハッキリしない穴の奥にトウヤが目をこらしてみれば、エリザベスが運んできたマカロンたちは、小さなオタマロやガマガルたちの口に運ばれていた。
「まろまろまろまー!」
「うわ。」
突然オタマロさんが声をあげる。
頭にキンキン響く声に何事かと驚いていると、暗い洞窟の中に体を半分埋めたトウコが、興味深そうにオタマロさんとガマゲロゲを見つめていた。
「まろまーろまーろまーろまーろ!」
「トウヤさんよ、今まで世話になったな。」
「いや、なにトウコちゃんアテレコしてんのさ。」
冷静に突っ込むトウヤの後ろでゾロアがイシシッと笑い声をあげた。
「まろまろまーろまろまー!」
「オマエさんの行く先を見てみたかったが、どうやらオレはここまでのようだ。
 身を切るような寒さを忍び、群れの仲間に食料を運ぶ……オレはそんなエリザベスの姿に惚れちまったんだぜぃ。」
ごろ寝したままアテレコするトウコとオタマロさんの眉毛を見る限り、とてもそうは思えないのだが。
ともかく、オタマロさんはトウヤに背を向けると、冬眠するガマゲロゲの群れの中にぴょこぴょこと飛んで入っていった。
「オレはエリザベスとともに、この湿原で生きていく。
 トウヤさんよ、達者でな! オレがいなくても戦い続けるんだぜ!」
「いや、もうオタマロさん喋ってないし。」
「げろげー」
エリザベスがひと鳴きすると、湿原のカエルたちはぞろぞろと眠そうな顔をして暗い穴の奥へと潜っていった。
暗い穴の入り口に、トウヤとトウコ、それにゾロアだけが残される。
結局、なんだったのか。 何度トウヤが頭をひねっても、答えは出てきそうにない。

「……ま、いっか。」
答えが出ないまま質問ばかりが頭を何度か巡り、トウヤはひとまず考えるのを止めた。
オタマロさんが勝手に行動するのは今に始まったことじゃないし、おなかが空いたら帰ってくるだろう。
泥だらけのバスケットを掴むと、トウヤは暗い穴の中をゆっくりと戻り始める。
外に出たとき、湿原の氷にキラキラと反射する太陽の光がまぶしかった。


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