〜最終決戦・十五〜




 「繊弱な悪は平身低頭に這え、『パニッシャー/絶対悪』の下に」

 
 ・・・・・・


 「「バンギラス!」」

 2体分のすなおこしによる、すなあらしで息が詰まりそうだ
 それでも2人はこの戦いから目をそらさず、指示を怠らない

 グォオォと咆哮をあげ、2体のバンギラスが何度目かで組み合う
 力いっぱい押し合い、片方がギャオオォとうめいて離れる
 力押しに負けた方、それはシルバーのバンギラスだった
 
 「流石は6Vのバンギラス。有象無象のポケモンに負けはしない!」

 「有象無象かはお前じゃない、俺が決める! そしてこいつはそんなものじゃない!!」

 「口だけで終わらぬよう」

 長くしゃべると口が砂まみれになる、とチトゥーラは口の上に手を添えて喋る
 シルバーはオーレ地方用に作った服と一体化した防塵マスクで、その辺のアドバンテージを取っておりチトゥーラは少し不快感をおぼえていた

 チトゥーラはそう言うが、実際シルバーのバンギラスもよく食らいついていると思う
 こうしてやり合っていれば、どちらも傷つきHPもPPも削れていく

 チトゥーラは図鑑を見て、図鑑による数値化されたダメージ量を眺め、推し量っている
 ポケモンのステータスに変化がなければ、その技によるダメージにも変化はない
 だから、技の威力とそのダメージをおぼえておけば・・・・・・効率的に相手を倒すことが出来る

 「決めてしまいなさい、バンギラス!」

 チトゥーラのバンギラスが拳を振り上げ、押し負け体勢を崩したシルバーのバンギラスの脳天にヒットした
 グオォオオォとうめき、シルバーのバンギラスが膝を折り前のめりに倒れていく
 最後の一撃が決まり、大きな音と振動を出しながらチトゥーラのバンギラスが一歩分後ろへ跳んだ
 図鑑をぱたんと閉じ、シルバーのことをふふんと笑う

 「・・・・・・!」

 勝ちどきの咆哮をチトゥーラのバンギラスがあげ、どんどんどんと足を踏み鳴らす
 そのたびに足元の砂が噴き上がり、すなあらしによって更に舞い上がる砂にシルバーが目を覆った
 
 目を覆い、防塵マスクの下でシルバーが笑った

 チトゥーラのバンギラスが体勢を大きく崩し、後ろに倒れていく
 
 「これは・・・」

 バンギラスの足元が凍っている
 これに足を滑らせたのか

 「ニューラのこごえるかぜ」

 まさかサンドパンとニューラの戦いを忘れていたわけではあるまい
 バンギラス同士の巨大な戦いに、手元の図鑑に目を取られ過ぎだ
 噴き上がった砂で出来た隙をついて、ニューラがバンギラスの足元を凍らせたのだった
 だが、チトゥーラはすぐに気づき、技を放った直後のニューラにサンドパンが斬りかかって気絶させた

 シルバーのバトルポケモンはこれで・・・・・・


 いや、シルバーのバンギラスが苦悶の表情ながら立ち上がろうとする
 チトゥーラはその目を見張った

 図鑑をもう一度開くと、確かにシルバーのバンギラスのHPは微かに残っている
 ダメージ計算が間違っていたのか、しかし図鑑とそれによって知る残ったHPと攻撃箇所からして間違いなく倒せたはずだ

 「データに頼るのが間違いだの、そんなことを言うつもりはない。
 だが、俺は自分のポケモンの根性を信じたまでのこと!」

 「根性論とは私の美学に反しますね!」

 チトゥーラのバンギラスが起き上がる前に、シルバーのバンギラスが走る
 思いのほか立ち上がりが速い、対してチトゥーラのバンギラスはわずかに遅い
 性格によるステータス補正の差、そして努力値配分の差

 チトゥーラの努力値配分は無駄がない、極振りという特化はポケモンの実力を際立たせ存分に発揮させる
 だが、それ故に防御や特防に振れない・・・脆い一面もある

 余計と切り捨てた努力値配分、ステータスもまたそのポケモンの持つ力なのだ
 
 「バンギラス!」

 決定打を耐えたのは振られた防御に対する努力値、立ち上がり攻撃を速くしたのは素早さの努力値
 彼のダメージ計算が覆ったのは、想定していた努力値配分を上回る無駄さが生んだもの

 それは有象無象のトレーナーにはよくあること
 努力値配分など知らない、数値でポケモンを区別し捨てることのないトレーナーにはよくあること

 ――6Vを手に入れるまで、お前はどれだけの犠牲を払った
 どれほどの命を使い費やし、「ただの美学」を成立させた――?
 
 シルバーが拳を突き上げ、防塵マスクの下から叫んだ

 もしかしたら、繋ぎとめられたHPは努力配分の無駄だけではないのかもしれない
 無駄と切り捨てられた、数多のヨーギラスの無念が引き寄せたのかもしれない

 チトゥーラのバンギラスが顔を、上体をあげてくるところに合わせてシルバーのバンギラスが拳を振り落とした
 ドゴッォオオと轟音がキューブに響き、チトゥーラのバンギラスの頭が砂漠に沈んだ
 サンドパンが助太刀に入る、あと一撃も入ればシルバーのバンギラスは気絶するはずなのだ

 だが、その攻撃をバンギラスは蹴り飛ばして、キューブの壁に叩きつけたから驚きだ
 叩きつけられ、目を回したサンドパンが壁から落ちた

 「こんなことが・・・・・・あってたまるか!」

 6Vが有象無象のポケモンに負けるなんて

 「戦いは水もの、何が起こるかわからない・・・。
 急所に当たればどれだけ上昇したステータスでも無効になる、技が連続ではずれることもある」

 サンドパンとの攻防、じしんの応酬などでシルバーは足をふらつかせながらも前に進む
 チトゥーラを追い越し、その先にあるワープ装置まで歩いていく
 敗者が勝者の道を塞ぐわけにはいかない、それは彼の美学に反する

 「・・・お前のバンギラス、どういうわけだ」

 あの実力、まさか・・・・・・『竜王』の手持ちか
 今は組織の軍門に下った男のポケモンが、どうして侵入者の手持ちにいるのか

 シルバーに訊くと、彼は振り向かずにバンギラスをボールに戻す
 そしてニューラも戻し、先に回復マシンか・と足の向きを変える

 「答えなさい! 何故、何時、何処で接触した!」

 「・・・・・・この戦いが始まってからだ」

 それこそ、ありえない
 あの男はずっと四大幹部、以下幹部達の目による監視があった
 そしてあの忠誠心は記憶喪失からくるもの、アーシーの能力による洗脳とは違うのだ

 「いや、待て、ニューラ・・・お前の師匠・・・そうか、それなら辻褄が、だが何時の」

 チトゥーラが答えを出す前に、回復を終えたシルバーは砂漠キューブから既にいなくなっていた


 「幹部・十二使徒/子、純白の貴公子チトゥーラのキューブ」
 侵入者シルバー、勝利


 ・・・
 

 しゅん、とシルバーが跳んできた次のキューブは暗かった
 窓を全て閉じてしまったような、そんな真っ暗闇ではない
 月や星明かりがある、そう・・・・・・『夜』だ

 目が慣れてくると、キューブのなかがわかってくる
 
 一本松や茂み、小さな池、飛び石、そして古く大きな瓦屋根の木造家屋
 随分と古風な趣味のキューブの主のようだ

 シルバーが木造家屋に近づき、なかを覗き込むとしっかりと内部まで造られていた
 外観だけではない、本物の家がどんとキューブに置かれているのだ
 ということは、ここに住んでいる人間が主だろうか

 「つくづくお前とは縁があるようだな」

 じゃり、と地面を踏みしめる音を立ててシルバーにわざとその気配を気づかせる
 シルバーが音のした方を見るまでもなく、その声に背筋が凍りついた

 そして、シルバーは声を出さずに笑った
 肩から全身までの震えを抑えつけ、ばしっと肘をつかんで更に抑えた
 肌が泡立つような恐怖、いや高揚か武者震いなのか・・・・・・

 「・・・ああ、そうかもしれない」

 あるはずのない三度目
 
 「一度は組織から外れた身、今に地位は無い。勧誘するつもりもない」

 「何度でも断るさ。俺には仲間がいる」

 組織の勧誘は二度まで
 一度断り、次に使いとして来たこの男からの誘いを断り死にかけた
 
 その男、最強故に三度目はないはずだった

 「4のしまでも邪魔が入った。縁はあるが、いつでも風向きが悪い」

 「正直な話、お前とは一生涯疎遠でいたい」

 シルバーはその男の傍らに、夜にまぎれない赤い紋様を見る
 すうううううう、はああああああぁと大きく深呼吸をした

 「こちらとて同じこと。ここで二度とまみえぬよう、お前との縁をきりさくまでだ」

 静かで、夜を薄らと切っていくような声
 やけに多く語っているように思うのは気のせいか、それとも彼も同じように高揚しているのだろうか

 もう負けない
 あれから強くなった
 
 「1VS1でいいのか?」

 「好きにしろ。お前が勝つか、事切れるまで続けても構わん」

 戦いの合図は、シルバーがポケモンを出した次の瞬間


 「キングドラ! れいとうビーム!!」

 間合いから外れた、遠距離からの勝負
 ボールから出て、指示まで1秒もかからなかった
 鍛え抜かれた氷タイプの技、攻撃速度もタイミングも威力の引き出し方も今までを越えた・・・完璧に近かった
 

 時が止まった、ようだった
 流れや理を無視したような、瞬迅の一撃

 「きりさく」

 キングドラ、シルバーの目の前に刃を横一文字に振り抜く
 それは黒いストライク、身体に刻まれた赤い血の紋様

 振り抜いた刃より聞こえる音は遅れて、それでもシュバッと切れ味の良い鮮やかで目の覚めるような音がした

 
 シルバーの相手は最強

 最強の元幹部候補

 『技・きりさく』に超特化したトレーナー能力、『斬り裂き魔/スピリッツ・ザ・リッパー』の使い手
 隻腕になろうが、その実力に毛ほどの曇りも感じられない

 名はジン
 黒に近い灰の袴姿のその男は、アゴコロ・ジンといった

 「・・・・・・」

 かける言葉も見つからない
それはどんな罵りよりも現実を味あわせるものだった

 ゆっくりと、シルバーとキングドラが前に倒れる

 シルバーの後方にあった、離れた位置の木造家屋の柱が一本切れたのか屋根から崩れ落ちるように一部が倒壊した
 彼らをきりさいた、その余波によって
 
 「・・・ッか」

 きりさかれ、意識が遠のき瞳の光が消える前に彼はキングドラの背を押した
 気絶寸前のキングドラがえんまくを張り、夕闇が一層濃くなりシルバーの姿が消えた

 「・・・なるほど」

 ストライクのまぶたがわずかに凍っている
 キングドラが口から放つれいとうビームに何かしらの細工をしていたのか、えんまくと合わせて一時退避に成功した

 ジンはえんまくの傍に歩み寄り、シルバーのいたところから何かを拾い上げる

 ピッピ人形、そしてそれに巻きつかせている壊れたひも付きのアイテム
 アイテムはおそらくリフレクターと同じ効果を持つもの、図鑑所有者の誰かが保持していると聞いたことはあるが・・・・・・その類似品とみていい

 これらを腹に仕込み、みがわりにしたわけだ
 
 「・・・・・・」

 ジンがゆっくりと、その眼を横に向けた


 ・・・・・・


 「・・・・・・」

 むくりと起き上がる影がある
 その影はきょろきょろと首を横に振り、かくんと傾けた

 「・・・あれ?」

 随分と身体も頭もすっきりしている
 ここは何処で、何時から・・・・・・どれだけ寝たのだろう

 「ねねねね、寝過ごしたぁあああぁ〜!!」

 イエローは物凄いショックを受けた
 こんな敵陣のど真ん中でぐっすりおやすみとは、どうしようもない失態だ
 気持ち良すぎるベッドとこのキューブが悪いといえなくもない

 「急いで次のキューブに行かないと!」

 わたわたと慌てて支度をし駆け出して、イエローはレストキューブを後にした

 ・・・

 イエローが跳んできた先、そこは竹林だった
 うわ〜と感心するように見上げるほど、伸び伸び成長出来るほどこのキューブの天井は高い
 踏みしめると柔らかく、土の匂いが懐かしく思えた

 「へー、キューブって本当凄いなぁ」

 さわさわと頬を撫でる風、これも人工的なものなのだろう
 しかし竹が密集ではないが、まばらほどでも少なくない・・・意外と沢山生えている
 大型ポケモンを出すなら竹林をなぎ倒す必要があるだろう、邪魔にはなるが戦いにそんな支障はないはずだ

 「どっち行けばいいのかな」とイエローがつぶやくと、みしみしっと竹がしなりバキッと折れる音がした
 もう既にバトルが始まっているのか、と駆け足でそっちへ向かう


 竹林が急に整備され、長方形状にくり抜かれて生えていないところに出た
 その周囲は滅茶苦茶に竹林が破壊されていて、激しいバトルがあったことがわかる
 そこでは3人の男女がポケモンバトルを繰り広げていた

 「お、次。待ち人が来たぜ」

 「ふぉっふぉっふぉっふぉ、またおなごじゃぞ」

 お爺さんと空手家みたいな男2人がそこにいた
 どちらかのポケモンかわからないが、オコリザルが大暴れしている

 「チィイ」

 オコリザルの乱暴な一撃によって吹っ飛ばされてずしゃああっと土まみれの女性とポケモンが滑って、イエローの傍の竹に身体をぶつける
 イエローがおお、と驚くのをその女性が一瞥する

 「なんだ、あんたかい」

 「え、ボクを知っているんですか?」

 「まぁね。・・・そういや初対面だっけ?
 自己紹介、私はカリン。訳あってあんたらの味方だ、よろしく。以上!
 すぐポケモン出しな、出来れば相手を状態異常に出来るやつ!!」

 「え、えええぇえ」

 一気にまくしたてられ、イエローはびっくりする
 とりあえずすぐにチュチュを出すと、カリンはうっと詰まったような表情をする
 そして眉間を押さえるので、イエローは何かまずかったのかなと戸惑う
 チュチュの特性はせいでんきだし、触れた相手を状態異常まひにするし電気技も使えるのだが・・・

 「あんたバタフリー持ってるんじゃないの!?」

 「そっちですかっ? て知ってるなら最初からそう言ってほしいです!」

 「・・・・・・ああ、まぁいい! とにかく、やるよ」

 カリンがブラッキーを見ると、こくりと頷いた
 イエローも何だかわからないが、それに続くことにする

 「で、相手は2人で1体のオコリザルを使ってるんですか?」

 「いや、もう1体はその辺にいる」

 その言葉にイエローが辺りを見回すが、それらしいポケモンはいない
 オコリザルが大きく腕を振り上げ、地面に叩きつける
 ボゴッと重い音、そして地面が噴き出すとカリンは跳んでイエローはこけながら避けた
 なんてパワーなんだ、とイエローは目を見張る

 「ブラッキー、サイコキネシス!」

 悪タイプのブラッキーが放つエスパーの攻撃、格闘タイプのオコリザルには効果は抜群だ
 しかも直撃、それでもオコリザルの動きはまるで止まらない
 ひるむどころか息巻き、猛進してくる

 「なんでっ」

 「やっぱりかい!」

 カリンは思い返す
 
 ―――

 「あんたらがここのキューブの主かい」

 「そうだよ」

 「ふぉっふぉ」

 主、といっても複数いることもあるのかとカリンは軽く頷く
 1人は白と黒髪混じった頭、目に横一線にえぐられたような傷を負った裸足の空手家
 もう1人はカタカタタタと壊れたおもちゃのような動きをする、髭の長い老人だった
 異色の組み合わせと言いたいが、そんなのはこの組織では普通のことだ
 
 「そうか。じゃあ、今すぐやろう」

 ボンッとカリンがボールから出したのはブラッキー、それを見て空手家は首を傾いで掻いた
 老人は愉快そうに、高笑いする

 「せっかちなプリソナーの姉ちゃんだな〜。このキューブはお前さんからの見た通り、4人でのダブルバトルなんだよ。あんたらの仲間がもう1人来るまで待っとけって。
 死に急ぐなよ、な?」

 「若いとはいいのぅ。張りのある肌、こちらも若返りそうじゃの〜」

 キューブの主はまるで取り合わないのに、カリンは1人で燃えている
 どうやら先に行ったキューブでテンションが上がっているらしく、止まらない感じのようだ
 空手家はあまり気乗りしなさそうだが、爺さんは楽しそうに笑っている

 「よいではないか。楽しめそうじゃ。生き急ぐ勢いがある内は」

 「・・・しゃーねーな。ま、どっちにしろ勝負がつくかわからねーし」

 訳のわからないことを言う
 ポケモンバトルは始まれば終わるものだ

 「名乗っておこうかの。わしゃ四高将がウシトラ、タケトリ」

 「俺も四高将、ヒツジサルのキョウジさん」

 仙人こと老人が出したのはゲンガー
 四高将が艮、タケトリのエキスパートはゴースト

 盲目の軽業師こと空手家が出したのはオコリザル
 四高将が坤、キョウジのエキスパートは格闘

 「ふーん、コンビ組む意味はあったんだね」

 カリンがそう言うのはタイプ相性を考慮したものだろう
 ゲンガーの弱点である悪タイプに効果が抜群なのが格闘、そうして補ってくれる格闘が苦手とする無効タイプであり弱点のエスパーに強いのがゴーストタイプ
 しかし、彼らの言う四高将が本当なのだとしたら

 「ま、いいさ。勝つのは私だからね」

 自信過剰なまでの彼女のブラッキーが頭を低く、威嚇する
 聞いた話では四高将は四大幹部の次に強く、五感のどこかが欠けているらしいお偉い幹部の名称
 いくら強くても、五感が欠けているなら大した敵ではない
 だが、相手を甘く見て油断するような失態など起こさない
 
 「じゃー、行くか」

 キョウジがのんびりと、首を傾ぐとカリンが素早く先手を取った

 「ブラッキー、サイコキネシス!」

 格闘のオコリザル、それとゴーストに加え毒タイプを持つゲンガーには効果抜群の技
 ブラッキーがこの技をおぼえるのは有名な話、向こうはそれを知っているのか対策をうっているのか見ることで彼女は自らの出方を窺うつもりなのだ
 
 「おー、食らった食らった」

 キョウジはオコリザルに何もせず、防御もさせなかった
 それどころか、ダメージ無視させて突っ込ませてくる
 どんなポケモンでも弱点、高威力の技を食らえば多少はひるむがそんなの微塵も見られない
 何か特殊な訓練を受けさせて、そういう感情や反射行動を取っ払ったのかもしれない

 一方でタケトリのゲンガーは、こちらは何のダメージも受けていない
 カリンにはそのように見える

 オコリザルの一撃を避け、カリンはもう一度サイコキネシスの指示を与えた
 目標はゲンガー、まもるか特殊な防御をしたのかをもう一度きちんと確認するためだ

 「ふぉっふぉっふぉ」

避けようともしないゲンガーに、サイコキネシスは確かに当たったはずだ
 しかし、ノーダメージどころか当たった形跡すらない
 まるで実体のない鏡像やみがわりによる分身に当てたような感覚、いや後者ならもう少し反応があるはずだ

 「ほら見ろ、やっぱ2対1は無理なんだってよ」

 カリンとブラッキーを同時に巻き込むように、オコリザルが両腕を乱暴に回転させて突進してくる
 2人はざざざざと竹林に入って防御の姿勢を取るが、オコリザルは意に介さず振り回した両腕がまるでポッキーを折るように竹林をなぎ倒していく
 破天荒かつ無茶苦茶な攻撃にブラッキーはかげぶんしんを使い、攻撃をまた避ける

 「四高将ってのは随分乱暴な戦いをするんだね、ポケモンが最後まで保たないよこれじゃあ」

 「心配すんなよ、プリソナー・姉ちゃん。」

 カリンは悪態のつもりだったのだが、向こうは冗談か本気か変な風に受け取っている
 しかし、こうまでダメージ無視した戦い・・・・・・まるでキョウジの能力が読めない
 五感が欠けているとすれば痛覚、欠けた触覚というのをポケモンにも与えるようなものならまぁ辻褄は合わなくもない
 しかし、むやみやたらと自らHPを削るような自傷させる意味がない

 いやキョウジは後回しでいい、問題なのは得体のしれないもう1人


 「ふぉっふぉっふぉっふぉ」
 
 ズズズズズズとカリンの首筋を撫でるように、ゲンガーの腕が背後からつきだされてきた
 悪寒を感じてすぐに離れると、カリンとブラッキーは目を見張る

 ゲンガーから竹が生えている
 いや、竹がゲンガーを貫いている

 
 「だましうち!」

 絶対に当たる悪タイプの技でブラッキーはゲンガーにぶつかっていく
 竹が頭や身体から生えたゲンガーに体当たりしたところで、ブラッキーの身体はゲンガーをすり抜けたように見えた

 「!?」

 みがわりではない、やはり鏡像のような立体映像だろうか
 違う、そうじゃない
 あの悪寒、首筋に触れようとしてきたのは間違いなく実体だった
 ゴーストタイプのポケモンとはいえ、こんな風に半端に竹や必中技をすり抜けたり一部だけを実体化させるなんて・・・・・・

 「ふぉっふぉっふぉっふぉ、面白いじゃろう。一目で看破、いやそもそも常人が理解する範疇にある能力ではないぞ」

 竹林の隙間を縫って、タケトリ老人がカタカタカタと歩み寄ってくる
 それはどこか滑稽なおもちゃような動きだが、底知れぬ恐怖を感じるほどに不気味だった

 「オコリザル、バーサック」

 これは特能技と言えるのだろうか
 両腕を横に思い切り振り抜く、無造作で荒々しいラリアットの連続
 その動きに規則性はなく、ただ力任せに全身をぶつけにくるのだ

 太い竹が次々になぎ倒され、ブラッキーとカリンは巻き込まれないように逃げる
 オコリザルやゲンガーの横を回り込むように、竹林の間をすり抜けて距離を取っていく
 一方でオコリザルは竹をへし折って、本当にカリンとブラッキーとの最短距離を一直線に猛進してくるので厳しい

 「!」

 カリンは見た

 ゲンガーの手と身体が微妙にずれている、気がする
 何か、違和感がある

 「ブラッキー、サイコキネシス!」

 浮ついているように見えたゲンガーに再び攻撃するが、当たらない
 あの位置に攻撃は届いている、それは間違いないのだが・・・・・・なんだこれは

 「やっぱなー、四高将タッグってのは無しだろ」

 「ふぉっふぉっふぉ、いやいやワシら2人をまとめた辺り四大幹部もお優しいことじゃ」

 さっきからカリンが一方的に技を繰り出し、当てているのにまるで意味がない
 このままでは一方的に疲弊し、いずれ負けてしまう

 「どうなってんだよ、こいつらは!」

 カリンが苛立ち、にらむ
 というか、あのオコリザルはとっくに瀕死・・・きぜつになっていてもおかしくないダメージ量のはずだ
 そんなの図鑑を見なくてもわかる、それとも相当高い耐久かHPなのか

 「ああ、まぁ、俺達の能力教えてもいいか。どうせ対抗出来ないし」

 「そんなもんお前さんのだけでいいじゃろ。ワシはもう少し楽しむ」

 キョウジの提案にタケトリ老人はつれない
 それからキョウジはカリンとブラッキーを見て、肩をすくめた
 
 「・・・オコリザルにきぜつはないのさ」

 そうつぶやいたキョウジがへし折った竹、無残な竹林を見てため息をついた
 実はここ、キョウジの居住キューブなのだ
 あの竹が無い、長方形に出来たスペースは庵が置かれていたのだが今回の為に一時撤去したのだ
 
 「きぜつをひとつの状態異常とみなし、瀕死にならず行動を続ける。それが俺のトレーナー能力、『バーサーカー』」

 カリンは耳を疑った
 ありえない、HPがゼロになっても戦闘可能というのは根性論では片付かない話だ
 まるで、そんなのゾンビだ

 「そんなのポケモンバトルじゃないだろっ!」

 「ふぉっふぉっふぉっふぉ、ポケモンバトルか。そうじゃのぅ、確かにそうじゃ」

 タケトリ老人が笑い、片眉を持ち上げてカリンを覗き込む

 「では、ポケモンバトルとは何じゃ? ポケモン協会が制定した、ルールに基づくものが全てか?」

 「何を・・・」

 タケトリ老人が「気が変わった」と、ゲンガーを自らのもとへ呼び寄せる
 ゲンガーは何も無いかのようにすぅーっと竹を突き抜け、すり抜けて進む

 「ワシの能力は見てもわからんじゃろ。このゲンガーはここにおって、ここにおらん。・・・わかるか?
 今、ワシのゲンガーの身体の殆どはこことは少しだけズレた次元に身を置いておる。この次元にないものに、この次元からの攻撃が当たるはずもなかろうて。
 ふぉっふぉっふぉっふぉ、つまり次元が違うのじゃよ。言葉通りにのぅ」

 カリンの脳はすぐにその言葉を受け付けなかった
 ありえない状態というものを、連続して聞かされたのだから当然かもしれない
 というより、それはトレーナー能力として成立しているのだろうか

 「その姿は見えど身は他の次元に置くというのは、ふぉっふぉ、何か変なMB理論にもなったわい。
 氣やら圧縮などわからん人間の憶測が、まさか別のものを当てていたと思いもよるまいて」

 勝負がつくかわからないというのはこういうことか
 こんな2人のポケモンを相手にしていたら、どうやっても勝てるわけがない

 ゲンガーはその両手だけこの次元に置くことで、こちらへの攻撃を可能にしているのだ
 まともに狙えるとしたら、そこだけだが・・・・・・的が小さい上に逃げられる

 「さて、どうする? 2人目待つか、それとも嬲られるか?」

 「ふぉっふぉっふぉ、言葉通りじゃな」

 戦いは続ける
 しかし、今のカリンのブラッキーやトレーナー能力ではこの2人は倒せない
 誰か、誰かが来るまで持ちこたえつつもっと情報を引き出さなければならない

 「ブラッキー、かげぶんしん」

 カリンの能力は彼ら、あの四高将2人と少し似ている

 まひによる素早さダウンややけどによる攻撃ダウン、いかくやにらみつけるによるステータス低下・・・そういった逆境に強い『条件型の能力』
 そういったポケモンの能力やステータスを下げる効果を無効化にして、上げる効果にする
 ただやけどによるダメージ、毒や呪いといったHPに作用するものは回復しない


 待つんだ、彼らに対抗出来る力やポケモンを持った味方が来るまで・・・
 この程度の逆境何とでもないし、むしろ逆境は待っていたものだ
 マスク・オブ・アイスのもとに就いた頃から、ジョウト四天王に身を置く今もなお・・・多分ずっと・・・

 ―――

 「そういうわけで、私は待ってたのさ。状態異常を起こせるやつをな」

 「ええー、なんでそうなるんですか」

 回復専門のイエローの目で見て、確かにあのオコリザルはHPゼロっぽい
 力任せに暴れ回るオコリザルや次元の違うところから攻撃してくるゲンガーの攻撃を走って逃げ続ける

 「とりあえず、そのピカチュウのまひから試すか」

 「だから、どういうことなんですかっ」

 イエローが更に説明を求めると、カリンが言う

 「色々あるんだが、ポケモンに特殊な状態異常ってのをもたらす条件型のトレーナー能力ってやつがある。
 そういうやつの弱点は既存、もしくは別の特殊な状態異常を被せることでその状態異常が上書きリセットされるんだ」

 「じゃあ、あのバーサーカーもそういう状態異常ってことですか?」

 「多分な」

 走りながらオコリザルの様子を窺いつつ、機会をうかがう
 ばきばきばききっと竹林を破壊するダメージ無視して、一直線に突っ込んでくる身体は速い
 タイミングを見誤れば、15tトラックに跳ね飛ばされるのと同じようになるだろう
 
 「私のブラッキーで受け止める。そしたらでんじはを、あのオコリザルにぶちかましな」

 「はい! でも、ブラッキー大丈夫ですか?」

 「心配しなくていい。お前が来るまで耐え抜いた頑丈さを舐めるな」

 ブラッキーの足が止まり、竹に跳びかかる
 ぐんとそれに思い切り反動がついて、竹がしなる
 
 どんっと飛び出したブラッキーがオコリザルに正面からぶつかり、その身体を張って止めた
 カリンは事前につきのひかりを指示した状態で、こうさせた
 ダメージと回復で打ち消し合い、持ち前の耐久力できぜつを免れる

 「チュチュ、でんじは!」

 バチバチと電気がオコリザルの身体をはしる、しかしその動きは止まらない
 ブラッキーは急いでその場から離れ、カリンのもとへ戻る
 どうやらまひでは止まらないらしい

 「ちっ、駄目か」

 「え、じゃあどうするんですかっ」

 「さぁ?」

 カリンはお手上げのポーズを取ると、イエローは再度ショックを受ける
 竹林のキューブはそれなりに広いが、逃げつづければ角へ追い込まれる
 ぐるぐると回るように逃げようとすれば、どこからかゲンガーが次元を越えて技を繰り出して阻む

 「ゲンガーの対処法は?」

 「それも思いつかないね。多分、あれも状態異常で何とかなると思うけど」

 「なるんですか?」

 「女の勘さ」

 カリンの言葉にイエローがなんとなく頷く
 あの次元に入れるのがあのゲンガーだけというなら、他のポケモンによる状態異常が全身に回ったら入れなくなるかもしれない
 チュチュがもう一度でんじはを放つと、すぐにこの次元に出した両手がぴゃっと引っ込められた
 ・・・・・・それはそうなると思ったが、これはもしや女の勘が当たった裏付けではないだろうか

 「でも、これ以上どうしようもなくないですか?」

 「確かに」

 現状では手詰まりだ、とカリンがうなるとイエローがこくっと頷いた

 「うーん、ボクの特能技ならなんとかなるかも」
 
 「?」

 「あ、ボクのチュチュが使う『シグナルス』は相手の行動とかの電気信号を吸いとるんです。
 だから、あの能力で動かされているオコリザルを・・・」

 「止められるかもしれないね、確かに」

 「何を話しとるんじゃ」

 竹林の奥を逃げるイエロー達をタケトリがにらみを利かせ、ゲンガーが周囲を薙ぎ払うゴーストタイプのエネルギー風がブラッキーとチュチュを吹き飛ばした
 全体攻撃のゴーストタイプの技はなかったはず、特能技か
 イエローとカリンが駆け寄り、ポケモン達に「大丈夫か」と声をかける

 「・・・あの爺さん、空手家の代わりに周りをよく見てんな」

 「へ?」

 「四高将ってのはどこかしら五感を欠いているって話だ。話したろ」

 「ああ・・・」

 確かそんなことをいっていたような、イエローが思い返す
 
 「あの空手家が視覚、爺さんが・・・聴覚だろうね」

 イエローが首を傾げる

 「違うでしょ。反対です」

 今度はカリンが首を傾げた
 そして、ナイナイと手を振った

 「いやいや、空手家見ろよ。あの目の傷、えぐれてるし。無茶苦茶で乱暴な攻撃は視力に頼らなくても戦える手段とみていい。
 爺さんもらしくないけど、年寄りイメージ的には聴覚か味覚だろ? 読唇術ってのもあるし、会話に参加は出来るし」

 「え、でもカリンさんの話聞いてたら違いますよ。
 それに・・・・・・あのキョウジって人、薄目開けてるじゃないですか!
 お爺さんも耳が動いてますよ、こうぴくぴくと小っちゃく!」
 
 「ハァ!?」

 どこを見たら、それがわかるのだとカリンが指差して訴える
 「ボク、目はいいんです」とえっへんと薄い胸を張り、自信満々でいるイエローがわからないとカリンが頭を抱える

 「・・・・・・」

 「・・・・・・」

 オコリザルが相変わらず見境なく攻撃し続けている、隣や傍にゲンガーがいても次元が違うから当たらない
 ポケモン同士とすればかなり相性のいいコンビだ、能力者同士はあまり気が合わないようだが

 「よくわかったなぁ」

 「ふぉっふぉっふぉっふぉ」

 「え」とカリンがあんぐりと口を開けると、キョウジがへっと笑った

 「いい顔してるのに台無しだぜ」

 「見えないのが残念じゃのぅ」

 カッとえぐれた目の傷から、キョウジの眼が見開かれた
 タケトリ老人の眉やまぶたが垂れさがり、完全に眼を覆ってしまった

 ほらーっとイエローがはしゃぐと、カリンが納得いかないと憤る

 「ええええええええ、その入れ替わりに意味はあったのかいっ?」

 「少なくとも、不意はつけるんでね」

 ピッとキョウジが自らの目を指差し、とんとんと目の間を叩いた
 タケトリ老人は見えもしない目を見開き続けるのはつらいのよ、とふぉっふぉと笑った
 
 「ワシも年寄りと、耳が聞こえぬものと思われとるおかげで色々と聞こえてくるんじゃよ〜」

 「趣味悪いそ、爺さん」

 「おぬしは気持ち悪いぞ」

 キョウジは目が見えず耳で状況を判断し、大雑把な判断や攻撃を威力でカバーしていたと思った
 本当は読唇術で話を見ていたのがキョウジ、しっかりと耳で聞いていたのがタケトリ老人

 「もう隠すものは何もないわけだ。あー、すっきりしたっと」

 「存分に本領、見せられるというものじゃな」

 じり、じりとカリンとイエローの2人に「倒せない四高将」2人とそのポケモンが迫る
 打開策はなくもない、しかし打とうとしてもことごとくそれを潰してくる
 
 「ブラッ」

 カリンが技の指示をするより早く、ブラッキーは後方の竹に叩きつけられていた
 背骨に思い切り強打、ボキィと嫌な音が聞こえた

 その一撃はオコリザルによるもの、両腕をしなやかに伸ばして・・・まるで静かなマッハパンチだ
 あんな大振り大雑把な攻撃しか出来ないものと思っていたが、まだこんな動きを隠し持っていたのだ

 四高将に隙はない

 「肌も、声も、息いや意気・・・覇気にも張り合いがなくなったのぅ」

 ふぉっふぉっとため息をつくように笑い、イエローとチュチュの目前にタケトリ老人のゲンガーの眼がにらみをきかせる
 ぞぉっと首筋を舐められたかのような悪寒、そして金縛りにあったように動けなくなる

 「つまらんぞ」

 ゲンガーの両手がカリンとイエローをとらえた
 そして、2人の目の前が真っ暗に・・・


 ・・・・・・


 「幹部・十二使徒/巳、侵入者ジャチョのキューブ」
 侵入者ブルー&グリーン、勝利

 ・・・
 
 「ぎりぎりだったわね」

 「ステルスか。・・・出来れば能力者共々、もう戦いたくない相手だな」

 ワープ装置の前に2人は立っている

 右目をまだ押さえながら、ふぅとグリーンは息をついた
 ブルーはそれを心配そうに覗き込むが、彼は掌でそれを制して「心配ない」という
 心配ないなら、そんな動きしないでほしいと彼女が言うとグリーンは尤もだと手をおろした

 「・・・ップ」

 ブルーが吹き出すと、グリーンはまたさっと右目を掌で覆った
 こう、引きつったようにピクピクと小さく動いているのが可愛いというか凄く面白かったのだ
 
 侵入者と呼ばれる者同士の戦い、ジャチョとの戦いに辛勝した2人は次のキューブへと向かうべくあの雑然としたキューブから出た
 ワープ装置はキューブ内にはなく、同じ道を戻らなければならなかったのだ
 最初から最後まで面倒で嫌なところだったと、ブルーはぷりぷりと不機嫌な様子を見せている

 「じゃ、またね」

 そう言ってブルーはあっさりと次のキューブへと跳んでいった
 もう同じキューブに跳ぶことはないだろうが、今生の別れというわけでもない
 彼女らしい、とグリーンはフッと微笑んだ

 「・・・・・・」

 グリーンはワープ装置へと踏み出しながら、思い起こす
 この右目のうずき、ジャチョ戦で起きたこと
 あれも理力の一端なのだろうか

 ふと彼は少しだけあごを上げて、視線を上に見た
 
 しゅん、とグリーンの姿がワープによって跳ばされ見えなくなった

 ・・・

 グリーンが次のワープ先に着き、装置から足を下ろした
 目の前にあるのはカラフルな壁紙、それから変哲もないドアだった
 ドアは丸状に切り抜かれた色紙で装飾されていて、どこか子供っぽい

 何を示唆しているのか、思案しながら彼はドアノブを握ると何か重い手応えがあった
 ぐいっと手前にドアノブを引くと、それと一緒に何かがなかから倒れてくる

 「・・・っしゅ、け」

 グリーンが倒れてくるものを避けると、それはどさっと前のめりに倒れて動かない
 はげ頭でピエロ服を着た男性だった

 「・・・そいつはサックス。トレーナー能力『アートアートピエロティック』だか何だかを使う、オモチャ箱キューブの主で気味の悪いおっさんさ」

 ドアの向こう、キューブの奥から聞こえてくる声にグリーンは微かに聞きおぼえがあった
 サックスという名にはおぼえがある
 ポケモンの技であるみがわりを自在に造形して操ったクレアという人形で、ゴールド達に深い悲しみを与えた奴だ
 
 仲間割れか、それともブルーのいう八角の誰かか
 グリーンは警戒し、サックスの頭を飛び越えてキューブのなかに入り込んだ

 そして、その目の前にいる男を見て、完全に思い出した
 
 「・・・お前か。おぼえて、るみたいだなそのツラ見てると」

 「確か、ブレイド・・・」

 ぷろろーぐにて四大幹部でのテストの後、レッド達を襲ってきた最初の幹部候補
 アーボックとカイリキーを使う、いつかリベンジしたいと密かに思っていた相手だった
 
 「ああ、もう幹部候補じゃねーんだ。あの後、組織抜けたんでな」

 「・・・じゃあ、何故この戦いに」

 「ま、ちょっとな。だが、俺は別にお前らの味方ってわけじゃない。
 このキューブの主であるサックスをぶちのめし、俺が主に成り替わった。
 先に進みたきゃ、俺を倒していけ」

 ぐいっと力強く親指を立て、ビシッと自らと後方にある次のワープ装置がある扉を示した
 主の入れ替わりがあるとは知らなかったが、結局同じように倒さなければ進めないらしい
 
 「好きなポケモン2体使え。同時でも1体ずつでも」

 ブレイドがボールに手を駆けると、グリーンもすぐにキュウコンを出した
 そして、すぐに飛び出してきたかと思うとブレイドの目前に迫る

 「おにび!」

 「カイリキー、逃げるなよ」

 キュウコンの速攻に慌てることなく、ブレイドはカイリキーを出すとそのまま吐いた炎を受け止めさせる
 じゅうううぅとカイリキーの肌が焦げ、やけど状態になる
 おにびはふらりゆらりとさまような軌道故に命中率が若干悪い為、至近距離で放つのが好ましい
 だから避けようとすれば出来なくもない、しかしブレイドは逆を言った・・・

 「カイリキーの特性か・・・」

 「アーボックか別のポケモンと思ったか。残念だな」

 カイリキーの特性はこんじょう、状態異常の時になると攻撃が上がる
 そしてアーボックであっても、特性がだっぴならそう意味がない

 ブレイドの手持ちでわかっているのはカイリキーとアーボック、2体使用のバトルとくればそれがくる可能性が高い
 どちらでも状態異常に強い、それでもグリーンがおにびを放った意味は・・・

 「・・・ああ、俺の能力を察してるのか」

 「お前の能力は一度感じているからな」

 キュウコン、グリーンの身体の力が抜けていく
 この感覚、最初は『能力者の威圧』といったプレッシャーに思えた
 しかし、これは違う
 むしろ、もっと別のものに近い感じがしたのだ


 「大したものだな。流石理力使い、何か感じるところでもあったか?」

 ブレイドはトントンと自らの目の下を、その指でつつくように叩いて示した
 グリーンの右目はまだヒクついている


 「俺の能力は『眼力(メデュース)』、ポケモンに特性いかくを加える。
 それだけじゃない、にらみつけるもへびにらみも、ポケモンの目に関する技をすべて同時に放ち続ける」

 いかくによる攻撃がくっとダウン、にらみつけるで防御ダウン、へびにらみによるまひ・・・これが身体の脱力原因
 目に関する技といえば他にこころのめ、みやぶる、みきりも思いつく
 素早さが下がっている様子はないので、こわいかおはないらしい

 おにびを使ったのは、やけどによって相手の攻撃を下げることで、こちらの下げられた防御とイーブンにする為

 「キュウコン」

 グリーンがボールを持って、ある指示をするが・・・・・・やはり出来なかった
 ブレイドがあごに手を置き、ククッと笑う

 「交代は出来ないぜ? くろいまなざしも兼ねてるからな」

 「・・・なるほど、完成された能力だな」

 グリーンがつぶやくと、ブレイドはフンと鼻で笑った
 
 「その状態でどこまで保つか、あの時よりどれだけ強くなっているか見てやるぜ」

 「二度も負けるものか」

 グリーンも鼻を鳴らし、ブレイドをにらみつける
 あの時、負けてからずっと心に引っかかっていた敗北の影
 もしかしたらグリーン達を能力者への道と踏み出させたのは、四大幹部ではなくブレイドだったのかもしれない

 「キュウコン、だいもんじ!」

 「カイリキー、クロスチョップで打ち破れ!」


 グリーンの指示でキュウコンの尾に炎がともり、それらがブレイドの周りへ放たれる
 カイリキーは4本の腕を振りかざし、ブレイドをも巻き込むその大技に備えるように構えてみせた

 ヴォオオオォオオォォと轟音が部屋にとどろき、キューブ内のおもちゃを吹き飛ばした


 ・・・・・・


 ブルーが跳んできた先は荒野だった
 湿り気のない風が吹く、無味乾燥の土地
 コケすら生えていない、地面はひび割れている

 「ヤな場所・・・」

 一言、ブルーがつぶやく
 ここに長居すると酷くのどが渇きそうだ

 「あなたはそう思わないの?」

 「思わない」

 その男は一目見てわかるほど、乾いていた
 背を伸ばし、組織のアジトへの侵入者であるブルーのことを見据えている
 しかし、それだけだ
 そのことが憎いとも、面倒とも、彼女に対する感情や思考の色がまるでなかった

 「戦う気はあるの?」

 「ある。侵入者は排除せよ、そういう命令だ」

 その男が平然と返すので、ブルーは肩をすくめた
 どうもやりづらい、しかしその男は軍人といった格好だ
 その格好、嫌な感じがするのは・・・・・・最悪の幹部が1人を思い出させるからだ

 「・・・あんた、ジークとかの部下?」

 「私の名はフリッツ、四大幹部ジーク様直属の部下。四高将、乾のフリッツ」

 ぐっと左腕と掌を突き出し、その指の間にボールを4つ持っていた
 思い出した男の、まさか直属で四高将とは・・・・・・ブルーはため息つく
 ここでアタシの命運は尽きたか、と目を伏せた
 それから背筋を伸ばして、胸を張って、そのフリッツのことをにらむ

 「四高将かー。初めて戦うのよね、アタシ。さっきの幹部でもギリギリだったし、アタシあまりこの戦いでいい結果出せてないのよ。ところでここのルールは?」

 「そうか。縛りは4対4、一度に4体出そうが構わん。全滅したら負けだ」

 無味乾燥につぶやくように、フリッツは答えた
 ブルーはきゃるーん☆とブリッ娘ポーズを取って、人差し指を自らの指を唇にあてた

 「やれるだけやれば、今のアタシで勝てるかしら」

 「無理だな。勝てない」

 「そ。じゃあ、今のアタシを越えるしかないんだ」

 ふざけ半分のポーズをやめ、フッと不敵にブルーは笑う
 ちゃっと微かな音を立ててボールをその手に取り、ブルーがフリッツに勝負を仕掛ける
 彼もまた左掌を閉じ、再び開くとそこには1つだけボールが残されていた

 「言っておこう。自他に過小も、過大も、卑下も、期待もしない方がいい。
 有り体の自覚、それが唯一の完遂への道だ――」





 To be cintinued・・・
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