〜最終決戦・二十九〜


 「・・・?」


 ・・・・・・


 グリーンのハッサムが、玄武のルージュラを切った
 ようやく届いた一撃に、ブルーが小さくガッツポーズを取った

 「あ、レッドさんにクリスさん!」

 イエローが2人に気づき、手を振った
 服の端が破れていたりするので、何らかのダメージを受けているのがわかる
 レッドがゴンを出しながら駆け寄りだし、クリスも後に続く

 ゴンが玄武めがけて突進し、のしかかりにかかる
 その巨体でレッドとクリスが走るコースを隠し、玄武でも狙いにくくしているのは流石だ

 「エレブー、かみなりパンチ」

 ブーバーの補助は入らない、それでもエレブー単体でゴンをはじき返した
 なんて腕力だとレッドも驚くが、それでもめげずにゴンは何度でもぶつかりに行く

 「大丈夫かっ?」

 「クリス、無事だったのね! レッド、遅いわよ!」

 ブルーに叱責され、レッドは困ったような表情を見せる
 そして、ブルーがシルバーについて聞くとクリスは無事ですけど今はいませんと返した
 クリスの言葉にちょっと不安そうな表情を見せるが、ブルーは頷いた

 「ゴールドは?」

 「上だ」

 クリスがゴールドの安否を聞くと、玄武から目を離さないグリーンが言った
 上を見上げると、そこにあるのは電撃による余波で帯電している風景
 よく見るとポケモンと人間がいるのがわかる、もしかしてあれだろうか・・・

 「って、あれやばくないか!?」

 「しかもあれファイヤーじゃないですか!?」

 レッドとクリスはまたびっくりだが、ずっと見ている3人だって驚いている
 未だに信じられない

 電撃から逃れ、ゴールドとファイヤーが出てきた
 流石にグロッキーな様子で、ふらふらしているが飛んでいる
 レッドとクリスが来たことにも気づき、弱々しくも手を振ってみせた

 「エレブー、かみなりパンチ。ブーバー、かえんほうしゃ」

 3度目の挑戦であるゴンに対し、玄武が合成技の指示をする
 クリスとレッドは初めて見る、これだけではただの同時攻撃の指示だ

 ブーバーのかえんほうしゃを、エレブーは右腕に受ける
 するとエレブーの腕の太さが3倍ほどにもなり、腕輪型の炎が3つもついた

 それを大ぶりに右腕を振り、ゴンの弾力ある肌を殴った
 ボゴンと身体が思い切り変形し、あの巨体がゴムボールのように弾んだ
 慌ててレッドがボールに戻し、何度も地面に打ち付けられるのを防ぐ

 「あんなに強化されるのか・・・っ!」

 確かに普通じゃない
 原理的には熱や電気的刺激で筋力を増強させているのかもしれない
 が、ただ技を合わせるだけで腕輪型の炎は出来たりはしない
 ああいう付加は個別の特能技、いやトレーナー能力で得られるものだ

 「気をつけろ、レッド。あいつはこれまで以上に特別で異常だ」

 そう言うグリーンに、レッドは頷き返す

 「ああ、聞いてる。玄武は錬金術師、造形師って言われる合成技使いだってね」

 「!?」

 タツミからそういう風な異名を聞いた、と地上の皆に話した

 「錬金術師、造形師・・・ね」

 技の突拍子もない合成は錬金術師かもしれないが、これまで色々見てきたグリーン達は造形師というものに納得がいく
 玄武はその両方を持っている、それ以上といっても過言ではない

 「とにかくレッド、クリス、積極的に戦ってくれ」

 グリーンは振り向かない、そういえばまだレッドとクリスの方を一度も見ていない
 
 「・・・玄武の攻撃で、未だに身体がまともに動かん」

 口は動くが、身体の動きは関節中が針金でギチギチに縛られているようだ
 ブルーとイエローはポケモンに守ってもらったので、そこそこ動ける
 あの針のせいだろうというグリーンに、クリスは鍼灸のようなものですかねと口にした
 ツボや経絡を狙って、針や灸で身体を健康に導くものだが・・・・・・ありえそうだ

 それにポケモンへの攻撃はトレーナーにとって強すぎる、のちのち後遺症が残る事例もある
 玄武を早く倒して、出来るなら解除してもらわなければならない


 「・・・っ」

 グリーンが影になって見えていなかったが、玄武のルージュラはハッサムの攻撃を受けて一時退いていたらしい
 ハッサムは彼のトレーナー能力・理力の影響により、指示を受けなくとも追撃を仕掛けていた

 だが、特能技で真っ二つにしたはずの炎の防壁が動いて防がれていた
 本来なら切ったもののくっつくなどの再生を防げるのだが、サイコキネシスそのもので動かしているのだ
 自分の身を守ろうと必死なルージュラが操っているので、いくら知を得たハッサムであってもその先読みが出来ず攻めきれないでいる

 ここで決めなければ・・・!
 グリーンはのどがひきつるのをこらえて叫んだ

 「ハッサム! 踏み込め!」

 肩にダメージを与えたからか、動く炎の壁は単調に見える
 炎の壁の維持と操作を同時にこなすのは繊細で難しいのだろう
 確かに触れれば大ダメージを受ける攻守の壁、しかし勝機をつかむにはここだ

 ハッサムはグリーンの声で踏み込み、大胆に突っ込んだ

 破れかぶれの特攻、これもよくあることだ
 玄武は狙いすましていた

 「ルージュラ、シャドーボール」

 その放った技と炎の壁が合成され、ポケモンのゴーストのような形へと変わった
 恐ろしく、驚嘆するばかりだ

 「ハッ、サ」

 あと一言、頑張れと叫びたかった
 のどがひきつり、途切れた
 
 炎がハッサムを包み、咀嚼するように焼いていく
 
 グリーンは目をつむった
 観念したわけではない


 ポケモンの見ているものを、自分のものにしたかった

 『まだいける』
 そんなハッサムの戦う意志がグリーンの心に伝わる

 「(・・・・・・)」


 炎に呑まれながら、ハッサムはしっかりとルージュラを見据えていた
 はっきり、そう見えた

 「ハアァアッサム!!!」

 心と眼が通じ合ったグリーンの叫びに、ハッサムは応える

 赤いボディを焼き尽くす炎、ダメージによってHPはゼロに近い
 それでも最後の気力を振り絞り、まとわりつく炎の壁を引き連れたまま、また一歩踏み込んだ
 生きているような炎が引き剥がせない、ガムのように・亡霊のようにハッサムのことを離さない
 それでもグリーンに応えようと、ハッサムは前のめりになっても進む


 「ディス!」

 赤い炎と赤いボディが相まって、炎から飛び出そうとするハッサムが赤い鎧をまとっているように見えた


 「カイ!!」

 玄武のルージュラが炎を操り、再びハッサムの前に集め、更なる壁を自分との間に作った
 粘り気のある炎なんて信じられない、殆どのポケモンの特殊攻撃はエネルギーだからグリーンの特能技で切れる
 だが形があるものに対しては通常攻撃でしかなく、更に粘り気がハサミを捕えてしまうので突破は不可能


 「クロウッ!!!

 玄武は見た
 そしてつぶやいた

 「―――素晴らしい」

 彼の目の前に、大きなくちばしのようなものが見えた
 そこから感じるのはグリーンとハッサムの気迫、いやもっと根源的なものだ

 バギンとその面のようなものが閉じて、空間をはしる線となって消えた


 ルージュラが回りながら倒れ、炎は形を成せずに崩れていく
 ついに玄武の一角を倒した、のだろうか


 「戻れ、ルージュラ」

 玄武はボールに戻し、それが収まっている掌を見つめる
 そして、グリーン・・・・・・侵入者6人を見た


 「よくここまで、来たね」

 加えてお互い1人ずつ欠いていることを、玄武は残念そうに言った

 「シルバー君はシルバー君で、大事な戦いをしているのだろう。
 ここは、そういう場所だ」

 それもまたシナリオ通り、そう言っているようだった
 数の利は侵入者側にある、すべてのポケモンを出して戦えばいくら玄武でも苦しい戦いになるはずだ

 ただ、レッドの頭から離れない
 玄武は・・・・・・四大幹部3人相手に勝てるという話を


 「エレブー、ブーバー」

 そう名を呼ばれ、2体が前に出る
 身体を震わせ、自らの炎と雷のエネルギーを混ぜ合わせていまとっていく


 それは信じられないものを、6人は見た


 「・・・あれは、進化なの?」

 エレブーとブーバーがそれぞれのエネルギーをまとい、何かの形を表現している
 不安定ながら、その姿は進化を思わせた

 「ポワルンのような形態変化の一種かもしれんが・・・」

 とにかく初めて見る形だ
 そして何より、ポケモン図鑑が目の前にいる2体を・・・・・・既存のブーバーとエレブーと認識しないのだ

 「名は無い」

 玄武は言った

 「あえてつけるなら、ブーバーンとエレキブルかな」

 まだ迷っている、そんな素振りだった
 あまりいい名前とは思えない、もしかしたら自分の合成技に名前をつけないのはそのセンスがないのを自覚しているのか

 「では、はじめよう」

 玄武が掌を突き出した
 炎と雷のエネルギーそのものが躍動して、侵入者達との間合いを一気に詰めてきた


 「行くぞ、ブイ!」

 「カイリキー!」

 「ピッくん!」

 「ピーすけ!」

 「ウインぴょん!」

 見たこともない2体がレッド達に向かうのを見て、ゴールドもファイヤーで滑空して挑もうとする
 と、そこでいきなりストップをかけた

 「(・・・5人いりゃなんとかなるか。その前に)」

 今、さっと動ける機動力があるのはゴールドだろう
 この内に早急に確認しなければならないことがあった

 「大丈夫かね。ダイゴさん・・・」

 ・・・

 ニドキングとリングマががっつりと被り合い、力比べをしている

 「・・・ぐ」

 シルバーはたじろぎ、改めてその相手の強さに表情を歪めた

 まるで大地
 底まで割れぬほど岩盤は硬く、揺らげば圧倒的な地殻エネルギーを放出する
 なんという存在感と威圧感

 腕に、組織の人間が付けるような腕輪がないことには気づいている
 階級無しのただのトレーナー・・・・・・ではあり得ない強さだ
 ならば組織とは関係ない人間で、自分のようなイレギュラーな侵入者なのか

 誰だ、この男は


 「ニドキングの爪に触れない方がいい」

 がっつりと相手と組んでいたリングマの顔色が悪くなった
 じわりじわりと猛毒が襲っていたのだ、

 フ、とシルバーは笑った
 
 「そちらこそ、リングマに状態異常とは恐れ入る」

 顔色は悪いが、リングマの腕が太くなった
 明らかにニドキングが押されだし、拮抗していた両者の態勢が崩れ始めた

 「こんじょうか」

 すぐに理解した
 リングマの特性、どくややけどなどの状態異常になると攻撃が上がる
 ただし、殆どの状態異常はダメージをともなう
 長期戦はかなり難しい

 「ニドキング、じしんだ」

 完全に押し負けているニドキングが、膝立ちの体勢のまま地団駄を踏んだ
 更にニドキングは同時にその反動でリングマを押し込めるように上体をねじ込み、揺れる地面へと押し潰すように抑え込んだ
 じしんで地面は揺れ、足を取られ、ダメージまで受けてしまった

 「詰めが甘いな」

 苦い思いをさせられている
 リングマを戻し、シルバーは次にキングドラを出した

 「どうして、ここで俺を阻む」

 目の前にいる敵に問うた
 しかし彼は不敵に笑うだけで、逆にシルバーに聞いた

 「敵が、教えると思うか」

 そして指先をちょいちょいと動かし、シルバーを挑発した
 戦って勝ち、そうして聞けと言っているようだ

 「わかっている! 俺はここでお前に勝ち、この先で皆で会う!
 大切な人達と、そう約束している・・・!!」

 拳を握りしめ、キューブの主に言い放つ

 「絆が、想いが、俺をここまでしてくれた。
 それを違えるわけにはいかない!」

 拳を胸に打ち当て、あのシルバーが昂っている
 
 キューブの主は小さくつぶやく
 「俺も同じだ」と、だがシルバーには聞こえない

 「・・・なら、のんびりしている場合ではないな。
 その大切な人と会う前に、やられてしまうかもしれんぞ」

 「そう簡単に姉さんや先輩達、ゴールドやクリスが負けるものか!」

 弱点タイプであるキングドラに対し、キューブの主が次に出したのはダグトリオだ
 シルバーはその選択に驚くが、相手は顔色ひとつ変えない
 威風堂々、今でも最強のジムリーダーと自負する風格と揺らがぬ自信があった

 乗り越えなければならない敵に、シルバーは力強く立ち向かっていった


 シルバーは、その男がR団の首領であるサカキ・・・・・・実の父親であることを知らない

 ・・・

 ゴールドがレッド達の後ろの崖へ滑空していくと、そこもこれまでの技の余波で損傷が拡がっていた
 ところどころ崩れていたり、すぐに見つけられるかと思ったのだがそうではなかった

 「やべ・・・」

 一緒にやられたし、近くにいるだろうヨルノズクも見当たらない
 何度も辺りを見回す、しかしわからない
 ここ、という場所を見つけたが影も形もない

 ふ、とファイヤーが上を見た
 バサと翼をはためかせ、崖の上へ向かう
 何かに気づいたのだろうか、姿勢的に上の方はよく見えないからファイヤーに任せる

 崖の上、充分高く上がるとゴールドも見えた

 「!」

 ヨルノズク、そして横たわったダイゴだ
 ファイヤーに指示して、そこへ飛ばせる

 「おーッス、シショー! 流石つーかなんつーか!」

 ゴールドは歓喜の声を上げ、ヨルノズクを褒めた
 あの場所は危ない、と判断したのでここまで連れて来たのだろう
 ダイゴが撃ち抜かれた時、ヨルノズクも相当激しく崖に打ち付けられたと思ったのだが頑張った

 「ダイゴさん、ダイジョブッスかっ?」

 もう見るからに顔色が悪い
 ダイゴが左手で覆い隠す辺り、確かここに当たったはずだ
 その手をどけてみるのが怖い、あまりグロいものは見たくない

 「・・・ゴ、ルドくんか」

 ダイゴが薄く目を開け、首だけ誰かの気配がする横に向けてきた
 それでゴールドに気づき、身体を起こそうとするので慌てて止めた

 「いいッス! そのままで」

 「そ、かい」

 ハハハと微笑む彼の表情は、こんな時でも色男だなと思ってしまう
 とりあえず現在の状況をかいつまんで説明すると、ダイゴは静かに聞いていた

 「すま、ない。こんな時に・・・っ戦え、な・・・く、て」

 「全然オッケーッスから! シルバーだってその内すぐ来るし! 先輩達の方が圧倒的に数が多いんッスよ?」

 慰めになっているかわからないが、とにかく励ました
 ダイゴは目を閉じ、無言だ
 胸の辺りが上下しているので、呼吸は出来ているようなので安心する

 「シショー、後は任せるッス」

 ダイゴの安否も確認出来た、次はレッド達への応援だ
 ゴーグルをつけ、腕をぐるぐる回す
 身体に痛みを感じる、あの電気の竜は今思い出しても驚くばかりだ
 とんでも集団のリーダーだけはある、だが弱音は吐いていられない

 「ファイヤー、あさのひざしだ」

 念の為、回復させておく
 そして、崖下をのぞいて見た

 「・・・!?」

 声に出なかったか、思わずダイゴの方を振り返って見てしまった
 悟られていないか、声を呑みこんでファイヤーに自分の肩をつかませた
 この姿勢はレッドとプテのものだ、鳥ポケモンというのはこうしてくるものなのだろうか

 「今行くッスよ!」

 ダンと思い切り地面を蹴り、玄武めがけて滑空する

 ・・・

 ゴールドが見たものは、先程出したポケモンが倒されてしまったレッド達の姿
 

 「雷神風神というよね。どちらも速そうなイメージがあるし、炎神は車に積まれているくらいだ。速さと力は実証済みだろう」

 オヤジギャグだが、レッド達には笑えない
 たとえであっても自らのポケモンに神を冠させる、それだけのパワーもスピードもあった

 玄武はわかりやすく、解説する

 「彼らは進化ともフォルムチェンジとも違う。
 自ら発したエネルギーを圧縮したもの9割超、互いの雷と炎エネルギーを混ぜ合わせるものをまとっているだけだ。
 鈍重な身体に見えるだろうけれど、種族値は変化していない」

 圧縮エネルギーで攻撃力を上げ、更に地面に接する部分のエネルギーを噴出させることで加速まで得た
 防御面でも高い効果がある、生身で触れればまひもやけども必至だ

 その言葉通り、レッド達はまず見た目で少し遅くなったかもと思った
 それでも警戒は最大限、気の緩みもなかった

 「ピーすけ、ねむりごな」

 イエローのその技は彼らの間合いに入ると、燃やされて消えた
 
 「ブイ、サイコキネシス!」

 ブーバーンが大砲のようになっている腕から、1m超の火炎球を撃った
 燃える剛速球はサイコキネシスをごとブイの足元を吹っ飛ばし、余波で傍にいたカイリキーにもダメージを受けた

 「はかいこ」

 ブルーの指示の前にエレキブルが背後に回り、ピクシーを一撃で沈めた
 反撃しようにも高圧電力でその身体は動かず、HPが尽きるまで離してはくれない
 助けようとカイリキーが地面をけたぐり、岩を飛ばすと、放電がバリアーのようになって防がれる

 「ウィンぴょん! かえんほうしゃ!」

 集中攻撃、エレキブルめがけて放たれたかえんほうしゃ
 俊敏な動きでブーバーンが割って入り、それを吸収してしまった

 「カイリキー、戻れ」

 グリーンが指を無理やり動かし、ポケモンの交代を行う
 出すのは地面タイプを持つサイドン、あの2体の共通する弱点だ
 しかし、エレキブルとやらはめざパ水の可能性がある
 レッドと目配せし、まだ戦えるブイをサポートに回してもらう

 「サイドン、じしんだ」

 地面を揺らし、このキューブを揺るがす
 キューブは海底にあるというが、大丈夫なのか少し不安になる

 地響き、流石育成のグリーンが育てたポケモンだ
 味方でさえ立つのが厳しいくらいだ、というか関節がまともに動かせないグリーンが棒立ちのまま倒れかけている
 傍にいたブルーが支え、全体攻撃であるじしんの効果を見守る


 ブーバーンとエレキブルが、足元に自身のエネルギーを一気に噴出させる
 そうして揺らした地面から噴き出す地殻エネルギーを相殺し、ダメージを相殺させた

 「めざめるパワー」

 エレキブルの掌から放つエネルギー弾がサイドンめがけて放たれる
 挙動が速い、ブイが間に入ったところで時間切れだ
 技を出して迎撃する前にブイは直撃して、硬い身体を持つサイドンに勢いよくぶつかった

 「戻れ。ブイ!」

 レッドがボールに戻したところで、クリスの声を聞いた彼はそっちの方を見た

 「ああっ」

 ウインぴょんとブーバーンのかえんほうしゃ同士の対決
 勢いも量も向こうの方が上、ウインぴょんの技は呑みこまれ、巨大な炎の津波となって返ってきた
 クリスはウインぴょんを戻し、ネイティのネイぴょんを出して短い距離のテレポートで回避する
 巨大な炎がキューブの地面にぶちまけられ、周囲に火の粉が飛び散った
 それに伴って突風が吹き荒れ、レッド達は体勢を崩してしまった

 この光景を、ゴールドは見たのだ

 滑空し、声が届く範囲まで下りて皆に声をかけた
 それですぐに身体を起こし、大丈夫と声を返す

 「やべーって、やべーよ」

 ゴールドはその言葉しか出てこなかった
 ジークのようなわかりやすい怖さを感じるわけではない
 しかし彼にはそれ以上の凄味がある

 ほぼ全員が思った


   ―――個別の戦力では勝てない
     全員の力を合わせなければ・・・―――


 「もう一度合体攻撃だ」

 あの超圧縮エネルギーの衣をはがさない限り、こちらからの攻撃は殆ど届かない
 それに向こうもあれを作る為に消耗しているはずだ、二度は作れないものとみる

 エレキブルが周囲全体に放電するが、グリーンのサイドンのつのがそれをすべて吸収した
 特性のひらいしん、どれだけ強力な電撃であっても地面タイプを持つサイドンがいる限り大丈夫だ
 逆に言えば、打開策が思いつくまでサイドンを守りきらなければならない

 「頼む、ルガー!」

 レッドは新たにヘルガーを出し、サイドンの護衛に回す

 ブーバーンが大火球を3つも4つも同時に放つ
 ルガーは特性・もらいびではないが、持ち前の耐性で身体を張って止めたり、火球を噛み砕く
 ピッくんはサイコキネシスでその速度を落とさせることで、トレーナーの皆が避けていく
 特にグリーンの身体がまだまともに動かないので、クリスのネイぴょんが重そうに運んでいる

 合体攻撃と聞き、レッドはあぁと何か思い出しつつ指を立てた
 破壊と再生の戦いの時、似たようなことをしたのだ
 そう言うと、先程も玄武に対してしたのだが出力不足で負けたと告げる

 「これだけの人数がいればなんとかなりますよ」

 イエローがピーすけで飛びながら、小さくガッツポーズを取った
 先程は本当に怖い目に遭っただろうに彼女は前向きだ、それにブルー達は押される

 「有効タイプは地面のみ、か」

 やはり同時に倒したい
 タイプ相性も有効のはずだ

 「やっぱりサイドンのじしんをパワーアップさせるの?」

 「そうしたいが・・・」

 グリーンは考える

 これまで合体攻撃が成功してきたのはオーキド博士から貰った3体の攻撃、イエローの100まんボルトくらいだろうか
 前者の草・炎・水タイプに着目し、ゴールドのキマたろうを交えてエネルギーを抽出、イエローのラッちゃんで成功させた
 組織のなかでは玄武は別格、ともしびやまで出会った能力者が天氷震撃という同時攻撃などは見てきたが・・・

 技そのものを複合させるか、エネルギーを渡すことで技の威力を上げるか


 サイドンを狙っていたブーバーンの攻撃がやんだ
 嫌な予感がする

 レッドが笑った

 「皆の攻撃を合わせてみればいいじゃん。何とかなるって」

 気楽に言ってくれるものだ
 タイミング、技同士の相性が悪ければプラスどころかマイナスになる可能性の方が高い
 だが、レッドの言葉はやれる気にさせる

 「何とかしてみたまえ」

 玄武にも聞こえていたのか、そう言った

 「技など記号だ。どんな威力とタイプで何回まで使えるか、人間側にわかりやすくしたもの。
 それらを長い時間をかけて、ポケモン側に押しつけているだけに過ぎない。
 ポケモンとはもっと、めざめるパワーのように。タイプや種族を越えて、己が身体を越えていけるものなのだ」

 ポケモンと人間の関係、そこに触れてくる人間は組織のなかで多い
 玄武の言葉でそれを思い出す


 ―――人間はポケモン達に何をしてきたんだろう

 だったら何度でも、ポケモンと人間が紡ぎだす絆の力を見せてやろう


 「よーし、行くぞニョロ!」

 「サイドン」

 「ニドちゃん」

 「チュチュ」

 「メガぴょん」

 「ファイヤー」

 ニョロボン、サイドン、ニドリーナ、ピカチュウ、メガニウム、ファイヤー

 新たにボールから出したり、改めて呼びかけたりした
 この6体がそれぞれが最強技をぶつけ、ひとつに束ねる


 「エレブー、ブーバー」

 玄武の指示で2体の炎、雷の圧縮エネルギーの殆どが身体から剥がれていく
 そして2体の変化を残した掌に集中し、膨れ上がる
 どこまで大きくなるのか、途方もない・・・・・・まるで太陽と月だ

 「おいおい・・・俺達をマジで殺す気か?」

 ゆっくりと太陽と月が動き出す
 レッド達の周囲を、星のように廻りだす
 放電と温度差による突風をまき散らしながらじわりじわりとその距離を詰めてくる、逃げ場がない

 片方だけでもレッド達を跡形もなく消し飛ばせるだけの威力はありそうだ
 両方を打ち消せなければ意味がない

 廻りだす太陽と月に囲まれ、後ろ足で下がる
 自然と皆は背中を寄せ合い、円陣のような形となる

 「てか、あのお月さま・・・サイドンの方に寄ってこないですよ?」

 突風で麦わら帽子が飛ばされそうになって、押さえているイエローが首を傾げる
 ひらいしんで引き寄せられるはずなのに、公転のようなことから離れてこない
 
 「距離が離れているとひらいしんでも無理なことはあります。けど・・・」

 もしかしたらあの太陽が関係しているのかもしれないし、純粋な雷エネルギーじゃないのもあるかもしれない
 わずかに炎、雷エネルギーを混ぜ込んでいるとか言っていたからだ

 「どうする。どれを攻撃する」

 動けないグリーンが、レッドに聞いた
 ざっと見て、狙えるのは5つ

 太陽か月か、エレブーかブーバーか、玄武本人か

 レッドはう〜ん、とこの期に及んでまだ悩んでいる
 状況がやばくなってきたので、ゴールドも皆の頭の少し上のところを飛んで様子を窺っている
 徐々に2つの天体は速くなり、突風も放電も激しくなってきた
 もうまともに目も開けていられない、息も詰まって全身が沸騰しそうだ
 
 「レッド!」

 「レッドさん!?」

 何を決めかねているのか
 これ以上は、もう待てない
 破れかぶれでもいい、とにかく状況を突破しなければならない





 「大地の声を聞け」


 ゴオオオオオオオオッチバチバッチバチチチ、そんな嵐の中心に立っているような轟音で鼓膜が破裂しそうだ
 そんななかでも、その声ははっきり聞こえた

 天体2つがはしる隙間から、見覚えのある影があった
 このキューブでは聞いたことのない、更に激しい音が加わる
 

 これは・・・・・・砂嵐だ

 すなあらしを引き起こすバンギラスを傍らに、最後の侵入者がようやくこのキューブに着いた

 「遅れてすまない。・・・そこにいるのが、玄武だな」


 「っ、シルバー!」

 再会を喜び、ブルーが声をあげた
 この最終決戦では顔を合わせていない人達も喜び、その無事にほっとしている

 だが、状況はまるでほっと出来ないし安心も出来ない


 「大地の声を聞け、か」

 グリーンが何かを思い出すように、つぶやいていた
 そして、シルバーと視線を合わせた

 「出来るのか・・・?」

 「ああ」

 この会話でさえ、もはや殆ど届かない
 しかも周りにはわからない、それでもレッドは頷いた

 「それでいこう」

 「それって何!?」

 グリーンとシルバーの会話、レッドは何に納得したのかブルーは聞いた
 レッドは笑うばかりで、何も考えていなさそうだ
 この状況を見て言ってほしい、多少のいいアイディアなんてものではどうにもならない
 イエローとクリスは何も言えず、ゴールドは何故かのりのりだ

 「よし、つらいけどブイもう一度頼む」

 ニョロを既に出しているのに、ブイを出す
 ただでさえ太陽と月との距離もないのに、組まざるを得なくなった円陣の隙間が更に狭くなる
 イエローがレッドにどうしたんですかと聞くと、彼は答えた

 「思い出したんだ」


 玄武がその様子を、じっと見ていた

 「全員揃ったのか」

 まだすべて終わってない
 だが、じきに終わりが来る


 熱く、くらみそうなほどの光のなかでレッド達のポケモンが力を溜める
 限界まで引きつけて、最高の威力を引き出す


 太陽と月が、レッド達との間合い限界まできた
 間合いというのはポケモンが放つ技の威力が、最大限発揮される距離のこと
 右腕で殴りかかったとしたら、肘を伸ばしきって力を乗せきった瞬間に相手に当たる距離
 だが、合体攻撃だとエネルギー同士をぶつけ合う場所も考えなければならないから更にシビアだ
 ポケモンのレベルや技の性質によって、その速度が違ってくるからタイミングを合わせなければならない

 間合いだけではない
 レッド達とそのポケモン達の心もそう、離れ過ぎていても近過ぎても駄目だ


 そうこうしている内に、レッド達は最適の間合いを逃した
 エネルギーや技の合成に長けた玄武の目は誤魔化せない
 レッド達はそれ以上でもそれ以下でも失敗する、ギリギリのラインを見極め損ねたのだ

 今から慌てて放とうとすればエネルギーはぐちゃぐちゃになり、相殺しあい、大した威力が出ないどころか自滅する可能性が高い


 「バンギラス、じしん!」

 遅すぎる最初の一撃

 シルバーの指示でバンギラスは思い切り足を上げ、地面を蹂躙するが如く踏みつける
 派手な動作の割に、その足元の地面はひび割れひとつとしてなかった


 不発、ではない

 玄武の足元がかすかに震えている
 そして、突然バネのような縦揺れがキューブ全体にはしった
 縦揺れどころではない、横にも大きく動きだした

 あまりにも急に身体を揺さぶられ、玄武は咳き込みそうになるのを堪える

 「ッフ、これは・・・!」
 
 ・・・

 シルバーは膝をつき、それ以上体勢が崩れないように堪えている

 「(どうして、ここまで差が出る・・・っ!)」

 彼が出したのは切り札ともいうべきバンギラス、対するキューブの主はニドクイン
 攻撃力で勝っているはずのバンギラスが、ニドクインに押されている
 向こうはタイプ一致であることもあるだろうが、その差から更に完全に引き離しているのは

 じしん、だ

 同時に、あるいはタイミングをずらして放ったとしても・・・バンギラスのじしんはニドクインのじしんに打ち負けるか呑み込まれた
 同じじしんで、どうしてこれ程までの差が出るのかがわからない
 レベルか、それとも能力差なのか

 「大地の声を聞け」

 「・・・何を言っている」

 キューブの主はシルバーのことをにらみ、そして踵を返した
 それは明らかに勝負あった、そう決めつけているようにシルバーには見えた

 「待て!」

 シルバーが制止するように言うが、相手は振り向きもしない
 背を向けたまま、言った

 「もういい。このキューブを放棄する」

 「なっ・・・!」

 「とっとと消えるがいい」

 勝手な、まだ決着はついていないと息まいているシルバーだが男は取り合わない
 こんな半端な形で終わらせたくない、そうも叫んだ

 「・・・半端か」

 それはこの男が最も嫌うものだ
 善でも、悪でも中途半端なものほど見苦しいものは無い

 だが、男からすればこれは半端ではない
 彼がこの最終決戦の地に赴いた目的は達成された

 「ニドクイン、じしんだ」

 その一撃で、地面だけでなくキューブまで揺れた
 シルバーの体勢は完全に崩れ、地面に四つ這いになったが視線は目の前の敵から決して外さない
 大きくひび割れた地面から溶岩が噴き出し、キューブに警報音が鳴り響く

 「待て、待て・・・!」

 「強くなれ、シルバー」
 
 男が振り向き、這いつくばる侵入者を見下した

 「そして、再び俺の元まで来い」

 2人の間に溶岩の火柱が上がり、熱い蒸気にシルバーが顔を覆った
 次に目を開けた時、もうそこにその男の姿は無かった


 「くそっ・・・」

 とにかく、ここから脱出せねばならない
 シルバーは立ち上がり、ワープ装置のある方へ駆けだした

 それにしても、凄まじい威力のじしんだ
 こんな大きな建造物であるキューブ全体を揺らすなんて、桁が違う

 「(・・・全体?)」

 シルバーは急に立ち止まり、振り返って、キューブの主が立っていた場所を見つめる
 彼の立ち位置を、一歩も動かせなかったことにも気づいて歯噛みする

 このバトルのなかで、あの男がしてきたことを思い返す
 そして、最後の言葉が脳裏に浮かぶ

 「大地の声を聞け」

 唐突に、その言葉を理解する
 恐らくそういうことだろう、だが・・・にわかには信じがたい

 「(何故だ)」

 どうして、自分にこんな理解出来たのか
 閃いたというより、思い出したような感覚にシルバーは戸惑った

 ゴォッと溢れた溶岩がこぼれ、その熱風が彼の正気を取り戻させた
 警報音が更に大きなものとなり、シルバーは再び走りだした

 今は、とにかく先に進め
 この胸に抱いた感情も混乱も、後で考え・整理すればいい

 ・・・

 シルバーのバンギラスが、このキューブ全体を揺さぶった
 地面という一面だけではなく、側面も天井さえも大きく震えている
 単純に考えれば6倍もの破壊力がある、ということになるだろう


 物体には固有振動数というものがある
 それに一致すると、わずかな揺れでも激しい振動を起こす
 いわゆる共振とも呼ばれるものだ


 大地ではなくキューブ全体を震わせ、八方から生まれさせた巨大なエネルギー
 それをもって太陽と月を抑え、更にレッド達の合体攻撃へと送り込む

 「(・・・それが、あの男の強さのひとつ・・・)」

 
 同じに見える大地でもそれぞれ違うものなのだ
 多くの実戦から得た経験と文献から得た知識から、対象の固有振動数へ合わせることでじしんの威力を高める
 トレーナー能力ではない、それは人間が持てる技術だ

 「それが大地の声を聞くということ」

 この六面を壁で囲ったキューブという空間だからこそ出来る荒技
 キューブの固有振動数を、ここのそれをシルバーは一発で見抜いた
 そして、成功させた

 何故だろう
 それを一発で探り当てられたのも、成功させられたのもこれまでの修行・・・・・・いやあの男のおかげな気がする
 それが不快ではないことも、自分のなかでは不思議だった


 「決めろ・・・!」

 シルバーの声に、皆の気持ちが大きく一歩出た
 クリスも決めかねていた技を決める、これだけの光と熱があれば可能なはずだ


 「ニドちゃん、ヘドロばくだん!」

 「サイドン、いわなだれ!」

 「ニョロ、たきのぼり!」

 「メガぴょん、ソーラービーム!」

 「ファイヤー、ヴァリオスロウ!」

 「チュチュ、10まんボルト!」


 超巨大なエネルギーである太陽と月は炸裂寸前、乱気流に似たものが吹き荒れる
 レッド達は今・上下左右も何もわからない、目も口も肌も耳もその感覚が失われるぐらいに苦しい
 密度の濃いエネルギーが生み出す力場のなか、例えるなら灼熱のマグマに沈んで溺れるようなものだ
 

 ・・・それでも・・・!

 これで最後、レッドが指示した


 「ブイ、大恩の報いだ!」

 エスパータイプとなる特能技

 円陣を組んだ皆の技が、7色のエネルギーがひとつの光となる
 そして、その合体エネルギーの中心であり全体を包む大地の力


 技の間合いは関係ない、大事なのはその位置


 炎・岩・草・電・毒・水・念・地





 To be continued・・・
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