〜最終決戦・十八〜
「ボクの名前はジュンジ。キクコさんの弟子です」
・・・・・・
「行っちまったかー」
嬉しそうに、残念そうにキョウジがつぶやく
それからあきれたように、正確にカンナの方を見た
盲目ではないのはもうわかっているのに、違和感を覚える
「で、どーすんのお前ら」
「ふぉっふぉっふぉ」
「イントリュダーとプリソナーのねーちゃん方、若い子にこの戦いを託したのはわかったよ。
でも、その後のこと考えてねーんじゃねーかなー。てか、プリソナーの方はもーまともにゃ戦えないんだろ」
カリン、そのブラッキーはぐぐっと力を全身に込めていたが四肢は震え今にも崩れ落ちそうだ
きぜつして尚も闘争心の衰えないオコリザルは両手を地面につき、全身を震わせて構える
にぃーと歯を見せ、キョウジは笑う
「キョウジさんとじーさん、四高将2人相手・・・出来んの?」
「・・・勘違いしないで。さっきまではイエローを確実に送り出す為に、あえてああいう戦い方をしただけ」
「ほー、そうかいそうかい」
タケトリはひげを撫で、わかりやすく小馬鹿にしているようだ
確かにこの2人は弱点と思わしきものは露呈している
だが攻めきれない、そもそもの実力がケタ違いすぎた
「ま、それが口だけじゃないってことをとっとと証明・・・・・・」
キョウジが言いかけて、止めた
頭をかいて、うつむいて長く息をつく
少し遅れてカンナも気づき、眼鏡をずり上げながら腕を組んで言った
「・・・遅いわよ、ガイク」
「やっと当たりか。どうも、カンナさん」
竹林をかきわけて現れたのがガイクだった
キョウジは、また乱入者の登場に首をごきごきと回して空を仰いだ
「一応聞くけど、どーやってここに来た?」
しかもカンナとガイクの会話から、狙ってここに来たようだ
いくらシステムの不調とはいえ、誰がどこのキューブにいるのかなんて情報がただのワープ装置から割り出せるはずがない
ガイクが敵と思わしき2人を見て、答える
「カンナさんからポケギアで、システムの不調とここのキューブの特徴聞いて合流することにした。それから該当するところに来るまで、ワープ装置を往復し続けた。
はずれのキューブに着いたら即引き返してまた跳ぶだけだ。ま、殆どの戦い終わってたからあんま恥ずかしい思いはしなくてすんだが」
「・・・はぁっ?」
カリンがおかしいだろ、と突っ込んだ
ここは海底だ、アンテナも何もないところで電波なんて届くわけがない
「電波、ならな」
ガイクはポケットからポケギアを取り出し、カンナも同じように見せた
一見、普通のそれだが何か不格好な付属品のようなものが付いている
それから伸びたコードが、モンスターボールに繋がっているのがわかった
「・・・電波の代わりにエスパーポケモンの念波による会話。ま、機械版テレパシーみたいなものだ」
それは本土から離れた環境から生まれた連帯感の現れ、ナナシマの守護者だけが持つものだ
ガイクはチリーン、カンナはルージュラ
この2体とポケギアを接続・連動することで、限定的なテレパシーを可能にしたのだ
「・・・・・・ああ、思い出した。お前、元組織の人間だったな」
改造ポケギアとガイクを見て、キョウジが納得する
組織もテレポートの活用といった、そういう技術開発に力を入れていた
抜ける前にどこかで聞きかじったのを、自らやその人脈で作り上げたわけだ
「ガイク。あなたはそっちのオコリザルを力で押さえつけてちょうだい。私はその間に、あのゲンガーを仕留めてみせる」
「・・・って、もしかして相手幹部クラス以上ですか」
「四高将だよ」
カリンの言葉にガイクが驚き、そしてため息をついた
「まさか、こんな形で相対することになるとは・・・」
「どーするよ。戦る気はあんのか、イントリュダーのにーちゃん」
キョウジがちょいちょいと挑発すると、ガイクはチャーレムを出した
そして、しっかりとキョウジのことを見てそのボールを握りしめる
「やるさ」
「そーじゃなきゃ、だらだらと待ったかいもないってもんだ」
「ふぉっふぉっふぉっふぉ」
「後悔するわよ」
カンナがカリンとブラッキーの前にかばうように立ち、ガイクもじりじりと立ち位置を変えていく
四高将は相変わらず動かない、余裕たっぷりの様子だ
勝負の再開、そのきっかけは何だったのか
竹の葉が地面に落ちたのか、靴で地面を踏みしめたささいな音か、誰かが仕掛けたのか
ただ土煙が爆発するように縦方向に、白煙と黒煙が横方向に噴き上がって竹林キューブの視界を覆い尽くした
・・・・・・
照明は暗め、大小長短様々な円柱が連なるキューブ
「カータ」
膝ほどの高さの円柱に腰掛けてマニキュアを塗り、ふっと息を吹きかけるカータがちらりと目を向けた
そこにいたのは四大幹部のリサ、それからその影に隠れるように立つ・妙におどおどした男の子
怪訝な表情でカータがリサとその男の子を見て、首を傾げる
「何ですかー、そいつ」
「紹介するわ。カータの『破壊』の能力に対をなす『再生』の能力者、ルネよ」
「あああああ、ああのはっははじじめま、ましてっ」
身長も同じくらいのリサの影に隠れて、小さくどもる少年を見てカータは眉をひそめた
それからまたマニュキアの方を見て、カータはそれを続ける
「あっ、あの」
リサの影から出てきて、それでもおそるおそるルネが手を伸ばす
何を求めているのかはわかる、しかしカータは取り合わなかった
「うざ〜、きしょいし何言ってんのか全然聞こえねーし」
「っ!」
フンと鼻を鳴らし、立ち上がったカータがすたすたと行ってしまう
リサはひとつ息をつき、うなだれるルネの小さな後ろ姿を見た
・・・
「それで、俺に何の用だ」
ギッギッギッギと器具のきしむ音、その元の横にちょこんと正座するルネがいた
器具を使っているのはジーク、日々の鍛錬をトレーニングキューブで淡々とこなしている時だった
ルネがなかに入って来て、ジークがなかの器具を1つ1つ移動するたびにその後を追いかけるのだ
何か言いたいことがあるのはわかるが、ジークは無視していた
やっと聞こえたのは「そそっそ相談し、したいことがぁああります」のか細い一言だけ
ジークはにべもなく「ディックに言え」と言ったら、ルネはびくっと肩を震わせ首を横に振った
しばし身体を動かしながら考えつつ顧みた、ルネの目に仕方なしに話を聞くことにしたのだった
「は破壊のっ、かカータさんのことなんですけど」
「ああ、つい最近引き合わされたと聞いたが」
「そ、そその・・・・・・ずぇ全然あぁい、てにささされななくてって。もっももちろん、カータさんがが悪いわっわけじゃ」
鍛錬によってジークの身体から薄らと白い湯気のようなものが見え、それがオーラのように見えて一層ルネをすくみあがらせる
それでも常識人のリサでもなく、贔屓目のディックでもなく、気難しそうなジークを相談相手としてルネが選んだのには理由がある
精神力もさることながら、その鍛え抜かれた肉体は組織にいる能力者のなかでは間違いなく頂点に立つだろう
色々な意味で弱いルネにとって、色々な意味で強いジークは憧れの存在なのだ
「そうだ。カータよりお前の方が悪い」
「はっはい・・・・・・・」
「とはいえ、カータもカータだ。どんな理由であれ、その態度はいただけん」
100kg以上ありそうなバーベルを片手で持ち上げるジーク、ポケモン顔負けな怪力にルネは目を丸くする
持ったそれを腕全体使って真上へ放り投げ、落下してくるのを腕全体でキャッチするという恐ろしいことをし始めながらジークは言葉を続ける
「良くも悪くもカータは自分に忠実だ。そして、悲哀の過去も苦難の境遇といった経験もなく『破壊』を手に入れた。
対の者とはよく言ったものだな、お前とは何もかも違う」
強者にありがちな過去や境遇が彼女にはない
ただ普通に生きてきて、半ば必然的にその力を突発的に得た
「それだけに、お前のことを理解出来ないのだろう。人は正反対のものは通じ合えるが、わずかでもそこからずれてくると通じにくくなっていく。
お前達は対だが、正反対ではない。お前の喋り方も問題があるが、カータがいらつくのはお前のことを理解しようとしているからだ」
「でっででもささ避けられてまます」
「しようとはするが、受け入れるかは別問題だ。受け入れてほしくば、お前にも省みるべき点はいくらでもある」
ジークは容赦なく突き放し、ルネの顔をまるで見ないで答える
ルネはゆっくりと顔を伏せ、どんよりとした表情を見せた
いや、そもそもルネはそれを改善に向けての相談をしに来たのだ
そう言おうとしているのに、何故か声が出ない
悪寒がはしった
ジークが深呼吸している
たったそれだけのはずなのに・・・・・・周囲の気温が一気に低下し、ジークの身体が対照的に炎のように滾っているようだ
実際にそうなのかはわからない、ルネにはそう感じられた
ルネがすくみあがっていることに気づき、ジークはふっと短く息をつく
ジークの身体から熱が、周囲の気温へと拡散されていくのがわかる気がした
「・・・・・・すべてを一気に話そうとするな。ひとつひとつの語句を、確実に、つむいでいけ。どもることを、恐れるな」
このキューブに何が起こったのかはわからない
しかし、ルネはジークのその言葉をかみしめる
「それから、声量を上げたいのなら腹筋でもしろ」
「は、ははい」
ルネがその場に仰向けに寝転び、掌を組んで頭の後ろに回す
それから少し反動を付けて、上体を起こす・・・・・・手前で止まる
完全に起こせずに、その手前と床の小さな振り幅で往復するばかりだ
真っ赤な表情で息荒く、めくれてちらりと見える生っ白い肌とへそ
ジークは無言で、その横にかがんで、ルネの首の下に抜き身のサーベル刀を差し入れた
冷たい刃の輝きを目の端で見て、彼は小さく悲鳴を上げた
「刃を立てられたくなければ、わかるな・・・?」
「・・・・・・っひぃ!」
何がジークの琴線に触れたのかさえ、わからない
しかし、ルネはただ必死に腹筋を1回でも成功させようとのどを上向きに押し上げ頑張ろうと試みるのだった
・・・
「ちょっと、何ぼーっとしてんのよ」
ばしゃばしゃばしゃと雨風が顔にうちつけているのに、ルネははっと我に返った
見ればカータは流し目で、呆れた表情でそれを見ていた
ふいと目を逸らされ、ルネは首を小さく前へ傾ける
「・・・あいつらにまたうざ〜な奴が1人増えたみたい」
「あ、ぁ」
何と返事しようかルネが迷っていると、カータがポツリとつぶやいた
「なんでかなぁ、力の差わっかんないのかな〜。
頑張れば何とかなるって思ってるのかな〜、そーいうのってすげーうざ〜よね」
カータは小さく舌打ちする
「早く諦めろっつーの」
雨風が鬱陶しくなってきた、それ以上に今も戦い続けようとしている5人にカータは苛立っている
ああ、とルネは思い返す
カータは理解しようとしている、けれども出来ていない
なまじ絶大な力を何の苦労も無く手にしてしまったから、必死になることがなかった
過去や境遇を乗り越えたり、泥水をすすり這いつくばって得たものではない
「あ、ぁあの」
「・・・・・・」
雨風にかき消されるばかりではない、ルネは口をぱくぱくとさせる
カータはじっと5人がいそうなところを、探すようにこのフィールドを見つめていた
すべて破壊してしまうのも出来る、今までいたぶるようにそうしてきた
けれども、それでは駄目だと気づきつつある
あの5人はそんなことでは倒せない、確証はないが確信めいたものを感じているのだ
「あのっ!」
ルネの声量にびっくりして、カータが振り返った
けげんそうな表情で、見つめてくるのに怖じ気づきそうなのをルネは堪える
ジークの言葉を思い出して、その口を大きく開けるようにして言葉にした
「あ、あの人達、は、こっ、ちの、こ攻撃を、確実に避け、避ける手段、手にしまし、た!」
「・・・・・・」
「だ、だから、こっこが、しょっ勝負どころ、です!」
・・・
「ここが勝負どころだ」
ルネと同じことを、同じ時にレッドが皆に言った
「さっき2回、破壊の攻撃を確実に逸らしたけど、それももう保たないんだ」
アキヒトのガラガラの特性ひらいしん、それに応じたホネブーメランによる誘導回避
しかし、カスタムホネでももうあと2回も受ければ壊れてしまうだろう
「俺達があの2人を倒すには、先に再生の能力者を倒すしかない」
攻撃は最大の防御、とはよく言ったものだ
破壊の能力者がいる限り、再生の能力者には近づけない
再生の能力者がいる限り、破壊の能力者は倒せない
理想的なのは再生の能力者を倒し、すぐに破壊の能力者を倒す・・・・・・ほぼダブルノックアウトの状態にすることだ
「俺達にも回復手段はあるけど、それも限定的だし、何よりこっちは一度でも攻撃を食らったら回復前に死んじゃうかもしれない」
身体をごっそり持っていかれてしまったら、再生能力と並はずれた生命力をその身に持っているポケモン以外助からない
能力の差は歴然、このままいってもじり貧でいつかはへばって負ける
「だから、体力気力のある今の内に仕掛けるしかない」
「それで、仮に仕掛けるとしたら誰が行くのだ」
キョウがそう周りに問いかけた
ホネブーメランではかいこうだんを逸らした瞬間に、破壊と再生の能力者へ最大の一撃をぶつけにいく者
はかいこうだんは続けて撃つことが可能だ、うまく不意を突かないと返り討ちに遭う
危険すぎる役回りだ、下手しなくても死に行くようなものだ
そんな空気を恐れずに「はーい」と、手を挙げたのは眠そうなトウド博士だった
「このなかで、一番目があるのは・・・・・・レッド、きみだ」
立候補ではなく、推薦だった
ポケモンの素早さや技の威力、能力との関連性を考えればそうなる
最も可能性があるだけで、必ず成功するというわけではない
「うん。俺が行くよ」
「だいじょぶなのか〜い?」
「マジかよっ!? あの攻撃と勝負しようなんて正気じゃねーぞ!」
アキヒトは止めようとするが、今はこれしかない
持久戦は間違いなくこちらにとって不利、これ以上はかいこうだんを撃たれて足場を失っていけば勝負を仕掛けることも出来なくなる
「でも、負け勝負は好むところじゃない。というわけで、提案があるんだけど」
張りつめ緊迫した糸を切るように、ぱちんとトウド博士が指をはじく
「!」
皆がはじけたように反応し、その視線が彼の指先に集中する
自他の技の威力を上げられるのがトウド博士の能力だ
しかし先程のレアコイルの自滅に使ったベットとコール、それによって彼の氣はほぼ空っぽのはず
どうしようというのか、イツキが首を傾げる
「見てのとーり、自分の氣はあてになりません。
というわけで、きみ達をレッドへのあてにしたい」
「へ?」
「自分の背中に手を置いて触れて、頭のなかでイメージするんだ。
気持ち悪いけど、自分と一体化する感じで頼む。
そうやってきみ達の氣を、自分を介してレッドのエーフィに送り込む」
これはトウド博士の氣の器がほぼ空っぽで、既に成熟したものだから出来る芸当だ
まだ発達途上のイエローに応用出来ることではない
「ちなみにこれやったら、みんな倒れると思うよ。遠慮しないから。
自分の能力には有効距離があるから、予め遠くへ避難しておくこともかなわない。
あの破壊の攻撃速度からして勝負はまさに一瞬、ポケモンで逃げるのも間に合わないと思うし。
レッドに注ぐ氣が足りなくて、押し負けた場合は逃げ遅れること必至だね」
にやっと笑うトウド博士にキョウは「仕方あるまい」と諦める
しかし、イツキとアキヒトはえええええと仰天し嫌そうな顔をした
特にアキヒトは先程こちらに来たばかり、それでいきなり共に命を懸けろと言われているも同然だ
「じー」
わざわざそんな声出してトウド博士が、キョウは無言でアキヒトを見る
その視線に耐えきれずに、だぁーっとすぐにアキヒトは声をあげた
弱い、ぼそっとトウド博士はほくそ笑む
「あーあー、くそー、あのバアさんと関わるとほんっとロクなことがねぇな!
いいよいいよ、やってやるよ!!」
「そっか。ありがと」
レッドはエーフィを見て、さっさと鉄壁から出ていこうとする
おいおい、ちょっと待ってーとイツキとアキヒトが止める
「下手に乱れ撃ちされても困るだろ? だったら、もう逃げない」
ぴくっとエーフィが空を見上げる
その体毛で相手の動きや天気を当てる生態を持つポケモンに、レッドも空を見た
「・・・もうすぐやむのかな。尚更急がないと」
雨がやんでしまったら、ホネブーメランによる誘導が出来なくなる
レッドは掌をひらひらと振って、エーフィと共に鉄壁の外に出ていく
「っち、ああ、いーぜ。とりあえずホネは任せてお前は突っ込んで行け!」
アキヒトがケッと吐き捨て、ガラガラがホネをばいばいと振って見送る
・・・
「勝負どころ?」
「は、はい!」
ルネがおどおどしながら、カータに告げる
「相手は、このあ、雨を利用し、て、攻撃、回避、出来る!
だけ、どっ、かかかカータさ、さんにはそ、そんなのかっ、関係な、い最強のわっ、技がある!」
「・・・あんた、まさかアレのこと言ってんの?」
肩をすくめ、カータがじろっとルネのことをにらみつける
「アレはヤだ」
「ぼっ」
きっぱりと言って、そっぽを向くカータに間入れずルネが拳を握って言う
「僕が、カータさ、んを支えます、からっ!」
ルネがぐっと拳をカータに向け、突き出して見せる
「やりましょう!」
ルネが真っ直ぐに、カータのことを見た
彼女はちらっと横目で見て、ぶーと唇を尖らせる
「・・・なんであんたに言われてやんなきゃいけないのよ」
「すっすすすみませんん」
頭をぺこぺこ下げるルネの、それをカータがぺしっと叩いた
それから彼女はのんびり歩きながら離れていき、彼はしょぼんとする
10歩ほど離れたところで、カータが振り返る
「何やってんの」
「えっ、あ」
「支えてくれるんでしょ? 落としたら殴るからね」
「!」
ぷいっとすぐにまた顔をそむけられたが、ルネの表情が少しだけ明るくなった
カータが空を見上げてレアコイルのことを見て、前を向くと・・・・・・侵入者が1人で堂々と出てきた
「へー、あたしらと真っ向からやり合う気なのかな。うざ〜」
それも勝算があってのことなのだろう
しゃくではあるがルネの言う通り、ここが勝負どころのようだ
はぁ、とカータはわかりやすくため息をついて見せた
「どいつもこいつもうざ〜なやつばっか」
そう言う彼女は何故か笑っているようだった
ルネがカータの後ろに立ち、深呼吸する
「い、いつでも、どうぞ」
「オッケー」
カータが右腕を挙げてその指で示唆すると、レアコイルが構えに入る
・・・
レッドと破壊&再生が対峙した
両者の距離は40mほどだろうか、レッドから仕掛けるには少々遠く感じた
その様子をアキヒトがちょっと離れた鉄壁の影から、こそこそと覗き見ている
ガラガラのホネブーメランのタイミングをしっかりと見極める為だ、もうひとつ向こうの鉄壁にいるトウド博士に触れるのはその後で走れば何とか間に合う
「ん・・・?」
破壊と再生の能力者がすぐに仕掛けてこない
あの攻撃速度と威力なら、40mという距離と見晴らしならタイミングをはかるまでもないはずだ
何か考えがあるのか、と見ていたらその通りに動きだした
「・・・おい、なんだあれ」
トウド博士の背中に既に触れ、待機しているキョウとイツキには見ることが出来ない
アキヒトに説明を求めると、彼が首をひねりながら答える
「なんかレアコイルが分離してでっかい逆三角形の陣列取って、その下のコイルをハピナスが掲げてるつーか持ち上げてるみたいな」
◎ ◎
▽
◎
○
「意味あんのか? 今まで反動なしでバカスカ撃ってたじゃねーか」
「・・・念の為、もう始めよう」
そうつぶやくアキヒトの言葉を聞き、ぱちんぱちんとトウド博士が指をはじいていく
キョウやイツキもその掌をぐっと掌を押しつけ、トウド博士に集中する
レッドもその音を静かに聞き、エーフィも自身に力が流れ込んでいるのがわかるようだ
尻尾を小さく振り、体勢を低くし構える
トウド博士の指パッチンの回数はおそらく40から50回以上やらなければ、破壊の威力には届かないだろう
途中参加のアキヒトにキョウとイツキの3人でそれだけのものが補えるのか、疑問もある
「破壊の上、破滅」
カータが小さくつぶやく
再生の上に蘇生があるなら、破壊の上は破滅
アキヒトは見た
そして、思わず口に出していた
「おい・・・ハピナスのやつ、沈んでるぞ。なんだかやべーぞ、今までとは全然違ぇ」
逆三角形型のレアコイルで作られた穴に、何か風のような力の流れが生まれていた
その力の集約によって、何かが溜まっていくのと同時に支えているハピナスがダメージを受けている
支えている腕が裂け、その足場にもひびが入り始めている
「・・・沈む? 地面にひび?」
トウド博士がその言葉を繰り返し、つぶやく
もし、あの攻撃速度と破壊エネルギーに・・・明確な質量が加わったら
そんなもの、防げるわけがない
この地上がどうかなってしまう、そんなレベルだから
「・・・・・・ああ、目は無くなったかもね」
ふっと力なく微笑むトウド博士だが、その指は止めなかった
諦めるのは簡単だけれど、周囲が諦めていなかったら自分だけ格好悪い
見栄と意地で指をはじく、擦れて熱くなったそこが剥けつつあっても
「・・・いくぞ、ブイ」
レッドが声をかけると、それと共にレッドに並んでエーフィが走りだす
「来た!」とアキヒトが破壊と再生の能力者めがけて、ガラガラに力一杯ホネを投げさせる
めがけるといっても、その上方に向かってのもの
もしあのこうだんを放ったとしても、攻撃が上の方へ逸れていくように
あさっての方向に投げて効果範囲から外れてしまい、引き寄せられなかったら大変だからだ
両者の距離、20m
アキヒトは走って濡れた地面をスライディングし、トウド博士のもとへ滑り込んでその肩に触れた
その間にガラガラはボールに戻した、ホネなんて受け取らなくていい
レッドが走って来るのが見えたが、カータは一言もつぶやかずに呼吸を小さく整えている
力が荒々しくも、まるで無駄もなく渦を成すように集約されていく
レアコイルの放つ圧力に押し潰されそうながらも、カータはふっと息をついてから堂々と言った
「・・・推定威力3000、食らいな『はめつこうへき』」
カータが右手をレッド達のいる方へ差し向け、レアコイルがその通りに放った
それは光そのものだった
両者の間を一瞬で覆い尽くすような、まばゆい閃光の壁
鉄壁よりもずっと高くて、少しだけ扇状に、フィールドにあるものすべてを薙ぎ払えるくらいの規模
・・・
「すごいちからだね」
「ああ、本当だ」
海上に大人と幼児が1人ずついた
何も足場も無いはずの水の上に幼児はぺたりとお尻を付けて座り込み、大人はその二本の足で立っている
そしてごく普通に幼児は視界の先、常人には見えない距離にある光景を見つめながら話している
大人の方は何やら機械仕掛けゴーグル、その横にモンスターボールが付いている変わったアイテムを使用してそれに付き合っていた
「・・・さて数値に換算された絶対的なものと数値には換算出来ない絶対的なもの、どちらが勝つと思う?」
「えー、すうちかできないってことはぜろかもしれないんでしょー?」
「そうだよ。そこにあるのは可能性だけだ」
可能性というのは響きこそいいが、ひどく曖昧なものだ
都合のいい解釈を導き出せる、どうとでもなる
夢よりも現実味があって、説得力があって語るに落ちた言葉
「数値に換算された、ということはそれから変化しないと決定付けられたこと。数値というやつはそれを自ら覆せないからね」
「すうちかできないほーはぜろかもしれないけど、どんなすうちよりもうえかもしれないってかのうせいがある。
・・・そんなものにかちまけってあるのかな、おまえはどっちがかつとおもうんだよー」
幼児が大人のことを見上げると、その男は肩をすくめる
「学者は曖昧なものより、明確な文献や数値を求めるものだよ。でもそんな未知を解き明かしたい、未知が無くなると死んじゃう生き物だからなぁ」
「だからさー、どっちおうえんするのさー?」
ぱしゃぱしゃと幼児が足をばたつかせると、海に沈んでしぶきをあげた
男はんー、とちょっと首を傾げる
「理路整然とした数学も突き詰めていくと、まるで神様が辻褄を合せたとしか思えない神秘性に辿りつく」
「はなしごまかしてない? げんにいまぶつかりあってるんだよ、しょうはいはぜったいにあるんだよ」
「それでも数値は絶対じゃない。何故なら、その数値を見出したのが人間だからだ」
男は機械仕掛けのゴーグルをいじりながら、また首を傾げる
がちゃがちゃがちゃっと音を立て、どうにもならなかったようで、それを丸ごとそのまま海へ放り捨てた
「式も数字も、神秘性も人間が作ったものでしょ。人間がそれらを求めたから、出来ちゃったんだよ」
あー、と幼児が小さくうなって納得した
「わけわかんないけどー、つまりー」
「どちらでもない、結局最後は人間が勝つんだよ」
・・・
閃光の壁が前方にあるものを覆い隠している
真夏の太陽が接近したら、こんな感じだろうか
恐ろしく強力なエネルギー発光のはずなのに、どこか柔らかいものを感じる
「・・・・・・」
この能力を使うのはヤだ
その技に向かって差し出した右手が、指先がボロボロになっちゃうから
せっかく綺麗にマニュキアしてるのに、台無しじゃん
反動じゃないから、かなぁ・・・技には含まれない余波っていうか奔流の影響らしいし
「かか、カータさ、ん」
前方に向かって突き進む閃光の壁
それが見えなくなるのはいつも一瞬
地上って丸いらしいから、どこまでも飛ぶような直線軌道の技はいつか離れていくものらしいし多分それ
そして、その一瞬はいつだって長く感じられた
今日のを含めて4回同じように海に向けて放って、それらみんな30分くらいに思えた
刹那の時間、過ごしたらカータはいつも仰向けに倒れた
支える人が誰もいなくて、いつも独りで仰向けに倒れてた
今は、いる
友達とも恋人ともどうとも絶対に思えない、ただの対の者
弱いくせに、強くないくせに
肩にちゃっかり手ぇ添えてるし、なんかうざ・・・
あれ、こいつ、こんなに掌大っきかったっけ
こんなに力あったっけ、あたし支えられてんじゃん
一緒になって倒れて仰向けになったら、それでバカにしてやろうと思ってたのに
「勝ち、ます、い一緒に」
「・・・・・・あたしの能力が負けるわけないじゃん」
カータは当然、とルネを嘲笑った
あまりの光量にカータ自身、後ろにいるはずのルネまで白くかすんでいる
この技『はめつこうへき』はレアコイル自身に反動とは違う、負荷がかかる
相当の質量が発生し、レアコイルが耐え切れなくなって沈んでしまうのだ
だから放つ時は攻撃エネルギーを割いて、体勢維持とその浮遊に回していた
今は違う、ハピナスがいるおかげでそのすべてを割くことも惜しむこともなく放てる
破壊の能力に影響されたポケモンによる技、その威力・この出力に勝てる技は存在しない
はかいこうだんと違って常に対象のタイプ一致になる変化はないが、一切の無効にならない特殊タイプ
組織の誰もかなわない、そう玄武も言っていた・・・・・・
「・・・」
はめつこうへきが、まだ見える
刹那がこれほど長いなんて、どうしたことか
「・・・・・・あれ」
横目だがカータは後ろにいるルネの表情が、はっきりと見えた
光で白く霞んでいたと思った、のに
もう一度、前を見た
白くて眩しい、間近にある真夏の太陽・・・・・・そこに黒点があった
太陽にあるような、小さな黒い影
針の穴のような、何かが光を遮っているような
違う、黒い点だけど黒じゃない
それに赤い、小さな炎みたいな揺らぎが見えた気がした
「・・・うざ〜」
冗談でしょ、そんな意味合いだったのかもしれない
カータとルネの膝ががくんと折れ、後ろ向きに倒れていく
目の前が真っ白になった
・・・
「起きた?」
雨粒はもう目に入らない、代わりに目の端に青空が見えた
次に見えたのは覗き込む、侵入者の顔
一瞬か、それ以上意識が飛んでいただろうカータは舌打ちした
「う、ざ〜」
「傷つくなぁ・・・」
ハハハと笑う青年の声でか頭を押さえ、そしてカータはルネの上に乗っかっていることに気づいた
まだ倒れたままのルネをはたくと、彼がうめく
「ほぉーら支えられてないじゃん、ったく・・・」
「す、すすすいましぇ」
カータがルネの言葉を遮るように、腹に重い拳をどすっとめり込ませて立ち上がる
ルネは腹を抱えて、横になって小さくなってしまう
ボロボロになった上着を自らの肩にかけるレッドはそんな2人を見て、なんだか笑っていた
「・・・で、なんであんたがここにいるのよ」
「さぁ。無我夢中だったから」
はめつこうへきで組織側と侵入者側は分け隔てられたのだ、あの技を突破するか耐え切らないとこちらには来られないはず
だがその答えになってない、レッドの足元にいるブイが彼の足に擦り寄っている
カータは視線を別方向に向けると、そこにレアコイルとハピナスが潰れていた
地面に足や身体をめり込ませて、動けずにのびている
「でも」
続けてレッドが何か言おうとしたので、カータがまたその方を見る
「みんながいたから」
レッドが振り向いた先は何も無かった
フィールドの表面より上にあったものは根こそぎ消し飛んでいた
本当にここに建造物があったのか、信じられない程だった
「・・・・・・助かった」
ばさばさとカイリューがトウド博士達全員を乗せて、海上の上にいた
何があったのか、最早おぼえてもいないし理解もしていない
ただレッドが刹那の攻撃を一瞬以上止めたような、それで何とかなった
イツキのネイティオの生存本能か未来視による緊急回避か、そういうものによるテレポートで難を逃れた・・・らしい
テレポートは普通こんな使い方出来ない、自在に扱える超能力でも何でもない・あくまでポケモンの技なのだ
レッドが止めようが止めまいが、あの攻撃速度ではイツキによる技の指示は不可能
何が起きたのか、全然わからないのだ
「・・・ククク、実に見事な破壊力」
「まぁ、確かに・・・てかよく話せるね」
見ればイツキとアキヒトの2人はぷあっと魂が抜けたように、真っ白になっていた
あんな攻撃を目の当たりにしたら、常人だったらそうなるくらいのショックを受ける
レッドにありったけの氣を送ったこともあるし、当分目覚めないだろう
キョウが会話していられるのは2人より心身鍛えているから、それから破壊に攻撃された頃の記憶がまるでないからだ
推定威力を聞いた辺りから、気づいたら全員カイリューの上だった
トウド博士の指先が痛々しく擦り切れているから、どうやらはめつこうへきは夢ではなく現実のことであるらしい
はかいこうせんの威力20倍がたった一撃に込められるなんて想像もしたくない、というより想像すら出来ない
破壊の上、破滅・・・・・・まさに無敵クラスの能力だ
「で、それに勝っちゃった・・・のかね?」
「あやつらは本当に底が知れぬな」
キョウが感嘆し、トウド博士はキューブを見ていて・・・何かに気づいたようだ
頭をかき、それから迷うように言葉を選んでキョウにつぶやく
「・・・あの技、もしかしたら、とんでもない技かもしれない」
「見ればわかる」
「いや、見えていないよ」
流石にキョウも疲労があるらしく、少しうんざりしたように返す
気にしないトウド博士がそう言ってから、はかいこうへきが進んだ辺りのキューブを指差した
「ほら、あの辺りにあったはずのはかいこうだんで空いた穴がなくなってるよ」
「・・・!」
はかいこうへきの軌道上、乱発されてキューブの地面に出来た大穴が無くなっている
消し飛んだのは鉄壁だけじゃない、欠けた床が埋められていた
本当に何もかも平らにならしていったのだ
「破壊の後に再生、何かを築き上げるなら何もない状態であることが望ましいよね」
あまりのショックで記憶にないが、もしあの攻撃の形と質量に意味があるなら
それは地球の丸みに合わせて、攻撃エネルギーが尽きるまでどこまでも沿っていく為だとしたら
大きな壁が扇状に地上の凸をならし、それで欠けた凹を埋めて進んでいく
あらゆる建造の可能性が残るだけの、跡形もない平らな大地
「・・・・・・ここが海の上で良かった。つくづくそう思うぞ」
「いや、あくまで推測だから」
トウド博士ははかいこうへきが飛んでいった先を見て、首を傾げる
「どうせ、もう戦える身体じゃないし、ちょっとあの攻撃がどうなったのか見に行ってみようかな」
「構わん。どうせ、あの2人も当分起きないのだろう?」
「え、なに、ついてくるの?」
「おぬしと同様、わたしも戦える身ではないのでな。興味もある」
ふーん、とトウド博士がつぶやき「ま、いいよ」と言った
推定威力3000の技、どこまで飛んでいったのか見当もつかない
海の上だからキューブのようにわかりやすい痕跡も残っていないだろうし、トウド博士も限界近いので調査は長時間に及ぶはずだ
そういうことで、カイリューの体力回復にキョウの能力が使えそうと踏んだようだった
「とゆーわけでこの戦いから、リタイアってことで」
トウド博士はカイリューの背中にへばりつきながら、レッドに手を振った
もう破壊と再生は戦えないだろう、遠目から見ただけでちゃんと確認していないが多分そうだ
そういうことで、早々に見切りをつけて次の行動に移す
「では」
手を振った相手には見えていないし、聞こえてもいない
それでも報告はしたということで、カイリューはそれなりの速度で海上を飛んでいった
「破壊のカータと再生のルネのキューブ」
侵入者レッド・キョウ・トウド博士・イツキ・アキヒトチーム、勝利?
・・・・・・
そこに跳ぶ前から、何か予感めいたものがあった気がした
ゴールドがワープ装置から降りて、ただ広い草原キューブに足を踏み出す
周囲を見渡すこともせず、顔を少しうつむかせたまま前に向かって歩き出した
ふらつくような足も、歩いていく内に力が戻ってくる感覚があった
まるで身体がこれから起きることを先取りして、それに必要な気力を捻出しているようだ
マラソンでラストスパートをかける、もうこれで最後だから身体中のエネルギーを使い果たすつもりで動いてやろう
そんなものに思えた
「四高将/巽、汪后クレア」
ざっざっざっ、ゴールドがその声を耳に聞きながらも歩みは止めない
「幹部十二使徒使徒長、武の巨人ドダイ」
足から宿り、奮い立ってきた気力が背筋を伸ばし、顔を真正面の相手に向けさせた
「よくぞここまで来た」
ざんっと足を止め、ゴールドは真正面にいる敵を見た
「・・・・・・テメェは」
「少し時間を与えてやろう」
白髪、白の軍服、サーベル刀
「己が天運に祈れ」
司るは西方、象るは白虎
「あいにく、そんなもんは要らねーな」
ゴールドはポケットからばね式で、伸びたビリヤードのキューを手にしてジークに向けた
「心底腹が立つテメェを1秒でも早くぶっ飛ばしてーからよ」
四大幹部が1人、ジーク
「せいぜい見放されないように努めろ」
彼は知っている
「その時が最期だ」
本当の戦場を
・・・・・・
「ああ、ついにここまで来ちゃったか」
背を向けたまま、バランスボールに座っている男がそうつぶやいた
ジュンジが次に跳んできた、狭いキューブに照明は無かった
代わりにキューブすべての壁面や床・天井に、モニターが埋められて淡く光っていた
映っているのは何もない感じのキューブの映像、それが次々に同じものに切り替わっていく
「さっきの男は無視して行ってくれたんだけどね。
ここまで来られたご褒美に俺のキューブを1つ止めてやるよ、何番がいい?」
「ここって、もしかして・・・」
足元で切り替わった画面に、見覚えのある様々な凶器めいたものが散らばっているのが映っているのが見えた
ジュンジも死ぬような思いで、なんとか突破したのだ
ここはトラップキューブの管理キューブなのだろう
「・・・バトルはしないんですか?」
「ないよ。でも、代わりに1つキューブ止めてやるから」
男がそう言うので、ジュンジがんーと少し考え込んだ
それから、ゴーストとラプラスを出す
「でも、この部屋壊しちゃえば1つと言わず全部止まるんですよね?」
「・・・・・・やだな、やめてくれよ」
男がそうつぶやき、バランスボールの上で身体を回してジュンジと向き合った
「この通り、能力者でも何でもないんだ。
そんな俺が勝つ為に、この組織に貢献しようと考えた結果だ」
「全部止めてくれたら、手荒な真似はしませんか・・・」
すーっとジュンジの前を何かが横切った
薄暗いキューブ内、パッパッパと淡く切り替わる画面の光では視認しづらいがジュンジのポケモン以外に何かいる
身構えるジュンジに、男は肩をすくめて首を横に振った
「脅かしてすまない。この薄暗いキューブに好きで住みついてるムウマだ」
「・・・あなたのポケモンですか?」
「違うよ。ボールも持ってない」
ほら、とキューブの主は薄暗いのにわかりやすく掌を広げて見せる
嘘はついていないようだが、怪しすぎた
ジュンジがあごに手をやって考え、そして男に近づいていく
「とにかく、何でもいいから早く止め」
ぎゅあああぁぁああんと、酷い歌声のようなものが薄暗いキューブに響いた
ジュンジが耳をふさぐが、それさえ通過して聞こえる
彼がこのキューブの主をにらむと、男は顔を逸らして「こわいこわい」とつぶやいた
「この技、まさか・・・ほろびのうた!?」
「ムウマだからね、レベルアップでおぼえるよ」
男は知れっというが、ジュンジは「ウソつき!」と返す
野生ならLv40過ぎないとおぼえない技だ、こんな狭いキューブにそんなのがいるなんて不自然すぎる
ジュンジが出したばかりの2体をボールに戻そうとするが、戻せなかった
「っ、くろいまなざし!」
「ムウマは嫌な組み合わせをおぼえるなぁ。まいったまいった」
周囲のディスプレイの光がぱっぱっぱと切り替わって光り、それによってキューブのあちこちにムウマの姿がおぼろげに見えた
男になついている様子も見せないし、傍に寄ることもない
恐らく、男のポケモンではないというのは本当だ
けれども、かつては男のポケモンだったのだろうと考えられる
ほろびのうた、くろいまなざし
このどちらか1つをおぼえさせたか、それ1つだけに絞ったムウマをわざと逃がして、このキューブに漂わせる
侵入者がキューブに入ってくる=草むらでの野生ポケモンとのバトル扱い、侵入者はそうと気づかないままムウマがそうして攻撃する
特にくろいまなざしはされても、なかなか気づけない比較的予備動作もなく静かな技だ
いつの間にかくろいまなざしでもう逃げられず、ほろびのうたで侵入者は仕留められてしまう
そんなところだろう、そういう陣なのだ
この陣を崩すには、くろいまなざしをしてきたムウマ2体を倒せばいいのだ
しかし、これだけのムウマのなかからジュンジのポケモンを狙った個体を見つけて倒すまでにほろびのうたの時間が来てしまう
このキューブの主は自身が動くことも指示も出すこともなく、侵入者を倒していけるのだ
「・・・・・・ゴースト、ラプラス。手荒にいくよ」
ジュンジがこの陣と男に、少しむっとした怒ったような表情を見せる
男はバランスボールを小さくはずませてまた背を向け、ジュンジから目を逸らしていた
2体が同時に攻撃しようが、あと4ターン・8回の攻撃ではすべてのムウマは倒せない
いくらここが狭くて逃げ道がなさそうだかだって、元はトレーナーの手でそれなりに鍛えられているポケモンだから一撃で倒せるものでもない
というか、ここのキューブ狭いようで実はモニターの裏は厚い鉄板、その向こうにはまだ空間がある
その空間の先に、本当のイスパイラプの管理コンピュータがあるのだ
モニターをいくら壊そうが無駄、更にそのどこかに特殊な出入り口がある
技をかけたかもしれないムウマはそういうところにも入り込んでいるから、そこまで壊さないと全貌は明らかにならない
だが、その事実に気づけるわけがない
ムウマがグルだと知れて、早く技をかけたのを見つけ出して倒そうとする思考ではそこまで頭が回るはずもないからだ
「ボクの能力はパートナーでもある、種族ゴースト限定の能力です」
頭と両掌、分離した状態でそれぞれから別の技を同時に放てる
例えば右掌でさいみんじゅつ、左掌でシャドーボール、頭でゆめくいをすることが出来るのだ
更にキクコとの特訓で、ゴーストはラプラスが作り出した氷のなかに入り込んで移動する特殊能力を得た
あたかも氷柱から氷柱へ移動しているように見えるのだが、実際は凍った床のなかを伝っているのだ
「そして、もうひとつ・・・キクコさんから教わった技があります」
ジュンジが小さな声で「陣には陣で対抗します」とも言う
ゴーストが指示を受ける前にその両掌を狭いキューブの隅へ飛ばし、ラプラスが口を開いた
もう何をするのかわかっているのだろう、ジュンジも準備が終わったことを確認してから指示を出す
「ゴーストめざめるパワー、シャドーボール! ラプラス、れいとうビーム」
何事かと、男が振り向いた時にはもう遅い
ジュンジのゴースト、めざめるパワーのタイプは格闘だった
つまり、今放たれたのは格闘・氷・ゴーストの3タイプ
「闘・氷・霊の陣!」
ラプラスの冷気とゴーストの放つ2つの技がキューブのほぼ中央で交差し、混じった
男はいつの間にか目をつむってしまい、バランスボールがはじけて潰れたせいで尻餅ついた
そして、目を開けたらその目を見張った
キューブのモニターはすべてが粉々になり、鉄板はひしゃげ、その向こうに隠れていた管理コンピュータまで貫通していた
ムウマ達もきっちり43体、全滅している
3種のエネルギーが化学変化を起こし、爆発したような・・・そんな印象だ
ジュンジ自身はゴーストの頭が防御してくれたらしく、割れて飛んだモニターの破片で傷も負っていない
彼は闘・氷・霊の陣によって破壊されたモニターの向こう、そこに隠されていた空間とコンピュータに驚きつつも、そこでうんと頷いた
「これで全部止まりましたよね?」
「・・・とんでもないな、お前」
キューブの主はああ、と嘆くようにため息をついた
考えてみるとこの男が仕掛けたものはかなり時間や手間、お金がかかっている気がする
どこまで組織持ちなのかはわからないが、少し気の毒な気がしてきた
「じゃ、じゃあボクはこれで! 戻れゴースト、ラプラス」
しゅぴっと平手を挙げて、ボールにポケモンも戻したジュンジはそそくさとこのキューブから出ていった
ぷすぷすと辺りから焦げ臭く細い煙があがる無残な光景、名乗りそびれたキナはため息をついた
「トラップキューブ(イスパイラプ)、キナの管理キューブ」
侵入者ジュンジ、勝利
To be continued・・・
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