「イワパレス、『ステルスロック』!!」
トウヤが指示を出すとイワパレスは自分の宿から石を削り取り、見えない罠として自分の周囲に潜める。
模擬戦闘の相手として選ばれたズルズキンは鼻息も荒く、わざと地面を踏みつけるように近づいてくると、イワパレスへと飛び掛かってくる。
『とびひざげり』だ。 真上から振り下ろされるように放たれた格闘技はイワパレスを地面へとめり込ませ、岩盤から削りだした宿に大きなヒビを入れた。
トウヤは帽子に手を当てると、大きく息を吸い込む。
「『からをやぶる』!!」
指示が出るとイワパレスはオレンジ色のハサミを振り上げ、ヒビの入った宿を投げ捨てた。
粉々になった宿に一瞬ひるんだズルズキンに一気に接近する。
「今だ、『シザークロス』!!」
ズルズキンが構えた緑色の壁の上にイワパレスはハサミを振り下ろした。
攻撃は阻まれるが、トウヤは口をぐっと強く結ぶと両手を2回強く叩いた。
ズルズキンを覆っていた緑色の壁が消え、イワパレスは鋭く研いだハサミを引っ込める。
少し離れたところで自主練習していた他のポケモンにも目を向けると、トウヤは冷たい空気を吸い込んで全員に声をかけた。


「みんな、少し休憩しよう。 昼ごはんの時間だよ!」
雪の積もった枝の上で足をブラブラさせていたトウコが飛び降りてきた。
バッグの中にあるポケモンたちの食事を取り出すトウヤとすれ違う。 退屈そうな彼女の顔を見ると、トウヤは腕に巻かれたCギアを顔に近づけて少しだけ目を細めた。
「えっと、今は……12時25分?」
「んじゃあ、そろそろかな。
 アイツ、ちょいちょい「金曜日はカレーの日!」って言ってたから、今日は出ると思うぜ。」
「トウコちゃん、今日、土曜日……」
「マジ?」
「マジ。」
一瞬止まると、トウコは長い髪をかきわけ頭をガリガリとかく。
「マジかよ……アイツ金曜の昼じゃないと、いつ休んでるかわかんねーんだよな……」
「出られないものはしょうがないよ、ボクたちなりに強くなる方法を探さないと。
 新しい戦い方も安定してきたし、そろそろライトストーン探すのに参加しようと思ってるんだけど……」
そう言って見下ろしたトウヤの目の前で、Cギアの着信画面が点滅する。
小さく声をあげたトウヤに、「先越されたんじゃねーの?」とトウコが意地悪な笑みを向けた。
苦笑いしながら通話ボタンを押した瞬間、トウヤは固まった。
耳を突き抜けるようなハウリング音。 モザイクのかかった画面から聞こえる荒い息遣い。



「……ェ……ヤ……!! ……しもし! ……もしもし、チェレン! トウヤ!!
 お願い! 誰でもいいから応答してちょうだい!!」
「アララギ博士!?」
画面向こうの聞き覚えのある声にトウヤが反応すると、曇った画面の向こうから視線が向けられる。
スピーカーから聞こえる息遣いに合わせ、画面のもやが大きく広がった。
4つに割られた画面の片隅に目を向けると、トウヤは何事かと集まってきたポケモンたちをモンスターボールへと戻しながら話を続ける。
「あの、アララギ博士……なにかあったんですか?」
「あっ、つながってる! あのねトウヤ!!
 プラズマ団にシッポウシティの博物館が襲われてるの! まだ、中にベルが残ってて……!!
 お願いトウヤ! 警察に連絡して! それと出来ることなら……ベルを助けてあげて!!」
「ちょっ……!?」
一方的に切られたライブキャスターにトウヤとトウコは1秒ほど視線を落とした。
紛れもない緊急事態だ。 だが、トウヤたちがいるセッカシティからシッポウシティまではイッシュ半分ほどの距離がある。
荷物をまとめるのもそこそこにトウヤはカバンを肩から提げるとトウコに困惑した表情を向ける。
「どうしよう、トウコちゃん……!」
「どうしようもこうしようも、博士が言ってたとおり、まず警察だろ!
 それと、あと……あーもう!! 何でこんなときにいねーんだよ、アタシのポケモン!!」
苛立たしげに頭をかくトウコを気にしながら、トウヤは街の方向へ向かって走り出す。
ポケモンセンターまで遠い。 背中に乗せてもらうことを考えトウヤがメブキジカのボールを取り出したとき、ふと見慣れぬ機械のようなものが視界の端をかすめた。
同時に木の陰から現れた人影に正面衝突する。
雪のおかげでケガこそしなかったが、その雪に埋まった腕が引き出せず、トウヤはジタバタともがいた。
ぶつかった相手は「おぉ」と小さく声をあげるとトウヤの肩を引き、その場に座らせる。
見覚えのある汚れたコートにトウヤは顔を上げた。
ラッキーだ。 ぶつかった相手が国際警察のハンサムだったとは。
言いたいことを一気にぶちまけようと口をパクパクさせるトウヤにハンサムは少し眉を潜める。
「どうした、ずいぶんと慌てている様子だが?」
「シ、シッポウの博物館がプラズマ団に!! 早く行かないとベルが……!!」
「なんだと!?」
「け、警察に……! ボクも、早く行かないと……!!」
太い眉を潜めると、ハンサムは汚れたコートを翻した。
力任せにトウヤを立たせると、雪の上にぽつんと置かれた扇風機のような機械の方に彼を引きずるような形で引っ張っていく。
「ちょうどよかった、本部から偵察用のヘリが届いたところだ!
 乗っていけ、少年!! そのシッポウシティとやらへ、ひとっ飛びだ!!」
「は、はいっ!!」
「なんだそれ、超ラッキー!!」
トウコの弾んだ声とともに、後を追いかけてきていたゾロアークがゾロアに化ける。
2人と1匹と幽霊1人が乗り込むと、ヘリは大きく広げたプロペラを回し、雪の上に丸い風紋を作り出した。
ヘリは浮き上がった途端、今すぐ墜落しそうな勢いでメチャクチャな方向に飛び回る。
トウヤは舌を噛んだ。 右に左に振れる操縦幹を握りながら、ハンサムは叫んだ。


「操縦するのは初めてだがな!!」





「……と、まぁ、こんな感じで。」
一通り泣いてようやく落ち着いたベルに、トウヤは自分がここまで来た経緯を説明した。
落ちなかったのが不思議なくらいだとトウコが付け足した。 普段は横でケラケラ笑っているゾロアも、今ばかりはダウンして建物の影に転がっている。
古代の城に行ったというチェレンからの連絡はまだない。 くるくると回る赤色灯の光に時折目を細めながら、トウヤは鳴らないライブキャスターに視線を落とした。
せわしなく動き回る警官たちの間でうなだれているプラズマ団を横目で見ると、ベルは少し赤くなった目をトウヤの方へと戻して口を開く。
「そういえばトウヤ、その、トウヤをここまで連れてきてくれたハンサムさんっていう人は?」
「それが……シッポウシティに到着する直前、無理な運転がたたってヘリが墜落して……」
「そんな……!」
小さく首を横に振ったトウヤに、ベルは白い指を口元にあて息を呑む。
ふるえる唇で何かを言おうとして、首を横に振った。
「ハンサムさん……いい人だったのに……」
「うん。 あの人がいなければ、ボクたちはシッポウシティまで来られなかったと思う。」
「おい……」
階段の上であぐらをかいたトウコが小さく口を開いた瞬間、真上から振り下ろされた拳がトウヤの頭を打った。
ジンジンする頭をさすりながらトウヤが振り向くと、眉間にシワを寄せたハンサムがトウヤのことを睨んでいる。

「こら、少年! 勝手に人を殺すんじゃない!!」
「ヘリが墜落して使い物にならなくなったから、上司の人にこってり絞られてるって言うつもりだったんですけど……」
涙も引っ込んできょとんとしているベルをよそに、トウヤは頭から煙を噴き上げているハンサムに苦笑いのようなものを向ける。
わざとらしく咳払いすると、ハンサムはチカチカ光る赤色灯の方を1度見てからアゴをなでた。
「まあ、全員、大きなケガがなくてなによりだ。
 今、地元の警察とも話してきたところだが、今回の件は、どうも事件を起こした下っ端の暴走だったようだな。
 捕まえたプラズマ団から何かしらの情報が引き出せるのではないかと思ったのだが……残念ながら、さっぱりだ。」
そうですか、と小さい声で返すとトウヤはベルの方に顔を向けなおす。
「……ともかく、ベルが無事でよかった。 アララギ博士から連絡が来たときは血の気が引いたよ。」
「そういえば、アララギ博士は?」



「ベル!! トウヤ!!」
顔を上げたベルの視界をさえぎるような大きな声に、トウヤたちは一斉に顔を上げた。
細長い影がトウヤの顔に落ち、舞い上がった砂煙にベルが帽子を押さえる。
ベルがケンホロウから息を切らせ降りてきたチェレンの名を呼ぶと、チェレンはトウヤとベルを見比べ、安心したように大きく息を吐いた。
「……よかった、2人とも無事だったみたいだね。
 さっき、ラジオのニュースでシッポウの博物館が襲われたことを知って……」
「古代の城の中だと電波が届かないんだね。 ボクはアララギ博士からライブキャスターで連絡もらってこっちに来たんだ。」
チェレンを追いかけるように降り立ってきたアデクの姿に、トウヤは胸を撫で下ろす。
彼らも一戦交えてきたのか、服のところどころに鋭いもので切られたような跡があり、足元はおろか、耳まで砂だらけだ。
ふと視線を移動させたトウコの瞳に、ベルの唇がふるえているのが映る。
バッグのヒモを握り締める彼女にトウコは近づいた。 肩を叩こうとした指先は、すり抜けるだけであったが。

「……こっちのプラズマ団は、トウヤ、キミが倒したのか?」
「うん。 でも、中にいたのは1人だけだった。
 ハンサムさん……警察も、こっちの件は事件を起こしたプラズマ団の暴走だろうって。」
うなずいたトウヤに、ソデの砂を払い落としながらアデクが話を引き継ぐ。
「だとすれば、プラズマ団もライトストーンは古代の城にあると思っていたということか……
 わしらが行ったことで連中の注意を引きつけられた……そう思えば少しは心が軽くならんか、チェレン?」
「……別に、重くなんて思っていません。」
チェレンは不機嫌そうに口をとがらせる。
トウコの指先からベルの肩が離れ、全員の視線がそちらへと向いた。
緊張した面持ちでアデクの方へとチラリと視線を向けると、ベルは足元に視線を落としてぎゅっと自分の手を握り締める。


「あの……あのお!」
搾り出すように発せられたベルの声に、誰も声は返さなかった。
代わりに注がれる視線に耐えるように自分の手のひらに爪を食い込ませると、ベルは自分のバッグをチラリと見て先を続ける。
「あの、ライトストーン……見つかったんです。 いま、あたしが持ってるんです。」
「えっ!?」
「……え?」
「なにっ!?」
トウヤの視線がベルから、彼女を覗き込むように見つめているトウコへと移る。
おずおずとベルがバッグから真っ白な石を取り出すと、トウヤは小さく「あっ」と声をあげた。
シッポウ博物館の片隅に飾られていた、いつかミネズミが見つめていたあの古い石だ。
詰め寄るようにして近づいた後、チェレンは何か言おうと口を開き、結局何も言わずにベルを抱きしめた。
難しい顔をしてアゴに手を当てているアデクが、横目でトウヤを見る。

「じゃあ……」
あまりに自然に持ち上げられたため、ベルは一瞬、自分の手元からライトストーンがなくなったことに気付かなかった。
少ししてチェレンの目が見開いた。 まるで預かり物のポケモンのタマゴでも抱くかのような仕草で、トウヤがライトストーンを抱えている。
「トウヤ! それの意味分かって持ってるのか!?」
「そうだぞ。 そのライトストーンを手にするということは、わしになにかあったとき、Nと戦うということだぞ。 それでいいんだな?」
ほんのわずか、誰も気付かぬほどに目を伏せるとトウヤは、少しわざとらしく小首をかしげ口元に笑みを浮かべる。
「やだな、チャンピオンのアデクさんが負けるわけないじゃないですか!
 ベルが持ってたら落として割っちゃいそうだから、預かっとくだけですよ。
 この石、プラズマ団も狙ってるんですよね。 忙しいジムリーダーやチャンピオンに、どう使えばいいかわからない石のお守りさせとくわけにもいかないし。」
「……それが、おまえの覚悟なんだな。」
帽子のツバにかけられた指先に、アデクの視線は向けられていた。
固く結んだ唇の間からわずかに息を漏らすとトウヤはベルの右側に向かって「ね。」と小さな声をかける。
そちらに誰かいるのかとアデクとハンサムは視線をずらしたが、2人の目に見えるのはすすけた薄黒い壁。
チェレンの握られた拳の中に爪が突き刺さった。 潜めた眉をトウヤに向け、何か言おうと口を開きかけたとき、唐突に聞こえてきた人の話し声にその場にいる全員の動きが止まった。



「……おい、本当にこれでいいのか?」
「オレのと同じ機種だから、これで合ってるはずだけど……画面うつんねーしなぁ……」

「トウヤ、ライブキャスター!」
トウコが指差すとトウヤは薄暗い光を放っているCギアに気付き、画面を確認する。
画面の右半分は砂嵐で覆われ、スピーカーから聞こえる音にもノイズが混じる。
普段は出てくる相手の名前が表示されず、トウヤは首をかしげた。
「あ、あの……誰……ですか?」
「あ、おい! 繋がってるぞ! 声聞こえる!!
 おい、おい! こっちの声聞こえるか!?」
「はい、聞こえてますけど……あの……」
誰、と、もう1度聞こうとする前に、スピーカーの向こうから歓声のようなものが聞こえた。
1人や2人ではなさそうだ。 状況がつかめず段々と混乱してきたが、続けて放たれた相手の言葉で一気に目が覚めた。
「おい! お前、トウコ・ホワイトってトレーナー知ってるか!?」


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