〜能力者への道75・壊滅〜




 レッドはゲームセンターの主人と言葉を交わす


 電話越しだったけれども、嘘と鬱は伝わった


 短すぎた


 もう、戻れない


 後悔は、遅すぎた


 ポケモンセンターの暖かい布団の中で、甘え・・・眠りに就いた


 一方、その夜の『ポケモン協会本部』


 一種の病気とも取れる程に万全な警護と施設の揃う建物

 
 3人の警備員、何の変哲も無さそうで・・・何か違和感のある夜だった


 そして、謎多き発言をする侵入者


 ・・・その前にひれ伏し、倒れる警備員


 その侵入者の彼は黒き腕輪をはめていた


 何かが起こる・・・いや、既に起き始めたのだった










 ポケモン協会会長は思案顔で、部屋が中央の机の前に座っていた
 それから意を決するように頷き、その机上にある2つのボタンを押した
 1つは赤、もう1つは青かった


 それから、いや・・・それを見届けた後、部屋の中で身を潜めていた彼は声を発した


 「こんばんは。 ポケモン協会会長さん」


 そのセリフに遅れつつも、警報機が鳴り響いた
 だが、会長も青年も・・・動ずることはなく、ただ静かに事の成り行きを見守っていた





 ・・・・・・ ・・・・・・





 『侵入者アリ。 侵入者アリ。 侵入者アリ。 侵入者アリ』


 無機質な声が、建物中に響き渡った
 そして、各階から屈強そうな者から、如何にも学者ですといった風貌の者達が飛び出してきた
 いや、正確には備え付けの・・・災害・襲撃想定の防護服を身に纏っていたので、何だか地球防衛隊みたいだった


 そんな恰好の彼らが目指すは、侵入者の存在が認められた1階の正面入口付近とポケモン協会会長の部屋だ


 「なんだかよくわからねぇが、ポケモン協会に忍び込むとはいい度胸だな!」

 「全く、明日は朝早くからジョウト地方へ行くというのに・・・仮眠時間の無駄ですわな」

 「正確に言えば、もう『今日』さ」


 そう、彼らはジョウト・オーレ地方へ向かう為、明朝までこの建物で待機していた者達だ
 総数は430人、それは予想を遙かに上回る数字だと言っても良い
 また、その全員が何らかのエキスパートであり、残されたカントー地方の人材をかき集めてきたと言っても過言ではない
 そんな彼らは、皆がポケモンやポケモン協会を愛する善良な者達であり、故にそれを侵す侵入者を排除しようと自主的に動き始めたのだ
 各階に分散し待機していたので、まるで実戦そのもののように・・・スムーズに彼らは動くことが出来た


 「・・・しかし、どうやって此処へ侵入したのだ?」  

 「内部の手引きは考えられんな」

 「まさか、あの・・・忌むべき者が・・・」


 忌むべき者、それは・・・・・・


 「恨みか? 莫迦な、あれは彼奴らが悪かったのだ!」


 年輩の者達は顔が蒼く、若輩の者達はその話が見えてこない
 しかし、その全員がわかることは・・・『ただの侵入者じゃない』ということだけだった


 「兎に角、先ずは・・・・・・」


 各階で動いていた全員の言葉が途切れた


 身体が動かないどころか、その全身の力が抜けていく


 「莫、迦・・・・・・な・・・」


 冷静に考えれば、症状は毒タイプの技やその毒状態に似ている
 が、外傷も何も・・・彼らは防護服を着ている上、毒ポケモンの攻撃すら受けていない


 ・・・・・・や・・・・・・はり、・・・れは・・・だっ・・・・・・たの・・・か・・・


 年輩の者達が泣きながら許しを請い、若輩の者達は苦しそうに悶えていた
 そんな皆の肌が紫色になり、痙攣と共に床に倒れた


 動いていた者達の中には、目の前にポケモン協会会長の部屋があった
 しかし、それ以上動くことが出来ず・・・その意識は無念にも途切れた


 正面入り口付近に出た者達も、その侵入者の姿は何処にも見えなかった
 そして、警備員と同じ末路をたどることとなった・・・・・・


 


 それは、
 日付が変わってから、
 わずか4分という時間での出来事だった





 ・・・・・・ ・・・・・・





 会長は目を閉じ、沈黙していた
 それはまるで、外の参上のために黙祷をしているかのようだった


 それから、ゆっくりと口を開いた


 「・・・キミの名前は?」

 「ディック」

 「組織か、単独で動く者か」

 「とりあえず前者。 『The army of an ashes cross』の四大幹部が1人、青のディック」


 青年はにこにこと笑いながらも、「ああ、面倒臭い」と軽口を叩いた
 会長は眉間にしわを寄せ、ぽつりと呟いた


 「あの男が選んだ者か・・・」

 「あなたが気安く、そう呼べる立場ではありませんよ」


 穏やかだが、かなり鋭い口調だった
 どうやら、何か核心めいたものを突いてしまったらしい
 と同時に、それは会長にある種の決断を迫るものでもあった


 「色々、動いたみたいですね」


 気を取り直してか・・・青年がそう言うと、会長は何でも話してやろうという気になっていた
 もう、覚悟も決断も何もが出来ていた





 ・・・・・・最後の希望を、託した上で・・・・・・



 ・・・・・・ ・・・・・・





 「・・・始まったみてぇだな」

 
 会長が押した赤いボタンは此処に通じていた


 ポケモン協会本部が薄暗い地下室、此処には「厄介者」が居た
 勤務しているとも違う、彼はここ20年は本当に何もしていない
 だが、それにもかかわらず・・・驚くべき額の給料をもらい受けていた
 詳しい額は言えないが、その者は1ヶ月分の給料は・・・常にリーグ出場経験のあるトレーナーが得る2年分の報酬と同じかそれ以上だった


 その者は、それだけの価値があった


 地下室の扉が人知れず開いた、勿論・・・その者が操作し開けたわけでもない
 そこから入ってきたのは、その者と同じ様な服を着た少女だった


 「お前は誰だ?」


 その者がそう訊くと、少女はピッと背筋を伸ばし、ビッと敬礼のポーズをとった


 「はいッ! お初にお目にかかります。 私の名前は、『メイル・アカダミアン』。
 今回の任務を手伝うよう、会長殿に命じられ、別室で待機しておりました!!」


 この地下室の近くに、そんなスペースがあっただろうか・・・・・・
 仮にあったとすれば、此処への緊急用が赤いボタンは其処にも通じていたということになる


 「・・・聞いてねぇな。 ったく、あの会長・・・何考えてんだ」

 「はいッ! 足手纏いにならぬよう、一所懸命に頑張りたいと思います!」


 はきはきとそう言う少女に、その者はがりがりと頭を掻いた
 

 「・・・・・・仕方ねぇな、来い。 俺の名は、『シャクシ・バンジク』だ」

 「はいッ! 何処までもお供します。 最初に、何をするべきでしょうか?」


 そう訊いたメイルに、バンジクは言った


 「この建物、いや・・・ポケモン協会自体を捨てる」





 ・・・・・・ ・・・・・・





 「1つ目、四天王尖兵計画」


 青年は壁に寄りかかった


 「よく考えたよね、そんなこと?」

 「時間も、猶予も与えられなかった。 そして、ある程度の予測はしていた。 
 ・・・・・・だからこそ、彼らに頼んだのだ」  


 会長は息を吐くように言った


 『四天王尖兵計画』
 それは、かつて『カントー四天王』や後に『ジョウト四天王』と呼ばれる犯罪者達に、その刑などの恩赦や免責と引き替えに・・・この『Gray War』に参加してもらうことだ
 彼らの殆どは覚醒寸前の、または隠れた能力者だった
 そして、また・・・あの歴戦振りからしても、相当の実力者であることも伺える
 故に、ポケモン協会会長は越権行為に等しい交渉を試みた
 結果・・・ジョウト四天王はその全員が承諾、他の者達も自分の弟子を代わりに参加させたり、まだ色好い返事を貰っていない者もいる
 しかし、参加してくれるならば・・・それがどんな形であれ、此方としては非常に良い戦力として働いてくれるだろう
 そう見越しての、どちらに転んでも恐らく己の立場を危うくする・・・一種の賭けといっても良かった


 その働きは、ジョウト四天王はあのレッド一行につき・・・その成長をある程度、それを見守り促し、そして助ける
 無論、自らも決戦に向けて力を蓄え、更なる高みを目指すとの契約だった
 加えて、負傷したシルバーについても、その報告を受けていた


 「・・・そのおかげで、こっちに障害が出たんだよね。 まぁ、シナリオからすれば取るに足らないことかもしれないけれど。
 でもさ、やっぱり、どんなほころびも繕わなきゃ、それがどんどん広がっちゃって・・・後々面倒臭くなるからねぇ」

 「だから、キミ達は此処を襲撃したというのかね」


 ディックは笑いながら、答えた


 「うん」





 ・・・・・・ ・・・・・・





 「此処を捨てる!!? 正気ですか!」


 メイルの言葉に対し、バンジクはその耳を傾けようとしない
 地下室の中からがさごそとあさり、彼女のサイズの防護服とヘルメットを投げ渡した
 それから、壁にあるスイッチを押した


 壁から、ガーッと機械音がしたかと思うと、数多くのテレビ画面が迫り出してきた
 そして、その画面に映っているのは・・・・・・1階から7階にいる、倒れた人達の姿だった
 全身の肌色が紫になり、泡を吐いて倒れているその映像は・・・・・・どこぞの恐怖映画とは比べものにならないぐらいに残酷で迫力があった
 メイルは思わずその息を呑み、バンジクは無表情に手元の操作盤をいじった


 「・・・此奴が侵入者だな」

 「え?」


 地上にある監視カメラの映像を駆使し、漸くその姿を捕捉した
 画像は荒いが、その傍にいるポケモンの姿ははっきりとわかった


 ニドキングとニドクインだ


 「この症状は、やはり毒タイプの・・・!?」

 「違うな」


 バンジクはあっさりと否定した、メイルはその理由を訊いた
 勿論、主な理由は防護服を着た彼らが外傷やそのポケモンとの接触も無しに、毒に侵されるなんてあり得ないからだ


 「じゃ、じゃあ・・・これは・・・」


 バンジクはため息を吐きながら、「何にも知らないのか、本当に」と呆れつつも言った


 「これは『トレーナー能力』と関係している。 間違いなく、な」

 「! い、いえ・・・それの存在は聞いたことがありますが、具体的にはどういう能力なんでしょうか」


 バンジクは数秒思案し、答えた


 「一言で言えば、こいつぁ・・・病原菌(ウイルス)だな」

 「!!!?」


 もっと正確に言えば、ウイルスのような毒・・・空中飛散し、辺りに広がる霧のような毒だろうと言った
 ならば、地上の建物では通風口を通って、あっと言う間に全階に広まることだろう
 また、その地上の、普通の通風口とは別の通風口が・・・会長室とこの地下室は通っている為、その被害を受けていないのだ


 「防護服とはいえど、いつも吸っている空気に混じっちゃ防ぎようがねぇだろうな。
 また、この様子じゃ全階にその毒は蔓延している。 もう、誰も助からねぇ。
 だから、此処を捨てるんだ。 俺には、その選択肢を許されている」

 「し、しかし・・・」
 

 こうして、目の前の画面に映し出され・・・今現在も苦しんでいる人達を、見捨てろだなんて
 まだ生きている、まだ救える、まだ助かるはずだ、まだ・・・まだ・・・まだまだ・・・


 そんな画面の映るテレビを背後に、バンジクは言い放った


 「『小を殺し、大を生かす』。 それが俺の信念だ」


 メイルは絶句した


 「そ、それでも・・・」

 「総てを救う? 甘ったれるな!」


 メイルは反射的に「気をつけ!」なポーズを取ってしまった


 「此処にいる人間は500人前後、だがカントー地方にいる人間は3000万を越える。
 俺の仕事は、より多くの糞能力者達からカントー地方を護れ、だけだ。
 その為なら、たとえ会長様だろうが、俺は見捨てる。 それが正義だと信じているからだ」

 「・・・・・・」


 メイルは軍人のように育てられてきた、孤児だった彼女の拾い主は・・・今の会長だった
 が、彼女の育ての親は・・・・・・そういった人間だった


 「常に礼儀正しく! 上官や目上の者の言うこと、やることに刃向かうな!」


 それを、彼女は護り続けてきた
 心優しい彼女は、目の前にいる困っている人や助けを求める人達を救えるならば、それも良いと思っていた
 実際、今までの上官も彼女と同じ考えの者が多く、その為・・・彼女に出来る限りの救助などを目一杯やらせてくれた
 有能な彼女は、幸運なことに、今までに・・・目の前にいた者を全員救えた


 それが、彼女の誇りでもあった


 「・・・・・・私は、助けたいです」


 彼女は刃向かった、今までにない『大人の考え方』を持つバンジクに・・・そんな彼はまた言い放った


 「目先の現実に囚われて、護るべき大義を見失う気か!!!」 


 メイルの身体は、完全に硬直していた
 刃向かってしまった事実と、その相手の限りない恐ろしさにだ


 「今まで、随分と楽な現場に居たんだな? お前は。
 糞能力者が関わってきた時点で、此処はお前が体験してきた現場とは何もかもが違う。
 もう、地上に居る・・・その全員助からない。 俺達が救助に向かった所で、無駄死にするだけだ」

 「・・・・・・あ、それでも・・・」


 メイルの身体が吹っ飛び、身体が思い切り壁に叩きつけられた
 殴られたのか、はっ倒されたのかさえ・・・わからなかった


 「おい、わかってんのか? 俺は、こうしている時間も惜しいんだよ。
 これ以上、刃向かうならお前一人で上に行け。 ただし、これだけは言っておく」


 メイルの身体に、雷が落ちたような衝撃をおぼえた


 「恐らくこの後に、これから起こりうるこれ以上の惨劇が始まる。
 その前に、それを止められる俺達が・・・無駄死にするとわかっている現場で無駄死にすべきかどうか。
 ・・・もう一度、よく考えろ」


 メイルは、もう一度・・・その画面を見た
 決して、目を逸らさずに・・・助けられない人達を見た 


 心の中で、幾度も幾十度も幾百度も謝った


 「行きましょう、見捨てましょう」

 「そうだ。 形振り構わず行こうや」


 メイルは素速くヘルメットを被り、総ての身支度を整えた
 地下室を飛び出し、2人は早足で非常脱出口を目指した


 その際に、メイルは彼に訊いた


 「訊いてもよろしいでしょうか?」

 「簡潔にな」

 「片方の選択肢しか選べず、また助けられません。 能力者と一般トレーナー」

 「一般トレーナー」

 「一般トレーナーとポケモンを持たない一般人」

 「一般人」


 メイルは訊いた


 「ポケモンを持たない一般人が1人と能力者100人」

 
バンジクは答えた


 「一般人が1人」


 それはおかしな返答だった


 メイルは訊いた


 「能力者が嫌いなんですか?」


 その質問で・・・彼の別の、意外な一面が映し出された


 バンジクは答えた


 「俺は、ポケモンと関わる人間が嫌いなんだよ」


 『小を殺して、大を生かす』





 ・・・・・・ ・・・・・・ 





 「・・・ただ、此処はもう要らないんだ」


 ディックはそう笑いながら言い、会長は全身に戦慄が奔った
 何という恐ろしい笑みを浮かべたのだろうか、この青年は
 

 「それは、キミの意思なのか?」

 「違うよ。 シナリオにあったから、それに従っているの」


 青年は「それが、どんなに面倒臭くてもね」と付け加えた


 
 この青年は此処まで心酔し、従うシナリオとは・・・誰が考え、書いたものなんだろうか
 それが誰なのか、会長にはわからない・・・あの男かもしれない
 しかし、彼は青年のことを何よりも恐ろしく思えていた


 ディックは「あーあ、話しすぎたかな」とため息を吐きながら、言った


 「面倒臭いから、もう最後にするよ。 四天王尖兵計画について」


 会長の眉がぴくりと動き、ぼそりと言った


 「・・・1人だけ、連絡がつかなかったがね」

 「そっか」


 絶対的な戦力になると思っていた人物の連絡や目撃情報が途絶え、その行方もわからなくなっていた
 会長は散々極秘に探し当てようとしたが、出てくるのは過去の情報ばかり・・・今現在の情報は見つからなかった


 ふと、部屋の中で別の気配がした
 そうして気づけば、その青年の横に鉄仮面を付けた男が立っていた


 「紹介するよ。 彼はウチの『青龍組・リーダー』、『シ・ショウ』」


 いつの間に入ってきたのか、またわからなかった・・・何者だろうか


 青年が鉄仮面の拘束具を取り外した
 がらんがらんと大きな音を立て、それは床に落下した


 「・・・・・・!」


 会長は息を呑んだ


 「シ・ショウ、それはね・・・」


 その顔には大きな十時の亀裂が入っていた、が・・・間違い無く・・・・・・


 「天王のから取ったんだ」


そう、青年はにっこりと笑った
 会長は青ざめた表情で、ぱくぱくと言葉にならない声を絞り出した





 「・・・『竜王』、わ・・・『ワタル』・・・」


 そこに居たのは、無機質な表情と虚ろな眼の・・・ロボットのようなイメージで、以前とは比べものにならない程に変わり果てていた


 だが、そう・・・紛れもなく、見間違えようの無い・・・その本人・・・・・・だった・・・






 ・・・・・・ ・・・・・・





 ポケモン協会本部壊滅の知らせが届くのは、もう間も無くのことだった
 
 
 
 

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