〜最終決戦・六〜

 
 「これで1対1、だ」


 ・・・・・・


 「・・・っ」

 イエローがささっと劇場の椅子、その物陰に隠れながら移動をする
 小さな身体で良かった、と思う
 けほけほっと軽い咳をすると、少し血が混じっていた

 「(これが、あの人の能力かな)」

 ゴロすけとラッちゃんはイエローの傍から離れずにいて、同じように苦しそうだ
 彼女が治療をこまごまとやっているが、またいつの間にか発症してしまう

 「おおっ、黄の緒よ。逃げ惑うなかれ。
 すべからく人は逃げる生き物、惑うこと必要なし。
 我より弱くかなわずにて、すなわち必然なりき」

 劇場が震えるような大きくよく通る声にイエローがびっくりする
 ポーは余裕ぶっているのか、一番低いところにある舞台から動かない
 ニドキングとニドクイン、どちらも毒タイプを持つポケモンだ

 イエローやポケモンを蝕んでいるのは確かに毒タイプによる攻撃だろう
 しかし、そう簡単なシロモノではない
 何しろ、イエロー達はポーやそのポケモンに髪の毛一本として触れていないのだから
 勿論、目に見える技の直撃だって受けていない

 つまり、散布される毒・・・薄く広がる霧のような毒攻撃というべきか
 目に見えない毒が空気か劇場に蔓延し、イエロー達を蝕んでいるとしか考えられない

 「(そんなもの、どうやって対処したらいいんだ)」

 状態異常や減った体力はイエローの能力で回復出来るが、無限じゃない
 そしてイエロー自身には効果がない
 長期戦になれば、こちらの敗北は目に見えている

 毒に有効なタイプは地面とエスパー
 ゴロすけの地震・・・それに賭けよう

 ふと目に付いたそれ、イエローが劇場の壁を見てみる
 何かプレートのようなものに扇状である劇場の席数やその位置などが書かれている
 視力はいい方だ、それを見て現在地を確認する
 じしんの有効範囲だってある、位置情報というのは大事だ

 ええとポーのいる舞台が一番下で、イエローは一番上の席列・右から5番目
 それから・・・・・・非常口と防火扉、耐震構造と

 耐震構造?

 「ええっ」

 思わず声が漏れてしまったので慌てて塞ぐ
 非常口があるというのも驚くが、実際使えるのか
 そして耐震というのはどういうことか、普通の劇場ならなくもないが・・・ここはキューブだ
 いやいや字の通りに受け取れば、ここのキューブはじしん無効ということになる
 いやいや別にじしんで壊れたりしないだけで、技としては使えるのかもしれない

 「(ほんと、ここのキューブをつくった人ってわからないなぁ)」

 どういう人が設計したのだろう
 というか、一番わからないのはここのキューブの主だ
 なんであんな格好であんなしゃべり方なんだろう?

 けほけほと咳き込むと、また血が混じっている
 本当に毒に蝕まれているなら、もう倒れてもおかしくない
 ポケモンの毒は、普通の人間は耐えられるものではない
 イエローの能力は本人には直接は効かないが、多少の抵抗力はあるのかもしれない
 体勢を出来るだけ低くして、毒がまわることを恐れて激しく動かないようにする

 「ラッちゃん」

 小声でラッちゃんに指示をしておく
 比較的小柄ですばしっこいラッちゃんなら、気づかれないよう舞台へ接近出来るはず
 タイミングを計ってじしんを使ってみる、成功したらその不意をついていかりのまえばを食らわせてHPを半分にしてきてほしい
 失敗したらまた戻ってきてほしい、氣を読み取ることでポーの様子を知っておきたいと告げる

 こくりとうなずいたラッちゃんがタタタタと小走りで、回りこみながら舞台へと近づいていく
 イエローもタイミングを見極めようと、こっそりと椅子の陰から舞台を覗く
 ポー達はやはり動かず、何かウーワーラララーとか壮大な鼻歌を口ずさんでいる
 完全にこちらからの動きを待っている、のか

 「(・・・ニドキングやニドクインってカウンター使えたっけ?)」

 もしいかりのまえばダメージを倍返されたら、ラッちゃんは一撃でのされてしまう
 相手の動揺を誘い、成功率を上げるにはじしんだけでは駄目だ
 何かないかとイエローがこそこそ移動しながら、キョロキョロと周りを見てみる

 「(!)」

 消火器だ
 這って進み、音を立てないようにそれを引き倒す
 ごろごろと転がして傍まで引っ張ってきて、がしっと自分の身体で抱え込む
 見かけだけではない、中身もちゃんと入っている
 彼女からすれば重いが、遠心力を使って投げ飛ばせれば舞台までなんとか届くはず
 普通に噴射させても多分届かないから、そうやって破裂させて煙幕を張ってラッちゃんの為の隙を作りやすくする
 得体の知れない毒使いが相手なのだ、慎重すぎるほどの今の「距離」がイエローの武器だ

 あとはタイミング
 煙幕を張ればそれに乗じて何か仕掛けてくると思うのが普通だ
 それと実行は早めにしないと、ポーの傍にいるラッちゃんが見えない毒?の影響を受けて倒れてしまう

 イエローが椅子からほんの少しだけ顔を出し、通路からまた舞台を覗く
 このキューブにはイエローとポーしかいない
 どこかに隠れているのは明白なのだ
 それを探しに来ないのは、作戦・・・何か舞台から降りたら不都合なことがあるからかもしれない
 出来れば、そのことをこの奇襲で見極めたい


 ゴロすけが席の上に跳びはね、思い切り自重を床にたたきつけた
 どごん、ズド・ゴゴゴゴゴと劇場全体が縦に揺れる
 耐震?だからか床が平らじゃないからか、じしんの揺れはやや弱いが成功した
 この揺れに乗せ・伝え、他のポケモンへ地面エネルギーをぶつけるのがじしんだ

 「おおっ! うずたかき大地が打ち震えている!」

 ポーの立つ舞台が揺れ、天井につるしてあるライトががしゃがしゃと音を立てている
 ニドキングとニドクインは踏ん張っているが、それなりにダメージは見受けられた
 過去に戦い見てきたトレーナーやガイクのようにじしん同士をぶつけ合い、エネルギーを相殺するような素振りさえ見せない

 揺れる足元、ふらつくのを抑えて、イエローが消火器を持って立ち上がる
 ぐるぐるぐると消火器を振り回し、勢いを溜めつつ狙いを定めておく
 目がまわるけれど、ここは我慢だ
 ポーも隠れていたイエローが立ち上がったことで、こちらに気づいたようだ

 そこにゴロすけがじしんの一撃で跳ねた身体をまるくなるで固め、なだらかな階段をころがる
 立ち上がったイエローに気取られ、わずかでも対応が遅れてくれれば儲けものだ
 
 「ああロデオ!」

 ゴロすけのころがるをロデオことニドキングが受け止め、どーんという鈍く大きな音がした
 捕まれたゴロすけはその身体を張って、押し合いへと移行させる
 お互いが踏ん張り、しかし技の勢いがあったゴロすけが徐々に押していく
 その手助けに入ろうとニドクインが動いたところに、もうへろへろなイエローが頑張って消火器を放り投げる
 ぶぉんと大きな孤を描き、なんとか舞台の方へそれが飛んでいく

 「黄の緒から赤き筒星が」

 ニドクインことジュリエツが消火器かゴロすけの対処に動こうとした時、ラッちゃんが飛び出す
 二重三重にも張られた陽動
 舞台裏には行けなかったようで、完全な背後ではないがそれに等しい角度からいかりのまえばが当たった
 流石に鍛えられているし、今のHPを半分にする技では倒れてはくれない
 身体をひねってラッちゃんを捕まえようとジュリエツが手を伸ばしたところに、消火器が落ちてきた
 若干届かず、舞台の手前に落ちて跳ねて縁にぶつかり、バンッと破裂し白い粉が舞った
 舞台がスモークを焚いたかのように、真っ白に染め上がった

 「ラッちゃん、ゴロすけ、今の内に離れて!」

 イエローの叫びが白い煙幕のなかでも届き、それぞれ相手にしていたポーのポケモンから離れる
 声を頼りに、いや劇場だからか反響してわかりにくいが必死に舞台から飛び降りようと動き出す

 奇妙な光景を見た

 イエローは舞台に立ち込める白い煙幕を見た
 注意深く、自分のポケモンや相手の動向をつかもうとしたからだ
 空調もあって、薄く薄く、少しだけ上のほうにまで上がってきてその範囲が広がるのがよく見えた

 「・・・何あれ」

 思わず声に出た
 白い煙幕が、あっという間に紫色に変化していく様を見た

 もしかして、あれが見えない毒?
 やっぱり空気に蔓延していた、毒ガスみたいな攻撃だったんだ・・・

 しかし、何か変だ
 毒ガスで色がついた、というわけではない
 そんな感じがした
 大体、見えない毒ガスで白い粉が染まるわけがない
 そりゃ消火器の中身と化学変化を起こしたのなら話は別だが・・・

 危ない
 悪寒がする

 あれは本当に危ないものだ――!
 
 「ラッちゃん、ゴロすけ! 早く!!」

 イエローが目一杯叫んだ
 そして自分もゴホゴホと咳き込むと、また血が混じり・・・量が増えている気がした
 これもやっぱり単純にのどや気管支を痛めたから、ではなさそうだ
 じゃあ内臓?
 うん・・・お腹、肺のなかが変に熱い

  ド  ロ
        ド     ロ

                  し  て―――
                            る

 「うぅ」

 がくん、とイエローが膝をつく
 消火器を振り回した時、毒のまわりが早くなったのだろうか
 それとも、元々こういう進行をするものなのかもしれない
 熱でうなされた時のように、くらくらする

 「おお、黄の緒よ! 苦しかろう、されどここに救いはあらじ。
 添う役の痛みこそ我の方多けれど、やがて先果てるは黄の緒ぞ」

 ゴロすけがラッちゃんを背に乗せてころがり、跳ねながらイエローのいる階段の上へやってきた
 怪我は無さそうだが顔色が悪く、ポーの謎の毒の侵食が広がっているようだ
 イエローは力を出し、2体の回復をする
 また咳き込み、ゴロすけとラッちゃんが不安そうに見る
 それもそのはず、イエローは自分の氣を与えて回復を行うのだ
 自分の氣が減れば、毒への抵抗力も低くなる

 「おお、黄の緒よ。身を投げうて、つぶやけ。
 ただの一言、『敗北』を」

 「・・・降参なんかしませんよ」

 ケホケホと咳き込み、ぐいっと口元をぬぐいながらイエローが立ち上がる
 目がかすみ、セキも止まらない
 これが本当に・・・・・・ただの風邪だったらいいのに、な

 毅然と、傍らのゴロすけとラッちゃんに優しく手を添えた
 大丈夫、だから、ね・・・と語りかけるように
 そしてポーには出来る限り、厳しい目でにらむ

 「負けないんd――」

 「おお、おおぉぉおっぉおおっおぉおおお!!!」
 
 突然、ぶわっとポーが涙を滝のように流し、むせび泣き始めた
 両手で顔を覆い、身体をひねり、足をどたんばたんと叩いている
 流石に引いた、というより唖然とした
 
 「すっ、しゅばらしいっ! その姿勢、その眼、おぉおおお・・・ああっあぁああっ・・・!!」

 完全に泣いている、マジ泣きだ
 とうとう膝どころか肘までついて、四つ這いになっての号泣・・・
 「え、ええ〜」とどの辺に泣く要素があったのかイエローには皆目見当がつかない
 立って強がるのが精一杯になりつつあるイエローも、正常に頭がまわっていないのだ
 でも彼女がどんなに正常な思考回路でも・・・最早ポーにしかわからない世界が、彼の映像か何かが脳内に発生しているのだろう

 「っぉおおおっ、ああ黄の緒よ。我の眼に映るはおォ聖母・・・!」

 「へっ!?」

 歳暮って誰に渡す、違う、聖母?
 呼吸するのもつらくなってきたイエローが更に困惑する
 いったい、誰と見間違えているのだろう

 「ふっぐしゅ、しゅん、すんすん・・・おお、乙女の旅路は無為にあらざれックシュ。
 天こそ風吹かす青き稲妻、地こそ芽生えす我らの導。
 白と黒に隔てる欠片、真に受けるは意志のことに」

 「あ、あのぅ」

 消火器の粉を吸いすぎておかしくなってしまったのだろうか
 戦いの最中だというのにイエローは、自分の身体より敵のことを気遣ってしまう
 
 「・・・・・・我、閃光のままに従うや。
 背筋をはしり、指し示すぅ!!!」

 ぐいーんとロボットのように、伏せった状態から背筋を伸ばしたまま・・・8時45分が9時になった
 足首の力だけで起き上がったのかと思うくらい、不自然な動きだった
 イエローはびくっとおびえ、また椅子の後ろに隠れてこそこそと様子を見る

 ポーが直立不動の姿勢から、ババババババッと両腕を奇妙な動きをさせ、非常口に掌を向けた


 「さぁ!! 黄の緒よ、進め! 次なるキューブへ!!!!」

 イエローの思考が止まった
 同時に非常口のランプが点灯し、がちゃんと施錠が解除される音がした
 勝手にドアが開いたかと思うと、通路が見えた

 「・・・え?」

 「さぁさぁさあっ!!! 行くがいい、黄の緒よ。道は開かれたぞーぉおぉぉおぉおおおぉぉおおおおぉおっ!!!」

 伸ばした後におの音だけでリズムを取り、また歌い始めた
 その声量にイエローが我に返る

 「え、い、行ってい、いいんですか?」

 「らーらーらーらららららー」

 それはもう嬉しそうな、見事な高音の伸びであった
 イエローは戸惑いつつ、ポーのいる方を何度も見ながらずるずると歩いて非常口へ向かう
 振り返るたびにロデオとジュリエツを見るのだが、その2体も大人しく見送っている
 罠かと思うが、ここまであからさまだと一回りして信用してもいいかなとか思えてしまう不思議

 通路に見えたそれは最初のワープ装置、それよりも倍くらい奥行きがあるロッカーのような箱だった
 ワープ装置は作動していたので、あとは乗ればいいだけのようだ
 イエローはラッちゃんとゴロすけをボールに戻し、その箱のなかに入る
 そういえば回復装置が出てこないところを見ると、それは本当に勝たないと得られないものなのだろうか
 というより、ワープ装置の作動に『キューブの主に勝利する』というのが絶対条件ではないのが驚きだ
 こんな先の進み方があるのか、しかしこれはポーのような人物ではないとあり得ないものだろう
 他の誰もが勝とうと躍起になっているようだし、いや確実に勝つために相性の悪い相手とは戦わず鉢合わせず早々に別のキューブへ誘導する手もあるかも・・・

 「ま、いっか」

 視界がかすみはじめてきたイエローはもう一度だけ振り返り、ポーの方を見た
 箱のなかにいてもあの高音が届き、具合の悪い身体のなかにがんがん響いて一層悪くなりそうだった
 いや、身体が溶けていくような感覚は危険信号を頭がわんわんと鳴らしていた
 普通に聞いていればいい声なのだろうけれども、今は遠慮したい
 ・・・この戦いがもし良い方に終わったのなら、今度は本当の劇場で観客として役者・ポーの歌声や挙動を楽しみたいものだ

 イエローはワープ装置を踏み、劇場キューブから脱出した

 ・・・

 しゅん、とイエローが着いた先は薄暗いレストキューブだった
 呼吸すると病院のような、薬臭い清潔な空気がイエローを包み込んだ
 ベッドや洗面所が置いてあったりするいわゆる休憩部屋、ただし目の前に大きなスクリーンに文章が浮かんでいた

 『ようこそ、レストキューブへ。ランダムかつ連戦の疲れを存分に癒してほしい。
 なおここはポーと戦った者、そのキューブから来た者は必ず飛ばされるところとなっている。
 それに該当する者は冷蔵庫を開けること。あっち→』

 文章通り、ここはポーと戦ったトレーナーが必ず来なければならないところなのだ
 イエローはすぐに、それがどうしてかわかった
 急いで矢印の方を見ると、小さな冷蔵庫がちょこんと置かれているのを見つける
 小走り、身体に負担をかけないような小さく呼吸を繰り返してのもので近づき、何もないところで倒れそうになるのをこらえて、その扉をがしゃんと開ける

 なかにはコーラやジュースなどの清涼飲料水、ケーキやシュークリームなどの甘いもの、漬物と日本茶
 色々美味しそうなものが詰め込まれているし、ひんやりした空気に蕩けそうになるのをこらえてイエローの目当ては冷蔵庫の上段にあった
 小さなプラスティックの容器が20個ほど、ぎゅうぎゅうに置かれている
 なんていうか、乳酸飲料のやつにそっくりだったが、それを彼女は3つ取ってばたんと閉める
 冷蔵庫に貼られている封筒に気づき、それを手に取ってなかを見る

 『ポーと戦った者は冷蔵庫の上段にある飲み物を、本人とそのキューブで使用したポケモンに飲ませること。
 その意味は既に戦った者ならばわかるだろうが、あえて彼の能力を正しく理解してもらう為にここに記しておく』

 手紙を読みながら、イエローは椅子を探すがなかったのでベッドに腰掛けた
 イエローはラッちゃんとゴロすけを再び出し、容器のふたを開けて、あげた
 彼女自身もこくりと一息で飲み、ふーとひと心地つく
 じんわーりと身体に染み渡っていく気がし、口内に残ったそれが呼吸と共に肺にも届いていくのがわかる

 その効果のほどの胸に手を当て、実感したイエローが手紙の続きに目を通した
 かすんでいた視界も容器の中身を飲んでから、目をこすってみたら戻っていた
 少しずつ思考の仕方が、正常な身体が返ってきている感じがする

 『毒のエキスパートであり、卯を象るポケモンを使うポーのトレーナー能力名は「コンスロット」。
 能力効果は「ポケモンの技の威力絶対化」で、ポケモンが放った技本来の威力を失わない能力・・・。
 即ちポケモン関連以外の環境的・外的な要因では威力が落ちないというもので、その能力を最大限に活かした特能技の名前は「マンドレイケ」という。
 見えない毒ガスかその類のように思えたかもしれないが、それとは違う・更に凶悪なシロモノだ。
 あれはニドキングとニドクインのヘドロばくだんとどくどくを組み合わせた上で変質させ、微粒子状まで拡散させた特能技。
 その効果は2種類、ひとつは粒子状になっても「相応の威力」を持ち、内外から微粒子規模の「毒タイプ攻撃」すること。
 もうひとつが、「それに触れたものを毒性のものに変える」』

「・・・!」

 タイプ相性計算を除いたポケモンの技の威力、と呼べるものの最小はゼロ・最高は150
 微粒子状になってもポケモンの技として成立させたこの特能技は、一粒の威力がおよそ0,01かそれ以下などというもので無茶苦茶低い
 そのダメージは全く感じられない、だが威力がある以上損傷はある・・・まぁ細胞レベルでの微細な傷が出来る程度だろう
 
 そこにもうひとつ、毒性への変質という効果が追撃する
 微粒子を吸った対象の細胞やら何やらをポケモンの放つ技の毒に変えるのだ
 これも微粒子サイズ相応の効果範囲だが、微細な傷や呼吸などから身体の奥まで入り込む
 結果、内臓などの諸器官が毒そのものに侵され・・・いや作り変えられてしまう脅威の技だという
 その毒はどくどくと同じように徐々に、技(微粒子)の影響を受けていない身体をも蝕みダメージを大きくしていく

 さっきまで熱のあったイエローにぞくりと寒気がはしった
 自分の能力が回復系でなければ、おそらく気づかないか対処の仕切れないままやられていたに違いない
 消火器の粉が紫色に染まったのは、粉が毒に変質したからだろう
 微粒子状ではあるが空気より重く、気流などのかくはんされることがなければ下に溜まるものらしい
 劇場キューブ、ポーのいた舞台が下の方にあったのもイエローを救った要因だろう
 ポケモン協会は天井裏にあるエアーダクトやエアコンを通して流し、天井にあるその出口から下へと粒子状の技が流れ落ちたのだ

 これでポーの能力は合点がいった
 確かに危険な能力、いや特能技だ
 時間が経てば相手は確実に自滅していき、ポーは待つだけでいい

 『この能力、いや特能技は脅威だがポケモンの毒タイプ技という定義からははずれていない。
 よって、トレーナー能力による状態異常回復や毒消し効果を持つ道具で効果を打ち消すことが出来る。
 冷蔵庫にあったモノは組織が独自に改良した「かいふくのくすり」で、それを飲んで一眠りすれば万全の体調にまで回復する。
 ただし、このキューブの外に持っていくことは出来ないようワープ装置に仕込みがしてあるの・・・』

 「・・・」

 手紙の文面を目で追っていたイエローがうつらうつらと、眠気をもよおしてきた
 皆が頑張って戦っているのに申し訳ないし、嫌だと逆らおうとして頭をぐわんぐわんと揺らす
 しかしポーのキューブで能力を使用し、薬に予め睡眠薬が少々入っていたのだろう
 何より毒で痛めつけられた身体が特効薬によって回復しようと、無理やりにでも休ませようとする防衛本能的な機能が働きだしたに違いない
 それにポーを倒しこのレストキューブにたどり着けるほどの実力者だ、組織としては一時の足止めもしたいはず・・・
 そういえばこの戦いで死者って出・・・・・・

 こてんと柔らかなベッドに倒れこみ、手に力が入らなくなり封筒がぱさりと床に落ちた
 すぅすぅと規則正しい寝息が漏れ、足元のラッちゃんやゴロすけもボールに戻る前に眠りについていた


 「幹部十二使徒/卯・ポーのキューブ」
 侵入者イエロー、通過
 

 ・・・


 「ヤミカラス!」

 シルバーが技の指示をすると、ルシャクのくしゃみがそれを阻む
 そして、それと同じ技が返ってくるのだ

 「みd「ぶえっくしょん!!」

 草むらから何かがぐんと伸びてきて、連続的にヤミカラスを突く
 空を飛んでいるといってもキューブの天井近く・・・ではなく実際は草むらよりやや上の低空飛行、でないとくちばしが地面に届かないからだ
 この距離が互いの、技のやり取りをするのにぎりぎりの距離らしかった
 
 トレーナー自身が動けなくなるほどの、深く背の高い草むらに何が潜んでいるのか
 しかし、シルバーは見当がついていた

 「お前のポケモンの正体h「へっきしょっしょーいっ!」
 
 言わせない気か
 シルバーはふぅと息をついた
 早くここから抜け出し、幹部以上の敵を倒しにいかなければならない
 道草を食っている場合じゃない

 「ヤミカ「ぶっくしゅ!」

 シルバーの指示をルシャクのくしゃみでまたまたさえぎられ、ヤミカラスが止まった
 そこにズバッと鋭い攻撃が、ヤミカラスの身体にクリーンヒットする
 どう見てもその一撃はきりさくで、急所に当たらなかったのは幸いした

 ようやくわかった
 つまり

 「こういうことか!」

 シルバーがヤミカラスの翼を大きくはばたかせ、草むらを風圧で押し潰す
 わずかに見えた、見覚えのある黒い影
 ルシャクは突風に腕で顔を覆い、しなってきた草と風を鬱陶しそうに歪ませた

 「ナイトヘッド!」
 
 その隙を突いてシルバーがようやくまともな指示を伝えられた
 ひゅばっと紺色のエネルギーが敵ポケモンにぶつけられ、辺りの草を吹き飛ばした

 元来ヤミカラスはみだれづきをおぼえない
が、シルバーはつつくという基本技とポケモン本来の習性にある行動からそれらしく仕立てた技
 グリーンの理力は習性にはないことをおぼえさせることが可能だから、多少近いものかもしれない
 では、ルシャクのポケモンはどうだろう
 考えられるのは最初からみだれづきをおぼえているポケモン、もしくはカウンターのような返し技、シルバーのようにそれに似た行動が取らせられる身体的特徴を持つポケモン・・・
 そして他に使っただましうち、きりさくもある
 特にきりさくはヤミカラスの返し技ではありえない、そのポケモンが持つ本来の技

 みだれづき、だましうち、きりさくを同時におぼえられるのはドーブルだけ
 カウンター、だましうち、きりさくを同時におぼえられるポケモンは7種類
 内、この草むらに隠れられるほどのサイズ、影も見せないような素早さ、みだれづきを使えそうな身体的な特徴を持つのは3種類
 そして、何より見覚えのある体色


 「お前のポケモンはニューラ、そしてお前の能力はおそらく指示に関わるものだ」

 シルバーはこれまでの戦いから、指示に関する能力であること
 そしてポケモンとトレーナーによる技のやり取りから推察した

 ルシャクの度重なるくしゃみは相手の指示を遮るほか、相手の行動を先取りするためのギミック
 何度も遮られてしまうことで、指示を言い切る前に・反射的に・「またか」とトレーナーもポケモンも止まってしまう
 そこのわずかな時間の隙をついて技を選び、伝えるのだ
 あたかも相手の技を先取りし、不発に終わらせたように
 実際は相手の技の到達よりも早く・後出しに近いカウンター、もしくはルシャク側の攻撃を先に当てて体制を崩して不発に終わらせるのだ

 ナイトヘッドで草が折れ曲がり、ニューラの姿が視認出来た
 シルバーのニューラに比べ、右爪が長くリーチがあった
 アレが姿を隠しつつ、ヤミカラスにみだれづきを当てられた要因だろう

 また・・・通常、ポケモンへ技を指示する時は「○○、『××』だ」と技を使わせるポケモンを指定する
 ポケモンの名前を言わないと複数体使っている時はポケモンが困惑するし、技名を言わなかったら技なんか発動しない
 ポケモンの名前から言い始めたり、長い技名なら後からのくしゃみで言い切るのをふせぐのは出来なくもない
 それと同時にルシャクはテレパシーのように、そのポケモンと具体的な技の指示が伝わるようだ

 「・・・・・・姿が見えたことで図鑑がお前のニューラを認識した。
 ニックネームは『っ』か、想像もしなかった。もしこれだけ言う時は、どう発音するんだ?」

 くしゃみに必ず入った「小さなつ→っ」
 これでわかった
 ルシャクの能力は『そのポケモンの名前を呼ぶだけで技の指示が伝わる』ものだろう
 これが名前なら、なるほどくしゃみで遮るのと同時に自然に名前も言えるわけだ・・・まぁくしゃみの声音自体はかなり不自然なのだが

 「っきしょい! あ゙ー、くそぉ、バレちまったか」

 ニューラが飛び出し、きりさいてきた
 ヤミカラスはそれは翼で、まもるで受け止める

 「能力名『スネイズ』、っしょい!」

 くしゃみと同時にれいとうビームをニューラが放つ
 連続のまもるのに失敗したヤミカラスの翼が凍り、うまく羽ばたけず落ち始める

 「・・・ずっと疑問だった。お前のポケモンがニューラとおぼろげにわかった時から、何故れいとうビームを撃たないのか。
 おぼえていないわけじゃないだろう(使い勝手のいい氷タイプの技となれば必須レベル)、では何故か。能力を誤認させるより勝ちを選んだ方がずっと効率的だろうと」

 「答えはわかったのかいっきん!」

 『っ』という変わったニックネームを持つニューラが、落ちてきたヤミカラスにきりさきかかる
 それを凍った翼で受け止め、砕いてもらい、再び空を飛んでいく
 ニューラも同様に、再び深い草むらのなかに潜り込んでいった・・・

 「ああ。単純にお前はこのキューブの地の利を殺したくなかったからだ」

 れいとうビームを草むらの中から撃てば、密集して生えている草も凍りつく
 砕けやすく、しならなくなったそれは潜むにあたっては障害物にしかならない
 今後もここを利用する主としては、出来れば避けたかったのだろう
 逆にシルバーが正確に相手の居場所をつかんでの遠距離攻撃の使い手なら、れいとうビームを撃たざるを得なかった
 
 ヤミカラスは翼が損傷したせいか、うまく飛べてない
 低空飛行と旋回を続けているが、時々ふらつく
 こうかはばつぐんだ、のダメージは大きい

 「きりさくっし!」

 「ヤミカラス、飛べ!」

 今まで低空飛行だったヤミカラスが草むらに向かって急降下の勢いをつけて大きく翼をはためかせ、高く高く飛ぶ指示を出す
 接近技が中心のポケモンだというのに、技を避ける為にいちいち高く飛んでいては翼の消耗を早め、体力を消耗するだけだ

 「間に合うかよっきしんっ!」

 すぐ追ってきたにニューラが高く跳んで、勢いをつけた分少し遅れたヤミカラスを射程距離に捉え・・・冷凍ビームを放つ
 名前にこめられた技が本当の指示ならば、ルシャクの口で言う指示から対応することは出来ないということだ
 きりさくなら逃げられたかもしれないが、れいとうビームでこの至近距離は・・・しかも速い!

 「ナイトヘッド!」

 「へっ、ぷっしゅう!」

 ヤミカラスのくちばしにエネルギーの塊が見え、技同士のぶつけ合いに何とか持ち込む
 しかしれいとうビームは高威力でタイプ一致でもある上、放ったナイトヘッドは遅れた所為で技の威力が最大に発揮される距離がなかった
 どんなに強い世界チャンプの右ストレートもスピードが乗る前なら威力も落ちる、それと同じだ
 万全でないナイトヘッドを貫き、なお威力のあるれいとうビームがヤミカラスにも当たった

 「残念だっ、っきしょ! づー、これでHPも尽きた」

 ルシャクが灰色の図鑑を見て、それを確認した
 確かにニューラの前でヤミカラスのHPは尽きた
 
 この深い草むらに潜むポケモンを倒すにはその相手を跳ばせるなど、しっかりと姿を補足し狙えるようにしなければならない
 今回のれいとうビームもかなりきわどかったが、思い切ったその行動のおかげで成功した
 シルバーの頬がひきつっている
 
 「っ・・・・・・」

 「さて、侵入者側の敗っ北っしょおい! 今回が初めてらしっきしょん(組織側の図鑑は全てリンクしていて、持ち主が敗北するとそれが他のものに伝わる)!
 まぁ、大人しーくっし、このキューブの牢に入ってくれりゃいいっぶぷしゅ!」

 ルシャクが図鑑のボタンを押し、操作するとキューブの壁から牢がせり出てくる
 真っ白な格子といいデザインといい、牢いうよりもパルテノン神殿か何かを想像させた

 これはどのキューブにも存在しており、収容人数はだいたい10人ぐらいを想定している
 負けた侵入者はここに入ってもらい、他の侵入者がルシャクを倒すまで解放されないのだ
 もちろん勝者に対し敗者は逆らう権利も何もなく、趣味の悪い主なら牢に入れる前に・入れた後に拷問やら再起不能にするのもアリだ・・・
 とにかく生きているならいい、そんな感じにルシャクは言いつかっていた

 「・・・・・・誰かが勝ってくれれば、出られるんだな?」

 「ま、そんなっきし! 希望は持つなっぷし!
 どうせ幹部に全員やられっぐしっん、てゲームオーバー・・・・・・さァ」

 シルバーは「わかった」とそうつぶやいた

 「折角だ。お前が入っていろ」

 「は?」

 「お前がつまらん説明と牢の準備をしている間に、決着がついてしまったのでな」

 ルシャクが草むらを見てみると、ニューラがきぜつしていた
 そして倒したはずのヤミカラスがその上に乗っかり、ルシャクをにらんでいた
 ・・・そのショックと同時にくしゃみが出た

 「っきしぃ!!?」

 「俺の能力の内に相手とトレーナー能力を入れ替えるものがある」

 そう「ヤミカラス、飛べ!」の時に能力を一瞬だけ入れ替えた
 ヤミカラス、このなかに飛べ以外にも『技の指示』を出していた
 みがわりだ
 草むらに突っ込むぎりぎりのところで分身を空に飛ばし、本体を草むらに潜ませる
 ニューラが貫いたのはみがわり、HPが尽きたのもHPで出来たみがわり

 便利な図鑑に目を落とし、くしゃみでうつむいたりして一部始終見えていなかったのがまずかった
 深い草むらから跳んで、格好の的になったニューラをヤミカラスが仕留めた

 「ばかなっきし、ナイトヘッドは・・・」

 「だから、きちんと撃ててなかっただろう?」

 技で技をなんとか相殺しようとしたりとか、距離的にも技が遅れて駄目だったとかではない
 いくら間に合うほどに素早く指示が出せたとしても、あれは不発で終わって当然なのだ
 みがわりにそう指示したところで、まともな技を撃つは不可能だ
 第一「‘ヤミカラス’、ナイトヘッド!」とも言っていないし、ルシャクはその瞬間くしゃみをしてまともな技かどうか見分けるだけの目は向けられなかった・・・

 「そういうことだ」

 本当の勝者が判明し、キューブの一角にワープ装置と回復マシンが出現した
 ヤミカラスをボールに戻し、それからニューラを出した
 
 「こごえるかぜ」

 ギキキキキッキンとシルバーの周辺一帯の草が凍りつき、ばきばきんとそれを砕きながら歩いていく
 間違いなくルシャクのニューラよりもレベルが上、いや氷タイプに長けていた
 それを繰り返し、厄介な深い草むらのキューブに無残にも凍った獣道が出来上がった
 まるでミステリーサークルのようだ

 凍らせた草むらの冷気、ニューラが刈っていく草のかけらが舞う
 キューブのどこからか発生させていると思われるそよ風がそれを運び、シルバーの鼻をくすぐった

 「へっくちょん!」

 抑えられず、存外かわいいくしゃみがシルバーの口から出た


 「幹部候補・ルシャクのキューブ」
 侵入者シルバーの勝利


 ・・・・・・


 グリーンの体調は完全には戻っていない
 少し違和感がある程度だが、拮抗した相手だとそれが命取りになりかねない
 それでもいつまでも1人休んでいるわけにもいかない、先に進むのだ
 
 彼が次についたキューブは荒野だった
 扉を開けると強い風が外へと吹きぬけていき、グリーンは目を覆った

 草も木も一本も生えておらず、岩も何もない荒れ果てた大地
 時折強い風が吹きつけ、目に砂が入ったのか彼がこする
 広さは20m×20m×20mほどのもので、こすった目でもすぐに主の姿も確認出来た
 
 「来たか」

 グリーンはまだ目をこすり続けている
 いや、痛めたといった方が近い

 この感覚にはおぼえがあった
 砂の所為ではなく、右眼がうずく

 「・・・・・・お前は」

 「うむ。地の理力使い、ワグナ・レホウ」

 同じぐらいの背丈、肩幅は広くがっちりとしている
 袈裟のようなものを身にまとい、左手首には赤と青の腕輪、それから右手首には数珠の腕輪があった
 にいとはをむき出しにして笑い、強風が吹いて、ぺっぺと砂を吐く間抜けな姿は気が抜ける

 「組織の人間か」

 「そうだな。今は組織に身を寄せている」

 坊主ではないが、まとう雰囲気や物腰は穏やかでどっしりとしている
 とても濃い茶色の髪で、その根元が黒く見えるほどだ
 向こうも同じように共鳴しているのか、右眼を閉じている
 
 「戦いはシンプルに力のぶつけ合いといこう。理によった多勢、手数の勝負は性に合わない」

 「シングルバトルだな」

 ワグナとグリーンがポケモンを出した
 
 「空の理力使いよ、陸に勝てるか」

 グリーンのポケモンはハッサム
 ワグナのポケモンはサイドン

 「勝つさ」

 「そうか」

 両者共にポケモンを出したが、距離とタイミングを見ているようで動かない
 ワグナが平手を自らの眼前にまであげて、念仏を唱えるようにつぶやいた

 「理は仕組み、歪みなく組まれた歯車がひとつでもずれれば世界は停まる。
 世界が停まることなし、歯車が生み出す流れが理、即ち理は覆らない。
 人の生死も、事物の栄華衰退も、運命も、鍵さえも歯車よ。
 世界はひとつの流れ、抗うこともただ己が向く方変わるだけ」

 「・・・悲観的だな」

 「うむ。確かに」

 以前はそんなこと考えもしなかった
 ただ運命は変えていける
 未来は自らの手でつくっていけると、大多数のように信じていた

 理力狩り
 暴走する人々に追われ、組織に足を踏み入れたのはいつだったか
 父母は早くに亡くし、妹は逃亡中にはぐれたきり行方知れず
 今まで在った世間とのつながりは、望まぬ形でついに断ち切られた

 おお・・・人の心も世論も、こうも簡単に変わるのか
 
 変わったのではない、最初からこうだったんだ・・・ああ

 世界を形作り、流れを生み出す歯車が理
 それは大河のごとく、あるひとつの流れ
 その激流に抗うつもりで逆走しようとしても、ただ身体の向きが変わるだけ
 向いた方に進むこともなく、大河に位置するところに変化することもなく

 利権、多勢、公共、報道・・・・・・
 世を扇動するに足る大きな力、小さなものは振り回されるばかりだ
 関わることなしと、世俗を捨て去る灰色の袈裟をまとって離れたつもり
 流れが初めから決められどんな力でも変わらぬのなら、どこにいても同じこと
 少なくとも組織は外より優しく、居座れた

 何かに思い当たように、その言葉をグリーンが思い浮かべ、訊くようにつぶやく

 「シナリオ――」

 「うむ。わが浅い思慮では実際歯車だの流れだの、それが真理か否かなど到底たどり着かぬ」
 
 ふっとワグナが笑う

 「ただ、ついていきたい方がいる。わかりえぬわが持論など振り払い、望まぬままわが理性に反することになってでも――その為にここにいる」
 
 「・・・・・・」

 悲観も達観も、自分の意思も、世界をどう観るかなども・・・・・・
 ただ組織で見た『ある方』の為に、今ある力を行使するまで

 「今のお前とは分かり合えそうにない。運命論など信じない。
 ・・・流れは変えられるものだと、俺は信じている」

 「うむ。わが御託につき合わせてすまなんだ」

 空と陸は、海なくして決して交わらない
 陸を覆う海、空と同じ色になれるそれがあって繋ぎとめられるというものだ

 理力狩りに直接遭わず、ポケモン協会と関わりを持ち、楽園と流れとシナリオを知る組織に敵対する空のグリーン
 理力狩りに直接遭い、ポケモン協会と関わりを持たず、組織の一員であり鍵と流れとシナリオとをつぶやいた陸のワグナ
 そう理力狩りとポケモン協会、組織との関わりを避けながらも楽園を匂わせた何かや第三者を知っていただろう海のパークルがいれば・・・・・・違ったのかもしれない


 「受けるがいい。ブレイククローを遺伝したサイドンが放つ陸の理『力』を」

 「悪いが、打ち破らせてもらう」

 ハッサムとサイドンが構える
 強い風がキューブを走り、砂をかきこみ渦を巻く

 ・・・
 両者の右眼が見開かれる

 「『特能技、ディス・カイ・クロウ』!!」

 「『特能技、クライク・ジース・クロウ』!」


 ワグナの陸の理力、その力
 それはポケモンにかかる一切の技補正と能力効果を切り砕き、地力に勝負を挑む爪
 この技の前にリフレクターもめいそうも、それに当たる能力も無効となる

 そして大いなる理の1つ
 空は海に勝ち
 海は陸に勝ち
 陸は空に勝ち

 決して覆ることのない理のひとつ
 それこそ、天と地がひっくり返らない限り


 ・・・・・・


 「あー、もうひどかった!」

 ブルーとカメちゃんがワープ装置すぐ横の壁に、ぐったりともたれかかった
 トラップだらけのキューブ、その内部にあるものを全て使い物にさせなくしようとした
 しかし、余りにも数が多くしつこい造りで・・・・・・かなり気力も体力も消耗してしまった

 「うーん、ここを作ったやつはとんでもなく性悪に違いないわ」

 念のため、手製のスコープを被ってジーとキューブ内、念波を確認する
 トラップは全て作動させた上で破壊したし、これで次来る誰かは安全に通過出来る
 まぁなんて優しいブルーちゃんなんでしょうオホホホ、と1人つぶやく

 「(ちょっと休んだら次のキューブに行かないと、ねー!ったらもう!)」

 それにしてもトラップ部屋をクリアしたというのに、回復マシンが出てこない
 元々設置していないのか故障したのか、前者っぽいなと思うのでブルーはぷりぷりしているのだ
 主力であるカメちゃんを疲弊させてしまい、HPやPP回復が出来ないとなると・・・・・・気力を少しでも回復させるほかない
 願わくば嫌な想像が現実にならないことを祈りたい

 ブルーがスコープで向こう側のワープ装置を気にしていると、何かにこれが反応したようだ
 まずいと思うより早くそれはシュンという音になって、彼女の目の前に現れた

 「・・・なんだこのキューブ。既に終わってるな」

 その男のつぶやきはブルーには聞こえない
 ただ彼女は一刻も早くこのキューブから脱出しなければならない、見たこともない男に戦慄していた
 嫌な想像とは、ここのトラップを全て破壊したことで「代わりの主」が派遣されてくるということだ
 ありえない話ではないし、もし新たな主が来たら問答無用でバトルになる
 
 「やばっ」

 「お」

 向こうがブルーに気づいたのか、こっちに向かってくる
 ブルーはワープ装置に飛び乗り、作動を待った
 もしかしたら主が来たことで使えなくなるかもしれない、新たな主が来たことをキューブが認識する前に逃げなくてはならない

 「そこのねーちゃん」

 男がはっきりと声をかけた瞬間、ブルーは別のキューブへと跳ぶことが出来た
 少し遅かったか、と男がワープ装置の傍まで悠然と歩いてくる
 そこらに散らばっているトラップの残骸を見て察し、労いと感謝の言葉をかけたかったのだが・・・・・・

 「・・・まだ間に合うか」

 男はそうとわかって、ワープ装置に手をかけた

 
 「???のトラップキューブ(No11)」
 侵入者ブルー、突破

 ・・・

 「ふー、セーフ」

 ブルーが間一髪、次のキューブへ跳んだ
 セーフ、と両腕を広げてポーズをとる
 まさにギリギリだった、と思う

 でも、そのせいで次のキューブへ来てしまった
 白い階段の上にワープ装置が置かれ、下に扉が見える
 あそこが次だろうが、キューブのなかに直接いくワープでなくて良かった
 ここでもう少しだけ、休ませてもらおう
 ブルーがよいしょっと階段に腰掛けるのと同時だった

 「お、いたいた」

 ワープ装置から、先程のトラップキューブに現れた男が姿を見せたのだ
 あんぐりとブルーは驚きの表情を隠さないでいる


 「???のトラップキューブ(No11)」
 謎の男、通過

 ・・・・・・いやいや、そうじゃなくって・・・なに?
 追ってきた?
 居座ってなきゃならないキューブの主が?
 ありえないというか、ワープ先ってランダムじゃなかった?
 組織側の人間ならそういう操作は可能なの?
 とにかくアタシを狙ってここまで来た・・・・・・のには間違いなさそうだ

 どうする
 次のキューブの扉を早々にくぐるか、それともここでバトルを始めるか
 前者なら下手すると挟み撃ち、後者の方がまだ望みはありそうだがここで騒げばあの先のキューブの主がいずれ来るに違いない
 じゃあ瞬殺で、って出来るか! すぐ隣だし!

 「そう考えなくていい。俺は一応、ねーちゃん達の味方だ」

 「・・・・・・は?」

 大きな身体に髪と同じ黄土色の瞳は、出来る限り優しい声でブルーに声をかけた
 座り込んだまま動けないし、彼女には次の声が出てこない
 まるで何かに抑えつけられている、かのようだった

 「俺は『八角』が1人、帝王・タカムネ。少しの間だが、よろしく」





 To be continued・・・
続きを読む

戻る