〜更なる高みへ/021〜



 「ひどい雨ね・・・」



 ・・・・・・


 修行9日目

 朝食後、座禅・・・筋肉痛による脱落者1名
 座禅後、お勉強会・・・現在判明されているポケモンのタマゴグループについて

 昼食後

 「じゃあ、始めるぞ」

 「・・・はい」

 ガイクとクリスが向き合い、真剣な表情でいる
 それもそのはず、これから彼女が『お湯』に・・・精神的外傷に立ち向かおうとしているのだから

 「レベル1。先ずは小手調べだ」

 ガイクの合図と共に、足下のシャワーズが『しろいきり』を放つ
 だが、クリスの顔色に変化はない

 「・・・成る程、これは平気か」

 「あ、はい」

 「んじゃ、レベル2な」

 どこから取り出したのか、ガイクはその手にやかんを持っていた
 そして汽笛に似たピィーーーーーッという音と共に、白い湯気が噴きだす
 少しずつ迫ってくるそれにクリスの表情が明らかに変化した、見る見る内に血の気が失せていく

 「無理をするな。元も子もなくなる」

 「わかってます」

 ガイクはキレイハナの『アロマセラピー』で落ち着かせ、スリープに『ふういん』と『さいみんじゅつ』の指示を出した
 クリスの荒い呼吸が次第に整いだし、湯気を見る目が変わってきた

 「・・・言っとくが、これは『慣れた』わけじゃねぇ。あくまで一時的だ」

 「・・・・・・」

 「焦る気持ちはわかるが、今日はここまでだな」

 クリスはふぅっと小さく息を吐くと、ガイクはタオルを手渡した
 うっすらと額が汗ばんでいて、これは湯気だけの所為ではないと気づくのには少々時間を要した
 「ありがとうございます」と言うと、「まぁ、頑張れや」と返ってきた

 「あ、そういえば・・・皆は?」
 
 「修行の半分近くを自主トレに切り替えた。ただし、此方が指定したメニューはやることを前提にな」

 例えば、『素手崖上り下り2往復』などとそれぞれに指定し、それをクリアーした者から個人個人が思うままに自主トレに励む
 自主トレが効率よく出来ない者は指定を増やしてやればよく、その後ではシショーの指導を仰いでもいい
 この方がガイクからすれば非常に楽で、実は早くこうしたかった
 だが、最初の内は見てやる必要があるので見送っていたらしい

 「んじゃ、今日の分の指定な」

 クリスに紙片を渡し、ガイクはすたすたと歩いていく
 とりあえず何が書いてあるのか、彼女はそれを開いて覗いてみた

 「・・・・・・」

 見なかったことには出来ないだろうか、そう真剣に深く考え込んでしまった・・・


 ・・・・・・

 
 「無理です〜〜〜! シ〜ショォ〜!」

 『頑張れ、イエロー! 負けるな、イエロー!』

 「だったら攻撃してこないでください!」

 またシショーがイエローを虐めているようだ、逃げる彼女は必死だ
 それもそのはず、ガイクとシショーの指示で一切のポケモン使用を禁止されている
 こんな追いかけっこで何を鍛えているのかよくわからないが、とにかくそれがかなりハードなことは身を以て知っている
 
 「・・・あ〜、やってるやってる」

 その様子を遠目で見ているのはレッド、足下にはヘルガーがいた
 つい先程進化し、デルビルとは身体の大きさも迫力も、何もかもが段違いだ
 図鑑で確かめてみると、実際・・・表示されている画像に比べて若干違いがあるように見える
 ここの環境によるものか、もしくはトレーナー能力と何か関係があるのだろうか
 
 「・・・・・・」

 レッドはチャッとあるボールを手に取った、中にはギャラがいる
 ついこの前、ポケモンセンターで療養させたばかりだが、また調子がおかしくなりつつある
 過去に受けたR団の薬物実験は、それだけ根が深かったということなのだろうか

 心の傷は、決して癒えることはないのだろうか・・・・・・
 
 「(今日の夜、ガイクに頼んでみるか)」

 クリスと同じ様な心のケアを、同時に野生に近いこの環境下での療養を
 その方が、ギャラにとっては良いことかもしれない

 「うっし、いくぞ! ヘルガー!」

 ヘルガーは雄々しく叫び、レッドと共に草原を駆けていく
 まだニックネームはない、よそよそしいので早めに付けてやりたいところだ
 ヘルガーとくれば、『ヘル』か『ガー』か・・・それとも・・・


 ・・・・・・


 「話はわかった。引き受けよう」

 「サンキュな」

 夕食後、レッドがガイクにギャラを渡した
 この前のポケモンセンターの時とは違い、常に様子がわかるというのは有り難かった

 「それはそうと、ヘルガーに進化したのか」

 「あ、ああ。ニックネームはまだ悩んでるけど」

 「そうか。早めに決めてやれよ。ところで・・・」

 レッドとがガイクが何やら育成談議を始め、何だ何だと周りが集まってくる
 しかし、その輪に加わらない者が1人いた

 ゴールドだった

 少し珍しいなと思い、ブルーが声をかけた
 こういう人が集まる時には、必ず飛び込むように輪に入っていくからだ

 「なんかあった?」

 思えば、今日の午後の自主トレ以降からこんな感じだった気がする
 そう、どこか違う・・・いつものゴールドではない
   
 「・・・ソーナンス、倒しました」

 話に聞いたこの裏庭中で最強のポケモンのことだろう
 確かゴールドはそれを倒す為、今まで頑張って挑んできたのではないか

 「じゃあ凄いじゃない」

 「凄くないッス。その代わり、こっちの手持ちはほぼ壊滅しましたから」

 ブルーは目を真ん丸くした、それが気落ちした理由か

 「向こうのレベルは?」

 「確か65前後でしたけど・・・」

 そんなソーナンス、野生では出現しない
 やはり育て屋という環境が、ポケモンのレベルを上げ、全体的に平均能力値を底上げしているのだろう

 「倒したっていっても、こっちの技を皆跳ね返したからッス」

 カウンターはカウンター、ミラーコートはミラーコートでしかない
 反射技は一般的に一度相手の技を己の身に喰らい、その上で受けたダメージを2倍に返す技だ
 ゴールドのポケモンも弱くはない、むしろ強い部類に入る
 そんなパーティの技総てを喰らえば、気絶して当然とも言える

 だからこそ、ゴールドは納得出来ないのかもしれない
 
 「・・・アイツを一撃で倒せるぐらいにならないと」

 「それは・・・急ぎすぎじゃない? 焦ったって何もないわよ」

 ブルーの言葉は尤もだ、何事も段階的に上げていった方が良いものになる
 
 「でも、俺の能力は戦闘向きじゃねぇ。
 ただでさえ、出遅れているってのに・・・また差が開いた」

 レッドのデルビルはヘルガーに、ブルーのケーシイもユンゲラーに進化した
 他の皆も、少しずつ成果を出し始めている
 
 「もっと強くならないと・・・誰も・・・」

 ブルーは何も言わず、そっとその傍を離れることにした
 今の彼に何を言っても意味は無い
 これは本人の心の問題で、解決しなくてはいけないのも本人自身だ
 
 誰でも一度は味わうこと、そして乗り越えるべき壁

 しかし、ゴールドは余りにも気負いすぎている
 このままだと、いつか破裂してしまう・・・

 「(でも)」

 かけてやれる言葉がない
 彼本来の性分でさえ、気負っているもので押し潰されているのだ
 それをバネにして、またいつものゴールドに戻ってくれることを見守るしかない

 そして、その時、彼はきっと・・・今まで以上に強くなれるだろうから


 ・・・・・・


 それから1週間・・・・・・

 2週間・・・

 3週間が経過した


 ・・・・・・
 
 
 「本当ですか!?」

 イエローが興奮気味にそうガイクに聞き返した

 「ああ、レベル5までクリアした。
 長時間は無理だろうが、半身浴ぐらいならもう平気だ」

 ガイクはふっと穏やかに笑い、「これも本人の意志が強かったからだ」と付け加えた
 イエローはクリスの手を取り、ぴょんぴょんとその場で飛び跳ねた

 「良かったですね。凄いじゃないですか!」

 「はい。ありがとうございます」

 クリスも思わず涙ぐむと、皆が朗報を聞きつけ、集まり始めた
 皆からの祝福、これまでの道のりはつらく長かった
 しかし、ただ1人だけ一線を引いている者がいた

 ゴールドだ

 あれから3週間経過したが、まだ壁を乗り越えられていなかった
 指定をこなした後、毎日のようにソーナンスと戦い続けた
 それでも駄目だった
 いくら倒そうが、パーティの半分は犠牲となるのが不満なのかもしれない
 いや、そうではなかった

 ゴールドはクリスに何も声をかけず、駆け出し裏庭へ出た
 広い庭を駆け回り、息が切れそうになっても、その速度を決して緩めなかった
 
 そして、目当てのこの裏庭最強のソーナンスを見つけた
 ゴールドは自ら、がむしゃらにぶつかっていった
 ソーナンスは冷静に、カウンターでそれを弾き飛ばした

 「・・・・・・ッ!」

 なんだこの非力さは

 ゴールドは果敢に、ソーナンスへ飛びかかる
 結果は同じだが、それでもその行為を繰り返した

 俺だけこんな所で足踏みしているわけにはいかねぇんだ!


 レッドさんはまだいくらでも強くなれる余地や素質、能力を持っている
 新たな仲間、ヘルガーの『ルガー』も順調に育成が進んでいる

 グリーンさんはリザードンの『ブラストバーン』を完全にものにした
 今はレッドさんやブルーさんにその秘訣の伝授、ガイクから育成を学んでいる

 ブルーさんは持ち前の要領の良さで、能力の把握とそれに合わせた訓練を順調に進めている     
 ハイドロカノンだって、いずれものにするに違いない

 イエローさんは相変わらず能力を使った訓練は殆どしていないが、その分ポケモンに関する知識を学んでいる
 シショー付きっきりで体力面のトレーニングをし、以前よりも逞しくなっている
 
 クリスは先程知った通り、精神的外傷を乗り越えつつある
 それと同時に何かを得たのか、今まで以上の力を感じることがある

 俺だけが、俺だけが何も変わってねぇ!!

 毎朝の個人のサンドバックトレーニングも欠かさない
 拳から血が出て、ガイクに何度も止められた
 それでも、レッドさんやガイクなんかにはかなわない

 イエローさんと同じ様に勉強で頑張った
 一生分の脳味噌を酷使したと思ったけれど、能率はさほど上がらなかった
 彼女はどんどん先へ進み、ゴールドはいつも少しだけ遅れた

 俺だけが! 俺だけが!

 こんなところで足踏みしている

 まだ目指すべきものは雲上よりも遥かに高いのに

 いくら頭上に手を伸ばしても、足下から沈んでいく

 それで気落ち? 冗談じゃねぇ!

 格下上等! 這い上がってやる!!

 だから、こんなところで足踏みしている場合じゃねぇんだッ!



 何度も何度も弾き飛ばされるが、ゴールドは何度も何度も立ち上がる
 服が泥にまみれようとも、身体中に擦り傷が出来ようとも構わなかった

 今のゴールドの脳裏に浮かぶのはジークを筆頭とした『四大幹部』、まだ見ぬ『幹部候補』達
 そして、ガイクやレッド達も同様だった

 越えたいと願うから、

 「バクフーン!!!」

 共に戦いたいと願うから、

 ゴールドがポケモンを出す、ソーナンスが改めて臨戦態勢に入った
 ソーナンスにとっても1ヶ月間、毎日のように戦ってきた相手だ・・・
 それだけ手の内がわかっているということもあるし、幾度か負けたというプライドの問題もあった

 その宣誓として、

 成長の証として、

 俺はこいつに勝たなきゃなんねぇんだッ!!


 「『かえんほうしゃ』あぁぁあッ!!!」

 ゴールドの叫びに呼応し、バクフーンがとびきりの炎を放出した
 それがソーナンスにぶつかった瞬間、『ミラーコート』が展開される

 跳ね返され、2倍の熱量となったそれが、ゴールドとバクたろうに迫り来る
 避けることはしなかった、その行為自体が「負け」・・・逃げることに思えたから

 「うおぉぉおぉおぉお・・・ッ!!!」

 もう、俺は・・・・・・





 時間が止まったような、不思議な感覚
 目の前の炎は熱く感じるが、一向に動く気配がしない
 高打率を誇る野球選手が「ボールが止まって見えるんです」、そんなコメントがしっくりくる感じだった

 <よぉ>

 「・・・?」

 <聞こえてんだろ。今のお前なら、よ>

 幻聴か、それとも炎の熱で頭がおかしくなったのか

 <聞くけどよ、お前は何の為に戦ってんだ?>

 「何って・・・俺は・・・」

 <まぁいいや。偽善ぶった答えなんか聞きたくねぇんでな>
 
 何なんだろう、この幻聴は
 本当に頭がおかしくなったのか
 というか、「なら聞くなよ」とゴールドがツッコんだ
 それに、偽善ぶっているとは幾ら何でも・・・・・・

 <嘘吐くなよ。俺とお前の仲だろーが>

 「幻聴と知り合いになったおぼえなんかねぇ!」

 向こうは何やら笑っているようだ、本当に腹が立ってきた
 それから、いきなり向こうの声が鋭く冷たい刃物のようなものに変わった

 <ひとつハッキリしてる。お前は力が欲しいんだろ?>

 「・・・・・・」

 <嘘吐くなよ。正直にいこうぜ>

 「確かに俺は力が欲しい。けど、んなもん、俺自身の力でつかみ取る!
 だから、お前の助けなんかいらねぇ」

 頭の中で不思議に響く<声>が盛大に笑った

 <こりゃいい! なるほどなぁ、お前、リッパだよ> 

 「・・・いい加減にしろよ?」

 幻聴相手に口喧嘩なんて、本当にどうかしてしまったのではないだろうか

 <ま、その辺は気にすんな。言ったろ、俺とお前の仲じゃねぇか>

 「(・・・はっ倒してぇ)」

 幻聴相手に苛立つとは、相当頭にきているようだ
 今日は早めに寝た方が良いのかもしれない・・・

 <言え>

 「・・・・・・」

 <こいつはお前のもんだ>

 「・・・・・・」

 <いいか。今のお前はお前自身に嘘を吐いている>

 「・・・・・・」

 <いずれわかる>

 「・・・・・・」

 <わかる前に死なれちゃ困るんでな。ま、貸しにしといてやる>

 「・・・・・・」

 <遠慮無く使え。勿体ねぇからな>

 「・・・・・・」

 <言え> 


 ・・・・・・


 ハッと我に返った気がした

 それはソーナンスのミラーコートによる反射攻撃が、ゴールドとバクたろうの目前まできた瞬間だった
 同時に何かがのどの奥から、せり上がってきた
 抑えきれず、吐き出すように、ゴールドは言った

 「『ディブパクト』」

 バクたろうの様子が変わった
 背の炎が一層に燃え上がり、今まで以上に力が溢れてきているようだ
 そしてゴールド自身、その言葉を唱えただけで何かが満ちてきたようだった

 もう一度、叫ぶように言った

 「『ディブパクト』!!!!」

 



 何が起きたのか、一瞬も理解出来なかった
 

 目の前にある光景を理解するだけで、精一杯だった


 以前どこかで見たことあるような光景、ともしび山山頂の凄惨な光景に似ていた
 そして、そう・・・グリーンの『ブラストバーン』を放った後のような、焼けた大地
 
 その先には焼け果てた、黒焦げになったソーナンスがいた


 ゴールドは震えていた
 恐怖か歓喜か
 何故なのかはわからなかったけれど・・・





 To be continued…

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