〜能力者への道79・希望〜




 カントー本土にて激突!


 シオンタウン・・・『草のエリカ』&『岩のタケシ』VS『武の巨人、ドダイ』&『酒豪、シャララ』


 グレンタウン・・・『雷のマチス』VS『電波系、エース・ライジング・トップ』


 トキワシティ・・・『毒のアンズ』VS『沈黙の牙、タスカー』


 ニビシティ・・・『炎のカツラ』VS『紳士、ロイヤル・イーティ』


 セキチクシティ・・・『超のナツメ』VS『詩人、ポー』


 クチバシティ・・・『水のカスミ』VS『翔王、クレト』


 ヤマブキシティ・・・『格闘道場』VS『鉄仮面、シ・ショウ』


 タマムシシティ・・・『タマムシ精鋭軍』&『改造人間、シャクシ・バンジク』VS『純白の貴公子、チトゥーラ』


 水道方面・・・『対能力者戦士、メイル』VS『元・最強の幹部候補、ジン・アゴコロ』


 ハナダシティ・・・『若き天才、マサキ』VS『重戦車、バンナイ』


 『戦線離脱者、ナナミ』さん、及び・・・・・・カントー本土住民?


 命運は如何に!!? 










 カチャカチャと、パソコンのキーボードを叩く音だけが部屋の中にこだました
 その部屋の中には男女が1人ずつ、そして2人は背中合わせに同じ様な作業をしている
 それが、もう、息をするのと同じぐらいに・・・ごく自然で、当たり前のようになっていた


 沈黙を破ったのは、彼の方だった


 「なぁ、ナナミはん。 今度・・・・・・・・・指輪、見に行こか」


 彼女は最初、何を言われたのかわからなかった
 ただキーボードの音に紛れて、その音が同時にやんでから・・・漸く、声を出せた


 「・・・・・・え?」


 ゆっくりと、思わず首と顔だけ・・・彼の方を振り返って見た
 いつもと変わらぬ背中、ただ仕事に専念している時にしか見えない・・・その人の象徴・・・
 最近では彼女がアイロンをかけてあげているので、以前のようなしわくちゃなYーシャツはもう着なくなっていた


 彼は彼女の声のイントネーションから、慌てて・・・同じ様に首と顔だけ彼女の方を見た
 

 「あ、あ、いや・・・変な意味やないで!? ただ、なんちゅーか・・・その、日頃のお礼とか何とかで・・・」


 段々に彼の語尾が、声の調子と大きさが下がってきている
 そうして弁明する最中に、その彼女とはたと目が合ってしまったのは・・・今はいけなかった
 目を逸らせなくなっている彼に対し、彼女はふいっと澄まし顔でパソコンの画面の方に視線を戻した
 そうなれば、益々彼の動揺を誘い、わたわたと何故か両腕を振りまくった


 「えっと・・・その・・・・・・〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜※□☆×♪◎△♭!!?」


 言葉の具合も何だかおかしい、「なんとかしなければ」と思えば思うほど、舌がうまく回らないのだ
 やがて、彼はその両手を降ろし、ストッとパソコン画面の正面に座り直した
 それからがむしゃらに、思い切りキーボードをがしゃがしゃと叩き、再び作業を始めた


 ・・・彼のそんな様子に、彼女は向こうには聞こえない程度のため息をふぅっと吐いた
 そして、また横目でちらりと照れを隠すようにがむしゃらに働く背中を見て、くすっと笑った


 彼女は一旦、作業を中断させ、キーボードを叩き画面をクリックして、メールを起動させた
 かちゃかちゃとそれに文面を打ち出し、そっと送信ボタンを押した・・・





 ピロリロリンっと、彼のパソコン宛ての・・・メールが届いた音がした



 

 ・・・・・・ ・・・・・・





 「・・・マサキさん・・・ッ!」


 ハッと目が覚めてみれば、そこは『みさきのこや』ではなかった
 清潔感と消毒液の臭いが漂う、病院施設の独特の雰囲気があった


 「ナナミさん」

「・・・・・・え? ブルーちゃん、ブルーちゃんなの?」


 上体をそっと起こし、そのベッドの横にいる女の子の姿をはっきりと視認した
 紛れもなく、同じマサラタウン出身のブルーだ


 「良かった、無事で」

 「ぶ・・・じ・・・」


 ブルーの言葉に、何かが・・・何かがナナミさんの頭の中で弾け飛んだ


 ・・・ ソレ ハ ワタシ ニ イウ コトバ ジャナクテ ・・・ 


 がくがくとその身体が震えだすと、ブルーがそっと肩に手を伸ばす・・・瞬間だった


 「い、いやあぁぁあぁぁぁあああぁぁあぁぁああぁぁぁあぁぁああ!!!!!」

 
 頭を抱え、ナナミさんが突然、絶叫した
 その声に驚き、部屋の扉からニシキと白衣の医者が飛び込んできた

 
 「何があったんだい!」

 「とにかく、鎮静剤を・・・!」


 慌てるニシキとブルーを制し、医者はナナミさんの口を押さえた


 「心配はいらない。 ゆっくり、ゆっくり・・・自分の呼吸を思い出して・・・」


 ハァッハァッハッと、ナナミさんの呼吸が次第に落ち着いてきた
 肩で息をし、深呼吸を繰り返し、同時に胸に手を当て・・・その動悸をゆっくりと抑え込んだ


 「・・・・・・わ、私は・・・」

 「しっかり。 ここは『2の島緊急病院』。 ナナミさんも1のしまから、ついでに運んで貰ったの」


 ナナミさんは毛布をかき寄せ、肩からそれを被った


 鮮明に残る記憶、あれは総て夢じゃない・・・・・・
 だからこそ、だからこそ、聞きたくても聞けなかった
 しかし、ブルーは察してのことか、言った


 「・・・ええ、カントー本土は壊滅したっていう話」


 頭からつま先、足下まで砕ける音がした
 涙を流したい、声を出して泣きたい
 しかし、それを必死で堪えると・・・ブルーの何か引っかかる言葉を問いただした


 「ブルーちゃん。 『ついで』って、どういうことなの? 誰か他に、怪我でもした人がいるの!??」


 そして、それは・・・・・・その窮地から助かった、彼のことかと
 そして、今、彼はその時に受けた傷の治療を此処で受けているのかと・・・


 「どうなの? ねぇ・・・」


そんな、淡い希望的観測だが・・・・・・持ち続けていたかった


 その問いにニシキと医者は目を逸らし、ブルーは口を開いてくれた


 「・・・・・・それは・・・」





 ・・・・・・ ・・・・・・




 
 「足止めをする者だァ?」

 「そうだ」


 その男の格好は異常だった
 奴らが着る灰色のジャケットの上からセーター、マフラー、耳あてなんかを付けている
 他にも手袋、サングラス、マスクに長靴など・・・全くその男の肌という肌が見えなかった
天気も良い今日なら尚更・・・・・・もう、見ているだけで暑苦しい
腕輪は赤いものが1つだけ、それも重ね着している為か、もこもことした服の起伏で埋まってしまっている


 「上からの命でな。 今、お前達がカントー本土に向かわれたら困るんだそうだ」

 「・・・いや、俺達は行かないぜ? だから、通してくれるか」


 レッドがそう言った
 なにも正直に答えてやる必要は無いと思うのだが、なるべく無駄な戦いは避けていきたい
 その男は思案しているのか・・・・・・いや、腰のボールに手をかけた


 


 出てきたのは、なんと・・・・・・赤い『ギャラドス』だった


 最初はシルバーのものだと思った、此奴にやられたか何かして奪われたのか・・・と
 しかし、よく見ればこちらの方が赤色も濃く、まるで赤ペンキをそのままぶちまけたかのような色だった


 「・・・やっぱり、ただじゃ通してくれないみたいですね」


 クリスが、ざっと・・・レッドとゴールドよりも前に出た


 「私が戦います」


 皆は顔を見合わせ、そしてクリスのその後ろ姿を見た
 自ら進んで一歩踏み出してきた、その覚悟と背中を・・・・・・


 「勝算は?」

 「あります」


 皆はすっと一歩、二歩と後ろに下がった
 クリスはそのタイミングを見計らったかのように、『メガぴょん』を繰り出した


 「・・・?」

 「ギャラドス相手にメガニウムって・・・」


 確かに、『みず』『ひこう』タイプの相手に有効な電気タイプのポケモンがいないことは知っている
 しかしながら、クリスの手持ちにはそれを補える『エビワラーのエビぴょん』がいたはずだが・・・
 そんな理由でレッド達はいぶかしげだが、クリスにはしっかりとした勝算があった





 ・・・・・・シングルバトルスタート!!・・・・・・


 クリス(メガぴょん♀)VSアウェイル(色違いギャラドス♂)
  




 「『ソーラービーム』!」


 先手必勝と言わんばかりに、クリスのメガぴょんが閃光を放った
 ギャラドスはそれを避けることが出来ず、呻き声と共に地面に落下した


 「・・・よしっ!」

 『イケイケじゃない』

 「腕輪1つじゃ、まぁ・・・こんなものかもな」


 レッド達はもう既に、3色の腕輪が敵組織の階級章のようなものであるとの推測をたてていた 
 幹部候補と名乗る者は「腕輪3つ」、それよりランクが低い者は「腕輪2つ」か「1つ」もしくは所持していない
 ・・・・・・まぁ、これくらいのことならば予測は簡単に出来た
 

 それに、クリスは強い


 それは、他の誰もが認めることだった
 普段は捕獲専門だとか言っているが、一度攻めに入ったら並のトレーナーが束になっても敵わないはずだ
 そもそも、レッド達は人並み以上の実力は既に持っており、トレーナー能力という要素がバトルに加わり、戸惑った
 だが、もう惑わされない
 全員が能力とその存在を認め、それを手に入れた今、これからは上を目指していけばいい


 更にクリスはもう勝利を確信していた
 決して、自惚れでも何でもなく・・・確信しているのだ


 1つ目の理由は天候だ
 先程の『ソーラービーム』の場合、通常は1ターン目で光と力を溜め、2ターン目で攻撃するタイプの技だ
 しかし、クリスが指示を出せばすぐに放つことが出来た
 これは、今の天候が限りなく『にほんばれ』に近い状態だということだ  
 草ポケモンの覚えるワザの中でも強力なのが『ソーラービーム』、回復技ならば『こうごうせい』だろう
 そして、この2つの技はどちらも天候に左右される技なのだ
 今の天候は快晴、故にソーラービームもこうごうせいも最大限の力を発揮出来る
 勿論、クリスのメガぴょんがその両方の技を覚えているのは言うまでもない
 またエビぴょんの『かみなりパンチ』が有効なのは、クリス自身がわからないはずがない
 しかし、相手は2mを越す空飛ぶ巨体・・・フットワークと体重差がありすぎると判断したのだった


 2つ目の理由が相手の覚える技だ
 ギャラドスは『みず』『ひこう』、しかし覚える技はそうでもない
 水タイプの技は豊富に覚えるが、飛行タイプの技は一切覚えないのだ
 飛行タイプが得意とする相手は『草』『格闘』など、苦手なのは地面タイプだ
 これならエビぴょんでも良さそうだが、草タイプならもう1つのタイプである水に強い抵抗力を持っている
 だが、ギャラドスは草の弱点である『こおり』タイプの技もよく覚える


 その対策も、既に練ってある


 「メガぴょん、『ひかりのかべ』!」


 キンッという音と共にメガぴょんの目の前に半透明の壁が張られ、相手の特殊攻撃を半減させる
 これで、弱点である炎と氷タイプの威力を抑えられる・・・
 あとはソーラービームで連続攻撃、隙を見て『のしかかり』でまひ状態にすれば・・・・・・


 「(勝てる。 これなら・・・)」


 確実な勝利をへと導く方程式が出来た、今なら連撃を当てられるか
 ちらりと相手の方を見ると、アウェイルがギャラドスの方へと歩み寄った


 「さっさと起きろ」


 事無げに、思い切りギャラドスの腹を蹴り飛ばした
 オォオォオオオンとややふらつきながら、身体をまた宙に浮かせた・・・いや、浮かべさせた
 ・・・この相手の行為に、クリスはぷつんといった


 「なんてことを・・・っ! ポケモンをそんな風に扱うだなんて!」

 「・・・何を今更。 いつだって、人間はこうして周囲の生き物と共存してきたじゃないか」

 「そんなの、共存とは言いません!」

 「・・・・・・虫酸が奔るな、その言い分。 俺はお前のような偽善者が大嫌いだ。
 さぞかし、幸せな暮らしを平和的に与えられ、送ってきたんだろう。
 さぞかし、幸せにその生き物達と平和的に与えられ、過ごしたんだろう」


 突き放し、見下すように言った


 「女ってのはそういうもんだろう。 甘い夢ばかりを見、辛い現実を男に任せる・・・身勝手な生き物だ」


 恐ろしい言葉だった
 それには恨みだの何だのでは言い表せないほどに、何か強いものが込められていた


 「・・・いいえ」


 クリスは首を振った
 彼女は見てきた、捨てられた子供達とポケモン達を
 もしかしたら、アウェイルもそのような境遇の人間なのかもしれない
 しかし・・・・・・でも、世の中にはジョバンニ先生のような人もいる


 女性についてもそうだ
 そんなことは決してないはずだ
 

 だから、今の彼の行為と言動は許せるものじゃない


 「あなたを倒して、目を覚まさせてあげます」

 「・・・何も知らない目だ。 ウンザリする、それにはよォ」


 クリスをサングラスの奥から見下し、哀れむような目で言った


 「なら、お前にも与えてやる。 とびきりのヤツをよ・・・」 

 
 アウェイルがこのバトル中で初めて、ギャラドスに指示を出した


 「『ハイドロポンプ』」


 ドンッと激しい音と共に、ギャラドスの口からそれは放たれた
 クリスは少々方程式を変え、迎撃することにした


 「メガぴょん、ソーラービーム!」


 2つの技が激突し、バトルフィールドに変化が起きた


 なんだか、肌で感じる気温が上がってきたのだ
 まるでサウナにいるかのような、それほどに蒸し暑く・・・・・・


 「知ってるか。 水タイプの攻撃はな、『与える力』というそうだ」

 「・・・!!?」


 クリスのメガぴょんのソーラービームが、次第に、何故か押され始めた
 同時に、彼のトレーナー能力の正体もわかった


 「この水・・・もしかして、熱湯なの!?」

 『なんだって!』


 いや、それに間違いない
 ソーラービームと激突する前から、あのハイドロポンプから物凄く熱い蒸気が噴き出されていた
 放たれてから、なお沸騰し続ける灼熱の水・・・・・・


 「まずい! クリス、逃げろ!」

 
 レッドの勘は、推測は正しかった


 熱湯は最早、『水』タイプの攻撃にあらず
 それは形を変えた『炎』タイプの攻撃だと言っても良い
 何故なら、植物は熱湯に浴びせれば茎や葉はしおれ、根は駄目になる
 水中の微生物も、水温40度以上では死に絶えるという
 そして、更に・・・・・・


 「・・・あ、熱い・・・」

 「与えてやる」

 「クリス!」


 形を変えた炎は草のエネルギーをむしばみ、徐々にクリスの方へ迫ってくる
 噴き出す熱い蒸気に、全身から汗がびっしょりと流れてくる
 相手、アウェイルのサングラスが、その中が怪しく光った


 『で、でも「ひかりのかべ」の効果が・・・!』

 「いくら・・・ひかりのかべでも、あの蒸気までは防げない」

 「それにハイドロポンプの元々の威力は120、それの効果で半減して60になったとしても・・・」


 この能力の前には無駄だ


 ブルーが思わず叫んだ


 「クリス、棄権しなさい!」

 「・・・ぅうッ・・・!」

 
 と、突然ハイドロポンプの矛先がブルーや皆の方へ向いた
 それはギリギリの、足下に直撃し・・・物凄い蒸気でまともに息が出来なくなった 


 「外野は大人しく見てろ」

 「テメ・・・」


 その蒸気でまともな視界が開けず、肌に服がべっとりと水滴が付き・・・熱い 
 こんな技をまともに食らったら、間違いなく大火傷をすることだろう


 「(・・・熱い。 退きたい。 でも・・・・・・)」


 彼を救えなくなる


 「メガぴょん、『のしかかり』・・・」


 クリスの指示も間に合わず、アウェイルがギャラドスに先に指示をした


 「与えるだけでなく、恵んでやろう」


 あのハイドロポンプの猛攻がやみ、ギャラドスは突然と天に向かって咆吼した
 クリスは退かなかった、メガぴょんも負けじと『のしかかり』を試みた


 「やめろ・・・」


 皆は何が来るのかを察した、必死で懇願した


 


 「『あまごい』」


 ぽつぽつと雨が降り出した


 熱い蒸気噴き出す熱湯の、灼熱の雨が・・・・・・


 「きゃあぁぁああぁぁあぁぁぁ・・・」


 クリスはうずくまり、アウェイルはマスクの中で嘲笑っていた
 メガぴょんの身体も同様にただれ始めたが、それでもクリスを護ろうと必死に覆い被さり始めた


 「『キマたろう』、『にほんばれ』ぇええぇ!!!」


 降り注ぐ雨はゆっくりと晴れ間を見せた
 ゴールドが凄まじい熱気の中、クリスとメガぴょんの傍へと駆け寄った


 「おい、しっかりしろ! クリス!!」


 メガぴょんをどかし、その下のクリスをそっと引きずり出した


 「莫迦野郎! なんで、なんで・・・」

 
 あの、喪失感が・・・・・・再び・・・・・・


 「おい。 クリス・・・」


 あの表情が・・・・・・あの光景が・・・・・・


 「目ぇ開けろよぉおおぉおおおおぉおぉおーーーーー!!!!!」





 ・・・・・・ ・・・・・・





 ナナミさんの顔が真っ青になっていた


 「・・・そんなことがあったなんて・・・」


 ブルーはふっと目を逸らした


 「今、クリスは・・・集中治療室にいます。
 それとあの後、アウェイルはこう言って去りました」


 ・・・・・・


 「腕輪の力で敵の力量を見極めた気になるなよ?
 ついでに教えてやるよ、お前らの今後の為に、知識を与えてやる」


 クリスの身体を必死で冷やしている間に、悠々と言った


 「赤の腕輪は『能力』、青の腕輪は『手柄』を認められたら貰える代物だ。
 この青の腕輪が厄介でな、上に認めて貰える程の手柄なんざ早々に得られるもんじゃねぇ。
 つまり、たとえ腕輪の数が少なくとも、それは強さの階級にはならんのだ。
 特に、赤い腕輪を得ているヤツには気をつけとけ・・・俺みたいのがいるからな」


 ぞくっと、したたる汗が・・・背筋ごと凍り付くような声だった


 「俺の名はアウェイルだ」


 言うだけ言って、アウェイルの姿は消えた
 本当は誰かが、彼奴のことをぶっ飛ばしてやりたかった
 だけど、そんな余裕も猶予もないほどに・・・・・・クリスの状態は酷いものだった


 「・・・チキショウ・・・っ!!」


 ・・・・・・


 「・・・それで、クリスちゃんの具合は?」

「・・・・・・」


 医者の見解では、「今夜がヤマだ」という
 

 あの状態のクリスを、またこの『2のしま救急病院』を訪れた時、医者の目はあり得ないほどに見開かれた
 そして同時に、ここの施設では治療は不可能だと・・・・・・
 それを察してのことなのか、何故かグリーンとシショーはすぐに姿を消した
 イエローは自身の能力を、気を送りこみ、必死で命をつなぎ止めようとした
 

 が、傷口は癒えず、その成果は出ないままだった


 ナナミさんとブルーは項垂れ、医者とニシキはいつの間にか席を外していた
 ここの医者は兎に角、クリスを治そうと・・・出来る限りのことをしようと、今、必死で処置を施している
 専門の機械や器具も足りない為、他の島から急きょ、医者を呼び集めにまた出払っているそうだ
 

 「だ、だったら、きっと大丈夫よ。 ね・・・・・・」

 「・・・ええ」


 ガタンと大きな音を立て、急にこの病室の扉が開いた
 そこにいたのはゴールドで、何故か汗だくで・・・嬉しそうな顔をしていた


 「ク、ククク・・・クリス、クリスが・・・」

 「ちょ、落ち着いて! 何があったの?」

 「聞いて下さいッス! クリ、クリスが・・・助かるかもしれません!」


 ナナミさんとブルーの表情が一変した
 思わずゴールドの胸ぐらをつかみ、がくがくと揺さ振った
 ぐわんぐわんと振られながら、ぜぇぜぇと説明した


 ・・・・・・


 病院の扉を慌ただしく開け、グリーンとシショーが何処からともなく帰ってきた
 ブルーを除いた皆は「こんな時に何処に行っていたんだ」と言わんばかりの顔で、その2人を見た
 が、この2人が持ち帰った成果によってその態度は一変した


 「あのキワメ婆さんの家に押し入ってな。 あらゆる文献を読み漁ってきたんだ」

 『そして、見つけたんだ』

 「何を!?」


 グリーンが言った


 「『トレーナー攻撃』というものがあるだろう? 能力の種類には『トレーナー防御』というのもあるそうだ」


 以前、クリスが戦った『ヒョガン』は『自身へ向けての氷タイプのトレーナー攻撃を無効化する』能力者だった


 「ならば、トレーナー回復という能力があってもおかしくはない、と・・・!」

 「!」

 『そして、苦労したけど、クリスを治せるだけのトレーナー回復能力に関する資料を見つけた』 


 グリーンが古い文献を取り出し、そのページを開いて見せた





 「それに該当するものの1つが『癒しの能力』!」

 「!!!?」

 「え、でも・・・ボクの能力じゃクリスさんは・・・」


 グリーンは軽く頷き、続けて言った


 「イエローの『トキワの癒し』のような能力は、傷口を癒し、体力を回復させる能力だ」

 『つまり、クリスやシルバーのような細胞自体が死んだ状態には通じないんだ』


 ただし、傷口が治らないその代わりに『体力』は回復するので、シルバーはあの夜、病院から抜け出せたのだ
 イエローが送り続けた生命力が、シルバーの旅出を後押しした・・・


 「んじゃ、意味が無いッス!! クリスには・・・効かないんでしょうが」

 「ああ。 だが、まだ可能性はある」

 「?」

 「勿体ぶらずに早く教えろよ」


 レッドは当然のことを言い、グリーンはすぐに思い直して言った


 「『再生』の能力者ならば、可能だと」

 「なら、何処にいるんだ?」

 『・・・・・・文献によれば、ナナシマの何処かにいるとしか・・・』


 バンとグリーンを壁に叩きつけるように、ゴールドが迫った


 「意味が無ぇっつてんだろう!!!

 「・・・・・・ああ。 そうだ」


 少なくともイエローが生命力を送り続ければ、新たな医者が来るまで保たせることが出来るかもしれない
 しかし、クリスの火傷は広範囲で、どうしようもないと・・・宣告されているも同然の状況だった
 本や文献など、所詮は・・・・・・


 イエローは何か、何か自分に、他に出来ることはないかと思案した
 誰か、誰かを忘れている・・・いったい、誰のことを忘れている・・・


 『・・・何をしているんですか?』


 誰を忘れている?


 『・・・・・・落とせますよ、きっと』


 あと、もう一歩


 『「禊」と言う、「穢」を水の霊力によって濯ぎ清める行為だ。
 水に浸すことにより、純粋無垢な身体に戻せるという・・・・・・。
 此処の泉は霊力が高く、あらゆる怪我や病を癒す力があるというがな・・・』


 ・・・・・・思い出した


 「あります! 方法!!」


 皆が一斉にイエローの方を振り向いた


 「ちー島の、中央地帯・・・青の泉・・・! 彼処の水は、どんな怪我も癒す効果があるって、災厄の人が・・・」

 「・・・いや、でも・・・たかが水だろ?」

 『いや、わからないよ!? 少なくとも・・・こうして論じている時間があるなら・・・』

 「きぇっきぇっきぇっ・・・! そうさ、さっさと行ってきな! 論ずる時間など無駄じゃ」


 背後にキワメ婆さんがいつの間にか立っており、皆は目をぱちくりとさせている
 ビッと錫杖をレッドに突き出し、言った


 「その水の効果ならば、このワシが保証してやるわぃ」

 「・・・・・・はい」

 「だから、体力回復はこの黄髪胸尻寸胴発育停止呆癒少女に任せての!」

「はい!」


 ・・・・・・
 

 「それで?」

 「シショーが先導して、先輩とグリーンさんが『そらをとぶ』で向かっています」

 「大丈夫なの、本当に?」

 「今は、あのババアの言うこと信じるしかないッスけど・・・」


 しかし、何故か信じられる気がした
 希望の灯火が、ぽつりと光り・・・それは次第に大きくなっていく・・・


 ちなみにキワメ婆さんは言うだけ言って、グリーンが持ち出した文献を取り上げて・・・帰ってしまったという





 ふと、今度は廊下から大声が響いた
 しかも、その声の主は珍しい・・・・・・イエローの声だった
 ゴールドとブルーが顔をひょいっと覗かせて見ると、見ない顔の医者と看護婦がクリスの病室の前に立っている
 イエローは中で回復作業をしていたはずだが、その2人にどうやら追い出されたらしい


 「麦わらギャル、どうしたんッスか?」

 「そーよ。 アンタらしくもない・・・。 新しいお医者さんが来てくれたんでしょ?」

 「ブルーさん! ゴールドさん! だって、この人が・・・」


 ひょろりとした医者が、新たに出てきた2人を見て、言った


 「どうもこうもないよ。 何度も言ってるのに、聞いてくれないんです」

 「イエロー? どういうこと・・・」


 その本人は涙顔で、わなわなと震えている
 そんなイエローをちらりと見て、医者と看護婦はすっと病室の中に入ってしまった
 彼女はそれを止めようと動いたが、ブルーとゴールドに羽交い締めされ、その行為を止められた


 「離して下さい!」

 「どうしたのよ、ホントに!?」


 はぁはぁと息をきらすイエローが、堰を切ったかのように・・・泣きながら言った





 「・・・これっ、これが、これが・・・最後の処置だって・・・」


 パッとブルーの手がゆるみ、イエローはそのまま膝をついて泣きじゃくった
 既に病室の鍵は閉められ、入ることは出来なくなっていた


 「最後の処置」


 それは、もう苦しまないよう、せめてもの配慮の意・・・・・・





 『安楽死』という選択


 ガンッとゴールドが病室の扉に頭を打ち付け、思い切り両手で叩き、懇願した


 「待ってくれ! 待ってくれ! 待ってくれ!」


 今、必死で皆、動いてくれているんだよ・・・ッ!


 「待ってくれ! 待ってくれ! 待ってくれ!」


 今、必死で皆、動いてくれているんだよ・・・ッ!





 お前が医者なら、この声を聞いてくれ
 ちっぽけな希望の灯火を、無理矢理消さないでくれ
 生きようとする意志を、命を見捨てないでくれ・・・・・・


 頼む!!


 「待ってくれぇえぇぇえぇぇええええ・・・・・・ッ!!!」





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