〜最終決戦・九〜

 「また会いましょ」


 ・・・・・・


 幕引きの前振りにはあまりにも唐突で
 特大の津波が、半分にも満たないゴールドの津波に覆いかぶさった

 「うぉっ」

 下から突き上げる水流と押し潰さんとする水流がせめぎ合い、飛沫が舞う
 いや、このままだと食われる
 ニョたろうがじりじり、と勢いに押されて後ろに下がっていくのをゴールドは後ろに立って押し返した
 「どこ行くんだよ?」と軽口言いつつ、ウインクしながら

 ドドドドドドドドドドドドドオオォォオという滝のような
 激しい水音に霧散した飛沫で辺りが白くかすむ
 
 「負けんじゃねぇぞ」

 ニョたろうの背中を支えて、ゴールドはそうつぶやいた

 「負けんじゃねぇぞ」

 今まで
 これまで
 どんな敵だってぶつかってきた
 気合いで負けたら後がねぇ
 勝って進む
 
 「・・・水エネルギーとか耐久型とか何とかわかんねーよ。わかんねーよ」

 「適当にやってきたお前達とは育成の次元が違うのだ」

 ぶつかり合う水音が少しずつ、小さくなっていく
 クレアのなみのりがゴールドのなみのりを押し潰すように、呑み込んできたようだ
 
 「適当? ハッ、なにぬかしやがる」

 努力値だの種族値だの、そのポケモン個体に合った育て方がどうした
 なんで、そんなことしなければいけないのか?
 そんなことしなくても、ポケモンと向き合い、互いが真剣になれば・・・強くなれる
 育て方なんて問題じゃない、大事なのは互いの心と・・・それらを結ぶ絆だ

 「なぁニョたろう、俺は間違った育て方をしたか?」

 その言葉に、ニョたろうの腹にぐっと力がこもる
 それから技を放つのに気が散らないくらい軽く、ぺしっとツッコミ程度にはたかれた
 水音が、わずかにまだ激しくなっていく

 「負けんじゃねぇ」

 耐久型ってことは特防辺りを重点的に育てたってことか
 そんなやつに押されてるのか
 相手のトレーナー能力で強くなっているから、それもしょうがない?
 知るか
 
 今までも、
 これからも、

 「負けてたまるかぁああぁあ!!」

 トレーナー能力で水流水圧操って威力上げても、攻撃に懸けたゴールド達が劣るはずがない
 その想いを真っ向からぶつけていく
 
 ドババババババババッババババとニョたろうのなみのりが、逆にクレアのなみのりを押し上げていく
 そのことにクレアは目を見開いた
 明らかに後から、徐々に勢いが増している
 

 しかし、そのなみのり同士のぶつかり合いも、いつまでも長く続くわけではない
 力と力、それらを呑み込むことなくはじきあった
 轟音と破裂音、砕け散り互いに向けてのけぞった水の塊がキューブ内に飛散する

 どぱっ、ぼぼぼぼぼぼぼっぼぱんごぷんとキューブ内の水量がいきなり増える
 クレアやゴールドがキューブ内の、更に流れ込んでくる水を引き寄せたせいで排水量を大幅に上回ったからだ
 特大のなみのり分の水量は別の波となってクレアの首まで届き、ざぶざぶと押し寄せてくる

 ゴールドとのぶつかり合いが拮抗し、長引いたせいでミロカロスの消耗が思いのほか激しい

 「ミロカロス、ねむる」
 
 呼吸と体力を回復させる指示を出し、周囲をギャラドスと警戒して見張る
 大波小波、寄せては返す、大波小波
 豪雨と併せて、足元が浸るまでしか及ばなかったキューブ内の水量は10倍以上にもなっている

 「(・・・・・・侵入者の姿が)」

 消えた
 はじきあったなみのり後の余波に呑まれた、いや違う

 キューブ内を高速で何かが泳いでいる、のがわかる
 水流と水圧から、それを感知出来るのだ

 間違いなく、ゴールドだろう
 彼を抱えて泳いでいるのはマンたろう
 元々マンタインはひこうをタイプに持つが水中で生活し、水のなかを飛ぶように泳ぐポケモンなのだ
 クレアの能力の影響を受けた、ちょすい無効のあまごいから逃れて自在に動き回れるようになった
 
 いや、ゴールドはこれを狙っていたのだ
 なみのりをぶつけてみたら、向こうはそれを打ち破る派手な水技を繰り出してきた
 うまくそれを利用して、一時的にキューブを水没させることであまごいから逃れ攻撃に転じる

 「無駄だ」

 クレアの首元まで及んでくるほどの水量、ゴールドがそれを利用しめがけてくる
 すぅと彼女は息を吸い込むと、それを合図にするようにギャラドスが呼応し、水が揺らめく
 ざ、ざ、ざ、ざ、ざ、と彼女を中心に流れが生まれ、すり鉢状になって水が彼女から離れていく
 突っ込もうとし水中からそれを見ていたゴールドは驚きだ
 
 それどころか、その流れが次第に大きく拡がっていきキューブ全体に行き届く
 クレアの水の支配だ

 特能技に値するこの潮流は『キール・アフアイン』

 緩やかな水の流れ、ゴールドもマンたろうにも何の影響も受けない程度のものだ
 しかしそれは確実に、周囲の水全てがゴールド達の敵となったことの表れだった
 水のなかにいるとわかる浮力とは別の何か、かかってくる力をまさに肌で感じている

 ぐん、と今度は肌でなく身体全体で感じ取った
 浮遊感、いや周囲全てが持ち上がっていく
 一度受けたミズチと同じように、だが今回のはキューブに溜まっていた膨大な水がすべて天井へと向かっている
 クレアのギャラドスが昇竜のごとく、それを体現しつつゴールドとその周囲全ての水をまとい上がっていく
 彼女の操る水が、キューブを満たしていた水を塊のまま押し上げているのだ

 「ショールゥム」

 これまで下に溜まっていた1m以上の高さのあった水が、雨雲まで呑み込んで・・・すべて天井に押し上げられ貼りついた
 まるで天と地が逆さまになったように、この世の光景とは思えないものとなった
 ギャラドスとミロカロス、そしてゴールド達が落ちない水の塊のなかを漂っている
 いや、ゴールド達は泳ぎ続けていないと浮力が重力に負けて落ちてしまうだろう

 特能技『ショールゥム』
 字のごとくクレアの頭上に、美しい波の揺らめきと遊泳するポケモン達という幻想的なショールームが出来上がった
 彼女はそれを見上げ、笑っている


 「(な、ろう!)」

 がぼぼぼとゴールドが水中でにらむ
 息も長く続かない、ここは早々に出た方がいい
 だが、今のマンたろうにゴールドとニョたろうを抱えて飛び出して、追撃まですべて避けきれるかどうか
 少なくとも敵、特に飛行タイプを持つギャラドスが少しの間でも追ってこられないようにしなければなるまい

 ギャラドスが突っ込んでくるのを、マンたろうが素早く避ける
 狙うならねむっているミロカロスだろうが、このショールゥムを作り出しているのは恐らくギャラドスの方だ
 
 「ばんばばぼば、べばばばぶーば」

 ・・・・・・
 しまった
 水中じゃ全然技名言えない!

 それでも何とか通じたのか、マンたろうのれいとうビームが放たれる
 技の周囲の水を巻き込んで凍らせ・・・・・・てしまい、勢いががた落ちだ
 凍らせられるものがいっぱいあって強くなるものと踏んでいたが、逆だった
 中途半端に凍った氷柱はショールゥムのなかにふわふわと浮かびつつ、少しずつ上にいってしまう
 
 ここでゴールドの顔色が一気に悪くなってきた、息が保たないのだ
 ニョたろうが慌てて下に向かって泳ぎ、空気の泡を持ってこようとする
 そこへギャラドスが大口を開けて、ぺろりと呑み込んでしまいそうなくらいの勢いで突っ込んでくる
 ゴールドは苦しいのを抑え、マンたろうの全身をぶつけてそれを阻止し、素早く離れた
 が、ギャラドスがぐらついたのもわずかでしかも矛先が変わってゴールド達に向かってくる
 
 ニョたろうが逃げ出し、下を向いた水面に手を伸ばしたところで何かが彼を襲った
 バチバチッと痺れるその一撃、ニョたろうが振り返ってみればミロカロスが目を覚ましていた
 
 「めざめるパワー」

 クレアの指示は地上からでも天井へとしっかりと届いていた
 水は音を阻害することなく、よく伝える

 「〜!」

 ニョたろうがきぜつするか、と思いきや耐えた
 こうかはばつぐんだが、タイプ不一致だったからか
 手を伸ばした先が外気に触れ、ばしゃばしゃっと乱雑に空気を呼び込み、出来た細かな泡を大きなひとつにまとめる
 人の顔サイズくらいあるそれを大事そうに抱え、ゴールドの元へ急ぐ

 当のゴールド達はギャラドスとミロカロスと追いかけっこをしていた
 もう彼の顔色は最悪で、必死でマンたろうが逃げてくれてはいるが具体的な指示がないとワンパターンになりやすい
 下から立体的に観察出来るクレアなら、それはすぐに読み取れた
 
 「ギャラドス、侵入者の上方へ回り込め。ミロカロスはニョロトノの下方へ回り込みめざめるパワーで仕留めろ」

 ショールゥム内では泳ぎ続けなければ落ちてしまうゴールド達に対して、ギャラドスは上へ回りこんで徐々に迫ってくる
 長い巨躯が隙間を作らず、逃げ込むスペースを作らせない
 ミロカロスはゴールドを追うのをやめて泡を守るニョたろうを完全に標的にし、狙いを定める
 
 しかし、追いかけていたギャラドスが上に回りこむ行動に出たおかげでニョたろうはゴールドの元へ行けた
 ミロカロスが下から回り込み追い、挟み撃ちという形でピンチではあるが・・・・・・大事に抱えていた泡をゴールドの口元に運んだ
 ごぽんとゴールドの顔が泡に包まれ、それが彼の苦しそうな呼吸と共に少しずつ小さくなっていく
 マリルリのようなことは出来ないが、即席にしては上出来だった

 ここから、早く抜け出さなければ

 そこへ大口を開けて迫るギャラドスとめざパの狙いを定めるミロカロス
 身体をうまく使ってゴールド達に覆い被さるように、逃げ場を作らせないのは流石だ
 ニョたろうはこっち来ないで〜!と言わんばかりに手足をばたばたさせ、まだ指示も出さないゴールドと交互にギャラドスを見た
 もはやどんな指示も間に合わない、そんな至近距離になり、食われる1cm前で・・・・・・ばたつかせていたニョたろうの手がギャラドスに触れた

 ボンッ、と水中で音だけがした
 ギャラドスがニョたろうから、何かで吹っ飛ばされたかのようにのけぞっていく
 離れた地上にいるクレアからはよく見えないが、ただのばたつきではなかったのは明白だ

 「(ばくれつパンチ)」

 高い威力で命中が低いその技は、ギリギリすぎるほどの至近距離でやっと活きてくる
 泡のおかげで呼吸と指示を回復させたゴールドが、密かにニョたろうに囁いていたのだ
 
 技の効果で混乱し、威力でのけぞり距離が生まれたギャラドス
 ようやく使える

 「ニョたろう、うずしおだ!」

 泡でまともな指示を出せたゴールドに応え、ニョたろうはぐるんと腕と身体を回す
 するとニョたろうから少し離れたところに小さな渦巻きが、そしてそれが徐々に大きくなっていく
 やがてショールゥム全体の水を巻き込んで、大きなうずしおという流れを作り出した

 「ほぅ」

 クレアの支配下にある水でも、技の使用でその流れを強引に変えた
 長い巨躯を持つギャラドスとミロカロスはショールゥムごと渦潮に巻き込まれるが、文字通り渦中にいるゴールド達も同様だった
 
 「(ちっ)」

 そこまでうまくいかなかったか、とゴールドは心のなかで舌打ちした
 クレアのポケモンはどちらもでかく長い身体しているから、渦に巻き込まれやすいと思った
 対してゴールドのマンたろうはうずまきじま付近の出身で、こういった環境に慣れているから少なくとも向こうより動けると考えたのだ
 しかし、実際はこの渦のなかで混乱に苦しみながらも同じくらいの動きで、いや渦に逆らってこちらに牙を向いている
 多分彼女の能力、このショールゥム内の水が何か関係しているのだろう
 

 そこまでうまくいかなかったが、まぁいいか
 ゴールドは納得した

 ショールゥムの水が渦になり、渦は下方一点へ集中し旋回し続ける
 渦は大きな竜巻のような円錐形に、どんどんショールゥムという水の塊の形を変えていく
 ゴールドの狙いはこれだ
 渦の力でショールゥムを変形させ、流れに身を任せて渦の終わりまでいき、そこから地上へと脱出すること

 そこにギャラドス達が渦の流れを突き破って突進してくるものだから、マンたろうは流れに身を任せるだけでなく全速力で泳ぐ
 ゴールドを抱えているので水の抵抗も普段以上だ、向こうが混乱でなければ逃げ切れなかったかもしれない
 円錐の先端近く、水の薄くなったところから思い切ってマンたろうが空へと逃げた
 
 「ぷはァ!」

 ショールゥムから抜け出すと、ゴールド達は空気を思い切り吸い込んだ
 あのなかの水はやけに重く、粘性に近いものを感じていたが・・・水エネルギーが濃いからだろうか?
 
 マンたろうが滑空し、まだ少し距離のある地上を目指す
 そこにいるクレアが微笑んだ

 ぱん、とショールゥムが水風船がはじけたような音を出して破裂した
 ゴールドがいなくなったからか、ギャラドスが混乱状態だからか
 いや、特能技をクレア自ら解除したのだろう
 そんなことしたら混乱中のギャラドスとミロカロスが空中に放り出されることになるが、とゴールドが上を見た

 ショールゥムを解除した水でさえ、まだクレアの支配下
 天井を厚く覆っていた水の塊が破裂し飛散、結果・・・大きなつぶてとなって落下してくる
 あまごいの、比ではなかった

 ゴールド達がそのことに気づけた時には、それらが彼らを直撃し、地面へと叩き落していた
 鉄の塊が落ちてきたかのような、衝撃
 鈍い音がキューブ内に響く

 
 「・・・仕舞いか?」

 ぼろ雑巾のようになったマンたろうの下でまだ息づくゴールドとニョたろうを見て、クレアがそう訊いた
 馬鹿にするような含みはなく、ただ事実を知りたいだけの言葉だった

 空中に放り出されたギャラドスもミロカロスも、常に流れ込み、再び足首程度まで溜まっていた水のおかげで緩衝されほぼ無傷で降り立った
 満身創痍、それを無理に突き動かしているゴールド達とは大違いだった

 大量の水もすっかり排水され、キューブ内の水量は当初と同じ足首辺りまでになった
 ゴールド達とクレアの距離は3m、クレアとギャラドスたちとの距離は5mほど空いていた
 
 「・・・」

 マンたろうの下で何かささやくような、開けた口から漏れた空気と水が混じり合う音がかすかに聞こえた
 その言葉を聞こうとしたのか、クレアが一歩近づく

 瞬間、マンたろうの下からゴールドが飛び出した
 うおぉおぉおぉおおぉと叫び声を挙げて、力一杯拳を振り上げた

 バシッと、ゴールドの右拳がクレアの左肩に直撃した
 こんなの反則だ、やけくそだとわかっていても身体が動いてしまった
 ゴールドはその拳を肩から離さず、ぐっと力をこめて、それを支えにかろうじて立っている
 その心に満ちているのは、後悔と無力感に似た冴えず暗い何か――だ

 「満足したか?」

 ボロボロとはいえ男の拳で、渾身の力で叩かれたクレアだがその表情も姿勢も崩さなかった
 びくともしない

 「・・・この程度の力で組織に、四大幹部に立ち向かおうというのか」

 「るせぇ・・・」

 ゴールドがつぶやき、クレアに当てている拳に更に力を加えて押す
 彼の腕、肩から全身に震えがはしる

 「私は痛みを感じない」

 クレアの囁きに、ゴールドが少し顔を上げた
 以前から見覚えのある、毅然としながらも見惚れるような整った顔立ちがすぐ傍にあった
 
 「私達、四高将は1人1人何かしらの感覚が欠如している」

 ゴールドはそのクレアの表情を見て、何か・・・あのクレアと似た何かが見えた気がした
 顔が同じ、いやもっと違う何かが同じなのだ

 「欠如した感覚は他の感覚を強化し、ポケモンとの繋がりをも深める」

 感覚の強化はハンデを補って余りあり、人として何かの限界を超える
 より深く、互いを埋めあうようにポケモンと繋がることでトレーナー能力に一層の力を得た
 他の能力者とは、まさに一線を画した存在
 四高将

 「それでもなお、そんな私達の上に立つのが四大幹部」

 感覚の欠如で得た力を持ってしても、追いつくことが出来ない神的な存在
 誰も実現し得なかった、ポケモンバトルの根幹を覆すトレーナー能力を持つ
 四大幹部


 ああ、わかった
 クレアとクレア
 みがわりで出来たクレアと生身のクレア

 みがわりの方がどこか人間臭く、生身の方が・・・どこか人形のようだった

 ゴールドの身体から力が抜け、ずるずると腰から落ちた
 彼女の肩についた拳ががくっと落ちて、宙をつかみそこねてもがく
 ばしゃんと膝に水がつかり、それでもなお・・・彼の手はもがいた先にあったクレアの服をつかんで離さない

 「お前は、まさに痛感しているのだろう?」

 トレーナーとしての、
 能力者としての、
 力の差
 
 無情な彼女の言葉に、ゴールドは動かない
 ぱしんと服をつかまえている手を叩いて振り払い、クレアはゴールドを引き剥がす
 そうして触覚のない彼女の叩いた手は痛くも振動も感じない、ただそう見え・音が聞こえただけだ

 「ギャラドス、あばれる」

 後方に控えていたギャラドスが、混乱状態のまま暴れだした
 興奮し、がむしゃらに暴れ、周囲を巻き込む・・・それだけの技にとどまらない
 長い巨躯を振り降ろし振り抜くことで、その身体にまとっている水が勢いよく飛んでいく
 シュパァッと軽やかに飛ぶそれらはクレアの後方から、彼女を半ば巻き込むようにゴールド達をめがけてくる

 飛んでくる際の風圧に近いもので後方へはじかれ、ザクザクザクザクッと肌の表面を水が切り裂いていく
 あばれることで、飛ばした水をウォーターカッターのように変化させて周囲のものをも切り刻む
 飛ばした水はキューブ内の、足元に広がる水ですぐに回復し、途切れない

 どしゃばばばばっ、と吹っ飛ばされたゴールドが床に着水しつつ転がる
 もはや何の抵抗も受身もなく、あばれるに身を切り裂かれるだけだった
 こんらん状態を自ら招くあばれるだからか、ウォーターカッターは滅茶苦茶な方向に飛ぶばかりだが、迂闊に近づけない
 逆に乱雑な飛び道具があるおかげで隙をうまく消している、といっていい


 ・・・おいおい、よぉ
 あまごいで全体攻撃、最強の水技ハイドロポンプ、巨躯を活かし逃げ場を作らせないかみつく、ウォーターカッター付きのあばれるを使う凶悪な暴君のギャラドス
 どくどくで体力を奪い、でっかく周囲を呑み込むなみのり、同じ水やその耐久型に対抗しためざパ電気、気力と体力を回復させるねむるを使う難攻不落のミロカロス
 ちょすい無効に巨大な水の塊を浮かべられる特能技とか、こんな化け物染みた能力にどう戦えっつーんだよ・・・

 完全に能力を使いこなしている上、感覚を欠如してるから一層強くなりましたァ?
 こんなんがまだ3人、それ以上が4人って・・・・・・どんなレベル設定だよ


 ゴールドの意識が深く、深く沈んでいく
 どくどくに侵された身体が重い、マンたろうもニョたろうも同じ状態・・・図鑑を開かなくても相棒の顔を見ればわかる
 このまま眠ってしまえたら、すげぇ楽だな
 あばれている音が、次第に次第に遠くに聞こえてくる

 
 ああ、もう終わりか


 ・・・

 
 『終わるかバカ』

 
 深い、深い、深い、意識の底で
 鋭く長く輝く刀身の大きな槍、それを両肩で抱える誰か

 上から落ちてきたゴールドを迎えた、誰かの声が笑う

 『ようこそ』

 そして

 『くたばってこい』

 どすっ、と槍の柄がゴールドの下腹部にめり込んだ
 うめく声も聞こえぬまま、落ちてきた意識体が消えた


 ・・・


 どくっとゴールドの身体がはねた、ように・・・わずかにけいれんした
 痛みで、意識を回復したらしい
 まわってきた毒で、それでもまだ朦朧とし吐き気もしているが・・・・・・やれる

 「ぅ、ぁああ」

 ゴールドが這いつくばり、膝と肘をかろうじて立たせて、胴体を軽く持ち上げる
 顔を上げ、かすむ目でクレアとギャラドス達を視界に捉える

 マンたろうは、もう駄目だ
 戦闘不能状態、きぜつしている
 ショールゥムが破裂した特大のつぶてからゴールドを、ウォーターカッターからニョたろうをかばったのだ
きぜつしたのが落下直後だったにしても・・・その身を盾にして、今までよく頑張ってくれたと思う

 ニョたろうが、最後の力を振り絞って起き上がる
 漢・マンたろうがかばってくれた身、トレーナーも気力を振り絞っているのにここで立ち上がらないで何が相棒か
 そうして残る力で一気に起き上がったが、すぐに力が抜けて、その場にへたり込んでしまった


 それでも、ゴールドとニョたろうが起き上がった
 クレアに対し、戦う意思を見せている
 
 彼女はわずかに目を見開いた

 初めてだ
 こんなにも粘る相手は

 ここまで力の差を痛感して、なお立ち上がる心の強さ
 否、そんなもので片付けられない

 これは『異常』だ
 目の前で起きていることは、本当に現実か?
 どうダメージ計算を考えても、HPも気力もとうに尽きているはずなのに

 クレアはおのれを戒めた
 視覚を疑うな、と
 目の前にあるものが現実と受け止めろ

 触覚がない彼女はおのれで触れ、相手に触れられることで確認することが出来ない
 まぶたを閉じれば、何をされてもわからない
 接触も、温感も、冷感も、痛痒も、愛撫さえも・・・・・・だから決して疑ってはならない
 今までこの目で見てこられた思い出さえも、否定するに繋がっていくから

 この目で見える侵入者の眼はまだ死んでいない
 戦いを挑んでくるつもりだ

 「いいだろう」

 クレアは言った
 目の前で、呼吸音が聞こえる間はずっと相手をしてやろう
 常に流れ込む清涼な水は血や体臭をそいで、洗い落としていくこのキューブで
 

 「ギャラドス」

 混乱しているギャラドスを呼び起こし、ゴールドの方に向けさせた
 体力も気力も充分なミロカロスのめざめるパワーでも良いだろうが、念には念を入れなければならない
 
 「ティポンショット」

 突然
 ごぼぽぼぽぼんっと、ギャラドスの長い巨躯全体が風船のように膨れ上がった
 相当量のエネルギーを内部から生み出し、外部から取り込み、体内に溜め込み、そうなった
 それも一瞬だけ
 そのエネルギーはすべて口から一点吐き出され、そこにとどまった

 はかいこうせんの前振りに似ているが、明らかに違うものだ
 ギャラドスの巨躯の倍はある最大級の水エネルギーの圧縮、そしてそれを放つクレアの秘技

 それは炸裂し、回転しながらゴールド達めがけて飛ばされた
 ポンプではない、大砲・・・それ以上のミサイルだ

 ただ速いそれを回避することかなわない
 相対的に時間がゆっくり進んでいるようにも感じられた

 そう、ゴールドが静かにニョたろうに技名を言えるだけの
 時間はなかった、それでも感覚的にその余裕は確かにあったのだ


 「『ヴァリオスロウ』」

 ニョたろうの口から、ハイドロポンプより細めの直線状の水流がほとばしる
 パァンという軽やかな音がし、クレアのティポンショットと真正面からぶつかった

 質量が違いすぎる
 こんなもので、どう対処しようというのか

 しかし、ポケモンの技にもない
 報告でも聞いたことのない、組織内外の情報を全て知るクレアも初めて聞く技名
 ゴールドの新たな特能技に違いない

 そういった技同士のぶつかり合いでも、能力者の特典は発生する
 いずれ呑み込まれる、そう読めた


 ティポンショットとヴァリオスロウ
 2つの水タイプの特能技
 両者がぶつかって感覚的には1分、時間的には5秒経った
 互いが一歩も引かず、動かないまま硬直状態となっている

 まただ
 また異常だ
 
 四高将の放つ『特能技・ティポンショット』があんな小技に止められるはずがない
 
 「ギャラドス、何をしている」

 クレアが激を飛ばすと、徐々にヴァリオスロウとぶつかっていたティポンショットが前に進みだした
 ズズ、ズズズ、ズズ、とわずかずつ押している

 そして、堰切ったようにティポンショットが勢いを取り戻し、ゴールド達へ直撃した
 回転する超々圧縮の水エネルギーは、海の大渦潮のように食らったものをずたずたに引き裂き、押し潰す
 勢いのままにキューブの壁と衝突し、技の余波が津波のように反り返り、行き場のない水が逆流し、キューブ内で荒れ狂う
 突風としぶきがクレアにぶつかるが、濡れたそれらはじっとりと重く、指先で押さえるだけで乱れることはなかった


 どすっ

 ギャラドスの長い巨躯が大きく大きくのけぞり、伸び上がった身体の先端・後頭部は高い高いところから落ちていく
 ぎゅあぁあぉおぉぉん、とうめき声をあげて

 何が起きたのか、わからなかった
 ただ視覚を疑ってしまった

 目に映ったのは、ただ真っ直ぐに進んできた水流
 それがギャラドスの首周りを撃ち抜き、身体をのけぞらせ倒した事実

 ヴァリオスロウは呑み込まれ、結果、ティポンショットがゴールド達を倒した
 そうではないのか?

 水の扱いに長けたクレアが、ただ両者の水タイプの技に見えたものの事実からその謎を解き明かす

 
 結論から言えば、呑み込まれなかったのだ
 ただ真っ直ぐに、ティポンショットを貫いて突き進んできた
 ティポンショットそのものを壊すことなく、ヴァリオスロウそのもののままに

 あたかも粘土に刺さった竹串が、互いの形を保ったまま貫き・すり抜けあうかのように

 能力者の特典の影響を受けない特能技
 侵入者ゴールドの不屈、貫き通す意志が体現された一撃

 
 そして、それは今もなお・・・・・・


 「っ、う、ぅ」

 上体を、頭も腕もぐらんぐらんと位置が定まらないままゴールドとニョたろうが立っていた
 あのティポンショットを受け、キューブの壁に身体を打ちつけ、回転でずたずたにされたにもかかわらずか?
 
 ・・・大きなひれを持つマンたろうが、ゴールドとニョたろうを包み込んで特能技と壁との緩衝材になったのだ
 無意識でマンたろうがそうしたのか、それともどちらかが意図的にそういう形で盾にしたのかはわからない
 
 まだ侵入者が立っている、それだけが事実だった

 「・・・・・・」

 クレアはかかとをつけたまま後ずさった
 悪寒といったものが肌を襲うことはない
 しかし、目に見えるゴールド達が彼女をそうさせた

 「・・・!」

 ぶっつ、と何かが強引に千切れるような音がした
 クレアのなかだけで

 直立不動のまま、彼女は動かない
 
 
 ・・・ ・・・


 ある日のこと
 それは『玄武』という執務室兼医務室に尋ねてきた少年の一言から始まった

 「ねぇ、譲ってよ」

 気楽そうな少年がそう私の上司に声をかけた
 黒の腕輪を持つ青年はその少年の顔を見た

 「譲れ、と言われても」

 「じゃ、交換。いいでしょ?」

 当の本人を差し置いて、いやそれよりもいきなりどういう会話なのだろう
 私が固まっていると、足元に機械仕掛けのおもちゃのような震え方をしてる老人が出てきた
 ひょひょひょと笑っている老人が、ちらりと私の方を見て少年の方を向いた

 「どーしたどーした」

 「あ、翁。ね、彼女と換わってよ」

 「ひょーっ」

 少年から突然転属を命じられたからか、奇声を出す老人は15cm以上はある白いあごひげをさすった

 「ええよ」

 「わーい」

 「タケトリ。・・・・・・あなたはどうしますか、クレア」

 あっさりとした快諾、少年のペースで進む唐突な話に私の上司も困っているようだ
 それでも私の自由意志に委ねてくる

 「上からの指示でしょう。異存はありません」

 「やたーっ、よろしくクレア」

 「やれやれ、みんなディックに甘いゲファア!」

 「ひょひょひょ、ほれグライド、ハンカチーフ」

 「ありがとう、早速世話になるが後は頼ん・・・」

 ハンカチーフを受け取る前に、ばたんとグライドが倒れた
 いつものことだ
 私がその手を伸ばし、いつものようにベッドへ運ぼうと伸ばした腕を少年がつかんだ

 「もうキミは僕の部下だよ」

 軽く握っているように思っていたが、少年の服の下の筋肉などを見ればぐっと力がこめられているのがわかった
 その目も表情も微笑んでいるように見える

 「・・・わかりました。タケトリの翁、よろしくお願いします」

 「若いもの同士仲良くやんなさい、ひょひょひょ」

 タケトリがグライドを運ぼうとして、ポケモンを出そうとボールに手をかけるのを見て私は思い出す
 そうだ、換わるなら

 「腕輪の交換を」

 「それもいい」

 ぐい、と少年が私の腕を上に向けるようにひねる
 強引な彼に私は閉口した
 
 「ええよ〜。紫はわしにピタリじゃし」

 格調も高い色で、気に入ってるなどとタケトリは言うがこれは階級章のようなものになるのだ
 黒と青の間は紺で玄武につく、青と赤の間は紫で青龍につく、赤と白の間は桃で朱雀につく、白と黒の間は灰色で白虎につく
 就く者が換わったのなら、腕輪は交換してしかるべきだ

 「いいよ、そのくらい」

 「・・・わかりました」

 上司が良いと言うなら、下の私が何度も口出すものではない
 腕輪の交換はしないが、せめて私の下が混乱しないように司る方位は換えよう
 そして、腕輪よりそちらで定着するようにクレアより巽・・・『タツミ』と呼んでほしい
 ディックは面倒臭そうに、それでも「いいかぁ」と賛同してくれてほっとした

 玄武から出ると、少年は自分の部屋へ戻ろうと言った
 つかんでいた手を離され、少し自らの腕に触れた
 「痛かった?」と少年が聞くが、私はそんなもの感じないのだ
 知っていてしたのではないのか、知らないで交換を申し出たのか
 直に聞くのはどうかと思い、何度も口にしようとしてためらい、迷ったが、ついに『青龍』という執務室の前まで来た上司に聞いてしまった

 「ディック様は、何故・・・・・・私と翁の交換を申し出たのですか?」
 
 「ええ〜、なに面倒臭いなぁ」

 上司は執務室の鍵をポケットのどこにあるのか、とごそごそと探っている

 やはり失言だったか
 私は無礼を詫び、押し黙ることにした
 歳が10近く下とはいえ、上司なのだ

 「ああ、あったあった。もう面倒臭い」とつぶやいてから少し、少年は扉を開けてなかに入っていく際に振り向いて唐突に言った

 「色々ね、気に入ったから」

 「は?」

 「まぁ、いいよ。これからよろしくね、クレア」

 「・・・はい、ディック様」

 そうして、私は彼に仕えることとなった
 とりあえず、この部屋の鍵の管理は上司に代わって私がしよう
 これからは彼の傍について離れないのが当たり前になり、責務となるなのだから
 
 ・・・

 「またディックは〜、そんなイロモノ幹部候補を自分のとこに引き入れてぇ!」

 「面倒臭いなぁリサは」

 ガミガミガミガミとディック様の執務室から、四大幹部であるリサ様のお叱りが聞こえる
 情報総合管理室から戻った私は、何故か扉から二歩離れたところで足を止めて入るのをためらった
 リサ様の怒号があろうとなかろうと私は構わず入っていく、それがいつものことだ
 しかし、何か予感させたのか・・・

 執務室もキューブだが、正確にはキューブ内にある部屋だ
 そこの場合は高さ3m×横24m×奥行き18mほどのキューブの床端・奥行き/幅2mほどに仕切りを立て、扉をつけて、廊下と部屋に便宜上分けたものだ
 廊下の左右の端にはワープ装置があり、操作すればどこにでも繋げられる
 こうして廊下などと分けずに直接なかに跳べるようにすることがないのは、機密やプライバシーの問題などがあるからだ

 「いいじゃん。白虎組は実力派少数精鋭主義で、朱雀組はバランス良く沢山いて、玄武組は珍種管理主体。
 青龍組は来るもの拒まず、面白さ優先でー」

 ああ頭が痛い、とリサ様が額を抑えているのに違いない
 怒号が止まったから
 
 実際、その通りの分け方だった
 結果的に朱雀組が一番の大所帯で10とするなら、青龍組は5、白虎組は3、玄武組は1となる
 どこもよくまとまってはいるが、人数や志望にかなりばらつきがあるのはリサ様の性格によるものが大きいだろう
 四大幹部全員の性格や性質を考えると、朱雀組を選ぶのは無難とも賢明といえる(特に実力派で固める白虎組は同組内からの推薦がいる)

 「・・・せめてタツミに相談してからにしなさい。もう少しまともな人(意思疎通や見た目が普通の人)を入れないと苦労させるわよ」

 「えー、面倒臭い」

 ためらうことはない
 いつものディック様、リサ様のやり取りに間違いがない
 私は執務室の扉の前に再び立とうと、足を一歩踏み出した
 
 「それにさー」

 ディック様の言葉が、珍しく続いた

 「まず見て聞いて変か面白いやつらじゃないと、つまらないじゃないか。
 そっちの方がタツミだって笑えるでしょ? 気ぃ抜かせてあげないと〜」


 ・・・・・・何故、執務室のキューブから離れた
 わからない
 
 私は洗面所にいた
 時間に遅れても執務室に入るのをやめたのも生理現象だから、と最もらしい言い訳が出来る場所だった

 そこにある鏡に映る私を見た
 いつものように、「大層な感情表現」の仕方を忘れたような表情があった
 微笑や失笑、眉をひそめた困惑や苦悶、そんな程度・それくらいなら取り繕える
 けれど、リサ様のように怒鳴ったり、キョウジのように大口を開けて笑ったりすることはない
 大きく崩れない表情は上品やクールさなどではなく、そういう表現よりも人形と呼ぶに近かった

 「・・・・・・何を莫迦なことを」

 一瞬でも脳裏をよぎったことを、私は心のなかで嘲笑しかき消した
 ディック様の目は私に向いていない、とうに知っていることだ
 ただの戯れなのだ
 イロモノ幹部候補などを集めるのも、役割を果たすこととその目的があってのことだ
 
 全てが断定出来ることだ

 これまで、それだけが出来るほどにディック様についてきたのだ

 私は自身の髪に触れた
 長めのそれをうっとうしくも、くすぐったいとも思わない・・・いや感じない
 黒に近い紺色の髪が、私の腕輪とよく合っているからというのがあの時交換を断った理由だ
 戦闘で邪魔になるものを私が伸ばす理由としたら、それだけだろう・・・

 そうだ、それでも私はディック様に何も向けてはいない
 いけないのではない、いないのだ
 上司がそうであるように、私も従うだけだ
 組織の為に働き、組織の基盤を保ち、上司からの信頼に応え、上司を戒め、上司に上司の仕事させ、自らを鍛え、自らを研ぎ澄まし・・・・・・
 何事にも換えがたい主従関係に終始し、いつものように付き従う

 周囲からどう勘繰られようと、それだけが事実だ

 それだけだ


 ・・・ ・・・


 それから、ゴールドが意識朦朧と立っていた状態から何とか動けるようになるまで相当の時間がかかった
 ここには時計はないのでわからないが、感覚的に1時間以上数時間は経過しているに違いない
 ポケモンバトル中に何やってんだ、とゴールドが頭を軽く振ったらめまいがした

 目の前にはクレアと彼女を守るようにミロカロスはまだ健在だ
 ギャラドスは・・・・・・記憶にないが何とか倒せたらしい

 こんな状態の敵を倒しても無意味だとかで遠慮して、待っていてくれているのだろうか
 ゴールドはざぶざぶと重い足を引きずりながら、クレアの傍まで寄る
 ニョたろうはもう気力も体力もない、はねるでもやられてしまいそうなくらいだ
 限界も限界
 負けは確実
 だけど、バトルはバトルだ

 「わりぃ、もーいい。続けよ・・・」

 傍まで寄ったゴールドの口と足が止まった
 

 時間が止まったようだった

 クレアは動かない
 彼女の意識がない

 「・・・ぉぃ?」

 ゴールドがクレアの頬に、重く震えた腕を伸ばそうとした
 唐突にビィーッビィーッとアラームが鳴り響き、それだけでニョたろうがきぜつした
 思わず手を引っ込めたゴールドが振り向くと、ニョたろう達からきぜつしても普通はある「生気」というものが全く感じられなくなった
 更にその耳に聞こえたのは、信じられない機械音声だった

 『汪后のクレアのリタイアにより、侵入者の勝利です』

 がごん、と防水仕様の回復マシンとPCがキューブ内に出現
 ヴィーンという妙な機械音と振動がすると、クレアの向こうにあるキューブの端から螺旋階段がせり上がってきた
 その上付近の水の流れが止まり、ワープ装置へ続く扉までも現れた

 「・・・・・・ん、」

 ゴールドは全ての力が抜けたかのように、じゃばしゃっと派手な水音を立てて膝から崩れ落ちた
 その後はサァァァァアァァァと涼やかな、清廉された流水の音だけがキューブにかすかに響く


 「んだ、ょ・・・」

 小さな小さな、呼吸が漏れ出でたような声
 それから、そこへと少しずつ力を集めていく
 のどが、胸が潰れそうなくらいに苦しいが、ゴールドは目一杯の力を振り絞って叫んだ


 「んだよ、こんなんはよぉおおおぉ――ッ!!!!」


 うぉおぉおぉおおおぉおおぉおおおぉおおぉおおおおおお・・・!!!

 悲痛や疑問、胸の内に溜まる全ての感情を嗚咽と絶叫にゴールドは変えた
 身体がきしみ、その痛みで更に頭が覚醒する

 生気が全く感じられなくなるほど何もかもがボロボロになった相棒達
 体力も気力も充実した1体を残し直立不動のまま意識の途絶えた強敵
 何の感慨も感情も浮かばない機械音声が告げる勝利のファンファーレ


 全てに置き去りにされたゴールドは叫ぶほかなかった


 「四高将/巽、汪后クレアのキューブ」
 侵入者ゴールド、勝利





 To be continued・・・
続きを読む

戻る