「なんなのよう! さっきのおはなし、おかしーじゃん!」
怒りの冷めやらぬアイリスに困ったような視線を向けながら、シャガというソウリュウシティのジムリーダーは深くため息をついていた。
アデクも相当に体格があるが、このシャガもなかなかのもので、横たわった自室のベッドが小さく見える。
プリプリと怒っているアイリスの子守をチェレンに任せ、アデクはようやく目を覚ましたというシャガに申し訳なさそうな顔を向けた。
「すまんな、突然押しかけて。」
「……どうした。 ポケモンリーグを離れ、各地をさまようチャンピオンがいったいなんの用だ?」
「ずばり! 伝説のドラゴンポケモンのこと、教えてくれい!」
ジタバタと暴れながらチェレンの手を煩わせていたアイリスが怪訝な顔をするのと同じタイミングで、ライブキャスターに通信が入った。
どうやら、トウヤがシャガの家を見つけられないらしい。
困り果てて額に手を当てるチェレンに、アイリスがくりくりとした大きな目を向けた。
「だーいじょーぶ! あたしが、そのおにーちゃんをあんないしてあげる!
 ソウリュウならあんないできるし! ゼクロムとレシラムのおはなしも、あたしがしてあげるね!」
チェレンの不安をよそに、アイリスは開けた扉が閉まる間もなく、煌々と光る街へと飛び出していった。
窓から差し込む西日にチェレンは顔をしかめる。 何が起こっているかも把握しきれていない今、淡々と過ぎていく時間は憎くすら思えてくる。



「……では、話そう。
 ライトストーンへとその姿を変えたレシラム、あのNという男が持っているゼクロムは、もともと一匹のポケモンだった。
 その1匹のドラゴンポケモンは、双子の英雄とともに新しい国を作り、人とポケモン……幸せな日々を過ごしていた。
 だが、ある日のこと…… 双子の英雄は真実を求める兄と理想を求める弟にわかれ、どちらが正しいか決めるべく争いを始めた……
 双子とともに歩んできた1匹のドラゴンは、その体を2つに分かち、それぞれの味方をした……

 理想を求め、新たなる希望の世界に導く黒きドラゴン……その名もゼクロム。

 真実を求め、新たなる善の世界に導く白きドラゴン……その名もレシラム。

 2匹はもともと同一の存在ゆえ、争いは激しくなるばかり。 どちらが勝つともいえず、ただただ疲れ果てていった……
 双子の英雄も、この争いはどちらかだけが正しいのではない……
 そういって争いをおさめた……」

「なのに、なのに…… えいゆうのむすこたちが、また、あらそいをはじめちゃって……
 ゼクロムとレシラムは、いなずまとほのおでイッシュを一瞬でほろぼし、すがたを消しちゃったって……
 だけどね、ひとがポケモンとのつきあいかたをまちがえなければ、世界をほろぼしたりしないよ。
 だって、ゼクロムも、レシラムも、みんなのためにがんばって新しい国をつくったんだもん!
 だから……だから……!」
言葉に詰まるアイリスを見て、トウヤは肩から提げたバッグのヒモを握り締めた。
自分で決めたこととはいえ、バッグの中のライトストーンは重い。
調整のためにとモンスターボールから出して、そのままついてくることになったゴビットがトウヤの方に顔を向けると、トウヤは笑みを作ってアイリスへと話しかける。
「アイリスちゃんは、本当にポケモンのことが大好きなんだね。」
「そーなのッ!!
 だから、だからねっ、ポケモンとあたしたちを分かれさせようとするプラズマだんなんか、ぜったい!ゆるさないんだからッ!」
怒りをぶつける相手もいないのに、アイリスはプリプリと怒る。
ようやく辿り着いたシャガの家は、シンプルながらも気品のようなものが覗える立派な屋敷だった。
つやつやと光る白い門を潜ると、窓越しにトウヤの顔を見つけたチェレンが大きなドアを開け2人を出迎える。
丁度こちらも一通りの話を終えたようだ。 キングサイズのベッドから立ち上がった白髪の男に見下ろされると、トウヤは両目をパチパチさせる。
「えっと……」
「おお、そういえばまだ紹介していなかったな。
 この男がソウリュウシティのジムリーダーにしてこの街の市長、シャガだ。」
ずれたサンダルを直しながら、白髪の大男をアデクが指差す。
「ジムリーダーの……じゃあ、今朝、Nと戦ってたのは……」
「どうやら、みっともないところを見せてしまったようだな。
 見ての通りだ。 あのNという男が使っていたポケモンに、私たちは手も足も出なかった。」
「……ジムリーダーでも、ですか。」
沈んだ声を出したチェレンに、シャガがたくわえたヒゲに触れながら小さくうなずく。

「あれが……伝説のポケモン、ゼクロムなのだな。
 私のポケモンたちを寄せ付けぬほどの圧倒的なパワーも、伝説のポケモンであったというのなら説明がつく。
 そのゼクロムを操るNという男……Nを王として人とポケモンを切り離そうとするプラズマ団……確かに、あまりいい状況とは言えんな。」
よくわからないといった顔をして大人たちの顔をキョロキョロと見上げているアイリスをよそに、シャガは難しい顔をして獣のような唸り声をあげる。
トウヤの肩に、毛深いアデクの手が置かれた。
「そのNというトレーナーが、ここにいるトウヤに『もう1匹のドラゴンポケモンを探せ!』と、言ったらしいのでな。」
「それで、お前たちはドラゴン使いである私のところに来たというわけか……
 ……解せぬな。
 自分の信念のため、2匹のドラゴンポケモンをあえて戦わせるつもりか。 そのNとやらは……?」
「えーっ!! ドラゴンポケモンたちは、もう、なかよしなんだよー!」
家中に響き渡るような声をアイリスがあげると、それに対抗するかのような大きな笑い声をアデクがあげる。
「そうだよな、アイリス!
 ポケモンを戦わせるのはトレーナー同士……そしてトレーナーとポケモンが理解しあうためだよ。
 さてと……わしはポケモンリーグに向かう! いや、この場合は戻るというべきかな……?
 もちろん、Nに勝つ!
 トレーナーとポケモンが仲良く暮らしている今の世界のすばらしさ、きゃつに教えてやるのだ!
 そしてトウヤ、チェレン! チャンピオンとしておまえさんたちを待つとしよう!」
豪快に笑い声をあげるアデクに、なぜかトウヤの背筋は凍った。
トウコがカノコタウンから旅立っていったときと同じだ。
止めることも出来ず開きかけた口を思い切り噛み締めると、口の中には血の味が広がった。



「役に立てず、すまんな。」
「いやいや、久々にお前さんたちに会えて楽しかったよ!
 トウヤ、チェレン、お前たちもソウリュウのジムバッジ手に入れてリーグにこい。 もっとも、ソウリュウのジムリーダーは手ごわいぞ!」
「……アデクさん、そこまでお供します。」
シャガとアイリスに背を向けるアデクをチェレンが小走りに追いかける。
扉の閉まる音が聞こえると、曇ったガラス越しに2人が歩いていく姿が見える。
「……あーあ、おじーちゃんいっちゃった。
 だいじょーぶかなあ? なんだか、こわいかおしてたけど。」
「……アイリス、心配ないよ。 彼はイッシュで一番強いポケモントレーナーだからね。」
「でもお、なんか……なんか……」
アイリスの服に、握り締めた手のあとがくっきりとついた。
急に振り向いて視線を向けられ、トウヤは肩を跳ね上げる。
「トウヤおにーちゃんも、感じてるんだよね。」
「えっ……」
「おなかのうえで、いやーなものが、ぐるぐるぐるーってなってる感じ。
 ヒウンシティでベルおねーちゃんのポケモンがプラズマ団に取られたときみたいに、あたしの中でぐるぐるって感じがずーっとしてるの。」
うまい返答が思いつかず、トウヤは肩紐を握る手に力を入れた。
否定は出来ない。 一応の建前と自分が進むべき方向は決めてはいるが、心の中に迷いと不安があるのもまた事実だ。
力のない笑いでその場をごまかそうとベルに顔を向けたとき、不意に身を切るような殺気を感じ、トウヤはモンスターボールに手をかけた。


「『つじぎり』!!」
「イワパレス『シザークロス』!!」
「シャガおじーちゃんッ!?」
突然の攻撃に反射的に繰り出した技で、立てかけてあった置物が割れた。
相手のクリムガンから距離をとろうと周囲を見渡しながら、トウヤは繰り出したイワパレスの様子をポケモン図鑑で確認する。
「……お前、なのか。」
ピリピリとした殺気が消え、トウヤは眉を潜めながら顔を上げた。
突然の事態に混乱した様子のアイリスがオロオロしている。
シャガはぴっちりとしたYシャツの胸元を直すと、繰り出したポケモンを収め、大きな体でトウヤのことを見下ろした。
「なぜ子供がここに来たのかと疑問だったが、これで分かった。
 ……お前が、Nと戦うのだな。 しかも、その思い詰めた顔……1人で戦うつもりだな。」
「ええっ、そうなの!? トウヤおにーちゃん、伝説のポケモンとたたかうの?」
言葉に詰まりながら、トウヤは曖昧にうなずく。
何度もバッグを気にする仕草を、シャガには気付かれている。
「はい。 実は、レシラムが眠っていると言われているライトストーンも……今、ボクが持っているんです。」
「ええっ!?」とアイリスから驚きの言葉が漏れる。
納得したような表情でクリムガンのモンスターボールを机の上に置くと、シャガは窓の外へ目を向けながら深く息を吐く。

「こんな子供に……イッシュ全土の運命を任せることになるとはな……」
「えっと、なんかすみません……」
トウヤが謝ると、アイリスはますます訳がわからない、といった表情でトウヤを睨みつける。
イワパレスをモンスターボールに収めていると、窓ガラスの向こう側にアデクを見送り終わったチェレンが戻ってくるのが見えた。
仮にもケガ人相手だし、そろそろ暇しようとトウヤが重いバッグを抱えなおすと、シャガはトウヤに小さな箱のようなものを投げ、窓の外へと視線を向けた。
「……ジム戦をするなら、明日の10時以降だ。 ポケモンたちに、無理をさせるわけにもいかないからな。」
「あ、はい……」
チェレンが戻ってきて、トウヤはなぜか渡された小箱を中身を確かめもせずバッグの中へ突っ込んだ。
家の外に出ると、誰かがポケモンバトルでもしているのかくすぶった煙の匂いがする。
煙に混じって流れ込んでくる冷たい風を吸い込むと、トウヤは、チェレンと別れてソウリュウの街へと歩き出した。


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