「……だから、たぶん、正面からマトモに打ち合ってたら、勝ち目は薄い。 みんなには負担をかけると思うけど、Nが予想出来ない手を使っていくしかないと思うんだ。
 前にチェレンが見せてくれたポケモンリーグの映像で使われてた手……あれ、ダイケンキも使えるんじゃないかと思うんだ。 HP1と0じゃ大きく意味合いが違ってくるから……」
膝の上にダイケンキの頭を乗せ、指先で地図を描きながらつぶやくようにポケモンバトルの話をしていたトウヤは、イワパレスに背中をつつかれ、ふと顔を上げた。
「あれ?」
いつの間にか真っ暗だ。 床の上に散らかっていたおもちゃも消え、トウヤとポケモンたち5匹、暗闇の中で浮かぶようにして座り込んでいる。
電気でも消えたのかと辺りを見回していると、自分と一緒にいるどのポケモンとも違う大きなため息が闇の中から聞こえてきた。
「……やっと気付いたか。 何度も呼びかけていたのだぞ。」
「あ、ライトストーン。」
特に驚く様子もなくトウヤは暗闇に返答する。
1メートルほど前ではズルズキンが声の主に向かって噛み付きそうな勢いでうなっていた。
あれ、と、トウヤはもう1度声をあげる。
前のときと違う。 ズルズキンもイワパレスもメブキジカもゴルーグもダイケンキも、なんというか……リアルなのだ。

「オマエを私の意識下に引き込んだら、そこのズルズキンに、ストーンごと壊されそうになったのでな。」
「あぁ、それで。」
トウヤは自分のまん前で鼻息を荒くしているズルズキンをなだめる。
少し笑いが漏れてきた。 実に彼『らしい』行動ではないか。
「あの、ありがとうズルズキン。 キミはいつもみんなのことを守ろうとしてるね。」
チッと舌打ちするとズルズキンは座り込んでいたトウヤの膝を蹴った。
頭を乗せていたダイケンキが驚いて起き上がり、振り向いた弾みで額のツノがズルズキンの顔に直撃する。
吹っ飛ばされたズルズキンにトウヤが慌てていると、呆れかえったようなため息が闇の中から聞こえてきた。
「……それで、真実は見つけたか?」
一緒になってなだめようと駆け寄ってきたメブキジカに頬をすりつけられながらトウヤは宙を見上げる。
「Nやプラズマ団の言うことは、すごく難しいね。」
「そうか。」
「だけど……いくつか、確信してることもあるよ。」
トウヤは自分を囲むポケモンたちをぐるりと見回す。
「……これまでイッシュを旅したなかで」
「出会った人たちと」
「たくさんのポケモンたちと」

小さくうなずくと、トウヤは自分のポケモンたちを順番に抱きしめた。
身体が大きくて両腕に収まりきらないゴルーグは差し出された右手にしがみついた。
「ボクだけの、真実が。」







見覚えのあるピンク色に、トウコは唇がくしゃくしゃになるまで力を入れた。
嫌な音をたてていたゾロアークの吐息が落ち着いたのを見ると、タブンネはトウコに向かってパタパタとマシュマロのような腕を振る。
「無事だったんだな、オマエ……!」
「ぶね、ぶーねっ!」
視線が合う。 タブンネは『視えて』いる、トウコはそう確信する。
怪訝そうな顔をしたチェレンがトウコのいる方向へと顔を向けたとき、電気を帯びた白い糸がチェレンの頭のすぐ上をかすめた。
「ダークトリニティ!」
「オイ、チェレン! ボサっとすんな!」
ニンジャのように壁をはうデンチュラに向け、ヤーコンのワルビアルが『ストーンエッジ』を発射する。
だが、相手の姿は影のように掻き消え、壁に刺さった岩がパラパラと細かい砂を落とす。
トウコも臨戦態勢に入ろうとしたが、窮地を脱したとはいえ、今のゾロアークでは戦うことは無理だ。 ならば、タブンネは?
「わからない……!」
タブンネがいつ自分のもとから離れたのか、どうしてチェレンのところにいるのか全く掴めないのだ。
指示を出しかねているチェレンとオロオロしているタブンネを見比べると、トウコは唇を噛んで廊下の一端へ駆け寄り、白い壁に手を突いた。

「タブンネ! ここ!
 ここの壁をなんでもいいから叩いてくれ!」
「ぶね?」
指の先が壁を突き抜ける。 『お願い』をするトウコを見て、タブンネは困ったようにチェレンの方へと顔を向けていた。
チェレンは……先ほどから全く動いていない。 背中に向けてダークトリニティが放った攻撃をヤーコンが弾き返し、彼に怒鳴りつけても。
もどかしくて、いっそ殴ってしまおうか……そんな考えが頭に浮かんだとき、小さな瞬きとともに、チェレンはタブンネの方へと顔を向けた。
「……会ったときから、少しおかしいとは思ってたんだ。」
「チェレン?」
「ぶね?」
「タブンネやエモンガを始めとする、揺れる草むらのポケモンはジムバッジに反応して……バッジを持っていなければ、出てこないはずだったから。」
首をかしげるタブンネに視線を合わせると、チェレンはホルダーからタブンネとは別のモンスターボールを取り出し、メガネのツルを持ち上げた。
「……トウヤに合わせてつき続けていた嘘だったけど、ここまできたら信じるよ。
 タブンネ、もしトウコがこの場にいて、キミに何か指示を出しているのならそれに従うんだ。
 彼女の指示が出ている限り、キミはトウコのポケモンとして振舞うこと。 いいね?」


1拍置いて「ぶねっ!」と叫んだタブンネはバネのように飛び出すとトウコの腕が刺さる白い壁に飛び掛かった。
跳ね返って頭を押さえた後、タブンネは起き上がってもう1度体当たりする。
「……あそこか!」
チェレンが手にしたボールを構えた矢先、悲鳴をあげて飛んできた『何か』がチェレンを背中から押しつぶした。
転がってきたボールを拾おうとしてトウコの手がそれをすり抜ける。
起き上がった『何か』は小さくうなり声をあげると、狭そうに羽根を広げるスワンナに指示を出して廊下を水浸しにした。
すぐさま放たれたエモンガの『10まんボルト』がフラッシュする。
効果はいまひとつのようだ。 真中を飛ぶように突っ込んできたアギルダーに身体を突かれ、技を繰り出したエモンガは叩きつけられて口から細かい粒を吐き出した。
息を切らせながらフウロは苛立たしげに足を床に叩きつける。
「もう! なんなのよう、あのポケモンたち!」
「あのアギルダー……さっきから『はかいこうせん』を反動なしで連発してるわよね。」
「キリキザンも! レベルはこっちの方が高いのに『ハサミギロチン』が外れないの! これって絶対おかしいよ!」
「何か裏があるっつうことか……!」
「裏……」
チェレンはタブンネがぶつかっては跳ね返りを繰り返す白い壁へと目を向ける。
胸元を握り締めたのは、溢れてくる熱い思いが抑えきれなくなったからだ。
アデクから渡されたモンスターボールを床へと打ちつけると、チェレンは低くかすれた音をたてるギガイアスに強い声で指示を出す。
「タブンネ、下がれ! ギガイアス、あの壁に向かって『ストーンエッジ』!」
まるい瞳をパチパチさせその場から退いたタブンネを横目で見ると、ギガイアスは岩石で出来た身体をうならせ、鋭くとがった岩を打ち出した。
白い壁にぶつかると岩は砕け、細かい破片がパラパラと床の上へと降り注ぐ。
鋭角に避けた壁の隙間からは、鈍く光る灰色の壁が見えていた。
「……鉄板!」
「チェレン! あの黒服たち、今、顔を上げたよ!」
フウロの声が耳の中を突き抜ける。 ビンゴ、チェレンの口元が動き、視線が再び白い壁へ向く。
問題はまだ残っている。 次はあの鉄の壁だ。
あれはギガイアスの技では壊せない。 チェレンはヤーコンへと視線を向けると図鑑を片手に右手を強く握り締めた。
「ヤーコンさん、ドリュウズの『つのドリル』であの壁を!」
「オイ、簡単に言うけどな! この壁がついてんのは建物の外側だ。
 もしお前の言う事が間違ってたら、俺のポケモンは谷底に落ちて二度と戻ってこられなくなる。
 そのこと分かって言ってんだろうな?」
舌打ちしながらもヤーコンはポケモンを入れ替える。
チェレンはタブンネを見た。 全ては伝聞に過ぎず、確信を持てることなど何ひとつない。
だが、自信満々に構えるタブンネの後ろに、日焼けした膝こぞうが見える気がした。 信じるとするならば、1番道路からずっと旅してきた自分のポケモンだ。
「……トウコ!」
「信じろッ!」
「ぶねっ!」

「ヤーコンさん、お願いします!」
「仕方ねえ、ドリュウズ! 『つのドリル』だ!!」
タブンネとフウロが同時に耳を塞ぐ。 止めようとしたダークトリニティのポケモンたちにカミツレのゼブライカが電流を浴びせている。
轟音を立てドリュウズが壁の鉄板を貫いている間、まるでたくさんの目から世界を見ているようにトウコは奮闘するジムリーダーたちを見つめていた。
チェレンの視線がこちらへと向いている。 わかっている、見ているのは自分ではなくタブンネのはずだ。
「ぶね?」
キラキラと光りながら落ちてきたものにタブンネが視線をずらし、慌てて離しかけた両腕を耳のへと持っていく。
「……タブンネ、もう1回ゾロアークを回復してやって。」
「ぶね」とラッパのおもちゃのような鳴き声をあげ、タブンネは廊下の隅で小さくなっているゾロアークに緑色の光を当てる。
まだまだ。 やることはいっぱいだ、泣いている場合じゃない。
大きな音をあげて鉄の扉が貫通した。 目を開けたゾロアークを叩き起こすとトウコは暗い穴に視線を向け眉根を寄せる。
きっと冷たいであろう冬の空気を、トウコは胸いっぱいに吸い込んだ。





「ミルホッグ、『かたきうち』!!」
ミルク色に輝く頼りなげな橋を架け終えた頃、廊下の端までよく響くアロエの声にアーティは眉を上げて振り返った。
『かたきうち』。 アロエの得意とするノーマルタイプの強力な技だが、威力が上がるのは自分のポケモンが倒された直後だけだ。
ミルホッグの腕はなんとか相手のクリムガンを押し返している。
いつのまにか戦況は2対2になっていた。 トレーナーとして手助けするべきかどうか少し惑ったが、連続して2回も『りゅうせいぐん』を撃ったアイリスの体力はもう限界だ。
「アロエ姐さん、ムーランドは?」
「……あのクリムガンの『ばかぢから』にやられてね。」
「ぜったいおかしいよ! あのクリムガン3かいもわざつかったのに、ずーっとつよいままなの!」
「そりゃ、おかしいねぇ。 『しろいハーブ』を使ったにしても、ちょーっと長すぎるもんねぇ。」
アーティは糸の橋を渡したハハコモリをモンスターボールへと戻すと、代わりにペンドラーを呼び出す。
クリムガンからは目を離さないまま、ふくれ面をしているアイリスの頭を軽く叩いてさりげなく自分の後ろへと誘導した。
「おかげで、アイリスのオノノクスはヘトヘトになっちゃったもんねぇ。
 すっごく強いクリムガン、ボクもちょっと戦ってみたくなっちゃったからさ、アイリスは少しハチクさんの様子を見てきてくれないかな?」
「うー……わかった!」
少しだけ躊躇して白い橋に向かって走り出したアイリスは、直後に「きゃっ!」と小さく悲鳴をあげた。
不意打ちでも食らったのかとアロエが振り向くが、背後から流れてきた冷風に納得して警戒する方向を戻した。
ペンドラーを相手のクリムガンと対峙させながらアーティはポリポリとアゴをかく。
ハチクが戦っているということは、落とし穴の向こう側にも敵がいるということだ。
「これは……気を引き締めていかないといけないね。」
「敵も追い詰められてるってことさ。 ここを乗り切れば先に行かれるよ!」
アロエはそう言うが、思ったより状況は悪そうだ。 プラズマ団のポケモンたちの強さの源が掴めないせいだ。
アーティは意地の悪い笑みを浮かべると、ペンドラーに技の指示を出して軽く自分の唇をなめた。



「曲がりくねった人の世を、伸ばしてみせよう光まで! 曲がりくねったその性根、直してみせよう直線に!
 空に向かうは正義の心! 強くしなるは鋼の雄志!
 人を支えて悪をくじく! 青い正義の一本竹! バンブーブルー参上!」

「おぉ……?」
角を曲がった途端に現れたスーパーヒーロー?に、アイリスはポケモンを交換することも忘れ、その場で立ち止まった。
バンブーブルーの背中越しには、以前ヒウンシティのプラズマ団アジトで出会った七賢人のスムラが見える。
それとバンブーブルーがなぜ対峙しているのか? こっちの方にいるはずのハチクはどこへ行ったのか?
アイリスの頭の中はハテナで埋まった。

「姿を変えて……それで強くなったおつもりですか? 所詮は子供だまし……あなたのポケモンが敗れたという事実は曲げられないのですよ。」
「まっすぐな竹が曲がるのは、人の役に立ちたいと思ったときだけだ。
 人とポケモンをむりやり切り離し、純粋な心に悲しみの雨を降らせるプラズマ団の所業……この青い正義の一本竹、バンブーブルーが許しはしない!
「まったく、意味の解らないことを……私も永く生きてきましたが、あなたの行動は理解に苦しみますね。」
バンブーブルーはモンスターボールからツンベアーを呼び出す。
一方、相手の七賢人……スムラのポケモンは、ダンゴロだ。
アイリスは戸惑った。 タイプの相性から言えば、ダンゴロの方が有利だが、ポケモン同士を見る限りツンベアーにはそれを覆すだけのレベル差がある。
なのに、スムラは「バンブーブルーのポケモンが敗れた」と確かに言った。
やっぱりおかしい……アイリスは口をつぐむと、持ってきた自分のモンスターボールをきゅっと強く握り締めた。

「『ラスターカノン』!」
「ツンベアー、『あられ』だ!」
ダンゴロが繰り出した銀色の光線はツンベアーが吐き出した真っ白な雪の中に隠れて消える。
手ごたえのなさに七賢人は歯噛みしてマントの前を握り締めた。
「目隠しのつもりですか? そのような小手先の細工、圧倒的な力の前には無意味なのですよ!
 『じゅうりょく』をお使いなさい! 引きずり出してやるのです!」
寒さで凍えるようにダンゴロが丸い体をブルブルとふるわせると、廊下全体が青く光り、まるで磁石にでもなったかのように身体が床へと引き付けられる。
ビシビシと顔や身体を叩いていた氷の粒も床へと引き付けられて、ダンゴロに向かって爪を振り上げていたツンベアーの姿があらわになる。
膝をつくバンブーブルーの視線の先で、ダンゴロの小さな身体が跳ねた。
スムラの長いマントが翻ると、ダンゴロは動きの鈍くなったツンベアーへと駆け寄る。
「せめて苦しませず、フリージオと同じところへ送って差し上げましょう。
 おやりなさい、『だいばくはつ』。」
指示から技が繰り出されるまで、一瞬の間があった。 無音にすら感じられるその一瞬の間に、鉛のように重い右手が上げられる。
強い風が吹き抜け、床に張り付いていた小石が舞い上がった。
ダンゴロが繰り出した『じゅうりょく』が解け、ずっと息を詰めていたバンブーブルーが大きく息を吐き出す。
あまり格好がいい姿とは言えないが、その前で主人を守るツンベアーの体力は、まだ残っている。
スムラは驚きを隠せない様子だ。
「熱することで圧力をかけることが爆発ならば、冷やしてやればいい。 ……それだけの話だ。」
「『ぜったいれいど』か……!」
スムラは額をかくと、マントをバサバサと振り回してバンブーブルーたちに背中を向けた。
追いかけようとするバンブーブルーの肩に、細い指先が置かれる。

「追いかけてる暇、ないっぽいですよ。」
「こっちにいた七賢人の一人が漏らしたんだよ、どん詰まりの部屋にトウヤが捕まってるって話をね。」
「アロエ、アーティ……」
少しホッとしたような表情のツンベアーをモンスターボールへと戻すと、バンブーブルーは真っ白に曇った視界を拭おうとしてヘルメットのガラスに指先をぶつけた。
「それじゃハチク、急いでいくよ!」
「……バンブーブルーだ。」


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