「ハチクさん……?」
トウヤが首をかしげると、バンブーブルーはとてもとても焦った様子で両手を体の前で振り回した。
「ち、ちち、違う! 断じて違う!
私は正義のヒーロー、バンブーレンジャーのバンブーブルーだ!」
「はぁ……」
そんなこと言われても、子供向けの番組なんか見たこともないし、第一、テレビ自体じっくり見るようになったのはつい最近だ。
あまり反応のよろしくないトウヤにバンブーブルーは恥ずかしそうに咳払いをすると、銅像のように肩幅まで足を広げ、両手を腰に手を当て胸を張って喋りだした。
「バンブーフェアリーのメンマから、ここに悲しんでいる子供がいると聞いて」
「いえ、別に悲しんではいないです。」
「……バ、バトルに負けて落ち込んでいると聞いてだな……!」
「確かにNに負けましたけど、びっくりしただけで落ち込んでるわけじゃ……」
フルフェイスのヘルメットを被っているはずなのに、トウヤはハチクがこの上なく気まずい顔をしたのが分かった。
落ち込んでいた方が良かったのだろうか。 嫌な沈黙にトウヤが前髪を引っ張るようにいじりだすと、やたら大きな咳払いをしてバンブーブルーは再び腰に手を当てた。
「松竹戦隊バンブーレンジャーは!」
「はい。」
「世界征服をたくらむ悪の組織アスベス党と戦う正義の味方なのだ!」
「そうですか。」
「うむ。」
再び沈黙。 どうにも会話が繋がらず、トウヤは軽く下の唇を噛む。
「ハチクさんは……」
「バンブーブルー。」
「……バンブーブルーは、チェレンとベルが今、どこにいるか知ってますか?」
なぜ、そこで沈黙するのかがトウヤには分からない。
どうしたらいいか分からず、ゴソゴソとズボンの上から膝をかいていると、バンブーブルーはおもむろに部屋の外に出て、長い棒のようなものを持ってきた。
「ここに、1本の竹がある。」
そう言うとバンブーブルーは竹ざおから手を離した。
トウヤが慌てて避けた隣に、その棒は倒れこむ。
「1本だと、倒れる。」
「そうですね。」
トウヤがベッドの上に倒れこんだ竹ざおを片付けていると、バンブーブルーは部屋の外からもう1本竹ざおを持ってきて、トウヤの横にある竹ざおに縛り付ける。
そして、それをもう1度倒した。 何がしたいのだか、本気で分からない。
「2本でも、倒れる。」
「……はぁ。」
沈黙したトウヤに、バンブーブルーは少し焦ったような様子でさらにもう1本竹を持ってきた。
3本の竹を縛り付けると、スソを互い違いに押し広げる。
今度は倒れず、竹はカメラの脚立のように互いが互いを支え合って自立した。
「3本だと、倒れない。」
「はい。」
トウヤがうなずくと、バンブーブルーは再び腕を組み、再び沈黙する。
「あの……それで、チェレンとベルは?」
「チェレンという少年はチャンピオンのアデクとともに、古代の城へとストーンを探しに行った。
ベルという少女はアララギ博士とともに、レシラムがどこにいるのか調査しているところだ。」
伝説のポケモン……そのフレーズを聞くとトウヤは立ち上がった。
少しずつ記憶がよみがえってきた。
自分はNが操る伝説のポケモンと戦い、そして負けた。 ゼクロムからの攻撃に気絶したトウヤに、Nは何かを伝えていたはずだ。
「そうだ、ポケモン図鑑……!」
あの時、ずっとポケモン図鑑を握り締めていた。
何か残っているはずだ。 いつもの場所に収められていた図鑑を引っ張り出すと中に残されていた映像を見て、トウヤは目を見開く。
「伝説が……もう1匹?」
「そう。 チェレンとアデクは石となって眠る伝説のポケモンを探しに行ったのだ。」
「ボクも行かないと……!」
「落ち着け!」
建物中の人が起きてしまうのではないかというほど、バンブーブルーの声はよく通った。
「全て相手の言う通りにしてどうする。
自分の目的も忘れ、ストーンを探して走り回り、疲弊したお前にNが倒せるのか?」
「でも!」
「皆、キミを戦わせまいと必死だ。
しかし、キミがプラズマ団のボスに選ばれた以上、キミが逃げるという選択肢を選ばない限り、キミとプラズマ団のボスとの戦いは避けられない。
キミが伝説のポケモンを目覚めさせたとしても、プラズマ団のボスにはその分の時間が残る。
『対等』にはならないのだ。 今のままでは、キミが勝つことは難しい。」
「じゃあ、どうすれば?」
「……3本の竹は、倒れない。」
バンブーブルーは支えあう3本の竹を叩いたが、竹はびくともしなかった。
意味を理解しかね、トウヤが怪訝そうな顔で目を瞬くとバンブーブルーは腕を組んで低い声を出す。
「キミにもNと同様に時間はある。
チェレンとベル……仲間たちがストーンを探している間にキミが強くなればいい。
キミの目を見たときから知っている。 ……キミには、戦う覚悟があるのだろう?」
一瞬あっけにとられた顔をしてから、トウヤは口をつぐみ、深くうなずいた。
絶え間なく頬を叩き、メガネに貼り付いては視界の邪魔をする砂粒たちに、チェレンは露骨に嫌な顔をして舌打ちした。
ここまで運んでくれたケンホロウは砂に打たれてモンスターボールに引きこもってしまうし、襲い掛かってきたメグロコに対処しようと繰り出したヒヤッキーはうるおいのあるお肌に砂が貼りついて泥ダルマになってしまうし。
「まったく、プラズマ団もメンドーなことばかり……!」
悪態をついたそばから口に砂が飛び込んでくる。
何度舌打ちしようと、トウヤの身に危険が迫っている現状には変わりはないのだ。
なんとしてでもプラズマ団よりも先にストーンを見つけなければ、トウヤが……ひいては、イッシュ全体がNの、プラズマ団の脅威にさらされることになってしまう。
変わりばえのしない景色に何度か迷いながらもなんとか遺跡の入り口に辿り着くと、チェレンはようやく逃げ込めた避難所に安堵の息を吐いた。
砂の中を泳ぐように追いかけてきたジャローダの首を、チェレンは軽く触れるように撫でた。
ジャローダもこの砂嵐で少なからずダメージは受けていたが、そんな様子はかけらほども見せずしなやかで長い身体を持ち上げる。
「……少し分かったんだ。」
「?」
ためらいがちに話しかけてきた主人に、ジャローダは不思議そうな顔をして首をかしげる。
「……こんなとき、ポケモンのため、誰かのためになにか出来るのが、強さなんだ……きっと。
そして、僕の強さはキミたちポケモンがくれたものだった。
ここまで来れたのは、キミたちポケモンのおかげだ。 ありがとう。」
大きな目を見開かせて、ジャローダはチェレンから顔を背ける。
隠しているつもりかもしれないが、尻尾がピクピクと動いている。
「……アデクさん、先に行ったよ。
トレバ、僕たちも急ごう。 ……頼りにしているよ。」
つんとすました表情のまま、ジャローダは長い身体をくねらせて先へと進みだした。
いつもはチェレンの足跡の上を這ってくるのに。 少しだけ吹き出すと、チェレンは重いバッグを抱え直しジャローダの這った後を歩き出した。
予想外の足止めに、さすがのアデクも戸惑っていた。
小さな子供ならまだしも、三十路もとうに超えているであろう大きな大人がしくしく泣いているのなんて、一体どう声をかければいいのだ。
「えーん、えーん。」
訂正。 「しくしく」ではなく、「えーんえーん」だった。
だからどうしたと言われれば反論のしようがないが、目の前の彼女に訂正しろとばかりに睨まれたので仕様がない。
「失礼。 マダム、一体何があったのですか、こんな遺跡の真ん中で……」
「えーん、えーん。」
先ほどからこんな調子で話が全く進まない。 おまけに彼女が道をふさいでいるせいで、古代の城の奥を調べることも出来ない。
すっかり困り果てて泣いている女性の前で立ち往生していると、背後に人の気配を感じてアデクは振り返った。
一瞬、敵かもしれないと警戒したが、幼さをわずかに残した相手の顔を見るとアデクは胸を撫で下ろす。
「チェレン。」
「……どうしたんですか? チャンピオンならとっくに城の中を探し終えていると思っていましたが。」
相変わらず一言多いが、既に相当ここで時間を食ってしまっているだけに文句も言えない。
怪訝な顔をしている彼と、「えーん、えーん。」と泣き続ける彼女を見比べると、アデクはなんとも言えない顔をして肩をすくめた。
「いやなに、こちらの女性が困っているようでな。
力になりたいと思ってはいるのだが、この通りで話も出来んのだよ。」
「……あぁ。」
チェレンの表情から心の中は伺い知れた。
今にもため息か舌打ちのどちらかが飛び出しそうな顔をしてチェレンは泣いている女性へと近寄ると、それらの代わりに咳払いを1つして彼女へと話しかける。
「おばさん、何をそんなに泣いてるんですか?」
「えーん、えーん。」
「お姉さん?」
「えーん、えーん。」
「……レディ。」
「えーん、えーん。」
「…………お嬢さん。」
「せっかく見つけた化石をおかしな奴らに取られちゃったの。 えーん、えーん!」
チェレンは唇の裏を噛んで噴き出したくなるのをこらえた。
どう見ても10は下の人間に『お嬢さん』と言われて嬉しいものなのだろうか。
その心は理解出来ないが、とりあえずの扱い方はわかった。 チェレンは砂だらけのメガネを気にしながら息を吐くと、道を開けてもらうための情報を探りだす。
「その、『おかしな奴ら』って?」
「えーん、えーん。」
「……お嬢さん。」
「銀色のフードを被った変な奴らよぉ。 ポケモンをカイホウとか変なこと言ってたわ。 えーん、えーん。」
「……やっぱりか。」
チェレンは膝の砂を払うと、ジャローダの首に飛び乗って女性の頭の上を越える。
一瞬アデクはとがめるような困惑したような顔をしたが、すぐに意味を察すると彼もチェレンに習って彼女の頭の上を越えていく。
角も3つ曲がり、そろそろ声も届かなくなっただろうと一息つくと、アデクは軽く後ろを振り返ってからチェレンに苦笑いを向けた。
「やれやれ……助かったぞ、チェレン。
ワシではどうにも話し合いにならんでな。」
「聞こえますよ。」
一瞬ギクリとしたアデクだったが、すぐにそれがチェレンのジョークだと気付き、胸を撫で下ろす。
長い年月をかけて吹き込んできたのだろう、砂だらけの足元をサンダルで蹴飛ばすと、アデクはふと、薄いシワの現れ始めた鼻をピクリと動かす。
「チェレン。」
「……なんですか?」
厳しい視線を向けると、チェレンも殺気に気付いた。
トレーナー2人が立ち止まったことに気付いたのか、身を潜めていた人影は足代わりにしていた杖をひきずりながら、ゆっくりと姿を現す。
「チャンピオンか……余計なものを連れてきおって……まあいい。
……ゲーチスさまは言われた。 おまえの力量がどれほどか、今一度確かめよ、と。
我らプラズマ団を倒せるか みせさてもらうぞよ!」
「ぞよ?」
チェレンの横で、ジャローダがプッと吹き出した。
「……『ぞよ』?」
「ええい、うるさい!」
クスクスと笑うジャローダに真っ赤な顔をすると、プラズマ団の幹部は手にした杖を床へと振り下ろす。
途端、石畳が敷き詰められていたはずの足元が崩れ、チェレンとジャローダはアリジゴクのような流砂の中へと落ち込んだ。
そのまま生き埋め……なんてことにはならなかったが、落ち込んだ先の小部屋で自分を取り囲み、ニタニタと笑うプラズマ団たちの姿を見るとチェレンは口の中に入った砂をべっと吐き出した。
むう、と小さく声をあげて、ベルは石ばかりが転がるリュウラセンの塔を見回した。
「やっぱり、コローンともう1個落ちてるなんてことはないかあ……」
「そうだねえ、このリュウラセンの塔も、ボクらより先にプラズマ団が調べつくしているだろうからねえ。
だけど、ボクらもプラズマ団も、現場を直接この目で見るのはこれが初めてだ。 何か……資料にも載っていない新しい発見があるかもしれないよ?」
まだ誰も……プラズマ団と、トウヤとチェレンとハチク以外、誰も見ていない古代の遺跡。 ほんの少しの後ろめたさと一緒にベルの胸は高まった。
荷物を持ってくれているエンブオーを時々振り返りながら、落ち着かない様子で何度もポケモン図鑑に手を触れる。
「じゃあ、まだ誰も見たことのない新しいポケモンとかいたりするのかなあ?」
「実際伝説の通り、この塔にゼクロムが眠っていたわけだからねえ。
まだ発表されていないポケモンがいたとしても、おかしくはない。」
「わ!」
不謹慎とは思いつつも、ベルは歓声を上げた。
まだ見ぬポケモンと出会えるかもしれないとなれば、否が応でも胸は高鳴る。
実際、ここに来るまでにもポケモンの姿はチラホラと見てきた。
封鎖された塔にどうやって入ってきたのかはわからないが、きっとどこかにポケモンしか知らない道があるのだろう。
にやける口元に気付いたエンブオーが止める間もなかった。 好奇心のままに走り出すベル。
危険だからと止めようとする前に、階段の方から巨人が太鼓をメチャクチャに打ち鳴らしたような、低く大きな打撃音が聞こえてくる。
幸いにもベルにケガはなかったが、目の前に転がり落ちてきたそれに足は止まる。
巨大なビリヤードの玉に手足の生えたようなそれに、ベルの視線は注がれていた。
動いた。 ポケモンだろうか? 白い手をワタワタと動かしながらベルはアララギパパを探すと、ヨロヨロとバランス悪そうに起き上がる謎の物体にその指を向ける。
「は、博士、はかせっ! あ、新しいポケモン!!」
慌てふためくベルにアララギパパは小石を拾う手を止めると、ベルが指差す先を見てニヤリと笑った。
「あぁ、そいつはゴビットだよ。 古代人が作ったと言われるポケモンでね、きっとこの塔を守っていたんだろうねぇ。」
「どっか行っちゃいますよ?」
「プラズマ団とのゴタゴタで、主人が入れ替わったんだろうな。
悪いことに利用されなければいいが……それはゴビットが決めることだからなぁ。」
重そうな身体を引きずりながら階下へと進んでいくゴビットの背中をベルは見つめていた。
行き先は気になるが、相手は一応野生のポケモンだ。
忘れようと自分に言い聞かせ、ベルはその場から離れて真新しい崩れ跡の瓦礫の間を覗き込んだ。
その現場を見ることは叶わなかったが、プラズマ団は相当暴れたのだろう。 塔の中はどこを見ても瓦礫や石くずだらけだ。
少し、考える。 ベルはエンブオーが持っていたバッグからポケモン図鑑を引っ張り出すと、それを適当な方向に向けながらアララギパパへと尋ねた。
「そーいえば、探してるそのストーン?って、どんな形してるんですか?」
「そーいえば、ベルちゃんには見せていなかったね、悪い悪い。
アララギパパは再び手を止めると、眉を1度上げて、肩から提げた自分のバッグから分厚い本を取り出した。
パラパラと付箋の置かれたページをめくると、黄ばんだ写真が載せられているページをベルへと向ける。
ベルが覗き込むと、そこには見たこともないような文字の羅列と壁画らしきものの写真、それに、誰かがスケッチしたような黒と白の丸い石の絵が掲載されていた。
「この、絵に描かれている丸い石がダークストーンとライトストーンだと言われている。
伝説のポケモン、ゼクロムとレシラムは大昔のイッシュを荒れ果てた大地に変えた後、このストーンの状態になって、新たな英雄が誕生するのを待っている……とね。」
「それで、選ばれたのがNって人……それと、トウヤ……」
ベルが暗い顔をすると、アララギパパは空いている手で彼女の肩を叩く。
「まだ、そう決まったわけじゃないさ。
話しはその、Nって奴が言っているだけのこと。 もしかしたら伝説のポケモンに選ばれるのはアデクかもしれないし、もしかしたら私かもしれない、そうだろう?」
「はい……」
ベルの視線はアララギパパの持つその本へと注がれていた。
アララギパパの腕がふるえる。 デスクワークの多い研究者には、1000ページ越えの資料を片手で持つのはキツイ。
耐え切れずアララギパパが本を床に降ろしても、ベルはなおその本を見つめていた。
難しい顔をして、唇の下に親指を当てる。
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