〜最終決戦・四〜

 「・・・私のトレーナー能力名は『流宮京(リュウグウキョウ)』。
 そのポケモンがまとう水と放つ技の水流と水圧を自在に操る」



 ・・・・・・


 「ところで、ガイクさんはいつからこの戦いに・・・?」

 サニぴょんをボールに戻し、回復させているクリスが聞いた
 順番待ちのガイクはハリテヤマのボールを見つめつつ、それに答える

 「ああ、ホエルオーのしおふきが見えたんでな。
 聞かされていた別荘に料理持ってってから、また一度4のしまに戻って支度した」

 「あの料理はガイクさんが」

 通りで皆の好みに合った味だと思った
 道中の途中でしたホエルオーのしおふきがそういう合図だったということは、同じようにそれを見て動き出す人もいるのだろうか

 ぴっぴっぴろりーん

 回復マシンの終了音が鳴り、サニぴょんが全快したのを確認する
 それからクリスは座って身体をならしているグリーンに調子を聞くと、大したことはないと返ってくる
 「それでも、しばらくこのキューブで休んでろ」と言うガイクがハリテヤマのボールを置き、動き出すマシンをじっと見た

 ほぼ全てのキューブに設置されているだろう転送装置接続のパソコンと回復マシン
 前者はいいとして、後者の規格はポケモンセンターとほぼ同一のものだった
 使い込まれてはいるが整備もされているし、問題なく作動する

 ガイクはごんごんと機械のふちを軽くこぶしで叩き、しゃがんで台座などを見る
 そうやって一通りチェックしてみるが、本当に異常はなさそうだ

 「・・・・・・こんなもんを揃えられる組織か」

 よほど潤沢とした財源がなければ出来ない
 彼の何か含みのあるつぶやきと表情をクリスとグリーンは見つめた


 ・・・・・・


 「・・・・・・もう終わりか」

 ダイゴの言葉にバルーは膝から崩れ落ちた
 カクレオンが何の支えもなく、どさっと地に伏す

 「もう少し、攻撃パターンを増やすといい」

 特攻無効はいいトレーナー能力だ
 しかし、決してそれだけでは勝てない

 カクレオンは状態異常、こんらんの前に敗れた
 シショーことヨルノズクの使うあやしいひかりでペースを崩されたのだ
 サイコキネシスでこんらんによる行動不能を見極めるようにターンを稼ぎ、後攻技であるカウンターを発動出来ないタイミングではがねのつばさを打ち込む
 それだけだ

 以前は、その技スペースは『みやぶる』が入っていた
 しかし、ダイゴというトレーナーがいればそれはいらない
 あの技はトレーナーが傍にいない状況でのバトルの為に、シショーには必要だった
 だから、もう必要ないのだ
 カメラなどの機器のタイムラグのない現在なら、指示ひとつと手の動きでそれに代えられる

 「たべのこしではなくラムのみなら、また違ったかもしれない・・・。
 いや遺伝技のマジックコートが欲しかった。終わったことだけれども」

 あれば完璧に近づいたかもしれない
 しかし、マジックコートも技を出すタイミングで破ることは可能だ

 鮮やかな勝利
 バトル終了と共に、回復マシンと次のキューブへの入り口が開いた


 「部隊長・バルーのキューブ」
 侵入者ダイゴ、勝利


 ・・・・・・


 「えーと」

 イエローの目の前の扉に首をかしげていた
 一枚の木の板がどんと置かれていて、向こうへ押しても手前にも横にも引いても動かない
 うんともすんともいわない扉に、さてどうしたら入れるのかと考えていたのだ

 「合言葉とか?」

 こちらは侵入者なのだから、ただでは入れてくれないのかもしれない
 とにかく重くて硬そうな扉だ
 ひらめいて下から持ち上げてみたが、やはり動かない
 
 「よーし」

 材質は木だ
 イエローはラッちゃんを出す

 「いかりのまえば!」

 自慢の前歯と突進力で扉をぶち破る
 お行儀なんて言っていられない、強行突破だ
 ぽっかり空いた穴を、おじゃましますとくぐり抜けるとそこは劇場でした

 「ほえ?」

 赤い椅子が扇状に段々と並べられ、奥まった先に半円の舞台があった
 その真ん中をスポットライトが照らしている

 「おお、鐘は鳴る。誰が為に、時が為に。
 白地になぞるついの溝、立てる板よ流れあれ。
 行く先は如何ぞ、両の脚で貫くが筋とし続け。
 我は従おう、猛き者よ。ああ蒼き稲妻が天に昇る」
 
 スポットライトで脚光を浴びる1人の男が、何かに酔いしれるかのように謳っている
 もこもことした綿入りの上着に薄い布ズボン、上着の下は襟付きのT-シャツに不似合いなネクタイ
 盛大な声量はオペラ歌手のようで、イエローは軽く耳を押さえた
 場所が場所だけに合っていなくもないが、道端にこんな人がいたら確実にどん引きするに違いない

 「・・・やあ黄の緒よ、参じたか我の舞台。
 迎え咽び喜び、胸の内に心置き召されてや」

 じーんと感動しているかのように、胸に手を置いて一礼する
 黄の緒とはイエローのことだろうか、と彼女がまた首をかしげる
 芝居がかっている上によくわからない詩なのか台詞なのか、とにかくわからない

 とりあえず、イエローも倣って頭を下げた

 「すみません、入り方がわからなくて扉壊しちゃいました」

 「あっあーああぁ、我は打ち震え風に煽られるが一律の草。
 良い黄の緒、それは正の字、厚く開かぬ木の非ず扉」

 急に嗚咽のような高音にイエローがびびる
 何となくわかる
 要するにあの木の扉は本当にただの厚い木の板で、開け方としては力で破るしかないのだと
 イエローは正しい開け方をもって入ってきた

 「言うに忍べる。舞台にあるが人の役」

 認める、と・・・彼のいう舞台と役者に
 バッと、両肩を大きく広げ、観客席にいるイエローを舞台へ招く
 
 「お名前は?」

 相手の挙動を、その出鼻をくじいてしまいそうな・・・抜けたイエローの言葉
 しかし、むしろ舞台の男は嬉しそうに感じ入り震えている
 
 「おっおおぉぉ! 人に生き経つ舞台は突然と咄嗟の連なりにて語る。
 我が名前はポー、銘は詩人。青き稲妻にひとつ退歩(たいほ)る黒輪あてがふ卯の者ぞ」

 黒の腕輪に卯の一字が刻まれた珠が付いている
 あれが幹部候補の上に立つ、幹部・十二使徒の1人

 ・・・・・・あんなのが12人もいるのか

 それにしても青い稲妻とは何のことだろうか
 イエローはそんな歌詞があったような、どこかで聞いたようなと思い出す
 彼女は知るよしもないが、ポケモン協会壊滅時にもポーが一役を買い同じ単語を口にしている


 「舞台駆ける人に付き踊るは同時双児あれ。
 さぁ行くよ、ロデオ、ジュリエツ」

 ポーが出したポケモンはニドキングとニドクイン
 象徴たるは兎、専門タイプは毒

 それを見てイエローはダブルバトルと判断
 ラッちゃんとゴロすけを出した

 が・ぐっしゃんと派手な音が背後からする
 イエローがくぐり抜けた木の扉を噛み砕くように、重く硬い鉄の扉がそれを押し潰したのだ
 完全に密閉されたらしい舞台と観客席というキューブ内で、2人が踊りだす
 
 開演


 ・・・・・・


 「なんでキューブのなかにワープしないんだろ」

 レッドが思ったことを口にする
 いちいち扉の前や、そこへ通じる廊下に跳ばさなくてもいいだろう
 やはり、いきなり侵入者が内部に現れたりするとキューブの主が驚くからだろうか
 
 「それとも、キューブによりけりなのかな」

 もしかしたら内部に直結するワープパネルもあるかもしれない
 他の皆はどんなキューブで戦っているのだろうか、凄く気になる
 海の地下に広がる組織、そのアジトの構造にはかなり興味があった

 レッドの目の前にある扉は細い針金を隙間なく縦横十字に編みこんだものだ
 扉というには・見た目よりも軽いそれを開けると、畳一枚分くらいの空間があって、同じものがもうひとつ
 シンオウ地方で見られるという二重玄関に近いその2つ目の扉を開けると、そこは漆喰の塀に囲まれた空間が広がっていた
 
 お城だ
 そう、時代劇で見かける城のセット
 漆喰の塀や瓦、土のフィールドはそれらしい
 四方の塀はキューブの壁にくっついていて、塀の向こうへ乗り越えていくことは当然出来ない
 キューブの地面と塀以外の壁などの平面には綺麗な青空が描かれていて、少しだけ閉塞感が和らぐ気がする
 ここは照明も太陽を模したものも見当たらないが、充分明るい

 そうやって四方を囲む塀から目算して、このキューブの広さはおよそ35m×50mというところか
 
 「・・・・・・来たか侵入者」

 レッドの立つ位置、その向かい側の塀の針金の扉を開けて出てきたのは・・・・・・忍者だった
 赤茶の忍び装束に鳥をモチーフにした兜を被る、性別はよくわからない

 「俺はマサラタウンのレッド」

 「既知。我の名クラト。幹部十二使徒酉、銘は暁」

 ついに幹部候補の上、幹部が登場した
 今まで戦ったことのない階級だ
 
 「・・・つかぬことをお尋ねしますが、セキチクシティのキョウかアンズって人の知り合いじゃ」

 「我赤の他人。同列に見るな」

 似た忍者ルックだが、やはり違ったか
 聞いたことを少しレッドは後悔する

 「バトル形式は」

 「シングルバトル。入れ替えあり、手持ち2体迄」
 
 「了解」

 互いがキューブの中央まで歩み寄り、互いとの距離が1mほどまでになったところで止まった
 兜が影になって暗いが、そのなかの目は冷たく光を帯びている
 仕事人、という感じがする

 動かない、動かない、動かない、動かない


 動いた
 どちらか、ではなくほぼ同時に
 互いに一足跳びで1mばかり後方へ離れ、それと同時にボールを投げる

 クラトが先鋒に出したのはオオスバメ
 象徴たるは鳥、専門タイプは飛行

 レッドが出したのはピカ、電気ねずみ
 勘がいい方向に働いたのか確信があったのか

 「ふきとばし」

 クラトの手洗い洗礼・急な突風を浴びせられ、ピカがボールに戻り、それにより腰に付いていたボールが勝手に落ちた
 掌で掬い上げられもせず、落ちたボールからポケモンが飛び出す

 オニドリルのオニだ
 ゴンを抜いてルガーにし、ゴーストに強いノーマルがいなくなったのでプテと入れ替えてみたポケモンだ
 これでこのバトルの、レッドの2体は決まってしまった

 「いいぜ。望むところだ。空中戦だ!」

 嬉しそうにレッドが応戦に臨む
 小柄な体格の持ち主であるクラトはオオスバメに飛び乗り、レッドはまず地面に足をつけたままオニに指示を出すことにする
 レッドの視力、動体視力はいい方だが・・・・・・対応しきれるのだろうか


 ・・・・・・


 「なんだここは」

 シルバーが次に着いたキューブは、背の高い青々とした草で覆いつくされていた
 その高さは標準的な青年の体格であるシルバーの腰より上が埋まってしまうくらいで、種別は葉が固めでしなやかな単葉植物のようだ
 小柄なポケモンやトレーナーなら楽に潜んでいられそうなここは、やはり気が抜けなかった

 「・・・・・・っへっきし!」

 ぐずっと鼻を鳴らす深く帽子をかぶった男が、ひょこっと顔を覗かせた
 気の抜けるような緊張感のないくしゃみにシルバーがこける

 「っしっしょい、っと侵入者かっくしょ!
 俺の名前っぷし、あー、ルシャク言うわ」

 ちーんと鼻をかみ、んふーと鼻で呼吸するとまたくしゃみが出た
 くしゃみで顔をうつむかせると、背の高い草が鼻をこすったのかそれでまたまたくしゃみの連発だ
 鼻をかむ動作とくしゃみの際に腕が上がり、草むらから出てくるそれには腕輪が3つ付いていた

 幹部候補のようだ、あれでも

 「・・・風邪か?」

 「あ゙ー春は花粉症ーっくしゅ、夏は夏風邪、冬はぁっくし風邪。秋でも季節の変わり目にゃっくしゅ! 体調崩すし、散々っきし!」

 粘膜が弱く非常に敏感、なのだろうか
 連続でくしゃみ、言葉も断続的に途切れてしまう
 シルバーは敵ながらやや同情に満ちた目で相手を見た
 こんなのではろくに指示も出せないだろうからだ

 「ま、ひひってことひょ。ぐしっ、さーてポケモンバトルっきしょいっし!」

 「ああ」

 シルバーが出したのはヤミカラスだ
 背の高い草が折れずにしなるのでかなり身体にまとわりつくし、動きづらい
 小型ポケモンは身を隠せるから有利かも、と思ったが浅はかだったか
 だから地上戦ではなく飛行ポケモンを選んだのだが・・・予想以上に過酷なフィールドなのかもしれない

 そして、ルシャクはこのフィールドを活かそうとしての小型ポケモンを出したようだ
 シルバーと同時にボールから出た音はしたが、姿が見えない
 この密集して生える草むらを動けるだろう・こういった生息地にいそうなポケモンを、彼は頭のなかでリストアップし予測しておく

 先手必勝だ
 ヤミカラスのみだれづきで、まずは敵の正体を探る

 「ヤミカラス、み「へっくしょい!」」

 くしゃみが被って、指示が途切れた
 その隙を突いて、ヤミカラスが草の奥から連撃をもらう

 「!」

 その技はみだれづき、だった
 偶然か?

 「ならば、次は絶対に当たる技だまし「っきしィ!」」

 また被った
 そしてヤミカラスに瞬間的な動作で一撃を与えたルシャクのポケモンは、姿を見せることなく草むらの海に沈んだ
 ・・・その一撃もだましうち、のような気がする

 技同士のぶつかり合いを避けようとしている?
 いや、それとも

 「お前の能力、なのか? そのくしゃみは」

 相手の指示を途切れさせるくしゃみ、そしてその技を『よこどり』する
 よこどりは本来補助技しか使えないが、トレーナー能力か特能技ならありえる話だ

 「いっきしょい! ん゙ー、まぁ当たってっぶぷっしょい!」

 汚らしくつばが飛び、ルシャクが鼻を軽くすすって、腰にぶら下げたトイレットペーパーを見てから手に取り鼻をかむ
 戦闘中に余裕だな、と思うがこの草があって思うように近づけない
 上を飛ぶヤミカラスだけを警戒していれば問題ないようだ

 「こちらはまだ使えないしな」

 シルバーはポケモン図鑑を見せた
 草むらで姿を確認出来ないから、検索の仕様がない

 しかし、相手はどうだ
 その手にトイレットペーパーと一緒に持っている
 彼のポケモン図鑑とほぼ同一規格、いや上位機種を
 レッド達のこれまでの修行の旅でぶつかってきた組織の能力者が、たまーに持っていたアレだ
 ポケモンバトルで使われることが少ないのはガチンコバトルが好きだとか、使うのがまだるっこしい、そんなもの見なくてもその程度のデータならわかる・おぼえているなどと言わなければ・・・有利に戦いを進められるツールではある

 シルバーのヤミカラスを捉え、ルシャクはそのデータを確認出来ている
 見られるデータのなかには、同Lvのポケモンがおぼえている技くらいは入っているはずだった

 「全体的な種明かしはまだ先っくしっぷぅ! だけど言っておくがな、奪われて不発に終わっーっくしィ! ても技のPPは減るぞ」
 
 ぐしぐしと鼻の頭をこすり、ルシャクはにやっと口の端を吊り上げる
 種明かしをしなければただ一方的にあらゆる技とその好機を搾取され続ける、と言いたいらしい
 シルバーはヤミカラスを見やると、向こうも通じたのかうなずいた

 「フン。退くわけがないだろう」

 「えーっきしょーおおそぉいッ!」


 この戦い・・・・・・締まらない





 To be continued・・・
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