「いけっ、カブルモ! 『とっしん』だ!」
「ケーシィ、『テレポート』!」
勢いをつけて飛び掛かってきた虫ポケモンに耳を動かすと、黄色いポケモンはふわりと浮き上がってその場から消え失せた。
目標を見失い、キョロキョロと辺りを見渡すカブルモの後ろにケーシィは現れる。
カブルモが振り向いたときには、エンデとケーシィは既に次の攻撃の態勢に入っていた。
「『ねんりき』攻撃!」
エンデが叫ぶと、ケーシィはエスパーの力でカブルモを宙に持ち上げる。
浮き上がったままジタバタと暴れるカブルモを、ケーシィはそのまま地面へと叩き付けた。
白旗を上げるカブルモに、エンデとケーシィの目が輝く。

戦闘不能のカブルモをモンスターボールへと戻すと、幼馴染のヤンは悔しそうな目をエンデに向けた。
「ちぇっ、また負けた。
 最近エンデ生意気だぞ、前は『テレポート』で逃げ回ってばっかだったくせにさ。」
「そ、そうかな……」
エンデはケーシィを抱えると、下唇を噛んだ。
弱くて相手にならないと言われたから、エンデなりに頑張ったつもりだったのだが。
エンデがオロオロしていると、大きくて熱い手が伸びてきて彼の頭をがっちりと掴んだ。
「オー、バトルは終わりましたカ?
 今日はここまでですネー。 天気予報、これからブリザードが来ると言ってマシタ!」
ちょっと不満そうな顔をすると、ヤンはボールをポケットに突っ込んで少しだけ走った。
「じゃ、また明日な!
 エンデのとーちゃん、今度ポケモンバトル教えてくれよ!」
「オー、いつでも歓迎デース!」
大きな手を振ると、父親は少年を見送ってから、エンデのことを抱き抱えた。
「さー、急ぎましょう、エンデ。」
「とーちゃん、ブリザードって本当?」
エンデが尋ねると、父親は雪でかすむ北の塔を睨み、家への道を足早に進んで行く。
「家から出てはいけませんよ。
 とても……大きな嵐になりそうですネー。」



「『こおりのいぶき』!」
「イワパレス、『いわなだれ』!!」
2つの技が交差すると、宙を見上げるイワパレスの宿が音を立てて割れた。
トウヤは目を見開き、ポケモン図鑑を宙に浮くソフトクリームのようなポケモンにに向ける。
バニリッチ。 姿から予想はしていたが、やはりバニプッチの進化形だ。
唇を噛むとトウヤは視線をイワパレスへと移す。
「『ミラーショット』!」
ハチクの声が響き、飛んできた鏡のようなエネルギー体がイワパレスの宿を割る。
トウヤは腕を組んで目を守ると、キラキラと光るダイヤモンドダストの中にいるバニリッチを睨むようにして声を張り上げた。
「イワパレス!」
トウヤが指示すると、イワパレスは割れた自分の宿を浮かばせてトラップを作り出す。
『ステルスロック』だ。 一通りの岩を撒き終えると、トウヤはハチクの動きに注意を向ける。

一瞬目が合い、トウヤはビクリと肩をすくませる。
狙いには気付かれたはずだ。 しかし、ハチクはトウヤのことなどまるで気にする様子もなく両手を胸の前で強く叩くと、宙に浮かぶバニリッチに骨ばった手のひらを向けた。
「戻れ、バニリッチ!」
「えっ!?」
交代で繰り出されたフリージオにトウヤの仕掛けた岩が突き刺さる。
効果は抜群だ。 くるくると回転しながらイワパレスを睨むフリージオに目を瞬かせると、視界の下の方でハチクが両手で印を結んでいるのが見える。
「イワパ……」
「『こうそくスピン』!」
ハチクの両手が突き出されると、冷え切った風がフィールドの真ん中で渦を巻く。
耳元を冷たい風が通り抜けると、トウヤの後ろで何かの割れるような音が響いた。
トウヤが振り向くと、先ほど仕掛けたはずの『ステルスロック』がジムの壁に当たり、粉々に砕かれている。
「えっ」
「驚いている、暇などない!」
ハチクの手が突き出されると、フリージオは七色に輝く光線を発射する。
バニリッチとの戦いで消耗していたイワパレスには、それが決定打となる。
もはや立ち上がることも出来ないイワパレスをモンスターボールへと戻すと、トウヤはカチカチと鳴る奥歯を噛み締めてハチクのことを睨みつけた。


「……言ったはずだ、この私と戦うならば、休むことなど許さぬ……とな。」
「いや、聞いてないです。」
イワパレスの代わりのモンスターボールを取り出しながら、トウヤは唇を動かした。
ここに来るまで冷え切った体を温める暇もなく、このバトルは始まった。
冷気で上唇と下唇がくっつきそうだ。 困ったような顔をしてメモのようなものをめくるハチクを眺めながら、トウヤは次のポケモンを繰り出した。
「ズルズキン!」
呼び出されたズルズキンはたるんだ腰の黄色い皮を両手で掴むと、首の辺りまで引っ張り上げる。
やはり寒いのだろう。 出来るだけ早くバトルを終わらせようと、トウヤはかじかむ手でポケモン図鑑を操作すると、フリージオに細い指を突きつけた。
「ズルズキン、相手は物理攻撃に弱いはず! 『とびひざげり』で攻め込むんだ!」
伸ばした皮から手を離すと、ズルズキンはフリージオに向かって飛び出し、凍った床を強く蹴る。
踏み込みの心配もあったが、トウヤの予想よりも高くズルズキンは飛んだ。
高ダメージを期待してトウヤが少しだけ油断したとき、ずっと動かなかったハチクの右手が見えない壁をなぞる。

「『リフレクター』!」
目の前に現れた壁に体勢が崩れ、頭から『リフレクター』に激突したズルズキンはそのまま氷の床へと転がり落ちた。
起き上がろうとしたズルズキンの足元に銀色の冷気が突きつけられる。
もがくズルズキンの足を見ると、まるで始めからそうだったかのように綺麗に足と床とが氷で貼り付けられていた。
「『こおりのいぶき』。」
「……すごい。」
鮮やかに決まっていく技の数々に、トウヤはただ感激した。
これまで色々なトレーナーと戦ってきたが、ここまで静かに、華麗に、そして力強く技を繰り出すトレーナーとポケモンは見たことがなかった。
冷え切っていた身体の底が熱くなる。
まだ、相性の有利は残っている。 勝ち筋は必ずどこかにあるはずだ。



トウヤは凍りついた腰の皮を溶かそうと四苦八苦しているズルズキンに目を向けると、帽子のツバに手を当てた。
「ズルズキン、足元に『かわらわり』!!」
手のひらに力がこもる。 一瞬、驚いた顔をして振り向いたズルズキンは上空のフリージオを睨むと氷に向かってオレンジ色の拳を振り下ろした。
足元の氷が割れ、氷の束縛から解放される。
しかし、歩き出したズルズキンは目を見開いて足元に視線を向けた。 冷気の伝わった自分の皮はカチコチに凍りつき、思うように動くことができない。
「フリージオ!」
上空に集まっていく冷気に、ズルズキンは慌ててトウヤの方へ目を向けた。
帽子の奥の瞳に、ズルズキンは一瞬驚いた顔をする。 笑っている。 このピンチの状況で。
「ズルズキン、その皮は捨てて! 足が自由になったら飛び上がるんだ!!」
訳もわからないまま、ズルズキンは脱ぎ捨てた自分の皮をオトリに相手の『こおりのいぶき』を回避した。
冷たい足元を蹴って飛び上がる。 目の前にあるのは壁だ。 次の指示を仰ごうと視線を移した瞬間、ズルズキンの不安は勝利の確信へと変わっていた。
「『かわらわり』!!」
振り下ろされた拳が防御の壁を打ち砕く。 ずっと冷静だったハチクの目に、わずかな揺らぎが見えた。

鼻息を荒くするズルズキンの前に落ちたフリージオを見ると、ハチクはまた元の冷静な顔に戻ってフリージオをボールへと戻した。
ズルズキンが大きなくしゃみをする。 いい加減戻してやろうとモンスターボールを向けると、トウヤはズルズキンに睨まれ、1度出した手を引っ込めた。
ハチクが服のたもとからモンスターボールを取り出す。
再び現れたバニリッチに身構えると、ズルズキンはトウヤが指示するよりも前に走り出した。
「ズ……!? 『とびひざげり』!!」
止めようとした声を止め、トウヤはズルズキンに攻撃の指示を出す。
ズルズキンは飛び上がると、ぷかぷかと浮かぶバニリッチに足を振り上げる。
「『とける』!」
低い声が響くと、ズルズキンの目の前からバニリッチが消えた。 勢い余ってズルズキンは振り切った足から氷の上を転がっていく。
態勢を立て直そうとズルズキンが起き上がるのと同時にトウヤも息を吸い込む。
しかし、ハチクの指示の声はトウヤのそれよりも早くバニリッチへと届いた。
「『こおりのいぶき』!」
槍のような白い冷気が身体の真ん中を貫くと、ズルズキンは高い声をあげ、壁にもたれたまま動かなくなった。
トウヤは慌ててズルズキンをモンスターボールへと戻す。
かじかむ手で代わりのモンスターボールを握ると、指先から零れ落ちたボールから小さなポケモンが飛び出してきた。


きょん、と高い声でひと鳴きするとシキジカは軽快なフットワークで氷の上を飛び回り、宙に浮かぶバニリッチの真上を取った。
トウヤの指先が動く。
「シキジカ、『エナジーボール』!!」
緑色に光る玉を口の周りに収束させると、シキジカはエネルギーの固まりをバニリッチへと向けて発射する。
真上からの攻撃を受けると、意外なほどあっさりとバニリッチは倒れた。
着地してからツルツルする足場に慌てているシキジカに苦笑いすると、トウヤはシキジカに向けてサムズアップのポーズを向けて見せる。





口から煙草のような細くて白い息を吐き出すと、ハチクはバニリッチをボールに戻し、ふところの中へとしまった。
トウヤは直視出来ず、ハチクから目を背ける。
なんでたもと……ソデから出したボールを、ふところ……胸元にしまうのか。
おかげで、先ほどしまったフリージオのモンスターボールと合わさって、男ではあり得ないほどに胸が豊かになってしまっている。
笑いをこらえながらバトルするというのは、思った以上になかなかの苦行だ。
新しいモンスターボールが開かれた音を聞くと、トウヤはハチクの方に目を向けないようにしながらバトルフィールドにポケモン図鑑を向ける。

「ツンベアー!」
白いクマのようなポケモンが氷の上に降り立つと、シキジカはビクリと身をすくませた。
タイプの問題もあるだろうが、あまり相性はよくなさそうだ。 トウヤは指先を口でくわえると、モンスターボールを取り出してシキジカとダイケンキを入れ替える。


「『つららおとし』!」
「ダイケンキ、『みずのはどう』!!」
アゴから生える氷柱をもぎ取ると、ツンベアーはそれをダイケンキへと向かって力強く投げつけた。
迫ってきた氷はダイケンキの張った水の膜を突き抜け、ヨロイをかすめ、壁に大きな音を響かせる。
パラパラと降り注ぐ氷の粒を服のソデで払うと、トウヤはダイケンキに目を向ける。
「ダイケンキ、アシガタナを!!」
高い声に反応してヨロイからアシガタナを引き抜くと、ダイケンキは『アクアジェット』を使いツンベアーへと突進する。
銀色に光る爪を研ぎ澄ますと、ツンベアーは振り下ろされたアシガタナを両手を使って受け止めた。
「切り裂け、ツンベアー!」
真一文字に振り抜かれた爪が、ダイケンキの髭をかすめていく。
顔をのけぞらせると、ダイケンキはツンベアーの前から飛び退いた。 再びアゴから生えた氷柱を手にしたツンベアーを見て、冷え切ったトウヤのこめかみに汗が伝う。
遠距離も接近戦も対応してくる。 トウヤはポケモン図鑑と場の状況を見比べると、冷たい空気を吸い込み、右手の人差し指をツンベアーに向ける。

「ダイケンキ!!」
トウヤの声を聞くと、ダイケンキはアシガタナをヨロイに戻して姿勢を低く身構える。
マスクの下のハチクの目がピクリと動いた。 細く息を吸い込むダイケンキにトウヤは少し低い声でカウントを唱え始める。
「1、2、3、4……」
氷柱を投げようとするツンベアーをハチクは片手で制した。
低く身構えたダイケンキが飛び出してくる。 速い。 力を溜め込んだ分だけ水の勢いは増し、飛ぶように接近したダイケンキの攻撃は言葉を挟む間もなくツンベアーのもとへと届く。
かろうじて受け止めたツンベアーの手にしびれが残っている。 ツンベアーがダイケンキを力任せに跳ね返すと、ハチクは両の手を合わせてからダイケンキを睨み、真っ直ぐに身構えた。
「『つららおとし』!」
「ダイケンキ、『リベンジ』!!」
打ち下ろされる氷柱を、ダイケンキはアシガタナで真っ二つに切り裂いた。
そのままツンベアーへと切りかかるが、白いクマは氷で守られた白い足を交差させ、アシガタナを受け止める。
「『いばる』!」
ハチクの指示が出ると、ツンベアーは氷のヨロイを解き、ダイケンキに向かって低い雄叫びをあげる。
ダイケンキのアシガタナを持つ手に力がこもった。
トウヤの手のひらが汗ばむ。
どちらのHPも残り少ない。 そして、『いばる』は対戦相手の攻撃力を上げる代わりに混乱させる技だ。
ハチクは勝負を仕掛けてきた。 ここからは、賭けだ。


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