〜更なる高みへ/000〜




 ボ〜〜〜〜〜ッと、時代錯誤な汽笛を鳴らし、船は海面を滑っていく
 空は快晴、しかし甲板に出ている人の数はそう多くない・・・いや乗船している人自体が少ないのだ
 
 「・・・平和、か・・・」

 手すりに寄りかかった青年がふぅっとため息を吐き、潮風をその身に受けていた
 隣にいたヨルノズクが口を開き、言った

 『あれから、何の音沙汰も無しかぁ・・・』

 「気になるよな、やっぱさ」

 ことの発端は何だったのだろうか

 青年の名は『レッド』、前々回のポケモンリーグ優勝者だ
 そして、この船には他にも彼に準じるだけの実力を持った凄腕トレーナーがいる
 前々回ポケモンリーグ準優勝者、兼現・トキワシティジムリーダーの『グリーン』
 同じく、第3位、及びカントー四天王事件影の功労者である『ブルー』
 カントー四天王事件を解決し、トキワの力を受け継ぐは『イエロー』
 マスク・オブ・アイス事件の解決者の1人が『ゴールド』
 同じく解決者の1人であり、捕獲のスペシャリストである『クリス』
 あと1人・・・同じく解決者であり実力ある少年がいたのだが、今はこのパーティにはいない
 全員が何らかの功績を果たし、それに見合うだけの実力を持った若きトレーナー達
 そうそうたる顔ぶれ、というわけだ
 
 だがしかし、そんな彼らでも太刀打ち出来ない組織や人間が現れた
 
 その組織の名は『The army of an ashes cross』
 未だ謎めいている「トレーナー能力」を駆使する能力者集団だ
 奴らの目的はゲームと称する『全地方の襲撃』らしい
 事実、既にジョウト・オーレ地方は奴らのその手で・・・壊滅している

 一度ならず、何度もそんな奴らに打ちのめされてきたレッド達
 だが、今レッドの横にいる「ヨルノズク/ガイド」の『シショー』の導きにより、彼らもまた能力者になり対抗することとなる
 旅するは『ナナシマ諸島』付近、修行とそれにかかるだけの時間稼ぎも兼ねて
 そして、そこでも様々なことが起きた

 「色々あったな・・・」

 『振り返るにはまだ早いよ』

 レッドはははっと、「それもそうだ」と苦笑した
 実際、色んなことがありすぎて、思い出すだけでもツラいこともあった

 「・・・でもさ、なんかすっきりしないんだよな」

 『同感』

 彼らの示し言っていることとは、勿論『カントー本土襲撃』だ
 近辺であるジョウト・オーレ地方は既に襲撃され、ジムリーダーはおろか住人の安否すら不明
 ポケモン協会本部はカントー本土にあるため、おそらくもう崩壊しているだろう
 しかし、奴らは何故か・・・カントー本土の属島である『ナナシマ諸島』は襲撃しないままでいる
 レッド達を泳がせるためか、それとも他に理由があるのか・・・ナナシマに住む人々は襲撃に怯え暮らしている
 そのナナシマ同士を行き来する手段はもう『シーギャロップ号』しかなく、レッド達も今『4のしま』行きのものに乗っている
 ただ、そんな交通手段が残されていたところで、ある意味どうしようもないのだった

 「・・・イマイチ、つかめないんだよなぁ」

 『あのディックって青年のことかい?』

 レッドが軽く肯いた
 そうも、その青年を筆頭に、組織に動きに無駄がありすぎるような気がしてならないのだ
ちらりとレッドが横目で、甲板でブルーとお喋りをし笑っているクリスを見た
 
 「クリスはどうだ?」

 『・・・どうもこうも、何にも憶えてないみたい』
 
 「そっか」

 レッドやグリーン、シショーはその場にいなかったのだが、ディックを初めとする四大幹部があの病院に現れたというのだ
 しかも、『再生』の能力者を連れ、生死を彷徨っていたクリスを救うために
 が、それについてや大火傷を負った経緯を当の本人はすっぽりと抜け落ちたように忘れてしまっている
 医者の見解では、重度のショック状態により記憶が飛んでしまったのだろうと話した
 だが、むしろその方が良かったのかもしれないと周りはどこかそう考えていた
 というか、あの病院の医者達は物凄く気の毒なことが連続して起こり、向こうの方がいっそ記憶を失くしたいと叫んでいたりする

 「まぁ、何にせよ・・・俺達はまだ強くなんなくちゃいけないってわけだ」

 『結局、そこに落ち着いちゃうんだよねぇ・・・』

 しかし、確かに能力者修行の方はあまり進んでいないことは事実だ
 慌ただしい移動や流されるままの行動の所為で、まだ充分なことは出来ていない
 一応、闘いの中でほぼ全員が能力に目覚めてくれたこと自体は良いのだが・・・

 「そろそろ腰を落ち着けて、じっくりと修行したいとこだけど・・・」

 『う〜ん』

 レッドが手すりにあごを載せ、ふーっと息をついた
 3のしまから4のしまへの移動は少々長い、その所為か速度も速くなかなか強い潮風が顔に当たってくる

 「レッドさぁ〜ん」

 振り返って見ると、イエローがパタパタとレッドに向け走ってくる
 そして、お約束のように何もないところでつまづきかけた

 「おいおい、大丈夫か?」

 「あ、はい」

 イエローがえへへへと笑って誤魔化した

 「で、どうした?」

 「あ、えっと、チョコレート貰っちゃいました」

 嬉しそうにイエローが箱入りのチョコを見せると、レッドとシショーがたしなめた

 「駄目じゃないか、知らない人からものを貰っちゃ」

 『きちんとお礼は言ったのかい?』

 まるで子供扱いだ

 「む〜、皆貰ってたんですよ」

 「うん?」

 イエローが言うには、船の中で落ちこみ泣き出しそうな少年や少女が何人もいたらしい
おそらくカントー本土から避難してきた子供達らしく、あんな事件があった所為だろう・・・隣にいる親も表情が暗い
 そんな彼らにチョコを渡した男の人がいたんだという、その効果はてきめんで、あっという間に皆は嬉しそうな顔になった
 親も男にお礼を言い、子ども達は嬉しそうに箱の包装を開け、美味しそうにチョコを食べ始める
 するとどうだろう、話を聞いた他の子供達まで男に群がってしまったんだと・・・勿論、その子達にもチョコをあげたそうだ

 「へぇ、いい人じゃん」

 「で、なんだかよくわからないけれど、ボクも貰っちゃったんです」

 『ふ〜ん、でも、よくそんなにチョコ持ってたねぇ・・・』

 「大体、10人ぐらいでしたし、チョコ好きなんですよ、きっと」

 イエローが包装を開けようとすると、船の中から子供達と一緒に人が出てきた
 それに気づくと、イエローはその手を止め、振り返って言った

 「あ、あの人です。チョコくれたの」

 男の足下にいるのはチョコをあげた子供達だろうか、すっかり懐いてしまっている
 風貌も別に奇抜でもなく、どこにでもいるような好青年だった

 「ああ、じゃあお礼言っておくか」

 「あ、レッドさん達はチョコ食べませんか?」

 『僕は遠慮しておくよ』

 レッドもシショーに同意し、「あげるなら、クリスとブルーだろ」と言った
 確かに、グリーンは甘いものを食べそうにないし、ゴールドは船内を彷徨き回っているため見つかりそうにない
 無難な提案にイエローは肯き、タタッと小走りで彼女達の方へ走っていった
 レッド達はその男の方へ行こうとしたが、その前に向こうの方から近寄ってきた
 足下にいる子供達も男の元から離れ、元気に甲板を走り回り始めた

 「やぁ」

 「こんにちは」

 男がにこやかに挨拶すると、レッドもそれに応じた

 「先程はどうも有り難うございます」

 「ああ、チョコのことか。気にしなくてイイよ、あれはオレの趣味みたいなものだから」

 「はぁ・・・」

 その物言いに首を傾げるレッドに、男はすっと手を差し出した

 「ガム、食べる?」

 その手に板状のガムが入った紙製の包装があった
 レッドは少々戸惑ったが、向こうの行為を素直に受け取ることにした


 バチンッ

 レッドが思わず指を引っ込めた

 「って!」

 「あははは、引っかかった引っかかった」

 男は無邪気にそう笑うと、レッドは苦笑した
 それはよくあるオモチャで、ガムを取ろうとするとバネ式の仕掛けで指をはさめるというものだった

 「いや、すまない。では、此方が本物だ」

 男はにやりと笑い、ポケットからまた同じ包装のガムを取りだした
 レッドは顔をしかめ、なかなか手を出せない

 「どうかな?」

 「・・・すみません、遠慮しておきます」

 「賢明かな」

 男は気を悪くしたような素振りも見せず、ガムをポケットにしまった
 それから手すりに背中を寄りかけ、甲板を走り回る子供達を見た

 「いや、元気でイイねぇ」

 「・・・そうですね」

 少なくとも、今は・・・

 「オレ、箱入りチョコをな、1ダース持ってきたんだ」

 また何もないところでこけているイエローを男が指差し、続けて言った

 「あの子で11箱、残りはオレの手元に1個だけ」

 「えっ・・・」

 「別にイイって言っただろ。この為に持ってきたんだから」

 男がぼそりとそう言うと、レッドは「はぁ・・・」とぽつりと言った

 「いつ見ても、笑顔というのはイイものだ」

 「はい」

 「オレはね、そんな笑顔が好きなんだ」

 「(なんだ、普通の人じゃないか・・・)」

 レッドがほんの少し安心して、男の顔を見た
 もしかしたら組織の能力者かもしれない、いつもそんな風に人を疑っていた気がする
 それはいけないと、レッドは心から反省した
 
 「ねぇ」

 「はい?」

 「もしさ、この船に爆弾が積まれていたらどうだろう」

 レッドの顔に、ほんの少しだけ緊張が走った

 「『あるわけがない』、そんな風に思えないんだよ」

 「あるわけないですよ」

 「・・・乗客はどうなるんだろう」

 「俺達が助けます」

 男が驚くようにレッドの方を向き、苦笑して言った

 「出来るのかい?」

 「やります。やってみせます」

 「頼もしいなぁ・・・」

 男とレッド達の目線はイエローの方に自然と向いた、ブルーとクリスの前できゃわきゃわといっている
 ふっと息をつき、男が言った

 「もし、爆弾のスイッチが何も知らない乗客の手に委ねられていたらどうだろう」

 ポケットからチョコの箱を取りだし、それをもてあそびながら続けて言った

 「未開封の包装を破くと、その場で小型の爆弾が持っていた人を吹き飛ばし、連鎖で船のエンジンも・・・」

 いやな汗が流れた

 「悪質なロシアンルーレット。弾は1発、回数は12・・・その内10は無事だった」

 イエローが持っているチョコは、11箱目・・・・・・
 そして、ぴりりっと今、包装を破こうとしている瞬間だった

 「『イエロー!!!』」

 レッドとシショーは大声で怒鳴り走り出した
 当のイエローはその声に驚き、思わず手の中の箱入りチョコを落としてしまった
 そのまま落ちた衝撃で、もしかしたら・・・・・・

 『「こうそくいどう」』

 シショーが技を繰り出し、素速く箱入りチョコを地面に落とさず拾い上げた
 レッドはイエローやブルー、クリスに思い切り身体ごとぶつかり、その場に伏せさせた

 「え、え、え??」

 「ちょ、何すんの・・・・・・!」

 レッドがぜいぜいと必死で息を切らしているのを見ると、何だか文句もうまく言えない
 そのままレッドが顔を上げると、向こうに立っている男がにこにこと手を振っていた
 唖然としてシショーも「みやぶる」で箱の中を調べた

 『・・・ただのチョコだね』

 「はぁ〜〜〜、なんて人騒がせな・・・」

 「それよりも、説明して貰いましょうか!」

 押された所為で手すりに背中を打ち付けたブルーがそう凄みをかけて言うと、レッドも慌てて抑えていた手をどけた
 とっさのこととはいえ、少々乱暴が過ぎると同時にかなり恥ずかしい
 イエローは折角貰ったチョコに何かけちをつけられたようで、少々涙目で恨みがましそうにレッド達の見ている
 文句を言うべきはあの悪戯好きの男なのだが、面倒なことになる前に早々に退散したようだ

 「・・・えー、あの・・・その・・・」

 ここでタイミング良く、4のしま到着のアナウンスが船内や甲板に響いた
 それに合わせ下船準備をしようと、レッドが逃げるように退散しようとしたのだが・・・

 「問答無用っ!」

 ブルーがぷりりに「トライアタック」の指示を連続で出し、レッドは時間いっぱいまで甲板の上を逃げ惑っていたのだった・・・


 一方、遠目からそれらの様子を見ていたグリーンはため息を吐き、さっさと下船準備を始めていた

 「何やってるんスかね、先輩達?」

 「さぁな。今は他人のふりをしておいた方が良いぞ」

 たまたま一緒になったゴールドにそう言うと、彼も「へーい」と同意し、あとに付いていった・・・





 ・・・・・・


 「・・・あ〜、疲れたぁ」

 「自業自得よ、そんなの」

 散々ブルーに追い回されたレッドがため息を吐きながら、4のしま桟橋を歩いていた
 皆もすっかり下船し、早速この島のポケモンセンターを目指す途中だった

 「おい、待て」

 そう言い、レッド達の前に影が立ち塞がった
 太陽を背にしているので、此方側からは逆光なのだ

 「・・・何だ、お前は?」

 「ポケモンを出せ」

 野太い男の声が、そうレッド達に要求を突きつけた

 「なんだぁ、やろうってのか!?」

 「聞こえなかったのか、全員、育てたポケモンを見せてみろ」

 その物言いにカチンときたゴールドが相手にくってかかるのをレッドが止め、ちらっとグリーンの方を見た
 するとどうだろう、あのグリーンが素直に男の要求を聞き入れ、『ハッサム』を出した

 「な・・・」

 「いいから。皆も出すんだ」

 「・・・・・・」

 何だかよくわからない上に、仲間からもこう言われてはどうしようもない
 皆がおそるおそる、渋々とそれぞれ1体ずつポケモンを出した
 
 レッドはピカ、ブルーはカメちゃん、イエローはゴロすけ、ゴールドはバクフーン、クリスはパラセクト
 ポケモンセンターへ行く前だが、皆、肌つやも良いし見せるだけなら申し分ない

 「どーだ。よく鍛えられてんだろ」
 
 ゴールドが胸を反らし、鼻高々にそう言った
 が、目の前の男の口からブチッと音がした

 「・・・・・・ッ!」

 「?」

 「・・・これで最後の希望の星だと? 笑わせるなッ!」

 男は大声を張り上げた

 「お前らカントー地方とか本当に救う気があんのかっ!

 「ンだとぉ、ふざけやがって!」

 バクフーンが首から炎を噴き出し、ゴールドと共に臨戦態勢に入った
 周りは落ち着けと言うが、今までのこともあり、熱くなった今の彼らは容易に止められない

 「莫迦にすンじゃねぇ! 俺達がどんだけ頑張ってんのか・・・」

 「結果が残せなきゃ、努力なんか無意味だ」

 「ッ! 言わせておけば・・・!」

 「やめろ、ゴールド」

 ブルーのカメちゃんがバクフーンを抑えつけ、グリーンがそう冷静に言った
 だが、ゴールドは止められなかった

 「テメェは何様のつもりだっ! 名乗れ!」

 「・・・・・・」

 男がポケットから煙草らしきものを取り出し、口にくわえながら言った


 「俺の名はガイク

 見下すように、その男は言った

 「俺についてこい。お前らを鍛え直してやる」




 
 ・・・・・・

 
 レッド達を乗せていたシーギャロップ号は現在、4のしまと5のしまの中間を進んでいた


 男が手すりに寄りかかり、最後の箱入りチョコの包装を開け、海に放り捨てた


 チッチッチッチッチッチッチッチ・・・

 次の瞬間、巨大な爆音と共にこの船のエンジンが爆破され、ギギィッと大きな音を立てて傾き始めた
 先程チョコを貰い、嬉しそうにしていた子供達と親から泣き声と悲鳴が上がり、まさに阿鼻叫喚だった

 「クッ、ククククク・・・」

 傾き沈んでいく船にも動じず、男はこらえきれなかったのか、そう笑い声を漏らした


 ああ、好きだとも・・・笑顔が





 こうして、希望が恐怖へ・・・泣き顔へと変わり引きつる様は・・・


 ・・・・・・


 同時刻、ナナシマ唯一の交通手段であるシーギャロップ号が総て、あちこちの海上や格納庫で爆破された
 更に爆破の影響とは思えないが・・・海底の一部が変化し、島と島の間に存在する潮流が益々激しくなり、『なみのり』での交流も不可能となった
 上空でもまた気流が乱れ、次々に野生の鳥ポケモンが海や各島に落下する


 完全に島同士が孤立した
   




 To be continurd… 


 
 
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