〜更なる高みへ/012〜



 「禅だ」





 ・・・・・・


 ちり〜ん、ちり〜んと可愛らしい鈴の音が耳の奥まで響いた
 そういえば、座禅の終了を告げるのにそれを使うと聞いたことがある
 皆はふっと息を吐き、大きく伸びをした

 「う、う〜〜〜ん。肩痛ぁ」

 「・・・終わり? 何十分くらいやったんだ?」

 「ま、30分てとこだ。最初から長くやる気はないし、それで集中や精神が乱れたら元も子もないからな」

 それだけしか経っていないのか、もう1時間以上はやっていたと思ったのに
 皆はめいめいに叩かれた肩や腰を押さえ、また慣れない体勢だったからか身体が痛い
 とここで、ガイクの横をふわふわと、何だか可愛らしいポケモンが宙に浮いているのに気づいた
 見た目はまさに風鈴といった形で、先程の音はこのポケモンの鳴き声らしかった

 「わぁ、可愛いなぁ」

 「ん? 見かけないポケモンだな、オーレかホウエンの・・・か」

 「そうだ。ホウエン地方でも限られた地域にしか生息しない珍しいポケモンだ。
 個体名はチリーン、♂で特性はふゆうのエスパータイプ、身長・体重・得意技は・・・・・・」

 流石は『トレーナー・アイ』、そのポケモンに関する情報を詳しく教えてくれる
 
 「・・・・・・と、まぁこんなものか」

 「凄いですね。オーキド博士みたい」

 イエローが目をきらきらさせながら言うが、ガイクは苦笑した
 
 「この眼で視られるのはせいぜい各部の体長や特性、性別や技、能力値ぐらいだ。
 お前らが持ってる図鑑に表示されるような個別データや最近よく聞く『努力値』なんかは幾ら眼を凝らしても視えない。
 つまり、良くも悪くも図鑑程度のものしか、表面上のものしか視えないというべきか・・・。
 俺の対となる能力は、努力値や内面にあるものを視通せるらしいんだが・・・会ったことがない」

 「え、じゃあそれ以外のは・・・全部独学なんですか? 生態とかも?」

 ガイクが肯き、そして言った

 「・・・・・・やっぱやらせるべきだな。・・・うん、次の修行は2階で行う」

 「裏庭でバトルじゃないんスか?」

 「もしかして、朝っぱらからトレーニングルーム?」

 ガイクが手をヒラヒラと振りながら、「今まで通り、ついてくりゃわかる」と言った
 横にいたチリーンがガイクの後を追っていき、皆もそれに付いていった





 ・・・・・・


 ドサドサッと机の上に山積みに置かれた本、ガイクは本棚から色々と引っ張り出している

 「・・・・・・」

 ここはトレーニングルームではなく、書斎だった
 扉を除いた四方を大きな本棚で囲まれ、その周りにも本が無造作に積まれている
 その中央には机と椅子があり、まぁちょっとした図書館と思ってくれればいい
 ・・・そんなところで、何の修行をやるのかと・・・想像して見れば・・・

 「察しの通り、残りの時間・・・午前中はお勉強タイムだ」

 本を抱え、どさっと机の上にまた置いたガイクが言った
 そして、既に何人かは頬が引きつっている

 「ま、幸いタマムシ大学の過去問なんかも揃ってるから、な?」

 「ちょちょちょちょぉーーーーーッ!!!? ななな、なんでこんなお勉強しなきゃなんないんスかぁ!」

 ゴールドが絶叫した、勉強が嫌いというか大学入試という言葉に反応したのだろう
 ガイクは大学ノート配りつつ、平然と答えた

 「あ? そりゃ、決まってンだろ。これからの戦いに勝ち残る為だよ。
 バトル中は図鑑を使う暇がない、なら自分の頭で補うしかないだろう?
 知力・体力・時の運ってな。最後のはどうにもならんが、それ以外は修行やら何やらで高めてやれる。
 ていうか、お前らホウエン地方のポケモン知識に関して言えば、ちょっと無さすぎる」

 『ちり〜〜〜ん』

 「・・・ま、まぁそりゃそうだけど・・・」

 「それにな、能力者の起源はホウエン地方にありとまで言われているんだ。
 少なくとも、名前とタイプぐらいは把握しとかないと、この先のバトルで戸惑うぞ」

 「「「「「「えぇっ!!?」」」」」」

 それは初耳だ
 ガイクは「ていうか、知らなかったのかよ」と呆れて言った
 
 そういえば、これまで襲ってきた刺客・・・能力者の中に、ホウエン地方特有のポケモンを連れていた者が少なからずいた
 もし、本当に能力者の起源がホウエン地方にあるのなら、あの組織の大元もホウエン地方から生まれ、なお存在しているのではと考えられる
 ならば・・・・・・確かに、ホウエン地方のポケモンについても学んでおいた方が良さそうだ

 「わかったンなら、文句を言わずに始める。図鑑ほど正確じゃないが、ホウエン地方の資料もあるしな。
 何かわからないことがあれば、そこのシショーとやらか俺に聞けばいい。
 他の数式だとかのお勉強はグリーンに聞け、俺はポケモン関係以外は苦手だ。
 ・・・ていうか、これは俺の憶測にしか過ぎんのだが・・・学力で劣っているの、ゴールドとイエローだけじゃないか?」

 ドキィッと胸を貫かれ、図星も刺された
 勿論、2人の頭が悪いのではなく、勉強の要領が悪い為に他の皆と劣っているだけに過ぎない
 というか、この2人はこういったことでよく指摘される為、ある意味・・・問題児コンビといえよう  

 「んじゃ、先ずは1時間をめどに始めるぞ」

 ピッとガイクが時計のボタンを押し、皆は各々机の上に置かれた本を取った
 ゴールドとイエローもそれらを取って開いて見たのだが、文字が多くて目がちかちかしそうだ

 「・・・うぇ」

 ゴールドは早々とその本を諦め、ぐるっと机に座っている皆の方を見てみた

 グリーンは何やら分厚い本を片手にノートに何やら書いており、ガイクは嫌がるシショーの足を引っ張りつつ細かな観察をしている
 ブルーは本自体は薄いが、何冊も重ね照らし合わせて、丁寧に要点だけまとめているようだ
 レッドとクリスは隣同士で、共同でタマムシ大学の過去問を解いているらしい
 しかも、その2人はガイクやブルー達から席2つ分ぐらい間を空けており、何だか入り込めない

 「(・・・あんな仲良かったっけ? まぁ、先輩は元ジムリーダー候補生だったわけだし・・・)」

 「ゴールドさん、これわかります?」

 イエローにそう聞かれ、その方へ振り返ったゴールドがどれどれとそれを見せて貰った

 『問題:野生で捕まえたばかりのキュウコン・レベル45の実力を草原で試してみることにした。さて、ここでトレーナーがキュウコンに「かえんほうしゃ」の指示を出すと、どれだけ草原の面積(平方m)を焼き尽くすことが出来るだろうか。風向きは南西。外気温24度。湿度18%。天候は晴れ・・・』(基は実際に作者が受けたタマムシ大学の入試問題です)

 ・・・・・・ゴールドが石化した
 ひょいっとその本の表紙を見てみると、案の定・・・タマムシ大学の過去問だった

 「・・・わかりませんッス」

 「そうですか・・・。じゃあ、誰かに聞きましょう」

 ぽんと手を打ち、イエローが誰に聞こうかと悩んだ
 皆、それぞれの勉強に集中している為、少し聞き難いのだ

 「・・・ん? どうした」

 だが、幸い声をかける前にレッドが2人に気づき、手招いてくれた
 その時、クリスが驚き、ほんの少しだけ強張った

 「(・・・・・・ぅ、なんかオーラが・・・)」

 ゴールドとクリス達の間に流れるオーラに気づきもせず、イエローは無邪気に近寄り難問のページを開いて見せた
 レッドはふんふんと覗き込み、そしてゴールドとは別の意味で固まった

 「・・・おい、これはわかんねぇとまずいぞ」

 「だって、草原に『かえんほうしゃ』ッスよ? レベルも高いし、湿度以前に、先ず大火事に・・・」

 「そこでもう引っかかっているのよ」

 クリスの言葉にイエローとゴールドは首を傾げた

 「・・・野生のキュウコンは『かえんほうしゃ』なんか覚えない。わざマシン使わないと。
 よって、答えは0平方mだ。湿度やレベル何だのは、受験者を惑わせる為のトラップだってーの」

 「「・・・・・・」」

 流石にまいったのか、イエローとゴールドは落ち込んでいるようだ
 いや、もっと冷静に、タマムシ大学の過去問だということに気を取られなければわかたかもしれない
 しかし、「〜〜〜だったかもしれない」なんて、そんな言い訳は実戦時には先ず通用しない
 その為には、詰め込んだ役立つ知識をいつでも引き出し、活用・応用出来るようにならなければなるまい 

 「なんだなんだ。俺が一から頭の方も鍛え直してやらなきゃ駄目なのか?」

 ガイクがずいっと身を乗り出し、ゴールドとイエローの顔を交互に見た
 2人は素直に「お願いします」と言い、頼んだ

 「・・・何から始めるか。ま、興味のあることから始めるのがこの場合は良さそうだな。
 例えば、『能力者の内面』ってのはどうだ?」

 「内面?」

 ガイクの言葉に、皆がずいっと乗り出してきた
 どうも、これから個々のお勉強会から、ガイクが教師となっての授業になってしまうらしい

 「・・・思うように、うまいように話が進まねぇのな。陰謀か?」

 「人生なんてそんなものよ。で、内面てどういうこと?」

 ブルーが当たり前のように切り捨てると、ガイクは苦笑とため息混じりで話し始めた

 「お前ら、能力者とのバトル時に性格が変わったヤツ、もしくは相手自身の性格が変わったこととかなかったか?」

 「?」

 「具体的じゃないわね。性格が変わるって、例えばどんな?」

 「戦う前はそうでもなかったのにバトル中は非常に好戦的になったとか、凶暴・残酷になったとか」

 思い起こしてみると、そんな様なことがあったようななかったような・・・
 そもそも相手は唐突に現れ、突然消えてしまうのだから、バトル時前後の性格の比較なぞ出来そうもないのだが

 「・・・でもまぁ、そんなヤツがいたような・・・?」

 「それがどうかしたんですか?」

 ガイクはくわえタバコを上下に揺らしながら言った

 「性悪説って知っているか?」

 「しょうわる? 誰がスか」

 「いや、『せいあくせつ』だろう。どうしてそんな間違え方をするんだ、お前は・・・」

 グリーンがそう言うと、ゴールドは「いや、なんとなく・・・」と誰かの名前を言いかけ、そして慌てて口を塞いだ
 恐らく、何らかの心当たりがある人物からの異様な殺気めいたものを感じたのだろう

 「性悪説とは、荀子が唱えたモンでな。『性善説』っつー、反対のものもある(こっちは孟子が唱えたんだが)。
 要するに人間の根本・本性はである、というやつでな。
 だが、たゆみない努力・修養によって善の状態に達することが出来るとも言っている」

 「?」

 「トレーナー能力ってのは、個人の内面が深く関わり作用している。
 環境や性格、扱うポケモンの好み・・・その人の総てが詰まっているといっても過言じゃない。
 だからこそ、能力の発動時にはその人の内面がよーく現れちまう。例えば、ストレスとかうっぷんなんかもな。
 普段は抑えてられるのに、バトル時になると一気に噴出しちまうんだ」

 「それが原因?」

 「ま、そうとも言えるし違うとも言えるな。
 いつまで経っても犯罪が無くならないのは、人間の根本が悪だからだと俺は考えている。
 いや、別に悪を肯定したり善の心を信じていないわけじゃないし、むしろ性善説を信じたい。
 だが、能力者に出会い闘うたびに、そういった抑えきれない人の凶悪な面を多く視ちまうんだ・・・」

 それは悲痛な叫びだった

 トレーナー能力を得た者は、このポケモン社会において周囲とは比べようのない強大な力を得るのに等しい
 もし、そんな彼らが性悪説にのっとった人の内面をさらけ出したとしたら・・・能力を持たない者達はどう思うだろうか
 情緒不安定とは違う、人の醜さを・・・・・・直に感じるような能力者とのポケモンバトル
 能力者の迫害の根には、それがどこかにあるのではないだろうか
 同時に、それを実行に移した能力を持たない者達もまた・・・人の醜さを露わにしていたということだ

 忘れてはならない悲劇
 決してそれらは知らされず、知る者は逃れるように・・・目を逸らし続けていた歴史の一端

 「・・・俺は善を信じるぜ。何があっても、絶対に悪を正してやる」

 「その通りだ。悪は栄え続けることは出来ない。過去の歴史がそれを証明している。
 しかし、人間はこれまで栄え続けてきた。それは人間は悪を正し、善の道を進むことを選んできたからだ」

 『でも、人の行いに善悪はなく、それは後の人々が後付けするものだから・・・』

 「難しいことはわかんないですけど、とにかく悪いことはしちゃいけないんです」

 「確かに悪の道を選ぶのは簡単で、善を貫き通し続けるのは困難だけど・・・迷うべき事じゃないわよね」

 「ま、正義は必ず勝つってね。漫画でもゲームでも、かんぜ・・・かんぜ・・・」

 「『勧善懲悪』。それは確かに基本ね」

 クリスに決め台詞を取られ、ゴールドがぶうぶうと文句を言った
 
 「・・・その気持ち、忘れるんじゃないぞ」

 ガイクの言葉に、皆が口を揃えて言った

 「「「「「「『当然!』」」」」」」

 「なら良い。・・・・・・昼飯の準備をしてくるから、勉強や読書でもしててくれな」

 皆が返事をし、各々勉強に取りかかった
 ガイクは後ろ手で扉を閉め、一息吐いた
 
 それから、ほんの少し駆け足で階段を下りていった

 「お前も、迷うんじゃないよ」

 ふと階段を下りている途中で、上から声がした
 振り向いて見れば、いたのは育て屋婆さんの姿・・・ガイクは「・・・・・・。・・・はい」と言った

 「・・・ところで、今日の昼飯は何じゃ?」

 「リクエストがあれば、出来る限りお応えします」

 ガイクの言葉に、育て屋婆さんがにんまりと笑った





 ・・・・・・

 〜本日の昼食〜

 バイキング形式
 ・蒸したて肉焼売
 ・五目野菜入り蒸し餃子
 ・海老蒸し餃子
 ・特製小龍包
 ・角煮まん
 ・揚げたて春巻き
 ・黄韮入り湯葉の香り揚げ
 ・大根餅
 ・貝柱の炒飯
 ・焼きそば
 ・春雨サラダ
 ・ザーサイ
 ・胡麻団子
 ・蒸しカステラ
 ・タピオカ入りココナッツミルク
 ・烏龍茶
 ・プーアール茶
 ・ジャスミン茶
 ・冷水




 
 To  be continued…
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