〜最終決戦・二十壱(本編に殆ど影響無・閲覧注意)〜


 この先は見ずとも良い物の語り
 

 ・・・・・・


 記憶にあるのは灰色の空

 記憶にあるのは黒い地面

 その眼に映る全てが灰色がかかったモノクロに、フィルターがかかっていた

 そこは戦場だった

 ・・・

 「出ろ」

 擦り切れた布によって張られたテント、外から声をかけられた

 「Z-9、Z-14」

 アルファベットに数字を割り振られた、それが俺達の個体名だった
 俺達に権利というものは存在しない

 上官の声は聞き間違えない、ここにいる上官は1人だけとされているからだ

 「はい」

 「・・・・・・」

 Z-9は返事をし、Z-14は頷いた
 
 意思を確認しているのではない、返事が出来るかの確認だ
 しなければ死体として処分される、それだけだ

 俺達に許されているのは生き続けること、そしてその限り戦うことだけだった

 ・・・

 テントを出ると、同じようなモノが周囲にいくつもある

 いわゆるベースキャンプ、そんなようなところだ
 
 俺達と同じような人間が、上官の前に立ち並ぶ
 指令の言葉が発せられ終わるまで直立姿勢、微動だにしない

 「この方向に真っ直ぐ突き進み、ポイントまでに出会うものを殲滅しろ」

 「はい」

 「・・・・・・」

 返事をし、頷くだけ

 具体的な指示はない
 言われたことをするだけだった

 俺達は指令の通り、動き出す
 
 ・・・

 「人間の本質は悪だよ」

 男はモニターを見ながら、そうつぶやく

 「よくわかるよ、ヒトの歴史を見れば。愚行を繰り返してばかり」

 その男はぎしと座っていた椅子をきしませ、思い切りのけぞって後ろのものに声をかけた

 「そうは思わないか、α」

 「主様の仰られる通りです」

 「・・・・・・ま、いいや」

 つまらなさそうに、男はモニターに目を移す
 1秒ごとに切り替わる画面を眺めながら、頬杖をつく

 「面白いこと起きないかなぁ。みーんな予定調和過ぎてつまらないな・・・」

 ・・・

 あるポイントまでに出会う生物の、息の根を止める

 生物は多様だ、同じヒトからポケモンまで
 すべてだ、例外はない

 そこに差別はなく、平等だった

 「・・・・・・」

 「・・・・・・」

 黒い地面に赤い血が染み込み、黒ずんでいく
 ここはそういうところだ

 たとえ湿原だろうと、岩場だろうと、水辺だろうと、海岸だろうと、山林だろうと、高地だろうと、田畑だろうと
 戦いの場となる可能性が一分でもあるのなら、そこは用意され、一度以上は経験することとなる
 そうして2人が足を踏み入れた場所は、例外なく灰色がかかったモノクロになっていく
 何もかも精彩を失っていく、否、元からそんなものはなかったかのように思える程だ


 「うッ・・・・・・ぁ」

 どしゃり、とZ-9の目の前から崩れ落ちる

 末期のメッセージなど残せない、残せるわけがない

 自身より大きな生物でさえ、相手にはならない
 違法合法問わない薬品と訓練による肉体の改造、戦場の空気と訓練による精神の改造

 Z-9、Z-14
 2人の前に敵はなかった

 部隊は指令のたびに壊滅する
 だが、テントの数は減らない
 どこからか人員が補充されるからだ
 
 何回、何十回、何百回と実験や戦死によって部隊の再編は行われた
 しかし、この2人だけは必ず生還した

 この特異な空間に選ばれたといっても、過言ではない存在

 どんな障害だろうとこの2人の前では最早単純な作業の繰り返し だが、何ひとつ文句を言わない
 余計な言葉は要らない、効率を落とすだけだと自ら思考を切り捨てた
 

 『ぎゅあぁぁあぁあああ・・・ッ!』

 相対する生物の殲滅
 それらは全て素手で行われる

 潰し、えぐり、折り、割り、叩き、ねじり、砕き、壊し

 生々しい感触を、その手に残す
 ああ、己の手でシたのだという感覚を刻みこむ為に

 その間、周囲に存在する部隊のものを一切気にかけない
 仲間意識など、無い
 それが任務内容に含まれているならば話は別だが、余計な感傷は行動に出る
 
 戦闘が終わってから周囲を一瞥し、同じように立っているものとまた前進を始める
 目標ポイントにたどり着くまで、その繰り返しだった

 指令の後に戦場に赴くたびに、敵性の生き物は必ず現れた
 個体数は一向に減らない
 絶滅などない、必ず現れる
 
 疑問は持たない

 関係のないことだ
 そのたびに、すべて殲滅するだけだから

 『グォオオォオォオオオォオ!!』

 断末魔の叫びをラッパに見立て、そうやって部隊は突き進んでいく

 ・・・

 「・・・・・・」

 「・・・・・・」

 突然、敵性の姿がぱったりと途絶えた
 これまで目の前にいたそれらを殲滅した後に10歩でも歩けば、また部隊と同数以上が惜しみなく飛び出してきたのに

 強行軍という言葉すら生ぬるい、死を確約する凶行軍といえる

そして最後まで立っていたのは、また2人だけ・・・Z-9とZ-14だけだった

 得物を持たない人間が野生動物に力でかなうわけがない
 
 だから、2人は特別なのだ
 最もそんなことは、当人たちは思ってもいない
 出来ることを、真摯かつ怠ることなくやっているだけだからだ

 敵性が途絶えた
 それはポイントについたことが要素のひとつ、更に足元にあるそれで確定する

 Z-9が拾い上げ、スイッチを入れる

 「これより帰還します」

 「・・・・・・」

 目標ポイントの目印となるのが、Z-9の手に持つ通信器だった
 ただスイッチを入れて、声を送信するだけだ
 この通信器の向こうに誰がいるのか、本当に声が届いているのか確認することも出来ない
 だが、これまで何ひとつ問題は起きていない
 
 ならば、そこに異を唱える意味がない
 現状に不備がないのなら、変化を求めない

 Z-9とZ-14は踵を返し、元来た道を歩き始める
 行きと同じ指定されたルート以外通ってはいけないわけではない
 ただ一度通った道だから瑣末まで把握している故、帰還が容易かつ確実であるというだけだ

 ただ無心に血の道をたどる

 元仲間、掃討した相手の亡骸を無造作に踏みつけて2人は先に進む
 実は生きていたりして、背後から不意をつかれたことなどもない
 とどめは確実に
 死んだふりかもしれないのだから、不意をつこうとして

 故に倒れている敵性は、銃弾を撃ち込んで生死を確認する

 投降するならそんな真似はしないのだから、構わない
 死者ならば文句は言わない、あとで祈ればいい
 鎮魂をつぶやき祈るだけなら労力はかからない、それで心が軽くなるというなら行えばいい
 ただ埋葬は労力がかかる、戦争のさなかに行うものではない
 後で同軍のモノが遺留品や遺体を回収しに来るか、敵性に略奪されるまで野ざらしとなる

 そういうものだ、そんなものだろう
 Z-9とZ-14のいる戦場はそんなところだった
 1日と経たずに同じルートをたどった時、そこにはもう一切の戦闘による痕跡や遺体が残っていなかった

 見事な回収班がいるものだと、感心したことが一度だけあった

 2人には感心も感傷も、最早ない
 雑草と同じ、何の感慨もわかない


 びゅううううと強い潮風が吹き、髪を揺らす
 海岸線が程近いのだ、その海の色も空と同じで淀んだ黒灰色をしている

 その研ぎ澄まされた五感、強い磯の臭いのなかでその鼻孔に嗅ぎ慣れない何かを感じ取った
 臭いというより、予感だったのかもしれない

 どうして、それを感じ取れたのか今でもわからない

 「・・・・・・」

 「・・・・・・」

 この島で聞いたことのない声がした
 何かを訴えかけるような、それは末期や命乞いで必死な声に似ていたかもしれない

 得体の知れない未知に、ざわりと胸が騒いだ気がした

 無視して帰ることも出来た、勿論そうするつもりだった

 だが、次にこの島で最も獰猛な生き物の咆哮が同じ方から聞こえた

 帰還ポイントに程近いこの場所で出現するのは、今までになかった
 放置するか否か、帰還ポイントを襲撃する可能性もある

 「・・・・・・」

 「・・・・・・」

 強い潮風が2人の間に吹き抜けた

 時間はかからない
 

 2人はその咆哮が聞こえた先へ駆けていった
 
 ・・・
 
 『ギュァアアァアッァアア』

 2人よりも大きな生き物声をあげ、地に沈む

 どれだけ強靭な肌を持っていようと、眼球をえぐって引きちぎられれば効く
 関節は一定方向にしか曲がらないように出来ている、そういうことだ
 
 見事と称賛されるべき戦果に酔うこともなく、淡々と後処理をこなす
 とどめを刺す

 「・・・・・・」

 倒した生き物の奥、その岩陰に何かが潜んでいる
 否、それはまるで警戒心を持たないかのように2人の前に姿を見せた

 「・・・」

 小さな、か弱そうな生き物だった

 それが自分たちと同じ人間、年下の異性だということはわかった
 戦いに役立たないものでも、その程度の知識は持ち合わせている

 問題は、何故ここにいるのかということだ

 この戦場に似つかわしくない
 目にまぶしいくらい白い、灰色の砂で薄汚れているがそれでも白い
 肌も服も、小奇麗過ぎた

 「お前はなんだ。コードは」

 「・・・」

 事務的な問いを投げかけ回答を待つ

5分待った、回答はない

 Z-9はその間、ぬかりなく対象を目で観察した
 外傷は見当たらない、この戦場では支給されたことのない材質の服
 何度瞬きをしようと、マボロシと消えることはない

 この戦場に存在してはならない、あるまじきモノは確かに存在している
 
 「もう一度聞く。お前のコードは」

 「・・・」

 答える気がないのか、言葉が出ないのか
 前者であろうが後者であろうがどうでもいい

 今の問題は、指令を終えた後だということ
 これを殺すことは、上官の指令にないということ
 

 「捕虜とするか」

 Z-14が口を開く、俺は思案する
 そういうものがあるのは知っていた

 だが、今それを適用すべきなのか

 「・・・・・・そうだな」

 俺達に思考は必要ない
 捕虜というルールがあるのなら、それに従う

 その後、その次の判断は俺達を指示する上官から受け取ればいい

 もし、この生き物が不意を突くべく油断を誘う演技をしているのだとしても対処出来る
 外見から判断出来る筋肉量や体格からしても、後れを取る要素は見受けられない
 
 あるいはこれも突発的な事態に対し、どういう判断をするか見る為の訓練かもしれない

 「お前を拘束する」

 そう言ってから、目の前の異性を手持ちの紐で手早く手首を括る

 それの行為にさえ言葉には出さない、感情も表に出てこない

 元来そういう性格なのか、反応が遅れているのかわからない
 ただ、どちらにしても面倒がなくていい

 紐でくくった異性を俺が引き、Z-14がその後ろを歩くことで一挙一動を制する

 「帰還する」

 口に出して、互いが次に成すべきことを確認する
 2人と1人はそうして、再び歩き出した
 
 ・・・

 「Z-9、Z-14、現在の状況となった経緯を話したまえ」

 「はい」

 見慣れない服装の捕虜を引き連れ、帰還した2人は当然のようにそのことを問われた
 当然のことだろう、Z-9は予め頭のなかで形作っていた報告を読み上げた

 帰還ルート中に処分すべきと判断した生き物がいたこと、その傍にこの捕虜となった生き物がいたこと
 
 「・・・そうか」

 2人の前で上官がつぶやき、わずかにうなる

 「そこで待機していろ」

 「はい」

 上官がその場を離れ、何か思案するように立ち尽くし、瞳をぎゅるんぎゅるんと回している
 その姿は異常といえたが、2人はその通り次の言葉を与えられるまで微動だにしない
 
 「・・・・・・お前達に新たな指令を下す」

 上官は口を開き、2人に言った

 「その捕虜とした少女の面倒は、お前たちで見ろ」

 「わかりました」

 異を唱えることはしない
 指令はこなすだけだ

 「お前たちの監視下に置き、素生などが知れたら報告せよ」

 「はい」

 「以上だ。次の指令があるまで待機、無論捕虜から目を離すな」

 「はい」

 ・・・

 そうして命じられた捕虜の監視

 これはある意味、非常に厄介な指令だった

 なにしろ、監視すべき捕虜が何ひとつ喋らない上何ひとつ行動を起こそうとしない
 ただ無為に、俺達の住まうテントに座って呆けているばかりだ
 
 まるで石のようだった

 「・・・」

 拷問をしても、喋る口と頭を持っていないのであれば意味を成さない
 それにあまりにも細い四肢を見る限り、それに耐え切れるかもわからなかった
 捕虜の虐待はルールに違反する、ただ破れという指令があれば躊躇わない

 「・・・・・・」

 Z-14は俺以上に喋る口を持たない、報告をするのも俺の仕事ゆえに喋る機会をどんどん失っていったからだろう
 おかげで常に適度な緊張感を保てる
 戦場はおしゃべりをするところではない、否、そもそも必要としなかった

 静かだった

 まるで戦場からも、外界からも切り離された空間であるように

 それは昨日までと何も変わらない
 声量的な意味でも、雰囲気的な意味であっても

 「・・・」

 無闇な致傷は血の臭いを発し、発声もまた余計なものを引き寄せる

 何か動きがあるまで、このまま放置しておこうと考えていた
 現状では、賢明だと思える

 そこで気づく

 俺達にはZ-9とZ-14、そういったコードがある
 名前よりもシンプルで、人間として扱われていないことを端的に示している

 だが、少なくともこの外部から来ただろう捕虜には与えられていないはずだ
 捕虜は捕虜であっても、捕虜には限られているが人権がある
 

 「捕虜、お前の名は」

 そう聞いた
 だが、返事はない

 名を呼ぶことなど、まずはないだろう
 だが、捕虜と呼ぶのは好しともしない

 「名は、無いのか」

 無いものなのか、口に出来ないものなのか
 表情から読み取れず、また判断がつかない
これまで異性に触れたこともなかった故に、その機微がわからなかった

 「ならば、こちらで勝手に呼び名を付けさせてもらう」

 『敵性には容赦しなくていい、だがそれ以外の異性には優しくしろ』
 戦場を生き延びていく為の知識を得る座学、そのなかでそう言われたことがある
 無用とは思ったが、頭には留めておいた

 何と呼べばいい

 俺達の持つコード、Z-9やZ-14に文句があるわけではない
 コードには意味がない、由来もない
 ただの番号に過ぎない、点呼に差し支えなければ問題ない

 だが、この捕虜に付けるには適当ではない気がした

 しかし、俺達の知る言葉はすべて戦場に関わる知識だった
 そのすべてを記号ととらえ、同時に取り扱い方といったものでくくっているだけだ
 難解な漢字と、それの振り仮名といったところか

 だから、名前の付け方がわからない

 「Z-14、それについて何か意見はあるか」

 「・・・・・・」

 Z-14は何も話さない、捕虜ともまともに目も合わせない
 
 わかる気がした

 テントに入れる際、捕虜の砂を払った
 そして、また目がくらんだ

 黒や灰、それに限りなく近い赤といった色しか俺達は知らない
 それだから、あまりにもその白色はまぶしかったのだ

 だが、見たことがないわけではない
 この白によく似た白を、知っている

 「ユリ」

 俺がつぶやくと、Z-14も反応を見せた


 時折思い出したように送られてくる弔いの献花
 それは戦場に折り重なる死体のように、無造作に積み上げられている

 初めて目にした時は、このモノクロの世界のなかで、それだけが浮き出て見えた

 名前を知った時、俺達の記憶にしっかりとそれが鮮烈なまでに脳裏に刻まれた
 この戦場で与えられた、初めての感情のような何か

 戦場に由来する多くの記号のなかで、ユリだけはユリだった


 「捕虜、お前はこれよりユリと呼ぶ」

 「・・・」

 やはり何も言わない、返さない
 それで構わない、便宜上そう呼ぶだけだ


 そしてまたテントに静寂が訪れ、就寝時間となった
 睡眠時間は必ず確保すること、それから指令にない自主的な訓練もしない

 戦場で生き続ける為に、俺達は眠るのだ
 生き残る確率を上げようと躍起になることも、またないのだ

 ・・・

 「何故、あのような指示を?」

 「面白そうだから。それ以外にはないよ」

 男はじっと円筒状の入れ物を眺めている

 「あの少女はあなた様が用意されたものではないのですか」

 「さぁ。多分、どこからか流れ着いたんだろーね」

 男は両手を上げて、否定するようなはぐらかすような態度を取ってみせる

 「すぐに近海を捜索し、難破した船の残骸など確認してみます」

 「別にそんなの要らないけど、まぁ好きにしたらどう」

 「わかりました。必要でないのなら、調べません」

 「あぁ、そう」

 従順な返事に男は欠伸をした

 ・・・
 
 捕虜を見張る指令の他に、戦闘・殲滅指令はたびたび出された
 
 帰還のたびにわずかな血液、毛髪を数本抜き取られる
 それと引き換えに食料を貰える、任意ではなく義務付けられていた

 特に疑問を持つこともなかった

 食事の確保は戦う為に必要なことでもある

 起床・訓練・戦闘・帰還・採取・訓練・就寝
 これらの繰り返しだった、もう何年いや十数年・・・いや生まれる前からしていたような気さえした

 外殻といえる肉体と精神は強く厚く鍛え上げられていき、中身といえる心は日々進化していく外殻によって圧迫されていく
 完全に中身が押し潰された瞬間、その時にようやく兵になれるものと感じていた
 実際、その通りなのだろう

 俺達は誰に指示されたわけでもなく、上官に確認を取ったわけでもない

 自らの意思でそれを目指した
 それがこの戦場に立っているべき存在だと

 恐らく、それが自らにとって最善の道だと判断したのだ

 
 最善の、はずだった
 
 
 戦場が日常

 ・・・

 今日もまた帰還し、テントに戻った
 ユリは毛差出ていった時と同じ体勢で、微動だにしていないようだった

 腰を下ろし、身体を休める
 そして、今日の戦闘を振り返り顧みる点を反芻する
 効率を上げる為、明日に活かすことに勤め出す


 ああ、そういえば

 戦いのなかで、時折頭に白いノイズがはしるようになった

 「・・・・・・」

 ノイズというにはもっと淡く、はっきりしていたかもしれない

 モノクロの視界に、一本の白い線が横切るような

 視界を遮ることも、思考を阻害することもなかった

 何が原因かは分からず、戦果は落ちることなく
 常に殲滅という結果に変わらないので、報告する意味もなかった
 
 Z-14の腕の冴えにも変わりはなかったが、同じような違和感を目にしていたようだ
 
 白の線が何を意味しているのか、よくわからない
 理解の外だが、この世界において白というものはあまりに少なく特定は容易だった


 「・・・」

 捕虜のユリだ
 
 こいつが、俺達に何をしたというのだろうか
 わからない、いくら考えてもわからない

 一切の接触も、一切の会話もない
 
 あるのは1日に2度、朝夕にある食事の時間
 無言でユリにもその分の食料を差し出し、それを食べきるかどうか注視するぐらいだ 

 状況は不変

 あり得るのだろうか
 戦場において、異性による誘惑は効果的だとは習った

 ありえない、ありえるわけがなかった

 ユリは捕虜であり、監視対象
 そこに私情が入り込む余地はない
 
 それでも害されるものなのだろうか


 ・・・・・・殺してみれば、わかるかもしれない

 そうすれば、何か自分に変化が訪れるかもしれないし何もないかもしれない
 少なくとも何かわかるかもしれない

 
 駄目だ、何を考えた

 上官からユリを監視しろと指令が下っている
 自らの意思で、それを今、どうしようとした

 己がノイズの正体、変化を知ろうとして何をしようとした

 ああ、なんだこれは

 これが葛藤というのか、戦場において迷いは命取りだというのに

 胸の辺りがざわつくのはなんだ、感情をまだ制御しきれていないのか

 感情を知らないわけではない、感情がなければ敵の行動を読むことは出来ない
 大き過ぎても、小さ過ぎてもいけない

 俺達が目指すのは兵であって、機械ではないのだ

 だから、これまで任務に差しさわりがない程度を最大とするように・・・その制御に務めてきたというのに

 たったひとつ、異性というものが生活空間に入っただけでここまで揺らぐものなのか

 耐性がないとは恐ろしいものだ、よくわかった

 いい勉強になった、もしかしたら上官はこれを狙っていたのかもしれない

 ならば話は簡単だ
 それがわかった今、俺達が何をすべきか


 圧迫しなければ、もっと心を圧迫するのだ

 肉体と精神を鍛え上げ、外殻が中身を押し潰させろ
 
 
 「ユリ」

 あざなを呼んだ、反応はない
 無言かつ静かだった日々の生活のなかで、時折名前を呼ぶことにした

 Z-14にも、これからはそうするように呼びかける
 了承を得られた、やはり同じような心境に陥っていたようだ

 耐性とは慣れること
 
 知らないものを制御することは出来ない
 故に知らなければならない

 「ユリ」

 起伏も含みもない、事務的な口調で呼びかける
 反応を示さない、言葉を発しない

 それでもいい、それでいい


 俺達に、何か訪れを感じることもなかった
 
 それ以降も、変わらない血生臭い日々を過ごしていく

 ・・・

 「Z-9、Z-14。今日お前達2人を呼んだのは、ある指令をしてもらうためだ」

 「はい」

 「・・・・・・」

 見慣れない大型トラックがベースキャンプのはずれにやって来て、テントから呼び出された俺達は上官にそのなかへ入るよう命じられる
 コンテナのなかは薄暗いが、灰色の機械が整頓されて並んでいるのが確認出来た


 「Z-9とZ-14、だね」

 「はい」

 「・・・・・・」

 その男は俺達2人の上官を一瞥すると、あごで指示し、その通りに動かした
 つまり、上官の上官ということだろう
 階級章というものはこの戦場に用意されていない、上官が1人いるのみだ
 それ以上の地位を持つものは今までに、一度も見たことがなかった

 だが、上官をあごで使う男が何者なのか興味がなかった
 俺達は指示される側の人間だ

 いつも通り、返事をするか頷くだけだ
 どんな指令であっても、力と命が続く限りまっとうするよう尽くすだけだ

 「君達にこれをあげよう」

 男が、上官を使って持って来させたのは大きいが蓋のついていない・液体の入った円筒状のケースだった
 円筒状のケースは透明でコードが取り付けられた装置といえる、そのなかに満たされた液体の色は見覚えがある

 そうだ、潮の臭いはしないが俺達の知る海の色に似ていた

 「なかに入っているのはタマゴだ。
Z-9はこっち、Z-14はそっちの容器に入っているものを手に取りたまえ」

 「はい」

 「・・・・・・」

 中身が何であろうと、手に取れと言われたら取るだけだ
 
 男の言われた通り、それぞれの容器の前に立った俺達はほぼ同時にそのなかにある塊を手に取った
 ざぷんと意外と粘性の高い液体のなかで手探り、指先に触れたものを持ち上げる

 2人が手を入れた容器のなかから出てきたのは、黒っぽい茶色をしたタマゴ
 
 持ち上げてみたが、これをどうしろというのだろうか

 あげたと言われたのだから、これを戦いに使えというのだろうか
 次の指令を待った

 「・・・んー」

 男は笑った

 2人の手に持ったタマゴが体温か外気によって、その表面についていた液体が急速に乾いていく
 それだけではない、2人の素手に吸いついてくるような感覚がある
 
 否、本当に吸いつき・・・まるで手と同化してしまうと思うくらい、そして痛い
 手の甲にすべての血管や神経が浮き出るくらい皮膚が薄くなり、脈打つのが見えた
 徐々にその侵食めいた現象は手首、肘、腕、全身へと回っていく

 2人は声にこそ出さなかったが、気を失う直前までいった

 これまで起きたことのない状態異常に、思わず上官に視線が向いた

 「そのタマゴはねぇ、君達から採取した毛髪や血液を解析して取り出した因子使って、既存のポケモンの配列に並び替え、そのポケモンの卵に注入した・・・半人造ポケモンだ。
 それは普通なら何をやっても孵らないダメタマゴだけど、ただ死んでるわけでもなぁい。
 まぁ言っちゃえば、君達の氣を吸い尽くすことで孵る可能性を持ち合わせるんだよ」

 意味がわからない

 因子? 配列? 氣?

 わかるのは、このままいけば俺達は間違いなく死ぬだろう予感
 手から、全身から離れようとしないこのタマゴというものを俺達はどうすればいい

 「拒絶せず、心から受け入れるんだっ。・・・少年漫画ならそういうかもね。
 でも、わからないんだよねぇ。それでいいのか。
 これまで色んな人間にやらせてみたんだけど、みんな孵らせることが出来ないまま死んじゃってさぁ。
 成功例が無いんだよ、だからその為に何をさせるべきか伝えられないんだよ」
 
 俺達の足が、膝が崩れる
 どんな敵にも屈しなかった俺達が、生まれてもいない生き物に呑まれていく


 「・・・僕はねぇ、兵とか戦場とか興味ないんだよね」

 男は首を傾げて、床に這う2人を見つめた

 「ただヒトって生き物に沢山の壮絶な戦場を経験させることで、とある学説の確認をしたかったんだ。
 それなりに成果は出た、まぁ満足度合いもそれなりといったところかな」

 俺達の視界は霞み、意識はもうろうとしていた
 男の声も上官の声も、届かない

 「・・・ああ、これも駄目だったかな」

 しゃがみこんだ男は2人を覗きこみ、唇を歪めた
 何か囁き、そして立ち上がる

 「・・・・・・行こうか」

 「はい」

 上官と男はコンテナのなかから、その姿を消した
 それ以降、二度と出会うことはなかった

 ・・・

 ここはどこだ

 俺は誰だ

 この細い腕は何だ

 頭が割れるように痛い

 思い出せ


 衝撃、それからがつんという鈍い音が遅れて頭のなかに響いた

 「・・・・・・」

 目が、覚めた

 敵性がいる
 攻撃を受けたことも理解した

 「・・・・・・」

 それは身体に染み込んだ経験則、わずかな力で最高の戦果を挙げる為の技術
 意識的に呼び起こしたそれで、目の前にいる生き物を壊した


 指令を、受けていないのに

 己の手を見た、血にまみれている
 頭の怪我に触れた際に抜け落ちた毛髪を受け止めると、それは赤く染まっていた

否、それは白い線・・・・・・毛髪そのものが白くなっている

 ゆっくりと、灰と赤がかかったフィルターで、周囲を見渡す

 己の身体は血反吐でまみれ、同じような状態でZ-14も壁にもたれかかっていた
 それからZ-14の傍に、両手に鎌を持った生き物がこちらをにらんでいる

 ひと目でわかった
 あれは、タマゴから孵ったものだと

 俺の足元を見ると、頭と尾に針を付けた芋虫がまとわりついていた
だが、触られているという感覚がない
 痛みや孵化の影響で神経が麻痺しているのか、それとも男の言う通り俺達の身体で造られた生き物だからだろうか

 「・・・・・・」

 Z-14も目が覚めたのか、むくりと起き上がってくる

 何が起きているのか、状況がわからない
 俺達はコンテナを出て、それを視認するべきと判断してのそのそと動き出した

 驚くほどその動きは緩慢で、ひどく鈍かった
 まるで自分の身体ではないようだ

 ・・・

 目の前は戦場だった

 目の前で暴れている生き物すべてに見覚えがあった

 ヒトもポケモンも入り乱れ、争っていた

 そして、それらは地面から沸き起こっているようだった
 文字通り、地面から次々に出てくるのだ

 「・・・・・・」

 どういうことかわからない

 ベースキャンプさえも、戦場と化したのか
 

 ああ、そうか

 一分でも戦場となる可能性があるのなら、このベースキャンプもそれとなりえたのだ
 今まで無かったことがおかしい

 だが、まだ指令を下されていない

 俺達は、戦うことを許されていない
 戦場にいる許可を得られていない

 上官も、男の姿も見当たらない
 俺達は待機すべく、自分たちのテントまで歩いていく

 荒れ狂う生き物が俺達を襲ってきたが、戦闘を極力回避した
 戦争にもルールがある
 どんなことでも許されるわけではない

 そうだ、今の俺達に戦争をすること自体許されていない
 
 ・・・

 自分たちのテントはまだ原型をとどめていた
 俺達は入り口の布をめくり、なかに入った

 その時は気づいていなかった、思考がまともに作動していなかった
 肌の感覚が鈍っていたことを忘れ、それは他の五感・・・嗅覚も鈍っていただろうことに

 もし鈍っていなければ、めくる前に気づいただろうに





 ユリが○されていた

 原形をとどめていたテントのなかで、数多の生き物が手によって蹂躙されていた

 内輪揉めでもしたのだろうか、テントのなかは血まみれだった
 シートが敷かれている故に血は地面に染み込まない
 
 そんな真っ赤な地べたに横たわっていると、ユリの白い肌はとても映えてとてもきれいだった


 テントのなかにいた生き物が、俺達のことをにらんだ
 そして、笑った
 はっきりと笑った

 
 俺達に変化が訪れた


 「あああああああああああああああああああああああぁあああああああああああああああああああああああああああぁああああああああああああああああああああぁあぁああああああああああああああああああああああっぁあああぁあああああああああああああぁァアァぁぁあああああああああああっあああああぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁあああああっぁぁあああっぁぁあぁぁあぁああああああああああああああああああぁあああああああああああぁあああああああああああああぁああっああああああああああああぁああああああああああぁああああああああああああああああああああぁぁああああああああああああああぁぁあぁっぁああああああああああぁぁあああああああああああああああああっぁあああああああぁぁぁああああああああああぁああああああああああああああぁあああああああああぁああああああああああぁあああああああああぁああああ」


 爆発

 端的に言えばそうだった


 抑えつけていた感情が膨れ上がり、瞬間的に発露した
 
 氣を吸い尽くされた身体、消耗し摩耗した外殻が中身を抑えきれなかった


 そういうことだろう


 そして、俺達2人のなかにあった何かは覚醒した

 ・・・


 暗転


 ・・・
 
 俺達の身体が止まった時、この戦場にいた生き物は絶滅していた

 指令もなく、俺達はそのすべてを・・・・・・初めてのことだった
 
 この戦場に立って、初めてのことだった


 戦争にもルールはある、いくつもある
 いくつもある

 ひとつ、上官と命令に背くな
 ひとつ、一般人を巻き込むな
 ひとつ、戦争以外で同じ人間を殺してはならない

 戦争にはルールがあり、ルールがあるから戦争は成り立つ
 そのなかで生きる存在、戦争に生きる存在

 それが兵で、目指していたもののはずなのに

 たった1人の捕虜と不測の戦場、その状況で・・・・・・俺達ははずれてしまった
 だが、無念や悔しいといったものは不思議となかった

 ただただはずれてしまったことが、頭にあった


 Z-9の傍らにいた芋虫は、Z-14のものと同じように両手に得物を持った生き物に変貌を遂げていた
 後にそれがスピアーというポケモンであること、鎌を持つのはストライクと知る


 たったひとつ、原形をとどめているテントのなかに俺達は入った
 なかで、監視すべき捕虜があの姿のまま横たわっている
 
 「ユリ」

 「・・・・・・」

 そう俺達は呼びかけた、彼女の返答はない

 いつもと変わらない、何も変わらない

 「ユリ」

 「・・・・・・」

 呼びかけても応えない、それはいつものことだった

 「ユリ」

 「・・・・・・」

 一度も、まともに触れたことのないそれに指を伸ばす

 「ユリ」

 「・・・・・・」

 涙は流れない
 あれは悲しい時、目に異物が入った時流されるものだから

 「ユリ」

 「・・・・・・」

 どれだけ呼びかけようと、返事はない
 それがいつものことで、いつものことだった

 「・・・・・・」

 「ユリ」


 俺達は誰だ

 俺達は何だ

 俺達はどうしてここにいる

 俺達は・・・・・・


 「・・・ああ」


 戦争にはルールがある


 「ユリを、埋めてやろう」

 「・・・・・・」


 ひとつ、・・・・・・

 ・・・

 ユリは島のどこか、適当だと思ったところに埋葬した

 その眼前に広がる世界には、もうフィルターはかかっていなかった

 
 世界は色に満ちている

                   白
 それに気づけた俺達はそれでも、  かった
                   黒


 ・・・

 後に知った

 ここは島ひとつを使った大規模な実験場だった

 地面から生き物が沸き起こったのは、地下にそういう施設があったからだ
 敵性となる生き物も、部隊も、何もかもが用意されたものであったこと

 俺達も元は用意された側だっただろうことも、予測がついた

 すべてはあの上官と男の掌で弄ばれた
 戦場という非人道的な縛りを使って、否、戦争がなければ人類の発展もまた無かったかもしれない

 否定すべきは戦場ではない

 否定してしまったら、俺達と・・・・・・彼女の存在を否定することになる


 あの島には生き物がいない、棲み付こうとしない

 外界から隔離されるような地形や環境なのか、実験場に不確定要素を入れない為に施されているのか
 俺達が島を離れ、数年以上経った今でもそれは変わらない


 それでも百合の花は毎年のように咲く

 かつての戦場の地を悼むように

 だが、百合は喋らない
 花に意思があるわけではない、そこに種と土があったから咲くだけなのだ

 モノに意味を持たせるのは生き物のなかでも、人間だけ


 その地に百合がある意味を持たせられるのは、誰でもない


 俺達だけだ


 ・・・・・・


 これまで覗き見たは、戦場に生まれた男の過去
 語らずとも、知る必要もない憂きもの

 過ぎたことは取り返せない、終わったことに求めるなかれ
 何もかも





 すべては楽園へ紡がれるばかり


 To be continued・・・
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