レンブに呼び出されたポケモンはズルズキンのことを見ると、腰に巻いた帯を強く締めなおした。
いつか、新しいポケモンを探しに森に入ったとき、トウヤは同じポケモンを見ていた。
図鑑を向ける。 からてポケモンのダゲキ。
こくりと小さく唾を飲み込むと、トウヤは鼻息も荒く身構えるズルズキンに視線を向けた。

「戻れ、ズルズキン。」
一瞬驚いたような顔をしてトウヤの方へと目を向けてきたズルズキンから視線を外さぬよう、トウヤは軽く自分の唇を噛んだ。
「戦いたいのはわかってる。 だけど、長引きそうだから消耗させられないよ。」
少しの間無言でトウヤのことを見つめ、ズルズキンは舌打ちした後その場でモンスターボールへと姿を変える。
わずかに転がるそれを冷えた指先で拾い上げ「ありがとう」と物言わぬ球体に話し掛けると、トウヤは新たに戦うポケモンを呼び出した。



「1つ、約束してもらおう。 私が勝ったら、カトレアを……お前の後ろにいる女を解放して欲しい。」
「え?」
まるで意味のわからない交換条件に、トウヤはポケモン図鑑を握り締めたまま首をかしげた。
どうも、相手は何か勘違いしているようだ。 トウヤは足元で寝息を立てるカトレアを見ると、困った顔をしてから帽子のツバを引く。
「それじゃ、ボクが勝ったら話を聞いてください。」
言い訳するのも面倒でトウヤはそのまま呼び出したゴビットをダゲキのもとへと向かわせた。
おもむろに持ち上げられた腕に空気すらも押しつぶすほどのエネルギーが集まっていく。

「ゴビット、『アームハンマー』!」
ゴビットの腕が振り下ろされると、風船が破裂したような大きな音が響き渡った。
交差されたダゲキの腕と腕の間から、無機質なゴビットの瞳が覗いている。
「『アームハンマー』!」
ダゲキがロクな反撃も出来ないうちに2打目を繰り出す。
レンブは戦慄していた。 まだ進化もしていない相手、レベル差もあるはずなのにゴビットの1発が異様に重い。
3打目の『アームハンマー』がダゲキのHPを奪ったとき、床に敷き詰められた大理石が砕け散った。
粉々に砕かれた白い砂礫の中心で静かにたたずんでいる石人形の姿を呆然と見つめると、レンブはしばらく静かになり、突如笑い出した。
「は、ははははは! ははは! はは!
 そうか、『こだわりハチマキ』か。 強い……強い! それでこそ心躍るッ!」
レンブは目をギラギラさせながら2つ目のモンスターボールを床へ打ち下ろした。
藤色をしたポケモンがムチのような体毛を振り回すと空気の切れる音が聴こえた。 ぞくり、とした冷たさが背筋を伝い、トウヤは口元を緩ませる。

「コジョンド、『アクロバット』!」
レンブが叫ぶと藤色のポケモンは軽々と空中へ飛び上がり、クルクルと回転しながらムチのような体毛をゴビットへと叩きつけた。
切り裂かれた風にわずかにゴビットの足元がよろめく。 反撃すべくゴビットは手を伸ばしたが、再び舞い上がったコジョンドの細長い体は既にゴビットの射程範囲外だ。
「戻れ、ゴビット!」
トウヤは眉間にシワを寄せ、飛び回るコジョンドを目で追いきれずにいるゴビットをボールへと戻した。
代わりに繰り出されたダイケンキが飛び上がる。
レンブの繰り出したコジョンドはナイフのように細長く切れ長の目でダイケンキを見ると、床に着いた足をそのまま思い切り蹴りこんだ。
「『とびひざげり』!」
突っ込んでくるコジョンドを迎え撃とうとしてダイケンキは自分のアシガタナがないことに気付く。
顔を上げたとき、既に攻撃はそこまで迫っていた。
吹き飛ばされて床を跳ねたダイケンキは先の戦いで砕かれた大理石の中へと突っ込んだ。
細かい砂を吸い込んでむせこんでいるダイケンキに視線を向けると、トウヤはすっと1本指を伸ばし、バネのように床を跳ねるコジョンドへと真っ直ぐに向ける。
「ダイケンキ!」
トウヤの声に反応して顔を上げたダイケンキはコジョンドに伸ばされた指を見ると大きく息を吸い込んだ。
足元から水が跳ねる。
「1、2、3、4……」
「構えろコジョンド、何かしてくるぞ!」
空気を裂くようなレンブの声にコジョンドはダイケンキを睨み、姿勢を低くして身構えた。
帽子の下でトウヤの目が光る。 小さく息を吸い込むと、トウヤは上げっぱなしだった指先に力を込めた。
「7! ダイケンキ『アクアテール』!」
「跳べ、コジョンド!」
低く鳴き声をあげるとダイケンキは鋭い牙を食いしばり、全身の力を込めて長くて蒼い尻尾を振り回した。
尻尾の先から流れ出した水流が斬撃のようにダイケンキの身体から伸びていく。
薄い目を見開くと、コジョンドは飛び退くため白い床を前に蹴る。 だが、ヘビのように激しくうねった水流はコジョンドの胴まで届き、コジョンドがダイケンキにそうしたように避け切れないコジョンドの身体を大きく吹き飛ばした。
「コジョンド!?」
「ダイケンキ、アシガタナは足元! 『アクアジェット』!」
え、と小さく声をあげそうな顔をして自分の足元を見ると、ダイケンキはそこに転がっていたアシガタナを手にしてコジョンドへと飛び出した。
振り抜いたアシガタナがまだ空中にいたコジョンドの身体を床へと叩き付ける。



白い床に足をつけると、ダイケンキは大きく息を吐いた。
コジョンドは倒れた。 大きく体力を失いはしたが、途中交代からのバトルとしてはこの上ない戦果だ。
膝を突いたダイケンキにサムズアップを向けるトウヤを見て、レンブは倒れたコジョンドをボールへと戻しながらうっすらと眉を潜めた。
「相手が何者か……」
低くかすれたレンブの声にトウヤは顔を上げる。
「尋ねる相手は多いが、拳を交えればおのずと答えは見えてくる。
 お前は、先の挑戦者と似て非なるもの。 ……穢れることを知らぬ、白き力だ。」
マメだらけの拳から放たれたモンスターボールが弾けるように開かれると、飛び出したポケモンが着地する衝撃で砕かれた床の破片が舞い上がった。
白い砂となった大理石の床の上にゴツゴツとしたコンクリートの柱を叩きつけると、呼び出されたポケモンはその柱に寄りかかり、シワに埋まった目をトウヤとダイケンキへと向けてくる。

「ローブシン……」
新たに繰り出されたレンブのポケモンに図鑑を向けると、トウヤは表示された相手の名前をつぶやいた。
どう見ても「ちょっと重い」では済まされないレベルのコンクリートの柱を、目の前にいる相手は軽々と、まるでチアのバトンかなにかのように振り回している。
トウヤは横目でダイケンキのことを見ると、肩で息をしている彼をモンスターボールへと戻した。
代わりに先ほど戦わせたゴビットを呼び出す。 こちらも万全ではないが、それでも一応ゴーストタイプだ。 格闘相手ならそれなりに立ち回れる。

「弱点を突かれなければ大丈夫……と、でも思っているか?」
低い声にトウヤは眉を上げる。 拳のサポーターを強く握り直すとレンブは両手を上げ、格闘技のファイティングポーズのような姿で身構えている。
「このレンブ、15で家を出たのち世界を回り、ただひたすらに己とポケモンたちを鍛え上げてきた。
 技の1つ封じられたところでひるみはしない!」
レンブが拳を突き出すのと同じタイミングでローブシンは持っていたコンクリートの柱を白い床に叩き付けた。
瞬きする間もなくローブシンの拳が灰色の柱を貫く。
「『ストーンエッジ』!」
砕かれた柱の破片が刃となってゴビットの胸へと突き刺さる。
足元をすくわれて仰向けに転がったゴビットは追って飛んできたコンクリート片に埋まり、姿が見えなくなった。
だが、図鑑を見ると体力は残っている。 トウヤは帽子の下からローブシンを睨むと右手を握り、細い指先でローブシンを指差した。
「反撃だ、ゴビット!」
返事がない。 声を出した後でトウヤは異変に気付く。
「ゴビット! ……ゴビット?」
声が届いていない。 『こだわりハチマキ』の効果で技は1つしか出せないから、タイミングさえ教えればゴビットは技を繰り出す予定なのに。
埋もれたコンクリートの山を見つめると、トウヤは軽く唇を噛んだ。
他のポケモンたちと違い、ゴビットはトウヤの指示が出るまで自分から技を出すことはしない。
「ゴビット、ゴビット!」
「いかに相性で勝ろうと、技が当たらなければどうということはない。」
片杖になったローブシンが山の上から拳を叩きつける。
ポケモン図鑑を見る。 かなりHPが削られたが、まだ0ではない。
ゴビットを見て、ローブシンを見て、そしてレンブを見て、トウヤは納得した。
レンブが片眉を上げる。 一方的に自分のポケモンが殴られているだけのこの状況で、なぜ、笑うことができるのか。

「空に向かうは正義の心、強くしなるは鋼の雄志……人を支えて悪しきをくじく、青い正義の一本竹!」
唐突な10年以上前のテレビヒーローの口上にレンブの口が開く。
トウヤの目が生き返った。 活路を見つけたに違いない、レンブは開いた拳を強く握り直す。
「テレビで見ました。」
トウヤは口を開く。
「瀕死の相手を前にして自分の手を明かしてしまう人は、必ず、逆転されてしまうんですよ。」
小さな肺に息が吸い込まれるのを見てレンブは身構える。
だが、逆転への作戦は、この上なくシンプルなものだった。


「……ッ! ゴビットオオォ!!!」


目いっぱいの叫び声が上がった瞬間、ローブシンの足元にヒビが入り、白い床とともに杖つきのポケモンは大きく吹っ飛んだ。
地面からの衝撃で山を吹き飛ばしたゴビットは落ちてきたローブシンに手を向ける。
図鑑の表示が切り替わる。 子供ほどの大きさだったポケモンは、いつか本で見た人を守る神のような巨大なポケモンへと姿を変えていた。
「ゴルーグ、『じならし』!!」
トウヤが指示を出すとゴルーグの力で突き上がった床が落ちてくるローブシンを強く叩き、再び跳ね上げた。
空中でモンスターボールへと変わるローブシンを見て、トウヤは上げていた腕を下ろす。

「ナゲキ!」
見上げるほどの高さのゴルーグにサムズアップを向ける間もなく、レンブは次のポケモンを放ってきた。
トウヤも次の手を繰り出すべく身構える。
だが、取り出した図鑑を向けるのよりも先にナゲキの身体が浮き上がり、トウヤとレンブは揃って目を丸くした。





地面に足のつかないナゲキを細い指先で持ち上げると、カトレアは不機嫌そうな瞳をレンブの方へと向ける。
「何をしているの……?」
「カトレア! 敵の手に落ちたんじゃなかったのか?」
意味がわからない、といった顔で眉を潜めるとカトレアは風船のように浮いたナゲキをレンブの方へ投げ、すっかり床の砕け散った広い部屋に視線を向けた。
長い髪に結ばれた蝶のようなリボンがふわりとひとりでに浮き上がる。
「レンブ、片付けておいてくださる?」
「あ、ごめんなさい! 床は……」
「アタクシ、チャレンジャーでなくレンブに言ってますの。」
長いまつげを揺らし横目を向けると、カトレアは眠そうにあくび1つして大きな天蓋つきのベッドから枕を引き寄せる。
ピピ、と、機械の音が部屋の中に響き渡った。
ふわふわと飛んできたランクルスが半透明の手をトウヤに向けると、トウヤの小さな手の中にプラスチック製の小さなカードが落とされる。

「そのカードを中央にある女神像のリーダーに通せば、ロックが解除されますわ。
 アタクシ、これから散歩の時間なの。 出てってくださる?
 あまり殿方を部屋の中に招き入れないよう、執事のコクランから言われてますの。」
すっかり毒気を抜かれて固まったレンブを横目に、トウヤは苦笑いした。
レンブのナゲキは行き処のない両腕を持ち上げたままトレーナーに顔を向けている。
見上げるほどの大きさまで進化したゴルーグを小さなモンスターボールの中へと戻すと、トウヤは優雅に外へと歩き出すカトレアとレンブを見比べて、カトレアの後を追いかけた。


「あの……!」
「あら?」
長く続く螺旋階段を降りきったところで、呼び止められたカトレアは色の薄い目をトウヤへと向けた。
「お急ぎなのでしょう? もうアタクシに用はないと思ってましたわ。」
「えっと……」
言葉に詰まってトウヤが唇を噛むと、カトレアは白くて細い指先を沈む太陽に向かって差す。
「残りの四天王なら、中央の女神像から見て北西と南西の建物にいますわ。
 迷うのがお嫌いでしたら、遠回りにはなるけど壁沿いに進めばよろしくてよ。」
「あ、ありがとうございます。」
「まだ、何か?」
「え、えっと……」
上手く伝えられないもどかしさを噛み締めたままトウヤは右手を上げた。 拳を握り親指を上げて、指の腹をカトレアへと向ける。
カトレアはまぶたを1ミリほど持ち上げると、にっこりとトウヤに微笑んだ。
そしてそのまま、倒れた。

「え? ……え?」
何が起きたのかわからず、倒れているカトレアを前にしてトウヤはオロオロと視線をさ迷わせた。
状況が掴めない。 にじみかけた視界に目を強くつぶってまぶたをこすると、目を開いた視線の先に、浅黒い手でカトレアの肩を抱えるレンブの姿を見つけた。
「あ……」
「……超能力の使いすぎだ。 カトレアは私が医務室まで連れて行く。
 お前は先へ進み、他の四天王と会え。 先の挑戦者といい、帰ってきたアデク師匠といい、何かが……何かが、おかしい。」
小さくうなずいてトウヤはポケモンリーグの入り口へと駆けて行くレンブの背中を見送った。
短い歩幅で歩きながらバッグの中を改める。
チェレンに持たされた『すごいきずぐすり』に『かいふくのくすり』、それと『ピーピーエイド』。
次のバトル前には全回復できるはずだ。 もう1度うなずくと、トウヤは女神像の方角に向けて歩き出した。


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