無限とも思える長い螺旋階段を下りきった先には、古風な石造りの城の中にあるとは思えないほど未来的な……鋼色の機械に埋め尽くされた光景が広がっていた。
先頭にいたチェレンが足を止めた瞬間、背後で爆発したような音が響き、曲がりくねった階段を塞ぐ形で大きな岩がぶつけられる。
「カミツレさん! ヤーコンさん! フウロさん!」
「大丈夫だよ、道を塞いだだけ!」
「仕方ねえだろ! こうでもしねえと時間稼ぎにもならねえよ!」
怒鳴るようなヤーコンの声が聞こえた瞬間、岩と階段の隙間から電気タイプが発する独特の黄色い光が漏れる。
「あたしたちには構わず先に行って!」
カミツレの声。 光がどちらのものか不安は残ったが、チェレンにそれを考える余裕は残されていない。
「……導いてくれ。」チェレンは不確かな存在に祈る。
顔を上げたとき、足元にいたはずのタブンネははるか向こう側でチェレンへと向かって手を振っていた。





「ハーイ! ボーイズアンドガール!」
「あ! アララギ博士!」
「珍しいですね、休みでもないのに昼間から外を歩いてるなんて……」
「ちょっと外に出かける用事があってね。 トウヤ、あなたのお姉さんのトウコちゃんのとこよ。」
「トウコちゃんの……?」
「そうなの! まだ詳しくは話せないんだけどトウコちゃんね、まだ図鑑にも載っていない、すっごく珍しいポケモンを見つけたのよ!
 全く新しいポケモンの確認に立ち会えるなんて、研究者冥利に尽きるわ!」
「……!」
「わぁ! トウコちゃんすっごーい!」



「…………ト…………ウ……コ……」

「ノイズが入っている?」
「えぇ、カメラ自体の異常ではなさそうですが、侵入者……特にこの青い服の少年を追っているカメラが……」

「…………あ、」
何か言おうとした白衣の男の口が動く前に、並べられた小さな画面に砂嵐が巻き起こる。
それを指摘する間もなく耳に叩きつけられる轟音と、脳みそごと揺さぶられるような激しい衝撃。
壁いっぱいのモニターを前にした2人が振り返ったとき、既に『それ』はいた。
夜叉のように長く伸びた黒いたてがみ、2本の腕から伸びた血を連想させる真っ赤な爪、裂けた口の間から覗く銀色の牙。
「ゾロアーク……!? 何故です、ここに入り込んできたのは子供1人だけのはず……!」
後追いをする子供のようによちよちと部屋へと入ってくるタブンネを横目に、トウコは部屋の中を見渡す。
部屋の隅に転がった、もはや白とは呼べないほど汚れた白衣を見てトウコは顔を引きつらせる。
「アララギ博士!?」
いつもまとめ上げていた長い髪はバラバラに乱れ、白い肌の下では青く血がにじんでいる。
慌ててタブンネとともに駆け寄ると、ほんのわずかだが唇が動いて呼吸しているのがわかった。
生きてる。 トウコはホッと胸を撫で下ろす。
膝を突いて髪の間から覗く頬に手を当てるとうっすらと開いた目に彼女は肩をふるわせた。
「ト……ウコ……」
「アララギ博士!」
声をかけるとぼんやりと焦点の合っていない瞳がトウコの方へと向く。
「アララギ博士ッ!」
「……トウコ……ご……めん……な……さい……」
え、と小さく声をあげ、トウコは横たわっているアララギ博士の口元を見つめる。
茶色い汚れのついた指先がピクリと動いた。 泣いているような、悔しそうな表情でアララギ博士は声を絞り出す。
「……ビクティニを…………」
途切れた言葉にタブンネが両腕から発する『いやしのはどう』の光を強める。
しんとした部屋の中に、チェレンとプラズマ団の声だけが響いていた。
見開いたトウコの瞳が光る。
忘れていた、トモダチの名前。
「ビクティニ……」
ずきん、と、痛んだ頭には手も触れず、トウコは光を放つモニターへと目をやった。





溶けて切られた鉄をまたいで乗り込んできたチェレンは倒れたアララギ博士とそのそばにいるタブンネを横目で見ると、長いマントのスソを床につけて身構えている七賢人と白衣の男を睨みつけた。
視界いっぱいに広がる計器やボタン、モニターを見て幼い頃に見たヒーロー物の特撮を思い出す。
だが、テレビでそういった機械を駆使するのは主にヒーローたちだった。 少なくとも、ヒーローたちが使っているモニターの中で苦しみ続けているポケモンはいなかった。
「……人間からポケモンを解放するとか言ってる割には、目の前にいるポケモンすら救えていないみたいだけど?」
「一殺多生……大きなことを成し遂げるため、ときに仕方のない犠牲というものもあるのですよ。」
「理屈にすらなってないだろう!」
チェレンが声を荒げると、七賢人のヴィオは薄く笑い、小さな球体から薄青いポケモンを呼び出した。
「ヴィオ様……!」
「ご心配には及びません。 機械は傷つけずに賊を追い出してみせますよ。」
少し暑いくらいだった部屋の中が冷え込んでいく。
バニプッチだ。 チェレンはモンスターボールからアデクに渡されたギガイアスを呼び出す。
だが、床につくなり足元が凍りついたのを見てチェレンは驚きを隠しきれなかった。 相性では勝っているしレベルはこちらの方が上だ。
相手が有利になる要素などないというのに。
「こうして実際に見てみれば、さすがの貴方も解るでしょう。
 貴方たちが行うバトルと同じことです、直接相手を攻撃するポケモンもいれば、補助することに専念するポケモンもいる。
 今、画面の向こう側にいるポケモンたちには、我々のポケモンを補助する役割を行ってくれています。
 こうすれば、ポケモントレーナーのようにポケモンを長く縛り付けることもなく力を手に入れることが出来る。
 そうして解放されたポケモンたちは王を守る屈強な兵へと成長出来るのです!」
「そのためのシステムも既に完成した!
 世界中のモンスターボールを停止させることも! 預かりシステムに閉じ込められている哀れなポケモンたちを救い出すことも!
 全てはこの部屋から思いのまま! お前らが慕うあの子供をN様が倒した暁には、全てが! そう、全てがこの部屋から始まるのだ!」
モニターに閉じ込められたポケモンへと近づくアイリスの姿が映った。
狂ったように笑い続ける研究者風の男を前に、チェレンは考える。
プラズマ団のポケモンを強化することもモンスターボールの制動もここで行っているというのなら、ここの機械を壊せばトウヤやジムリーダーたちの助けになるのではないだろうか?
そう思ってモンスターボールへと伸ばそうとした手に小さな氷が突き刺さる。
灰色の床の上にトゲの生えた丸い染みが落ちる。


「『ここの機械さえ壊せばなんとかなる』……今、貴方が考えているのはそんなところでしょうね。
 生憎ですが、全てのシステムは既に、遠く離れた土地にバックアップをとってあります。」
「ぶっ、ひゃはははは!! やはりポケモントレーナー、いや、子供だな!
 力ずくで物を解決することしか考えない! それすらもポケモンに頼って自分じゃ何も出来ない!!」
「……年端もいかない子供のトレーナーから『力ずくで』ポケモンを奪い、それすらも『下っ端たちに頼って』自分では何もしていないですよね、あなたたちも。」
チェレンは白衣を着た男を睨んだ。 そうしたのは彼が憎かったからではなく、2人にモニターに大写しになったアイリスのことを気づかせないようにするためだ。
彼女はいま、見たこともないポケモンが閉じ込められた透明なボールをなんとかして壊そうと叩いたり引っ張ったりしている。
「Nだって僕たちと年齢はそう変わらないじゃないですか。 そんな『子供に頼って』自分は何もしていないですよね?」
「も、物事には役割というものがあってだなぁ……!」
「あれ? さっき言ったことと矛盾しますね。 あなたは僕が機械を壊すのにポケモンを頼ろうとしたことを笑った、つまり、もし壊すなら僕自身の力でやれという話ですよね?
 あなたの言うとおり僕には金属である機械を壊すほどの力はない、だから僕よりも力の強いポケモンの力を借りる。 これって立派な『役割分担』だと思いますけど。」
言いながらチェレンは横目で七賢人のヴィオを見る。
少しいぶかしんでいるような表情だが、まだ気付いてはいないようだ。
いけるかもしれない。 手のひらいっぱいの汗を握り締めてチェレンは研究員へとまくしたてる。
「それに、これは警察発表のデータですけど、あなた方が頼っている下っ端たち、弱そうな相手ばかり狙ってポケモンを奪っているんですよね。
 男女比で女性が約80%、年齢別に分けると10歳未満の子供が約60%……
 今、幼稚園や保育園で『プラズマ団に気をつけましょう』の張り紙が出されているんですよ?
 これって結構恥ずかしいですよね。 それともプラズマ団の言う『ポケモンを傷つける人間』って幼稚園児や保育園児のことなんですか?」
「ポ、ポケモンを奪うのは七賢人の下にいる下っ端たちの仕事なんだ、ボクには関係ない!」
「じゃあ、あなたの仕事って何なんですか?
 見たところ幹部というわけでもなさそうだけど、さっきから怒鳴ってるだけで何もしていないですよね。
 この分じゃ、さっきの……何でしたっけ? なんだか大それたシステムも、本当に存在しているのかどうか……」
口を挟もうとしたヴィオがゾロアークに引き倒される。 チェレンは心の中でサムズアップを贈った。
言い合いもそろそろ限界だ。 チェレン自身、幼なじみの中では喋れる方だが、大人を相手に言いくるめられるほどではない。
研究員の手が模様のない大きなキーボードへ伸びたとき、リアクションしないようにするのには相当な集中力を要した。

「……存在? 本当に存在しているのかだって?」
「そうですね、モンスターボールを管理しているシルフ社も、ショウロさんが管理している預かりシステムも強力なプロテクトがかけられてる。
 あなたの言うことをやろうとするなら、そのシステムに進入する必要があるわけで、普通に考えたら……」
「これだから子供は困る! いや、お前だけじゃない……
 ギンガ団も……ロケット団も……誰もボクの研究を! 技術を! 認めようとしなかった!」
「……つまり、落ちこぼれ、と。」
「うるさあぁァーいッ!!」
暴れるヴィオの口をタブンネが窒息しそうな勢いで塞いでいる。
「……だって、認める認めないって……証拠がないじゃないですか。
 僕もそれほど純粋じゃないんで、初対面のプラズマ団に言われた話を「はい、そうですか」と信じられるほどお人よしでもないですよ。」
画面の上に文字が浮かんでいる。
異様なまでに静まり返った研究者は、小さく聞こえるうめき声には気付きもせず狂ったようにボタンを叩いた。
「うふ、うふふふ……言ったね? 言っちゃったね? それ……」
何が、と口を挟む時間はなかった。
「証拠。 目の前にあるのに気付かないんだー?
 ここのシステムはボクが全権を握ってるんだよねー。
 本当はゲーチス様からの命令待ちだったんだけど、ここまで聞き分けのないクソガキに馬鹿にされて黙ってるわけにもいかないもんねー?」
かかった。 暴れるヴィオを押さえつけるタブンネの手に力がこもる。
ゾロアークがイリュージョンを解いた。 モニターに大写しにされる最終承認のメッセージ。
いじめっこが復讐を考えるときのような、どこか同情すら誘う笑みを浮かべ、白衣の男は赤く点滅するボタンを強く押し込んだ。
「自分のポケモンに……ぐちゃぐちゃにされるがいいッ!!」



「コートカ、『ねこだまし』!!」

粉々に砕けたモンスターボールを蹴って走り出した紫色の猫は研究員へと飛び掛かると、その真横にいたバニプッチの鼻先を強く叩きつけた。
ひるんだバニプッチを囲むようにヒヤッキーが水を吹きかける。 凍りついた水は柱状に固まって即席の檻が出来上がった。
「トレバ、『とぐろをまく』! アララギ博士を守れ!
 グルブは『エアカッター』! 狙いはギガイアスの足元だ!」
まるでベビーベッドのように楕円状に丸まって気絶したアララギ博士を包み込んだジャローダと、氷塊ごと凍りついた床を切り取ったケンホロウに研究員は腰を抜かす。
「ギガイアス、バニプッチに『ストーンエッジ』!!」
扉を叩き落したとき以上に気合の入った『ストーンエッジ』は、バニプッチへ当たるとレベル相応の威力を見せて小さなポケモンをモニターの上へと叩きつけた。
冷気を出していたバニプッチが倒れたことで、部屋の中は大量の機械が吐き出す排気熱で生暖かくなってきた。
「……あー、寒かった。」
「な、何でだ!? どうしてモンスターボールが壊れたのに、ポケモンに襲われない!?」
「なんてことを……!」
タブンネを振り払った七賢人が白衣の男に吊り上がった眉を向ける。
おびえる白衣の男の前でレパルダスのコートカは嬉々として爪を研いでいた。
モニターの向こうでアイリスが助けようとしているポケモンが見たこともないような大きな火を噴く。
透明な檻が割れ、ふらふらとよろけながら落ちて行く小さなポケモンは飛び込んできたウォーグルの背中に落ちた。
タブンネとゾロアークが来た道を引き返していく。
チェレンはジャローダに目配せして出口方向にアララギ博士を運ばせると、残ったポケモンたちとともに七賢人と白衣の男を睨みつけた。







薄明かりの灯ったようなぼんやりとした世界で、トウヤは頬にしびれたような感触を覚え、ゆっくりと起き上がった。
チクチクとしたじゅうたんに描かれた空の模様に軽くめまいを起こしながらも、かたわらにいたダイケンキの首を揺さぶって起こすと「くぅ」という鳴き声とともに大きなポケモンは首を持ち上げた。
他のポケモンたちも自分のタイミングで起き上がる。 周囲を確認したが、ここはまだNの部屋のようだ。
「……状況は変わらず、か。」
悲観してても仕方ない、と、自分に言い聞かせ、扉へと特攻しようとするズルズキンの頭を押さえる。
閉じ込められてからどれくらい時間が経ったのかもわからないが、そろそろ、本気で脱出する手立てを考えなければマズイ頃合いだ。
「こうしてみると、時間が分からないっていうのは辛いね。」
ね、と視線を送ると、ゴルーグは低い音でそれを返す。
あろうことか、Cギアは充電切れ。 当然ライブキャスターも使えない。
前後左右に上下。 壁に囲まれているこの状況でどうやって脱出するか、トウヤが足を投げ出して考えていると突然腰の辺りで何かが弾けるような音が聞こえた。

「え……?」
再び、腰の辺りで衝撃。 ダイケンキに小突かれ足元を見ると、まっぷたつに割れたモンスターボールが転がっている。
突き飛ばされたような反動にトウヤは小さく声をあげる。
軽い痛みにうずくまっていると、オロオロしながらメブキジカが駆け寄ってきた。
「何が……」
目を開けてトウヤはゾッとした。 1つ残らず砕け散った、使い込んだモンスターボール。
見紛うはずもない。 粉々に砕け散ったそのモンスターボールたちは、トウヤが今いるポケモンたちと共にいるために選んだトウヤのモンスターボールだ。
「え、え……まさか、Nが!? みんな、体は大丈夫!? どこもおかしいところはないよね?」
きょとんと不思議そうに見つめ返してくるポケモンたちを見て、トウヤはひとまず安心する。
考えてみればポケモンたちは閉じ込められた直後、手持ちの道具を使って回復済みだ。 モンスターボールが割られたからといってすぐに身に危険が及ぶわけじゃない。
前歯に下唇がついていることに気付き、トウヤは自分の唇に手を当てる。
再び扉を壊す作業に入ろうとしたゴルーグに右手を向けると、首を横に振る。
「無理しないで。 今は大人しくしてて。
 どうしてボールが割れたのか分からないけど、状況がプラスにしてもマイナスにしてもすぐに扉が開くよ。
 最悪……これをやったのがプラズマ団だとすれば、あのゲーチスって人がこのままボクを放置するとは思えない。」
ジャキン、というハサミのこすれる音が響く。
「任せとけ」とでも言わんばかりのイワパレスの重みは、バケツズマイだった頃からは考えられないほど頼もしい。
足音が聞こえ、ダイケンキがうなり声をあげた。 不意打ちを当てようとするズルズキンを慎重になだめながらノブのない扉の様子を伺っていると、ガチャリと音を立てて扉が開かれる。


「トウヤ! ここにいたんだね!
 いきなりモンスターボールが壊れたから、あんたに何かあったんじゃないかと心配したよ!」
「アロエさん!」
抑えていたズルズキンから手を離すと、トウヤは大きく開かれた扉の向こう側にいるアロエに駆け寄った。
ぶつかる直前で足を止めたトウヤをアロエは強引に引き寄せ強く抱きしめる。
「アーティ! ハチ……バンブーブルー! トウヤがいたよ!」
「ワオ、よかったじゃない。 腰痛めてまでここに来た甲斐があったよ。」
ねえ、と、アーティは肩で支えたバンブーブルーに声をかける。
その視線の先ではバンブーブルーがぐったりしている。 ヘルメットの首の辺りからは汗がポタポタと滴り落ちていた。
慌ててアロエから離れるとトウヤはハチク……ではなくバンブーブルーのもとへと駆け寄る。
「大丈夫ですか!?」
「心配ないよー、自分で凍らせた床に足を滑らせて転んだだけだから。
 でもまぁ、こんな状態で戦えるわけもないし、ボクらはここでリタイアかな。 キミを出入り口まで送り届けたらポケモンセンターまで戻るよ。」
それはそれで大変な気もするが、トウヤは苦笑いで済ませるとバッグから真新しいモンスターボールを取り出した。
やはり開閉スイッチは作動しなくて、手動でこじ開ける。
部屋から出られない大きなポケモンたちをモンスターボールともいえない小さな球体に押し込めて扉の外側へと脱出すると、トウヤは両手の上にあるそれを気にしながら天井へと、目を向けた。

「N……プラズマ団は、痺れを切らせて、こんな行動に出たんでしょうか。」
「いやぁ、違うと思うな。」
ずりおちそうなバンブーブルーを抱え直しながらアーティが額の汗を拭う。
「あたしらのモンスターボールもさっき壊れたんだけど、本当に唐突だったからね。
 プラズマ団がやったことならまた大げさに騒いでるだろうし、何より、ボールのコントロールがなくなって困るのは向こうさ。
 現に、トウヤのポケモンもあたしらのポケモンもいつもと変わらず大人しくしてるわけだしね。」
トウヤはゴルーグの入ったボールを口元にやりながら考える。
状況は思っているよりも悪くない。
以前、ヤーコンが「どこにあるかわからない」と言っていたアジトにこうしてジムリーダーたちが乗り込んでいるのだから、追い詰められているのはむしろプラズマ団の方だ。


小さくうなずくと、トウヤは顔を上げ、アーティやアロエ、ハチクに視線を向けます。
「ボク、Nのところに行ってきます。」
「戦うつもりかい? 無理しなくてもいいんだよ。」
「大丈夫。」
トウヤは帽子のツバを上げるとアロエに笑みを向ける。
「ボクにはポケモンたちがいてくれるから。 それに……」
「うん、楽しんでおいで。」
「アーティ!?」
「だって、『そう』でしょ? トウヤくんは別にトレーナー代表として戦おうとしてるわけじゃない。
 その、プラズマ団の王様ってのと戦うのが楽しくって、そいつがチャンピオンのアデクさんまで倒しちゃったもんだから、バトルしたくてバトルしたくてウズウズしてる……そんな感じだよ?」
眉を吊り上げるアロエに横目を向けると、トウヤは右手にボールを持ったまま力なく笑った。
「……バレました?」
「トウコちゃんそっくりな顔してたからねぇ。
 いいじゃないの、向こうもキミとのバトルを望んでるんだろう?
 だーれも損しない。 もし、このことで何か言われたりするんなら、また、ボクたちが助けてあげるからさ。」
「ねえ?」と視線を向けられ、慌てた様子でアロエが2回首を縦に振る。
息も絶え絶えのバンブーブルーが持ち上げたサムズアップを見て、思わずトウヤは噴き出した。

ツノをつっかえながら部屋から出てきたメブキジカを確認すると、トウヤは細長い廊下を慎重に、しかし早足で歩き出した。
少し行ったところで振り返り、ジムリーダーたちへと手を振る。
「それじゃ、いってきます!」


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