先を急くズルズキンに2回ほど蹴られながら、トウヤは散らばったゴミを片付け、出発の準備を整えた。
先ほど認識させたポケモン図鑑の画面を見る。
ゆうもうポケモンのウォーグル。 獰猛な鳥ポケモン……らしいが、先ほどのやりとりからはとてもそうは思えないし、第一、生息地は山の反対側だ。
首をかしげながらトウヤが歩き出すと、当のポケモンに逃げられたのか、しょんぼりとした足取りでハンサムが戻ってきた。
サンドイッチを2つだけ残しておいた自分のランチボックスを差し出しながらトウヤはハンサムへと近づく。
「あの、どうぞ。」
折り目のついたランチボックスをハンサムに受け取らせると、トウヤは別れの言葉も告げず山道を早足で歩き出した。
薄曇り程度の空模様だが、上を見上げてもまだポケモンリーグの本陣を見ることは出来ない。
日も高くなり、気温はずいぶんと上がってきたが、同時に乾燥した空気は鼻先をピリピリと痛めるほどにさらにカラカラに乾きだしていた。
カチコチの唇をなめると、かさぶたがはがれ落ちた。
首もとから汗が流れてきて上着の前を少し開けようとしたとき、切り立ったガケの側面から炎が噴き出してトウヤは目を丸くした。
見ると、ひび割れて穴の空いたガケの隙間から、体中にパイプを巡らせたようなポケモンが顔を出している。
ポケモン図鑑を向けると、表示が『ウォーグル』から『クイタラン』に切り替わる。
半開きの口もそのままにトウヤが見つめていると、細長い顔のクイタランはチョロチョロと長細い炎を吐きながらゴツゴツした岩場の向こうへと消えていった。

「ふむ、この場所に住んでいる野生のポケモンのようだな。」
「うわ。」
いつ追いついたのか、真後ろに立っていたハンサムにトウヤは小さい声をあげる。
「ハンサムさん、張り込みの方はいいんですか?」
「うむ、今しがた本部の方から連絡があってな。 山頂に着き次第、別任務に当たれとのことだ。
 そういうわけで、同行させてもらうぞ、トウヤ君。」
「ついてくるんですか?」
「その方が私にとっては安全だからな。
 代わりと言っちゃなんだが、チャンピオンロードの地図は全て頭の中に入っている。 先を急ぐキミにとっても、悪い話じゃないと思うがね?」



少し考えるようにすると、トウヤは頭を蒸らす帽子をパタパタと振って被り直しながら「わかりました。」と短く返答した。
ホッとしたような顔をして歩き出したハンサムの後を追いかけながら、先ほどのポケモン図鑑の画面に指を滑らせる。
クイタラン。 尻尾の穴から空気を吸って、体内で炎を燃やす。 アイアントの天敵。 図鑑にはそう書いてある。
恐らくポケモンなのだろうが、『アイアント』という名前は聞いたことがない。
「見事に切り立っているだろう? そのくせ、意外と岩盤は弱いらしくてな。 人が手を入れるにはいささか柔らかすぎる土地なのだよ、ここは。
 山の表面を登っていく山道は存在せず、ここを登るのなら、山の中に張り巡らされたアイアントの巣を通っていくしかないらしいのだ。」
「巣を?」
山肌に触れると、あっけないほど簡単に手のひらほどの土の塊が崩れて落ちていく。
そうして崩れたのと見分けもつかないほど小さな穴を指差すと、ハンサムは膝に砂をつけて慎重に奥を覗き込んだ。
「私も見たことはないのだが、こうしたガケの斜面に穴を掘って生活するポケモンらしい。
 で、あるからして、ここから先は慎重に……おお?」
ジャングルジムでも潜るかのようにあっさりと先へ進むトウヤに明らかにハンサムはひるんでいた。
「お、おいおい……そんな無用心に……」
「急いでますし。 ポケモンが出てきたらそれはそれでラッキーです、図鑑のページが増える。」
思ったよりも声の響かない洞窟の壁にトウヤが顔を上げると、崩れ落ちてきた砂くずが帽子のツバを伝ってポロポロと目の前を流れていった。
光の加減がきつく、目の前がほとんど見通せない。
強めにまぶたをこすってからポケットの懐中電灯を取り出して前に向けると、ほとんど鉢合わせのような状況でトウヤは青い馬のようなポケモンと目が合った。

小さく声が出るのと、ホルダーから飛び出した光がトウヤの前に立つのは同じタイミングだった。
大きく口を開けたポケモンの残像がトウヤのまぶたに映る。
「おい、どうした?」
「下がって!」
振り回したズルズキンの尻尾が青いポケモンの身体へと当たり、洞窟の奥へと弾き飛ばす。
一拍置いて、大きな打撃音が聞こえてきた。 思ったよりも洞窟の内部は広いらしく、慌てて逃げていくポケモンの足音は何重にも反響して聞こえてくる。
「あー、びっくりした。 ありがとう、ズルズキン。」
舌打ちするズルズキンの頭をなでながら図鑑を見ると、光を放つ画面には『モノズ』という名前が表示されていた。
「『アイアント』じゃないのか……思ったよりいろいろポケモンがいるみたいだね、チャンピオンロード。」
聞いているのか聞いていないのか分からない態度をとるズルズキンを横目に、なかなか追いかけてこないハンサムを呼ぼうとトウヤが洞窟の入り口に顔を向けたとき、つむじ風を巻き起こして何か大きな物体が目の前を通り過ぎていった。
紙袋でもひっくり返したようなガサガサとした音が遠ざかっていったかと思うと、もうもうと立ち込める土煙をかきわけるようにハンサムが洞窟の奥へと駆け込んでくる。

「待たんかー、このドロボウポケモンが!!」
肩で息をするハンサムは土煙だけ残して姿の見えなくなったポケモンの後姿に向かって叫ぶと、ようやくトウヤの存在に気付く。
「おお、トウヤ、緊急事態だ! さっき弁当を盗んでいったポケモンが、今度は私の警察手帳を盗んでいってな、あれがないと悪人を捕まえるときに話にならん!」
「そうですか。」
驚くより怒りより、服の内側に入れていたであろう手帳を盗んだ技術にトウヤは感心していた。
ドロボウポケモンが逃げていったであろう方向に指を向けるとハンサムは走り出し、「気をつけて」という間もなく池だか水溜りだかわからない空間へと突っ込んだ。
だいぶ目は慣れてきたが、やはり周囲や足元には気を配らないと危険そうだ。
手に持った懐中電灯の光を揺らすと、少し離れたところに人の手で作られた階段らしきものを見つける。
「前人未到の秘境ではない……か。」
つまらなそうに舌打ちしたズルズキンを頼もしく思いながらトウヤたちは半分崩れかけている階段を上る。
そうは言っても、トウヤが今までに訪れたどこよりも、ポケモンの気配は多かった。
柔らかな土壁から剥がれ落ちた砂を重そうな岩ポケモンが踏み固め、まだ起きるには早いコロモリたちが天井からぶら下がりながら時折身をよじる。
それらに図鑑を向けるたび、トウヤの頭には知り合いたちの顔が浮かんできた。
少しボーっとしたトウヤの膝をズルズキンが小突く。 慌てて顔を上げると、L字ではない曲がり角の先にバックライトに負けない太陽の光を見つけ、トウヤは目をしばたかせた。


外に出てみればかろうじて足場はあったものの、やはり天井や壁同様、今にも崩れそうな柔らかさに足が止まる。
「うわあ……」
下を見てみれば思いのほか地面は近く、上を見てみれば相変わらずの薄い雲がてっぺんを覆い隠していた。
うっかり落ちないようズルズキンをボールへと戻すと、トウヤは慎重に歩けそうな場所を探して足を進める。
2、3歩いったところで、コツンという音がしてトウヤは足元に視線を落とした。
ゴミかとも思えるような泥だらけの手帳が、いつの間にか左足の下に置かれている。
拾い上げて泥を叩いてみると、やはりというかなんといおうか、ハンサムの警察手帳(らしきもの)だ。
そりゃあ、食べてもおいしくないし、と、変な納得をしてトウヤが手帳をポケットに突っ込んだとき、大きな音がして真後ろに巨大な気配と殺気が降り立った。
「な……!?」
振り返った瞬間、トウヤは足を滑らせた。 転がるように坂を滑り落ち、砂だらけの大地に豪快に体を打ち付ける。
それほど高い場所ではなかったおかげでケガはしなかったものの、わずかの間わけがわからず、トウヤはうずくまった。
上を見上げると、先ほど食事を盗んでいったウォーグルがトウヤのことを見下ろしている。
いつものクセで図鑑を向けようとしたとき、トウヤは異変に気付いた。
図鑑がない。 転がった弾みで落としたのかと一瞬考えたが、ウォーグルのクチバシにくわえられたそれを見て戦慄した。
「ちょ……ッ! 返してよ!!」
反射的にモンスターボールを手に取ったトウヤを見ると、ウォーグルは全身の羽根を逆立て、一目散に逃げ出した。 駆け足で。
太い足でたくみにガケを駆け上がっていくウォーグルに一瞬ポカンとするが、すぐに思い直すとトウヤは手近にあったアイアントの巣穴へと飛び込んだ。
アララギ博士から預かった大事なものだ。 盗られて「はいそうですか」と諦めるわけにはいかない。
懐中電灯の明かりを頼りに階段を2つ駆け上がると、修行中のエリートトレーナーの脇をすり抜けてトウヤは外へと飛び出した。
今度は幾分か広い足場で転がり落ちることはなさそうだが、図鑑を盗んだウォーグルの姿は見つからない。
翼を広げて持ち去ってしまったのかとトウヤが泣きそうな顔をしていると、肩に灰色に近い黄色の指が置かれた。
振り返ると、ただでさえ綺麗ではなかったコートをさらに泥だらけにしたハンサムが、置いた手にぶらさがるようにして息を切らしている。
驚くやらびっくりするやらでこぼれかけていた涙も引っ込んだ。
頭にまで土をつけたハンサムは大きく深呼吸すると汚れに汚れた顔を拭くこともせず、トウヤに視線を向けてくる。

「……あ、あのデカ鳥は……?」
「見つからないんです。 ハンサムさん、あの……これ、落ちてました。」
トウヤが手帳を差し出すと、ハンサムは「おお!」と声をあげて革張りの手帳を握り締めた。
「取り返してくれたのか、ありがとう! ……それにしては、あまり嬉しそうではないが?」
「いえ。 ……先を急ぎましょう。」
帽子のツバを引き下げて歩き出そうとしたトウヤを、ハンサムは肩を掴んで引き止める。
強引に自分の方を向かせ、まじまじと顔を見ると「ふーむ」と何かを考えるようにうなってからハンサムは切り出した。
「結論から言おう。 この手帳と引き換えに、キミの大事なものをあのバカ鳥に取られたんだな?
 気をつかうことはない、私もキミの探し物を手伝おう。 私は国際警察の有能な捜査官だからな。」
「でも……!」
「時間はまだある。 ……まだあるんだ、トウヤ。」
懐から古びた双眼鏡を取り出すと、ハンサムはレンズを切り立ったガケの斜面へと向けた。
だが、さっき図鑑の情報を見た限りでは、本来の生息地は山の反対側だ。 そんなところまで追いかけていく余裕はとてもじゃないが持っていない。
下の唇が痛んだ。 ポケモンリーグにまでどのくらいあるかも、分かっていないというのに。
「……キミは、私の昔の知り合いに似てるな。 目的を達成することに一途で、他人を頼ろうとしない。」
「そうです、か。」
無意識に帽子のツバに触れた手を、トウヤは見ていた。
「うむ。 その子も強く、そして脆かった。
 ……まあ、キミよりは顔に出ない子だったがね。 鏡で自分の顔を見てみるか?」
「勘弁してください。」
答えながら、トウヤはなぜか笑いがこみ上げてきた。
双眼鏡から目を離したハンサムがうなりをあげる。
やはり、山の向こう側まで飛び去ってしまったのだろうか。 諦め半分でため息をつきかけたとき、ガサガサと紙袋をひっくり返すような音が割と近くから聞こえてきた。
4つの目がそちらへと向けられる。 いた。 あのウォーグルだ。
ポケモン図鑑をくわえたままひょっこりと洞窟から顔を出したウォーグルはトウヤとハンサムに気付くと「しまった!」という顔をして再び洞窟の中へと引っ込んだ。
追いかけると、さすがに疲れも出てきたのか今度はウォーグルが階段を駆け上がる姿がはっきりと見えた。


「追いかけますよ!」
「お、おお!」
モンスターボールを片手に洞窟を走ると、階段のふもとにきた辺りで後ろで大きな音がした。
振り返るとハンサムが、小石のようなものにけつまずいて派手に転んでいる。
一瞬走ることを躊躇していると、階段の上から転がり落ちてきた大きなポケモンにトウヤは押しつぶされた。
もさもさとした硬い羽の間から顔を出すと、バイクのエンジンをふかすような、金属交じりの高い音が聴こえてきた。
「お……おい、おい!」
ハンサムが悲鳴にも近い声をあげる。 顔を上げて、トウヤは自分たちがいつの間にか囲まれていることに気付いた。 なりは小さいが硬そうな鋼のヨロイに包まれた6本足のポケモンだ。
「な、なんなんだこいつらは!?」
「えっと、図鑑見てみないと分からないですけど『アイアント』じゃないですか?
 天敵のクイタランが下でうろうろしてたから、上の方に集まってきたんだと……」
「そういうことじゃなくて!」
ハサミのような口を開け閉めしながら、アイアントたちはじりじりとトウヤたちへと迫ってくる。
ウォーグル落ちてきた階段の上からも1匹ではない数が迫ってきて、穏便に切り抜けるのは無理そうだ。
眉を潜めると、トウヤはホルダーからモンスターボールを取り外し足元へと投げた。
「ゴビット、『じならし』!!」
指示を出すとゴビットはゴツゴツとした身体を打ち鳴らしながら四股のように足を踏み鳴らし、その衝撃でアイアントたちに攻撃する。
大きなダメージではないが、唐突に足元を攻撃されたアイアントたちは動揺したのか綺麗に並んでいた隊列が乱れた。
「今のうちです、ハンサムさん、階段の上へ!」
「お、おいおい……あの鳥ポケモンまでダメージを食らってるぞ?」
「え」と小さな声をあげてトウヤが振り返ると、攻撃したのは足元なのになぜかウォーグルは大きな翼で頭を抱えていた。
図鑑のこともあるし、置いていくわけにもいかない。 強引に引っ張ってウォーグルを階段の上へ連れて行こうとしたとき、ウォーグルはトウヤの腕を振り切って背中からアイアントの群れへと突っ込んだ。

「なんだ、あいつ……?」
ハンサムが声をあげる。 トウヤもそう思う。 鳥ポケモンなら他にいくらでも技はあるはずなのに、捨て身としか思えない動きでアイアントたちへとぶつかっている。
ふと見ると、足元にトウヤの図鑑が転がっていた。 拾い上げてウォーグルに向けてみると、少し汚れた画面はあまり見たことのない技の名前を映し出す。
「『わるあがき』?」
「おお、聞いたことあるぞ。 ポケモンが持てる技を全て使い尽くし、出せる技がなくなったが戦い続けなければいけない……そんなときに繰り出される技だそうだ。」
「でも、あのウォーグルずっと走って逃げ回ってた……だけ……なの、に……」
あ、と、小さな声をあげて、トウヤは階段の真ん中でアイアントを追い返していたゴビットに視線を向けた。
「ゴビット、あのウォーグルを助けて! 『ころがる』攻撃!!」
壁に沿って転がるゴビットに弾かれたアイアントたちを見て、ウォーグルの動きが止まった。
振り返ったウォーグルに「こっちに来い」とジェスチャーすると、トウヤは相手がそれをする前に自分から駆け寄り、飾り羽のたくさんついた頭に手を伸ばす。
「やっぱり……」
一際大きな飾り羽の下でカチカチに結ばれていたリボンのようなものを爪を引っ掛けながら解くと、ウォーグルは嬉しそうな顔をして甲高い鳴き声をあげる。
ずっと畳んでいた2つの翼をバサバサと振ると、それだけで結構な風が巻き起こる。
「ゴビット、伏せろ!!」
嫌な予感がしてトウヤが叫んだ瞬間、その技は発動していた。
大きな対の翼から繰り出された『ふきとばし』は洞窟の中を駆け巡ると床や壁にへばりついていたアイアントを根こそぎ巻き上げ、洞窟の外へと放り出す。
あまりにも早い決着にトウヤがポカンとしていると、ウォーグルは甘えたような声を出しながら頭の飾り羽をトウヤの頬にすりつけてきた。



上に行ったはずのハンサムがいつの間にか階段の脇にいたのを見て、トウヤは思ったよりも長い時間戦っていたのだなと認識した。
「大丈夫か?」
「はい、でも……」
トウヤは外を見る。 洞窟の小さな出入り口から差し込んでくる光は金色だ。
あとどれくらいでポケモンリーグに着くのか見当もつかないし、かといって夜間行は危険すぎるし、かといって野宿できる場所でもなければ、プラズマ団に見つかってしまう危険も高い。
のろのろと戻ってきたゴビットの頭をなでながら途方に暮れていると、強い力で袖を引っ張られ、トウヤは顔を上げた。
ウォーグルだ。 誰かに似たいたずらっぽい瞳を向けながら「こいこい」とトウヤを洞窟の外へと誘導する。

首をかしげながらトウヤが洞窟の外へと出ると、ウォーグルは甲高い鳴き声をあげて大きな翼をはためかせた。
風で吹き飛ばされそうな帽子を押さえながら、トウヤは自分よりも大きなポケモンを見上げる。
「ハンサムさん、行きましょう!」
「行くって、どこへだね?」
「そりゃもちろん……」
洞窟の外へと飛び出したハンサムの肩に巨大なクレーンのような太い足が突き刺さり、持ち上げられる。
地面から離れるのは一瞬だった。 大きな身体のウォーグルはあっというまに空の高いところへと舞い上がると、「キーン」と高い鳴き声をあげながら旋回する。



「ポケモンリーグまで!」



夕焼けに染まったイッシュを見下ろすように悠然と飛び回った後、大きな翼を広げた鳥ポケモンは、トウヤたちが日中走り回っていたのは何だったのかというほど簡単にポケモンリーグの入り口へと降り立った。
左足に捕まえていたハンサムを離し、右足に乗せていたトウヤを降ろすと、ウォーグルは大きな翼をバサバサと動かし谷間へと風を送る。
「ありがとう、これ……まだいる?」
そう言ってトウヤが少し汚れたリボンのようなものを持ち上げると、ウォーグルは首を横に振って再び飛び上がった。
夕焼けの空に溶けるように消えていく巨大な背中に手を振っていると、ハンサムがトウヤの手の中にあるそれを指差し、尋ねてくる。
「なんだね、それは?」
「多分……『こだわりハチマキ』です。
 前に聞いたことあるんですけど、技の威力がすごく上がる代わりに1つの技しか出せなくなるポケモンの道具があるらしくて……
 あのウォーグル、トレーナーとはぐれたんじゃないでしょうか? それで、生まれた山の近くでうろうろと……」
「ふむ……だとすれば、その1つしか出せなかった技というのは恐らく『はねやすめ』だな。
 体力を回復する技なんだが、同時に『ひこう』タイプとしての特性を一時的に失うらしい。 どうりであのウォーグル、地面の上ばかり走り回っていたわけだ。」
巨大な門柱の向こうにポケモンセンターの文字を見つけ、トウヤの足はそちらへ向く。
5歩ほど進んだところでトウヤは立ち止まった。
夕日を背に歩いているはずなのに、ハンサムの影がついてこない。
「……ハンサムさん?」
振り返ってぎょっとする。 いつの間にかハンサムを囲むように現れていた人間が2人。
逆光で顔こそ見えないが、ギラギラと光を反射する銀色のフードはプラズマ団のものに間違いない。
とっさにモンスターボールを構えたトウヤを見て、少しとぼけたような雰囲気だったハンサムの気配が一変する。


「おおっと、気がついてしまったようだね。 我々の正体に!」
ハンサムが着ていたコートを脱ぎ捨てると、半ば見慣れてきてしまった銀色フードの制服が現れた。
ハンサムを取り囲んでいた2人のプラズマ団が前へと進み出てモンスターボールからポケモンを召喚する。
「ぷらーずまー!」
「ぷ、ぷらーずまー……」
「あれ、」
トウヤの腕が下がる。 ノリノリのハンサムは仰々しい大振りの動作で構えると、声も高らかにトウヤに向かって宣言した。
「フハハハハ! 我らが王のところにポケモントレーナーなど通すわけにはいかん!
 王のところに行きたくば、我々を倒してから行くがいい!」


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