シャガが繰り出した2匹目のポケモンにトウヤは見覚えがあった。
クリムガン……リュウラセンの塔で七賢人が繰り出してきたのと同じドラゴンポケモンだ。
ゴツゴツとした堅そうな皮膚を見て、ファイティングポーズをとったズルズキンが少し嫌がっているのがわかった。
リュウラセンの塔では攻撃したはずのゾロアークの手から血が流れていた。 特性『さめはだ』は、触れたものの肌を切り裂く刃のヨロイだ。


トウヤがズルズキンをボールに戻す様子を見ながら、シャガは熱い息を吐いて額の汗を拭っていた。
その灰色の瞳は、どこか虚ろだ。 新たに繰り出すイワパレスのボールを手にしながら、トウヤは眉を潜める。
だが、今トウヤが何かを言ったところでバトルを止めはしないだろう。
引き下がれないのはトウヤも同じだ。 帽子を目深にするとトウヤは、握り締めていたイワパレスのボールを力いっぱいフィールドの上へと放った。
「イワパレス、『ステルスロック』!!」
飛び出したイワパレスは自分の真下に浅い穴を作りながら小さな岩をフィールド中に撒き散らす。
シャガの荒い息遣いはトウヤのところまで聞こえてきた。 太い指がイワパレスに向けられると、クリムガンはシャガの方を気にしながら走り出す。
「……ッ!」
指示を出さぬまま態勢を崩したシャガに、クリムガンの足が止まる。
直後、真上から感じた殺気を避けるだけの素早さはクリムガンには備わっていなかった。
「『いわなだれ』!!」
細い指が振り下ろされるのと同時に、イワパレスが繰り出した岩がクリムガンの上に降り注ぐ。
ガラガラという小石の崩れる音がしなくなってから、トウヤははたと目を見開いた。
「……シャガさん?」
来るものと思っていた反撃すら来ない。 焦ってトウヤが駆け寄ろうとしたとき、積み上げられていた岩山が爆発した。
「『リベンジ』!」
堅い鱗で覆われた拳がイワパレスの身体を捉え、地面にめり込ませる。
轟音にトウヤは身をふるわせた。
自分でも訳がわからぬうちにホコリだらけの空気を吸い、姿もおぼろげな自分のポケモンに向かって技の指示を出す。
「『シザークロス』!」
イワパレスが振り回したハサミはクリムガンの額の真ん中を捉えた。
目を向けると、攻撃はまだ続いている。 チクチクする喉を守るように口元に手を当てると、トウヤは片目をつぶってイワパレスに指先を向けた。
指示に気付くとイワパレスは傷ついたハサミを振り回し、もう1度クリムガンへと『シザークロス』を放つ。
一瞬の凍りつくような殺気の後、低い音ともにトウヤの周りにある空気が振動した。
倒れたクリムガンを見つめながら肩で息をしているトウヤに、革靴の乾いた音がゆっくりと近づいてくる。

「自分がフェアプレイで戦っているからといって、相手もそうとは限らない。
 最後に生き残ったものこそ勝つのだ。 常に警戒しろ、知らぬ場所で戦うというのならなおさらだ。」
「シャガさん、昨日のダメージが……!」
「もはや、時間は残されていないのだ……!
 アデクはポケモンリーグへ向かった。 私は私で出来ること……ジムリーダーとしての務め、果たさせてもらう!」
シャガが3匹目のポケモンを繰り出すと仕掛けておいた『ステルスロック』が発動し、頑丈そうな鱗に傷をつけた。
まだHPの残っているイワパレスとシャガを見比べると、トウヤは帽子のツバを指先でいじりながら考え込んだ。
このまま戦えば勝てるだろう。 ジム戦を急がなければならない事情もわかっている。
だが、既にボロボロになっているトレーナーとポケモンを攻撃するのは後ろめたく、トウヤは躊躇していた。



「    」



シャガが攻撃の態勢に入ったのを見て、トウヤは人差し指を相手のポケモンへと向けた。
途端、『ステルスロック』が発動してシャガのポケモンの真上へと飛んでいく。
トウヤとシャガが見つめる前で、シャガが繰り出したオノノクスが真上から降ってきたポケモンに攻撃され、フィールドに倒れこんだ。
ぽかんとしているトウヤの前にアイリスが降ってくる。 軽い着地音を立てて地面に足をつけると、アイリスは大きな目をくりくりさせながら上から降ってきたオノノクスとともにポーズをとった。
「はいはい! おじーちゃんはきのうのバトルでたいへんなので、ここからはアイリスがジムリーダーやりまーす!」
「アイリス!?」
「アイリスちゃん……?」
小さな少女はピカピカのモンスターボールを手にすると、大きくうなずいてトウヤの方へと向ける。
「だいじょーぶ、アイリスすっごくつよいもん! トウヤおにーちゃんのポケモンも、こてんぱんにしちゃうんだから!
 ね、いいでしょ?」
そう言ってアイリスは斜め上へと持ち上げた。
トウヤが視線を動かすと、視線の先に小さなカメラがあり、彼女はそこへ向かって手を振っている。
ややあって、スピーカーから少し戸惑ったような男の声が聞こえてきた。
「……わかりました。 アイリス様、ジムリーダーに代わりバトルを引き継いでください。」
「やったあ!」
「ガイドー!!」
シャガがカメラを睨みつけると、スピーカーから「ゴトッ」という何かがぶつかるような音が聞こえてきた。
「だ、だって……もう見てられないですよ!
 このカメラの購入決めたのもシャガさんじゃないですか、高性能ズームに最高画質のせいで、こっちには脂汗も背中に浮いてるアザもバッチリ見えちゃってるんですよ!」
むう、と低くうなるシャガをかばうようにアイリスがトウヤの前に立った。
アイリスよりも大きなドラゴンポケモンが高い鳴き声をあげ、トウヤに向かって刃物のような鋭い牙を振り回して威嚇した。
宿にヒビの入ったイワパレスが進み出て、オレンジ色のハサミを振り上げる。
シャガが止めるよりも先に、アイリスとオノノクスは動き始めていた。



「『ドラゴンクロー』ッ!!」
「『シザークロス』!」

2つの技がぶつかりあい、ビリビリとした痛いほどの振動がソウリュウジムを揺さぶった。
押し負け、吹き飛ばされていくイワパレスを目で追うと、トウヤはホルダーからモンスターボールを取り出す。
「ダイケンキ!」
ボールに戻ったイワパレスと入れ違いにダイケンキが飛び出すと、アイリスはニヤッと口元を緩ませた。
「オノノクス、『りゅうのまい』!」
出された声音に乗るようにオノノクスは頭の両側についた牙を地面にこすりつけるように回転する。
鋭く研がれた牙を見せつけるようにして立ち上がったオノノクスにトウヤは指先を向ける。
息を吸い込むと、肺が凍りつきそうだ。
足元を踏み固めたダイケンキの口から、白い息が吐き出される。
「『ふぶき』!!」
トウヤが叫ぶと、ダイケンキは全身から氷の粒を纏った冷気をオノノクスへと向けて発射した。
天井からの光を乱反射して輝く風に、アイリスは両腕を組んで自分の身を守る。
風が吹き止むと、先っぽに白い粒がついたまつげが揺れた。
ため息にも似た白いもやを口の先から吐き出すと、トウヤは真っ白に凍りついたオノノクスを睨み、突き出したままの人差し指を引っ込めた。

「ダメか……!」
アイリスの拳が突き出されると、オノノクスを覆っていた薄い氷が音を立てて剥がれ落ちた。
リボンと一緒にオノノクスの胸元に結び付けられた青いきのみが、乾いた泥団子のようにポロポロと崩れ落ちる。
「えへへ、ドラゴンはこおりにさむいのだいっきらいだけど、アイリス、ベルおねーちゃんからこおりにつよくなるきのみ、たくさんもらったんだもん!」
トウヤがダイケンキへと視線を向けると、アイリスは両手を頭の上へと持ち上げた。
まるで、髪に祈る巫女をたたえるようにオノノクスが天を仰ぐと、今までに感じたこともないような強力なエネルギーが辺りを包み込み、トウヤは戦慄する。
先のほうでまとめていたアイリスの髪の毛が浮き上がる。 オノノクスがダイケンキを睨みつけた瞬間、トウヤは声を張り上げてダイケンキに指示を出していた。
「『アクアジェット』!!」
「『りゅうせいぐん』!!」
水流を纏って突き進むダイケンキにエネルギーの固まりが降り注ぐ。
スピードのある攻撃は大きな身体をオノノクスのところまで届けてくれたが、取り出したアシガタナが鱗に弾かれた瞬間、ダイケンキは『りゅうせいぐん』の1つに押しつぶされた。
弾けたエネルギーが蒸発して雲を作り出す。
モニター越しに試合を観ていたガイドーが決着がついたかとメガネを持ち上げた瞬間、トウヤとアイリスは同時に右手を突き出した。
「ダイケンキッ!!」
「マダよ! マダマダッ!! マダあたしたち、たたかえる!!」
攻撃しようと腕を振り上げたオノノクスのアゴにヨロイで覆われたダイケンキの頭突きが命中する。
フィールドの隅うずくまっていたシャガがハッと息を呑んだ。
水流ごと頭を攻撃されたオノノクスはゆっくりとそのまま仰向けに倒れ、時折ピクピクと手足を痙攣させ起き上がってこなかった。
そして、一拍置いてガイドーがトウヤの勝利を宣言する。





しばらくの間、トウヤもアイリスもボーっとしていた。
ギリギリなんとか勝ったものの『りゅうせいぐん』の一撃で大ダメージを受けたダイケンキは荒く息を吐きながら、トウヤのもとへとやってくる。
「ダイケンキ……」
トウヤが頭をなでると、ダイケンキは嬉しそうに目を細め、トウヤに鼻先をすりつけた。
「アシガタナ、忘れてる。」
ハッと口を大きく開くとダイケンキはいちゃついているところを親に発見された恋人のようにパッとトウヤから離れ、慌ててアシガタナを拾いに行った。
その背中を見送りながら、トウヤは大きく息を吐いた。
正直、ギリギリだった。 ダイケンキで勝てたから良かったようなものの、もし彼が倒されていたら『りゅうのまい』から繰り出される攻撃で後のポケモンたちはひとたまりもなかったはずだ。
手のひらに浮かんだ汗を拭うとトウヤは血の味のする唇をなめ、ぽかんと口を開けたままのアイリスに視線を向けた。
ぷくぷくとした彼女の頬が紅潮する。 今にも飛び掛からんばかりの勢いでトウヤのもとへと駆け寄ると、アイリスは軽やかに走り回りながら耳に残るキンキン声でまくしたてた。
「すごいすごいっ!! ちからをだしきったのに、まけちゃったんだ。 あたしたち!
 アイリス、こんなにつよいトレーナーさんとたたかえて、すっごくうれしー!!
 もしかしたらアデクおじーちゃんよりつよいのかも、バッジいくつ? ジムバッジが8こ! すごいすごい!
 トウヤおにーちゃんだったら、ぜーんぶのポケモンが、どんなおねがいもきいてくれるよ!」
「あー……うん、そうなんだ……」
曖昧に答えたトウヤの後ろで、アシガタナを抱えたダイケンキがドン引きしていた。
扉が開かれ、メガネをかけた若い男がフィールドの隅にいたシャガへと駆け寄っていく。
ほんの少しだけ眉を潜めながらトウヤがそちらへと顔を向けると、シャガは助け起こそうとしたメガネの手を断ってトウヤの方へと歩み寄ってきた。


差し出された手をトウヤは意味も分からないままに握り返した。
ゴツゴツとしたシャガの指先に出来た傷にトウヤが眉を上げると、シャガは突然トウヤの腕を引き、彼の顔を自分の胸元へと近づける。
「今朝、私の家が襲撃された。」
「え……」
声を潜めたのは、そばにいるアイリスに気付かれないためだろう。
じんと痺れた頭に思考を巡らせると、トウヤは小さくうなずいて戦ったポケモンたちのボールをシャガへと預ける。
シャガからさらにボールを渡されたメガネの男がジムの奥へ走っていく姿を見送ると、トウヤは少し不思議そうな顔をしているアイリスへと視線を向けた。

「アイリスちゃん。」
トウヤが声をかけると、アイリスは黒い大きな瞳をくりくりさせながら振り向く。
「ボク、もう行かないと。 バトルしてくれてありがとう。」
「えー! もう? あさごはん食べてこうよー!」
「ごめんね。 だけど、博士からポケモン図鑑のことも頼まれてるからさ。
 10番道路だけにしかいないポケモンもいるっていうし、道すがら確認しておきたいんだ。」
トウヤは帽子のツバに手を当てながら答える。
4つのボールを運んできたメガネの男から受け取ると、シャガに導かれ、トウヤはジムの裏口から外へ出て行く。
小さな扉を開けると、地平線の下にいる太陽が空をルビー色に染めていた。
吐いた息は白く、ピンと引き締まった空気に頬が凍りつきそうだ。
「あの……」
「何も言うな。 これ以上ここに留まることは、キミにとっても危険だ。
 これを持っていけ、ドラゴンタイプは強力だが、ドラゴンの弱点はまたドラゴンでもある。
 使うか使わないかはキミの自由だが、持っておいて損はないはずだ。」
そう言ってシャガはわざマシンの入ったディスクを握らせ、半ば強引にトウヤを街外れへと送り出した。
振り返るな。 そうきつく言われ、トウヤはポケモンリーグへと続く10番道路に向かって走る。
真実か、幻聴か、背中の方からガラスの割れる音が聴こえてくる。
軽く噛んだ唇からは、血の味がした。


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