「……これは…………」
明かりもつけない暗い部屋の中、トウヤはパソコンのモニターから発せられる光を見つめながらトウヤは半開きになった口に指先を当てた。
昼間、シャガから渡された小箱に入っていたディスク。
寝る前になって存在を思い出し、部屋のパソコンで確認してみたところ、その内容はトウヤの予想と大きく違っていた。
大きく分けて3つあるデータの、そのどれもがプラズマ団関連だ。
1つは今までに発見されたプラズマ団の目撃場所を記したマップ。
1つは情報統制……テレビや新聞、警察などにいるプラズマ団派の人たちのリスト。
1つは……途中まで見て、見るのをやめた。
気を利かせてゴビットが持ってきた水を飲み干すと、トウヤはディスクを取り出し、まだ光っているモニターにかざす。
「警察に……」
ダメだ。 ディスクの中身が本物なら警察で握りつぶされる可能性もある。
シャガがトウヤにわざわざこのディスクを渡した意味を考えれば、なおさらだ。
考えた末に、トウヤは眠ることにした。
時間は惜しい。 だが、トウヤがいくら焦っても、いちトレーナーとして出来ることは、それ以上に限られてくる。



「    」


浅い眠りからトウヤは無理矢理たたき起こされた。
何事かと目を開けるとアイリスが、分厚い布団の上からトウヤにのしかかってポコポコと枕を叩いている。
「おっきろー!! しんじつのえいゆうは、あさねぼうなんかしないよー!!」
訳もわからぬまま飛び起きると、腹の上に乗っていたアイリスが転げ落ちてケラケラと笑っていた。
寝癖のついた髪が手のひらをくすぐる。
そのまま時計と外と部屋の中を目をこすりつつ見渡すと、トウヤはボサボサ髪もそのままなアイリスに視線を向けた。
「おはよう、早起きだね。」
「えへへ……あさのトレーニング、サボっちゃった。」
「髪、ぐちゃぐちゃだよ。 そこ座って、今直すから。」
荷物の中からブラシを取り出すと、トウヤはちょこんと腰掛けたアイリスの髪を丁寧にとかし始めた。
時々あくびが漏れる。 外はまだ真っ暗で、チラリと見えた時計の数字はポケモンセンターの営業時間前だ。
「それで、アイリスちゃんはどうして来たの?」
「あのね! あたし、ドラゴンのいちぞくなんだよ。
 それで、トウヤおにーちゃんライトストーン持ってるでしょ?
 せかいのイチダイジなのに眠ってるなんて、レシラムもすっごいねぼすけじゃない! だから、あたしが起こしにきたの!」
彼女が足をパタパタさせているうちに、髪のセットは完了した。
飾り気もなにもないが、顔にかかりすぎないよう軽くまとめておくだけで女の子は誰でもお姫様だ。
出来栄えに満足するとトウヤは同じブラシで軽く自分の髪をすく。

「それで、アイリスちゃんが、このライトストーンからレシラムを目覚めさせることが出来るの?」
「あー、トウヤおにーちゃん信じてないでしょ!
 あたしだって、やればできるんだから!」
何と比較して「あたしだって」なのか、「やればできる」なのかよく分からないが、あくび交じりに尋ねたトウヤにアイリスは床につかない足をバタバタと振り回しながら反論する。
正直、レシラムより2つ隣の部屋にいるチェレンが起きださないかの方が心配になってきていたが、トウヤは曖昧に笑うとベッドの下から自分のバッグを引っ張り出し、ライトストーンをアイリスの前に置いてみせた。


アイリスはイスから飛び降りるとペタペタと足音をさせてトウヤに近づき、ライトストーンを覗き込んだ。
大理石のような鈍い輝きを放つライトストーンを指先でつつくと、難しい顔をして両手で印のようなものを組み、うなるような声で呪文のようなものを唱え始める。
「……むーん、はあー……! レシラム、レシラム、レシラムよー……
 せかいのピンチに、いま、よみがえりたまーえー!!」
こらえきれずに、トウヤはプッと噴き出した。
「あー! どーしてわらうのよー!」
「ご、ごめん……でも……」
これで復活するなら、今頃世界中、伝説のポケモンだらけだ。
よじれそうな腹を抱えて街灯の光に照らされたライトストーンを再びバッグの中にしまうと、トウヤはベッドに腰掛けてふくれっつらのアイリスに目を向けた。
「なんか……起きてくれそうにないし。
 アイリスちゃん、ちょっとだけ外出ててもらっていい? 着替えちゃうから。」
「あたしだって、できることあるもん……」
「たまたま今回がうまくいかなかっただけだって。
 『ドラゴンの一族』なんだよね。 だったら、シャガさんと戦う前にドラゴンポケモンとの戦い方、教えてもらえるかな?
 ボク、まだドラゴンタイプのポケモンとは戦ったことないんだ。」
「うん! ドラゴンポケモンのことなら、あたしにまかせて!」
大きく胸を張って胸を叩いたアイリスを部屋から追い出し、トウヤは手早く服を着替え、ベッドを直す。
荷物をまとめて部屋を出る直前、トウヤはドアノブに伸ばしかけた手を止めた。
誰かに呼ばれた……そんな気がして。 しかし、振り返って部屋の中を見ても、ポケモンを含めてトウヤを呼ぶような人はどこにもいない。
首をかしげると、トウヤは今度こそ扉を開けてアイリスとともにポケモンセンターの外へ出た。
夜も眠らぬソウリュウの街だが、鳥も起き出さない夜明け前ともなると、とても静かだ。





「……それで、被害の方は? 怪我人など出ていないだろうな。」
「ええ、こんな時間ということもありまして、怪我人は出ていません。
 ただ、執務室の南側のガラスが全て割れています。 それと、書類が散乱していて……なくなったものがあるかどうかは、今調べているところです。」
「そうか。 可能性は低いが、奴らが再び戻ってくることもあり得る。 キミも身の回りには充分注意しておくんだ。
 部屋の片付けはガラス片の処理を優先的にやってくれ。 極力事情は話すな。 話が広まると厄介だ。」
「……かしこまりました。」

受話器を置いてため息を吐くと、たっぷりと詰まったシャガのヒゲはふるふると揺れた。
時計の音だけが響いている。
秒針が1周し、灰色の瞳が細い長身と秒針が重なるのを映したとき、遠慮がちなノックの音とともに聞き慣れたバタバタという足音がソウリュウジムの奥に響いた。
「おじーちゃーん! トウヤおにーちゃんつれてきたよ!!」
どうも……と、扉の間から顔を覗かせた少年の表情はあまりにも弱々しく、シャガの口からは再び大きなため息が漏れる。
少年はよく整備されたバトルフィールドを見渡すとシャガに目を向け、慣れた仕草でモンスターボールを手に取った。
「あの……本当に大丈夫ですか?」
横目を向けると、アイリスが不安そうな顔をしてシャガのことを見つめていた。
彼女がトウヤに話したのだろう。 眉を潜める少年を鼻で笑うと、シャガは用意した3つのモンスターボールから比較的新しいボールを手に取り、フィールドの中央へ投げた。
「子供に心配されるほど柔な鍛え方はしておらん。
 遠慮は無用だ。 かかってきなさい。」
モンスターボールが開かれると、中から緑色のポケモンが飛び出した。
ポケモンは2本足で立ち上がると顔の横から生えた大きな牙を振り回すとトウヤに向かって低いうなり声をあげる。
トウヤは図鑑を開くと手に持っていたモンスターボールを投げた。
飛び出したズルズキンは、シャガのオノンドを見るとつまらなそうに舌打ちする。
長くジムリーダーをやってきたが、対戦相手に舐められるというのは愉快だ。 息を吸い込むと、シャガはズルズキンを指差し、オノンドに命令を出した。


「オノンド、『りゅうのまい』!」
熱い息を吐くと、緑色の小さなドラゴンポケモンは大きく両腕を広げ、ズルズキンを威嚇する。
ズルズキンはチッと舌打ちし、オノンドへと向かって走り出した。
大地を蹴って飛び上がると、トウヤは指示を出す。 ズルズキンの身体が、上下逆さまに傾いた。
「『とびひざげり』!!」
大きな音が響き渡り、フィールドの上にポケモン1匹分の穴が出来上がる。
穴の中心にめり込んだオノンドを見ると、ズルズキンはニヤリと片方の口角を上げた。
直後、ズルズキンは穴から伸びてきた短い手に足を掴まれた。
「堅い……!?」
「最終進化でないからと、侮るな!」
穴から這い出してきたオノンドは驚いているズルズキンを睨みつけると長い尻尾に力を込め、思い切り振り回す。
「オノンド、『ドラゴンテール』!!」
シャガの指示とともにオノンドが振り回した尻尾で攻撃すると、ズルズキンはフィールドの端まで吹き飛ばされ、モンスターボールの姿となってトウヤの手元に戻ってきた。
同じタイミングで触れた覚えもないモンスターボールからメブキジカが呼び出される。
ポケモン図鑑を確認すると、モンスターボールに戻されはしたがズルズキンのHPはまだ残っている。
恐らく、『ほえる』や『ふきとばし』のような、相手を強制的に入れ替える技なのだろう。
驚いた顔をして辺りをキョロキョロと見渡すメブキジカに視線を向けると、トウヤはオノンドを指差し大きく息を吸い込んだ。
「メブキジカ、『やどりぎのたね』!!」
1度トウヤの方に顔を向けるとメブキジカは高くいななき、オノンドに向けて無数の種を飛ばした。
だが、大きな牙の生えた口を緩ませるとオノンドは飛ぶようなスピードで種をかわし、オレンジ色の炎でメブキジカを攻撃する。
『りゅうのいかり』だ。 極端な威力ではないが驚いて悲鳴をあげるメブキジカをなんとかなだめると、トウヤは不思議そうな顔をして相手のオノンドに視線を向けた。

「レベルもそう変わらないオノンドが、ズルズキンの『とびひざげり』を耐え切ったのに驚いた。 そういう顔か?」
「はい。」
トウヤが素直にうなずくと、シャガはオノンドを呼び寄せ、首元から薄紫色をした小さな石のようなものを外してみせた。
「『しんかのきせき』だ。 進化する前のポケモンに持たせれば、物理防御と特殊防御を飛躍的に上げることが出来る。
 トレーナーが使う『きずぐすり』や『なんでもなおし』など以外にも、ポケモンに持たせて使う道具もある。」
「あっ、前にベルが『カシブのみ』でゴーストタイプの攻撃を防いでました!」
「それらを使いこなせなければ、本当に強い相手と戦うとき、窮地に陥ったとき、打つ手を失う事になりかねんぞ。」
感心したように小さく息をつくトウヤに、シャガは白い人差し指を向ける。
トウヤが気付いたときには、既にメブキジカは吹き飛ばされ、モンスターボールの中に戻されていた。
代わりにゴビットが引きずり出され、丸い体を起こそうとジタバタと暴れている。
タッチパネルに指を滑らせると、トウヤは軽く自分の唇を噛み、起き上がったゴビットに視線を向けた。
「ゴ……!」
「オノンド『ダメおし』!」
速い。 フィールドの端まで飛ばされたゴビットを見てトウヤは目を丸くする。
かろうじてHPは残っているが、もはや限界だ。 図鑑とゴビットを見比べるとトウヤは唾を飲み込み、固く握った拳から人差し指を突き出した。
「ゴビット、『シャドーパンチ』!」
ゴビットは起き上がると丸い身体から伸びた腕を持ち上げ、オノンドへと飛び掛かった。
打撃音が響き、冷たい風がトウヤの頬を撫でる。
「え……」
当たった。 予想外の結果にトウヤが驚く間もなく、オノンドの繰り出した『ドラゴンテール』にゴビットが吹き飛ばされる。
宙を飛んだゴビットの身体はモンスターボールへと姿を変えたが、今度は入れ替わりは起こらなかった。
ゴビットの体力が完全になくなったせいだろう。 トウヤは地に落ちたボールを拾うと、細く息を吐いてオノンドを睨みつける。
「『ドラゴンテール』を打つときだけ、動きが遅くなってる。
 『りゅうのまい』、『ドラゴンテール』、『りゅうのいかり』……『ダメおし』……」
指を折って何かを数えると、トウヤはモンスターボールから再びズルズキンを呼び出した。
指示もなく飛び出していったズルズキンの拳がオノンドの額をとらえる。
悲鳴をあげて倒れるオノンドをモンスターボールにしまうシャガは、どこか満足そうにも見えた。





「あー、きづかれた。」
ジムのシンボルにもなっているドラゴンの彫像の上からバトルの様子を見下ろしながら、アイリスは少しつまらなそうな顔をして足をばたつかせた。
『アクアジェット』のように相手の先をいける技もあれば、後手に回る技もある。 『ドラゴンテール』は後攻技だ。
シャガは『ダメおし』の効果が薄いズルズキンに交代されることを警戒して、その技を使ったのだろう。
結果的には、裏目に出たわけだが。 新しくポケモンを呼び出すシャガを見下ろすと、アイリスは頬杖をつきながらシャガのこめかみから流れる汗に、ぷうと小さく息を吐いた。
「……だいじょうぶかなあ、おじいちゃん?」
アイリスの手元に転がるモンスターボールがカタカタと音を立てる。
薄い明かりが差し込む窓にチラリと目を向けると、アイリスは「うん」とうなずいて唇を尖らせた。


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