積み上げては崩し、積み上げては崩し、全く同じとも思える所作を繰り返して積み上げられた小さな城は、巨大な城が競り上がったときの振動であっけなく崩れ去った。
カタカタと音を立てる机の上の時計に視線をやりながら、トウコはこの状況を全くはしゃげない自分に少し驚いていた。
つまらなそうに目を細めると、頭の中で考えを巡らせる。
この城の中だけで見れば、全てNの描いたシナリオ通りに進んでいる。
だが、そのN自身がトウヤは、それに伝説のポケモンレシラムが不確定要素だと言っていた。
どこかに、ほころびや、アクシデント……プラズマ団の気付いていない何かがあるはずだ。
「……っし!」
履きなれた靴で床の上に降りても何の音も鳴らない。 トウコは大股で部屋を横切ると締め切られた扉をすり抜けた。



「先に行くからポケモンたちの回復をして玉座まで来るように」、そう言われてプラズマ団の城に通されたはいいが、突然の展開と予想以上に広い城の内装にトウヤは口を開けたまましばらく固まっていた。
てっきりポケモンリーグを乗っ取って何かするものと思っていたのに、まさかリーグを囲うほどの建物が既に完成していたとは。
案内に当てられたゲーチスの後を追いかけながら、トウヤはやけに鋭角な曲がり角が目立つ廊下をとぼとぼと歩いている。
窓もなく、閉塞感溢れる細い通路ばかりが続いているが、時折、外国の写真で見るようなレンガ張りの水路や、擬似的に造られた滝のようなものが見える。
不思議に思ったが、前にいるのはゲーチス1人だ。
尋ねるタイミングも分からず、ぎゅっと口をつぐんだまま後をついていくと、ゲーチスは廊下のどん詰まりにある小さな扉の前で立ち止まった。
「……ポケモンリーグを包み隠すように出現した城は、イッシュが変わることを意味するシンボル。
 その城の王は、伝説のポケモンを従えチャンピオンを超えた最強のトレーナー!
 しかも、世界を良くしたいという、熱い思いを胸に秘めている!
 これを英雄と呼ばずして、誰を英雄と呼ぶのです?」
「あの……」
「おや、これは失礼…… ポケモンの回復でしたな。
 この部屋に回復装置がございます。
 ここは普段、N様が使っておられる部屋でして……少々散らかってはおりますが、そこはご了承いただきたい。」
軽くうなずくと、トウヤは小さな扉を潜り、明かりの消えた部屋の中へと通される。
廊下同様、窓のない部屋の中は電灯の明かりがないと真っ暗で、足元で音を立てたプラスチックのような何かにトウヤは軽く悲鳴をあげた。
明かりがつけられる。
蹴飛ばしてしまったのはプラスチック製のおもちゃの電車のレールで、それがぶつかったのは、いつか憧れたこともあったスケボーのハーフパイプで。
子供部屋……Nが使っていたというのならそう言っても差し支えはないだろうが、それにしても幼すぎる内装に違和感が湧き上がってくる。
空に浮かぶ雲が描かれた絨毯に軽くめまいを起こしながら、これはどういうことかとゲーチスに尋ねようとしたとき、大きな音が鳴って背後の扉が閉められた。
「ちょっと……!」
「アナタには、そこで大人しくしていていただこう!
 ここまで舞台装置が整えば人々の心はつかめる! いともたやすくワタクシの……いや、プラズマ団の望む世界にできるのです!
 ワタクシたちだけが! ポケモンを使い、無力な人を支配するのです!」
扉をこじ開けようとしてトウヤは気付く。 ノブがない。 外れたのではなく、初めからつけられていないようだ。
頭の隅でムダだと分かっていながらトウヤは扉を叩く。
じんと痺れる指先から血の気が引いていくのが分かった。
「長かったぞ! 計画を悟られぬよう、息を潜めていた……苦しみの日々も終わる!!
 我々の時代が始まるのです! アナタにはその証言者となっていただこう。
 もっとも……それまでアナタの心が持つかどうか、ワタクシにはわかりかねますがね。」
笑い声が段々と遠くなる。
トウヤはすぐに理解した。 ここは檻だ。
冷え切った両の手をポケットの中へと突っ込むと、トウヤは部屋の中を見渡して強く唇を噛んだ。





馬鹿げてる……そんな言葉が口を突いて出るほど巨大な城に、チェレンは眉を潜めて舌打ちした。
状況は限りなく最悪に近い。 ハンサムと別れ、ほぼ無人となっていたポケモンリーグを突っ切ってアデクのもとに辿り着いたと思えば、目の前にそびえたっているのはプラズマ団の城。
「トウヤは……!?」
四天王のレンブに抱えられ、床にうずくまるアデクにチェレンは尋ねる。
むせこみながらアデクは城の方角を指差した。 その入り口は、閉まっている。
「……負けたわ。 途方もない夢を語る、うるさい小僧を黙らせるほどのポケモンとの絆を見せてやるはずだったがな……
 あいつの信念もまた、本物だった……ということか。
 トウヤの奴は、決着をつけるためNとともに城に入っていきおった。
 もはや、トウヤと、伝説のポケモンレシラムに賭けるしか……」
「……何を寝ぼけたことを言っているんですか、アデクさん。」

苛立ちを覚えながら、チェレンは長いヘビのようなポケモンを足元へと呼び出す。
「13歳の子供の肩に、なんてもの乗せようとしているんですか。
 ……僕は、トウヤとは10年近くの付き合いです。 だから分かる。 アイツはイッシュの運命のことなんて考えていない。
 ただバトルがしたくて、自分の周りの人が大切で、それだけのために戦っているんです。」
閉まりきった扉に向けた『リーフストーム』は、扉の表面にかすかな傷をつけるとはらはらと谷底へと落ちていった。
舌打ちするとチェレンはさらにポケモンを呼び出す。
ヒヤッキーの放った水流は扉に当たると跳ね返って白い水しぶきへと変わった。
「確かに、Nとの戦いはトウヤにしか出来ないでしょう。
 けど、力ずくでポケモンを奪ったり……卑怯な手を使うプラズマ団からトウヤを守ることは、僕たちにだって出来るはず。
 ……まだ、出来ることはあるはずです! いや、『あるはず』じゃない……あるんです!」
チェレンたちと一緒に追いかけてきたものの、ずっとつまらなそうに事の成り行きを見ていた四天王のカトレアは、部屋の片隅に転がっていた石を拾い上げると、技を放つポケモンたちの隣から扉へと向かってそれを投げた。
勢いが足りるはずもなく、白い石は音も立てず谷底へと落ちていく。
赤くなった指先をじっと見つめると、カトレアは後ろ手を組んで他の四天王たちへと目を向けた。
「レンブ、あの扉を壊して頂戴。」
シキミが縁の白くなったメガネを持ち上げながらカトレアへと細い眉を向ける。
「カ、カトレアさん?」
「早く。」
涼しい顔をしてカトレアは言葉を続ける。
次の瞬間、ほのかな照明だけの薄暗い部屋の中に目も眩むようなまぶしい光が駆け抜けた。


「エモンガ、『10まんボルト』。」

体の真横を抜け、扉に当たって四散した電撃にジャローダとヒヤッキーは攻撃を中止して振り返る。
コツコツとヒールの高い音が響く。 チェレンが振り向くと、灰色の景色から浮き立つような白いコートを脱ぎ、不自然なほどに長い足でこちらへとやってくるジムリーダー、カミツレの姿があった。
「その扉を壊せばいいの?」
「みたいですねえ。 でも、見たところ城門みたいに分厚い扉みたいだし、『とくしゅ』技じゃ、ちょーっと厳しいんじゃないかなあ?」
「そんなことないもん! あたしのオノノクスなら、どんなてきだってやっつけちゃうんだから!」
「無理すんじゃないよ、アイリス。 扉を壊してそれで終わりってわけじゃないんだからね!」
スンスンと鼻を鳴らすハーデリアを引き連れて、アロエはぐるりと壊れかけたバトルフィールドを見渡した。
少し遅れてやってきたハチクが咳払いを1つする。
部屋の外でなにやらCギアに向けてがなりたてていたヤーコンが早足で乗り込んでくると、空に浮かぶように壁につけられた扉を見て嫌そうに舌打ちした。
「……ったく、プラズマの野郎、面倒くせえことしやがる!
 おい、そこをどけ! 遠くからチマチマやったってラチがあかねえ、足場を組んで一気にぶっ壊すぞ!」
「ヤーコンさん! 足場作ってたら時間かかっちゃいますよ、空から行った方が絶対早いですって!」
まるでかみ合わないヤーコンとフウロの会話に、チェレンは肩をすくめながら苦笑いした。
人数は増えたというのに、まるで解決する気配がない。
ため息をつきながらもその輪の中に混じろうとするギーマを見て、アデクは時折顔をしかめつつ、彼に声をかけた。

「……そういえば、お前たち、ポケモンはどうした?」
「立て続けにチャレンジャーが来ましたからね。 予備のポケモンたちも含めて全員ポケモンセンターで治療中ですよ。」
驚くアデクをよそに、ギーマは口角を上げる。
涼しい顔をしてそう言ったギーマに同意するように、他の四天王たちも次々とうなずいていた。
「だって……なんだか、じっとしてられなくって。」
「こんなに楽しそうなコト、見逃したらソンじゃない?」
「申し訳ありません、師匠。
 師匠は我々に中立の立場であるようおっしゃられたのに……自分はこの状況を黙って見過ごすことは出来ませんでした。」
「……ま、そういうことです。
 向こうにその気がある以上、こちらだってノーリミット……なりふり構っていられないでしょう?」
あなただってそうでしょう? そう付け加えられ、アデクは辺りを見渡す。
城に入るための方法を、ああでもないこうでもないと言い合うヤーコンにフウロ。 それをなだめるアーティに、扉への攻撃に失敗して少ししょげているアイリス。
膝に手を突いて考えると、アデクはやや自嘲気味に笑った。
数珠のように繋がった腰のホルダーからモンスターボールを1つ掴むと、日に焼けた赤い手に力を入れる。
「チェレン!」
チェレンが振り向くと、すぐ目の前まで飛んできたボールが手のひらに当たる。
危ないと文句を言いかけたチェレンの手の中で、小さなモンスターボールが音を立てた。
「使え、そのポケモンはきっとお前さんの役に立つ!」


何か言いかけながらチェレンはポケモン図鑑を開き、モンスターボールから呼び出したポケモンのステータスを確認する。
『それ』はチェレンが想像するよりも大きく、前に進むための1歩を踏み出すたび床の下から低い音が響いた。
図鑑の数値を見る限り、チェレンの持つどのポケモンより『こうげき』の値は高い。
技を確認、いけそうだ。 扉の前でにらめっこしているジムリーダーたちへ駆け寄ると、チェレンは新しく入ってきたポケモンに向かって指示を出す。
「みんな下がって!
 ギガイアス、あの扉を『うちおとす』んだ!」
チェレンが叫ぶとギガイアスは身体の中心に収束させたエネルギーを鋭い岩の刃へと変え、高い弾道から岩の壁に貼り付けられた扉に命中させた。
耳をつんざくような高い音が響き渡る。 白い岩で出来ていた壁がパラパラと砂粒となって崩れると、重々しい鉄扉は重力に逆らえず扉を支える金枠ごと谷底へと落ちていった。
ひゅう、と誰かの鳴らす口笛の音が聞こえてきた。
「おぉ、やるぅ!」
「やったあ! それじゃみんな、あたしのポケモンに乗って!
 ほらほら、ヤーコンさんも! まだまだこれから活躍してもらわなきゃいけないんだから!」
うなり声のようなものをあげるヤーコンの背中を押しながらフウロは自分の鳥ポケモンたちを次々とモンスターボールから呼び出す。
ふかふかのケンホロウの首筋に抱きつき、アイリスはにこにこしながら右腕を突き上げた。
「それじゃあ、わるもののおしろにとつげきー!!
 チェレンおにいちゃんがリーダーね!」
「えっ……」
「いいね、ボクもさんせーい。」
まるで何も考えていないような口ぶりでアーティがアイリスの提案に乗る。
クスクスと含み笑いをしてから、アロエはフウロが呼び出したウォーグルに片手を差し出した。
「いいじゃないの、しっかりしたあんたにピッタリだよ。 遠慮せずあたしらをこき使いな!」
アロエが飛び立った後、チェレンは突入に一役かってくれたギガイアスに視線を向ける。
初めて使ったポケモンなのに、まるで昔からいる相棒のようにギガイアスはチェレンの手になじんだ。
チェレンの服の裏には8つのバッジがある。 きっとそれのおかげだ。
そして、それは、チェレンとポケモンたちが力を合わせて、絆を深めてここにいるジムリーダーたちから勝ち取ったものだ。
よし、と、小さくうなずくとチェレンはギガイアスをボールへと戻し、ケンホロウを呼び出してプラズマ団の城へと乗り込んだ。





トウコは走っていた。
やっと……やっとプラズマ団の尻尾を掴んだ。 捕まっているはずの自分のポケモンの居場所のメドもついた、それなのに。
「んああぁーっ! こんなことなら、ゾロアーク先に行かすんじゃなかったあ!」
メドがついても、自分1人で行ったら意味がない。 なにせ、幽霊なのだ。
鍵を開けたり壊したりすることも出来ないし、もしかしたら捕まっている自分のポケモンはトウコのことが見えないかもしれない。
先に行かせたゾロアークか、Nか、もしかしたら来ているかもしれないトウヤ。 誰かに話をつけなければこれ以上の進展は望めない。
もどかしさで何度も叫びながら(声に反応して誰か飛び出してくるかもしれないという期待も込めて)走り続けていると、それをかき消すような大きな音を鳴らす扉の前まで差し掛かり、トウコは足を止めた。
これは、アレだ。
夏に庭先でプールで遊んでいたとき、ホースから出た水を思い切り窓にぶつけ、こっぴどくママに叱られたときの音だ。
何で今、それが? 疑問を解決する間もなく、何か大きなものをぶつけるような音も混じり、トウコの足元は細かくふるえる。
見に行こう、トウコがそう思い至るまで時間は要さなかった。 どうせちょっとくらい攻撃を受けたって、幽霊なのだ。 痛くもかゆくもない。

そう思ってトウコが1歩足を進めたとき、あれだけごうごうと鳴り続けていた音が止んだ。
「あれ?」
長いまつげが上下し、トウコは壁の向こうを見に行こうともう1歩足を進める。
その瞬間、扉を囲んでいた壁が割れた。
やばい。 というか、ヤバイなんてレベルじゃない。 慌ててトウコが逃げだした直後、円形に割れ目の入った壁の中心が大きくへこみ、石の壁ごと巨大な扉が抜け落ちる。


振り返ったトウコが見たものは、砂煙で白く煙る景色の先、期待と不安と使命感の入り混じった表情で自分を……いや、プラズマ団の城を見上げているジムリーダーたちの姿だった。
「あぁ……」
トウコは理解した。 自分が待ち望んでいた瞬間が来たのだと。
まるで、おとぎばなしの中みたいだ。
プリンセスなんてガラじゃないが、届くかどうか分からない声を張り上げることくらいは出来る。
トウコが息を吸い込んだ瞬間、ケンホロウに乗ってこちら側へ飛んできたチェレンと

目が、合った。


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