〜最終決戦・八〜


 「来い!」


 ・・・・・・


 「もっと! もっともっと!」

 フランス人形のようなメグミが、思い切り興奮して叫んでいる
 なんというかハイな気分になっているようだ

 「(なんて凄い炎なの・・・)」

 その様子を物陰で見ていたクリスは正直に、心のなかでそうつぶやいた
 このキューブが物凄い高温で、サウナのように呼吸するのが苦しい

 このキューブに蔓延しているメグミの炎は厄介だった
 彼女のギャロップが放つ炎は曲がるわけでも、爆発するわけでもなく直線的な軌道のものだ
 しかし、一度放った炎の道筋から消しても消しても・・・焦げ跡から何度でも発火するのだ
 延焼とは違う、再燃が近い

 「どこにいるのかしらぁ〜」

 メグミとギャロップがきょろきょろと炎のなか、そこに揺らめく影を探す
 クリスは声をあげず、身じろぎもせず、今の状況をひたすら耐えていた

 ・・・しかし、その仕組みがよくわからない
 何らかの仕掛けがあるはずなのに、それがわからないのだ
 本人は確か「MOEKON」とか言ってたが、どんな漢字や意味なのかは見当がつかない・・・狐?
 というか、焦げ跡のない宙が突然燃えたりするのはどういうことか
 単純な火炎攻撃、普通なら避けるか消火かの対処をすればいいのだがどちらもしても意味がない

 クリスは攻めあぐねていた
 ただでさえ熱湯のトラウマがある、治ったはずの肌の下からぞわぞわと痛みを怖れる感情がわいてくる
長居はしたくない
 こういう時水タイプのスイクンがいればな、と脳裏をよぎるが首を振った
 
 とにかく、カラぴょんのホネで焦げ跡のあるものを叩きまくって粉々にすれば再燃はしてこないようだ
 それはわかった、先程まで戦ったりしていた時に気づけたことだ
 だけどそうまでするのに手間がかかるし、いちいちしていられないので早いところ本体を叩く

 クリスとカラぴょんは現在、大きな筆箱の影に隠れている
 メグミとギャロップは互いに別方向を向き、互いの死角となる視野をカバーしあっていた
 迂闊に動けばすぐ見つかってしまうし、シンプルなかえんほうしゃの発射速度は速く・熟練した一撃だった
 炎に強い地面タイプのカラぴょん、ホネをバトンのように回転させても完全には防ぎきれなかったのだ
 その上、こうして隠れるにあたって武器となるそのホネは・・・焦げ跡がついてしまった
 発火する前にホネブーメランを投げたら、向こうがかえんほうしゃで包み込んで勢いを相殺、ホネはカラぴょんの手元に戻ってくることはなく地面に落ちる
 そう、相殺されてしまうことが感覚的にわかった
 このまま突っ込んでこられたらかなわない、体勢を立て直すべきだ
 相手の強大な炎を逆に目くらましにして、逃げるほかなかった

 まさにピンチの状態なのだ
 このキューブが炎に包まれている以上、隠れ続けるのも難しい

 「(まずはカラぴょんのホネを拾わないと・・・)」

 筆箱からちらっとそれを捨ててきた方を見てみる
 大きなものが沢山あってごちゃっとした感じのあるキューブだが、それはすぐ見つかった
 なんか、あったけどアレ・・・

 「・・・・・・(燃えてる〜〜〜!!!)」

 やっぱり、というか燃えていた
 あれを拾わないとカラぴょんの武器がないのだ

 どうしよう、と傍にいるカラぴょんと顔を見合わせたところで「んふー」という鼻息が
 おそるおそる、上を見てみる

 「見−つけたー」

 メグミがにこーっと笑顔で、ギャロップと一緒に顔を覗き込んでいた
 ただ口の端を持ち上げて笑っているだけで・・・とんでもなく可愛い子だろうに、なんでこんなにいやらしい笑みに見えるのだろう
 
 「カラぴょん! 逃げるよ!」
 ダッシュでクリスが逃げると、そのお尻めがけてメグミが「かえんほうしゃ」の指示を出す
 防ぐものも手段もない彼女達はとにかく逃げ切るしかなく、また違う物影に逃げ込んだ
 しかし今度はそれが丸見えだったので、メグミは容赦なく追撃をする

 「GPENクラッシャー」

 ギャロップが高く高く跳び上がり、そのまま四肢を揃えて落下してくる
 クリスが隠れた大きな雑誌が燃え、砕け散った
 その全体重を預け一点に突っ込んできた変則的な突撃で、そこにあったものは跡形も無く吹き飛んだ
 炎と落下が巻き起こした風の衝撃と本の残骸からクリスをかばうようにカラぴょんが飛び出し、そして諸共に転がっていく

 こんなもの、まともに食らったら死んでしまう
 
 「さて、そろそろ終わりにしない? いいのよ〜、すぐ目覚めちゃうから」

 メグミがペロッと舌を出し、自分の人差し指をなめた
 優しそうに小首だって傾げているが、それでも怖いというか悪寒がする
 捕まったら、二度と戻れない気がするのだクリスはそう直感しているし間違っていない

 「武器もないし、炎のなか逃げ場もない」

 頬に手を当てつぶやくメグミを無視して、クリスはまた走り出す
 今度はカラぴょんと別方向へ、二手に分かれた
 攻撃の的を絞らせない気か、隙を付いて武器を取り戻す気か

 「さぁせないわよぉ〜」

 メグミがギャロップに飛び乗り、カラカラの方を狙う
 炎の駿馬に比べたら、鈍足だ
 まともな追いかけっこになるはずがない
 ギュイヒヒヒンという鳴き声でカラカラを威嚇し、キューブ内の炎が呼応して更に燃え上がった
 炎が盛って、火の粉が散りめく

 「カラぴょん!」

 クリスが叫ぶとカラぴょんがくるりと踵を返し、ギャロップと向き合った
 その急ブレーキと反転でも、ギャロップは止まらない

 「じしん!」

 「!」

 カラぴょんは全身を使って思い切り地面を踏んで、キューブ内を揺らした
 ががっがんとキューブ内そのものとここに置かれているものまでもが振動し、食らったギャロップは前脚を上げてうめく
 二手に分かれたのは狙いを分散させるのではなく、クリスがじしんの射程距離外まで逃げることにあったのだ

 「カラぴょんにホネ技しかないと思ったら大間違いよ!」

 「っ、ギャロップかえんほうしゃ」

 進化前ポケモンの一撃とはいえタイプ一致、弱点だ
 ギャロップが堪えて炎を吐こうとするタイミングを狙って、クリスは再びじしんを・第二波をぶつけた
 揺れと攻撃のダメージで前脚が持ち上がり、体勢が整わない・狙いがつけられないのでかえんほうしゃが吐けない
 四足かつ口から吐いて攻撃するポケモンの弱点をつかれた
 そうやっている間にカラぴょんは走って、ギャロップとの間をまた少しずつ開けていく

 「とびはねる!」

 しかし持ち上がった前脚はそのまま、地に着いた後ろ脚を曲げて力を溜めて、跳ね上がった
 強靭な脚が生み出したまさかのジャンプに、頑張って作った距離を一瞬のひとっ跳びで埋められてしまった
 あんな硬い蹄と自重を乗せた一撃を受けたら、カラぴょんは一発できぜつしてしまう

 「えいやぁッ」
 
 クリスは足元にあったそれを蹴飛ばした
 ひゅんひゅんひゅんひゅんと回転しながら、一直線に飛んでいくそれ

 カラぴょんの、燃えてるかたいホネだ
 彼女が走ったのはじしんの射程距離外まで行くことと、メグミの思った通り武器を取り戻すことだ

 蹴飛ばしたホネが宙を舞い、振り上げられたギャロップの前脚に当たった
 それでわずかに気を取られてくれたのか着地点がずれ、カラぴょんの頭蓋ぎりぎりのところを踏み抜いた
 安堵し、ギャロップにぶつかったホネが落下し、九死に一生を得たばかりのカラぴょんの手に戻った
 まだ燃え盛っているそれが熱いのを我慢して、それを握り締める

 『〜〜〜ッ!』

 思わず頭に被っているホネが飛び上がる描写になりそうなくらい、涙目になるカラぴょんはホネで真横にあるギャロップの前脚のスネを力いっぱい叩いてやった
 これは痛い
 しかしギャロップも耐え、その痛みと鬱憤をぶつけるかのごとく、前脚でカラぴょんを蹴飛ばした

 「カラぴょ・・・」

 がががっがが・ざざざーず・ずずしゃーんと地面を何度も跳ね、ぶつかりながら転がっていく
 それでも頭に被ったホネ、ヘルメットのおかげで耐え切った
 ギャロップは完全に怒り狂い、メグミの眼にも別の意味での真剣さが戻ってきた

 「カラぴょん、じしん!」

 「何度も同じ手が通用すると思ってるの!?」

 クリスにもそれはわかっていた
 そう何度もうまくいくわけがない

 カラぴょんはホネを目一杯振りかぶり、ダァーンと地面を叩いた
 本来のスタイルにより、先程よりちょっとだけ威力が上がっただろうじしん
 しかし、その攻撃を食らう前にギャロップは跳んでしまう
 宙にあるものへは地面エネルギーは届かない

 「受けちゃう? GPENクラッシャー!」

 メグミがその指示をした後のことだ
 カラぴょんが放った地面エネルギーは、ギャロップのいたところではないところで炸裂していた

 クリスは走って、周りを見て、気づいた
 これだけの炎のなかでも、燃え残っているものがあること
 カラぴょんのホネのように燃える材質ではないのに、いつまでも炎が残る疑問
 燃え種になる何かがあるのだ、宙や焦げ跡のようなところに見えず留まり続ける何かが
 それが何かは結局わからなかったけれど、もうひとつ気づいた
 
 炎がまわっているキューブのなかで、うまいこと炎から逃れているところがあること
 カモフラージュはされているが、クリスには確信があった
 偶然ではない、だってそこは・・・

 カラぴょんの地面エネルギーが炸裂し、そこを襲った
 『大きな雑誌』がじしんの縦揺れとダメージで、宙を飛んだ

 元々カラぴょんの命中精度は高い
 技としての効果の影響があるにしても・・・ホネを投げて相手に命中させて、手元にそれを戻ってこさせる精度だ
 フェイントをかけて、正面を向いていないものに地面エネルギーをぶつけ当てるのなんて朝飯前だった

 見事に命中したそれ
 ぱかっと開き、中身が出てくる


 それはメグミが、ここに来たクリスの様子をうかがっていた『中身をくり抜いた雑誌』
 そして今は・・・・・・床に散らばっていた薄い本が沢山入っている
 今の中身が、宙を飛んだことで雑誌からこぼれおちた

 燃え盛る、このキューブに放り出されようとしていた


 「・・・ぁああァ―――っ!!! いーやぁああぁぁあああああああっ!!!!!!

 何が起きたのかすぐにはわからなかったけれど、ばさばさっと無造作に飛び散ろうとしている本を見て瞬時に理解した
 メグミの、それこそじしんより遥かにキューブを震わすような大絶叫が響く
 それと同時にこのキューブ内の炎がすべて消えた

 カラぴょんのホネの炎も消え、これでやっとまともに技が使える

 メグミが未だにショックから抜けきれないところに、ホネづきをギャロップに真正面からぶつけた
 ギャロップがダメージを受け、はっとメグミが我に帰ったがもう遅い
 とう、と飛んだカラぴょんが地面エネルギーのこもったかたいホネでギャロップをめった打ちにし、きぜつまで追い込んだ

 「・・・・・・あー」

 乗っている彼女に気を遣い脚からがくんと崩れ落ちていくギャロップにしがみつき、悲壮感こもったメグミの声が漏れた
 クリスはカラぴょんの元へ駆け、手持ちのやけどなおしをその手に塗ってあげた
 これから回復マシンで完全に回復出来たとしても、無駄じゃない
 こうして頑張ってくれたことを、きちんとねぎらってあげたいのだ

 「うぅ」

 「・・・あの本があなたにとってきっと、どれだけ大切なものなのはわかってました。
 でも、だからこそ、こんなところに持ってきちゃいけなかったんです」
 
 クリスはみんなと一緒に勝って、また再会すると約束し、戦い抜いてくる覚悟を決めてきた
 あの本に対してどれだけ真面目で、それに傾けるものが真剣であっても、場違いだ

 ここは戦場なのだから

 明らかに余計なものを持ってきた時点で、メグミの敗北は必然だった
 少なくとも、この戦いに真摯だったクリスとは違っていた

 「燃えてませんか? すみません、大丈夫ですか?」

 「うん。燃えてない・・・折れたけど、いい」

 メグミはどよーんと落ち込んでいるが、クリスの言うことも尤もだと反省しているようだ
 折れたのも1mmくらい角が曲がった程度で、後にも残らないだろう
 あれだけの炎が一瞬で、燃え残りもなく完全に消えたことで本は無事だったのだ

 いや、普通はそんなことありえないのだが・・・・・・やはりあの炎は完全に彼女の能力の支配下にあったのだろう

 「先に進ませてもらいますね」

 「うん」

 あのハイテンションは見る影も無く、小さくなってしまったメグミに踵を返し、クリスは先に進む
 勝ちが決まったことでワープ装置の点灯が始まり、回復マシンとパソコンががしゃんと音を立てて姿を現した


 「幹部十二使徒/午・メグミのキューブ」
 侵入者クリス、勝利


 ・・・・・・

 
 クレトが選んだ2体目のポケモン
 あの頭毛の長さ、体色、サイズ、どれをとっても間違いようがない

 あれはピジョンだ

 進化のしそこないか?
 組織の幹部が最終進化形を使わない?
 
 「侮るなよ」

 「別に。そんなこと思ってないさ」

 何度も能力者には痛い目見させられた
 見た目で判断するのは危険だ

 クレトは上空から、レッドとピカを見下ろす
 すぐに仕掛けてこない
 ならば、こちらから攻めるまでだ

 「ピカ、かみなり!」

 バヂバチチッと電気エネルギーがピカの尾に集中し、立ち上り、電気エネルギーの塊が宙を飛んだ
 クレトよりも高くそれは昇がり、打ち下ろすかのように炸裂した

 が、クレトに届く前にかみなりははじけた
 何かにぶつかってしまい、分散してしまったのだ
 そう、わずかだが焦げた跡が見え・・・

 「・・・!」

 そうだ、クレトのいる上空
 あそこには空に同化した見えない障害が張り巡らされているんだ
 同じ視点にでも立たない限り、それを目視することは難しい

 「元々かみなりは命中の低い技だ。これほど距離が開けば尚の事」

 クレトの姿が空色に隠れる、いや障害の影に入ったのだろう
 色を塗られたそれらの位置を完全に熟知している

 「そしてお前の特能技『大恩の報』はおんがえしの上位版、どんなタイプだろうとエネルギーをまとおうと物理的な突進技だ」

 クレトのトレーナー能力で空を奪われ、レッド達はジャンプさえ許されない状況だ
 こちらから近接攻撃を当てるのは不可能だった

 しかし、レッドとピカの目は死んでいない
 ピカのレベルなら、かみなりが一撃でも当たればピジョンは堕ちる
 まだ勝ち目は潰えていない

 「潰えるさ」

 ピジョンがばさっばさっと翼を大きく羽ばたかせる
 キューブの空の空気が、風が踊りだす

 「我が何故ピジョンを進化させないのは自重や体格によって制限が生まれるからだ」

 種族値からの観点からすればピジョンはピジョットよりも20も低く、種族値合計だと120もの差が出る
 これは両者が同じレベルであれば、実際の身体ステータス値でも20以上の開きが出る
 しかし進化すると翼や体重が2割近く大きくなり、決して小さくなることがない
 狭い場所での活動もあることだし、時に大きくたくましい翼が不利になることもある
 身体ステータスはレベルや技で補えるが、体格はどうにもならないのだ

 「ポケモンは進化が全てだと言われるが、そうではない。
 よりそのポケモンのことを知り尽くし、使いこなせるかが重要なのだ」

 ピジョンの翼を覆うように風が渦巻く
 クレトは地上にいるレッド達を指で示した

 「戦嵐」

 翼を大きくはためかせ、翼に渦巻く風を振り抜くかのように地上へぶつける
 レッド達に訪れたのは地面に圧しつけられるほど、更にばらばらな風向きで身体がねじれるほどの旋風
 いっそ風に巻き上げられてしまいたいが、足がべったりと張り付き・浮かないので一層身体がちぎれそうになる
 声をあげてしまっても、暴風の前にかき消された

 この威力でかぜおこしを基にしたと言われても、誰も納得すまい
 種族値などほぼ全てでピジョットに劣るピジョンの為に作られた特能技
 ピジョットに進化しては使えない、今の翼のサイズ・重さ・羽根の大きさなどを全て計算し編み出された
 かぜおこしを翼にまとい、かぜおこしそのものにかぜおこしをぶつけて乱雑で荒れ狂った風害をつくりだす

 他に覚えている3つの技は補助系であり、それらを駆使して戦う
 これがクレトのピジョン、そのバトルスタイルだった
 
 「かげぶんしん」

 ひゅひゅひゅひゅとピジョンの姿が幾重にも増えていく
 その技の前にクレトは空の上に、いや見えない障害のなかでも上あるもののひとつに降り立っていた
 クレトなら背伸びしながら、思い切り助走をつけてジャンプすれば天井まで届くくらいだ
 元々人を乗せて戦うのはポケモンに負担がかかる
 障害の位置確認と把握は済んだことだし、元々クレトにはこの能力による跳躍の制約は受けない
 
 「戦嵐」

 かげぶんしんで一度やんだ攻撃にレッド達が動き出したところで、クレトは再び特能技の指示をくだした
 補助技でじわじわと力を上げていき、あとは相手の攻撃が届かない距離からの戦嵐で仕留めていけばいい
 レッド達の足が止まり、再びあちらこちらに吹きすさぶ風が身体をねじりあげていく
 巨大なハリケーンに巻き込まれた時のように、風に身体ごとさらわれたら・・・少なくともねじられる痛みはなかったろう
 クレトのトレーナー能力は逃げ場を与えない

 かみなりは命中不足、大恩の報は近接攻撃
もはやレッド達に勝ち目はないのだ
 
 「ピ、カ! か、みな・・・り!」

 風に途絶える指示に応え、ピカが電力を溜め込む
 それを何とか打ち上げようとしても、まるで見当違いの方に飛んでいく
 
 かげぶんしんを繰り返せば分身数は増えていくが、実体のないそれは障害に当たると不自然な見た目になるのであまり意味がない
 これなら障害はなかった方がいい、と思うが攻撃に対しての盾や飛行ポケモン同士の激突となれば不意をつけるし後々役に立つ
 レッドは1人目、まだ侵入者は10人以上いるのだ
 今役に立たないからといって早々に切り捨てるような考えは駄目だ
 戦場では任務遂行を最優先事項とし、それ以外は常に臨機応変、柔軟な発想がそこまで導かせていく

 「(見せられるか、侵入者。我に、我の戦術越発想)」

 帯電させたボールをふきとばしによって上空のオオスバメまで届かせたような発想を
 
 このまま戦嵐をし続けても、早々には決着はつかない
 巻き起こした風を相手単体というよりフィールド全体にぶつけるので、直接的な攻撃ではないからだ
 広範囲多数の敵に当てられる上に身動きも取りにくく出来る大技だが、ダメージも分散しやすい
 しかしダメージは戦嵐が続く限り続くわけだから、まきつくやうずしおといった技に分類されるのだろう
 

 『ピィ・・・カァ!』

 ピカが踏ん張り、怒りの表情を見せている
 レッドはそれを見て、何故か微笑んだ

 「信頼してるぜ、ピカ」

 いつだってそうだった
 窮地に陥った時、そのふんばりで助けてくれる
 なまいきな俺の友達

 ピカが尾に電気エネルギーを溜めるのが、クレトには見えた
 またかみなりか

 「!」

 いや違う
 溜まった電気エネルギーが塊にならず、尾の先から漏れ出てしまっている
 失敗・・・
                  バチバチッ
 それも違う
 漏れ出たそれがまるで網目のように、枝分かれし、宙を覆うとしていた
 無造作な電気エネルギーの放出?
 技、いや放電というべきか
 狙ったところに当てられる命中率ではなく、何も狙わないことで電磁網を作り出し捕らえようというのか
 それともかげぶんしん、本体の特定か?
            ビリッ      バチチチッ
 違う、それも違う
 狙っているのはピジョンではない
 それではなく、別の狙いがある
              ジジ   ジジジジ
 枝分かれした放電が何の制約もなく宙や地を這い、枝先は漆喰の壁にばしっと跳ねて消える
 無造作・・・・・・狙い・・・・・・何を狙う?
 侵入者は何を考えている
          バチッ バババ バリバリバリバリッッ
 クレトの足元でもばしばしという音がし始めた
 ・・・!
 狙いは、枝先を跳ねさせたもの

 漆喰、いやこの空に配置された見えない障害だ
 放電によって宙を覆い、パシビシパバババと次々に見えない障害に当たっては跳ねて消える
 残るのは塗料と障害の材質で出来た焦げ跡、それによって位置を特定しようというのだ

 特定、何の為に
 決まっている
 続く一撃を確実に当てる、その軌道を導き出す為だ

 放電によって見えない障害ばかりではなく、ピジョンもあまり大きな身動きが取れない
 かげぶんしんもこの放電の前では殆ど意味がない
 不規則な枝先を見極め、すり抜けて地上にいるピカやレッドを直接攻撃しに行くのも危険だ

 「(まさか、これほどまでの電撃を持っているとは・・・!)」

 それは以前、レッド行方不明の時、イエローがピカを預かっていた時のこと
 りかけいのおとこと対峙し、イエローの手持ちと力を合わせて勝利へと導いた逆転の放電
 
 「ピジョン、戦嵐を続けろ!」

 これ以上、身動きを取らせるなかれ
 風力を上げ、あくまで距離を置いたまま仕留める

 幸い、放電の枝先は見えない障害物に当たっては消えている
 クレト達のいる付近までは届かないだろう
 ただ戦嵐を地上へ送り込む為の一筋の風道
 そこには見えない障害はなく、おそらくレッドも放電によってそれに気づいたはずだ

 わずかな道筋を正確なコントロールで直線上に飛ばし、ピジョンまで届くだけの勢いある電撃

 考えられるのは必中の電撃という「でんげきは」
 しかし、もしピカがおぼえているなら今まで使わなかったのもおかしい
 PPもかみなりより多い、この条件下で最初から出し惜しみするはずがないのだ

 ただ、ガイクというホウエン地方やこの組織に在籍していた能力者のもとで修行していたという
 カントー・ジョウトに出回っていない技マシンでも、安心は出来ない

 
 「ピカ、大恩の報」

 レッドが狙いを定め、捻じ曲がり風で叩き落されそうな腕を伸ばして言う
 ピカもそれに応え、放電をやめて全身に電力を集め始めた

 超強力だろう電気タイプの近接技となる大恩の報は、ボルテッカーに似ている
 クレトのピジョンをピカがにらみつけるようにし、ぐいぐい身体を上へ上へと・背を伸ばそうとしているが無駄なあがきだ
 そうやって空を羨望し、無謀にも挑戦し、消耗し、倒れていけばいい

 
 「(今まで、俺の為にピカは頑張ってくれてきた)」

 心配もかけさせたし、無茶にも沢山付き合ってくれた
 そんなピカだから、友達だから

 そんな俺にも、報いさせてくれ
 負けたくない
 一緒に頑張ってくれてきたみんなの為に
 俺だって俺だって


 レッドの握り締めた掌が淡く光る
 誰も気づかないほど、小さな炎に似た揺らめき
 
 『ピィ、カ〜ァ!』

 バチッバチッヂジジジジッとピカの溜め込んだ電気エネルギーが体内で炸裂寸前にまで膨れ上がる
 そして、ピカの身体から何かが抜け出でた

 それはすぐに戦嵐の暴風域を突破し、飛び抜けた
 それは弾丸のようなスピードで、一直線に、見えない障害にこすれても
 それは衰えず、変わらない

 ッドォオオオオオ・ヂジュバババババリバリバリ!!!!という炸裂音が空に響いた

 『ッ、ジョジョオオオ〜〜〜!!!』

 「ピジョ」

 クレトがその脅威に対処しようと、まもるの指示をするのが1秒足らず遅かった
 その電気エネルギーの塊は、ピジョンを直撃した

 あまりのダメージに白目をむき、全身の羽毛も飛び散ってしまい、あちこちが黒焦げていた
 戦嵐も、飛んでいることさえ維持出来なくなったピジョンが落下していく
 見えない障害にひとつも引っかかることなく、むしろそれらに身体をあちこちぶつけて、真っ逆さまだ

 「、ピジョーン!」

 その高さに怯えることなく、クレトがピジョンに向かって飛び込んだ
 落下速度がぐんぐんと増し、がむしゃらに手を伸ばそうとしても届かない
 じたばたともがくたびに見えない障害が四肢にぶつかり、増す勢いであちこちを切る

 「! フッシー!」

 レッドがフシギバナを出し、そのつるを伸ばす
 手早くピジョンとクレトを包み込むと、まだピジョンに技の余韻が残っていたのかフッシーまで痺れた
 それでも耐えて、つかまえたものをそっと地面へと下ろしてくれた

 「ありがと、フッシー」

 レッドは礼を言い、フッシーをボールに戻した
 それから、横たわるクレトとピジョンの傍までピカと一緒に寄った
 もはやクレトの2体目は戦える状態ではない、のは見てわかる

 「・・・見事だ侵入者。大した発想だった」

 極限まで溜め込んだ電気エネルギーを届けたのは、ピカのみがわりだ
 HPという身体エネルギーで作り上げたそれならば、クレトからの支配を免れる
 身体からみがわり体を分裂させる際に、溜め込んだ電気エネルギーを持っていかせた
 そうすれば強大な電気エネルギーを推進力に、空をも撃ち抜く意志ある砲弾となる

 「わからないけど、俺も頑張るピカに報いたいと思ったら、出来てた」

 「・・・・・・・」

 放電、電志砲(T-シェル)
 あれらの技やこの威力は、まるで・・・

 しゃがみこみ、ピカの頭をそっと撫でるレッドがクレトをのぞきこんだ

 「教えてくれ。どうして、ピジョンだったんだ・・・?」

 「・・・言ったはずだが」

 「本当に、それだけか」

 真っ直ぐ見つめてくるその眼に、冷眼の野心家は目をつむった
 その眼に思い出される記憶

 「・・・・・・初めて捕まえたポケモンで、空へ懸けることを決めたきっかけ」

   ・・・子供のクレトでも簡単に捕まえられるくらい、弱りきったピジョンが樹の下でもがいていた
   もう飛べなくなるんじゃないかと思うくらいの怪我をしていたが、一遇の機会と思い捕獲した身勝手な子供
   生まれて初めての、自分だけのポケモンを手にした喜びもつかの間
   どうしてここまで酷い怪我をしているのか大人に聞かれ、子供は改めてボールのなかをのぞきこんだ

   仲間はずれにされたのか、空そのものからはずされたのか
   同じ種の群れ内部での抗争や縄張り争い、気象による事故・・・・・・原因はわからなかった

   安静を命じられてボールのなかに収まっている間も、それでもピジョンはずっと空を見上げていた
   あれだけの怪我をしてもなお、空を飛びたがっていた

   子供は思い、世界の厳しさを感じ取った

   あんなにも広くて綺麗な空なのに、平等ではなく、飛ぶものを選ぶのだ・と・・・
 
 「好きなポケモンで強くなりたい、と思うのは誰でも同じだろう?」

   空を翔け、空を統べる王様になれば、誰からもはずされることはない
   はずされた時のままの姿で、他には翼を持つもの持たないものを見返してやろう
   翼を持つもの持たぬもの、いまだ誰も成しえなかった空の独占をかなえようぞ

 翔王を名乗る野心家が手を伸ばし、初めてのパートナーの翼に触れる指先
 その眼は冷たいものではなく、どこにでもいるトレーナーと同じ・・・温かなものだった
 
 「・・・そうだな」

 レッドはうなずいた
 兜の下の素顔は未だに見えないが、戦う前よりずっとわかる気がした
 
 「・・・それより侵入者、フシギバナを使ったな?」

 「あ、ああ」

 「使用ポケモンは二体迄」

 「・・・え」

 クレトの眼が冷たい
 レッドは咄嗟のことだった、人命救助だとわめかなかった
 ただ「どうしたらいい?」と困ったように笑った
 
 「・・・・・・勝負は侵入者の勝ちでいい。だが、ペナルティは受けてもらう」

 「どんな?」

 「次に進むキューブに2時間以上の滞在、それでいい」

 「足止めか」

 まいったな、とつぶやきながらレッドは立ち上がった
 だが、思ったほど重いペナルティではない
 クレトは仰向けのまま、声を少し大きくして呼びかけるように言った

 「聞こえたか。どこでもいい、この侵入者を次のRキューブで強制的にワープロックしろ」
 
 『了解シマシタ』
 
 キューブ天井から機械音声が聞こえてきた
 それから主の敗北もあって、がしゃんと音立てて回復マシンとワープ装置が出現した
 Rと名指しのキューブで、レッドは足止めを食らうことになる

 レッドは回復マシンにボールに収めたピカとオニを乗せると、ちらっと背後のクレト達を見た
 静かで、機械音声に似たクレトの怒号が響く

 「さっさと先に行け、その眼差しは目障りだ」

 「あ、うん」

 レッドは小走りで、ワープ装置の上に乗るとRキューブへの転送が始まった


 「幹部十二使徒/酉、クレトのキューブ」
 侵入者レッド、勝利(ペナルティ有り)


 ・・・


 「・・・・・・」

 クレトはピジョンに触れ、その羽根が散った翼を撫でた
 手酷くやられたが、ピジョンはもう意識を回復している
 翼と尾羽を使って起き上がろうとしたが、ピジョンはべしゃっと崩れた
 あの捕まえた時に比べれば、まだ軽症だ
 それほど酷い怪我だった

 ・・・あの侵入者との戦いは色々思い起こさせた
 
 放電などの驚異的な技の創造もそうだ

 そして


 何も知らず、ポケモントレーナーとなったクレトがピジョンと共に歩みだしてから1年後のこと
 初めて迎えた進化の瞬間
 
 自分の知るピジョンが姿を変えてしまう
 強くなれば、進化を迎える
 その当たり前のことが、ポケモントレーナーにとって大きな壁のひとつだった

 好きなポケモンで強くなりたい、けれどレベルを上げれば進化してしまう
 ピカチュウのように石や、ゴルバットのように特定の条件で進化するポケモンならまだいい
 全く新しい姿になってしまうその瞬間を迎えたくなくて、強くなりたくないというトレーナーは少なからずいる
 大抵のトレーナーはそれを乗り越えて、新たな姿を受け入れて、また強くなっていくものだが・・・

 けれども、クレトには受け入れられなかった
 進化を止めようと、必死になってピジョンの身体をきつく締め上げた

 止まらない光、輝きがどんどん増していく
 進化はポケモンにとっての自然なあり方
 そう、進化こそすべてと言うものもいる
 

 この時のクレトは知らなかった
 ポケモン図鑑の存在と開発技術
 それには進化キャンセルボタンがあり、文字通りポケモンの進化を止められる夢のような機能
 図鑑所有者のみの特権、未だに世間には広まっていない技術
 進化させないまま強くしていく、トレーナーで可能な2つの方法の内1つ


 「・・・止めて良かったのかな」

 クレトがきつく締め上げていたピジョンの内側から出ていた輝きが、まるで消えて失せていた
 進化してしまったのか、と落胆したが・・・その眼に見える体毛もサイズも何も変わっていなかった
 どういうことか、と上を見上げるとあの方がいた

 「随分と必死だったようだから、能力を使って止めさせてもらった。気に入らなければ、また1レベル上げるといい」

 「能力・・・?」

 トレーナーでは止められないポケモンの生態、進化を止めた
 クレトはその奇怪さに声を失っていた

 「進化させたくないなら、これをあげよう」
 
 クレトの言いたいこと思うことを察するかのように、ポケットから何か取り出してクレトにあげた
 あの方が差し出したのは何の変哲もない、ただの石ころだった

 「最近発掘され、見つかったものでね。ポケモンの首にさげておくといい」

 それはかわらずのいしだった
 ポケモンの進化を止められるもうひとつの方法
 ただまだこれも当時は広まっておらず、ポケモンに道具を持たせられる事実もそれと同様の頃だ
 あの方の成すこと言うことはすべて、クレトには手品か魔法のようだった

 「能力・・・」

 「・・・・・・ああ」

 それがあの方との出会い
 ポケモンの進化を止める手段を、あの頃から知り、それを常にかなえさせてくれるという組織へ足を踏み入れたきっかけ

 
 ・・・


 全ての始まりは空、いやピジョンからだったのだ
 そしてこれからも、我々の野心は終わらない


 ・・・・・・


 「・・・それとタカムネさんで7人、それで八角」

 「ああ、他のやつらもおいおい出会えんだろ」

 イーティを倒したキューブで優雅にティータイムをしているのはタカムネにブルー
 彼女は先を急ごうとしたが、この得体の知れない男から情報を得ておこうと場違いなお茶の誘いに乗った
 そして何より、この男の見せ付けられた実力から逃げようとするのは不可能だとわかった

 「いい茶だな」

 「そうでしょう。いい具合に入っています。注ぎ方も完璧です」

 「当たり前だろ」

 ブルーはタカムネが今向いている先、会話している方を見た
 薔薇の牢のなかから元このキューブの主・イーティが、ブルー達と同じお茶を飲んでくつろいでいる
 というか、牢に自分用の椅子と机を持ち込んでいるちゃっかりさ
 敗者の立場であり、それだから牢へ閉じ込められている・という気がしない

 妙なことになってしまったものだ

 「じゃあ、八角側にフリーザーとライコウ、伝説のポケモンが2体いるってことね」

 「そうなるな」

 今聞けたのは八角と呼ばれる側にどんな人間がいるか、ということだけだ
 ジョウト四天王にトウド博士、R団首領かつ大地のサカキにタカムネに災厄の能力者
 なんというそうそうたる顔ぶれ、ていうかみんな顔も名前も知ってるし
 いや、災厄はその通り名だけか

 「組織側が持ってる伝説のポケモンはエンテイ、それと・・・サンダーもだわ」

 「スイクンはねーちゃんの仲間がカントーに送り出したんだろ」

 「残ってるのはファイヤーだけど、最悪の場合、こいつも組織に捕られてる」

 指折り数えるブルーが、ふーとため息をつく
 伝説ポケモンの数で勝敗が決まるわけではないが、大きなアドバンテージには違いない
 それがこちらには1体もいないわけだ

 「それはないですな」

 イーティが会話に割り込んできた
 ブルーががたんと立ち上がると、テーブルの上の紅茶に波紋が出来た

 「どういうこと? あのともしびやまでの惨状を見たら、もう誰かに捕まったかこの地方から逃げ出したかしか」

 「少なくとも、私達組織は捕まえていません」

 「ともしびやまでの惨状は俺も見たけどな。おい紳士、それ本当か?」

 「て、いつ見たの」

 「勿論ファイヤーの話です」

 「翼捕まえに行った時、ついでにルビー取りに行った時」

 「ええ、本当です。ところでもう一杯いただけますか」

 「ええ、じゃあニシキが会ったっていう男ってああもう一斉にしゃべるな!」

 ブルーがそう注意するが、タカムネもイーティも平然としている
 なんというマイペース組か、これに流されても呑まれてもいけない

 「話を順番にしましょ。イーティ・・・さんは、この組織じゃファイヤーは捕まえていない」

 「ええ」

 牢の格子の隙間から手を伸ばし、紅茶のおかわりを受け取ったイーティが落ち着いた様子で返す

 「えっと、タカムネ・・・さんは翼とか捕まえに行くついでにルビー取ってきた。ファイヤーはいなかったし、あの惨状も見てきたと?」

 「ああ」

 「てことは、ファイヤーは今どこ?」

 「少なくとも、ジョウト・カントー・オーレ地方にはいません。私達が征服した地方にはね」

 普通のことのように言っているが、それだけの監視網が出来ているということだ
 そのイーティの言葉が正しいのなら、ファイヤーはホウエン地方にいるのか

 「ところで翼って?」

 「こいつだ」

 タカムネがボールから出したのは、通常よりも更に大きな翼を持ったオニドリルだった
 しかもこのポケモン、また見覚えがある
 どこだったか、これまでの会話のなかでその記憶へつながる糸口はすぐ見つかった

 「あ、(ともしびやまで)ゴールドさらったオニドリル!」

 「イエローっていう嬢ちゃんが持ってた、こいつの羽根に興味持ってな。
 帝王に相応しいポケモンなら捕まえるかって思って、ともしびやまに行ったわけだ」

 そして、その途中でニシキに会い、ルビーを取ってきた
 群がってたR団も残らず蹴散らしたので、彼らがファイヤーを捕獲したはずはない

 「それでよ、ねーちゃん。仲間のなかに、ルビー以外の何かを山から持って出なかったか?」

 「ルビー以外?」

 はた、とブルーが固まって思い出す
 そして、あ、と声に出た

 「・・・ゴールドが連れてかれた変なところからタマゴ持って帰ってきた」

 「そいつがファイヤーだろ」

 タカムネはあっさり告げた
 イーティはおお、と何故か納得する
 ブルーは勿論納得がいかない

 「いや、でも結局タマゴはそんなカタチした石だったし、何より孵化能力を持つゴールドがあんだけ持ってて何も反応なしって」

 「そりゃ伝説のポケモンだ。温める以外に、何か条件が必要なんだろ」

 タカムネが語るにいわく、この帝王の翼を捕まえに行った時、ブルーのいう変なところにも足を踏み入れたそうだ
 誰かが指示したか、オニドリル達が自らドリルくちばしで彫って造られた神殿のような光る洞穴
 そこの奥にはタマゴ型の石が1つだけあった
 ブルー曰くゴールドの話では3つあった内の1つを持って帰ってきたそうだから、誰かタカムネの前に来て持っていったやつがいるのだろう

 そう、タカムネはテーブルの上に小さなタマゴ型の石を見せた
 ・・・持って帰ってきたらしい
 
 「てことは、ゴールドでもタカムネさんでもない誰かがファイヤーのタマゴを持ってる可能性があるってこと?」

 「いや、だからそのゴールドってやつがファイヤーのタマゴ持ちだろって」

 「根拠は?」

 「俺の目にかなった帝王の翼が、わざわざ選んで連れて行ったやつがはずれ引くわけないだろ」

 なんとも独断的な根拠だ
 アテにならないがうっかりそう信じたくなってしまうくらい、このタカムネと言う男の言動にはオーラで満ち溢れている

 ブルーはがくっと肩と首を落としたが、すぐにテーブルの上のタマゴを手に取ってまじまじと見て、言う
 
 「3つある内の1つが本物とか、随分回りくどいことするわね」

 「それがファイヤーのトレーナー選別かもしれないな」

 あの惨状は自らを生まれ変わらせようと、もがき苦しんでついたもの
 無事にタマゴに返ったファイヤーをともしびやまに住むオニドリル達が神殿まで運び、ダミーと並べて置かれる
 帝王の翼ことオニドリルの長の目にかなった者、隠された洞穴を自力で見つけられるだけの実力と運に身を委ねた

 「・・・ああ、でもゴールドのやつそのダメタマゴ落として割ってボンドでくっつけたことあったわ(隠してたけど)。
 ガイクも叩いた時の反響音、シショーのみやぶるでも石だって言ってたし・・・」

 「そうかい」

 「さて、誰があと1個持ってたのでしょうか。ところでお茶のおかわりを」

 遠慮のないイーティの言葉を無視して、ブルーがずいっと身を乗り出してタカムネに更に突っ込んで聞いていく
 この機会を逃したら、もう情報を得られないかもしれない
 今後の戦いのためにも、聞けるだけ聞いておこう
 時間も無いので短く、がんがん突っ込んでいく

 「タカムネさんのトレーナー能力は何ですか?」

 「帝王の眼(エンペラー・アイ)」

 「効果は」
 
 「ねーちゃん達が持ってるつうポケモン図鑑では見られないところを視る眼力だ」

 ポケモン出してみな、と言うので素直にブルーは従って今の戦力をお披露目した
 タカムネはそれを一瞥して、もういいとボールに戻させ、その間に何か書いたものを封筒に入れてブルーに渡した

 「後で読んどけ。俺の眼はそのポケモンの個体値・種族値・努力値・経験値・懐き度とかを視通せる。
 そのポケモンが先天的に持つ弱点や特化点を見つけられ、そこをつける。
 まぁ実際のステータスと食い違うこともあるがな」

 すっと伸ばした腕と拳をタカムネはブルーに突きつける

 彼の能力ならレベルや努力値で補いきれないその個体や種族値の防御か特防の低い方を見極められ、先天的な弱点と併せれば一撃で堕とすことも可能だ
 更にそのポケモンが持つ一番鍛えられる箇所を見出し、より強さと個性を伸ばせる
 ニシキのポニータに出したアドバイスはここにあった、そして恐らくブルーに渡した封筒もそうだろう

 「俺の対の者はその逆『ポケモン図鑑でわかるものを視れる者』かもしれないが、まだ会ったことはないな」

 ・・・・・・確か『トレーナー・アイ』を持つガイクがそうなのだろうか
 外見や性格的には対の者っぽくないが、災厄とイエローの件もあるのでその辺りは関係ないのだろう

 「他に聞きてぇことは?」

 「あ・・・八角の目的は?」

 何故、こんな『Gray War』に参加したのだろうか?
 利害一致したのか、そもそも全員侵入者側の味方なのか

 「知らねーな」

 「へ?」

 「とりあえず参戦したい奴らが集まっただけ、個々の目的までは干渉しない」

 タカムネは一口茶を飲み、そう告げた

 突き抜けた実力があればいい、円満な協力関係は求めない
 故に『八角』

 「じゃあ。タカムネさんの目的は?」

 カントーやジョウト地方を征服されて何か思うところがあったのか
 それとも単に力の誇示、暴れたかったからだろうか
 どうにも読めないのか、この男そのものが

 「俺か。俺はゼロを守りたくて、ここに来た」

 「ゼロ?」


 ・・・・・・


 レッドが跳ばされた先、そこは病院の匂いのする薄暗いキューブだった
 
 「ん?」

 何かスクリーンに出ている
 『ようこそ、レストキューブへ。ランダムかつ連戦の疲れを存分に癒してほしい。
 なおここはポーと戦った者、そのキューブから来た者は必ず飛ばされるところとなっている。
 それに該当する者は冷蔵庫を開けること。あっち→』
 ・・・・・・レッドは該当しないが、レストキューブ・・・ね

 矢印の方を見ようとしたら、ベッドに誰かいるのに気づいた
 レッドが覗き込むと、そこにはイエローがいた

 「ありゃ、また一緒か」

 くすっとレッドが微笑む
 すやすやと安らかに眠っている姿の横に、何か小瓶が落ちている
 飲みっ放しで寝たのかな、と拾い上げると手紙も見つけた
 中身を呼んで仰天、ポーという能力者による毒攻撃について書かれていた
 慌ててもう一度イエローを覗き込み、額に手を当て熱を診るが、何とも無さそうだ
 小瓶の中身は確かに効いているらしく、ほっとした

 「・・・ここに2時間か」

 レッドはきょろきょろと辺りを見回す
 休憩を目的としたレストキューブ、即ちRキューブ
 
 「(助けてくれたお礼かな)」

 胸中は定かではないが、とりあえず厄介なキューブでなくてありがたい
 ベッドの脇に座り込み、先程の戦嵐で傷ついた身体にきずぐすりを塗っていると、なんだか眠気が来た
 この薄暗さからか、落ち着いた感じからなのか・・・そんなに疲れてないと思っていたが・・・

 「(・・・ま、2時間あるし。1時間半くらいなら)」

 きずぐすりを塗り終わってから、レッドはベッドに寄りかかった
 すうすうと寝息を立てるイエローの小声が耳にくすぐったく聞こえてくるが、その内自然とまぶたが落ちた


 ・・・・・・


 薄暗いレストキューブに3人目の来訪者がやって来ると、まずあきれた

 「おーい、あんたらねー、まだ序盤もいいとこでしょ?」

 ブルーがふぅとため息をついた
 ベッドで半端に横になるイエローと、ベッドに寄りかかるレッドが寝ていたのだ
 まさかこんな形で再会、いやこんなレアなキューブに3人も押し込められるとは思ってもみなかった
 ランダムにしても、どれだけ凄い確率なんだろうとか考える

 いやレッドもイエローも事情は違えど、組織によって意図的に転送されたので実際はブルーだけがランダムで来られたのだが知る由もない
 とりあえず、揃って寝ているところを写真に撮っておくかとブルーはウフフフと笑う
 後で何かに使えるだろう、何かに


 ・・・


 「ゼロ?」

 人名か? 地名か?

 「ねーちゃんにも守りたいものはあるんだろう」

 タカムネの言葉にうなずく
 仲間や皆が大事にしてきた居場所、各地方の町を壊された怒りもある
 
 「ゼロってのは何も無いことを表してる、けれどゼロという記号自体が在ることを表してる矛盾した単語だ」

 「なかなか面白そうですな」

 イーティが薔薇の牢から腕を伸ばし続けて、お茶のお代わりを要求している
 ブルーは構わず、タカムネの言葉を待った

 「ねーちゃんは、誰かが目の前で『助けて』って言ってたら助けるか?」

 「助けるわね」

 「今読んでる文章に書かれている人物が『助けて』って書かれていたら助けるか?」

 「それって小説とか漫画とか? ・・・・・・お話だし、無理じゃない」

 「じゃ、インターネットなんかで『助けて』って書かれてたらどうする?」

 ブルーはすぐには言葉が出なかった
 その言葉が真実か否か、確かめるすべは殆どない
 顔の見えない匿名性、まさに小説や漫画と変わらない2次元からの救済の声
 しかし、そこに書き込まれるには3次元にある人か何かの手が必要になるのだ
 小説などではない、今同じ時間を生きているものによって書き込まれている

 「確かめるすべもなければ、助けてと言う相手やその状況が実在するかもわからないのに?
 無茶なことを言いなさる。すみませんが、お茶を・・・」

 イーティはそう言うと、ブルーは傍まで寄ってお茶を注いでやった
 それから、注ぐお茶を見つめながらつぶやいた

 「・・・・・・助けるわ。出来る限りのことをしたい。アドバイスでも何でも私に出来ることはしたい、と思う」

 相手を騙し、その様を見て楽しむ悪意あるものもいるだろう
 それでも、見過ごせない
 多大な世界からあがる声のたったひとつ、他にも同じ声はあるだろうけれども
 目の前で『助けて』と言われているのには変わらないのだから
 聖人君子になる気は毛頭ない
 けれど皆がそうやって目の前の誰かを助けていけば、きっとすべてを補える

 「口先だけでなら何とでも言えますがね、お嬢さん。
 アドバイスどまり、それ以上は何もしますまい。誰も心の底から本気になどしません」

 「それはそうかもしれないけど・・・」

 イーティの言葉は尤もでブルーの困ったような表情を見て、タカムネはふっと目をつむって言う
 キューブのなかに、風が吹いたような気がした

 「ねーちゃん。俺はな、ねーちゃんみたいな奴らを助けるためにここに来たんだ」

 実在するかもしれない 
 実在しないかもしれない

 ゼロの意思
 ゼロの救済

 それがタカムネの守りたいもの、いや今彼を動かすもの

 
 「さて、他に何か聞きたいことは? 時間も惜しいんだろ?」

 「え、えーと・・・」


 ・・・・・・


 ブルーは思い出した
 ああ、くそう、また心揺さぶられそうになった
 でも何かそこまで揺さぶられない、とさっきのキューブで堪えたのを・・・気づかれたのかな
 当のタカムネが落ち着き払って、そんな彼女を見て笑ったのが妙に気になる 

 タカムネに聞きたいことは、まぁ色々聞けた
 そうして別れて、ここに来た
 向こうも話したいことは話せたとかで、もう追ってこないという


 2人の寝顔を見て、ブルーは思う
 この2人も、きっと似たようなこと言うんだろうな・って
 そういう奴らが集まったのが、図鑑所有者なんだ

 組織はシナリオとか、人をゲームか何かに見立てていたりしている
 そんなのが気に食わないのだろうか、それとも単にアタシ達の側に立ったから組織が敵になったのか?

 ゼロ、か

 イーティの言うことも尤もだし、以前のアタシなら同じこと言ってたかもしれない

 「変わったなぁ」

 変わらせてくれたのはみんなだ、いや戻してくれたのかもしれない
 そんなみんなの為に、アタシは頑張る

 「ご両人っ、アタシは先行くからね」

 ぴっと背筋を伸ばし、静かに手を振った
 それからもう1枚2枚と写真を撮って、うふっとまた笑った

 「また会いましょ」

 そうつぶやいて、ブルーの姿はこのレストキューブから消えた
 

 「レストキューブ(7)」
 侵入者イエロー、滞在
 侵入者レッド、停滞
 侵入者ブルー、通過





 To be continued・・・
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