〜最終決戦・一〜



 『さぁ、最終決戦(イベント)のスタートにあたって、ルールを説明しよう』
 

 ・・・・・・


 「ルール!!?」

 『そう。ここは我々の私有地。郷に入ったら郷に従ってもらおう』

 がごん、とせり上がった壁の内側が完全に露出した
 そこにあったのはロッカーのような小さな箱、それがぎっしりと詰め並んでいる

 「何を言っているんだ」

 『ただゲームをプレイするより、何かの縛りがあった方が燃えるものだろう?』

 また「ゲーム」という
 縛りというのはゲームのシステム以外に自分ルールを加えて、プレイを楽しむことをいう
 ポケモンなら「コラッタ1匹のみプレイ」「ポケセン&アイテム&きのみ&パソコン引き出し預け入れの使用禁止」などがある

 「・・・ルールというものを教えてもらおう」

 ずいっとグリーンが、一歩前に出る
 レッドがその後、頷く
 
 「何も聞かない内から反対していては、先に進まないだろう」

 『物分かりが早くて助かるよ。
 ルールというか、君達がこれから先どうやって進んでいくのかについて・・・だ』

 人形がその腕をかかしのように目一杯伸ばして、ぐるぐると回りだす

 『君達はこれから、この支部のあちこちに設置されたワープパネルによって移動することとなる。この部屋にあるのはワープボックスだけどね。
 まずはこの部屋、いや組織では支部にあるその部屋のことを「キューブ」と呼んでいるので、以降それで話を進めよう。
 ワープパネルの転送先はランダムで、キューブに続く道かキューブそのなかに直接跳ぶものもある。跳んできたワープパネルに再び乗っても反応しない、戻れないということだ。
 我々団員は1人以上、そのキューブの「主」として侵入者を待ち、これを迎え撃ち排除する。
 キューブの大きさ、環境設定は様々で、海底地下にいながら地上のあらゆる状況下でのバトルを楽しむことが出来るだろう。キューブのなかには「主」のいない、ただ次のパネルまで歩くだけの主のいないキューブや仮眠や休憩の取れるキューブもあるが行けるかは運次第だ。
 君達はキューブの主が提示する(ポケモン)バトル形式、それに勝てば(主が負けることで出てくるワープパネル、もしくはそれに通じるものの出現によって)先に進める。侵入者が負けた時は主によって様々な処置―――侵入者にふさわしい処刑や監禁などをされる。そうなった仲間を助けたければ、その主を倒す以外にない。
 キューブ内で勝利を収めると回復マシンが出てくるので、次のワープ先でもポケモンだけは万全な状態で戦いに挑めることを約束しよう。
 君達を迎え撃つ主は通常トレーナーから全幹部クラスまで、この最終決戦に相応しい実力を持つ者達ばかりだ。
 ワープ先はランダムだから、いきなり四大幹部との対決になるかもしれないし、一度通ったキューブをまた通ることになるかもしれない。もしその際、倒した主が立ち上がったら強制的に再バトルになるのでトドメはきっちり刺しといた方がいいと助言しておく。
 ただし、組織のリーダーである玄武のいるキューブへのワープパネルが出現するのは他の四大幹部の青龍、朱雀、白虎の3人を倒した時だけ。
 ―――そう、四大幹部及び我々組織の頂点に立つ者を倒せば自動的に君達の勝利となり、組織を打ち倒すことになる。逆に誰か1人でもたどり着けなかった時、君達の敗戦となる」

 要するにキューブにトレーナーや能力者がいれば、向こうの条件の通りにバトルすればいいのだ
 パネルで跳んだ先には必ず、どこかに次へ進む為のパネルがある

 どうやらカントー本土奪還はかないそうだが、幹部をおびき出そうかという陽動作戦の方は失敗のようだ
 最初から、シナリオにあるという最終決戦に向けて全ての幹部がここに集結していることになる
 それに気づいてくれれば、もしかしたらジョウトジムリーダーズが助っ人に来てくれるかもしれないが・・・・・・地上の情勢がわからない以上それに期待をかけるのは難しい

 全ての幹部が集結している、ということは―――

 「逆にアジトにいる組織のトレーナーや能力者を全員ぶっ飛ばせば、組織は完全に潰せるわけだな」

 『そういうことになる。ルールは理解してくれたかな』

 「・・・ああ」

 出来れば、初戦1回目から四大幹部との対決は避けたいが―――組織側が用意した機材によるランダムというのがいまひとつ信用出来ない
 だが、郷に従わないのなら先に進むことを許されないのだ
 ここは飲むしかなかった

 『では、覚悟の出来た者から好きなパネルを踏みたまえ』

 「どうせランダムだろーが」

 ヴォンと駆動音を立て、ロッカーのようなワープパネルが光をともした
 ここまで来て、二の足を踏むわけにはいかない

 ダイゴがすっと、手の甲を差し出した
 その意味を察し、皆が手を重ねていく

 「勝ち続けて、玄武の部屋で会おう!」

 「「「「「「「オォ―――ッ!!!」」」」」」

 ぶん、と勢いよく手を離し、飛び出した1人がいる

 「うっし、じゃあ一番いっきまーす!」

 ゴールドが走って、「おりゃ」と迷わず青く光っていたワープパネルのあるボックスを選び、なかのパネルを踏んだ
 シュンとわずかな音を立て、その姿がパネルの光と共に消え、数秒後またパネルに光が戻った
 どこかのキューブに転送されたのだろう
 そういえばワープパネルといえばガイクの家の温泉でも使われていたが、シルフカンパニーではなく組織の技術かその装置そのものを持ち出したものだったのか

 「じゃ、行くか」

 「また会いましょう」

 「武運を祈る」

 「はい、お元気で」

 「自信を持て、君達は強い」

 「言われなくてもわかってるわよ」

 皆がめいめい好きな、自ら選んだボックスに入って、そのパネルを踏んで姿を消した

 『最終決戦の始まりだ』

 人形はそう声をあげ、がくんと全身の力を抜いたように床に倒れた
 起き上がる様子はない
 
 次の侵入者が現れ、ルールを説明するその時まで―――


 ・・・・・・
 

 「で」

 ゴールドがだっしゃーと思わず叫んだ
 
 そこは縦横高さ8mほどの、薄暗いキューブ
 あるのは大きくふかふかのダブルベッド、冷蔵庫、小さな机

 「なんでいきなり仮眠室なんだよ―――ッ!」

 運がいいのか悪いのか、やる気がスカくらう
 とりあえず冷蔵庫を開けて、コーラを飲むことにした
 栓を抜いて飲みながら薄暗いキューブを見回すと、別の隅にワープパネルが光っているのを見つけた
 きゅっとあおり、気持ちを取り直してパネルを踏んだ

 ・・・跳ばない
 足元のパネルが赤く点滅しているのに、ゴールドは首をかしげる
 薄暗くて見えなかったが、ベッドの枕元にディスプレイがぼんやりと明るく映った
 
 「?」

 さっきまで光っていなかったはずだ
 近づいて、見てみる

 『瓶コーラ 220円』

 「金取んのかよっ!」

 思わず、また叫んだ
 せこい、せこいぞこの組織! 旅館のように微妙に高い!
 部屋にあるものの何かを消費しない限り料金は発生しないようだから・・・仮眠を取ったりする分には問題ないのか
 冷蔵庫の扉にお金を入れる穴があったので、ゴールドぶつぶつ言いながら小銭をちゃりんちゃりんと入れた
 それで・・・・・・ワープパネルの点滅が止まった

 ふー、とゴールドは息をついた

 「絶対この組織潰す!」

 燃え上がる闘志を新たにゴールドは改めて、パネルを踏んで、次のキューブへやっと跳んだのだった


 ・・・・・・


 レッドが跳んだ先は廊下の突き当たりのようなところで、パネルから下りた
 
 「この先か?」

 シュン、とレッドの背後で音がしたので振り向いた
 時間差でもう1人跳んできたらしい

 そこにはイエローがいた

 「あ、レッドさん」

 「イエロー」

 2人が同じキューブへ跳ばされることもあるようだ
 もしスタートのキューブにあったワープボックスに同時に入っていたら・・・どっちかが下敷きになるのだろうか

 「この先ですか?」

 「ああ。みたいだな」

 10mくらい離れたところに扉が見える
 そのなかに誰がいるのだろうか
 2人跳ばされて来た、ということは・・・もしかして・・・


 ・・・


 「にゃあ、まさか編み笠の下がそんなかわいこちゃんだったなんて気がつかなかったぁ」

 「黙れ」

 U字型の柱が数本立つ以外に何もない、部屋を構築する金属が剥き出しのキューブ内
 虚無僧のネオ、お調子者のマストラル
 両名とも幹部候補、目の前にある扉が開くのを待っていた

 ダブルバトルだ


 ・・・・・・


 「・・・敵はいないようだが」

 グリーンが跳ばされたのは階段の下
 天井が高く、人1人分が通れるほどの横幅しかない階段だけがあるキューブ

 「・・・・・・」

 幾分かつまらなさそうに、グリーンは階段を上り始めた
 もしかしたら長い階段を上らせることでトレーナーの体力を消耗させる作戦かもしれない
 いや、まさかそんな・・・ここまで巨大かつ強大な組織がセコいことはしないだろうとグリーンは思い直すのだった
 

 ・・・・・・


 クリスは跳ばされた先に広がるものに驚きを隠せなかった

 「・・・湖っ?」

 そのキューブは四方300mはありそうなほど広いキューブで、端の方まで水をたたえていた
 ただ青空を描かれた天井は低く3mくらいしかなく、大型のポケモンや飛行ポケモンには厳しそうな感じがする
 あくまで水ポケモン達による水上バトルをさせようという、そんな感じがした
 跳んできたパネルの周りや壁側はわずかながら緑もある狭い岸になっていて、左右両方20mくらい離れた辺りに物置が置いてあるのが気になった
 確かによく自然環境を再現しているとは思うが、技術力と資金はどこからきているのだろうか

 ・・・湖の真ん中に小船が浮いていて、そこに人影が見える
 釣り糸をたらしているが、あれがここの「キューブの主」だろうか

 「あぁようこそ、私のキューブに」


 ・・・・・・
 

 「どうした、侵入者」

 傍らにはオクタン、サラサラの黒髪に無骨な軍用ゴーグルとキチッとネクタイ締めたサラリーマン
 キューブの主が提示したバトル形式はガチンコの、1対1のシングル
 ここは真っ白で冷たい濃霧がキューブには充満し、互いの傍にいるポケモンが見えないほどだ
 地面いや土を敷き詰められた床には大小様々な岩が多数点在し、侵入者とそのポケモンは無言で濃霧や岩の陰に隠れて移動する
 
 「・・・オクタン」

 軍用ゴーグルに光がはしる
 そのサラリーマンには濃霧のなかでも、侵入者の動向はハッキリと見えている
 周囲の気温が下がり、より一層『熱感知』で居場所がわかるのだ

 「補正:L17,6」

 サラリーマンの腕が動き、オクタンの照準もそれに合わせる

 「口径絞れ。れいとうビーム」

 ドシュとオクタンの口から凍てつく光線が真っ直ぐ、濃霧のなかをはしる
 
 軍用ゴーグルが見る
 対象の熱が急激に下がった

 「確認。リングマに命中」


 ・・・


 「大丈夫か、リングマ」

 濃霧で見えない上に、攻撃がまた命中してしまったことはわかる
 相手は何かごついゴーグルを付けていたのは知っている
 恐らく、何らかの形・・・熱を感知して狙ってきているのだ
 要するに足を止めたら、格好の的になってしまう
 目をこすって、目を凝らす

 濃霧が薄くなった先にゆらりと黒い影が見えた
 そして、そこからまたれいとうビームが飛んでくる

 「かいりき」

 攻撃を受けるのと同時に傍の岩を投げ飛ばし、それにぶつけた
 が、はずれだ

 「(あれも、岩か)」

 キューブは縦横高さ200mといった大きさ
 その床に散らばった岩が身を隠す盾にもなるし、投げ飛ばす武器にもなるし、ああした身代わりにもなる
 だが、先程から相手の居場所がこちらからつかめない
 飛んでくる攻撃方向に同時に岩を投げ飛ばしたが、どれも濃霧で見間違えた岩だった

 「(・・・状況を整理しよう)」

 シルバーは周囲を警戒しながら、思い起こす


 ・・・


 カントー支部に入ってからも、ぞんざいな監視しかしなかったキョウジから逃げ出した
 仕組みは多少違ったが、キューブの存在は変わっていない
 慎重に行動していたつもりだったが、何かを踏んでしまったらしい
 そうして跳ばされてきた先で、強制的なバトル

 倒さなければ、先に進めない
 それだけは理解し、速攻で終わらせようと承諾した
 相手のポケモンはオクタン、シルバーは周りの岩場を武器に使えるリングマを選んだ

 「『れいたうほう』」

 バトル開始直後、サラリーマンが聞いたことない技・特能技を放ってきた
 オクタンの口に大きな氷の塊が出来て、それをわずかな放物線を描いてシルバーに向けられる
 リングマに指示し、素早く岩を投げさせて塊にぶつける
 軽い音と共に氷が砕け、それが濃霧に変わった

 「れいたうほう」

 サラリーマンが同じ技を何度も使い、キューブ内を真っ白に染め上げた
 吸い込むと冷たく、少し咳き込んだ

 「くそ、どこだ」

 咳き込んで下を向いたせいで、サラリーマンを見失った
 ていうか、あのサラリーマン、対峙した時に灰色の背広の下に薄っすらと団服を着ていたのが見えた
 ・・・・・・それはいいのか
 いや、この技による寒さ対策なのかもしれない


 ・・・それから、どこにいるのかまったくつかめない
 敵地だ、こちらが不利な条件なのはわかる
 そんな楽な突破口をつくってくれるわけがない
 むしろ相手の攻撃やその指示は頻繁に行われているのだが、その攻撃・指示方向へ刺し違えるつもりで岩を投げても手応えなし
 オクタンはリングマより鈍足だし、サラリーマンがかかえて走っているような感じもしない
 抱えてポケモンの技を放たせたら、反動でトレーナーが吹っ飛んでしまう
 いや、それを抑える・支える為の岩なのかも・・・
 ・・・ダメだ、それでも「反動で岩に押し付けられながらも、相手の攻撃を素早く避ける」には動きが速すぎる

 「(技は通常のもの、単調な直線攻撃だ)」

 直線攻撃なら、攻撃の先にポケモンがいるはずだ
 オクタンのように口から出すタイプならなおのこと

 どこにいる?

 攻撃の鍵はこの濃霧か
 姿を隠すだけでなく、攻撃のからくりを見抜かせないようにするため
 こちらの動向が完全につかめているはずなのに連続して攻撃がこないのは、何か気取られないように・・・

 ・・・そういえば一度二度聞こえてきた相手の指示より、シルバーにきた攻撃は少し遅かったような気がする
 考えられるのは指示するトレーナーと技放つポケモンの距離が離れている場合だ

 「・・・・・・リングマ」

 ぼそぼそと小さな声で指示をする
 濃霧が、全体的に薄くなってき始めた
 風も吹かない室内だからか、冷たい空気が下に落ち込んで層として分かれ始めているのだろう
 もしまた、あの特能技が放たれたらこの機会はない

 「やれっ」

 リングマがシルバーの身体を担ぎ上げ、天井に向けて思い切り放り投げた
 濃霧のなかを突破し、薄っすらと晴れた上空からそこを見下ろす

 まさに絶妙のタイミング
 サラリーマンとオクタン、その放たれたれいとうビームが見えた
 相手も無茶なシルバーの行動を見つけ、気づいたが、熱の塊では完全に行動が読めているわけがない
 攻撃も止められず、方向も変えられなかった

 サラリーマンはオクタンのきゅうばんを利用し、キューブの天上近い・・・壁の上部に張り付いていた
 特性はスナイパーだろうが、この程度ならポケモン本来の力で何とかなる

 薄くなった霧、地面へ放たれたれいとうビーム
 それは明らかにリングマのいる辺りではない
 しかし、れいとうビームが岩に当たると・・・・・・それがはじかれた
 いや、跳ねた
 一度、二度と岩にぶつかって反射して、下に見えたリングマにまともに当たった
 
 直線軌道の攻撃エネルギーが何かに当たると、ゴムボールのように跳ねて軌道・角度を変える
 岩は盾でも武器でも身代わりでもなく、こうして反射させるため
 だから、直線攻撃の先にいるはずのものが岩だったのだ

 これがからくりか

 「ハイドロポンプ」

 上空を舞うシルバーの身体は無防備だ
 相手がああやっているなら気づかれないわけなかったし、気づかれたら攻撃されるに決まっている
 オクタンが狙いを定め、がら空きの胴体めがけて激しい水流をぶつけた
 それに押され、シルバーはキューブの壁に叩きつけられる
 受身が取れず、壁にぶつかって、落ちるところに連続攻撃でれいとうビーム
 がきんと音を立てて濡れた身体を壁ごと凍らされ、身動きがまったく取れなくなった
 リングマがそれに気づき、トレーナーの安否を気遣い、上を見上げている

 「・・・ぐ」

 「その行動には敬意を表したいところだが、無謀過ぎた」

 ぶらんとぶら下がるサラリーマンがゴーグルを上げ、肉眼でシルバーを見つめる
 
 「私の能力は見ての通り、攻撃(エネルギー)を決まった数だけ反射させるものだ。
 レベル1、一度兆射。レベル2、二度兆射」

 反射するたびに、その物質によるが攻撃エネルギーは1割未満だがそれに放出され減少する
 リングマに何度命中させても倒れなかったのは、そのせいもある
 その若干の威力不足を補う意味での、特性スナイパー
 だがいくら特性スナイパーでも直接見えない相手では、機械による補正をかけても急所狙いは難しい
 その機械も熱による感知だ、相手の移動速度や反射行動もサラリーマンによるすべて経験則による先読み
 濃霧で見えず、熱感知も出来ない岩の位置もサラリーマンがおぼえている必要があった
 そんな苦労も、自分を安全圏に置いた上で確実に相手を倒す必勝の為だ

 「・・・・・・れいとうビーム」

 濃霧が晴れてきた
 れいとうビームが放たれると、シルバーが叫んだ
 直線軌道で跳ね方にも一定の法則性が見えるそれは、上方から見れば避ける為の指示も難しくない
 
 放たれたれいとうビームが地面を跳ね、傍の岩に当たり、また方向を変える
 リングマがそれを目で追うものの、軌道は完全にそれていた

 「はずれじゃない! ほのおのパンチ!」

 シルバーが気づき、技を指示する
 二度跳ね返ったれいとうビームが、もう一度跳ね返った
 リングマの横を素通り、そして四度目の兆射
 ほのおのパンチによる防御も出来ず、跳ねたれいとうビームが無防備な背中を狙い撃った

 「レベル3、四度兆射」

 サラリーマンが、極限のサバイバルバトルに勝ち抜いたことで目覚めたレベル3
 リングマの体力が削れていき、限界が近づく
 シルバーは身体をよじるが、氷で動けない

 「もう種は明かした。とどめを刺す」

 能力を知られるということは、対策を練られ、敗北する可能性が高くなるということ
 どんな相手だろうと万全を期す、慢心は許されない
 この最終決戦において、我々は一度の負けも許されないのだから

 「・・・リングマ、俺に向けてはかいこうせんだ!」

 「ハイドロポンプ」

 シルバーの方が指示は早かったが、それは予想外の方向に放たれた
 彼を拘束する氷が、かいりきで岩を投げて壊すには高すぎるからか
 はかいこうせんという飛び技があるのなら、何故サラリーマンの方を直接狙わないのか・・・
 だが、その技は破壊力が強すぎる上、反動後の隙が大きい
 サラリーマンは回避行動には出られないものと見て、一直線にリングマを狙った

 リングマの放った攻撃がシルバーに直撃


 そして、そのエネルギーが跳ね返った

 「!」

 跳ね返ったはかいこうせんが、同じように壁に貼り付いていたサラリーマンの方に向いた
 ハイドロポンプを放っている最中の上、オクタンの鈍足では飛び降りる以外に避けられない
 そうするには高すぎた、リングマの腕力による攻撃が届かない安全な高さという位置がアダになった

 シルバーの氷は砕け、オクタンとサラリーマンにはかいこうせんが直撃した
 ハイドロポンプの軌道は大きくそれて、九死に一生を得たリングマが落下してきたシルバーを走って受け止めてに来てくれる
 直撃してもサラリーマンはオクタンと共に、まだ壁にぶら下がっているが背広はボロボロになっていた

 腕に残る氷をほのおパンチで溶かしてもらい、シルバーは歩いてサラリーマンの足元に近づく
 見上げ、顔を歪めているところを見た

 「・・・・・・どういうことだ、侵入者」

 仮に、はかいこうせんVSハイドロポンプになったとしたなら
互いにタイプ一致だが、元の技の威力もはかいこうせんの方が上だからリングマが力負けすることはない
しかし、筋力派なリングマはエネルギーの扱いはあまり得意ではない
 トレーナー自身とポケモン両方の遠距離射撃能力と経験差を考えてか

 れいたうほうによる濃霧を維持する為に調整していたキューブ内の室温は低く湿度は高めで、かなり微々たるものだが水・氷技の威力が上がる
 更に特能技れいたうほうは細かく砕けた氷の混じる白い霧により、視界を奪い、寒さと氷の結晶でまぶたにダメージを与えるので命中率を下げる効果がある(濃霧中にかいりきで投げた岩も、はずれであっても実は誤差を生じさせていた)
 特能技の射程距離が短ければオクタンの負担はぐんと減り、トウド博士を狙った時のようなはかいこうせんのような反動・インターバルは必要なくなることも付け加えておく

 濃霧が薄くなっていても、まぶたへのダメージはわずかながらに残っているはずだ
 直接狙わなかったのは、そういった要素を読み・感じ取った上で・・・別の方法を選んだ

 ・・・あれは間違いなく、サラリーマンのトレーナー能力による効果だ
 はかいこうせんは氷を砕くだけにとどまり、その殆どの攻撃エネルギーは別方向へと跳ね返った
 
 「俺のトレーナー能力は能力者同士のポケモン交換を可能にするものだ。
 それがレベル1」

 ズル、ズル、とサラリーマンのオクタンがずり落ちてきている
 直撃を受け、体力が減って、大人1人分を支えているのは厳しいのだろう

 「・・・・・・。
 レベル2、1バトル中に1度だけ、ひとつの技を放つ一瞬のみに限り、相手のトレーナー能力と自分のトレーナー能力を入れ替える(タイムラグが生じるがな)」

 「・・・!」

 トレーナー能力とはポケモンで言うならトレーナーの特性
 ポケモンの技には相手ポケモンの特性を得る『なりきり』、バトル中互いの特性を入れ替える『スキルスワップ』がある
 それに相手のトレーナー能力を『ふういん』という技を併用することで封じるトレーナー能力者も、組織には在籍していた 

 「その効果が得られるのはわずか一瞬だが、タイミングを見極めて使えばこれ以上ない武器になる」

 ただし、入れ替えても使えるのはレベル1までで、特能技の再現は無理だろう
 スイッチが常にオン状態の常時型はいいが、発動型はどんな能力なのかを知らなければスイッチをオンに出来ない
 条件型は交換時に能力発動の条件が揃っていないと使えないし、特殊型は入れ替えても使えないかもしれない
 他人のものを借りる上に一瞬とあらば、仕方のないことだ
 しかし、能力を替えるということは相手が今放とうとしている「能力の恩恵を受けている技」や「特能技」を無効に出来るかもしれない・・・
 相手のトレーナー能力を一瞬だけ封じるようなものだし、相殺しようと同時に技を放った時は有利に立てるだろう

 これは組織の舞台、サバイバルバトル同様の環境下にあったキョウジと戦い続けて得た感覚
 それをこのバトル時に把握出来た気がした
 何か、この狙撃されるという状況下で感覚的に理解出来たのだ
 故に実戦で使ったのはこれが初めてだったが、うまくいって良かった

 「・・・・・・敗北は、許されない」

 「それはこちらも同じことだ」

 組織が懸ける情熱・矜持・闘志・信頼・覚悟に負けないだけのものはシルバー、いや・・・きっと他の皆も背負っている
 誰もが、負けられない理由があるのだ

 ・・・再び、仲間の顔を見るまで、
 ―――「「「「『あー、スッキリした』」」」」―――
 脳裏に浮かぶ、手荒い歓迎と温かな笑顔

 そして、自分のなかで決着をつけるまで
 負けられない、負けるわけにはいかない!

 「リングマ」

 足元の大岩をずり落ち、下がってきたサラリーマンに向けて投げ飛ばす
 ドッガァアアンと砕けた岩が派手に散って砂煙があがるが、その噴煙にまぎれて怒号を上げるサラリーマンとオクタンが飛び出してきた
 冷静なスナイパーが熱い特攻をかます

 「オクタン、ハイドロポンプ!」

 「リングマ、かいりき!」

 オクタンがハイドロポンプの噴射で、能力者と自らの突撃に加速をつける
 それをリングマが渾身の腕力でぶつかりに行く

 すれ違い、互いの技が当たり、その後加速がついたままオクタンとサラリーマンは地面を滑っていく
 勢いのついた彼は膝立ちで減速し、床に置かれた岩にぶつかって止まった
 岩は盾でも武器でも身代わりでも反射でもなく、減速停止に役立ったか

 軍用ゴーグルはひび割れ、名も聞かなかったサラリーマンはぐったりと動かなくなった

 シルバーは無言でサラリーマンに近づく、そういえば名前すら聞いていなかった
 懐を探ると団員証のようなものと、青・赤・白色の腕輪も見つけた

 「(『幹部候補』だったのか・・・)」

 ストライクを使い、シルバーを瀕死にまで追い詰めた『スピリッツ・ザ・リッパー』もそうだった
 同じ幹部候補という階級でも、実力に差はあるだろう
 このサラリーマンも強かったが、あの幹部候補に借りを返すにはもっと強くならなければならない・・・

 探ったついでにサラリーマンのポケモン、ボールに戻ったオクタンと腰のキングドラを手に持つ
 が・・・盗むわけではない、キューブにあるどこかの岩陰に隠すだけだ
 しばらくは起き上がってこれないだろうし、起きてもポケモン探さなければならない地味ないじめ・・・

 主人の行動を横から見ていたリングマがぐらつくが、こらえた
 それから珍しく、リングマが勝利の遠吠えとガッツポーズをあげた

 「よくやった。リングマ」

 キョウジとの戦いでは勝つことが出来なかったから、久々に掴み取った勝利だ
 手持ちの薬で回復させて、次に進もう
 ボールにリングマを戻し・・・・・・シルバー自身もほんの少しの間だけ、岩に腰を下ろしつつ休んでから

 岩は盾でも武器でも身代わりでも反射でも減速停止でも地味ないじめでもなく、休憩するのにピッタリだった


 サラリーマンこと「幹部候補・サイトウガンマのキューブ」
 侵入者シルバー、勝利




 
 To be continued・・・


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