〜裏三/最終決戦〜


 トキワシティ
 西にはセキエイこうげんへ続くゲート、北にはカントー地方最大の森・トキワのもりがある
 カントー地方西方部の拠点、先に奪われたジョウト地方からの軍資補給などを断つには港のあるクチバシティと並んで不可欠なところだ

 「フン、早々に片をつけるぞ」

 傍らにハクリューを連れ、早々に臨戦態勢を整えている女性がいた
 その足元には3体ほどポケモンが倒れ、きぜつしている

 「・・・・・・強い!」

 「どうした。いっせいにかかってこないのか?」

 ふふんと鼻で笑う、そんな余裕を見せる女性は確かに強かった
 トキワシティに侵入してから、わずか4分で2人の能力者を制した

 次々襲い来ると思っていたのだが、その2人を倒してから出てこない

 「それが出来ない理由があるようだな」

 女性が街並みを、周囲を見る
 何も変えていないし壊れてもいない風景、都市機能の維持と何らかの関係があるのかもしれない

 カントー本土に根付いた組織の人員をジョウトジムリーダーズが全員排除するか、レッド達が幹部全員を倒すまで・・・この戦いは終わらない
 とにかく、今はトキワシティ自体をそんなに損壊させることなくコトを済ませる
 手当たり次第街を攻撃していぶり出すより、互いの意向と一致していることをわからせて出てこさせるのを待った方がいい、というわけだ

 そして、待ちわびた次が来た
 少し地味で黒ぶちの眼鏡な男、そして横に並んでいるのはどこにでもいる虫ポケモン
 おおよそ特別な実力や才覚に恵まれた雰囲気などは微塵にも感じられない

 「・・・確か、あそこにいるのはフスベシティジムリーダーのイブキだと思うんだ」

 「いかにも。その通りだ」

 問いかけに答えてくれたのに、男はフーとため息をついた
 それは、ああやっぱりそうなんだと諦めともうひとつの感情が入り混じっているものだ

 「人間さぁ、分相応ってあると思うんだ。
 でも、そのなかで縮こまってても駄目だと思うんだ。
 だから、たまには無茶して自分の分相応ってやつに立ち向かっていくべきだと思うんだ」

 その男が首を横に振りながらつぶやくと同意するようにアリアドスが鳴き、震わせる

 「そういうわけで自分より強い相手と戦うのはありだと思うんだ。
 たまになら、たまーにならありだと思うんだ」

 「ごちゃごちゃとうるさい男だな」

 「全くだ」

 イブキの後ろ、民家の上に別の・・・・・・目元からきつそうな感じのする女性が立っている
 同じくアリアドスを傍らにするこちらの女性は威圧感のようなものがあり、腕輪3つも携えていた

 振り返りつつその女性を睨みつけるイブキが挑発する

 「どうした。お前の方が強そうだが?」

 「その通りだが、今日は弟子の具合を見ておきたくてな。
 まぁ、そいつに勝てたら相手してやるさ」

 見目麗しい女性同士の戦いはひとまずお預けらしい
 地味め黒ぶち眼鏡男が眼鏡をくいっと持ち上げ、一歩踏み出した
 彼の思うんだの連発は、どうやらイブキや師匠の女性ではなく自分のパートナーのアリアドスに語りかけているらしい

 「まぁ、それなりにやれると思うんだ」

 「ほぅ、言い回しの割に自信がありそうではないか。面白い」

 「だから、あなたには言ってないんですよ」

 イブキのハクリューが先に動いた
 ドラゴンタイプの技、りゅうのいぶき
更に先制したので彼女の能力であるSD(ステイタス・ディキング)の効果も付与される

 「アリアドス、どくばり」

 プッと細く鋭いどくばりを放つと、単調で弱々しいその攻撃にイブキがあきれる

 「なんだその攻撃は?」

 「いや、ヘドロばくだんとかわざマシン高いしさぁ・・・」

 りゅうのいぶきがアリアドスの真横に噴きつけてくるので、横跳びに避けた
 どくばりも命中せず、ハクリューが少し身体をもたげるだけでコトが済んだ
 お互い当てる気がなかったらしく、相手の動向やレベルを測ったと見るべきか

 「・・・やはり、お前が出てこい」

 「目の前の敵を見た方がいいですよ」

 イブキが師匠を名乗る女性をまた挑発するので、地味め黒ぶち眼鏡男が首を傾げて言う
 その言葉にそれもそうか、とその男と向き直る

 「さっさと片付けてしまえばいいわけだからな」

 「頑張ってくださいね。アリアドス、どくばり」

 再び放たれたどくばりだが、今度は狙ってきた
 攻撃範囲がピンポイントなそれだが、速い
 どすっとハクリューの身体に刺さると、少し苦しそうな表情になる
 
 「りゅうのいぶき」

 それも一瞬といって差し支えない程度の間、すぐに攻撃に移るとアリアドスはいとをはいた
 かなうわけもなく、その糸はまさに一瞬で焼き尽くされて消えた
 りゅうのいぶきが直撃し、アリアドスが吹っ飛んだ
 
 地味め黒ぶち眼鏡男がそれを横目で見る
 直撃だが、まだ戦える・・・充分だ

 カサカサカサと地味め黒ぶち眼鏡男のアリアドスが這って移動し、糸を吐き続ける
 アリアドスの吐く糸は2種類、硬く鋭い攻刃の糸と粘着性の高い守護の糸
 今見えているのはすべて守護の糸のようだ、触れればからめとられ動きが鈍るだろう
 イブキは糸の流れる先をしっかりと見極め、避ければくっつく先がないそれは地面に落ちていく

 「すばやさ下がるのそんなに嫌ですか。アリアドス、こわいかお」

 「っ! ハクリュー、りゅうのまい!」

 こわいかおで素早さをがくっと2段階落としてきたのに対し、りゅうのまいで攻撃と素早さを1段階上げてくる
 −2に+1

 「アリアドス、こわいかお」

 連続して放たれる素早さを下げる技、攻撃も上げるとはいえりゅうのまいでは間に合わない
 このまま素早さが下がり続ければ、イブキの能力は無意味になってくる
 アリアドス自体の素早さはかなり低い方だが、これだけハクリュー側の素早さを落とされたら・・・・・・ひるみはあくまで先制でなければ効果として現れないのだ

 「ハクリュー、まきつく」
 
 「アリアドス、どくばり」

 まきつくの初動が遅い、こわいかおの影響は確かに出ている
 行動順・攻撃を先に放ったのはハクリューだったが、攻撃が先に相手へ到達したのはどくばりだった

 「弱攻撃ってのは威力は低いですが、PPが多く、攻撃行動がシンプルなので速くて・・・鍛えやすいんですよ」

 ハクリューが毒状態になった
 そのせいで苦しみまきつくの行動が乱れ、攻撃が外れた

 「おのれ、だが状態異常など私達の前には無意味と知れ!」

 ハクリューの特性だっぴは状態異常の時、数ターン内にそれを回復する
 りゅうのまいによって上がった攻撃力でのアドバンテージはこちらにあるのだから、イブキの攻勢は衰えない

 「りゅうのいぶき!」
 
 「遅いですよ」

 アリアドスがカサカサカサと先に動かれてしまった
 何故だ、とイブキがハクリューを見ると粘着性の高い糸がからみついている
 長い身体が悶えた時に地面に落ちたものがくっついてしまったらしく、地面がべとべとしたから動きが鈍くなったのか

 りゅうのいぶきは直線的な攻撃だから、首の向きを見ればどこに向けられているかはわかる
 しかし、身体の素早さは落ちても、りゅうのいぶきそのものの攻撃速度は落ちていないはずだ
 一度放ってからでは、アリアドスの元の素早さでは避けられない・・・

 「・・・」

 そうだ、まるで予め攻撃する場所がわかっていたかのようだ

 「音とは振動」

 ハクリューが分身、いやだっぴして毒状態を回復した
 アリアドスがまたどくばりを放つと、イブキのハクリューに吸い込まれるように当たった
 身体の素早さが落ちたことで回避出来なかったというより、先を予測されたようだ

 イブキが目を凝らすと、周囲に・・・・・・か細い糸が張りめぐらされていることに気付いた
 いつの間に、こんな沢山の糸がとイブキが驚く

 「ちゃんと敵を見ろ、と言ったはずですよ」

 それでも、これほどのものが張られていることに気付けなかったとは・・・・・・

 「行動もまた振動」

 地味め黒ぶち眼鏡男は、少し余裕を見せるようにその眼鏡をはずして曇りを拭った
 粘着性の高い守護の糸ではなく、これらはどうやら攻刃の糸らしい

 「私の弟子の能力を看破出来ないとは・・・少々強く見すぎていたよ」

 師を名乗る女性は笑った
 彼女の能力は何もない宙にも糸を固定出来る上、粘着性がかなり高い糸を出せるものだ
 糸の固定先が必要ない、という能力はトラップ系を多用する者にとっては非常に応用性が高い

 「弟子である私はね、大したものじゃないですよ。攻刃の糸が普通よりすごーく軽くてよく伸びるんですよ。
 ねー、師匠、これ能力って言えるんですかー。ポケモンの特殊能力って言うんじゃ」

 「誇れよ。ポケモンの特殊能力とは個々体のもの、お前のさっき捕まえたばかりのアリアドスでも出来るということはトレーナー能力だ」

 「うん、まぁ・・・そうですけどね。もっと派手なやつが良かったなと思うんですよ」

 地味め黒ぶち眼鏡男は眼鏡のふちをつまんで、ずり上げた
 「師匠に影響されたんですかね」とつぶやくと、師匠の女性は「相性のいい師弟になったではないか」と澄まし顔だ
 トレーナー能力は本人の資質の問題で、恋人でも何でもない一個人の影響で影響されることはない
 ・・・ただの偶然であることはわかっているのに、地味め黒ぶち眼鏡男はそうぼやいたのだ

 本来アリアドスの糸は重いものではない、普通の糸よりも軽くて丈夫だ
 地味め黒ぶち眼鏡男の守護の糸は通常レベルだが、攻刃の糸は特筆すべき軽さだ
 何千本束ねても重さを感じない、まるで何もないような糸

 その上で良く伸びる、伸びれば糸はより細くなる
 攻刃の糸は硬くポケモンの身体を貫くほどの強さを持つ、地味め黒ぶち眼鏡男の糸は軽くてどれだけ伸びてもその丈夫さは変わらないのだ
 細く見えにくくなり張りめぐらせたその攻刃の糸が、ハクリューの些細な動きを感じ取らせる

 「こんな糸、断ち切ってくれる!」

 ハクリューがその尾を振り上げ、結界となった糸を圧し切ろうとする
 そこにアリアドスが糸に乗っかり、からみついて身体とその糸を震わせる
 張りめぐらせた糸すべてが震えだし、奇怪な音を立てる
 ちょうおんぱにも似たそれにイブキは頭を抱え、ハクリューは糸に触れた途端に振り下ろした尾の方が浅く斬れた
 途中で攻撃を止めなければ、真っ二つに切断されていただろうことを想像するとぞっとする

 攻刃の糸は距離の離れた街路樹同士や住宅などによって張られている、これが可能なのは能力に値するほどよく伸びるおかげだ
 またアリアドスがその糸にからみつくことで微細な振動を起こし、攻刃の糸は触れたものを切り裂く斬糸に変わる

 どくばりの攻撃で相手を避けさせることで誘導、毒状態はレベルに関係なくHPの1/8ずつ削っていく
 いとをはくやこわいかおで素早さが下がった身体なら攻刃の糸の結界から伝わる振動で攻撃を予測、相手が企図を切ろうと触れてくれば意図的な振動により斬糸と化す

 「陣・敵討糸激(テキトウシゲキ)」

 策にはまったイブキ、苦虫を噛み潰したような顔をする
 攻撃の手を緩めたつもりはないが、地味め黒ぶち眼鏡男に対する決定打に欠けていたのも事実だ
 連戦の疲労があったのかもしれない、が・・・・・・

 「おのれ・・・ハクリュー、りゅうのいぶき!」

 「アリアドス、からみつく」

 攻刃の糸が震え、わななき、たるみ、幾重にも束になってりゅうのいぶきの軌道を逸らした
 りゅうのいぶきによって糸を焼き切ったが、アリアドスの攻刃の糸はまだある
 すべてを断ち切ろうとしても、殆ど見えない糸がどこにあるかもわからないまま乱発していたらPPが保たない

 「戦いは技の威力では決まらない。有利にことを進める積み重ねが大事だと思うんだよね」

 地味め黒ぶち眼鏡男は少しだけ、嬉しそうにアリアドスに語った
 師匠はぼそっと「戦局を変える一撃もあると教えたがな」とつぶやく

 イブキの周囲の、攻刃の糸が迫ってくる
 
 
 トキワシティ北―――トキワのもり

 がさがさと森の入り口付近、茂みが動く
 出てきたのは1人の女の子、2体のイーブイ
 女の子の服装はどこかぼろくて、白いキャップや黒いジーンズが葉や枝にまみれている

 「あぁ〜、ビードルキャタピーかわいかったなぁ。ピカチュウは会えなかったなぁ、けどビードルキャタピーかわいかったなぁ」

 その嬉しそうな言葉とは裏腹に、表情は少し沈んでいた
 
 「抱き締めたかったなぁ、けど・・・・・・虫ポケモンって抱きしめると何か体液みたいな汁がぶちゅって出そうで怖いしなぁ」

 それで、らしい
 思い切り抱き締めたかったのに出来なかったから、今も手をわきわきさせて不満げの様子だ
 
 そう、思い切り好きなだけ長い時間抱き締めても汁とか潰れたりしないで・・・そんなかわいいポケモン・・・

 「・・・はっ!」

 遠目で見えるのはハクリュー
 かわいいかわいいと身体を震わせるところから察するに、女の子のツボにはまったようだ

 「そこのハックリューとトレーナーさぁーん、抱き締めさせてくださーい!」

 突然だ、本当に突然だった
 猛ダッシュでその女の子はハクリューの見えるところまで駆けていく
 ハイテンションが止まらない

 
 ・・・・・・イブキと地味め黒ぶち眼鏡男も、何らかの異変に気付いた
 先に気づいたのはアリアドスの攻刃の糸で周囲を知れる、地味め黒ぶち眼鏡男の方だった

 「?」

 ダダダダダダダダダと駆けてくる長髪の女の子に、地味め黒ぶち眼鏡男はぎょっとする
 トキワシティでイブキ達の戦いを様子見ていた、他の組織の人間もすぐには反応出来ずにすり抜けされた
 師匠の女性とそのアリアドスがその間に入り、乱入しようとした彼女の前に立ち塞がった

 「何だお前は・・・って、どこかで見た顔だな」

 「ハックリュー! ・・・って、何いじめてるんだお前ら」

 ハクリューとアリアドスのバトルを見て、女の子が急に憤る
 師匠の女性は思い出したのか頭を抱えるように、あきれて睨んだ

 「お前か。確かソラ・・・」

 「愛称スカイミスト! 本名ソラギリ! かわいいポケモン大好き! ちなみに男」

 なんで愛称を先に言う理由がわからない
 そんな自己紹介の後、間髪入れずに足元のイーブイに指示をする

 「やっちゃえ、『クインテットアターック』!」

 「アリアドス、防護」

 地味め黒ぶち眼鏡男のアリアドスを横からソラギリが狙う
 師匠の女性のアリアドスが太く粘着性のかなり高い守護の糸を編みこみ、ソラギリの放った5色の光を防いだ
 
 「!」

 一瞬でここまでのものを作り出すなんて、流石は幹部候補といったところか
 ソラギリも止められたことに驚くが、師匠の女性はさも当然という表情だ

 「ソラギリ。確か組織のポケモンを捕縛しようとして、逃亡中の身だな」

 「捕縛だなんて失礼な! 私はただ抱き締めて愛でたいだけですから!
 それと逃亡って何ですかっ? 気づいたら森のなかにいるし、わけわからないもう!」

 若干キレ気味にソラギリが、師匠の女性にくってかかる
 組織に追われていること自体が初耳、といった様子だ
 それでも自分がどんな状態でも何をしでかす身なのかは、理解しているようだった・・・

 女性と間違えそうなほど可愛い顔して男だという話だが、なるほど男の腕力で思い切り抱き締めたらポケモンも大変なことになるだろう
 ・・・・・・きゅっとイッちゃって、汁とか出ちゃいそうだ


 「そこのお前!」

 イブキが叫び、ソラギリに声をかけると彼がそちらを見る
 ハクリュー使いの人とわかると、ぶんぶんと手を振って応えてみせた

 「組織の人間ではないなら、手を貸せ! こいつらがカントー、ジョウト地方を制圧した人間達だ!」

 「え、何? 何ですかー?」

 師匠の女性と交戦しているせいでか、ソラギリはその呼びかけがよく聞こえないようだ
 この街に殆どの住人がいない状況など、事情もわかっていないので一からの説明をしている暇もない
 イブキも地味め黒ぶち眼鏡男の陣から逃れられず、苦戦しているなかで最良の言葉を選んで口に出した

 「ええい、この街ひとつ救ったらいくらでもハクリューを撫でさせてやるから手を貸せ!」

 「ハイー! 喜んでー!」

 即決、即答だった

 「レインズ、レイナ! ダブルで『クインテットアターック』!」

 ソラギリのイーブイ2体が特能技を放つと、師匠の女性もアリアドスの他にモルフォンを出した
 地味め黒ぶち眼鏡男のアリアドスも鳴き、陣の糸を震わせる

 トキワシティ、まだ波乱は続きそうだった



 

 To be continued・・・
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