〜最終決戦・十九〜


 「その時が最期だ」

 

 ・・・・・・


 オモチャ箱キューブ
 そこは夢と希望を持たせたオモチャが、不気味なまでに置かれている
 そんな子供向けのところで、似つかわしくない大人向けの紫煙が見えた

 「・・・」

 ゆっくりとタバコを燻らせるのは、元幹部候補のブレイドだった
 周囲のオモチャは無残にも焼き焦げ、既に燃えカスも煙もたたないくらいに『跡』しかないものもあった
 激しい戦闘があったことが、わかりやす過ぎるくらい示されていた

 「(随分強くなってやがったな・・・)」

 そう心のなかでつぶやくブレイドが、思い起こす

 ・・・

 「だいもんじ!」

 グリーンが指示するその大技は2種類ある
 大の字を描く炎エネルギーを相手にそのままぶつけるか、5つの火種を撒いてトレーナーとポケモンを拘束する
 前者は通常攻撃として優秀な部類にはいるが、後者は使いどころが難しい
 
 この時グリーンが選択したのは後者だ
 
 ブレイドとカイリキーを5つの火種が囲み、それを伸ばしていく
 それらを目で見て、ブレイドがハッハァと笑った
 
 「カイリキー、クロスチョップで打ち破れ!」

 その号令で、4本の腕それぞれが4つの炎の筋を叩きのめした
 本来のクロスチョップというよりも、からてチョップ4連撃が近いかもしれない
 
 「!」

 「もう少し技はうまく使いな」

 視覚
 人間でもポケモンでも危険を知る為に欠かせないものであり、五感から得る情報のおよそ60%強ものウェイトを占めている

 残った1本はカイリキーに命中したが、すぐにそれは弱々しく揺らいだ
 単純に計算すれば威力120の5分の1、ひのこよりも弱いのだから仕方ない
 ブレイドは消えかけたその炎でタバコに火をつけ、グリーンのことを見る

 その背後にアーボックが迫っていた
 オモチャを潰しながら静かに、大口を開けて毒牙を見せる
 視覚の死角、本当の脅威は目に見えないところにあるものだ
 

 「・・・」

 グリーンの背後にいたアーボックを、がしっと力強い手がその大口を開かせたままつかみあげた
 
 「な・・・!」

 「気づいていないとでも思ったか。甘く見られたものだな」

 ため息をつき、グリーンがアーボックをつかみあげたそのポケモンを横目で見る
 オレンジ色の体色、翼、炎をともした尾を持つリザードン
 
 能力者の口は信用ならない、特に組織に在籍するものは尚更だ
 たとえ本人の口から基本能力をばらしてきても、応用の幅が広かったりして弱点を露呈することに繋がることも少ない
 むしろ、ばらしたことでことを有利に進めてくるので油断ならない
 またどんなに優れた話し上手からの百聞よりも、自分自身による一見にはかなわないものだ
 『口にしたものが真実であっても、その全てではない』
 それをこの旅と戦いで、嫌というほど体感してきた

 ブレイドは言っていた
 「好きなポケモン2体使え。同時でも1体ずつでも」
 そして出したのはお互い1体ずつだが、それは目の前にいたカイリキーだけのこと
 既にポケモンを出している可能性は充分にあった
 自ら提示したルールは破っていない、小賢しいことだ

 だから不意打ちに有効的な背後や死角に気を配りつつ、グリーンはだいもんじの指示をした
 囲む5つの火種に目を向かせ、気持ちよく技を打ち破ってもらう
 背後に来ることを察したところで、リザードンのボールを床に落とし転がしたことをブレイドに気取らせなかった
 
 リザードンがアーボックをつかんだまま急上昇し、キューブの上空を舞う
 キュウコンはカイリキーと相対した所為でまひ状態になっているが、リザードンは無事なことも予測通りだった

 へびにらみは命中が低い
 それは相手と自分の目を合わせることで、その技の効果が出るからだ
 相手をよく見ろ、でなければ攻撃も防御も出来ないとはよく言われること
 その考え方がブレイドの術中
 正面から堂々と立ち向かうことで互いが目を合わせる機会を増やし、正面からの攻撃スタイルに必殺の不意打ちを思考の外に置かせる

 ブレイドのカイリキーでは、宙ぶらりんのアーボックを助けには行けない
 すぐに切り替えてグリーンとまひ状態のキュウコンを攻めるが、まもるで防がれる

 リザードンはアーボックとまともに目を合わせることもなく、その口をわしづかみにして空中戦に持ち込んだ
 そうしてつかんだまま、もう片手でアーボックの尾の方をつかみ直し、ブオンブオンと乱暴に振り回す
 この状況では何も出来ないアーボックが目を回した頃合いで、リザードンはその勢いのまま地面へと投げ捨てる

 「久々だ。派手にやれ、リザードン」

 グリーンの能力、理力はポケモンに知性を与える
 おやトレーナーの考え方や戦い方をよく知るリザードンは、すぐに行動を移す

 落下するアーボックを眼下に、目一杯息を吸って、その口をグリーンもいる地上に向けた

 「ブラストバーン」

 荒く猛々しいが故に命中が不安定のその技も、真下に向かって放てば何の問題もない
 極大の炎がアーボックを焼き、勢い衰えぬまま地上を覆って焼き払った

 キュウコンはまもるで、そのターン中は身を持っておやトレーナーを守ることが出来る
 ただ無防備なブレイドとカイリキーが、余波どころか攻撃そのものをまともに受けるばかりだ

 「ぐぉぉおお」

 上空から噴きつけられた炎をカイリキーが4本の腕と身体でブレイドを守ったところで、力尽きた
 技の元々の威力もさることながら、引き出すレベルも大したものだ

 ちりちりと服を焦がすブレイドを一瞥し、死んでいないことを確認した上でグリーンは次のキューブへと跳んでいった

 ・・・

 完敗だ

 「(10分もかかってねぇな)」

 それからグリーンが去ってもすぐには起き上がれず、時計も確認していないがそのくらいわかる

 ブレイドがあの時よりも弱くなったわけではない
 グリーンがあの時よりも強くなったのだ

 恐らくもう幹部候補、組織の上級幹部にも引けを取らないレベルに達している
 それでも、ブレイドが聞いた話とは随分違う気がした
 
 グリーンには視えている気がしたのだ

 だとしたら何か、この最終決戦の間に覚醒するようなことがあったのだろうか

 「まぁ、どうでもいいか」

 ブレイドは床を蹴り、舌打ちをした

 「俺はぶん捕ったここで、言われた通りあいつらの情報を集めるだけだ」
 
 元々組織にいい思い出もない、それに今の上司も逆らえる人間ではない
 最終決戦でも何でもルール無用だ、闖入者のブレイドには関係ない話だ
 何度も負けたとしても、何時までも居座って侵入者を阻むだけのこと
 グリーンのことを推測するのも性に合わない、根っからの武闘派で理論派には向いていないのはわかっている
 だからただ情報を集めて今の上司に提出するだけでいい、推測やら解析はそちらに任せればいい

 「・・・・・・」

 ブレイドが吸い終えたタバコを、口をすぼめてプッと飛ばして床に捨て、回復マシンがある方に足を向けて見た
 そして、彼の動きが止まった
 
 ・・・見事なまでに破壊されていた回復マシンとパソコンを目の前に、ブレイドはいらつく声なく叫んだ

 グリーンの仕業だと、考えなくてもわかる
 ブレイドが既に組織側の人間ではないことを、サックスを倒してキューブの主に成り替わったことから推測
 ここから勝者が去った後、ルール無用でその目を盗む真似・・・再び敗者を戦闘可能にさせないようにしていったのだ

 何の考えもなくサックスを倒すのではなかった、ひいひいとその逃げ惑う姿を見て楽しむんじゃなかった
 鬱憤を晴らすことに目を向けていた過去の自分にブレイドは額を押さえ、その場に座り込んだ


 「オモチャ箱キューブ、サックス→ブレイドのキューブ」
 侵入者グリーン、勝利


 ・・・・・・


 「ここは・・・」

 「クリスさん」

 イエローとクリスがその光景を見て、愕然としていた
 
 2人はほぼ同時に、順に現在のキューブへと跳んできた
 それから眼前に広がる光景を見て、一瞬声を失ったのだ

 「・・・マサラタウン、ですよね?」

 「はい・・・でも何か違うような」

 そのキューブはマサラタウンのある一角が再現されていた
 正確に言えばそれがあるから、マサラタウンだと思ったのだ

 クリスとイエローの前にある建物、そこには『オーキド博士 ポケモン研究所』とあったからだ
 だが、違和感がないこともない

 それはキューブ内に吹く風だ

 イエローもクリスもマサラタウンに行ったことはある、クリスはオーキド博士の手伝いであった
 風の違いなんてわかるものではない、そもそもキューブ内なのだから人工の風・・・エアコンみたいなものだ
 しかし何かが違う気がした、そしてクリスにはおぼえがあった

 「・・・もしかして、ワカバタウンの風?」

 「え、そうなんですか?」

 そう確信めいたことを口にしてみると、クリスのなかではっきりとした
 風の感触、伝わる匂い・・・・・・そうだマサラよりもワカバタウンのものに近い

 ここにゴールドがいればはっきりとわかっただろう
 マサラタウンの外観とワカバタウンの気候
 その2つが特異に合わさった、妙なキューブだった
 
 
 「・・・・・・」

 どういう意図、目的があってこんなキューブを作ったのだろうか
 クリスもイエローもわからなかった
 そして、キューブの主の姿も見えない

 やはり、あの建物のなかにいるのだろうか

 2人がじっとポケモン研究所を見つめていると、がちゃりとそのドアが開く音がした
 バッと腰のボールに手を当て、身構える

 「なんじゃ、誰か来とるのか」

 それは懐かしい声、口調だった
 もう何年も昔のような感覚をおぼえたが、そんなわけがない
 だが2人は涙が出そうになるくらい、こみあげるものがあった

 「ん?」

 「「オーキド博士!」」

 突然名前を呼ばれ、白髪頭をかきながら、イエローとクリスのことを見る
 2人が駆け寄り、服の裾をつかんだ

 「無事だったんですね!」

 「心配して、もう・・・」

 美少女2人が顔を伏せて抱きつかれ、オーキド博士は困惑している
 そう、困惑している
 
 様子がおかしいことに、2人が顔を上げる

 「・・・スマンが、どちら様かのぅ」

 「!」

 その言葉に衝撃を受け、2人がゆっくりと離れる
 オーキド博士はあごをかき、目の前にいる2人を見つめた

 「ワシは確かにオーキドじゃが、残念だが君達のことは知らん」

 「そんな・・・博士は組織にとらわれているんですよっ」

 「うん? そんな滅多なことを言うのではない。
 今、特殊な戦時下故にワシは組織に保護されて、ここで研究を続けさせてもらっておるのじゃ」

 「・・・!?」

 イエローが続けて何か言おうとすると、クリスがそれを制した
 何を言っても駄目なことを、彼女は悟ったのだ

 恐らくアーシーの能力か何かで、オーキド博士は記憶を操作されている
 組織の都合の良いように、辻褄が合うような解釈の下で何の疑問も持たされずに・・・・・・

 「ワシらは組織に感謝しとるよ。・・・だから、その義理を返さねばならん」

 オーキド博士はそう言って、白衣のポケットからボールをつかみ上げた
 
 「こうして場所を提供してくれたのだから、せめて自衛くらいはこなさんと」

 オーキド博士が・・・・・・このキューブの主
 察してはいたが、やはりつらい

 ボールからガルーラを出したオーキド博士が、何もしない2人を見遣る
 それから小さく頷き、つぶやいた

 「・・・君達が本当にワシの知り合いで、もしそれをワシの方が忘れているなら申し訳のないことだ。
 だが、ポケモントレーナーならポケモンバトルを通して語れるものもあるはずじゃ。
 ワシが忘れていることを、君達の手で思い出させるくらい簡単なことじゃろう?」

 「・・・はい」

 オーキド博士の言葉にイエローがドードリオ、クリスがメガニウムを出した
 そのポケモンはオーキド博士と馴染み深い、初めて会った時に見せたポケモン
 彼女達のポケモンを見て、オーキド博士は「良い面構えをしておる。良く育てられている」と嬉しそうに目を細めた

 いざ、バトル!と2人が意気込んだところでオーキド博士が掌を差し向けて制した
 がくっと身体を崩し、ええーとかわいく抗議すると彼は軽快に笑った

 「スマンスマン。しかし、君達がワシと知り合いなら呼ばねばならんだろう」

 何のことやら、と首を傾げている間にもオーキド博士は「オーイ」と背後の研究所に声をかけた
 様子をなかから窺っていたのか、すぐにドアを開けて人が出てきた

 「大丈夫なんですか、オーキド博士」

 「そうよお祖父ちゃん」

 「・・・ナナミさんっ?」

 「う、ウツギ博士!」

 イエローとクリスがまた目を剥いた
 オーキド博士と共に行方不明だったウツギ博士、特にクリスはその研究所をジークによって爆破されるのを目の前で見たつらい経験があった
 ナナミは2のしまで姿を消してしまった以降、まるで行方が分からなくなって心配していたが・・・・・・どうして組織にいるのか捕まったのか
 突然すぎる再会で言葉も出ない彼女達に、首を傾げながら2人はオーキド博士の傍まで歩み寄る
 
 「オーキド博士、彼女達は・・・?」

 「知り合いなの?」

 「まぁまぁ。2人共、とりあえずポケモンを出して、それから彼女達とバトルだ」
 
 「3対2って卑怯じゃないですか?」

 2人に提案するオーキド博士に、そうウツギ博士が問いかける
 ナナミも少し躊躇うところがあるようだ
 しかし、オーキド博士はゆっくりと首を横に振った
 
 「むしろ、ワシら3人がかりでないと倒せないじゃろう。そのくらい彼女達は強い、ワシにはわかる」

 そう言うオーキド博士にナナミとウツギ博士は顔を見合わせ、それからウツギ博士は肩をすくめた

 「わかりました。オーキド博士がそう言うなら、そうなのでしょう」

 「そうね。・・・それに、私もあの子達と早く戦ってみたいわ」

 「ウム。そういうわけじゃ、受けてくれるな?」

 同意した2人に背を向け、オーキド博士がイエローとクリスに問いかける
 迷うことなく、彼女達は頷く

 ナナミはハピナス、ウツギ博士はオオタチをボールから出した
 
 「では、始めるとするか。使用ポケモンは全員で6体まで、先にチームを全滅させた方が勝ちじゃ」

 「そちらは1人までならチームの追加も認めるわ。組織のシステムが壊れちゃったみたいだから、もしかしたらそういうこともあるかもしれないし」

 「勿論、追加メンバーにあてがあっても、それまでに全滅したら終わりだからね」

 均等にするならオーキド博士チームは1人2体までポケモンを使用出来るが、1人が4体使って他2人が1体ずつという例もあり得る
 イエローとクリスは3体まで、もしイエローが3体目・クリスが2体目を出した時に追加メンバーが来たらその人は1体までポケモンを使える
 彼女達2人が既に3体目を出してしまったのなら、追加メンバーが来ても見てるだけしか出来なくなる

 「わかりました」

 「それでいいですよ」

 確かに転送システムエラー中だが元々ランダムで跳んで来る仕様だ、あてにはしまい
 それよりもオーキド博士達の実力の程が気になる
 オーキド博士は確かポケモンリーグで優勝経験があり、前々回のリーグではブルーを倒してしまうくらいの実力は保持していた
 ウツギ博士は学者肌でトレーナー経験は殆どなく、ナナミはコンテスト経験があるのだからバトルもそれなりに出来るものと考えられる

 オオタチ、ガルーラ、ハピナス
 ドードリオ、メガニウムが対峙する

 オーキド博士達の手には灰色のポケモン図鑑があった
 クリスはそれをじっと見つめる、その視線に気づいたオーキド博士が持っていた手を上げる

 「これか? 組織から渡されたものじゃよ。いやはや、この技術力は大したものじゃ」

 「・・・・・・」

 クリスは声が出せなかった

 図鑑所有者の記憶だけじゃない
 オーキド博士はポケモン図鑑の記憶も忘れてしまっている

 それはオーキド博士の、長年培ってきた夢の集大成
 幾多のポケモンとの出会いが記録されていく、思い出と絆の機械
 
 それさえも取り上げてしまったのか、この組織は・・・・・・!

 許せない
 絶対に負けられない
 バトルに勝って、何もかも取り戻そう取り返そう

 イエローに目配せすると、彼女も頷いた

 バトル開始の合図は無かった
 それでも5人が同時に、技の指示を出した

 「ドドすけ! トライアタック」

 「ガルっち、ピヨピヨパンチ」

 「メガぴょん、のしかかり」

 「オオタチ、でんこうせっか」
 
 「ラキっち、ちきゅうなげ」


 指示は遅かったが、先制技であるオオタチのでんこうせっかが先にメガぴょんの前足にぶつけられる
 体勢を崩したところにガルっちのピヨピヨパンチが襲い来るが、ドドすけのトライアタックで拳を狙い撃ってはじいた
 トライアタックを撃ち終えたドドすけの懐から潜り込み、ちきゅうなげで思い切り宙へ放り上げた
 しかしそこは曲がりなりにも飛行タイプ、鳥ポケモンで宙で体勢を立て直して少し離れたところに着地する
 
 この攻防では双方にダメージらしいものは発生しなかったが、わかることもいくつかあった
 
 ウツギ博士の指示、挙動などからまだ彼は戦い慣れていないこと
 戦い慣れたイエロー達やオーキド博士に比べればワンテンポ遅くなってしまう(互いにけん制、合図なしでバトル開始の今回なら尚更)のを、先制技でカバーしたのだ
 
 それから互いのポケモン、その素早さもわかった
 団体戦で重要なのはいかに相手の行動を封殺し、自分達を優位にするか
 例えば素早さが早い方が遅いポケモンを制し、先に倒してしまえば数の利で上回っていける
 レベル的なものかはわからないが、一番速いのはオーキド博士のガルっち
 それと同じくらいにイエローのドドすけで次にオオタチ、メガぴょん、ラキっちとくるようだ

 「フム」

 オーキド博士は嬉しそうに、楽しそうに小さく頷いた
 じりじり、じり、じりと5体のポケモン自らが距離を置きながら、指示を待つ間も横に動いていく

 「来ないならこちらからゆくぞ。ガルっち、ものまね」

 オーキド博士のガルーラが両手の位置を上下入れ替えるように、ぐるっと回す
 そうしてその軌道上にエネルギーが三点置かれ、ドドすけが放ったトライアタックとなった
 トライアングルの攻撃がメガぴょんに向かって放たれ、クリスはまもるの指示で受け止める

 「ドドすけ、ドリルくちばし」

 3つの頭、3つのクチバシを回転させつつ自慢の足でガルーラに突っ込んでいく
 そこに立ち塞がるのはハピナス、同じくまもるでそれを受け止めた
 数の利、止められなかったオオタチがメガぴょんの前に飛び出して長い身体をくるんと丸めた

 「かわらわり!」

 長い身体を縦に丸め、宙で一回転させて尾っぽに勢いをつける重い一撃をメガぴょんの頭にぶつける
 タイプ相性的にはいまいちだったが、当たったところは痛い箇所だ
 だが、メガぴょんはまもるの真っ最中でダメージはない
 そのことを失念していたのか、「あっ」とウツギ博士が声を出した

 「・・・まだまだじゃのぅ、ウツギくんは」

 「すみません」

 ポケモンバトルについてオーキド博士に師事を仰ぎ、鍛えてもらったらしいウツギ博士は申し訳なさそうに頭を下げた
 しかし、オオタチはしっかりと育てられている
 ウツギ博士の研究所にいた時はオタチだったし、レベルが低く周囲に敏感だったことを活かして研究所内の警戒担当をしていたのだ
 それがここまで育っているのはオーキド博士の指導のたまもの、組織という環境によるものだろう
 
 「どれ、ひとつ見せてあげよう」

 オーキド博士はウツギ博士から目を離し、イエローとクリスを見る
 それからガルーラに向かって、言う

 「ガルっち、ピヨピヨパンチ改!」

 その指示でガルーラが右腕をぐるぐると回してから、身体を半身ひねり、すてみタックルレベルで猛進する
 一気に振り抜く拳は伸びるように、えぐるような回転とピヨピヨパンチのエフェクトを見せた
 拳の先にいたクリスのメガぴょんは、そうやって猛進してくる巨体に身構えても吹っ飛ばされてしまった

 「!」

 「すごい・・・」

 この場の全員が感嘆するような見事な一撃だが、メガぴょんはこうごうせいがある
 すぐにそれによって体力を回復し、身体を起こした

 それよりも・・・今使った技はピヨピヨパンチではない
 ピヨピヨパンチ改と、オーキド博士はそう言った
 
 まさか、オーキド博士は・・・・・・

 何かに気づいたようなイエローとクリスの視線に、オーキド博士はにやっと笑ってみせた


 ・・・・・・


 「次はどんなキューブかな」

 その扉の目の前に立つジュンジは少し浮き浮きしていた
 これまで楽勝とはいかないが、それなりに圧勝してきたこともあった
 戦争は嫌いだが、ポケモンバトルは好きだから・・・それもあるだろう

 その1枚いたのような扉に掌で軽く触れると、シュンと軽やかな音を立ててそれが目の前から消えたように見えた
 物凄く速い自動ドアなのか、よくわからなかったがジュンジはあまり気にせずなかに入っていく
 
 なかに入って、驚いた
 思わずジュンジがつぶやく

 「なんだ、ここ・・・キューブなのか?」

 ジュンジはゆっくりとそこを歩き、降りていく
 周囲を見回していると、その眼下で寝転がっている人を見つけた
 あれがこのキューブの主なのだろう、ジュンジに気づいて顔を上げる

 「・・・・・・」

 気だるそうに、ジュンジを見てから緩慢な動作で立ち上がった
 重そうにする頭をかき、覇気のない目でまだ遠いジュンジに語りかける

 「・・・何人倒した?」

 「え、あの」

 「・・・・・・」

 唐突に訊かれて、ジュンジが戸惑う
 戦ったのはついさっきなのに、ふっと忘れてしまうのは意外とあることだ

 「ええと、シャララって人と・・・トラップ使いの人の2人、です」

 「ふーん。あの2人か・・・・・・まぁいいや」

 のっそりと、上半身をふらつかせながらその人は自らの肩を回す
 ジュンジが歩いて近づき、その人とほぼ同じ視線まで来ると・・・何かおぞましいものを感じた気がした

 「ポケモン。何体でも使えばいいよ。先にボールから出して、攻撃すればいい」

 「え?」

 「いいから。それでいいから」

 その人が掌を返して、ジュンジに差し出した
 緩慢で傲慢で、粗慢

 ジュンジは少し考えて、ボールを3つ手にした
 その人の頭上を越えて三方囲むように、高さと距離を置いてゴースト・ラプラス・ウインディを配置する
 キクコの下で厳しく、強く育て上げられた3体を見てもその人は自分のボールに触れようともしない
 
 正直、この技を丸腰の相手にしたくはない
 しかし、せざるを得ない
 そう、ジュンジのトレーナーとしての勘が告げていた

 ゴーストが宙に浮かぶ掌を飛ばし、ラプラスが冷気を蓄え、ウインディが身体を低く身構えた
 ジュンジはゴーストの後ろに立ち、その人がすぐにポケモンを出すか逃げてくれることを願って声を張り上げる


 「闘・氷・霊・速の陣っ!」

 
 一斉にポケモン達が行動を起こす
 それでもなお、その人は動かない

 「・・・・・・格闘、氷、ゴーストのエネルギーによる超化学反応が陣の本質。そこにウインディのしんそくで対象を足止め兼攻撃でとどめか」

 その人はようやく、今更になってボールを手にした
 あまりにも遅すぎた
 攻撃も、交わって起こる現象も一瞬なのだから


 連続した打撃音

 そして、ゴースト・ラプラス・ウインディの体勢が大きく崩れた
 明らかにダメージを受け、指示した技は目標からはずれて・・・・・・陣は失敗に終わった

 その結果にジュンジは目を見開いた
 二の次、再び技の指示を出そうと口を開きかけた

 どしゃどしゃっと地面に伏す音、ジュンジのポケモンはすべてきぜつしていた
 声よりも、まばたきよりも早く呆気ない結果の訪れに愕然とした
 
 退屈そうにジュンジを見つめるその人の足元には黒く、小柄なポケモン
 
 「・・・俺が求めているのはそういう風にわかる強さじゃないんだよ。
 理屈に合わない、理不尽・・・・・・ああ面倒臭い」

 理不尽と言ったところで、その人のポケギアが鳴り響いたのだ
 のろのろと通話ボタンを押しながら、自らの耳に当てた

 「もしもし」

 「ああ、ディック。バトル中だった?」

 「・・・・・・あー、まぁ終わったところ」

 「ふーん。いつもより、ちょっとテンション高いみたいだけど」

 「で、何? 面倒臭いから切っていい?」

 その人、ディックの足元にいるブラッキーが硬直しているジュンジを一瞥してからうつ伏せに座り込んでしまう
 ジュンジには未だに何が起きたのか、理解出来なかった
 ボールからポケモンを出したのも、攻撃したのも先だったはずなのに

 まるで時空が歪んだかのような


 気にせず、ディックは通話先の返事が来る前に電源ボタンを押して切ろうとした
 それを察したのか、向こうは声を張り上げて用件を言った

 「ワープシステムの不調、その件はもう少しで修復が終わって、解決するわ。
 それから侵入者、図鑑所有者No2のグリーンを私が倒したから」

 「・・・・・・わかった。ありがとう、リサ」

 まだ話が終わってないかもしれないのに、ディックは通話を切ってしまった
 ジュンジの方を見て、少し首を傾けて吐き捨てるようにつぶやく

 「ああ、負けたんだし、とりあえずここから出てってくれる?」

 「!」

 何かジュンジが言いかけたところで、彼の姿はこのキューブから消えた
 どういう仕掛けなのかは一見わからなかったが、ここの形状からして不格好な牢はとても似合わなかった
 恐らく別離キューブに、強制的に跳ばされたと見るべきだ
 ただそんな仕掛けをディックが自主的にプログラミングするわけがないので、誰かが作っておいてくれたようだ
 現にディックはジュンジが消えたことに対し、逆側に首を傾け直した
 だがそれ以上のことはなく、ごろんと寝転んでしまった
 
 彼は待っている


 ・・・・・・
 

 「好きなだけポケモンもアイテムも使うがいい」

 白い軍服をまとったジークが、ボールからポケモンを出した

 「俺はこの1体だけだ」

 出てきたのは両腕、尾に鋭く硬い槍のような針を持つポケモン・スピアー
 持ち主と同じ名前ジークと、ゴールドが相対したのはワカバタウンと2のしまの2回
 どちらの時でも彼らの圧倒的な強さに爪先さえも及ぶことなく、その核心に触れることもなかった

 ハッと、鼻でゴールドは笑う
 
 「ジョートーだ。テメーがそうすんなら、俺もそうさせてもらう。
 ・・・・・・覚悟しろよ」

 出したのはエイパム、身体を支えられるほど強い尾は手先よりも器用というのが売りのポケモン
 意外な選択に思えたが、ジークは何の挙動にも表情にも出さない

 両者、ポケモンを出してから動かない
 ゴールドとエイパムは傍を離れず、機を窺っているように見えた

 生来の性格に加えて思考に異常をきたしかけていたのに、ジークとの邂逅で冷静さを取り戻したかに思える
 
ジークはゴールドを見て、掌で彼を指した

 「征け、ジーク」

 ボッと小さな爆音と共に、スピアーのジークが右手を突き出し飛び出してきた
 単純すぎる攻撃だが、あまりに速い

 「エーたろう、こうそくいどう!」

 速さには速さを
 距離も離れていたこともあり、ゴールドの指示によってエーたろうは加速し跳んでてその攻撃を避けた
 攻撃をはずしたジークは無理やり身体ごとをひねり、矛先を横に避けたエーたろうに向け、わずかに着いた足と羽根で直角に曲がって猛進を続ける

 「エーたろう、まもる!」

 ゴールドの指示で、エーたろうの身体に防御膜が張られる
 ギンと矛先が皮一枚のところでとどまるものの、猛進の勢いに押し切られて軽量のエーたろうが10m近く吹き飛ばされた

 「(ヤロウ、なんてパワーだ)」

 みきりとは違ってまもるではダメージは起きず相手の勢いも止まるはず、エーたろうも尾で地面をつかんでいた
 それでもあそこまで吹き飛ばされたのは、向こうが規格外だからとしか言いようがない

 だが、おかげでまた距離が出来た
 距離さえあれば、時間が生まれる

 「時間など与えると思うか」

 フォンとジークが一足飛びで、エーたろうとの距離をその目前まで縮めた
 吹っ飛ばされ崩れた体勢のままならない状態、虫故か表情のないジークは無情に右腕を振り下ろす
 それによってボゴォッと地面がめくれあがるが、エーたろうはそこにはいない

 間一髪だ、エーたろうが尾で地面をつかんで自らを引き寄せ、ジークの下をくぐりぬけたのだ
 なかなかの身のこなし、ゴールドはすかさず指示をした

 「こうそくいどう!」

 更に速度を上げ、ゴールドの横をすり抜けて再びジークとの距離を取る
 だが、すぐにジークはそれ以上の速度でエーたろうに追い付いてしまった

 でたらめな速度、これはポケモンのレベルがどうという話ではない
 ジークはスピアー、ポケモンである以上種族値や努力値といった限界値は存在するのだ
 それを凌駕しているように思える

 「(てこたぁ、奴の能力はマジであれなのかよ・・・?)」

 だとしたら、現状の説明がつく

 そしてジークのスピアー、ジークの実力はまだ10分の1も出していないことになる
 更にエーたろうは一撃も貰えない、1回でも食らったらきぜつしてしまうだろう

 たまらず、ゴールドは笑ってしまう
 ジークはその眼で戦況を射抜くように、観察する

 「・・・なるほど」

 ジークは攻勢を緩めない
 残像でぶれて見えるほど速い、スピアーの連続攻撃

 固唾を飲んで、その攻防を見守る
 一瞬でも見逃せない、わずかな隙や見落としがエーたろうの命取りになりかねない

 「まもる!」

 防ぎきれないとわずかにでも判断したら、適時に完全防御のまもるで体勢を立て直す
 だが、これが出来るのもアイテムで増やしたまもるのPP8が尽きるまでだ

 それまでに成し得なければならない、あと2回

 ゴールドの後ろを走るエーたろう、高速のジークがその後を追うと風が吹き荒れる
 ひ弱なトレーナーの傍を通り過ぎたのに、行儀よくトレーナー攻撃はしてこない
 あくまでポケモンバトルの形、その流儀に落とし込んでいるのだろう

 「暇そうにしてんなぁ。随分余裕があるみてぇじゃねーか」

 そんな風に、手持無沙汰に立ち尽くすジークにゴールドは軽口を叩く
 直立不動、姿勢を崩さないジークは絶えず戦況を確認している

 「時間切れだ」

 「何?」

 まさか3分過ぎたから、ジークはもう戦えませんみたいな特撮ヒーローのようなことを言っているのだろうか
 ジークはそんなジョークを一笑し、ゴールドに示唆する

 「目論見まで耐え切れなかったようだな」

 ゴールドがエーたろうを見遣ると、いつも以上に消耗し息を切らしている
 あごを上げて懸命に走るが、それもおぼつかないように思えた

 「何故。そういう顔だ」

 無情に攻め続けるジークに気圧され、エーたろうの精神はガリガリと削り取られていた
 ジークが本気を出していないからといって、隙があるわけではない
 エーたろうの方はまもるの連続使用、息もつけない連続ダッシュが堪えているのだろう

 「敗者に教えることはない」

 ジークがエーたろうの前に回り込み、進路上に立ち塞がった
 それで急ブレーキをかけたからか、がくっとエーたろうの膝が崩れる

 その隙を逃さない

 ざしゅっとエーたろうの身体を、右の槍が貫いた

 「・・・・・・」

 
 ジークがつぶやく

 「天運はまだ尽きていないか」

 貫き、ジークが空に掲げたそれは霧散して消えた

 技のひとつ、みがわりによる攻撃回避
 今までまもるとダッシュ以外に防御方法を、ここまで隠していたのはその対策を練られないようにする為
 
 「天運なんて知るか。運は自分で引き寄せるもんだ」

 難を逃れたエーたろうが、タタタタタと駆けてゴールドの下に駆け寄った
 それでも限界近いことには変わりなく、ふらつくエーたろうを抱えてやる

 「こいつで最後、6回目だ」
 
 ゴールドの手に持っているのは、掌に完全に隠れるくらいの小さなアイテム
 これの使用は公式戦では認められておらず、かといって野試合で使うにはちょっと高価で勿体ない
 そんな中途半端な位置にあるもの

 最初ゴールドの傍から離れず、その後もたびたびエーたろうが駆け寄るごとにジークの死角になるところから手渡しと注入を繰り返していた
 そのアイテムの名は『スペシャルアップ』、戦闘中に使用することでそのポケモンの特攻が1段階上がる

 ゴールドはエーたろうを地面に下ろし、続けて指示をした

 「エーたろう、こうそくいどう」

 3度目、その技の指示
 エーたろうが持てる最高速だが、それを披露することはない

 「頼むぜ、バトンタッチ!」

 エーたろうが身体を丸め、ボールのなかに吸い込まれていく
 ジークは眉ひとつ動かさない、それで察する
 恐らく察しはついていたのだろう、と

 バトンタッチ
 それは戦闘中に上がった補整効果をそのままに、次のポケモンに受け継がせられる交代技

 エーたろうとゴールドの苦心
 スペシャルアップ6回、こうそくいどう3回による特攻と素早さMAX
 それを引き継ぐのは、あのポケモンしかいない


 「さあ行こうぜ! ・・・相棒!!」

 ゴールドの頼れる相棒
 そして、虫タイプの弱点である炎タイプのポケモン

 バクフーンのバクたろう
 ジークが想定していた、ゴールドが出してくるだろうとにらんでいた

 生来の性格上、最初に接触した時の借りは同じポケモンで返そうとすると踏んだからだ
 ちなみに次点ではウソッキーのウーたろうだった

 バトンタッチによる交代、それなら1体だけの使用と言えなくもない
 強引な解釈による、威勢のいいやり返しのつもりかとジークは気づく

 
 「ここからか」

 エーたろうが来た時点で、ジークはバトンタッチの予測もしていた
 生来の逃げ足を活かしながらステータスを高め、まもるで機会をうかがっていたのだ
 もし最初からバクたろうを出してまもるなどをさせていたら、HPや精神をどんどん削らされてそのアイテムを使う間もなかっただろう

 ステータスアップと攻撃要員、その専念すべき役割を完全に分けたからこそ成功したのだ

 「ここまできて、負けるもんかよ。テメーの能力はもうわかった」

 今までの攻撃を見て、確信した

 あの移動、速力はこうそくいどうのものではない
 高速の連続攻撃や突きは、ダブルニードルやみだれづきではない
 振り下ろし、地面をめくり上げたあの一撃もかわらわりではない

 ただ走っただけ、ただ突いただけ、ただ振り下ろしただけ
 そのすべてが人間やポケモンにとって、例えば頭をかいたり息をするような日常的な行動でしかない

 びしっとゴールドは指差し、ジークに向かって言った


 「テメーの能力は、(ポケモンの)ステータス補正の超強化だ!」





 To be continued・・・
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