〜最終決戦・十七〜


 「俺はジョウト四天王、『闘将』シバ」
 ・・・
 「そんなこと聞いても、素直に名乗る侵入者はいなくてよ?
 でも、ここは名乗らせてもらうわ。私は、『氷姫』のカンナ」
 ・・・
 「『災厄』」


 ・・・・・・


 夜に浮かぶのは灰色に近い白と黒

 「・・・災厄だって?」

 ふーふーっと息の荒い、整えようとするシルバーが自問した
 もし聞き間違いでなければ、それは確かイエローの対の能力者の能力名だ

 何故、こんなところに・・・・・・・

 「また邪魔か。つくづく風向きが悪い」

 「・・・・・・」

 シルバーとの決着にまた水を差され、ジンはわずかに目尻を釣り上げた
 体勢を立て直そうとするついでに名乗った災厄の顔を見ようと立ち上がったシルバーに、闇にまぎれてストライクが背後から斬りかかる
 目の前の災厄を警戒しつつ、あくまで狙いはシルバー・・・・・・油断・反応が間に合わない

 ギッィイインとその刃を受け止めたのはアブソルだった
 それもツノが通常の個体と比べて大きく、細い三日月のようになっている

 「っ!」

 助けてくれた、のか
 シルバーは倒壊寸前の家屋に寄りかかり、恐らく災厄のアブソルとジンの黒いストライクの斬り合いを見た
 あのストライクが織りなす迅速なきりさくの連続攻撃に、アブソルは首を回しステップを踏んで一撃一撃受けては流している
 どちらも相当のレベルだ、割って入れるものじゃない

 「・・・なるほど。災厄と名乗るだけの実力はあるようだな」

 ジンはだらんと腕の無い袖を垂らし、少し前かがみになった
 その眼差しは下手な刃物よりずっと切れ味が良さそうで、まさに凶刃といった男だ

 「ストライク、火利(カリ)」

 シャシャシャシャシャシャとストライクの両腕から軽やかで鋭い音が快い、まるで見えない剣筋の連続のなかで一筋だけ赤いものが入った
 アブソルはそれを受け、そして初めて苦悶の表情を見せた

 「・・・!」

 振り抜いた格好で、静止したストライクの刃が赤く光っている
 あれはいったい、何だ
 一度刃を交えたシルバーも初めて見るきりさく、いや・・・・・・特能技なのか
 
 「レヴェル5、炎属性を持つ刃・・・それが火利」

 アゴコロ・ジン、トレーナー能力名は『斬り裂き魔 〜スピリッツ・ザ・リッパー〜』
 きりさくに超特化した能力者
 レヴェル1(常時)・「きりさく」のPPが常に99となる(ただし、他の技のPPは変わらない)
 レヴェル2(常時)・「きりさく」が急所に必ず当たる
 レヴェル3(常時)・ストライクの間合い内ならば、「きりさく」は必ず当たる(これは、ジンのその日の鍛錬や調子によって変わるが、最低でも188,888p)
 レヴェル4(常時)・自身の「きりさく」のみ、タイプ相性無効化(きりさくに対し、こうかがいまひとつがなくなる)
 これらがシルバーの知るジンの能力、そして更にその上があった

 レヴェル4のタイプ相性に対するものへもうひとつ足す、元より堅い鋼をも両断する炎の力を刃に与える
 赤熱化した刃は出血を抑えてしまうが刃そのものの攻撃力を上げ、それを受けた相手を焼いて防御力を下げる

 災厄のアブソルがいかにアブノーマルであり・大きなツノでうまく攻撃を受け流せられても、あの赤熱化した刃では斬られなくても熱でダメージを受ける
 熱を伴う攻撃は肉体以上に精神を摩耗・気力を削いでいき、いずれ相手の足が止まり・・・きりさくの餌食となる

 どこまできりさくに特化しているのだ、ジンという男の能力は・・・!

 シルバーは災厄のことを見た
 ジンとは対照的な夜の闇に浮かぶような白に近い灰色、そのロングコート、細身で長身
 ロングコートのせいで背面の限定された部分しか見えないが、髪はセミショートくらいで真っ白で両腕の5本指すべてに包帯が巻かれている
 やはり何か独特な雰囲気・風格があるが、シルバーはこの災厄という男・・・似た男とどこかで会ったことがある気がしてならない

 
 「その眼、気に食わんな」

 災厄と真正面から向き合っているジンがそうつぶやく
 それはシルバーとの決着に水を差したからか、それとも別の意味が込められているのか

 ストライクとアブソルの鍔迫り合いはますます激しくなり、それでいて音は凄く澄み切っていて綺麗だ
 まるで雑音が入らない、まるで演舞・・・演武だ

 「アブソル、はかいこうせん」

 斬り合いのなかで、アブソルが一瞬ではかいこうせんを放つ
 溜めも殆ど見受けられないが、ちー島を吹き飛ばしたような極大のものではなく通常のものとほぼ変わらない
 
 ストライクが距離を取った
 その直後、わずかに出来た時間に災厄がシルバーの方を振り返る

 彼の眼に吸い込まれ、呑み込まれそうになった
 右の黒眼はこのキューブの夜よりも深い黒で、左眼は・・・・・・満月のような黄色だった
 
 災厄が手を伸ばし、どんとシルバーの胸を突き飛ばすように叩いた
 その掌のなかにはボールがあった

 「行け。治癒の少女にこいつを渡せ」

 「っ・・・!?」

 治癒の少女、それはイエローのことか
 そして何故シルバーが能力者同士の交換を可能とする能力と知っている、いやそれよりこのボールの中身は・・・・・・

 フリーザー、伝説の氷鳥

 災厄が持っていたのは知っていたが、これを渡せというのか
 こんなランダムに跳ばされるキューブで、殆ど見ず知らずの人間に託すというのか

 迷い、戸惑った
 そして災厄の身体をほぼ正面から見ると、ロングコートの下は黒の長ズボン
 上半身は思わず目を剥いてしまうほど、着てない服の代わりかと思うほどほぼ隙間なく包帯でぐるぐる巻きになっていた
 怪我か病気か、それでも異常だ

 シルバーは思い至った
 そうだ、この災厄にはおぼえがある
 容姿こそ全然違うが、似通っている

 オーレ地方の砂漠に立ちつくす、白い英雄に・・・

 「行け」

 「・・・・・・はい!」

 シルバーはフリーザーの入ったボールを手に取り、胸に押しつける形のまま受け取った
 そして、はかいこうせんであがった土煙にまぎれてワープ装置を目指す

 託された、ならば応えるしかない

 ジンの強さは知っている、だが災厄に安否を気遣う言葉は要らない
 最後に見えた背中が物語っていた


 ・・・・・・


 突然の乱入者に誰もが驚いた
 
 イエローとカリンの目の前が真っ暗になったと思ったら実際は真っ白な氷の壁が2人を守り、その傍らにいたのは・・・・・・元カントー四天王のカンナ
 彼女とはこの旅のなかで、4のしまで偶然再会したことがある

 「・・・おいおい、こりゃどーいうことだって」

 キョウジは首の裏をかき、乱入者の姿をはっきりと見る
 夢やまぼろしの類ではない、実体がある人間とポケモンだ

 現在、キューブでは定員・入れ替え制の機能が働いている
 キューブの主が設定したバトル形式に合わせた人数しか入ることが出来ず、人数を満たした時点でランダム転送の枠からはずされるのだ
 逆に言えば人数や条件をまだ満たしていなければ、バトルの途中でも他の人間が入ってこられることでもある

 しかし、今この竹林キューブはイエローが来た時点で人数を満たした
 こんな乱入あるわけがないのだが・・・・・・誰かが組織のシステムにクラッキングしたのか
 そんなことあり得ない、と言いたいがこの『Gray War』は多才な奇人変人が集っているから無いとは言い切れない
 このことに誰かが気づけば組織のシステムに復旧・修復がかかるはずだが、それをしたって目の前の乱入者が消えてくれるわけじゃない

 「・・・どうして」

 イエローがそうつぶやくと、カンナが振り返る

 「別におかしな話じゃなくてよ。元々この『Gray War』に参戦しないかと言われてた。そして応じた。それだけよ」

 「でも」

 「・・・今はその問答はどうでもいいよ。問題なのは誰の味方か、誰の敵かってことさ」

 カリンがカンナをにらみつけ、そう聞く
 確かにそれもそうだ

 4人の視線がカンナに集まり、互いをけん制するようににらみあう
 そのなかでほんの少し目を伏せていたカンナが、ゆっくりと顔を上げてキョウジとタケトリの方を見た

 ・・・ワタル・・・

 「・・・私の敵は組織。今はイエロー達の味方よ」

 「だと思ったぜ」

 「ふぉっふぉっふぉっふぉ」

 期待を裏切らなかった、しかし愉快そうに四高将は笑う
 敵が増えたというのにこの余裕、揺らがない

 「イエロー」

 「はい!」

 カンナに呼ばれ、イエローは気をつけして立ち上がる
 なんでか彼女は教師のようか感じでピシッと言われたからか、こちらまでそんな感じになってしまった

 「あなたはここを出て、先に進みなさい」

 「へ?」

 唐突な提案にイエローがきょとんという表情を見せる
 理解して、いやいやいやと両掌を左右に振って首も振った
 そんなバトルを放って次のキューブに行くなんて、今まで・・・・・・一度あったが、それでも主の許可なしには出来なかった

 「どうやら組織のシステムに何らかの異常が起きている今なら出来るわ。行きなさい、ここは私が引き受ける」

 「いや、でも・・・そこの2人が許してくれるわけないじゃないですか」

 システムに異常が出てもし可能であっても、目の前の四高将2人がそれを許してくれるわけがない
 のんびりとお喋りを許しているようにただ呆然と立っているようだが、まるで隙がない
 
 「その通りだぜ。イントリュダーのねーちゃん」

 瀕死状態のオコリザルが全身を震わせ、次元の違うところにいるゲンガーの掌が妖しく踊る
 イエローがカリンとブラッキーをかばうように身体を割り入れると、その全ての動きをけん制するようにカンナが動いた

 ヒュオと冷風が渦巻くカンナの掌に氷のオコリザル人形が現れる

 「! あれは・・・!」

 種族や名など情報を知っている対象の人形を氷で作り、それにマーキングしたところと対象と同じ部分を縛る能力
 それがカンナの『トレーナー能力・氷姫』のチカラだ

 「(作れたのはオコリザルだけ・・・。あのゲンガー、何か違う・・・ところにいるようね)」

 「おいおーい、俺達の分はねーのかよー」

 キョウジが手を振るが、向こうはわかって言っている
 人間を縛るにはただ名前や姿を知るだけでは足りない、他に知らなければいけないことがいくつか要った
 一目見ればわかるポケモンと違って、千差万別の名と姿を持つ人間には準備にひと手間がある
 要は人間にも応用はきくが、トレーナー能力はやはりポケモンに対して使うものだということだ

 キョウジがオコリザルを軽く蹴飛ばすと、猛然とカンナに向かって駆け出してきた

 「いいわ。これで決まりよ」

 カンナが口紅で氷の人形の手足にバツ印を描くと、オコリザルの身体、そこと同じ部分が凍った
 呪いのような、いや呪縛そのものというべき本当に恐ろしい技だとイエローはいつも思う
 凍らされ足がもつれてどさっと倒れてもなお、突っ伏したままあがき続けている

 「オーコリザァル、バーンクアーップ」

 キョウジが間延びした声で指示をすると、じたばたとあがいていたオコリザルが腕を使って身体を起こした
 そして、全身に力がみなぎっていると一目でわかるほど筋肉が膨れ上がった
 真っ赤にたぎる血液が各所に集中し、筋肉の膨張によってビシビシバキキッ・・・パッキーンとオコリザルを縛っていた氷が音を立てて砕けた

 「!」

 なんという力技によるものか、とカンナは驚く
 今までそんな破り方したものはいない、だがこの能力も氷系のトレーナー能力である以上タイプ相性に依存する
 初期段階なら暖かい所もしくは強力な炎技や高温で溶けるし、格闘タイプのような強烈な一撃で砕けることもある
 まさか筋肉の膨張で砕かれるとは思ってもみなかったが、あのバンクアップはビルドアップに近い特能技なのだろうと推測出来る

 それにしてもあの状態のオコリザルが指示を聞いた、いやそれにしては・・・


 「・・・やっぱりそうなのね」

 カンナが腕を組み、キョウジと倒れているオコリザルを見る

 「あなたのオコリザルには意識がない。ほぼ反射で戦っている」

 「・・・反射・・・?」

 ブラッキーに触れ、傷の治療をし始めたイエローがつぶやく

 「・・・・・・」

 「沈黙は正解と取るわ」

 カンナの言葉にキョウジは沈黙、そしてニッと歯を見せて笑った

 「そういうことかよ・・・!」

 カリンも何か察したようだが、イエローにはまだよく呑み込めていない
 反射、反射神経とかそういうもので合っているのか
 イエローが訊くと、カリンは頷いて答えてくれた

 「熱いものに触ったら手を引っ込める。そんな無意識に行われる身体のプログラム。
 やつのオコリザルはその連続で動いていた、ってことだろう」

 「ええっ、そんなこと可能なんですかっ?」

 「どこまで本当かは知らないけど、意識を失っても戦い続ける武闘家とか事例はいくつかあるらしい。そーゆーのは身体に染み込んだ戦闘経験が、きぜつした身体をなお突き動かすのさ。
 もっとも、そもそもトレーナー能力なんだ。
 本当にきぜつ状態をただの状態異常として扱って、実はHPみたいなもんが残ってるのかもしんないけどね」

 完全な死体ではいくら反射でも動かない、ひんしは死ではないから関係ないのだが
 それでもその身体を動かすのは圧倒的な戦闘経験と闘志、だが殆どの指示はオコリザルの意識には届いていない
 カンナによる氷の捕縛脱出も、そうやってこおり状態されたら筋肉を膨らませて逃れるという反射行動のひとつにすぎないのだ
 ただし、おやトレーナーからの指示には違いなく、反射とは別の無意識下でポケモンの身体に影響を及ぼしている
 反射によって熱を出し筋肉を膨らませるだけではあの氷の呪縛を内部から砕くには足りないが、特能技の指示によって格闘エネルギーを肉体に充満させればそこまで至れる
 

 バンクアップで氷姫は破られる、オコリザルには効かないのだ
 それでもカンナは落ち着きはらっている

 「・・・まぁいいわ。それでもイエロー、あなたは先に進みなさい」

 「無茶です。こんなレベルの人達を2人も相手に、ボクも戦えますから一緒に・・・!」

 イエローがブラッキーにかざした掌を放し、カリンと向き合った
 治療は終わったらしく、カリンに忠告する

 「危険な状態は脱してます。けれど、すぐに激しいバトルは出来ません」

 「お前、回復系の能力者だろ! あんな乱入者1人に任せておけるか」

 「ブラッキーはさっきの攻撃で背骨痛めてるんですよっ! ポケモンセンターだって安静にしろって言います!」

 イエローの真っ直ぐな目と剣幕にカリンが圧され、ぐっとこらえた
 嫌な音がしたとは思っていたが、ダメージは思った以上に深刻だったようだ

 「ほっ、誰か忘れておるんじゃないかのぅ」

 ゲンガーの掌から力の塊が放たれたとはっきりわかるほど、ぎゅわわわぁあんと空間が歪む
 シャドーボールではない、もっと直接的な圧力だ

 「ジュゴン、れいとうビーム!」

 放たれた何かに対して放たれたれいとうビームが、直進するはずのエネルギーがぐんとねじ曲がった
 無理やり軌道を変えられた感じだ、止められない

 その力の塊の速度はゆっくりではない
 カンナが注意を促し、そして叫ぶとイエローとカリンもその場を離れる

 ずん、と腹に響くような低く重い音がした
 周囲の竹林を巻き込んで、ありえないほど渦巻状の形を取ってからバキバキッと音を立てて破裂した
 
 「おいおい、だから忘れるなよ」

 イエローの行く先にオコリザルが回り込んでいる
 ジュゴンがこごえるかぜで氷の防壁をとっさに張るが、簡単に打ち砕かれてしまった
 パキンと割れた氷を避けるように、イエローは方向転換してキョウジ達を見る

 「(やっぱり駄目だ。ここはボクも戦わないと)」

 チュチュはまだ戦える
 少しでも加勢しないと、カンナが危ない

 「いくよ、10ま」

 「イエロー!」

 カンナが似合わないほど、必死なくらい大きな声を張り上げた
 それにびくっと身体が硬直し、イエローとチュチュの動きが止まる

 「どうし」

 「・・・行って。お願いだから」

 カンナが自身の腕の、肘のところをぎゅっとつかんでつぶやく
 それは悲痛の、切な願いの一言だった

 「・・・・・・ワタルを、助けて・・・!」

 イエローはその言葉で、何となくわかった気がした
 カンナが参戦した理由、そしてイエローだけでも先に進ませようとする理由

 彼女は今、この時にイエローをここから脱出させるまでの時間稼ぎをしてくれているのだ
 勝とうという戦略ではない、イエローがワープ装置にたどり着くまでの壁であればいいと
 
 「・・・チュチュ、いくよ」

 そう言ってイエローはチュチュのボールをぎゅっと握りしめて、目を伏せた

 「!」

 「おいおい・・・」


 イエローの足は・・・・・・踵を返し、だだっと走ってワープ装置を目指す

 「それでいいのよ」

 カンナが微笑むと、イエローの少し意外な行動に驚いたキョウジだがすぐに彼のオコリザルが止めにかかる
 膨らんだ両腕を振り上げたところで、また氷がそれを阻む

 「行かせない」

 「ったく、このキューブに来た奴らはみんな好き勝手やってくれるなぁ」

 「ふぉっふぉっふぉっふぉ、少し・・・面白い」

 ゲンガーのくろいまなざし、その視線が走るイエローの背に差し向けられる
 そこにブラッキーが割り込み、効果対象に自らをねじこんだ

 「やらせないよ」

 足もがくがくと震え、ブラッキーはまともに戦える状態ではない
 こうして割りこめたのもカリンが一旦ボールに収めて、投げることで距離を稼げたからだ

 
 ―――ありがとうございます、カリンさん、カンナさん

 イエローは走り、その勢いのままワープ装置のパネルに片足を乗せた

 ―――行け!

 カンナは固唾を飲んで、イエローを見送る
 システムに異常のある今なら、次に進む為のもワープ装置でなくても他のキューブへ跳べるのだろう
 そうとわかっているが、もし気づかれてすぐにでも復旧されていたら・・・やはりなんであれ時間との勝負だったのだ
 
 
 イエローが両足を乗せたところで、キィインと小さく起動音が鳴った
 よし、と心のなかでつぶやく

 ・・・ボクが再びワタルを止められるかわからないし、記憶を失った今の彼を助けられるかもわからない
 それとも、もうカンナさんがワタルを助けた後だけど・・・この組織という大枠を壊さないと抜け出せない呪縛があったのかもしれない

 組織を倒す可能性を、自分ではなくボクやレッドさん達に見出しているから・・・
 
 「勝って・・・絶対勝ってください!」

 キューブに残される2人に向かって、イエローが約束の言葉を贈った
 それをきちんと聞こえたかわからないまま、彼女の姿はこの竹林キューブから消えた

 
 ・・・・・・


 「・・・また害悪か」

 クリスから目を逸らし、タスカーがうなった
 たしたしっとヘルガーとグラエナが足音を立て、新たな侵入者ににらみを利かせ威嚇する

 「逃走補助か。悪に加担するものもまた同罪」

 「カイリキー! サワムラー!」

 ボールヌンチャクを振り回し、出してきたシバの力強い格闘タイプのポケモンが速攻をかける
 周囲に置かれ積み上がった箱を拳や蹴りで打ち抜き、そのものをふっ飛ばす
 その攻撃にタスカー達が恐れずひるまずに、前に進んでそれらを避わす
 悪による攻撃から後ろに退くことを自らに許さない、そんな様子だ
 
 しかし、そんなタスカーの動きをシバは狙っていた
 カイリキー達に攻撃を任せ、彼は回り込んでクリスのもとへ駆け寄った
 彼女はう、と小さくつぶやく

 「しっかりしろ」

 「・・・はい」

 気も確かだし、身体もそれほど傷ついていない
 シバは手持ちの飲み物をクリスに渡して、飲むように言う
 クリスはそれに従って甘いスポーツドリンクを飲むと、心身が癒されるように心地よかった

 「! でも、どうしてここに、いえその前にあなたのポケモン達が危ないです!」

 「む。どういうことだ」

 聞きたいことはいくつもあったが、クリスはそれらをひとまず置いてシバに言う
 おやトレーナーからの次の技の指示も無く大振りな攻撃しか出来ていないカイリキー達に、ヘルガーの中距離かえんほうしゃやグラエナのとおぼえが放たれている
 タスカーらのコンビネーションに一分微塵の隙もなく、徐々にその相手を追い詰めていく

 「あのタスカーって人の能力は絶対悪・・・おそらくプレッシャーの超強化版、一撃でも攻撃を当てたらPPはゼロになります。
 それから何か、恐らくすべてのステータスに補正がかかっていて・・・まともにやり合ったら、食われます」

 対峙しただけですくんでしまう圧迫感、追い込まれていく絶望にまるごと食われてしまう危険な相手だ
 どうしてシバがここ来られたのかわからないけれども、ここは卑怯でもルールでなくても2対1で勝負を挑むべきだ
 ・・・・・・それは、悪、かもしれないけれども

 「心配するな。俺のポケモンは負けん」

 シバの言葉は本当に力強く、クリスの肩をばんっと叩いた
 
 言葉の一方でシバのポケモン達はキューブの角を背にくっつけ、そこまで追い詰められていた
 もはや逃げ道はない、退路もない
 やはりおやトレーナーの指示なくして、ここまでレベルの高い能力者にはかなわないのだ

 「・・・・・・」

 タスカーは指示を出さなかった
 確かに追い詰めているが、これは何か違う気がしたのだ
 しかし、怖じ気つくことは許されない

 グラエナとヘルガーが牙をむき、跳びかかった

 「カイリキー、クロスチョップ! サワムラー、とびげり!」

 迎え撃つ気だ
 だが、あまりに体勢と位置が悪い
 クロスチョップを振りかぶるにも、とびげりの為にわずかでも身体を引くことも出来ない
 いくらシバの格闘ポケモンが鍛え上げられた筋肉を持とうが、これでは充分な力が発揮出来ない

 
 ドッゴォオオと特大の、いい音がした

 グラエナとヘルガーにカイリキーの掌が、サワムラーの爪先が深くめり込んだ
 それは傍から見ても、とんでもない破壊力だった
 激烈な一撃、力が乗せられない状況で出せるものではない

 「・・・!」

 「死中に活あり。あそこまで追い込まれていたようで、実際に追い込まれていたのは向こうの方だ」

 シバが拳をにぎり、語った

 あの角に行くことを、カイリキー達にシバは予め指示していた
 理由のひとつはグラエナとヘルガーの攻撃方向を絞り込む為、そしてもうひとつこそ死中に活ありの真意
 背水の陣、自ら進み入った死地だが気力は満ちていた
 その一方で追い込んだ側は攻撃方向が限定されてしまうこと、追い込まれた側の気迫で攻めあぐねる
 結果、追い込んだ以上と無理やりにでも仕掛けることを余儀なくされる

 迎え撃つ気力に満ち溢れた側と無理やり攻撃を仕掛ける側、それは追い込んだ側と追い込まれた側の逆転
 
 「(しかし、それだけではない。ただの悪漢ではないな)」

 ヘルガーとグラエナがゲハゲフッと血反吐を吐きながらも、四肢に力を込めて起き上がる
 フォースWバッジの力により、攻撃・防御・特攻・特防・素早さのステータスが2段階ずつ上昇している
 戦闘力も耐久力も通常の倍(とおぼえで攻撃は更に上昇)、それでこれほどのダメージを受けるとは並はずれた破壊力だ

 恐らく、シバという悪漢のトレーナー能力は攻撃ステータスか技の威力そのものの上昇
 タイプ相性による弱点を考慮に入れて見積もれば、2倍は上がっている


 「(俺の能力は直接攻撃に限り、そのインパクト時に威力を2倍にする『剛の骨法』)」

 あくまで威力の2倍であって、補正がかかるわけではない
 急所に当たれば更に倍になる、ステータス補正も通常通り6段階まで上げられる
 どれだけPPを削られようと渾身を越えた一撃で終わる、はずが・・・向こうは堪えて立ち上がってきた
 ステータス補正はあくまで補助、かけられるポケモンが鍛え抜かれてこそ活きてくる


 互いが感じ取り、思っただろう
 ―――厄介な能力者だ、と

 
 「クリス。お前はここから出て、次のキューブへ向かうのだ」

 「・・・!」

 「わかるだろう。お前はあのタスカーという男に敗北したのだから」

 侵入者が敗北すれば良くて牢に入れられ捕虜扱いとなるが、誰かがキューブの主を倒せばそこから救い出せる
 クリスはここにいてもいいが、もはや戦う資格はない
 主をまだ倒していないのだから、出るのもまずいが・・・そこはシバが勝利を後払いということでいいだろう
 
 「何より、俺が求めるのは熱き戦い! 一切の手出しは無用!」

 ウー! ハー!と腰を低く、両肘を曲げ、腹に力を込めてシバは自らに気合を入れる
 
 「ここから出ろ。いいな」

 「・・・。わかりました」
 
 クリスは小さく頷き、踵を返してワープ装置に向かう
 シバはタスカーと向き合い、そのままの体勢で彼女に言葉を投げかけた

 「くじけるな。お前の力を必要とする先に急げ」

 クリスを逃がすまいとヘルガーがかえんほうしゃを噴くが、カイリキーが2つの正立方体を投げてそれを止める
 
 「お前は強い。ここでは力及ばなかったが、最後まで諦めなかったことはお前自身の眼とボールのなかから迸る気迫が教えていたぞ」

 心・技・体

 体で勝てなければ技で勝て
 技で勝てなければ心で勝て
 心が負けなければ負けはしない

 諦めない、くじけない心を持つ者が真の強者なのだと


 クリスがこのキューブから、ワープ装置でその姿を消したことにタスカーは驚愕した
 シバがここに来られたことから、そうだとは思っていた

 まさか、組織のシステムが・・・・・・崩されたというのか

 「形あるものはいずれ壊れる。絶対も完璧もない。
 だから己を高め続けるのだ。その為に俺は求めるのだ、熱き戦いを」

 「黙れ。どこまでお前らは悪行を重ねていく気だ」

 「絶対悪といったか。見えるぞ、その名とは裏腹に危うく揺らぐ芯が」

 絶対だから、絶対ではないのだ

 ・・・そこを突く気は毛頭ない
 ただ真っ向から打ち倒す

 
 直情の拳と屈折した牙が、荒々しく交差する


 ・・・・・・
 
 
 「誰・・・だっけ?」

 カイリューの上と大雨のなかで視界が悪いが、あそこにいるのは確かに侵入者だ
 組織の人間ならレッド達に攻撃をしてくると思うし、その様子もない
 ここのキューブの人数設定は初めカータとルネ含めての7人だったが、辛抱しきれなかったカータが6人でバトルを始めてしまったから・・・・・・あれは最後の7人目扱いだ

 しかし、味方とも限らない

 とにかくこの隙に、とレッドがカイリューから飛び降りるとイツキやキョウも続いた
 ばしゃばしゃっと足元の悪い地面に着地、いや半ば着水してその新しい侵入者のもとへ走る

 「なんなんだよー、いきなりあんなでっけぇエネルギー弾向かってくるなんて・・・電気タイプの技だったのか?」

 傍らにいるのはガラガラ、厚めの眼鏡をかけたちょっと陰気な理科系の男が懐から代わりのホネを手渡している
 トウド博士はキャラが被る、と小さな丸眼鏡を持ち上げてつぶやく

 「おー、あ、レッド! それに元カントージムリーダーのキョウまでいるじゃねぇか!」

 実力者とわかる知り合いに出会えたことでその男のテンションが上がっている
 しかし、レッド達は男の名前がわからないので首を傾げた
 その様子に気づき、察したのか理科系の男がちょっと怒ったように自らを指差して名乗る

 「りかけいのおとこのアキヒトだ! まー、確かに面識はなかったけどよ。これでもお前らの味方なんだぜ」

 「そうなのか。うん、わかった」

 レッドがあっさり認め、ガラガラを見た
 それからキョウと目を合わせ、頷き合った

 「特性・ひらいしんか。レッド、お前の仮説は正しかったようだな」

 「ああ。っと、くるぞ!」

 アキヒトの元から皆が分散して走る、いきなり置いて行かれた彼は左右見てあたふたと慌てふためく
 目の前まで迫るバカでかい光弾がアキヒトめがけて直進してくるわけをすぐに察し、ホネを再び投げると・・・・・・光弾はその方に曲がった
 バッシュウウウと光弾が炸裂すると、アキヒトとガラガラはその場に伏せてその余波をやり過ごし、立ち上がって逃げ出す

 「だから何なんだよ、この攻撃は!」

 光弾に撃ち落とされたホネをガラガラが受け取るのを確認して、また正面を向く
 わけのわからないアキヒトに、並走し出したレッドが肩を叩く
 そして一緒に走るぞ、そこで説明すると指で示した


 「破壊と再生のトレーナー能力ぅっ!?」
 
 「ああ。触れた相手の弱点タイプに変化するのが破壊のあのエネルギー弾なんだ」

 レッドが空を見上げる
 土砂降りの雨、これがあのはかいこうだんに最初に触れるもの
 雨は水、故に、はかいこうだんは電気タイプに変化する

 「あー、それでおれのガラガラのホネに反応したのか」

 特性・ひらいしんは電気タイプの技を自らに引き寄せる
 ガラガラ自身は地面タイプ、引き寄せた電気タイプの攻撃なら無効化するのだ
 しかし、破壊の能力は瞬時に弱点タイプへと切り替わるのでその身で受けることはまず出来ない
 恐らくホネに触れた瞬間に雨水と地面の共通した弱点、草タイプに変化しているのだろう

 「てことは、おい、このままおれのガラガラは狙われ続けるってことかっ?」

 「うん。まー、そうかも」

 レッドがあごをかき、申し訳なさそうにつぶやく
 冗談じゃねぇぞ、とアキヒトは慌てて怒る

 「もう代えのホネはねーんだぞ! そしたら次はガラガラ自身だ」

 さっき渡したのは通常のホネではない、ことさら丈夫なかたいホネだ
 一度はあの光弾を受け止められたのだが、もうヒビが入っている
 
 「こいつはなぁ、おれが苦心して改造した『カスタムかたいホネ』だぞ。こいつが一撃でぼろくなるってのはまずねぇよ!」

 「カスタムって・・・どんだけ凄いんだ?」

 「通常かたいホネで2倍アップの攻撃力が、こいつじゃ2,16倍だ」

 確かにちょっと凄い

 「こんな雨じゃ俺の陣は使えねーしなぁ。キューブじゃバトル形式の設定で人数とポケモン数決まってんだろ?」

 「陣? ・・・・・・そういやお前の能力は何なんだ?」

 レッドの問いにドキッ、とアキヒトの身体がはねる
 それから言いにくそうにつぶやく

 「・・・おれにはそいつの才能なくてなぁ。能力者になれなかったんだよ。
 代わりに陣やらアイテムの強化改造を頑張ったわけだ」

 「そっか。でも、いったい誰に教わったんだ?」

 レッドの疑問も尤もだ、そんな能力といったものを教授出来る人間が多くいるとは思えない
 その問いに「はぁ」と、アキヒトは何か嫌そうにため息をついた

 「あのキクコってバァさんだよ。あのバァさん、この『Gray War』に自分が参戦するのは億劫だって、代わりに自分の弟子を送り込ませたのさ」

 ・・・

 『そんな辛気臭い戦いに年寄りを巻き込むんじゃないよ』

 キクコは目を閉じ、そう吐き捨てた

 『だけど放っとくわけにもいかない。それはわかってる』

 小さく頷き、踵を返した

 『ま、代わりに見込みのありそうな奴らをそっちに送ってやるさ』

 そうつぶやいた後きぇっきぇきぇっと不気味に、高笑いした

 ・・・

 「こっちは頼んでもねーってのに、無理やり弟子さ。ま、カントー本土襲われた時にそうして拾われたのは助かったけどな。
 あのバァさんに育てられたのはおれとあと1人、そっちは能力に目覚めやがった」

 アキヒトの他にキクコの弟子がもう1人いて、そっちもここに来ているのだそうだ
 なんだか悔しそうに、アキヒトはぶつぶつと文句を言う
 

 ・・・

 ここはかつての湿地帯キューブ
 しかしつい先程までその上に原生林が生い茂り、濃い緑の匂いが充満していた

 「ばかな。あたしの『草葬陣』が・・・」

 目にも優しく青々しい樹々は全て凍りつき、見る影もなく粉々と崩れ落ちていく

 ここのキューブの主は玄武組、酒豪のシャララ
 傍らにいるのは半獣半草の身体を持つフシギバナ、しかしその半身は凍りついてしまっている
 
 幹部十二使徒、寅のシャララのエキスパートタイプは草、象るのは虎
 草葬陣は対軍戦力にも匹敵するトレーナー能力、植物の超促成による多彩かつ大規模展開から繰り出す戦陣
 それが・・・・・・

 「ボクの勝ち、ですね。やったぁ」

 シャララの相手は見た目普通のボーイスカウト、傍らにいるのはラプラス
 そして、彼らを中心に展開する氷柱のなかにあともう1体いる

 「フシギバナ、バクレツソウ!」

 凍った半身を震わせると、残った凍っていない樹から砲弾のような実が飛び出し炸裂する
 それらに対してボーイスカウト達を守るように、氷柱のなかから2つの影が姿を現す
 現れたのは掌2つ
 バクレツソウを何かの力で間接的に止めてしまうと、また氷柱へ潜り込む

 「!」

 気づいた時には遅かった
 フシギバナの後ろの氷柱から、大きな顔が現れて・・・・・・フシギバナを飲み込んだ

 咀嚼されプッと吐き出されたフシギバナはHPを吸われ、背中の花はしおしおに枯れている
 最早、勝負あった

 「・・・・・・あんた、名は?」

 負けてもじたばたしない、相性にしても何にしても久し振りに負けて酔いもさめた
 シャララが凍った地べたにへたり込み、酒をあおった
 そんな露出の高い格好でそういう姿勢で寒くないのかな、お酒があるから平気なのかなと心配しながらも答えることにした

 それぞれ違った氷柱のなかから3つの影が抜き出てくるように現れ、彼の傍でまとまって浮かぶ
 氷柱に潜り込んでいた影の正体はゴースト、そしてラプラス

 「ボクの名前はジュンジ。キクコさんの弟子です」


 ・・・・・・


 眼前に拡がる真っ平らな草原、何も遮蔽物は見えない
 しかし、目の前には何ものよりも越え難い障害が確かに立っていた

 「よくここまで来たものだ」

 「・・・・・・テメェは」

 ゴールドの次の相手、草原キューブの主

 
 サーベル刀を携え白の軍服を身にまとう、象徴は西方の白虎

 四大幹部が1人、ジーク





 To be continued・・・
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