「ボクたちを止めるなら、キミも英雄になればいい。
 そう……ゼクロムと対をなすポケモン、レシラムに認められてこそ、ようやく対等になれる。 ボクたちを阻止できる!
 さて、どうする? ボクの予測……ボクにみえる未来なら、キミはレシラムと出会うだろう。
 共に歩むポケモンに信じられているキミは……!
 世界を変えるための数式……キミはその不確定要素となれるか?
 ポケモンと人の絆を守りたいなら、レシラムを探すんだ!
 ……きっとレシラムは、ライトストーンの状態でキミを待っている。」



ベルの細い腕を借りて、チェレンはトウヤを白いベッドの上に横たえる。
気絶したトウヤを見て彼女が倒れるのではと心配していたが、チェレンが思っていた以上にベルは冷静だった。
泣きそうな顔をして眉根こそ寄せていたが、大きな声1つあげることなくボロボロのモンスターボールを手にすると、そのままポケモンセンターへと走って向かっていく。
「なんたること……!」
付き添っていたハチクが、右の肩を握ったまま奥歯を噛み締める。
チェレンの目に飛び込んできた光景は、目をつぶればいつでも浮かび上がった。
「なぜだ? どうしてNが、伝説のポケモンと一緒にいたんだ?
 まさか、彼は本当に英雄だというのか!? それにトウヤに、伝説のポケモンを探せって!?」
「落ち着け! 今、大事なのは、起きたことを解明するより、これから何をするか、だ。」
平手で叩かれ、鼻先からメガネが落ちて床の上を跳ねるとチェレンは爪が刺さるほどに握り締めていた拳をゆっくりと解いた。
「すみません、カッとなって……」
すすけた服のエリを直すと、ハチクは気まずそうに咳払いをし、マスクの下からチェレンへと視線を向ける。
「キミと会うのは今日が初めてだが、彼がキミにとって大切な人物なのは、見ていればわかる。
 しかし、だからこそ、今、大切なのは冷静に考える力だ。」
「はい……」
手探りでメガネを拾うチェレンの目の前を、黒い何かが横切っていく。

「……?」
メガネをかけ直した直後、チェレンは走ってきた誰かとぶつかって尻餅を突いた。
子犬の鳴き声のような悲鳴に目の焦点を合わすと、ずれた帽子で視界をさえぎられたベルが、トウヤのベッドの方へと向かって頬を膨らませている。
「ベル? ポケモンセンターに行ったはずじゃ……?」
「いたたた…… もう! 聞いてよチェレン!
 ゾロアってば回復が終わってないのに勝手にセンター飛び出してきちゃったのよ!
 『さめはだ』で前足が傷だらけなんだから、安静にしてなさいってあたしも職員さんも何度も何度も言ってるのに!」
「静かに。」
チェレンが低い声を出すと、ベルは目にかかった帽子を取って「あ、」と小さく声を上げた。
「ごめん……」
「ベル、トウヤのポケモンは?」
心配そうにトウヤの顔を覗きこむゾロアを横目で見てから、チェレンはベルへと尋ねる。
「ちょうどゾロアと入れ違いだったから、職員さんに預けて追いかけてきたの。
 通りすがりのおじさんが手続きとか代わりにやってくれて、助かっちゃった!」
「ちょっと待って、ベル。」
「だーいじょうぶ! 怪しい人じゃないよお、トウヤの知り合いだって言ってたし、ポケモンセンターの職員さんとも知り合いみたいだし!」
チェレンはなんだか胃が痛くなってきた。 ヒウンシティでムンナを取られた話をしたときも、同じような手で奪われていた気がするし。
クラクラする頭を押さえ気をしっかりもとうとしていると、引き戸を乱暴に開けるガラガラという音がチェレンの耳に届いてくる。


「おお、やっと見つけた! みんな無事か?」
「アララギパパ!」
ベルの高めの声が響くと、ベッドに横たわったままのトウヤのまぶたがピクリと動いた。
ハッと気付いて口元を押さえるベルに笑みを浮かべると、アララギパパは小脇に抱えた分厚い本をサイドテーブルに置いて、ブロンドのあごひげをいじりながら小さく息を吐く。
「それにしても、たまげたな……
 伝説のドラゴンポケモンが現代によみがえるとはな……」
「Nって男……プラズマ団のボスが、伝説のポケモンを復活させたようなんです。
 しかもトウヤに、もう1匹のポケモンを探せといって飛び去った……」
チェレンが答えると、ベルは大きな目をパチリと瞬かせ、アララギパパの方へと視線を向ける。
「へ? アララギ博士……伝説のドラゴンポケモンって2匹もいるんですかあ?」
「ああ、そうなのだ!」



「チャンピオン!?」
「あ、さっきのおじさん!」

ベルが手を振ると、部屋の戸を開けたアデクは黄色い歯を見せながら手を振り返す。
「ベル……」
「なに?」
「……チャンピオンに、ポケモンセンターの手続きを頼んだのか?」
「うん、あの人がトウヤのポケモン預かってくれたんだよ!」
振り回していた手を止め、にっこりと笑うベルにチェレンはめまいがしてきた。
イスを探していたアララギパパは、太い眉を上げるとのしのし近づいてきたアデクに片手を上げる。

「……アデクではないか、久しいな! 元気であったか?」
「挨拶は抜きだ。
 塔から放たれたあの激しい稲光……世界を滅ぼす力を持ったポケモン……
 それを従えたものが、みなにポケモンを解き放てという……
 恐怖か、崇拝か……いずれにせよ、世界は変わりかねない。
 我々とポケモンは、もう手を取り合うことがなくなる。
 そんな世界に……」
「そうだな……」
アララギパパはため息を吐くと、ゆっくりとうなずく。
「しかも、ゼクロムを復活させたNというプラズマ団のボスは、トウヤにもう1匹のレシラムを探すよう言っていたらしい。」
「……確か、神話では、ゼクロムは強力な電撃を放ち、もう1匹のポケモンと共に太古のイッシュを一瞬にして荒廃させた……
 Nはそれを知っていて、もう1匹を待つというのか?」
「へっ……へっ?
 そんな、すごすぎるポケモンを復活させるのって、あぶないんじゃあ……?」
オロオロするベルに手のひらを向けると、アデクは口元を緩め、ゆっくりと話す。

「……お嬢さん、君は優しいんだな。
 だが、他のポケモンでは抗えるかどうかわからん。 なにせ、伝説の存在だからなあ……」
「……ベル。 キミも知っているだろう?
 僕よりもキミよりも強いトウヤのポケモンが……全く歯が立たなかったんだよ。」
「そういうことだ。 
 その、Nとやらの言うとおりにするのはシャクだが、ドラゴンを……ストーンを探すのは悪くない。
 むしろ、プラズマ団が2匹目を復活させたら一大事だ!」
チェレンがうなずくのを見て、ベルはきゅっと唇を噛んだ。
何かに耐えるように自分の手を強く握るベルの横顔を見ると、チェレンは浅く腕を組んで眠っているトウヤに視線を向ける。


「……ベル、こうしてるとさ、トウヤと初めて会った日を思い出さないか?」
「え? う……うん、そだね。」
気まずそうにベルが帽子に手を触れると、トウヤの足元で小さく丸まっていたゾロアがピクリと耳を上げる。
軽くベッドを軋ませゾロアがトウコに化けてチェレンへと近づくと、あごひげをいじっていたアララギパパが不思議そうな表情をして顔を上げた。
「……はて? キミたち4人は、生まれたときから家が近所同士だったと聞いたが……?」
「それは……」
「表向きには、そういうことになっています。」
驚いた顔をする大人たちに、チェレンは唾を1度飲み込んだ。
止めようと腕を引くベルの細い手首を掴むと、睨みつけてくるトウコを視界の端に入れてそっと口を動かす。
「……Nの挑発と、トウヤの目標が一致してしまっているんだ。
 このままだと、トウヤは命をかけて……プラズマ団と戦いかねない。」
う、と小さな声をあげてベルは眉を潜めた。
「どういうことかね?」
アララギパパが尋ねると、ベルはうつむいて唇の裏を噛む。
チェレンはメガネの下の視線をアララギパパ、アデク、ハチクと順に移動させると、1つ大きく深呼吸してから、ゆっくりと切り出した。
「いずれ、バレることだとは思いますが……他言無用でお願いします。
 ……トウヤとトウコは、実の兄弟じゃないんです。」







事の起こりは10年前、発端は、隣町で起きた異臭騒ぎだった。
小さなアパートの住人が通報したことによって始まったこの騒ぎは、当時すぐに収まるだろうと考えられていたのだが、駆けつけた警察の人数を増員しても異臭の元に辿り着けず、当時はちょっとした都市伝説として語り草となっていた。
その噂をトウコが耳にしなければ、トウヤと彼らが出会うことはなかっただろう。
あるいは、今ここにトウヤが眠っていることすらなかったのかもしれない。

「トウコちゃんって……パパやママが『ダメ』って言うことをすっごくやりたがるんです。
 あの日も、公園でおままごと遊びしてたあたしを引っ張って、草むらの中に飛び込んでいきました。」


マシュマロのような白い手を引っ張って、トウコは背の高い草むらの中を駆け抜けた。
跳ねた草で肘を切ったチェレンが、立ち止まって振り返った彼女を睨みつける。
「やめよーよお、トウコちゃん。
 パパがね、危ないトコ行っちゃいけませんって言ってたよ!」
「そうだよ。 早く帰らないと、また晩ごはん抜きにされるよ。」
勿忘草色をした瞳が、後ろで音を上げる2人の子供へと向けられる。
「じゃあ、ベルもチェレンも先に帰れよ。 大人に見つけられないくさいものって、絶対新種のポケモンだぜ!
 アタシは、ぜえぇーったい! 見つけるまで帰らない!」
ベルの父親に怒られて渋々直した、ぎこちない一人称で反論すると、トウコは困り顔をした2人に視線を向ける。
「そりゃ、新種のポケモンは見たいけど……」
「あたしは……トウコちゃんと遊びたいなあ。」
意見が一致すると、トウコは再びベルの手を引き、冒険を再開する。
町には他にも子供はいたし、2人ともトウコのことは両親から重々注意されていたが、なんだかんだ言ってこの3人で遊ぶことが1番多かった。
彼女は好奇心をくすぐってくれる。 危ないところに連れ回されることも多かったが、本当に危険なときは彼女が真っ先に飛び込んで2人を守ってくれる。
行くたびに怒られることすら分かってはいたが、2人はこうしていつもの遊びを抜け出しては、トウコとつるんで遊んでいた。

裏道を抜けて町外れまで突き進むと、道は使われなくなった廃棄物処理場へと繋がっていた。
片隅に小さな公園が見える。 臭いにチェレンが鼻をつまむと、トウコはいよいよ嬉しそうに公園の中へと駆けていった。
「すげーだろ、ここならクサイ奴が逃げてきても見つかんないと思うんだ!」
「トウコちゃん……警察の人が見つけられなかったのに、どうやって僕たちが見つけるのさ?」
「え……えーっと……正義のバンブーパワー!!」
「あたしピンク!」
「レッドもーらい! チェレン、ブルーな!」
ノープランなトウコに、チェレンはその1時間後に放送するアニメ、ハート戦士ココロンの方が好きだとは口が裂けても言えなかった。
仕方なくバンブーブルーになって粗大ゴミの山から新種のポケモンを探すが、元々住んでいたらしいヤブクロンの姿は見えても、新種のポケモンなど見つかりようもない。
日差しが金色になり、最初ははしゃいでいたベルが飽きて「帰ろう」の口数が多くなると、3人は自然と公園の真ん中へと集まった。
ブルンゲルの形をした遊具によじ登り、トウコは落胆の声をあげる。
そりゃそうだ、と、チェレンは子供ながらに思っていた。 そう簡単に新種のポケモンが見つかるのなら、世の中に研究者なんていらないはずだ。
「ダメかー……絶対いると思ったのになー。」
「トウコちゃん、またバトルバンブーしようね!」
「というか、この公園……ゴミ置き場から結構離れてるのに、臭いね。」
眉を潜めて言ったチェレンの言葉に、トウコは大きな瞳をパチンと瞬かせる。
鼻をヒクヒクさせるベルの横に滑り降りると、トウコは公園中を駆け回っては立ち止まり、臭いを確かめた。


意外にも、『それ』を最初に見つけたのはベルだった。
ブルンゲルに空いた穴を覗き込むと、中でふるえている小さななにかに目を瞬かせる。
「ねえ、トウコちゃん?」
「いた?」
体の向きを180度変えると、トウコはベルが覗き込む穴に顔をねじこんで薄暗がりへと目を向けた。
かすかと言うにも弱々しい、ふるえるような息づかいが合成樹脂の板に跳ね返って聞こえてくる。
トウコは穴の中に身体をねじ込むと、よつんばいになって隅で小さくなっている生き物へと近づいていく。
うずくまっている生き物は膝の間から顔を上げると、好奇心に満ちた目で自分を見つめてくるトウコに目を向けた。
「あれ……ポケモンじゃないや?
 オマエ、いつからここにいたんだ? うわ、メチャメチャくっせーし!」
子供は焦点の合わない瞳でトウコのことを見つめると、両手で自分の頭を覆い隠す。
あまりにもおびえきっている彼の行動に、トウコも異常を察し、眉を潜めた。
「……トウコちゃん?」
「チェレン、いた。」
ブルンゲルの中に声を響かせると、トウコはうずくまっている子供の引き、外へと這い出してくる。
あれだけ固くうずくまっていたにも関わらず、子供はあっさりとトウコへとついてきた。
「あれ、新種のポケモンじゃなくて、迷子だったの?」
「すごいにおい……」
自分より背の高い子供たちに囲まれると、ブルンゲルの中から出てきた彼はまぶしそうに目を細める。

それが、トウヤとトウコたちとの出会いだった。


続きを読む
戻る