〜最終決戦・七〜

 「俺は『八角』が1人、帝王・タカムネ。少しの間だが、よろしく」



 ・・・・・・


 「帝王?」

 「とりあえず、こんなところに座ってねーで次のキューブに行こうや。そんなんじゃ休めねーって」

 ずんずんと階段を下りていくタカムネという男
 ブルーは迷っていた
 初対面でいきなり味方、などどこまで信用していいのか
 いやダイゴが支部に乗り込む人達に云々、と言っていたから仲間・・・の可能性はある

 「あなたもダイゴの仲間?」

 ストレートに訊いてみよう

 「いや違う」

 「敵?」

 「ではない」

 「利害が一致したから、今はアタシ達の仲間?」

 「そりゃ他の連中だな。俺は少し違う」

 「他の連中って、あなたみたいな八角のメンバーのこと?」

 「ねーちゃん、聞きたいことは沢山あるのはわかった。まとめて後で話すから、今は次のキューブに進もうや」

 少し気だるげそうに話すこの男は不思議だ
 この男が会話の流れを操っているかのように、ブルーは次の言葉が出なくなる
 有無を言わさない、その背中は大きくたくましく威圧感と荘厳と柔らかな雰囲気がある
 初対面ながらも、どこか誰からも頼りにされてやむなし、帝王と自称するだけの存在感を感じさせた

 「さっきのトラップキューブを使い物にさせなくしたのはねーちゃんだな。感謝するぜ」

 タカムネがキューブの扉を開けるので、ブルーも慌ててその後を追う
 黄土色の瞳を細め、笑った

 「礼だ。ここは俺1人で引き受ける」

 ・・・・・・

 2人の前に開かれたキューブは庭園だった
 春の日差しに包まれ、整備された英国っぽい雰囲気をかもす庭園
 広さは30m×30m×20mといったところだろうか
 遠目で、奥の方に誰かがいるのが見える

 「ようこそ、客人・・・いえ侵入者の方々」

 「いい庭だな。ここならねーちゃんもよく休めそうだ」

 「え、は?」

 ブルーが何を言っているのかと言葉に詰まり、ここのキューブの主もピクリと反応を示した
 ゆっくりと白い椅子から立ち上がり、ティーカップは持ったままこちらに歩み寄ってくる
 その主はレトロな英国紳士をそのまま切り抜いてきたかのようないでたちで、何よりアゴが長い

 「休むのでしたら、薔薇の牢を用意していますので、そちらで存分に休まれるとよろしいですよ」

 「紅茶もいい具合に入ってるな。飲み頃になる頃までに片をつけるか」

 「(はぃい!?)」

 10m以上離れたところから漂ってくるわずかな香りを嗅ぎとって言ったのか、紳士も「そうですね。その通りです」と同意した
 今イーティが持っているカップの中身でこのポットは終わり、先程2杯目を作ろうと新たにポットに湯を注いだところだった

 それにしてもタカムネという男、完全に主を一蹴する気でいる
 向こうはあからさまな挑発には乗るまい、いやそれとも・・・本気で言っているのだろうか
 ブルーはあの紳士のティーカップを持っている手の方に、黒い腕輪と申の文殊が見えた
 幹部クラスの敵は初めてだが、これまで出会った並の能力者以上の実力を持っているには違いない

 ブルーの視線に気づいたのか、紳士はお辞儀して答えた

 「申し遅れました。私、このガーデンキューブの主である幹部十二使徒、申のロイヤル・イーティと言います」

 「糸目のお猿(申)で紳士か。しゃれてるな」

 ちょっと成る程と思ったが、そういう意味でつけられたのではないだろうとブルーが心の中で突っ込む
 やっぱり挑発じゃなくて、思ったことを素直に言っているだけに思える
 タカムネはざりざりと首筋、耳の裏の辺りをかきながら言う

 「ところでもう始めても良いのか? 女性を待たすのは紳士のすることじゃねーだろ?」

 「構いませんよ。シングルバトル、1対1です」
 
 そして唐突にバトルは始まった
 紳士の方が初動が速く、出してきたのはバリヤードだった
 幹部十二使徒、申のイーティのエキスパートタイプはエスパー、象るのは猿
 
 ティーカップもティーソーサーも下ろすことなく、むしろ一口飲む余裕
 そして、それに合わせるようなタイミングでバリヤードの両掌から何かが連なって飛んでくる
 念波が巻き起こす風にブルーは両腕で顔を覆うが、タカムネは平然とポケモンを出さずに突っ立ている

 ブルーが両腕を下ろした時にはイーティの準備は終わっていた
 薄っすらと光り輝く紫色の50ばかりの板が、ブルーとタカムネを包囲・旋回している
 庭園の薔薇や草木が写りこみ、まるで絵画の展覧会のようだ

 「これは・・・」

 「ああ、エスパーの力で作った板だな。ひとつひとつがリフレクターとひかりのかべを併せ持ってやがる」

 一目見ただけで得体の知れない敵の仕掛けたものを看破した、ブルーは驚く
 推察ではない、この男の確信めいた口調は揺るがない
 
 「素晴らしいですね、侵入者。そうです。
 これが私の特能技プランクァ・ルバート」

 イーティのクァの部分発音が妙に美しいが、ひとまず置いておく
 タカムネの言う通り、リフレクターとひかりのかべ2つの性質を持つ念の板を50ばかり作り出した
 バリヤードの意思で自在に動かし、鉄壁の防御壁を組むことが出来るし相手にそのままぶつけることだって可能だ

 「それとこいつらはまとめてひとつだ。お前らにとっては板全部まとめてひとつ、ただしお前ら以外のやつが1枚壊しても全部壊れることはない。そうだろう?」

 「・・・・・・あなたの能力ですかな? それともどこかでお会いしたことがある?」

 「ん? 視りゃわかんだろ、このくらい」

 ことなげに言うタカムネだが、あまりにも看破しすぎる
 イーティのつぶやきも尤もだった
 
 「まとめてひとつ・・・って」

 あっとブルーが気づく
 察しが早いな、とタカムネも感心する

 「致し方ありません。では、見せつけてあげましょう。バリヤード、サイコキネシス」

 穏やかな口調の指示を受け、バリヤードがサイコキネシスを近くの念板に向けて放つ
 それは吸い込まれるようにすぐに消えてなくなり、タカムネの傍を浮いていた念板から飛び出した
 直撃はせず、わざとはずしてきたようだ
 それも見越していたのか、タカムネはまだ突っ立ったままだった

 「そうか」

 念板もサイコキネシスも同じバリヤードが作り出したもの、同じ材質で出来たもの
 浮いている50ばかりの念板がひとつの技として念波で網羅・リンクしているのなら、サイコキネシスを離れた念板へ伝導させることも可能だ
 生み出したバリヤードならそう扱えるし、それ以外のポケモンは利用も出来ない・あくまで50の念板となるから1枚壊しても他のも連鎖して壊れることはない

 「同じエスパーの力で作られた念の板。
 ひかりのかべ・リフレクターの効果を兼ね備える防御壁でありながら、ひとつの技であるリンクを利用しての中・遠距離攻撃、恐らくエスパーの攻撃を増幅させることも可能だろうよ」

 元が同じものであるから、念板に攻撃を通せば、それを生成していたエスパーエネルギーを上乗せさせられる
 念板そのものを操って直接相手にぶつけることも出来る、まさに攻守を兼ね備えた完璧な技なのだ

 「わかりましたか? これが実力差というものです」

 イーティはこくりと紅茶をまた一口飲む
 完全に念板で包囲・旋回している状況だ、次にサイコキネシスを放つことで全ての念板を攻撃エネルギーに変換して集中砲火も可能
 この技を使われた時点で、タカムネ達はチェックをかけられたも同然なのだ

 「あなたが優れた洞察眼をお持ちなのはわかりました。だからと言って、勝負をする前から諦めるのはいかがなものでしょう。
 往生際の悪い、早くポケモンを出しなさい」

 ふぅとイーティはため息をついた
 タカムネはゆっくりと旋回を続ける念板でもない、どこかあさっての方を見て突っ立ったままだ
 ブルーはもう自分がどうにかするしかない、と思い始めた
 先手を譲り、イーティの戦法を見極め後出しするつもりだったのかもしれないが・・・破る手立てが彼の手持ちにいないのか

 「なぁ、別にこの板三角形でも六角形でもよくねぇか? 全部面白みのねぇ、同じ長方形してるよな」

 ブルーはまた大口を開けてしまった
 イーティもそのタカムネの言葉に、がっくりときたようだ
 それでも紳士らしく、振る舞いに気をつけつつ丁寧に答えてやった

 「よろしいですか。長方形にこそ、私は人としての知性がうかがえるのです。
 自然に生まれるものは円形や球体にあふれ、角(カド)を保つものは殆どありません。
 砕けた岩も月日と共に丸くなり、月日をかけて生まれる鍾乳洞の円錐の先端も丸みを帯びている。
 丸みを一切帯びない完全に角の立つものは人が生み出すものばかり、そう微塵の隙間も漏れもない整合を求めたが故に人は不自然な角を欲したのです。
 角が立てば無闇な争いも起きる、しかしそれも知性があればこその話。野性は必要以外の争いは起こしませんが、争いなくして進歩は生まれない」

 野性と知性
 獣と人
 申を象る者として、他より人に近い動物として知性を表さす
 その為の長方形、操作しやすく複数の念板を組み合わせしやすいのも勿論ある
 
 「なら、俺は三角で良いと思うがな。その方が色々作れるだろ」

 「人が一筆で図形を描く時、意識せず選ぶのは大体円形か四角形なのですよ」

 それとこの特能技はリフレクターが基になっているので長方形が一番イメージしやすいのだ

 「そうか」

 タカムネはまだ突っ立ている
 イーティは懐から鎖付の時計を取り出し見てから、もう付き合えないと首を横に振った

 「では、終わりにしましょう」

 「ああ。やっとこれで戦える」
 
 タカムネは香りを嗅ぎとり、待っていた
 今からイーティを瞬殺すれば、この紅茶の銘柄にぴったりの濃い目の味が楽しめる頃合だ
 向こうも同じことを考えている、50ばかりの念板をサイコキネシスに換えればそれはたやすく行えるだろう
 多分、このくだらないお喋りを互いが許したのも紅茶が入るまでの余暇潰しだったのだ


 「ねーちゃん、動かず黙って刮目してな」

 ブルーはその大きな背中に覇気を見た
 それでもゆっくりとした動作でタカムネがようやくボールを手に取ったのを確認し、イーティはサイコキネシスの指示を出した
 ボールに手さえ触れれば、バトルに同意したも同じ――丸腰の相手を倒すのは紳士ではない
 
 バリヤードがサイコキネシスを念板に放つ
 リンクしていたすべての念板に伝導し、それらはサイコキネシスに変換されて、タカムネ達を攻撃する


 閃光がはしった

 次に大きな音がした


 思わずつむってしまった目を、ブルーが開く
 タカムネは相変わらず突っ立ったままで、何事もなかったようだ

 周囲にあった50ばかりの念板が、増加版サイコキネシスになる前に、その大多数が破壊されていた

 「刮目してろつったのに。見てなかったろ」
 
 「・・・・・・」

 笑いながら、その男はブルーの方を向いた
 何をそんなに笑っていられるのだろう、そう不思議に思えるぐらい似つかわしくないものだった
 似つかわしくない、それはこの男の『場違いさ』を感じ取ったからに他ならない

 「・・・!」

 平静でいられなかったのはイーティだ
 あんな派手な光と音、それから破壊があったのに庭園はどこも草木の一本も壊れていない
 旋回し動き回っていた50ばかりの念板だけを正確に、何かで撃ち抜いたのだ

 いや、何で撃ち抜いたのかは目の前にいるポケモンで一目瞭然だ
 だって、あれは

 タカムネの傍にいるポケモンを見て、イーティは言葉を失った
 そしてイーティをめがけて襲い来る牙に、バリヤードにわずかに残った念板を操り集め組み合わせて、分厚い壁板を作る
 リフレクター・ひかりのかべを何重にもしたのと同じ、これこそまさに不落の城壁

 「噛み砕け、帝王の牙」

 帝王のポケモンが吼え、念の城壁に喰らいつき、その牙を立てる
 ぎり、ぎり、ぎりと牙は再び光と音をまとい、すぐに穿ちびしぱしと亀裂をはしらせる
 ひとたびヒビ入れば、後は砕け崩れるのも早かった

 「バリヤ・・・」

 「帝穿雷〈イガズチ〉」
 
 強烈な光と音を伴う破壊
 それは雷

 最初の閃光で落ちたかみなりの力、念の城壁をバリヤード諸共に噛み砕く牙の力

 「まさか、うそぉ・・・」

 ブルーは目を見開き、驚愕した
 まさか、こんなところで出会えるなんて

 「意志と正義の牙、雷雲を背負いジョウト地方を駆け抜ける電閃」

 イーティを容赦なく打ち倒し、その場に君臨する帝王の牙

 「戻れ、ライコウ」

 タカムネがそう言うと、昂ぶるライコウもすぐに大人しくなり、彼の手元のボールへと戻っていく
 その光景にブルーはただただ驚くばかりだった

 バトルの決着もつき、薔薇と緑をあしらえたしゃれた回復マシンが壁から現れた
 それからタカムネは跪くイーティを一瞥してから、あごで奥にあるティーセットとテーブルをブルーに示した

 「さて、茶でも飲むか。その間に俺達の話とねーちゃんの回復を済ませてな」

 「は、はい」

 
 「幹部十二使徒/申、ロイヤル・イーティのガーデンキューブ」
 帝王タカムネ、勝利
 侵入者ブルー、通過目前


 ・・・・・・


 「フン」

 その悪を掲げた男は六角形の扉の前に立っていた
 つまらないトラップキューブ(5)を最低限の罠作動だけに留まらせ、大した疲労もなく突破した
 後続者の為の行動など考えない、とにかく何事も最小限の消費にとどめ先に進んでいくだけだ

 ガゴン、と六角形の扉が自動的に開く
 重い音をさせながら、完全に開ききるのを待ってから悠然となかへ入っていく

 部屋のなかは不法投棄されたかのように、山のように積まれた粗大ごみだらけだった
 臭う生ごみなどはないのはいいが、見渡す限りのごみの山は気分を苛立たせる
 なかには大きな、ヒビこそ入っているものの横幅5mはありそうな液晶スクリーンまである

 「ン〜〜〜、イ〜ヤッハー!」

 そこにいたのはレゲエ風の、傍から見ればイカれた男だった
 黒い肌に入れ墨、ドレッドヘアー、サングラス、上半身は見せ付けるように裸・・・・・・それとぺたぺたと足音を立てる裸足だった
 しかし手首には黒い腕輪と文殊には未とある
 
 名はエース・フライジング・トップ
 朱雀組リーダーの男だ

 「ン〜〜〜、イ〜〜ヤッハー!」

 指をぐるぐると回し、リズムを取って踊っている
 するとこの部屋にある死んでいないテレビがブゥンとうめき、ノイズ交じりの映像・・・文章が浮かび上がった

 『バトル形式:シングルバトル』

 「なるほど」

 奇声しか発しないあの男に代わるのが、このごみの山というわけか
 そういえばテレビやスクリーンをはじめとする電化製品が多いのは、その為かもしれない

 「ニドクイン」

 「ン〜、イ〜ヤッハ!」

 トップが出したのはデンリュウ
 幹部十二使徒、二つ名は電波系
 エキスパートは電気、象るは未

 「羊というならモココかメリープにしておけ。半端なものほど見苦しいものはないぞ」

 「ン〜〜〜、イィィイヤッハー!」

 粗大ごみの山から、チュクチュクッチュ! ドゥドゥピュピュッパ!と奇妙なラップ音が鳴り響きだした
 死んでいない音源がどこかにあったのだろう、それに合わせてトップも足をどたばた・指をぱっちんしながら踊りだす
 デンリュウもまた首をガ・ックン、ガックンと横に倒してリズムを刻みつつ、額の玉が帯電し・・・・・・それを放った
 男はタン、と後ろに下がってそれをかわした
 ・・・必中技ではなかったらしい、その気がなかったのかもしれない

 「(あの男の動きや出す音に合わせて、技を放つのか)」

 通常ポケモンの名前と技の指示で、ポケモンは行動する
 特定の音や動作だけでそれを正確に伝えるなど、並大抵の訓練では無理だ伝わるはずがない
 それこそ強固な絆による補正でもない限り、普通のトレーナーでは不可能だろう

 「(だが、それがあの男の能力ではない)」

 確信はまだ持てないが、ふざけたイカレ男に留まらない実力者だと感じる
 だが、どんな能力を持とうが負けない自信があった

 トップがズッビ〜シっと、侵入者に指を差した
 するとデンリュウの周囲に球体の発行物体が複数浮かび上がり、それが侵入者とそのポケモンめがけて飛んできた
 侵入者とポケモンは熟練さをうかがわせる指示と体さばきでそれを避けては叩き落す

 明らかに電撃とは異質の、熱を帯びた光球

 「プラズマ・・・?」

 思わず口に出してつぶやいた
 放電により、超高熱の発行球を生み出し放ったのか
 明らかに通常のポケモンの技ではない

 デンリュウがまばゆいひかりを放つ
 侵入者の男は思わず顔を覆い、そのあまりに強烈すぎる光は閉じたまぶたを通過して眼球まで届きそうだった
 目も当てられない状態で、同じように無防備になったニドクインを光線が貫いた
 相当なダメージを受けたらしく、鍛え上げたニドクインが絶叫をあげるほどだ

 「・・・!」

 弱まってきた発光、侵入者はわずかにまぶたを開けてそれをはっきりと見た
 あれは光線状だが、電気エネルギーだった
 なのに、何故だ
 
 
 『その疑問にお答えしましょうか、侵入者』

 キューブでひと際目立つ巨大なスクリーンに赤髪の女性が映った
 侵入者は薄目でその方を見て、耳は確かに聞き漏らさぬよう注意を向ける

 『トップの使用ポケモンは電気タイプ、地面を得意とするあなたなら負けはないと思った。
 そうでしょう、侵入者・・・大地のサカキ』

 「その声・・・四大幹部の女か」

 侵入者、サカキがつぶやいた
 女は『ええ』と簡潔に返す

 敵組織の情報を何も調べないわけがない
 だが、全貌は全くわからないし構成などもつかみきれなかった
 有益な情報といえるものでわかったのは幹部と呼ばれる人間の一部の名前と特徴や性別、多少の過去背景だけだった
 そのなかに薄目でもわかる赤髪で女性の声とくれば、四大幹部のリサ以外にいない

 『紹介するわ。このキューブの主はエース・フライジング・トップ。私の下につく部下や幹部をまとめるリーダー的存在よ』

 「ほぅ。そうか」

 サカキの視力はもう回復し、リサとトップをねめつけた
 戦いのなか、命令系統として必要になる上下関係以外、それも敵の階級など気にもしない
 あるのは実力の問題、どちらが強いか弱いかだけだ

 『彼の能力は「トランスバータ」、電気エネルギーを様々な形質に変換する。
 具体的に言えば熱・光・磁力・電磁波・運動エネルギーといった具合にね』

 だが、それでもその殆どは電気タイプのものには変わりない
 運動エネルギーに転換すればノーマルタイプ・熱なら炎タイプに非常に近くなるが、それでも地面タイプには効果が薄い
 あれだけのダメージをニドクインに与えられるものとは思えない

 『その要因はこれよ』

 映像のリサが金属製と思わしき何かの尾を模した、見覚えのある感じのモノをサカキに見せた
 それを見て、サカキは自らの胸元に手を置いた
 リサはうなずいた

 『「フォースSバッジ」。そう、あなた達ジムリーダーが持つバッジに非常に近いものよ』

 ジムバッジと呼ばれるものはジムリーダーへ、ポケモン協会から支給されるものだ
 それを手に入れるには挑戦者としてその土地のジムリーダーに勝つか、または実力を認めてもらうことでレプリカバッジを貰える
 そうやってバッジを得ることで、挑戦者は実力を示し、高レベルのポケモンを従えるに足りる力をも手にする
 バッジの持つ力というのはその土地の土地柄(気質)や気脈などに関係があって影響され、精製方法はポケモン教会しか知らない
 またジムリーダーの選出もその土地に合った、それに近い素質を持った人間が選ばれることが多い

 『このバッジは土地ではなく、個人の氣を元に組織の技術で精製されたもの。まだ不完全なテスト版だけれどもね』

 「・・・・・・」

 「ン〜〜〜、イ〜ヤッハー!」

 きらりと光るフォースSバッジがトップの左耳に、ピアスとして付いているのが見えた

 『元になった個人は四大幹部、そしてバッジは付けている者に私達の能力効果をわずかながら与える』

 特殊な技術をふんだんに使うことで能力者個人の氣を練りこむのに成功し、精製されたバッジ
 更にその能力者の器(血管の全体図と同様に個人差がある/その概念)をキューブ内でほぼ再現させることで、いわゆる気脈や土地柄の代わりとした
 元になった能力者の体内部ともいえるキューブでバッジを付けていることで、やっと効果が出た不完全なシロモノだ

 「・・・つまり、電気が基になっている技が地面にもまともに通じるようになったのもそのバッジとこのキューブのおかげというわけか」

 『その通りよ。バッジとそれに対応するキューブはそれぞれ組のリーダーが受け持ってるわ』

 トップを含め4人のリーダー格が、組織の頂点に立つ4人のトレーナー能力をわずかに借り受けている
 本来の能力も合わせて使うことで、戦力はかなり強化されたことだろう

 『勝ったら持っていってもいいわ。バッジですもの』

 「フン。どうせここを出たら壊れるようになっているんだろうが」

 サカキの悪態にリサが笑って『ご明察』と告げた
 組織の技術開発が最高傑作、その結晶ともいうべきものを簡単に持ち出せるようにしているわけがない
 トップの耳からはずれたら、壊れるように細工をしてある

 「どんな形であれ、俺の戦いに突っ込んだ首を洗って待っていろ。いずれ打ちのめしに行くぞ」

 『ええ、待ってるわ。頑張ってね』

 リサからの通信が切れたのか、ブツッとスクリーンが真っ暗になった
 ギリとサカキは歯を噛み締め、トップをねめつけた

 「くだらんことに付き合わせた。仕切りなおすぞ」

 「ン〜〜〜、イヤッハ!」

 デンリュウの周囲に光球が30個ほど浮かび上がり、ニドクインが爪を突き出し構えた
 ニドクインがキューブの床を踏み抜きじしんを放つのと同時に、デンリュウは跳び上がってプラズマ球とレーザーを撃った






 ァ
  チ
   ュイ
     イィイ゙
        イ
         イ
          ッ
           ガ
            ド
             ド           ガ       ガ
              ド        ガ  ガ     ガ  ガ
                ド     ガ    ガガ  ォ    ォオッ
                 ドガ ガッ      ガゴ        ゴゴン       ガガガガと、キューブのなかに轟音と崩落音が響き渡った
                                          ッガ ガガ ッ


 ・・・・・・


 「あーああぁあぁぁあぁあああ・・・っ、退屈だー」

 一畳分ほどしかなスペースで、見覚えのある白衣の青年がクサっていた
 ぐーだらぐーだら、ごてーんと膝を少し折り曲げて横になってだらけている

 「ククク、見苦しいぞ。トウド博士」

 「そぉ〜だよぉ〜、ボクだってがっかりしてるんだから。うん」

 トウド博士のいる一畳分のスペース、それもキューブだった
 両側の壁に映像が出ており、そこには同じようなところにイツキとキョウがそれぞれ入っていた

 正規ではない侵入して初めて乗ったワープ装置から、こんな窮屈なところに跳ばされたというわけだ
 
 「まさか八角の内、こんな序盤から3人も捕まるとは思ってもみなかったけどさぁ〜」

 「捕まったわけではないぞ、イツキ。我々は待たされているだけだ」

 キョウは狭い待機キューブのなかで目をつむり、これからくる戦いに備え精神を統一をしている
 イツキは床と天井を除いた4面の壁に映るトウド博士、キョウを見た
 あと最低でも2人必要なのだ

 ・・・

 「どういうことだ、これは」

 キョウがそうつぶやいた
 最初に跳んだワープ装置で行き着いた先が、一畳ほどしかないキューブとは何だと言いたくもなる
 
 「うわわわぁ〜」

 「むぉっ?」

 抜忍のキョウがその2つの声に反応をする
 何も描かれていない、白い壁面に囲まれた狭いキューブだったのが、いきなり左右の壁に映像が出た
 ここのキューブの壁面は、どうやらスクリーンテレビのようなものが仕込まれているらしい
 映っているのは見覚えのある、というか八角に在籍する博士のトウド・キリュウと道化のイツキだった

 「どういうことだ?」

 戦えないほどに狭いキューブ、左右に映る他のトレーナー
 説明にあったような、休憩に使えるレストキューブでもなさそうだ

 「なにここぉ〜、せま〜い!」

 「狭苦しい」

 意気揚々と挑んできた敵地で、跳ばされてきた先にしかめっ面を見せる2人
 キョウもこの扱いにいぶかしんだ
 やはり正規ではない、イレギュラーな八角は退場に等しい隔離をされてしまったのだろうか

 『着いて早々運がないわね〜、もー笑っちゃあぅw!』

 突然、キューブの上から声が降ってきた
 妙なアクセントのつけ方、くせのあるまだ若い女の声だ
 
 「何者だ」

 『キャハハハハッ、何者だ(キリッ)ってぇ! もー、なにこのオッサンくそウケルんですけどぉ〜!!』

 不快だ
 キョウは見えない声の主、スピーカーか何かがあるだろう天井に敵意のまなざしを向けた

 「我らをどうする気だ」

 『はぁ? 別にどうもしねーし、つーかこっちが待ってやってんのに感謝のひとつもしないワケ?』

 意味がわからない
 話がかみ合わない
 キョウは眉の間を押さえ、冷静になるよう努めた
 イツキは明らかに不満げに口を尖らしあぐらをかき、トウド博士はうつむいている

 「待つ理由など我らにはない。今すぐ戦え」

 『ちょ、ちょーウケルぅ! このオッサン、マジでなんなの? ねぇ、なんなのさ』

 「いきなり逆上か? まともに話せる奴を出してもらおうか」

 『ウゼ『あ、ああああああのすすすすみません!』

 突然、言葉につっかえまくった別の声が割り込んだ
 スピーカーの向こうで『割り込んでくんじゃねーよ!』『ででででももも』と言い争うのが聞こえる
 本当に何なのだろう

 それからちょっとの間だけ静かになり・・・明らかにマイクを奪い取った音がして、またちょっと間が開いてから・・・・女の子が、物凄く嫌そうな声で当り散らすように怒鳴った


 『つまりぃ! 侵入者だかなんだか知らないけど、てめーらダメダメ! もっダメキング!
 そう、ぜんっぜんあたしの前じゃ弱すぎるからまとめてかかってこないとモノ足んねーんだっつーハナシさ!!』

 「!」

 『最低5人! それ以上集まんねーとそっから出してやんねーから、大人しくしてなオッサンども』

 どれほどの自信、実力があるといいたいのだろうこの声の主は
 イツキはともかく、キョウの顔は元ジムリーダーとして随分名の知れているもののはずだ
 トウド博士もその筋の研究者としてはちょっと有名だし、組織の人間なら能力者としての実力を知らないわけがない
 知らないで吠えている、わけではなさそうだ
 乱暴な口調の奥底に微塵にも負ける気がしない、そんな確信があるように聞こえる

 「クックック・・・随分とまた」

 「豪気に出たもんだ」

 愉快そうに笑うキョウにトウド博士がゆらりと顔を上げ、会話に割り込んできた
 声には笑みが含まれているがその目は笑っておらず、逆に据わっている

 「言いやがったな、この自分を前に蓮っ葉がよくそこまで言い切った!
 ほぅ! 実に興味深いよ、この阿婆擦れめ」

 トウド博士が目の前の白い壁にがんがんがんがんがんと頭を打ち付け、ハハハハハハハハと高笑う
 ぎりと壁に爪を立て、据わった目で天井をにらみつける

 「今時ギャル言葉なんてどうかしてる。その思い上がりと一緒に矯正してやるから、それまでバカみたいにしてろこの魯鈍め」

 『ってめー、マジで死にたいらしいな。あーあー、いいよ真っ先にぶちのめしてやるよ、その大口を無理やり裂いて何も喋れないようにしてやっから!
 もうマジでドゲザして謝っても勘弁してやらねーからな! 覚悟しとけバーカ、クズ、ドバカ! うどんの何が悪口だターコ!」

 「うどん? ろどんのことか。はははは、罵倒にも教養の差が出てるじゃないか。おおよしよし、いいこに待ってるんでちゅよー?」

 『テメマジで『あうううううう、ももももやめ』

 ここでブツッとマイクの電源が切れる音がした
 キョウもイツキも、豹変したようなトウド博士に唖然としている
 ちょっと引くどころか、イツキは怯えているようだ

 「ねぇ、キョウ。合流したらでいいから、トウド博士に何か付ける薬出してあげてよぉ〜」

 「難しいな。あの状態に付ける薬があるかどうか」

 普段といい、トウド博士は何か危ないクスリでもやっているんじゃないか
 それとも何か閉所恐怖症のような、今の状況が引き金になって錯乱めいているのか
 どちらにしろドン引きは免れないし、待機キューブが1人ずつ個別になっていて良かったと2人は思わざるを得なかった

 ・・・

 「暇だなぁ。ネット環境持ってくれば良かった」

 ぶつぶつと文句を言う、比較的普段に近いトウド博士に今は戻っている
 しかし、ここまでテンションの上げ下げが激しい人は見たことがない

 「足も伸ばせないところで待機だなんてぇ〜、も〜やってらんないなぁ〜。
 カリンはどうしてるかな、ていうか誰でもいいから早く5人揃ってよ退屈だぁ〜」

 伸ばしきれない手足でじたばたやっているイツキ、目をつむったままでもわかるその様を聞いているキョウはとても不安だった
 そして、他の八角はせめてまともなキューブに跳ばされ戦っていることを願う
 いや、ここ以外ならどこでもそうだろうと・・・・・・思い直すのだった

 
 ・・・・・・


 「いいざまですね、そそりますよ」

 「くっ」

 ビル街の一角、そのなかにあるオフィスをイメージしたキューブ
 そこに立つ男は幹部候補セイルス、足元にいるのはサンダース
 身体を硬くし動かない女は悪女ことカリン、足元にいるのはヤミラミ

 ぴりっぴしぴしっカリンの身体がけいれんしたかと思うと、その腕や足が引きつった
 苦悶に表情をゆがめ、歯を食いしばって耐えている

 「私の『クランペスト』は最高ですね」

 セイルスが嘲笑うのを、カリンはにらみつける

 「もう少しでんじは食らっておきます? もっと凄いことになりますよ」

 「・・・ッ!」

 まひ状態とは身体がしびれて動けない状態、正座のしすぎのような感覚だったり電気的なもので身体に拘束感を与えるもの
 この男の能力はその上をいくものだ
 でんじはによるまひで、こむら返りを全身に強制的に引き起こさせる
 動こうとすれば身体が引きつり、あらぬ向きへ関節が曲がったりと苦痛を呼ぶ
 しかも電気タイプの技として駆使されたので、技を受けたものに触ると感電よろしく伝染するのだ

 攣(つ)るという苦痛を伝染させる、まさにセイルスという男の性根通りの能力といえる

 足の速いサンダースの先制攻撃、でんじはを防げなかった
 カリンはこの能力から逃れないでいた

 「さて、このまま観賞しているのも悪くないのですが、そろそろとどめをさしてもよろしいですか?」

 勝ち誇るセイルス、なるほどこの状況からの逆転はないものと判断したか
 カリンはにやり、と笑った
 顔の筋肉を動かしただけで、のどや首筋を伝って引き攣り苦痛が生まれる

 「私を誰だと思ってる。悪女カリンだ」

 気だての悪い、醜い女?
 そうじゃない
 男を手玉に取り、もてあそび、優位に立つ女のことだ

 「たまにはこんなのもいいかと思ったけど、もうやめだ」

 「サンダース」

 セイルスが彼女の強がりにあきれ、とどめの技を指示しようと声をかける
 そこにカリンのヤミラミがサンダースを横からはたき、吹っ飛ばした
 この技、『だましうち』なのか?
 全身攣った状態で、どうしてここまでサンダースより速く動ける
 
 セイルスはカリンをいたぶる獲物ではなく、初めて敵として直視せざるを得なくなった
 焦燥感が胸の内にじわじわ蝕んできた

 「さて、面目躍如させてもらうよ」

 カリンは攣った腕を上げ、ぎこちない動作とこらえた表情で髪をなでつける
 本当は口を動かすだけでも全身がどうにかなりそうだが、充分だ

 悪女の真髄、思い知らせてやろうか優男


 ・・・・・・


 柳並木のある、古い時代の川沿いを模した上に薄暗いキューブ
 そこに跳ばされたのは災厄だった

 目の前にいるのは血色の悪い表情と変なパーマがかかった黒い長髪の男、傍にはムウマがいた
 
 「あなた知らないですね。出来れば女の子と戦いたかったなぁ」

 ぶつぶつぶつぶつぶつぶつとつぶやく男は渋々といった感じを隠そうともせず、陰気な表情に大きな目を見開いて災厄を見た
 それからまた大きなため息をついた

 「キミ生理的に受けつけない」

 ぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつとネチネチ何かつぶやく男に、それでも災厄は身動きひとつしない
 柳並木のある夜というシチュエーションにこの組み合わせは不気味だった

 「ああもうキミ早く片付けて女の子来い、女の子。シングルバトル1対1だかんな、間違えんなよ」

 ムウマの姿がすぅーっと消えていくと、災厄はようやくボールを手に持った

 「オドシシ」

 出したのはノーマルタイプのオドシシだった
 ゴーストに強いあくタイプのアブソルがいる、という情報は既に組織内に知れ渡っている
 対策が練られているものと、警戒してきたのだろうか

 「どんなポケモンだろうと無駄だよ無駄、ああ諦めの悪い。見苦しい見るに耐えない。くそぅこれが女の子相手だったら、どんなのでも良かったのに。ああもう・・・。
 (暗闇にまぎれた俺様のムウマの『陣・無我夢中』によって幻覚にさいなまれちまえケケケケケケケケ)」

 ぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつと、どんどんエスカレートしてくる

 『陣・無我夢中』
 あやしいひかりといやなおと
 通常のいやなおとを超低音にし、聞き取れないが影響はあるレベルまでにして知らずに不快感を与える
 そこに混乱させることで、じわじわと相手を陥れていく
 出せた攻撃もかげぶんしんで空振りさせ幻覚かと困惑させ、更に下がった防御によって自傷ダメージが上がって自滅を誘っていくいやらしい戦法だ
 男のぶつぶつぶつぶつぶつというつぶやきも、相手をいらだたせいやなおとを気づかれにくくさせる布石でもあるのだ

 ちなみにこの男はトレーナー能力も持っていた
 かげぶんしんに実体並みの影の濃さや気配や体色といった本物らしさを与える『移り心身』(でも実体はない)がそれであり、攻撃性に欠けるのでカバーすべく陣も駆使する
 特能技に近い陣となる無我夢中、いやなおとの超低音化はポケモンの持つ特殊能力というより能力者のポケモンであることが影響的にあるだろう

 「くそ、こんな世のなかどうにかなってしまえばいいのに。ああ絶望した、しがらみというか運のないおれ自身に絶望するさもうちくしょうこのやろう・・・。
 (あ、でもオドシシってみやぶるとか使えたか。うむ、これは仕掛けるのは早めにしておくか)」

 「オドシシ、ふみつけ」

 災厄が指示したが、その指示に男・・・自己紹介していないクイムは吹き出すのをこらえようと必死だった
 平然とぶつぶつぶつぶつぶつぶつとつぶやくのをやめずに頑張った
 そうだろう、ゴーストに効かないふみつけを、みやぶるも無しに指示するなんてポケモンバトルのいろはがわかっていない
 しかもムウマはかげぶんしんをし、その全てが暗闇にまぎれている
 当たる技も当たらないというものだ

 災厄のオドシシが、ムウマを攻撃するわけでもなくその場でふみつけを始めた
 クイムはつぶやき続けるが、実はそうでもしていないと口が変に緩んでしまうからだ

 どっどっどっ、かかっ、どっどっ、か・かかっ、かっ、どっどっ

 不規則なリズムで、その場でふみつけというより地団駄をするオドシシ
 その目に光るものが語ってくるのはやけくそでも、闇雲でもなかった

 「退け」

 災厄がそう小さくつぶやくと、オドシシの真横の柳の木の陰に隠れていたムウマが吹っ飛ばされた
 周囲のかげぶんしん体も同様に、そうオドシシを中心に何かが起こったようだった
 クイムは何が起きたのか、すぐには理解出来なかった

 ムウマが吹っ飛ばされたということは、何らかの技による干渉があったと見て間違いない
 あのふみつけに何か関係が?
 わからないように技を放った?
 そんな素振りはなかった、はずだ・・・

 「なんだお前何なんだこら言ってみろ何したおい聞いてるのか話せよ何かよ。え? どうした、ムウマもう一度陣を」

 「無駄だ」

 クイムのムウマが、災厄のオドシシに完全にびびってしまっていた
 たったあれだけ、あの一撃で完全に呑まれてしまったというのか

 「嘘だそんなのありえないだろ、みやぶるなしにゴーストタイプにノーマル技が当たるかよポケモンバトルしろっていうんだ、種明かせよこら、待てムウマ負けるなあやしいひかりで混乱させればまだ勝機が」

 災厄という男は元から身長の高い大男だったが、今のクイムにはオドシシも合わせて何倍にも見えたことだろう
 圧倒的な実力差と、何をされたのか理解出来ない恐怖はそれほどのものだった


 昔から、ある種の音には対魔の力があると信じられてきた

 霊や魔的なものを討ち払い、退ける音
 オドシシが打ち鳴らし放ったものはそれに基づいた、特能技といってもいい技だった
 射程距離はやや狭いが、全方位に向けられるゴーストにも当たるノーマル技
 
 「むむ、むむむむむう、ムう、ムウマ! まだ負けてない! こっちにもまだ有効な手立てはある、まだ勝てる、勝てるんだ俺は勝つんだ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ」

 本当に狂ったようにつぶやきが止まらなくなったクイムだが、そうすることで自らを奮い起こし、得体の知れない災厄に果敢に立ち向かっていった
 災厄もまた、それに真っ直ぐぶつかっていくようだった


 ・・・・・・


 「ここは・・・・・・海岸か」

 「ちゅどーん!」

 はしゃいだ男の声が聞こえたかと思うと、闘将シバのいる砂浜に何かが被弾した
 だが一発も当たっていない、挨拶代わりといったところか

 あまり遠くない、まぁ沖と言ってもいいところに大口を開けたサメハダーと片膝立ちで両手を広げたポーズを取った愉快な男が見える

 「しゅぴきらーん☆ 俺がこの海岸線を模したキューブの主、イワケサだぜ」

 大振りに両腕を交差させ、きらきらっとポーズを変えて見せる

 「ジョウト四天王、シバだ」

 「ぴっかーん。そうかいそうかい、どっかの資料にあったの思い出したわ」

 わざとらしく人差し指を立て閃いたポーズを取るなど、いちいち効果音めいたことを口にする
 イワケサは「ふんふん」と口に出しつつうなずき、更に素早い動作でシバを指差した

 「もいっちょちゅどーん!」

 バギンと思い切り音を出して口を閉じてから、また大口を開けたサメハダーから、その牙が一本一本ミサイルのように飛んできた
 見え見えの直線的な攻撃にシバが横に走って逃げようとすると、それが曲がって追ってきた
 
 「!」

 どどどどどどどーんと着弾し、砂が舞い上がる
 両手で敬礼したようなポーズで、イワケサはそれを視認する

 「どっかんどっかん! つーいてーる! いっえーい、かかったな。おれっちの能力『ホーミングマイウェイ』に!」

 サメハダーの牙こと歯はタンカーをぼろぼろにするほど強固で、折れてもすぐ生え変わる
 その生態を利用し、自ら噛み砕いた牙をみずのはどうに乗せて飛ばす荒技の名は『シーガジェット』だ
 トレーナー能力『ホーミングマイウェイ』は文字通り、彼の手持ちポケモンが放つ技に追尾機能を付ける
 とはいってもいつまでも追い続けるわけでもない、その追尾に使われる推進力で技の威力が磨耗してしまうからだ
 スピードスターのように必中でもないし・あくまで射程距離が少し伸びる程度に考えて使ったほうがいい、と自覚している

 ちなみに砂浜のある海岸という完全な海のフィールドではないのは、サメハダーが元々持久力のあるポケモンではないことが由来する
 狭い海のフィールドなら体力切れまで逃げ回られることなく、時速120km出せるというサメハダーが有利に立てるだろうからだ
 
 
 「しゅぴきらーん☆ ぱんぱかぱーん、ぱんぱんぱんぱんかぱぱーん、おれっち勝利確定かー?」

 ばばばばっと足や手を動かして決めポーズを模索するイワケサを、サメハダーは彼が上に乗っているということが非常にわずらわしそうでいた
 いっそ振り落としたい、という海のギャングにうっとうしい相棒・・・デコボココンビに見えるがこれでもうまくいっているのだ

 「ウーハー!」

 砂煙がおさまると、無傷で立つシバとエビワラーの姿があった
 どうやら砂地に落ちたもの以外、すべてパンチで叩き落したらしい

 「がががーん! でもメラメラ〜と燃えてきたぜぇ! ゴォー!!」

 「求めるは熱き戦い! いくぞ、イワケサ!」

 エビワラーがステップを踏んで砂浜を駆け、その勢いのまま振り子のように打ち抜くアッパーが海面をえぐった

 ヂチッ、シュバババババババッババッバババ!!!と鋭く大きな音
 海ごとその下の砂地まで割らんばかりの破壊力が生み出したでかい水飛沫が、沖にいるイワケサまで届いてぶつかった
 派手な衝撃にどっぱーんと海に投げ出されたが、彼はそれでも楽しそうにサメハダーにしがみついている
 いや特性のさめはだで、しがみついたところや頬から血も出て凄く痛そうだがいい笑顔でいた

 「ぞくぞくぞくぅっ、なんつーパワー! いいぜ、サメハダー反撃だ! どーん!」

 「来い!」

 男達の熱い戦いはまだ始まったばかりだ




 
 To be continued・・・
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