〜最終決戦・十一〜


 「・・・・・・夢が、現実を壊すんだ」


 ・・・・・・


 ゴールドは立ちつくす
 目の前の回復マシンに乗せた2つのボールをじっと見つめ、立ちつくす
 身じろぎせず、声も漏らさず、ただ見つめ続けた
 
 ウィーン ブーン ブーン

 回復マシンは正常に作動している
 間違いなく、そうだと・・・わかるのに
 
 目眩

 ゴールドの膝は崩れ落ち、がたっと回復マシンに寄りかかる
 がしゃっばちゃっと台が揺れるが、作動に影響はない
 ほっと一息つくが、回復マシンと同じ高さの目線になってボールのなかのニョたろうとマンたろうをのぞき見た
 ぐったりとしている、わけでもない・・・その方がまだマシだ
 完全に動かない、つやを消したソフビ人形のようだ
 
 ・・・生きてる、絶対に生きてる

 なのに、回復マシンに入れても一向に回復する兆しが現れない

 どういうことだよ
 ポケモンセンターと同じ規格なんだろ、この回復マシン
 どんな傷も、だいばくはつしたポケモンだって治せるんだろ

 ・・・・・・あれか、能力者のポケモンに受けたダメージは回復しないとかどうとかか
 そんなの、程度の問題だったんじゃないのか
 今までの能力者と戦ってきても、ポケモンセンターで傷の回復は出来たじゃないか
 市販の薬も効いてたやつが、ほら・・・・・・ネオのようにげんきのかけらのようにあったじゃないか

 それも駄目だった
 回復マシンに入れる前に、手持ちのげんきのかけらをありったけニョたろう・マンたろうに流し込んだ
 けど、駄目だった

 市販の薬も、回復マシンさえ及ばないダメージの想像がつかない
 それで生きている方がおかしい、とさえ言える

 「・・・くそっ、どうなってんだよぉ」

 弱々しくつぶやくものの、台にしがみつく掌はギュウッと固く強く握りしめられていた
 そしてギッとクレアの方をにらむと、まだ元気なミロカロスがこちらを警戒している
 今すぐあの水の能力者に委細詳細聞きたいが、おそらく聞いたところで無理だとなんとなくわかっている
 
 ポケモンセンターの回復マシンで回復出来る傷は、ポケモンバトルであり得る範囲のもの
 勿論、そうはいっても治せるレベルは半端ないだろう
 しかし、今のニョたろう・マンたろうの傷は半端ないそれを越えてしまった傷なのだろう
 もしくは能力者にしかないダメージ区分というものがあり、そこに入っているのかもしれないしわからない
 ただアイテムというものの多くはポケモンに反応して、効力を発揮する
 まるで生気を感じられない状態では、お手上げ・・・・・・とみるべきだ

 「っ」

 無力だ
 本当に、何も出来やしない
 能力者を名乗っていても、その能力をまともに発現させたことがない
 
 
 ・・・・・・治す手段
 可能性は能力者のダメージは能力者にしか回復出来ない、という言葉
 つまり、その区分に入るダメージを回復させるには能力者しかない
 現時点で思いつくのは治癒に目覚めかけているイエロー、そして瀕死のクリスを回復させた組織に属する再生の能力者

 どちらか1人を、ここに連れてこられたら・・・まだ望みはある!

 ゴールドはふらつく膝を押さえ、ばしゃばしゃっと乱雑に水をはねさせながら歩き出す
 回復マシンに2つのボールを置いたまま、ゴールドは進むことを決意した

 先に進むしかない
 この身体がぼろぼろだろうとも、相棒の為に


 ・・・・・・


 「・・・んん」

 レッドが口を〜の字に動かし、がくっと首が前に倒れた
 その衝撃か何かでハッと目が覚め、薄暗い室内を見回した

 「やべっ、どのくらい寝てた俺!」
 
 少し慌てるものの、イエローの寝顔を見て少し落ち着いた
 仮にも敵地なのにまだ眠ってるのか、とは思いつつもなんだか和む
 時計を見るとあのクラト戦から2時間半くらい経っていた
 ということは、次のキューブに進めるようになっているはずだ

 「(・・・まだ寝かせとくか)」

 身体を癒す眠りなら、下手に起こさない方がいい
 自然と目が覚めるだろうし、目が覚めなければその間にこの戦いを終わらせてびっくりさせてやろう
 
 「(んじゃ、またな)」

 レッドは小さく手を振って、音をたてないようにキューブから跳んだ
 戻った静寂に響く微かな彼女の寝息は、確かに戦争の喧騒とはまるで無縁だった


 ・・・・・・


 「ハイ! シャワーズ、ハイドロポンプ」

 パンパンと軽やかに手拍子し、アーシーが指示する
 シャワーズがとっとと足踏みして、だんっと大きく地面を前足で叩いた
 ごごっと噴水広場の石畳がわずかに揺れると、それを吹き飛ばして何本もの水流が同時に噴き出した
 
 「くぅっ」

 クリスも負けじと指示して、その噴き上がる水流を避けていく
 下から空へ突き上げる水道管破裂のようなハイドロポンプは初代赤緑の時と同じ仕様だが、その実効果はみずのはどうと同じものを持っている
 それがアーシーの『特能技・ハイスシャワー』だった
 噴き上がった水流は勢いを失くし、雨のように降り注いでくるがこの状態ではこんらん効果はない

 「ネイぴょん、サイコキネシス」

 「シャワーズ、まもるのよ」

 ベールのような障壁がネイぴょんの攻撃からシャワーズを守る
 勢いを失くした雨がシャワーズの特性ちょすいと何か関係があるのかないのか、気力を回復させる
 その上、たべのこしを持っているので体力がじわっと回復していく
 元々シャワーズの種族値からして長期戦は不利だが、クリスはネイぴょんの混乱とそれにかかる能力で攻めきれないでいるのだ

 「(打開策は・・・)」

 クリスは狙う
 この噴水広場に出来た状況を利用するのだ

 
 ・・・・・・


 シュシュッンとシルバーが次に跳んできたキューブは砂漠だった
 照りつける太陽のように光と熱を持った大型のライト、足場は砂で埋め尽くされている
 こんなところを好み、得意とするポケモンのタイプは1つしか思いつかない

 「ようこそ、私のキューブへ」

 その砂漠にいたのは輝くような白さを持った、ある意味きらびやかな眼鏡青年だった
 目をつむれば髪からつま先まで白く、ひるがえるマントも白く太陽光に反射して一点のシミもない
 光沢のある白い蝋燭を思わせる洋装に、わずかに色づけるのは黒の腕輪だった
 『子』という文殊がそこには刻まれていた
 
 「幹部の1人だな」

 「そうです。私の名はチトゥーラ、純白の貴公子」
 
 赤茶の砂に立つと一層際立つ、というか浮いてしまう純白の貴公子
 シルバーはボールに手をかけた

 「もうポケモンをお出しになって構いませんよ。使用ポケモンは2体」

 右手で自らの顔を覆うようにし、シルバーを見て微笑む
 幹部十二使徒、子のチトゥーラのエキスパートタイプは地面、象るのは鼠

 突然、シルバーの目の前がまっ茶になった
 違う、足元の砂が壁のように舞い上がったのだ

 「先手の美学です」

 砂にまぎれて鋭い爪先がシルバーに突きかかる
 それを間一髪、彼のボールから飛び出したニューラが同じく爪で受け止めて防ぐ

 舞い上がった砂が重力で落ちるが、爪先同士の絶妙な衝突と力加減でポケモンだけ宙に残る
 チトゥーラの使用ポケモンはサンドパンだった
 既に地中深くに潜っていたのだ、足元の柔らかい砂のおかげでその掘り進む移動音はまるで聞こえなかった

 ニューラの冷気がサンドパンを襲うが、それを再び砂が舞い上がって阻む
 まるで砂を遠隔操作しているようなタイミングに、シルバーはそれが能力かとあたりをつける
 しかし、チトゥーラは使用ポケモンは2体といった
 キューブの主なら提示したバトル形式はきちんと守る
 となると砂はもう1体のサポートかもしれない、ここはその1体を見極めるまでニューラで粘ってみるのがいいだろう

 サンドパンがざくっと砂に爪を突き立てると、あっという間に砂のなかに潜っていった
 なんという素早さ、掘られた砂もすぐに埋まってしまって跡が見えない

 「そんなに地中が好きなら、一生そこにいろ」

 ニューラのこごえるかぜがシルバーを中心に展開され、砂の表面が白く・また凍っていく
 砂漠のような暑さにも負けず、光を反射する青年の足元までその勢いは止まらない

 「元気なことですね」

 ずずずずずずと足元の氷が震え、その揺れでぴしとヒビ入る
 やはりこの環境下では作れる氷が薄い
 しかし、氷によって表面化した水を吸った砂が重くなり、しっかりと踏ん張れる足場は出来た

 「デザードウェーブ」

 足元・地中でサンドパンが暴れているのは明白だった
 地震のコントロールか何かで、砂を震わせ勢い立たせ、キューブ全体をひっくり返すような砂の大津波がシルバーに迫る
 
 「掃討の美学です」

 すべてを押し流し、埋め尽くしてしまうほどの砂がシルバーとニューラに叩きつけられた
 まるで本当の津波がそうしたかのような、激しいダッバァンという音が砂塵と共に巻き上がる
 あたかも何もなかったような、文字通りキューブは一掃される・・・

 「・・・なかなか」

 チトゥーラは感嘆をわずかに含んだ声をあげた
 まもると氷の壁で砂に押し流されながらも、シルバー達はなんとかそこにいた
 踏ん張りのきく足場にしておいたのは正解、良かった

 「ニューラ、よくやった」

 シルバーはふーっと息をつき、相手を見る
 サンドパンは地中、それも掘り進む音も何も聞こえない
 その為不意を突かれないよう足元の警戒は怠らず、常に気を配っている必要があるが・・・能力者自身は無防備に見える

 「どうしました。ポケモンバトルにおいて先手は重要ですよ」

 足元の砂にまたさざ波のような小さな揺れ・波紋が生まれ、流れが目に見える
 砂が流動し、ざっざぁぁざざざざと徐々に波が大きくなっていく

 どんっと派手な衝撃音で砂が波打ち、そして再び津波になってシルバーめがけて倒れこむ

 「随分と派手な特能技だが、二度は通じない」

 
 シルバーは無謀にも倒れてなだれ込んでくる砂の塊に向かい、そしてニューラと同時にジャンプした
 砂の濁流に足をぶつけると、その質量差ではじき返されそうになる
 そこにニューラがこごえるかぜをぶつけ、砂の動きを制する
 と同時にシルバーの足元を固め、砂の上を滑るように逆走させることに成功させた

 どぉおおんとキューブの壁に大質量の砂が打ち付け、重い音がする
 しかし押し潰されるはずだったシルバーは軽く服の砂を払い落し、ニューラも平然とそこに立っていた
 あれだけの砂津波を恐れず、一歩間違えれば足を取られ呑み込まれる危険も充分あったが乗り越えた
 勝負度胸も充分、随分と肝が据わっている

 「やりますね」

 「ニューラ、こごえるかぜ」

 シルバーは躊躇わず、その技をチトゥーラに向ける
 しかし、砂やつぶてが壁になるように舞い上がってそれを防ぐ
 勿論ただの砂ぼこりでは防げるわけもないが、何度も何度もぶばっぶばっと音を立てて噴きあげるのだ
 勢いは徐々に衰え、チトゥーラに届く頃にはただの冷風になっていた

 「どうしました。切り込んでこないのですか?」
 
 ニューラの攻撃はその高い素早さと鋭い爪による近接格闘が売りだ
 先程からシルバーはタイプ一致とはいえ、苦手の部類に入るだろう遠距離攻撃に徹している
 地中に潜ったサンドパンと謎の1体を恐れ、または警戒しているのか
 地の利はチトゥーラだが、タイプ相性的には有利に立っているのは侵入者シルバーだ
 格闘戦になれば地中に潜っているサンドパンも自慢の爪同士の戦いに応酬せざるを得ない、そう思えた

 「あいにくどこぞの不良とは違って用心深い方でな」
 
 ざり、とシルバーが靴で地面を踏んでなじる
 チトゥーラを見て、ニューラが突然下手投げの要領で地面をえぐった
 単に砂ぼこりをあげる為と思いきや、それに混じって何かが飛んできた

 「サンドパン」

 ずずっと地面が震えたかと思うと、砂のなかから硬い石が飛び出してきた
 シルバーはもう一度同じことをニューラにさせ、迎撃させる
 砂のなかにうまっていたつぶてとシルバーの側から飛んできた何かがぶつかりあい、カカカッキキとぶつかって落ちる
 互いが互いの弾を撃ち落とし合い、またにらみ合った

 シルバーが砂のなかから掘り起こさせたのは石ではない、薄い氷だった
 割れたそれらは思いのほか鋭く、ニューラの巻き上げた砂にまぎれさせこごえるかぜで飛ばす勢いをつけた

 だが、問題なのはその薄い氷だ
 それらはシルバーが何度も行ったこごえるかぜで出来たものに他ならない
 しかし、それらは砕けてもなお、この熱い砂のなかで形を保っていた・・・のか
 ありえない
 
 「・・・・・・あなたの師は誰ですか?」

 「・・・」

 すーっと静かにシルバーを指差し、チトゥーラは訊ねた

 「あなたの素地を見抜き、最初に水を与えたのは誰ですか」

 トントントンとチトゥーラは腕を組みながら右人差し指で左ひじを叩き、小首をかしげてシルバーに真向かう

 「あなたの使うこごえるかぜの威力は並のものではない、それはわかります。
 いや最早それは特能技というほかない、そう氷のトレーナー能力を持つものが使うのと遜色ない」

 シルバーのトレーナー能力はP.トレーダー、決して氷タイプの技を強化するような能力ではない
 では、何故シルバーがここまでの技を得たのか

 特能技はトレーナー能力に依存するものの他、ポケモンの生態や技の仕組みからそのまま強化・組み合わせるものもある
 
 「あなたの作る氷、それは氷ポケモンの自己耐熱システムを利用したもの。
 それを従来の氷技と合わせ、更にそのシステムから生まれるとけないこおりを技の効果に組み込んだ」

 氷ポケモンの自己耐熱システム
 高温の環境下でも暑さに耐え、活動するために氷ポケモンが自らを常に冷やす冷気をまとうこと
 伝説のポケモンや高レベルポケモンほど、そのまとう冷気は強くなる
 そんなまとう冷気そのものが凝縮され、アイテムと化したのがとけないこおり
 ポケモンの生態を補助する冷気が凝縮したものだから、氷タイプの技の威力が上がるのだ

 「・・・」

 問われた彼は答えない

 確かに、シルバーのニューラは自身のまとう耐熱冷気をこごえるかぜに乗せた
 技の威力を上げ、こごえるかぜにより冷気を下げ、とけないこおりを作りやすくする
 それで相手はこおり状態と同等、それ以上のトレーナー能力並の効果を得ることになるのだ

 ただ、簡単なようでこの技は相当難易度が高い
 自身のまとう冷気を乗せること自体は勿論のこと、その指向性やタイミングもある(あなたは自分の体臭を選んで、何mも離れた相手に届けることが出来るか?)
 かなり熟練した氷系の能力者、そして氷系以外の能力者にこういったことを伝授出来るほど氷系のポケモンやその生態からすべてを熟知していなければならない

 
 そんな能力者を多く知る者はいない
 誰よりも早くにシルバーの才能を見抜き、最初にそれを開こうとした人物

 「この技にはある者の鱗片が見える。そう、最高峰の氷系トレーナー能力『永久氷壁』、表にも裏にも知れたあの犯罪者のものだ」

 「・・・俺に訊く前でもないじゃないか」

 「既知の美学です」

 ・・・

 「ひとついいか」

 シルバーがようやく見つけたその男に問いかけた

 『なんだ』

 「おまえのことを俺はなんと呼べばいい?」

 自分が仲間から離れ、強くなる
 その為に捜したアテ
 どんな想いをその相手に抱いていようが、必要なのだ

 その相手と繋がったほこらで、何度も訴えた
 最初は何の反応も示さなかったが、その想いが伝わったのか・・・師事をあおげることとなった
 そんな矢先のことだ

 「マスクオブアイスか、仮面の男か、それとも・・・元チョウジジムジムリーダーとでも?」

 『・・・・・・もはや私にそれらの名前も肩書も無意味、要らぬものだ。
 どうとでも呼べばいい』

 ジョウト地方チョウジタウンジムリーダー、最年長でもある氷のヤナギ
 永久氷壁と言わしめた最強の氷系の能力者であり、影でR団残党を束ね上げた新ボス
 その目的は時渡りの力を持つセレビィで、ある運命を変えようとした
 ただそれだけの為に幼少のシルバーやブルー達をホウオウを使い、親元からさらった張本人

 許されないはずの老人は、今は時のはざまをさまよっている
 セレビィとの遭遇を可能にもする「時のほこら」でのみ、彼と話が出来る
 シルバーは運良く、クチバの海底ドームにそれを見つけたのだ

 元々シルバーも馴れ合うつもりでも、許すために捜し出したのではない
 強くなるためだ
 その為に、利用出来るものは利用するつもりでいる

 ただ、なんとなく・・・呼び名に困る気がしたので聞いただけだ
 おまえ、でも事足りるはずだった

 『・・・、』

 その男は答えなかった
 だから、シルバーは勝手に呼ぶことにした

 ・・・

 静かに静かに、シルバーの周りの空気が変わったように感じた
 チトゥーラはそれを妙に思った
 ここからが戦いの本番と気合を入れた、というものではないからだ
 
 むしろ、これは・・・

 「・・・どうとも思わないお前が、・・・を犯罪者と呼ぶな」

 シルバーは淡く、だが激昂している

 「お前が、ヤナギをそう呼ぶな。それが許されるのは俺達だけだ」

 「何をおかしなことを。犯罪者は犯罪者、何をしてきたか誰もが知る事実でしょうに。
 事例を挙げましょうか。R団残党を束ね、ポケモンリーグを混乱に陥れ、時を意のままにしようとし、その為にしてきたことは」

 「それはお前のものじゃない。お前自身が見てきたことでなく、他者から情報として受け取ったものだ」

 「・・・普通はそういうものですがね」

 チトゥーラは会話することをあきらめた
 要するにヤナギという老人を、上っ面の情報だけで犯罪者などと呼ぶな・とでも言いたいのだろう
 妙、いや不自然な感傷だ
 
 「少しあなたのことを見誤っていたようですよ、侵入者」

 もっと冷徹な、効率といったものを重視するタイプに見えた
 実際はもっと青臭いようだ

 2人が左手を互いに向けて突き出し、技の指示を出した

 
 どんっとくぐもった衝撃と鈍い音、そして砂塵が辺りを包み覆った


 ・・・・・・


 レッドが跳んだ先は鍾乳洞、らしい
 絶対にこればかりは人工物だろう

 「薄暗いなぁ」

 光源に乏しい洞窟内のはずが、端々で微かに光が出ている
 何かを反射しているような感じだ
 レッドはぱぱっと軽く手を振って、慎重に前へ進む 

 「あ゛ぁ? なんだテメーは
 
 野太い声がした
 ずんずんとがたいのいいボディビルダーのような、山賊のような男が現れた
 濃いヒゲ面と熊の毛皮を背負い、二の腕に黒の腕輪・・・『亥』の文殊がはめ込まれている

 「侵入者か! ちったァ楽しませてくれるんだろうな!?

 レッドの前に立った大男が大きく伸びをして、グァッと腕を振り下ろした
 ガタイ以上の迫力がある

 「侵入者か。まぁそうなんだけど、俺にはレッドってちゃんとした名前があるんだぞ」

 「カッ! テメーの名前を聞くなんざ無価値にもほどがあらァ!!!

 「おいおい、価値観なんて人それぞれだって。少なくとも人の名前が無価値ってのはないぞ」
 
 「知るかッ! 俺にとって役立たねぇもんはすべて無価値!!
 ましてやこれから潰えていく弱い奴の名前など覚えて何の得があるッ!!!


 壊すほどの勢いをつけてボールを地面に思いきり叩きつけ、なかから出てきたのはイノムー
 
 「だが、お前は俺の名前をおぼえていけ。轢くが重戦車、バンナイの名を!
 最強の1体でかかってこい! 生肉より歯応えのあるやつでなァ!!

 
 幹部十二使徒、亥のバンナイのエキスパートタイプは氷、象るのは猪
 レッドは知る由もないが、翔王クラトに続いての白虎組幹部との連戦
 
 「生肉、ね・・・」

 バンナイの出したイノムーの攻撃力が下がっていく
 
 「

 「生魚、お刺身なら歓迎かな、俺もギャラも」

 レッドが出していたのはギャラドス
 特性で相手の攻撃を下げる、頼もしい凶暴ポケモン
 彼はこの薄暗い鍾乳洞に入り、慎重に進んでいる最中に不意打ちを警戒していかく持ちのギャラドスを暗がりに出しておいた

 地の利が向こうにあろうが、レッドは正々堂々を望む
 自分を追い込んでもなお、出来れば卑怯な真似をしたくないのだ
 先に出したギャラドスだが、イノムーに対してタイプ的アドバンテージを取れる
 洞窟内ということもあり、この暗がりを活かすなら電気タイプはないだろうと推測した結果でもある
 もっとも鍾乳石を活かせる、ギャラドスのもうひとつの弱点である岩タイプという可能性も捨てきれなかったが・・・運は悪くないようだ

 「・・・ハッ! いいぞ、そう、俺を楽しませてみろォォオ!!!

 イノムーがいかくを食らったまま突進してくるのを、ギャラドスが上から押さえ込むようにして止めにかかる
 パワーが少し落ちているはずなのに、それでも止まらない
 ギャラドスがのしかかってくるのを、イノムーは力任せに身体を振り上げて押し投げた

 「ギャラ!」

 なんというパワーだ、重戦車を名乗ることだけはある
 しかし飛行タイプを持つギャラドスなら、跳ねあげられ崩れた体制を直すのも容易い

 『ギュアアアアア』

 「!」

 レッドはハッとなって上を見た
 そうだ、ここは人工の鍾乳洞
 太く尖った鍾乳石にぶつかり、ギャラドスが声をあげている

 「俺のエキスパートが何か、お前らわかってンのか?

 イノムーがふぶきを放つ
 物凄い風雪量、レッドはその全身が凍えていく感じにおぼえがあった
 カンナのあの凍結技
 そう、バンナイはカンナと同じ氷系のトレーナー能力の持ち主なのだ

 「ギャラ! 大丈夫か!?」

 心配するレッドもそうだが、ギャラも足元から凍りついてしまった
 全身が凍ったわけではないが霜柱のような氷柱がギャラと地面をくっつけてしまい、身動きが取れないのだ
 それでもフルパワーでその氷を砕こうとギャラがうめくが、びくともしない

 「くそっ、やっぱり氷タイプは厄介だな・・・」

 全身が氷漬けになる、いわゆるこおり状態になれば思うように動けなくなる
 自然に溶けるのを待つか、無理やり溶かすか砕くしかない
 まだ全身が凍ったわけではない、ギャラは幸いだいもんじをおぼえている
 PPは少ないし命中もやや頼りないが、氷系のトレーナー能力に対抗するなら威力は必須だ

 「まさか、これで終わりだと思ってるんじゃないだろうなァッ!!?
 
 バンナイが広範囲攻撃のふぶきによって凍りついた地面、いやレッドと彼の間の空間は既に氷まみれだった
 薄暗い洞窟がいきなり、淡くだが全体的に明るくなってきた
 洞窟内にある微弱なライトを反射させていたのは氷だったのか、と思う

 「イノムー、じしんだ

 バンナイの出した指示はおかしなものだった
 水と飛行タイプを持つギャラに地面タイプの技は当たらない、これはタイプ相性の基本だ
 となるとレッド狙い、と思いがちだがトレーナー能力を持つ者の戦いでは常識にとらわれないこと
 
 ギャラにも指示を出したかったが、この状態ではどんな技もままならない

 イノムーは前足を上げ、叩きつけたそれによって生まれた激しい揺れが洞窟に駆け抜けた 
 タイプ一致の一撃、いかく抜きならこれよりも強いというのだから恐ろしい

 揺れがレッドの足元にまで届いた瞬間、氷漬けだった両足に激痛が走った
 肉が裂け、骨が砕けるような痛みだ

 そして、それはギャラも同じだった
 ギャラにも間違いなく、じしんのダメージが当たっていた

 「ぐあぁああっ!!」
 
 レッドが声をあげ、ギャラがうめく
 揺れが収まっても、痛みがひかない
 靴のなかで、足が本当に骨折したのかもしれない

 「(ギャラに地震のダメージがいったのは、あの氷柱か? あれが伝わったのか・・・)」

 確かにそれなら辻褄は合う
 地面に接触し、飛ぶことさえしなければ飛行タイプでもダメージはある
 だが、この痛みは違う
 尋常じゃない

 「どうした!!? 一撃でもうグロッキーかぁ!!!
 全然歯応えがねーじゃねーかよォオ!!! もっと楽しませろやぁあァ!!!!


 バンナイが叫ぶと、イノムーも吠える
 氷使いだというのに暑苦しい

 「いいだろうッ! もっと楽しめるように、俺の能力を教えてやらァ!!
 『トレーナー能力・アイスバーン』!
 それは絶対に砕けない氷、そして凍らせたもんへの衝撃を倍ほどにして与える!!!


 外部から内部への衝撃を倍にする、それでいて砕けない氷
 通常より酷いダメージとなったのも、地震のダメージを氷柱を伝わらせギャラへもダメージを与えたのも納得がいった

 「・・・ギャラ、だいもんじ」

 ギャラが力を振り絞って体勢をひねり変え、だいもんじの熱で己とレッドの氷を溶かした
 砕けない氷だが、溶けはする
 対抗出来るとしたら、それしかないだろう
 これで残りPPは4、それまでに勝たなければならない

 「これが最終決戦だっつうからよ! 待ってやったんだ、その甲斐報いてみせろや!!!

 バンナイはギャラがだいもんじをおぼえていることを察していたようだ、それでいて自分の能力を教えた
 おそらくレッド含む侵入者達の能力の概要も何も知っているはずだろう
 正々堂々を好んでいるというわけではないが、つまらないことで戦いを白けさせたくないのだ

 氷使いなのだから、水タイプの技は危険だ
 この洞窟という閉鎖的な空間では水の行き場がなく、氷を作るタネになる
 しかし、他に決定打があるわけでもない

 やろう、とにかく

 「よし、行くぞバンナイ!」

 「とっとと来い小豆モヤシがッッ!!!

 
 ・・・・・・


 「・・・次、ここか」

 緩慢な動きで、ゴールドは目の前の扉を開こうと手を伸ばす
 掌で押すが重い、いや・・・身体が重い
 身体が少しずつ、クレアとの戦いを実感してきたのかもしれない

 変だった
 それでも、心は元気だった

 ズ、ズズズと重厚な雰囲気のある扉が開いていく
 その隙間から差し込む光にゴールドは目を細め、更に押して進む

 目の前に広がるキューブ
 そこは円形闘技場だった

 「来たか」

 ゴールドが上から降りかかる雷のような声に頭を向けると、それは見上げるほど大きな巨人がいた
 身長差というレベルじゃない、体格差というレベルじゃない
 種族が違う、としか言いようがない

 「・・・へっ、出てくるハナシ間違えたんじゃねぇか?」

 どいつもこいつも、ポケモンより自分で戦った方が強そうな奴らばかりだ組織の連中とやらは
 簡易な鎧と陣羽織を着て、武者と名乗るに相応しい貫禄と雰囲気を持ち合わせている
 穏やかなようで、まるで霊山のような荘厳さと威圧を持っていた
 
 「つらそうだな」

 「・・・おたくの人にやられたんスけど」

 ただ会話しているだけで、膝が落ちそうだった
 しんどい身体だというのに、きつすぎる声量だ

 「無理もない。四高将の一角を落としたのだからな」

 その巨人はゴールドに気遣い、声量を抑え出した
 心遣いが、少し癪に障った

 「・・・タツミ殿の能力と実力ならば、本来はミヅチの連発で充分事足りたろう。
 しかし、お前は倒れなかった。それ以上の力を、全てをもって当たらなければ倒せないものと思わしめた。
 そう思わせるだけのものを、お前のなかに見たのだ。
 結果、過剰に引き出さざるを得なかった力にタツミ殿は自滅することとなった・・・・・・」

 ゴールドは笑いだした膝を抑え、腰に力を入れた
 巨人はそれを一瞥し、軽く頷いた

 「お前はよく戦った」

 その言葉に、ゴールドは不可解を示し「あ?」と唸った

 「その身体、もはや限界とみる。
 ここでおとなしく身体を休ませろ。
 他の侵入者が私を倒すかこの戦いが終わるまで」

 「テメー、恐いのか」

 間一髪入れられたゴールドの言葉に巨人が視線をやる

 「四高将とやらを倒した俺の実力が、そんなに恐いのかっつーんだよ」

 「・・・お前が相対する敵の実力がわからないものとは思わん。
 いいだろう」

 巨人はその掌で転がる、小さな小さなボールをそっと地面に落した
 小さな小さなボールはゴールドからすれば普通のモンスターボールだった
 
 「武の巨人、ドダイ。お前を侵入者とみなし、この場この全力をもって排除する」

 カッと開いたボールから飛び出したのはケンタロスだ
 しかし、そのサイズは持ち主と同じで規格外
 通常の倍以上、3倍近くはある
 それでも持ち主より小さいのだから、ドダイの巨大さがよくわかる
 
 幹部十二使徒を束ねる使徒長、丑のドダイのエキスパートタイプはノーマル、象るのは牛

 「でかけりゃいいってもんじゃねーよなぁ。ウーたろう」

 ゴールドが出したのはウソッキーのウーたろう
 頑健さと意外性が売りの相棒だ

 「このキューブは闘技場。互いの持てる心技体をさらけ出し、ぶつける場だ」

 ドダイの声量が跳ねあがった
 その声は全快のゴールドであっても突風のように感じられただろう

 「その限界近い身体を支える気概、一瞬でも緩めるな」

 ふっとゴールドと世界が切り離された感覚

 「ウ〜dmたdfろsfjっ!n!」

 ゴールドはなりふり構わず、叫んだ
 彼の感覚が通常と戻った、わずかな時間


 ケンタロスが、ウーたろうを吹き飛ばしていた
 それは道端の小石を蹴飛ばしたような、容易さと軽さ

 音は後から伝わってきた

 ドゴン、と


 「・・・・・・そうだ」

 バギバギンと鉄骨絡まる瓦礫から、ウーたろうが顔を出した
 ゴールドの叫びが届いたのか、なんとか持ちこたえてくれたようだ

 「戦うぞ」

 「ああ」

 ただ、受け入れればよかったのに
 気概も矜持も捨てて、楽におとなしくしていればよかったのに
 身体はそうしたかったろうに、心がさせてくれなかった

 どうしても戦いたかった

 互いが受け入れたこの戦い

 生身のリアルファイトだろうが、ポケモンバトルだろうが
 ゴールドに勝ち筋は、ない
 わかっている、一目見た時から心身震え放しだから
 ドダイも同じ、わかっている

 筋道ないなら、蹴破ってでも創るしかない
 ゼロから、不可能から

 挑戦は、人のサガ
 



 
 To be continued・・・
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