〜最終決戦・二十一〜
『……100%。デバッグ完了。ワープシステム修復完了。ワープシステム修復完了』
・・・・・・
『シャーッ!』
『ッグース!』
浅い小川の対岸に向かい合い並ぶ、2つの種族
「ザングースとハブネーク、その群れ同士の決闘か」
数はそれぞれ30から40
そして、その全ての視線があるモノに向けられている
「神聖な決闘に水を差そうとする、俺が気に食わないか」
傍らにスピアーを連れた、白髪の青年が小川に立っている
青年の言う通りだった
古来より続く好敵手関係による大規模な決闘に、突然部外者が乱入して来たのだ
これを無視することは誇りにかけても、また昂った闘争心が許さないだろう
「かかってくるがいい。このジークに」
青年の挑発に即し、スピアーが動いた
その槍と瞬速を持って、ハブネークとザングースを1体ずつ仕留めた
見せしめのはやにえのようにわかりやすい串刺し、それを小川に投げ捨てさせる
そこで両者、群れが一斉に青年とスピアーに襲いかかってきた
・・・
「・・・あれを見てご覧」
大きな木の、その枝に座るモノが傍らにいるモノへ囁くようにつぶやいた
そのモノは首を傾げ、視線を向ける
「素敵な探し物を、ひとつ見つけたよ」
向けた視線の先にいるのは、ある戦場だった
凶悪な毒牙を持つポケモン、ハブネーク
強力な斬爪を持つポケモン、ザングース
その種には因縁がある、古来より続く好敵手同士
両者が出会えば、必ず死闘は始まる
・・・どうやら今日は、ただの死闘ではないようだ
この近辺に生息するそれぞれの種族、そのどちらが決めたわけでもない
本能か、習性か
この区域の覇権をかけた、群れ同士がぶつかり合う大規模な決闘
今日はそういう日なのだ、伝統と格式のある戦場といえた
そこで嬉々として、鬼気として暴れるモノがいた
毒牙を折り、斬爪を砕き
神聖な決闘を汚す、不文律を乱す存在
因縁ある種族が、たった2つのその存在を排除する為に・・・・・・結果的に結束し合っている
青年は何を望んだのだろう
青年は何を求めたのだろう
そして、青年とスピアーの関係性は見て取れた
間違いようがない
大きな木の上に座るモノは微笑んだ
「迎え入れよう、僕達の組織に」
・・・
そのキューブに、誰かが訪れた音がした
背を向けて寝転がっていた青年は上体を起こし、その向きのままつぶやく
「・・・待っていたよ」
ゆっくりと振り返り、侵入者の顔を見る
「レッド」
「・・・ディック」
そこはキューブというには、あまりにかけ離れていた
球状、その内部の傾斜は階段のような段差になっている
薄らと灰色のかかった壁面、あまりの広さに遠くは白く見える程だ
「箱型じゃないのか」
「形以外じゃ何もないよ」
ディックは立ち上がり、レッドとは逆方向に向かって歩き出し段差を登った
同じくらいの視線の高さになったところで、もう一度振り返って対峙する
「・・・屋外か海のキューブにでも行ったのかな」
「あぁ。酷い目にあった」
「そう」
ディックは首をかき、欠伸をした
服はギャラの水をかぶって塩気を抜いて、更に水気は出来る限り絞って来た
ルガーの炎で身体と服をある程度乾かしたのだが、まだ完全ではなくちょっとごわごわする
「・・・今日はまともに喋るんだな」
「そうだね」
彼の口から面倒臭い、とまだ一度も聞いていない
口癖ではなく、本心からそう言っていたのなら・・・・・・今はそうではないのだろうか
「戦闘形式は・・・・・・そっちは何体でも使っていいよ」
「3VS3でも6VS6でもいいってことか?」
レッドが聞き返すと、ディックはまた座りこんでしまう
そして面倒臭そうにつぶやくのだ
「俺が使うのは3体だけ、そっちは5体でも6体でも10体でも100体でもどーぞ」
「!」
その物言いに、レッドがぐっと拳を固めて突き出した
「お前が3体しか使わないなら、俺だって3体だけだ」
「・・・正々堂々のつもり?」
ディックがあごを上げ、レッドの顔を冷たい視線で射抜く
彼が腰に手をやり、3つのボールを掌に乗せて差し出して見せる
「俺は3体しか使わないんじゃない、ボックスを含めても手持ちポケモンが3体だけなの。
減ることはあっても、一生涯増えないだろう数・・・3体だ。
レッドが全力を持って正々堂々僕を倒すというなら、君は全ボックスのポケモンを持って戦うべきだよ」
「な・・・」
ディックの判明している手持ちポケモンはブラッキー、エアームド、エンテイ
この3体しか持っていないというのも驚きだが、全力というならボックス総動員で来いというのも驚きだ
覚悟や思い入れの差を言いたいのではないのだろうが、レッドは握った拳を額に置いた
「・・・・・・わかった。だけどボックスのメンバーは使わない、6体だ。
でもそれは全力じゃないわけじゃない、俺が能力者である以前にトレーナーだから。
この手持ちの6体が、俺の全力である証だ」
「・・・そう。まぁいいか」
ディックがブラッキーを出すと、レッドはピカを出した
それは2人が初めて出会い、戦った時と同じポケモン
レッドは大きく変わったが、ディックは変わらないのか
2人の実力差がどれだけ埋まり、どれほど肉薄しているのか
「(・・・なんだ)」
レッドは自らの胸の内がざわつくのを感じた、その辺りを押さえディックを見る
目の錯覚だろうか、彼の身体の周囲に青白い炎のような揺らめきが見える
そして、自分の身体も似たような・・・赤色のものが見えた
これは、そうだ、以前もあった
ともしびやまで、能力に目覚めた時にだけ見えたものだ
「・・・当然といえば当然だよね」
ディックはレッドのことを見据え、つぶやく
「俺達は対の者なんだから」
「・・・!」
今、なんと言った
対の者、対の能力者といったのか
災厄と治癒、破壊と再生
ディックとレッドは、そういったものだというのか
だとすると、ディックの能力はレッドの逆で・・・・・・
「君は自分の能力を把握しているのかな」
見透かしたように、ディックは気だるそうに言う
「レッド、君の能力はただなつく・なつかせるだけじゃない。
なつくだけじゃなくて、好きなように嫌われることも出来る。
簡単に言うとトレーナーに対する親密度、愛情、信頼、そういうポケモンとの関係性を操作出来る能力なんだよ」
関係性の操作
好かれることも嫌われることも自在
「! そんなわけない!
そんな、ポケモンの気持ちや心を弄ぶ能力だなんてそんな・・・!」
「ああ、面倒臭いなぁ。わかってるじゃん。
だから、君はなつく方にしか能力を使っていないんだろ」
厭そうに呆れたようにディックはつぶやき、ため息をついた
トレーナーとポケモンがごく一般的に、普通に接していれば築かれていくなつき状態
その方向にしか、レッドは無意識の内に使っていなかったのだ
「そもそも信頼関係とか目に見えないものがどうして確かなものだって言えるのさ。
口や態度はどうとでも取り繕える、そう思わない?
信頼し合っているというもの同士でも、些細なやり取りでいらっとすることもある。一瞬でも関係性は崩壊するものだよ。
・・・そういうものなら、それの操作や誘導という能力を肯定することなんて容易いと思うんだけどなぁ」
「・・・本気で言ってるのか」
レッドの表情が歪む
培ってきた絆は確かな本物だと、言える
だけど、これまで見てきたトレーナー能力の多様性がレッドを揺らがせる
「待てよ、じゃあ・・・」
レッドがなつき状態といった関係性における正負の方向性を操作・誘導をする能力だというのなら
それは、それだけで完結していないか
レッドがなつかれるだけの能力なら、ディックは嫌われる能力であればよかったのだから
「それでも俺達は対の能力者なんだ。
そのものの反対ってわけじゃない、まぁ概念的な意味合いが強いけどね。
・・・それは何でも同じでしょ」
ディックがレッドに微笑みかける
「あとは戦えばわかる」
「それもそうだ」
着崩したというよりだらしのないYシャツと長ズボン、上に立つ人間という威厳はまるで感じられない怠惰な青年
象徴は東方の青龍
四大幹部が1人、ディック
この戦い、いやレッド達の旅の始まりとなった青年――!
「行け、ピカ! 10まんボルト!」
レッドの指示にピカが飛び出し、10まんボルトを放つ
その時にはディックのブラッキーの姿はなく、ピカが球体の下の方へと落ちていった
呆気なさすぎる程、勝敗は早くついた
「ピカ!」
レッドが階段状の斜面を駆け下り、ピカの様子を見る
きぜつ寸前、いやもうなっていてもおかしくない
かろうじて意識を保っているのは、ピカの意地だろう
また見えなかった
あの時から実力的に肉薄していると思っていたのに、まだ届かないのか
「・・・確定3発」
ぼそりとディックがつぶやくのを、レッドは聞き逃さなかった
彼が下でピカを抱えるのを見下すように、眠そうに見ている
「Lvがほぼ同じポケモン同士なら、2回か3回の攻撃で大抵は倒せると言われている。
タイプ耐性があったり、耐久に力を入れているなら4,5発かな。
だから、ポケモンバトルを語る上で重要なのは先手を取るか否か」
ディックは眠そうに微笑む
「ポケモンバトルは精神論や根性論だけじゃない。むしろ身体的な要素は緻密に組み上げられる理論に則られる。
そこに不可思議なトレーナー能力が入りこもうと、その現象や理屈を解すればただのいち要素でしかない」
「・・・・・・」
レッドがピカをボールに戻し、カビゴンを出した
分厚い脂肪に包まれた、頑健な身体を持ったポケモンだ
「・・・俺の能力が何かわかったわけじゃなさそうだね、ねむるとのコンボで見極める気かな
面倒臭いなぁ、もう」
レッドはゴンに触れつつ、ブラッキーのことをよく見る
ポケモンは何らかの攻撃を受けなければ、決してやられない
何らかというのは、見ればわかるのだ
今までは見落としていただけかもしれない、だから今度こそ見極める
「・・・・・・ブラッキー、だましうち」
ディックが一言、つぶやくように指示をする
たった、それだけだった
・・・・・・
シュン、と跳んできた場所は大きな鉄の扉の前だった
「ここは・・・」
イエローが見上げるそれは、近づくのが怖いくらい赤くなっていた
赤熱、まさに灼ける程熱くなっているのだ
だが、ここを開けるしかこの先進む道は無さそうだった
「(ええとオムすけの氷かルーすけの水で冷やすか、ピーすけの念動力を試すのもありかな?)」
これだけ熱くなっている鉄の扉、並大抵の氷水では冷えないだろう
これだけ大きな鉄の扉、並大抵の念動力では動かないだろう
だが、この程度の関門は突破出来なければならないのだ
なんとなくわかる
この先にいる相手が、どんな相手なのか
・・・これまで色んな人に送られてきた
「じゃ、またな」
レッド
「さぁ!! 黄の緒よ、進め! 次なるキューブへ!!!!」
ポー
「・・・・・・ワタルを、助けて・・・!」
カンナ
「やらせないよ」
カリン
「ここは引き受けた」
シルバー
イエローは色んな人に送られて、ここまで来た・・・
声も姿も見ていないけれど、もう1人からも託された
手渡された、フリーザーが入ったボールを彼女は見遣る
その人達の為にも、勝たなければならないのだ
「・・・よし、ここはピーすけと」
「どいていろ」
使う子を決めたイエローを、ぐいと無理やり押しのけた
体勢を崩しかけるが何とかこらえて、そうしてきた人のことを見る
聞き覚えのある、懐かしい声
「・・・あなたは!」
ざっと大地を踏みしめ、赤熱した大きな扉を見上げる
フンと鼻を鳴らし、ボールに手をかけポケモンを出す
サイドン
そのポケモンが真っ赤な扉に両手を押しつけ、がんと全身をぶつけるようにして大きな扉を開けていく
じゅうううううと灼けるような音がして、イエローは思わず駆け寄ろうとしたがその人が制した
「構うな」
「っ!」
押し開けた扉から、ぶわっと熱気が流れ込んできた
それに対して腕で、顔を隠すようにしながらそのなかを見る
真っ赤な扉の奥は、黒と赤が見えた
黒は動かないが、赤はうごめいているようだった
「・・・なるほど、この扉が開けられんようでは、怪我だけですまんな」
「ここは」
イエローがごくりと喉を鳴らした
キューブのなかにこもっていた熱気が、その2人を押しやってしまうような見えない壁を作っている
そのキューブのなかは、灼熱の溶岩がうごめいていた
「ここにいるのは随分と酔狂な主のようだな」
恐らく海底火山から引っ張ってきているのだろうが、それをキューブという空間で保っていられる技術力は大したものだ
ただの技術力で片付けられるシロモノではない、これらが全てトレーナー能力による遺物・利用したものなのか
否、トレーナー能力だけで片付けられるものではない
こんなもの、非科学的だ
「・・・やはり、そういうことか」
「? ・・・って、どうしてあなたがここに!」
その人がキューブのなかに入っていくのを、イエローが追いかける
じりじりと空気だけで焦げてしまいそうな熱気に顔をしかめながら、じわっとしみ出る汗で服が張りつきそうだ
扉をくぐりぬけ、キューブのなかに入る
「足元に気を付けろよ。少しでも触れたら、痛みに狂って死ぬぞ」
溶岩の流れる川のようなものが、自ずと人の進める道と戦える場所を限定してきている
確かにこの溶岩に少しでも触れたら、助からないかもしれない
それらが冷えて固まって、真っ黒に盛り上がっている地面を慎重に歩いて進む
心なしか、今歩いている地面が揺れている気がする
「(・・・実はボク、一度こういうところで戦ったことがあるんだよね)」
スオウ島で、ワタルとの戦いで
あの時はあの時で何とかなったけれども、今回もそうなるとは限らない
恐ろしいキューブだ、こんな場所で戦おうとする上級幹部なんて・・・・・・
「ようこそ、私のキューブへ」
侵入者2人を迎えたのは赤髪の女性
その姿に、イエローの横にいる人は少しだけ意外そうな顔をした
「・・・こんな酔狂いや狂気の沙汰としかいえないキューブを選ぶ。
白髪の軍人かと思ったが、まさか一番常識がありそうな女がそうとは」
「それは褒めているのかしら」
迷彩柄、首回りにファー、軍用ジャケットを羽織る姿
「そうね、ディックなら危ないし面倒臭いと言うわ。ジークなら尚更、こんな危険なキューブは選ばない」
それは最強の発動型と呼ばれる、彼女の勝負服
「私だから、ここを選んだ」
象徴は南方の朱雀
「そういうことよ。大地のサカキ、治癒の少女イエロー・・・トキワの守護者達」
「四大幹部・・・リサ・・・!」
掌を返して見せ、彼女は侵入者2人を見つめる
その目は侮っていない、慢心もしていない
むしろ敬意を払っているようにも見えたが、それとも違う
ディックとも、ジークとも違う目をしていた
ゴゥンと大きな音がしたのでイエローが思わず振り返って見ると、あの大きな鉄の扉が閉まっていた
機械仕掛けなのか、それとも何かリサの能力が起因しているのかはわからない
「戦いの形式は3VS3、あなた達の場合は2人で3体よ」
その条件にイエローが、ちらっとサカキのことを見た
彼こそサカキは・・・そういえばスオウ島でも、こうして来たのだ
あの時は共闘というものではなかった、が今回は・・・
「イエロー・デ・トキワグローブ」
「っはい」
「俺は1体で充分だ。お前が2体選べ」
「え・・・」
サカキは再びサイドンを出し、自分の前に立たせた
イエローもそれ以上言わず、ボールから出したのはボーマンダのルーすけだった
灼熱のキューブではラッちゃんやドドすけやチュチュは走りまわれないし、ピーすけをはじめとして小型ポケモンはすぐに暑さで参ってしまうだろう
ここで充分に実力を発揮出来そうなのは、空を飛べるルーすけだろうという判断だ
「・・・いい選択だと思うわ。私が使うポケモンは」
リサが出したのはバシャーモとフライゴン
レッドやブルー達が旅立つ日に見た、というポケモンだった
このキューブで満足に動けるのは耐性のある炎ポケモン、耐久力がそこそこある飛行ポケモン
それがひとつの解答なのだろう
「いくわよ」
バシャーモが駆け、フライゴンが舞う
四大幹部とのバトルが始まった
「サイドン」
走り、勢いをつけて蹴り込んできたバシャーモの一撃をサイドンが受け止める
互いが一歩をも引かない、純粋な力比べ
そのどちらも百戦錬磨の経歴を持っているというのなら、勝敗を分けるのはふたつ
全力を生み出し、支える大地をしっかりと踏みしめる為の足腰と・・・体重だろう
「・・・」
片足で立ち、サイドンの腹に押しつけているバシャーモの脚が徐々に上がっていく
その脚をつかんでいたサイドンの身体が、足が浮いた
「!」
サイドンの体重はバシャーモの倍以上はある、それをこんな姿勢で覆す
相当鍛え抜かれた足腰を持っていることは間違いない
バシャーモの両足が縦に、大地に対して垂直になる
完全に無力化したサイドンが、その脚の上でもがいている
「バシャーモ」
軽く蹴り持ち上げている足を下ろし、反動をつけてサイドンを斜め上方にぶっ飛ばした
その柔軟かつ強靭、器用な足さばきを見て、サカキは感心したようにつぶやく
「大したものだ」
ぶっ飛ばされたサイドンの巨体が、空中戦を繰り広げていたルーすけとフライゴンの間に入って落下し始める
それにびっくりしたイエローが思わず地上に目を向けた
「え、おじさん!?」
サイドンに具体的な指示も出さず、言いようにやられて
その上、このままだと溶岩のなかにどぼんと落下してしまうだろう
「そちらもよそ見している場合ではないわよ」
フライゴンがいかくを放つルーすけに臆さず、飛びかかってくる
「速い・・・!」
空中にいてもなお全身から汗が吹き出るこの熱気に、イエローは早くも参ってしまいそうだった
そして、フライゴンの攻める手数が異常に多い
爪で切り裂きにかかったと思えば、身体を縦に回して尾を振り落とす
空中というよりも、水中での動きのようだ
「(フライゴンの特性は・・・確かふゆう)」
そう、正確にはあの翼で飛んでいるわけではないのだ
だから、あんな無茶なことが出来る
ボーマンダで真似しようとしたら翼に負担がかかって、墜落してしまうに違いない
それに攻め急いでいるようにも思えるのだが、まるで焦りがない
むしろこのハイペースが、リサのフライゴンの持ち味なのだろう
「ルーすけ、ドラゴンクロー!」
大きな身体を持ち上げ、その爪を振り下ろす
しかし、まるで宙を舞う木の葉のようにひらりとかわされてしまった
だが、それでいいのだ
ぐん、とルーすけが振り下ろした腕に追随するように急降下する
マグマのなかに落ちてしまっただろうサイドンを探す為に、フライゴンの不意をついて戦闘から離脱した
「・・・大丈夫かな」
熱気に押されつつも、イエローはふぅふぅと言いながら下を覗き込む
やはりサイドンは陸地には見当たらない
その代わりサカキはすぐに見つかった、さっきの場所から一歩も動いていなかったからだ
「おじさん! サイドンはどこに!」
「随分と余裕を見せているな。こっちの心配などする必要はない」
ぎらっとにらまれるが、イエローは負けない
そういえば上空にいるリサは攻撃を仕掛けてこない、バシャーモも止まっている
隙ありっ!と背後から襲いかかってこない
ちょっとしたお遊びで、似たようなことをした経験のある人もいるだろう
それが平地で、安全な場所ならば
だが、この場所では本当に致命傷になりかねない
リサはあくまで、そこまで命をかけないバトルを望んでいるのだろうか・・・それならばもっと安全な場所を選ぶはずだ
イエローがサカキのことをじっと見つめ、無言で訴えかける
いつまでもそれでは戦いにならない、と判断したサカキがイエローに対してつぶやくように話しかける
「・・・サイドンはマグマのなかでも活動が出来る種族だ」
「え」
ポケモン図鑑にもそう出ている
このキューブの灼熱の扉を開けられたのも、その強靭かつ耐熱な岩肌があったからなのだ
「それじゃあ」
バシャーモは少し離れたところでトーントーンとその場で軽くステップを踏むように、サカキとイエローの様子を窺っている
突然、その脚元からマグマが噴き出した
バシャーモが飛びはね、その直撃を避ける
見事な反射神経だ、それとも勘か
固まった溶岩石の地面を自慢のツノで砕き、噴き出たマグマのなかからサイドンが姿を見せた
「ほぅ、避けたか」
サカキはバシャーモを再び認めた
彼のサイドンの掘り進む力は半端なものではない
つのドリルで掘り進んでいるという振動に気づかれる前に、地上へ到達してしまう並はずれた速度と突破力
「流石ね、元トキワジムリーダー…R団の首領」
「姑息な手段を使うお前に褒められたところで、何も感じない」
サカキはあくまでリサを認めようとはしなかった、イエローはそう感じ取れた
どうしてなのだろう、と思いつつサイドンの安否を確認出来たので再び上空へ舞い戻る
そして、このキューブの宙に浮かぶ箱に気づく
半透明で、上の方がやけに暗くて視認出来なかったのだ
なかにいたのは意外な人物だった
「・・・グリーンさん!」
イエローの呼び掛けに、グリーンが振り向いた
聞こえていないわけではないのだろうが、それでも声が届きにくいようだ
何か言おうとしているようだが、こちらにも聞こえない
これは恐らく捕虜といった扱いだろう
つまりグリーンが、リサに負けたのだ
イエローはやはりショックを受けた
旅の仲間のなかで、レッドの次に強い人だと思っていたからでもあるし師匠でもあったから
「話は出来そう?」
「・・・!」
リサとフライゴンがグリーンの入っている箱の上に足を乗せ、イエローのことを見つめた
確かにグリーンのことは気にかかったが、今は戦いに集中するべきだった
きっとそういう注意を、グリーンがイエローに向けて言ってたのだろうなと思って頭を抱えた
わかりやすい態度でいる彼女を見て、リサがつま先で箱を叩いて音を立ててイエローに自分のことを注視させた
「いいわ。話せるようにしてあげる」
「え」
そう言ったリサが取り出した、自分のポケギアを操作する
すると、なかにいるグリーンの声がはっきりと聞こえるようになった
それに気づいた彼も戸惑い、一旦口ごもったが・・・また話し出す
「・・・どういうつもりか知らんが、イエロー、聞こえているな」
「はい」
わからない、リサは何がしたいのだ
どんなバトルを求めているのだろう
グリーンは言いたげで、それでいて戸惑うような素振りも見せている
バシャーモとサイドンを交戦させつつ、サカキもまた上空に留まるリサとイエロー・・・彼女より早く気付いていた捕虜の存在に意識を向けていた
離れていようと、声は届く
キューブに入る前、イエローを押しのけた時に集音器を付けていた
流れ的にタッグバトルになると踏んでいた、離れて戦うことになっても一時の相方と敵の言動を知れるように
グリーンが言った
「単刀直入に伝える。リサの能力は」
リサが頭上にいるその状態で、グリーンは確信めいた口調で口にした
「タイプ相性の無効化だ」
・・・・・・
たった、それだけなのに
ゴンがきぜつした
わからない、先手1ターンを取られただけでカビゴンがきぜつした
いや、わかったけれどもわからない
奇妙な感覚が、ゴンに触れていた手が感じた
「わかった? 俺の能力」
「・・・・・・わからない、けれど、想像はついた」
レッドの手に残る感触
ゴンの身体が波打つように震えた
打撃だ、とてつもない衝撃でゴンを倒したのだ
だましうちのレベル、技の威力ではない
レッドは考える
これが、そのまま単純に思いついた能力だったらいいのに
レッドは思った
これが、俺の能力と対になるのなら・・・・・・
閃き・・・と言った方が近い
いや、感覚でわかったのかもしれない
対の者同士、わかりあえるところがあるのだろう
「察した通りだよ、レッド」
ディックは、レッドとゴンを一瞥した
そして、わずかに息を吐いてからつぶやくように言う
「例えるなら、そう連続攻撃が俺の能力だよ」
レッドもそこまではわかった
触れていてわかった奇妙な感触というのは、その大きな衝撃が波打っていたように思えたのだ
弾力ある肉壁が、一瞬の内に何度も叩かれたような・・・・・・
「でも、ちょっと違うな・・・お前が、俺の能力と対になるのなら」
レッドが首をゆっくりと振って、尋ねるようにささやく
「俺が関係性を操作出来るなら、お前は関係性を持たないんだな」
概念、そうだ概念でいう対なんだ
「ディック、お前には誰もついてこられない。そういう能力なんだな」
彼は目を細め、口を開いた
「正解だよレッド」
ディックは右手の人差し指を立てる
「レヴェル1、優先度+6。その意味は必ず先制攻撃が出来る」
ディックは右手の中指も立てる
「レヴェル2、優先度+12」
ディックは右手の薬指をも立てる
「レヴェル3、優先度+18。これが俺の能力」
そして、ディックは左手の指を伸ばして右手の薬指をつまんだ
「俺は特殊型なんだ。常時でも発動でも条件でもない、どれにもあてはまらない」
右手の薬指を左手の指で折り曲げ、そして中指も折らせて見せる
「レヴェルを下げる。優先度+18の行動をした後に、優先度+12の行動が出来るようになる。
そしてレヴェル1へ、でもゼロにはならない」
ディックは左掌で、立てた3本指を押さえつけ寝かせた
「優先度は互いに与えられた1ターンの間に、身体ステータスと技の性質からどちらが先に動けるかを示すもの」
素早さの遅いポケモンであっても、でんこうせっかを使えば先制攻撃が出来るように
身体ステータスを塗り替える、ポケモンの技に付加された『特殊補正』
「レッド、きみのポケモンが1ターン分動く前に、俺のポケモンは先制して3ターン分の行動が出来るんだ」
ディックは口の端を吊り上げた
「それが、どういう意味かわかるよね」
まるで子供を諭すような、崖っぷちに立った人の背を押すような軽い言葉だった
確定3発
ただの連続攻撃ではない
すべてにおいて優先される、行動の先取り
理論上、ディックのポケモンより先に動けるポケモンも技もこの世に存在しない
目に映るわけがない、そんな速度は目に留まらない
初めて出会った時、技を出す間もなく一方的にレッドとグリーンが負けたのも
サファイアを持って、逃げるブラッキーやエアームドに追いつけなかったのも
複数体もの水ポケモンの攻撃でも、エンテイの炎が消えなかったのも
3回もの攻撃を、3ターン分の行動を先にされていたから
身体ステータスのMAX補正
タイプ相性の無効化
絶対先制
ポケモンバトルの常識を覆す
それが四大幹部、そのトレーナー能力・・・・・・
ディックは小首を傾げ、レッドに期待するようにすがるような目で語りかける
『早く次のポケモンを出して。面倒臭いなぁ』
あくまで表情の崩れない彼に対しレッドの、背筋が凍った
To be continued・・・
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