〜最終決戦・二十三〜

 「私は勝たなくてはいけないのよ」


 ・・・・・・


 「・・・この組織は化け物みたいな強さの人しかいないの・・・?」

 ブルーはふぅとため息をついた
 
 足が震える
 膝に力を入れて気張っているつもりなのに、がくんと崩れ落ちて尻餅をついてしまう
 額に指を添え、首を小さく震わせる

 四高将フリッツ、強敵だった

 バトルの結果はほぼ相討ち
 それが不思議なくらいだ

 トレーナー能力を完全に使いこなし、更に自身をも鍛えることでポケモンに後れを取らない
 結果、戦術レベルを引き上げられる

 自分よりも確実に能力者として完成していた
 勝てたのは・・・・・・自分が未熟だったから、だろう


 「・・・ごめん、みんな・・・ちょっとだけ休んでくから」

 相手が物言わないのはアタシを勝者と認めているからか、喋る口を持たないのか

 静かなキューブ・・・あれだけ激しいバトルがあったのがまるで嘘のよう

 動かなくなった足、睡魔がじわじわとブルーの身体をむしばんでいく
 背骨を這い、支えきれなくなって床へゆっくりと倒れる
 こてんと横になった彼女は、もう既に夢のなかだった


 ・・・・・・


 目の前にあるのは肉塊だった
 バクハツしたように散乱した鮮血の臭い、端々の草を染めている

 ・・・

 「なるほど。四大幹部のジークの能力はステータス補正か」

 「はい、確証はありませんけれど。でも、出来る限りの準備はしていきたいんです。
 負けられ、ないから」

 最終決戦に向かう前
 ダイゴに話し、戦闘用アイテムの準備をさせてもらう
 安価とは言い難いが、背に腹は代えられない

 「こういう戦いの前だし、譲るよ?」

 流石の大企業の御曹司とつぶやきたくなった、何故ならその旨を伝えたら別荘の床倉庫から全員分のアイテムを持ってきて上の一言だ
 だがこれらをタダで貰う、ということは憚られた
 きっちりと料金を支払うと、シショーのヨルノズクがそれを見て首を傾げ笑った気がした

 ひとつひとつアイテムを手に取り、効用を確認してからそれぞれの手持ちバッグに詰めていく
 その様子を見ていたダイゴが口を開く

 「・・・もし、そのステータス補正能力が・・・こうげきやぼうぎょといったものに留まらないのだとしたら・・・」

 ダイゴが静かに、皆を戒めるようにはっきりと言った

 「戦いを止めて、即座に投降するんだ」

 「!」

 「知っているだろうけれど、ポケモンの変動ステータスは身体的なものだけじゃない。わざの命中、回避、急所狙いにもあるんだ。
 もしジークという男の能力がそういう補正強化をいくつも持っていたら、相当危険な敵だよ」

 きあいだめ、かげぶんしん・・・それらの効果を疑似的に発揮するアイテムもある
 トレーナー能力でも不可能なわけがない

 「いいかい。何かを為すにも、命あってこそだ。
約束してほしい。この戦いに巻き込み、渦中へ飛び込ませたものの身勝手で一方的な約束だ。
 命を懸けないことを・・・・・・ここで約束してくれ。決して無茶はしないと」

 「・・・わかりました」

 レッドはそう返事をする
 くるりと周りにいる皆と向き合うと、同じように頷き合った

 もしかしたら聞けないような場面もあるかもしれない
 けれども、肝に・・・心に銘じておこう

 誰も欠けないように

 ―――

 『なぁ、おい・・・楽しんでるか?』

 目を開けているのに、目の前が暗かった

 ああ、ポケモンバトルに負けたのだ


 『呆けてんじゃねえよ』

 聞き覚えのある声がする

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 声が出せない、枯れ果てたように喉が・・・消化器官が熱い
 ただれるぐらいに灼けて、熱湯の激流がこみ上げてくるような感覚
 こみ上げて、そこで止まって、くすぶるどころかいつまでも沸騰している

 『聞こえてないわけないよな、ああそうだとも』

 暗闇の奥から、傍から何かが覗きこんでいるような

 『そいつはポーズだろ。頭ンなかじゃとっくに理解してるんだ』

 トントンと額を、指のようなもので小突かれる感じ
 痛くはない、わずらわしいといった方がしっくりきた


 『■■■■■■■■■』

 闇が何かを囁いた

 「・・・・・・・・・・・・ぁ゙?」

 頭からすっと熱いものが落ち、身体が凍りつくように冷え切った
 鳥肌が立った

 それからすぐに腹の底からグラグラと煮え立ってくる
 先程とは違う、灼熱の感覚

 『ハハハハハハ、何に対して怒ってるんだ?』

 無闇に手をかざし、つかもうとするがつかめない
 
 手が震える
 もがき、暴れるように、がむしゃらに、猛然と突っかかる

 『バカだな、お前は』


 不意に後ろを押され、前のめりになって宙を舞うように転がった
 
 『よく見てこいよ』

 それを最後に、闇の世界が暗転した

 ―――

 土の匂い、草の感触、照明のまばゆさ、風の流れが響き、口のなかが苦い
 全身で感じる、現状

 ああ、今、俺は何をしているのだろう

 いつの間にか、膝をついている


 ・・・・・・なんで?


 まだ目の前に戦うべき敵がいるのに


 ・・・どうして?


 まだ戦えるのに


 「・・・ク、・・・ロ・・・・・・」

 ・・・ ・・・

 この戦いについて見聞きしたものが、後に語る
 そうしてその有様を知ったものは、こう呟く

 「やめてくれ」

 「そんなのはポケモンバトルじゃない」

 「能力者にもいい奴がいることは知っていた、けど・・・それを聞いたら迫害も当然だと言えるよ」

 「ポケモン協会の判断は正しい、俺達はただのポケモンバトルが出来ればいい」

 「どっちも悪で、どっちも狂ってる」


 「 同 じ 人 間 じ ゃ な い 」

 ・・・ ・・・

 ゴールドが立ち上がった

 足取りは思いのほか軽く、よろけもしない
 草と土をしっかり踏んで、目で見据えて彼の元へ歩いていく

 「・・・」

 バクたろうを見下ろし、そしてジークを見た
 傍らにいるスピアーのジーク、殆どダメージらしいダメージを与えていない
 そもそもまともに戦えたという気がしない、遊ばれたと言っても過言ではないくらいだと自虐もする
 ・・・それでいてジークの底はまだ見えないでいる

 こんな状況で何が出来る
 普段のゴールドならふてくされて見せるくらい、したかもしれない

 ジークがゆっくりと、鋭く構えた
 たとえ戦えるような身体に見えなくても、立ち上がった時点で戦意があるということ
 彼のなかでは光栄にも、ゴールドは未だに敵なのだ


 戦場を知る者だからかもしれない

 心が勝れば、身は思いもよらぬ奇跡という名の現象をもたらすこともある
 確実に息の根を止めるまで、何かが起きる可能性は決してゼロではない

 「(・・・あの眼は・・・)」

 うつろだ
 しかし、何故かその奥から意志の気配を感じる

 ジークの指示で、ジークのスピアーが動く
 何も出来ないはずのゴールド達を、危険と判断した
 

 そして、それは的中する


 バクたろうの、身体から炎が噴き出した

 「・・・!」

 首回りから炎を噴き出せるバクフーン、その用途は恐らく雄孔雀の飾り羽のようなものだろう
 威嚇に使ったり、アピールに使うものだ
 また自ら使うポケモンの技に呼応させたり、そのものを攻撃にも使える

 今のバクたろうの出している炎もそれだった
 ただし、加減も歯止めも効かない暴走した炎

 それは自らを焼き、傷つけていくだろう
 トレーナーさえも巻き込むようなだいばくはつに近い、自爆技・・・!


 文字通り全身穴だらけのバクたろうから噴き出した炎が渦を巻き、そして炎の奔流となって草原をはしる
 わずかでも水分を含み、地に根を生やした草が瞬時に枯れ果てるように蒸発する

 その勢いはジークのスピアーの、槍の穂先が止まる程だった

 「これは・・・!?」

 ジークも驚きを隠せない
 瀕死どころか肉塊同然だったポケモンのどこにこれだけの力があったというのか
 理解に苦しむ、が、取るべき行動はふたつにひとつ

 炎の元を断つか、


 「退け、ジーク!」

 迷いのない指示にスピアーのジークが後退し、ジークも後ろに飛びのいた
 奇跡にもタネがある、それが理解出来るものか出来ないものかは知ってからでしか判断出来ない

 今は退いて、この炎を見極めること
 
 バクたろうの身体から噴き出す炎の奔流は留まることなく、渦巻いて規模が一気に拡がった
 
 赤でも青でもない、金色の・・・光のような炎
 あれほどの本流であるはずなのに、それを感じさせないほど静かに揺らめく
 まるで実りの秋が水田の様、それよりも美しい

 ジークは目を奪われた

 文字通り、それはジークの目を焼いた

 すぐに目をつむり、袖で顔を覆ったが眩んだようにまぶたが開かない
 揺らめくなかでの瞬間的な発光、ジークの反射神経やすばやさがいくら高かろうと光にはかなわない


 なんだ、この炎はとジークは思考する
 新たな特能技なのか、それとも他の何かなのか

 ・・・・・・いや、まさか

 ジークには思い当たるものがあった
 それは能力者だから出来ること、そして能力者のポケモンが可能にすること

 目がくらみ、見えないジークはスピアーのジークを傍に寄せる
 触れてわかる、スピアーのジークも少し眼をやられたらしい
 虫ポケモンの生態的に、特性ではなくても複眼であることが多い・・・それが功を為すこともあればアダとなることもある

 肌と髪で感じる熱気と風で炎の位置を割り出し、ジークを先導して高速で逃げるように離れていく
 円環状に拡がっているだろうそれから考えれば、眼をやられていても被害は最小限に留められるはずだ


 そうだ・・・ろうそくの炎が見せる、消える寸前の一瞬のきらめき
 この炎はまるでそれをそのまま大きく、高めたかのようだ


 ドーピングによって限界まで引き上げられたとくこうと決死の特性・猛火(もうか)の相乗効果が、この最期のともし火を生み出した

 確かにそれはだいばくはつにとてもよく似ている
 規模や威力もそれと比べて申し分ない
 だが、ある意味でこの炎はそれ以上だ
 

 「・・・・・・理解したぞ、ゴールド」

 まさか、まさかと思った
 だが、事実のようだ

 「お前が、そういうことの出来る男だったと」

 ジークは減速し、金色の炎とまぶたを閉じたまま向き合う


 バクたろうはこのまま燃え尽きる
 自身を糧にして、最期の一滴まで炎を絞り尽くすだろう

 そうすれば勝ちを拾えるかもしれない、その万一が起きうるかもしれない

 この炎は、バクたろうの命を懸けた自滅技なのだ
 トレーナーの意思が伝わったのか、それともポケモンの意思か

 どちらにせよ・・・能力者に許された、能力者のポケモンに出来うることだった


 従来のポケモンバトルには無い、命懸けの戦い

 ジークは開かない瞼を無理やり開け、金色の炎を目の当たりにした
 この中心に倒すべき敵がいる、自らの傍にはまだ戦えるポケモンがいる

 そして、言った


  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
 「良かったじゃないか」
 

 


 その言葉がどんな意味を持っていたのか、

 ただ言えるのは、それは闇が囁いたものとまるで同じものだった

 燃え盛る炎のなかで、はっきりとゴールドの耳に届いた
 

 「・・・っ、・・・う」

 ぎちっと唇を横に広げ、歯をがちっと合わせた
 目の前で何が起きているのかはっ切るわかる、そしてそれを止めない自分もはっきりとわかる

 自覚した上で、どうして俺はこんなことをしている

 バクたろうは大切な相棒だ、その相棒が命を懸けている
 馬鹿げてる、ダイゴの言う通り命あってこそ
 へらっと笑って負けを認めて、レッドのような強い仲間がジークを倒してくれるのを待てばいいのに

 どうして俺はまだ戦い続けている?

 プライドか? そんなものの為に俺は戦わせているのか、バクたろうを





 俺 は 、 こ ん な ・ ・ ・ ・ ・ ・ 人 間 だ っ た の か ?



 ニョたろう、マンたろう、ウーたろう・・・・・・

 脳裏に浮かぶ相棒達、戦いを共にしたパートナーであり家族

 歴戦の能力者相手に全力を尽くさせ、動けなくなり・・・そして置いてきた
 回復マシンの上に乗せておけば大丈夫とか、再生の能力者を見つけるよりもしてやれることがあったんじゃないのか

 俺は、あいつらを置いて来ちまったのか?


 どうかしてる、なんだこれは


 いつもの俺じゃない? それともこれも俺なのか?


 いつからだ、いつから俺はこうなった

 それとも俺はこうだったのか


 身体が硬直して動かない、のどと舌が渇いて喋れない
 思考がぐちゃぐちゃして、何が正しいのかもわからない


 気づいた瞬間、背後から囁かれた気がした


 『そんなものさ、能力者ってのは』


 あ、あ、と手から広がる震えが全身にはしる
 ぶつんと彼のなかの糸が切れて、たががはずれた





 「うぉおおおおおぉぉおおおぉおおおぉおおおおおおおっ!!!!」


 炎の海で、叫ぶ影
 

 その慟哭がどんな意味を持っていたのか、

 ・・・否

 意味はなく、アテもなかった
 
 誰に、何に絶望していいのかがわからないのだから


 「明確なものがひとつある」

 咄嗟に前へ出て、その懐に入って身体をぶつけた
 ざくっと地面に刃先が沈んだ音がした

 「倒すべき敵がそこにいる」

 まぶたを薄く開けた、白髪に金色の光が映えるジークがそこにいる
 金色の炎を恐れず、ジークと共に彼の元へとやって来た

 恐ろしいものだが、恐れるものではない
 
 彼の慟哭とジークの接近
 そして金色の炎は収束し、徐々に沈静化していく

 どちらも動かないまま
 
 草原キューブの中心はほぼすべて焼け落ち、土は黒焦げているものの嫌な臭いはさほどもしない
 残っているのは踏めば消える程の赤い炎の残滓が、小さく揺らめいて芝のようにあるだけだ


 この状況を説明するなら、最初にジークが斬りつけた時は避けても退いても平気だった
 彼は振り下ろしたサーベル刀で斬りつけても、当てる気はさらさらなかった

 それがゴールドにわかっていたわけではない、ただ下がりたくなかった
 ゴールドの意思がそこに介在していた

 ジークが剣を引き抜き、ゴールドを突き飛ばした
 まだ視力は回復していないようだが、その戦闘意欲は衰えるどころか増しているようだ

 
 「戦えるポケモンはいるか」

 ジークの傍に、スピアーのジークが構える
 
 ゴールドは今、独り―――

 

 「ああ、俺は今1人・・・・・・」


 ポケモンの為にトレーナーが強く、賢く、共にあろうとするならば


 『・・・ッ、ゥウ』

 「・・・・と1体だ」


 ポケモンもまたトレーナーの為に強く、たくましく、共にあろうとする

 それが古代から続く、ポケモンと能力者
                      いやトレーナー
                          いや人間との関係


 ゴールドの傍に、身体のあちこちに刺傷を残したバクたろうがそこにあった
 息もか細く、失血も止まらず、満身創痍というよりも動く屍といった方が近い

 だが、それでもバクたろうは吼えた
 自分はまだ戦える、そう誇示するように
 それだけで力尽きてしまいそうな、そんな身体でもバクたろうは懸命にゴールドに応えようとしている

 奇跡ではない
 異常だ

 神の軌跡より悪魔の悪戯というのが、これほど合う事態もない


 どうしてここまで傷つき、死にかけたポケモンを駆り立てる
 ただのトレーナーやポケモン好きならば絶叫し、巷で行われているポケモンバトルならば周囲からストップがかかる

 ジークとゴールドの間に、そんなものはなかった

 ポケモンを戦う道具としか見ていないのか、代わりがいくらでもいるというのか

 否、彼らの傍にいるポケモンに代わりはいない
 唯一無二、絶対の相棒と言える

 失うのが怖くないのか、悲しくはないのか

 否、彼らは悲しむし絶望するだろう
 だが、止めることなど出来ない


 この2人の戦いは、この戦争のなかで最も能力者の本質に近づいたものとなった

 だから、止めるすべはない


 その結末がいかなものになろうと、神にさえ止められない


 戦いの火蓋は再び下ろされる


 「ジーク!」

 「バクたろう!」

 トレーナー能力の差で、ジークの勝利は確定している
 同時に動けば、ゴールドに勝ち目はない
 
 だが、先程と現在でアドバンテージがまるで変化していないと言えばそうでもない

 ジークのスピアーに持たされていた道具は「ラムのみ」
 先程の金色の炎に負わされたやけどがあり、その回復に自動的に使わされた
 眼以外にもダメージも負っている、決して無駄ではなかった





 それでも現実は無情だった

 ジークのトレーナー能力は未踏の常時型で、スピアーのジークの槍は無双

 ずるりと赤く染まった槍が、無造作に引き抜かれる
 それで決着

 ゴールドのバクたろうは負け、

 『――――――』

                     再起不能となった


 望みがあるとすれば再生いや蘇生の能力者
 
 だが、それがかなう時がこの戦争のなかで訪れるとは限らない
 それも勝ち続けなければ出会えないのだから


 ゴールドの戦いはここで終わった


 ・・・・・・


 「・・・貴様は負けた」

 ジークはゴールドを見下し、サーベル刀の柄を握った
 彼は動かない、抵抗もしない、逃げようともしない


 「だが、俺の動きを止めた」

 刀の柄を握ったまま、ジークは踵を返す
 ジークをボールに戻し、ゴールドを一瞥することなく離れていく

 彼の視力は未だに戻らない、確かに一時的なものだが回復まで半日はかかるだろうと自ら推測している
 この状態で他の誰かを招き入れ、戦うことは出来ない

 草原キューブは事実上停止せざるを得ない

 ゴールドはポケモンバトルに負け、運命で勝(まさ)った

 そのことで恨み言を言うつもりはない
 ポケモンバトルでは本来の勝敗とは別に、そういったことは起こりうるものだ
 野外であればなおのこと、ポケモンのわざを受けて後遺症が残ってしまった例もある
 すべては戦いの当事者であったジークが防げなかった、それに尽きる

 戦いに良いも、悪いも、善も、悪も、酷いも、素晴らしいもない
 たらも、ればも、もしも、仮にもない
 残るのは結果だ

 勝者として称賛する気も、敗者を罵倒する気もない

 結果は出た
 それ以上を今求めないジーク、ゴールドは微動だにせず物を言わない

 「・・・・・・」

 意識はある、気絶もしていない
 だが何をしたらいいのかわからない、どうしたらいいのかわからない
 そんな顔をして、彼はその場に在った


 「・・・通信を繋げ。幹部長ドダイにだ」

 キューブの表面は炙られていたが、なかの機能は正常に稼働している
 ジークの声紋を認識し、通信が繋がった

 『はい。四大幹部ジーク様、ご用件をお申し付けください』

 「教えろ、再生の能力者は何をしている」

 『レッドを含むチーム戦に敗れ、その場にて待機しています』

 「ドダイ、お前は誰に負けた」

 『ゴールドです』

 「ゴールドの手持ちポケモンはどうしている」

 『ここにおります』

 ドダイの言葉に、ジークが肉食獣の笑みを浮かべた
 そしてゴールドの方を向き、ぎらりとにらみ付ける

 「ああ、そうか」

 『・・・ジーク様?』

 「ドダイ、ゴールドが戦ったキューブからそいつのボールとポケモンを回収しろ。
 それから再生のルネをここに呼びつけろ」

 『わかりました。失礼します』

 簡潔にそう述べ、ドダイは行動に移すべく通信を向こうから切った
 
 ゴールドの耳に届いてはいないだろう、ジークは己の掌を見つめ器用に指を鳴らした


 結果の前に、仮定は存在しない
 
 もし再生と破壊の能力者が敗北し、手空きになっていたら呼び出してもいい
 そう考えていた

 ジークは戦争の結果だけが、シナリオ通りであればいい
 個々の勝敗に興味はない、目の前の敵を殲滅すればいい

 故に、そういう報せを一切受け取っていない


 気まぐれだ

 ゴールドのバクたろうはそれでしか助からないことは明白だ
 だが、気まぐれは結果となった

 称賛はしない、賞賛でもない

 ジークは、ゴールドがポケモンをどこかに置いてきたということは知っている
 だが、そのポケモンたちの状態がバクたろう同様に再生の手がいることは知らない
 ただ以前の報告とボールの数が合っていなかったから、ドダイに尋ねたまでだ
 バクたろう以外を再生の手で治すという考えは一切頭にない、思慮の外

 ドダイが負けたのは察した、それだけだ
 彼は見事に平常だったが、戦闘直後かつ視力を失ったジークは過敏にも察知した
 あとでまとめて報告されるだろうことを興味本位に今、その結果を聞いた
 
 
 このことは、ルネとボールの到着で知れることだろう

 その時、改めてジークはゴールドをにらみつけて笑うのだ


 ああ、お前は確かに運命で俺に勝ったのだと


 ・・・

 それからを話そう、これはまだ今の話ではない
 仮定だが、確定されたことだ

 彼の手持ちポケモンがルネの手で完全に蘇生し、そして呆けているおやトレーナーであるゴールドを見つける
 喜びと驚かす気持ちで彼にポケモン達がぶつかったところで・・・ようやく我に返るのだ
 置いてきた仲間達を見て、彼は涙を浮かべ、抱きしめる
 謝罪の言葉をつぶやくかもしれない、ルネに驚くかもしれない、ジークに礼を言うかもしれない


 感動的だ
 これまでの事情を知るものなら、そう思うことだろう

 だが、そこにいるのはジークだった

 「まだ戦争は終わっていない」と、そう彼に告げる
 そして、こう続けるのだ


 「だからこそ、お前は、お前を――――――」





 To be continued・・・
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