〜更なる高みへ/005〜




 くんくんくんくんくんくんくんくん・・・

鼻が無意識の内に動き、なんだかいいにおいがそこをくすぐった
 それが一度気になりだすと、何となく確かめたくなる
 もぞもぞと柔らかなベッドから抜け出し、眠い目をこすりながら部屋を出た
 
 見慣れない廊下を歩き、広いリビングを通り、そのまま真っ直ぐと歩く
 勿論、においをたどっているのだ

 「・・・にゅ〜」

 ふらふらと半開きの扉から中に入り込んだ辺りで、ようやく脳が少しだけ起きてきたようだ
 そこは食堂であり、見慣れない廊下は昨日からお世話になっているガイクの家のものだからだ 

 「・・・なんだ早いな、イエロー。まだ外は暗いぞ」

 「はひ、おはやうしゃんです・・・?」

 食堂の奥、台所の方から何やら香ばしいいいにおいが拡がっているようだ
 イエローがくんくんと鼻を鳴らしているのを見て、ガイクはそれにつられて起きてきたのだと気づいた

 「(随分と食い意地がはってるのか? 昨夜、お手洗いに起きてきたのも茹でたてのソーセージにつれられて・・・)」

 「はれ? 何してるんです?」

 大分意識が定まってきたらしい、うまく舌も回ってきたようだ
 そして、ガイクはまたイエローが手に毛布を握りしめて引きずっていたのに気づいた
 それに苦笑し、「もう起きる気なら、毛布を返してきて、顔を洗ってから出直してこい」と言った
 イエローはこくりと素直に肯き、ぱたぱたと部屋に戻っていった


 「・・・で、何をしてるんです?」

 時刻は確かに午前4時半前、陽はまだ完全に出てこようともしない
 イエローは顔を洗い、食堂の自分の席に座ってガイクの動きを眺めていた
 彼が動くたびに、台所から更に香ばしくいいにおいが食堂いっぱいに拡がり、なんだか熱気で温かい

 「養育場のポケモン達用のパンを焼いているんだよ」

 「パン!」

 イエローがその言葉につられ、台所・・・調理場の中に入ってみて驚いた
 そこには山程の食パンがつまれており、どれも見ただけで素晴らしい出来だとわかる

 「これを1人で!?」

 「ああ。日課だからな。じいちゃんやばあちゃんももう働いてるぞ」

 そうだ、ここはポケモン育て屋さんなのだ
 朝、昼、夜と預かったポケモン達の面倒を見て育て、預け主に返すことでお金を貰える職業だ
 そういった意味ではある意味牧場に近く、きっと毎朝も早いに違いない
 とはいったものの、この食パンは総てのポケモン用というわけでもなく、本来は自分で食べるものは自分で採らせるが此処の方針だ
 が、預かっている中には虫ポケモンもいるため、それらを捕食されないように鳥ポケモンに配るためのもの
 勿論、それ以外にも食パンを必要とするものもいるので、焼く時は相当の数が必要になる

 「そっかぁ、それでパンが焼けるんですね。すごいなぁ」

 「うん? いや、このウチの家事は全部俺の担当なんだが」

 そこ言葉にイエローが固まった
 つまり、昨日貰った昼食も夕食も、長旅や風呂で出た山程の洗濯物を洗ってくれるのも・・・皆、ガイクがやっていたということなのか

 「それと悪いが、お前らの為のパンは焼けてないんだ。どうせなら、焼きたてを食べて貰いたいからな。
 ウチは朝食はパンも出る。今日はバターロールとホテルブレッドでも・・・とどうした?」

 「い、いえ・・・何でも・・・」

 イエローがなんて言ったら良いのかわからず、黙りこくってしまった
 そう言えば、昨夜の夕食時にガイクは「味に関してなら、どんどん文句を言え」と言っていた
 あれは少しでも皆のことを思っての言葉で、しかし皆はそれもわからずに・・・つい色々と意見を挙げてしまった
 別にガイクだから、おばあさんが作ったものと思ったから・・・いや誰が作ったからどうとの問題でもなく、それは本当の客人の態度だったろうか
 この家の人は皆いい人過ぎて、少しわがままにふるってしまっただろうか・・・そう思うと、気分が落ちこむ
 
 「・・・そうだ。ポケモン用なんて聞いたら食べる気も失うかもしれんが、ちょっと味見してくれないか?
 バターや乳製品などは使ってないが、人間でもこの食パンは普通に食べられるからな」

 「え、あ・・・・・・いいんですか?」

 ガイクが嬉しそうに肯き、焼きたてのところをむしってイエローに手渡した
 ほかほかと温かいどころか、熱々で思わず手の中で踊ってしまう
 それでもぱくりと一口食べると、パァッと顔が一気に明るくなってしまう程だ 

 「おいしい・・・!」

 「人の食べられないものをポケモンにあげるわけにはいかないからな。
 ・・・俺はじいちゃんやばあちゃんの好みに合わせて今まで作ってきた。
 だが、今日からはお前らにも合わせたものを作りたい。だから、ああやって率直な意見を聞いたんだ。
 出来る限りの協力はすると決めた、食事は生活の根本だ。食事が合わないとかで、お前らの体調を崩したくない。
 それに、俺は好きでやってるんだから、そんなことを別に気にすることじゃない」

 心の中を読まれていたようだ、イエローはまた思わず縮こまってしまった
 が、ガイクは「もうひとちぎり食うか?」と聞くと、うずうずと身体が反応してしまい、結局「はい」と言ってしまった
 ガイクの焼くパンには不思議な力があるのか、それを食べている間は幸せな気持ちで一杯になり、後ろ向きになんか物事を考えられない

 「(・・・なら、ボク達に出来ることは、自分で出来ることは自分でやること。
 少しでも、ガイクさんの負担を減らさないといつか倒れちゃうよ)」

 まだ何日、十何日泊まるかわからないのだから、そのぐらいは心懸けなくてはいけないだろう

 「さてと、んじゃあパンを裏庭に運びますかね」

 ガイクがチャーレムを出し、少しずつパンを浮かせて食堂から運んでいく
 一度に運ぼうとすると、その量の所為で食堂の扉につかえるからだ
 そうすると今度は時間が惜しいので、ガイク自身も持てる限り抱え込んで運ぶのだ

 「あ、あの! ボクにも手伝わせてください!」

 「・・・・・・。そうか。そいつはありがたい。じゃ、固まり2つ持っていってくれるか」

 身体の小さなイエローではそう量は持てないことはわかっているし、本人だってそうだ
 だが、それでも少しでも助けになりたいという気持ちは伝わってくる
 イエローは熱々の食パンの固まりを両脇に抱え、わたわたと食堂から裏庭まで足を運んだ

 実はそれが終わってからも仕事がある
 牧場と養育場の方の管理や見回り、そして今日の朝食のパンを焼くことに皆が起きてきたら汚れた服やシーツをまとめて朝の洗濯をする
 イエローはそれを思うと頭がグルグルとし、どっと疲れてしまう
 レッド達が来る前から、こんなことを毎日していたなんて・・・昨夜までは想像もしていなかった
 いいとこ、家事は分担作業かと思っていたのだが・・・老夫婦の歳も考えれば、当たり前のことなのかもしれない

 「(少しでも、少しでも負担を軽くさせなきゃ・・・!)」
 
 と、イエローは意気込む
 そんな考えが手に取るようにわかるガイクは苦笑し、同時に他に何か彼女に出来る範囲で教えられるものはないかと思案していた

 
 こうして、また4のしまでの1日が始まったのだ




 
 ・・・・・・


 6時を過ぎた頃から、皆がもそもそと起き始めてきた
 同時にその頃、あまりの重労働にイエローがリビングのソファーでぐてっと倒れていた
 その為、イエローの代わりに、ソファーで寝ていたグリーンがガイクの作業の手伝いをさせられている

 皆もその光景に驚き、この家の家事を総てやっている事実も知り、同時に先程のイエローと同じ様に反省もした
 そして、何か手伝えることはないかと聞けば、「もう殆ど無いから、お前らのポケモンをみていてやれ」と返されてしまった
 勿論、それは事実であり、イエローやグリーンの手助けが無くても、同じことを言われたに違いないと思う
 それだけ、ガイクの動きには迷いも何もなく、まるで機械のようにてきぱきと動いている
 皆は複雑な表情になりつつも、言われた通りに自分達のポケモンの体調チェックをすることにした

 「・・・ぃっきしょんっ!」

 「先輩、何か噂でも?」

 レッドに早く起こされたゴールドが、先程からクシャミを連発しているその本人に言った

 「いや、昨日の夜の、汗をちゃんと拭かなかったからかな? 寝冷えしたみたいだ」

 「ったく、気をつけなさいよ。 ・・・ん?」

 ブルーが焼きたてのパンの香ばしいにおいとは別の、何か甘い香りに気づいた
 が、あまりに淡い香りなので、こういうものに敏感なブルー以外は気づいていないようだ
 同時に、そんなブルーでさえ、その元がわからないでいる
 色んな意味で常人じゃないレッドに訊こうとしたが、彼は今、肝心の鼻が詰まっている

 「(花の匂いかしら? キンモクセイっぽいけど、季節が全然違うし・・・・・・香水?)」

 が、それ以上の追求はせず、ブルーは無視することにした
 気のせいかもしれないし、こんな淡い香りではちょっと風が吹いただけですぐに散ってしまうからだ


 7時ぴったりに、ガイクが食堂に集まるように告げた
 皆は言われるままに動き、イエローもフラフラになりながらも何とか到着した
 その皆が動く時も何となく先程のいい香りがしたのだが、食堂から流れてくる香ばしいパンのにおいにすぐに打ち消されてしまった

 皆はまた昨夜指定された自分の席に座り、パン以外に温かいスープが用意されているのに驚いた
 机の上には焼きたてのバターロールが山積みにされ、ホテルブレッドは切り分けずに熱々の所を自分の手でちぎって食べるよう言われた
 自家製の作りたてのバターや各種のジャムもあり、皆は・・・・・・本当に驚いていた

 「では」

 「「「「「「「「「『いただきます』」」」」」」」」」





 ・・・・・・


 朝食を食べ終えたあとの1時間は食休みとされ、無理な運動はしないようにガイクに言われた
 勿論、彼はその間に洗濯を始めるようなので、レッド達は干す作業だけでもとバルコニーにて手伝っている

 「・・・そういえば、気になっていたんだけど・・・」

 ブルーが慣れた手つきで、パンッと洗濯物を拡げ干しながら言った
 ちなみに女性陣の下着類に関しては、ガイクがやっているということもあり、自分達の手で総て洗い、部屋の中でこっそり干すことに決めたそうだ
 勿論、当事者のガイクとしてもその方が実際ありがたいと述べ、以後干渉しないことに取り決めた
 ただし、たまには部屋干し(影干し)だけでなく、窓辺で陽の当たる時に天日干しするようには忠告されたのだが
 同時にそうと知った以上、女性陣は日頃から部屋を散らかさないようにならなくなった
 間違っても部屋を掃除してくれるガイクに「入るな」などとは言えない以上、これは当然の心構えとなる

 「ガイクのトレーナー能力って何なの?」

 まだ聞いちゃまずいことかとも思ったが、本人は「言ってなかったか」と別段に気にしていないようだ
 ゴールドは勿論、言われてみればと・・・皆が聞き耳をそばだてた
 何しろ、昨日はおそらくそれを使い、レッド達全員を倒してしまったのだから
 
 「俺の能力は『トレーナー・アイ』ていうもんだ」

 「・・・効果は?」

 「『対象ポケモンを視ることで、そのステータス及びコンディションの詳細を知ることが出来る』。
 ま、簡単に言えばお前らの持つポケモン図鑑でわかる情報を、俺は見るだけで視ることが出来るつーもんだ」

 ガイクがパンッと洗濯物を伸ばし、それを張り巡らされた糸に引っかける

 「そう、察しの通り、俺もゴールドやクリスのように直接バトルに影響するような能力じゃあない。
 が、俺の眼は相手の覚えている技やレベル、身体能力値・・・知れば有利になる情報を常に得るのさ」

 「はぁ・・・。てっきり、かくとうポケモンの素早さを上げる〜みたいな、そういう能力だと思ってたわ」

 「え? じゃあ、昨日はそれこそ『能力者の特典』や自分のポケモンの身体能力値だけで先輩達に勝ったんッスか!?」

 ガイクが不敵に笑い、「『だけ』ってわけでもねぇけどな」と言いながらも肯いた
 ゴールドの口はあんぐりと開き、まさに開いた口が塞がらないと言ったところか
 勿論、他の皆も同様で・・・改めてガイクの実力に驚いた

 「成る程。まさに育て屋の能力と言ったところか。
 常にポケモンの状態や身体能力値がわかれば、次に何処を育てるべきかの判断が容易だ」

 「まぁ、最初から図鑑を持っているお前らが会得しても無意味な能力だがな。
 が、お前らは昨日のバトルで図鑑を殆ど使わなかった。面倒だし、危ないからだろ?
 いちいち手元を見て、画面を確認し操作するなんてしてたら、すぐにやられちまうものな。
 そういうところを見れば、俺は『視る』だけだから、使い勝手は俺の方が上だな」
 
 「で、でも・・・それだけじゃレッドさんやグリーンさんには勝てないと思うんですけど・・・」

 イエローの言葉に皆が肯く、それ以外にもまだ他にも何か仕掛けがあるのかもしれない が、ガイクは首筋をぽりぽりとかき、その返答に困っているようだ 

 「・・・んー、しいて言えば、俺の方が能力者歴が長いからだろうなぁ。
 能力者と一般トレーナーじゃ、ポケモンの育ち方に差が出る。それが長い期間であれば、尚更だろう。
 少なくとも、お前らはつい最近まで一般トレーナーと変わらない存在だったんだからな。
 イエローとは同じか、やや俺の方が能力者やってる期間が長いし・・・あとは心の差か」

 「心の差?」

 「つまり、戦闘においての気概や能力者としての自覚の差ってことだ。
 常に勝つ気でいるのと相手を傷つけたくないのとじゃ、戦い方ががらりと変わってくる。
 前者は思えば何でもやれるが、後者はやれることに制限がかかっちまう。
 また後者の場合、力で押し切るなどといった強引な戦法が苦手になったりする。
 これはバトル後の経験値に大きく関わってくる。倒したポケモンから貰える経験値は種ごとに一定だが、俺が言いたいのはトレーナーの実戦経験値ってやつだ。
 ポケモンが幾ら強くなろうと、トレーナーの腕が悪かったり未熟だとそれを活かせない。
 厳しいようだが、イエローはまだそういった面で俺にはかなわないってことだ。
 また自分と一般トレーナーが完全に違うものであるとの自覚も、またポケモンの育ち方に影響するしな。
 例えば、自信満々なトレーナーが育てたポケモンと常に弱気なトレーナーが育てたポケモン・・・どっちが心身共に強くなると思う?」

 皆は「自信満々な方」と満場一致で答えた
 もしかしたら、常に弱気な方が育て方がうまいかもしれない
 何故なら、弱気の方が弱いポケモンと多く闘い、数多く闘えば闘う程に最終的にはそれがステータスに大きく関わってくるからだ
 が、ポケモンの精神面においてはそうは言えない
 弱いポケモンとばかり闘ってはトレーナーやポケモン自身にも自信がつかないし、何よりいざという時に持っているはずの実力を発揮出来ないことが多い

 「能力者と一般トレーナーじゃ更にその差が大きくなる。
 それに俺は育て屋の孫、育てに関してはプロだからな。それも自信につながり、結果的にはポケモンも強く育つってわけだ」

 ガイクが総ての洗濯物を干したのを確認すると、空になった洗濯籠を持ち上げた
 そして、バルコニーから裏庭へと飛び降りると、持っていた合い鍵で家の中に入っていった
 それを皆がぽかんと見ていると、その本人が気づき、「この方が早いんでな。驚かせたか」と平然と言った
 そう言うとすぐに家の中に入ってしまい、その姿が見えなくなってしまう

 「・・・・・・ゴールド、お前の道のりは果てしなく険しそうだぞ」

 「・・・うッス」

 「まぁ、要するに・・・性格共々、ガイクさんが一種の『理想のトレーナー像』ってことには間違い無さそうですよね」

 「確かに、自身のトレーナー能力を理解し完璧に把握し使いこなし、ポケモンの育て方や体術・戦術においても超一流。
 『大したもんだわ』とか、そういうレベルの話はとっくに通り過ごしているわよねぇ・・・」

 果たして、ゴールドだけでなく皆も修行最終日にはあのガイクを越えることが本当に出来るのだろうか
 昨日のバトルは先ず間違いなく、あの結果が今の実力差・・・・・・相当の努力が必要となる

 『弱気は厳禁。さっき、ガイクがそう言っていたじゃないか』

 何処にいたのかシショーの言葉に後押しされ、皆はもう一度決意を新たにした
 と、ここでまた裏庭に出てきたガイクが大声で皆を呼んでいる
 どうやら、食休み1時間とやらを過ぎ・・・これから裏庭で修行を始めるらしい

 「よし、行くか!」

 流石にここから飛び降りる気はまだないので、皆は駆け足で家の中に戻っていった





 ・・・・・・


 〜本日の朝食〜

 ・バターロール
 ・ホテルブレッド
 ・作りたてのバター
 ・ジャム各種(いちご、マーマレード、ブルーベリー、梅/いずれも無農薬)
 ・野菜スープ
 ・牛乳
 ・珈琲
 ・紅茶
 ・冷水
 




 To be continued…



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