持てる限り最大限の移動手段を尽くしても、トウヤがセッカシティへと戻るのにまる1日かかった。
ネジ山を駆け抜けたメブキジカからハチクの運転するスノーモービルへと乗り換え、オレンジ色の夕日に目をしばたかせながら待ち合わせ場所のポケモンセンターへと到着する。
凍った雪に何度か足を滑らせながらガラスの扉を潜ると、すぐに待ち合わせの相手を見つける。
トウヤを2人横に並べたくらいの男が、壁際のソファーを陣取り大きく股を広げて座っていた。
革張りのジャケットは暖かそうにも見えたが、そこに打ち付けられたスパイクのようなトゲトゲは外に出たらあっというまに凍りつきそうで、その服が暖かいのか冷たいのかよくわからない。
受付にメブキジカを預けると、トウヤは血流が戻ってかゆみだした頬を気にしながら待ち合わせの相手へと駆け寄る。
よく見ると、大柄な男の隣にもう1人いた。 こちらは同じ服を着ていながら、トウヤと同じくらい、小柄な男だったが。

「あの、こんにちは……」
トウヤが話しかけると、2人組のうち、大柄な男の方がトウヤを下から見上げるように睨みつけた。
「……お前がトウコ姐さんの弟っつー奴か?」
「デター!! アニキの相手を威嚇するバリトンボイス!! 痺れやすっ! 憧れやすっ!」
小柄な男の方がどこかからか取り出した紙吹雪を貧相にばらまく。
大柄な男はそれを無視して立ち上がると、あとがつくのではないかというほど眉根を寄せてトウヤを睨みつける。
「似てねえなあ。 オマエ、本当にトウコ姐さんの弟か?」
「デター!! アニキのまずは疑ってかかる作戦!! 痺れやすっ! 憧れやすっ!」
「あの……」
トウヤは帽子のツバに手をかけようとして、止めた。
足元をくすぐるように、冷たい空気が流れてくる。
トウヤは帽子を脱ぐと、睨みつけてくる大柄な男にゆっくりした口調で答えた。
「血は……繋がってないんです。 だけど、トウコちゃんは、世界にたった1人しかいない、ボクの大切な姉さんです。
 ボクの名前は、トウヤ・ブラック。」
「苗字も違うのか……」
「デター!! アニキの……あれ?」
大柄な男はドッカとソファーに座り直すと、正面のイスをトウヤへと勧めた。
ストーブへと駆け寄ったゾロアが体の雪をふるい落とす。 少し離れたところにいる2人組を見ると、鼻先をピクピクと動かした。



ソファーの背もたれに体を預けると、大柄な男は太い親指で自分と小柄な男を交互に指差した。
「オレはチーム・ブラックエンペルトの副総長、ヒデアキ。 こっちは舎弟のモーガンだ。」
「副ってのは、トウコ姐さんに負けたからなんスよ。 さすがにそこは憧れないっス!」
割と聞こえる小声で話しかけてきたモーガンにヒデアキのゲンコツが振り下ろされる。
破裂するような咳払いをすると、モーガンはボールのような拳を膝の上に置き、先を続けた。
「オレたちがトウコ姐さんに会ったのは、去年の冬……ちょうど初雪が降った日でな。 シマに入り込んできた小生意気な女をこらしめようとしたら返り討ちにあってよ……
 ……まあ、その、なんだ。 色々あったが、今はトウコ姐さんがブラックエンペルトの総長っていうわけよ。」
「……なんだそれ。 知らねぇ……」
いつの間にか後ろにいたトウコが低い声をあげる。
どんな言葉でケンカを売ったのかは知らないが、余程コテンパンにやられたんだろうなとトウヤは推測した。 トウコなら、やりかねない。

「あの……それで、どうして昨日、突然ライブキャスターに連絡を……?」
「あぁ。 先週な、族のモンがR9(アールナイン)で、これを見つけてきたんだよ。」
そう言ってヒデアキは画面の割れた赤いライブキャスターを取り出し、トウヤに向かって放り投げた。
「アタシのライブキャスター!?」
「R9(アールナイン)っていうのは9番道路にあるバカでっかいショッピングモールのことっス。
 そこのリサイクルショップでジャンクパーツとしてそれが売られてたのを、族のモンが見つけてきて、昨日やっと繋がったってわけっスよ。」
色違いの自分のそれと見比べると、トウヤはトウコにも見やすいよう、ガラス張りのサイドボードの上にライブキャスターを置く。
異変に気付いたのか、ストーブの横でゴロゴロしていたゾロアが駆け寄ってきた。
黒い尻尾を振り回す小さなポケモンをチラリと視界の端に入れると、ヒデアキは先を続ける。
「……本当はもっと早く連絡をつけたかったんだが、メモリーが全部吹っ飛んだ上に画面が割れて、使い物にならなくてな。
 昨日の昼間、このライブキャスターに連絡入れただろう? それでようやく着信履歴からオマエに連絡がつけられたってわけだ。」
「まぁ、入れ知恵したのオレなんですけどね! ぷぷぷ。」
ゲンコツを振り下ろされ頭を抱えるモーガンは無視して、トウヤはトウコと視線を合わせた。
昨日の昼……恐らく、アララギ博士がトウヤたちに助けを求めたときのことだろう。 隠れているベルのライブキャスターを鳴らすわけにはいかなかったから、代わりにトウコの番号を入れたのだろう。
そして今度は彼らからトウヤへと連絡……それも、フウロが最後に見たのよりも後に会った人間だ。 だんだんトウコの足跡がはっきり見えてきている気がした。
「あの、それで……ヒデアキさんたちは、トウコちゃんが今どこにいるか知ってますか?」
拳を握り締めて叫ぶように尋ねたトウヤを見ると、ヒデアキは一瞬トウヤから視線をそらし、居心地悪そうにソファーに座り直す。


「……こっちが聞きてえよ。」

意味がわからず目を瞬かせたトウヤに、小柄なモーガンが小さな声で話す。
「ホラ、オレたちこんなんでしょう? 警察に聞こうにも、向こうもまともに取り合っちゃくれねーし、経過が全然わかんねーんスよ。」
「ちょっ……! 警察って?」
トウヤが立ち上がると、ヒデアキはさして驚く様子もなく深く息を吐く。
口をパクパクさせているトウヤの手首をつかむと、軽く引き、あまり『らしく』はなさそうな暗い瞳で口を開いた。
「時間あるだろ。 今からシリンダーブリッジに行くぞ。」
「デター! 言葉よりも直接目で見て分からせる! しび……あれ……」
うなりをあげるゾロアにモーガンの視線が向く。 怪訝な顔をすると、モーガンは人差し指をうろつかせ自分の頭を抱えた。
センターの受付からメブキジカを受け取って戻ってきたトウヤと一瞬目が合う。
トウヤはモーガンではない『誰か』に話をした。 高い鳴き声をあげて走り出したゾロアにも置いていかれ、モーガンはヒデアキに怒鳴りつけられる。





ハチクのスノーモービルを上回るほど横に広い大きなバイクに、トウヤは目を丸くした。
雪国らしくスパイクのついたタイヤに、車体には横転しないよう、スノーモービルと同じような横板が取り付けられている。
「どうだ、オレ様の愛車エレクトリカル・ビートル! セッカシティ仕様だ。」
「かっこいい……!」
「……かっこいい?」
疑問符を浮かべるトウコをよそに、明らかに違反改造のバイクの周りをトウヤはぐるぐると回る。
毎日磨かれているのであろうピカピカの車体を眺めると、トウヤは巨大な2つのヘッドライトの間にあるカゴを指差しほてった頬をヒデアキに向けた。
「ここ、誰か乗るんですか?」
「何言ってるんスか! ポケモンでも、そんなちっちゃい空間に乗れるわけないでしょう! ねえ、アニキ?」
「あ、あぁ……
 オイ、トウヤ……早く乗れ。 日が暮れて道が凍ったら洒落になんねーからな。」
じゃあ、と言ってモーガンがゾロアを自分のバイクに乗せようとすると、ゾロアはくるりと回転しモーガンの姿に化けイシシッと笑った。
トウヤもヒデアキのバイクに乗り込むが、思いのほかバイクの後ろは狭かった。 前に乗るヒデアキの尻に、今にも潰されそうだ。
小柄なモーガンのバイクに乗り込んだゾロアを少しうらやましく思っていると、鼓膜が破れそうなほどの排気音とともにバイクは雪を巻き上げ出発した。
吹き飛ばされそうな帽子を時折押さえながら、トウヤはヒデアキを見上げる。
時々感じる嘘の匂い。 聞くなら、今しかない。

「ヒデアキさん! バチュル、飼ってますよね?」
「あ?」
「バイクの目玉の間のカゴ! ポケモンのバチュルを入れておくためのものですよね!」
トウヤは振り落とされるのを覚悟した。 なんでこんなに意地になって叫ぶのか、自分でもわからない。
振り向く素振りがあったわけでもないのに、自分が睨まれていると感じる。
軽く唇を噛んだ瞬間、バイクが大きく揺れてトウヤは唇を切った。
しょっぱい血の味が口の中に広がるのを感じながら、顔を上げ、もう1度叫ぶ。
「だけど、ここ最近……ううん、かなり長い間、そのバチュルはバイクに乗せていない。 違いますか?」
返事がないのを、トウヤは肯定と受け取った。
確信する。 あれだけ目立つトウコが、アデクや、以前出会った隣町のソウリュウシティから来たというアイリスには出会わなかった。
トウコが辿ってきた順路のうち、最後に彼女を見たのはこの人たちのはずだ。 そしてそのとき、『何か』があった。
「たとえば……1年くらい。」
「てめえ……ふざけたこと言ってると叩き落すぞ!!」
「ふざけてません! そのバチュルがいなくなったことと、トウコちゃんが行方不明になったことも関係してるんじゃないですか!?」


そう叫んだ瞬間、ハンドルを取られたバイクは横転し、トウヤは雪の上に投げ出された。
真横を追い越していったモーガンのバイクが止まる。 幸いにも柔らかい新雪は40キロの衝撃をほとんど受け止め、トウヤもヒデアキもかすり傷1つ負っていない。
うめきながら起き上がると、トウヤは自分のモンスターボールを確認した。
1つでもなくなったら大変だ。 それはトウヤに限らず、ベルでも、チェレンでも、トレーナーなら誰でも同じこと。
「ボクは……真実が知りたいんです! 全部教えてください、ボクもヒデアキさんには嘘つきません!!」
むせこみながら起き上がると、ヒデアキはトウヤを見、背後を見、最後に倒れた自分のバイクへと視線を向けた。
雪道用の補助板が片方折れてしまっている。 舌打ちするとヒデアキは倒れたバイクを起こし、雪の上を押して歩き出した。
「……大丈夫スか? アニキがバイクこかすなんて珍しいっスね。」
「……あぁ。 ったく……」
不思議なものを見るような目をしたモーガンに見守られながら、ヒデアキはトウヤを睨みつける。
今さら自分のしてしまったことに気付き、トウヤは慌ててバイクを押すのを手伝った。
「ごめんなさい……」
口の中の血の味が強くなる。 バイクを押す手の感触が軽くなったかと思えば、いつの間にか、隣にモーガンに化けたままのゾロアークがいた。



ヒデアキは白く煙る景色の向こうに目を向けると、雪原から続く長く伸びた端に眉を潜めた。
付き合いで自分のバイクを押すモーガンが、巨大な鉄橋を指差す。
「アレがチーム・エンペルトのシマ! シリンダーブリッジっス!
 人が通る道の下には、ライモンから続く地下鉄が走るんスよ! 割と間隔は短いけど、足の下を鉄道が走ってく光景は何度見ても飽きないっスねー!」
楽しそうに話すモーガンに、トウヤは心底ホッとした。
ライモンには行ったが、地下鉄を見るのは初めてだ。 ワクワクしているはずなのに、腹の底で渦巻くような嫌な予感がどうしても拭えない。
雪でぼやけていた輪郭がはっきりしてくると、ヒデアキは足を止め、鉄骨で作られた橋の中ほどに視線を向けた。
ゾロアークの鼻がピクリと動く。 血相を変えて走り出した3人に置いていかれたエレクトリカル・ビートル号は薄い雪煙をあげ、柔らかい雪の上に横倒しになった。
「どどど、どーしたんスか?」
「テメエはそこでバイク見張ってろ!! あの野郎、ぜってえ許さねえ……!!」
「トウヤ、先に行く!! 行くぞ、ゾロアーク!!」
「気をつけて!」
飛び出していったゾロアークの跳ね上げた雪煙を被りながら、トウヤは手元からモンスターボールを取り出す。
何度も足を取られながらシリンダーブリッジへと続くゲートを潜ると、耳鳴りのようなガタゴトという低い音が全身を揺さぶった。
足を止めるトウヤをヒデアキが怒鳴りつける。 押されるようにしてゲートを出て行くと、橋の中央にいる人物に、今度こそトウヤの足は止まった。



「おや、お久しぶりです。 ヒウンシティのアジト以来……でしょうか?」
道の上に転がってうめき声をあげる若い男たちに、ヒデアキの顔色が赤くなる。
トウヤはモンスターボールからダイケンキを呼び出した。 3人の黒服に守られるようにして、広い橋の中央で微笑んでいるプラズマ団の幹部、ゲーチス。
余程激しく抵抗したのか、薄黒くなるまで殴られたような痕のある男のそばで、小さなゾロアがうなり声をあげている。
眉を潜めると、トウヤは生唾を飲み込んでダイケンキとともに歩き出した。
自分の2倍はあるのではないかという男を睨み付け、ふるえる唇から声を絞り出す。
「どういう……ことですか? この人たち、ポケモン持ってないじゃないですか。」
「いえいえ、こちらでアナタ様を待とうとしたところ、この方たちがいささか……乱暴なやり方でワタクシどもを追い出そうとしたもので。
 彼らにケガをさせてしまったこと、大変申し訳なく存じます。 ダークトリニティには後でワタクシの方から言っておきましょう。」
「嘘だ!! トウヤ、騙されるな!!」
「テメエッ、ふざけんな!!」
大きな声をあげ殴りかかったヒデアキの太い拳を、影のように現れたダークトリニティの1人が片手で受け止める。
黄色い光が放たれると、ヒデアキの巨体は痙攣し、倒れて動かなくなった。
すぐにダイケンキを向かわせると、トウヤは表情1つ変えないゲーチスを睨みつける。
「Nがこんなこと認めたんですか!? ポケモンを持ってない人まで力ずくで言うこと聞かせるのがプラズマ団のやり方なんですか!!」
「……やはり、血が繋がっていないとはいえ姉弟ですね。
 ワタクシもここにきて思い出しました。 ……そっくりですよ、その目元。」

クスクスと不穏な笑い声をあげるゲーチスに、トウヤは眉を潜める。
ゲーチスがマントの下から青白い手を伸ばすと、トウヤをかばうようにゾロアが間に入ってうなり声をあげた。
「……そう、あの時も彼女のそばにはゾロアがいた。 奪われたポケモンを返せと執拗に我らをつけ回し、乱暴をはたらいたアナタの姉君……
 不幸な……事故でした。 あれほどまでに執着しなければ、あのような結末にはならなかったというのに……」
ゾロアのうなり声が、警戒から怒りのそれへと変わっていた。
冷え切った唇に当たる歯の先が、浮き上がったカサブタに傷をつける。
「まずは一言……彼女の弟であるアナタに謝らせていただきたい。
 あの時、彼女は怒りのあまりワタクシに掴みかかり、ワタクシはそれを振り払った。 よろけた彼女は、フェンスを乗り越え……この、橋の下に……!
 そう……アナタ様の姉君を殺してしまったのは……この、ワタクシなのです!」


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