〜更なる高みへ/034〜



 おれはその歓声を浴びるように立っていた
 

 ・・・・・・


 「おめでと〜、ガイクぅッ!」

 「・・・ああ、どうも」

 おれがそう小さく返すのだが、リサは思い切りバシバシと背を叩いて激励した
 それからコンテスト好きの大人達が同じように、おれに向かって突進・・・祝福の言葉を投げ飛ばしに来た

 「おう! すげぇな、小僧!」

 「おめぇ、どこん地方ん生まれだぁ!? よくあんコンボが決まったな!」

 「なぁ、ちょっとそのポケモン見せてくれよ? ウチの嫁と交換しねぇかぁ?」

 「隣のは彼女かい? しぶいのとにがいポロックあげてうまいこと磨き上げなよ」

 「ガハハハハハ! おめ、そりゃポケモンの話だろ。からいのもやっとけな」

 おれは苦笑しつつ適当にかわして、さっさと逃げ出した
 リサもその後について、おれを追いかける

 「すごいわね、人気」

 「まぁ、一応マスターランクレベルに引き分けたからな」

 そう、おれはリボンは手にしたが勝ったわけではない
 総合的な評価でほぼ互角の2人、どちらを勝たせるかと思えば将来性と話題性を見込んで歳の若い方を取ったに過ぎない
 完全な勝ちではない、が・・・今までに無い充足感と同時に総てを出し切ったという虚脱感があった

 「・・・まぁ、それもリサのコネのおかげか・・・」

 「違うって。私が頼んだのはガイクに出場チャンスをもう1回あげて、だけ。
 蹴って立たせたのは私だけど・・・その後のコンテスト結果は紛れも無く実力で捥ぎ取ったものだよ」

 リサの弁明を話半分に聞いて、おれはふぅと息をひとつ吐いた
 自分で聞いておきながらあれだが、なんだかどうでも良くなってしまった

 コンテストの中であれだけ自分を引き出したのは初めてかもしれない
 

 それにしても・・・

 おれは奇妙な感覚にとらわれていた
 何故、おれはマスターランク相手にあそこまで競い合うことが出来たのだろうか
 
 「(・・・あの時、おれは何かが『視えて』いた・・・?)」

 何が?
 具体的に何が視えていた?

 「(・・・・・・おぼえてない?)」

 本当は最初から何も視えていなかったのか
 それとも、当たり前過ぎて記憶に残らなかったのか
 感覚的に言えば、後者が近いかもしれない・・・不思議とそう思える

 「(会場の熱気にやられたか・・・)」

 ・・・いや、今は何を考えても無意味のような気がする
 とりあえず、少し休めるところで水でも飲むか

 「あ、リサ・・・ガイク」

 「ディック! どこ行ってたの?」

 「それよりさ、あの人どこ行っちゃったんだろう?」

 タイミングが良いのか悪いのか、ディックがうろうろしながら現れた
 その様子は誰かを捜している風で、まるで母親を見失った子供のようだ
 昨日とはあまりに違う雰囲気に、おれは少し戸惑うように驚いていた

 「・・・お、キミ、さっきの青空コンテストの優勝者だろ?」

 また声をかけられた、今日はにわか芸能人気分だ
 その時、リサはじゃんっとカメラを取り出した

 「そうだ。ガイク、写真撮らない?」

 「写真?」

 「青空コンテスト優勝記念!」

 ああ、それも悪くないかもしれない
 リサは先程声をかけてきた人にカメラを渡すと、ディックの首根っこをつかんだ

 「ほら、あんたも入りなさい」

 「え〜、もう写真撮るの面倒臭い」

 「大丈夫。私達は撮られる側だから」
 
 「じゃあ、撮られるの面倒臭い。早くあの人捜さないと」

 「ええいっ、やかましいっ! 写真撮り終わったら、私も一緒に捜してあげるから!」

 ぐずるディックをおれの横に並べて立たせ、リサはその反対側に回った
 リサは更におれの取ったコンテストリボンをしっかり見せるようにと指示し、それに従う

 「はい、ピカチュウ」

 カシャッと音がして、更にもう1枚2枚ほど連続して撮られる
 シャッターを押してくれた人に礼を言い、リサはカメラをしまった

 「さて、ディックに付き合うとしますか」

 リサはやれやれと言わんばかりに、ふぅとため息を吐いた

 「そうか。じゃあ、おれはどこかで休んでることにするよ」

 「あ、ガイクも着いてきてよ。会わせたいんだから」

 「? おれに会わせたい?」

 「そ。私達の導になった人」

 ・・・・・・・・・・・・ああ、導とは育ての話か
 昨日言っていた育ての指導者が、今日ここに来てくれているらしい

 「どんな人なんだ? 捜すんなら、容姿とか聞いときたいんだが」

 「ん〜、なんて言ったら良いんだろ・・・・・・って、あれ?」

 「・・・ああ、ディックがいないな」

 もう既に捜しに行ってしまったのだろう
 ここまで堪えがきかないとは、余程気がかりのようだ

 「ったく、あいつぅ」

 「この調子だと、ディックを捜した方がそのあの人やらにも早く会えそうだな」

 リサが「そうね」と同意した
 「多分、あの人もこの近くでガイクのことを見てただろうから」と更に続けた

 「それはおれの話をしたってことか?」

 「うん」

 リサと並んで歩きながら、ディックを捜し歩く
 「あいつ、あの人がガイクに興味持っちゃったからむくれてるところがある」なんて小さく言った
 
 ・・・・・・余程の美人なのだろう、あの人やらは

 
 「あ、リサ。どこ行ってたの?」

 右前方の人混みから聞き覚えのある声がする
 しかも、さっきとは全然違う上機嫌の声だ

 「・・・どーやら、捜し人は見つかったみたいね」

 「だな」

 おれとリサは人混みを掻き分け、声のする方へ向かう
 なんだ、青空コンテスト会場本部じゃないか

 ・・・・・・ちょっと待て、こっちは関係者以外立ち入り禁止だろ?

 「いやぁ、突然の提案、驚きました」

 「いえいえ、此方こそ無理を言ったようで」

 「とんでもない! 我々は常にエンターテイメントを求めなくてはいけない。
 観客を飽きさせるような真似をしてしまい、お恥ずかしい限り。その上、それについての打開策まで・・・」

 ・・・うーん、どこかで聞き覚えのあるようなないような・・・声だ

 「お、キミ、本部に用かい?」

 「ああ、さっきの優勝者の」

 またつかまった、いや今回はコンテストの会場係らしい
 それからその声を聞いたのか、本部のお偉いさんが顔を見せた

 「おお、これはこれは、先程は素晴らしい舞台を有り難う!」

 いや、ちょっと待て本部のお偉いさん
その横にいる人物、もしかして・・・・・・

 「やぁ、また会ったね」

 「・・・・・・おれは二度と会いたくなかったけどな」

 リサは「ん? 知ってるの!?」と驚いている
 こっちだって驚いてるさ

 まさか、こんな嫌過ぎる偶然がこの世に存在するなんて・・・な

 そこにはいつぞやのスカウトマン、もとい不審者がいた


 「さて、じゃあ少し先に懇意にしてるお店があるから、そこで休もうか」

 「いや、おれは・・・」

 と断る間も無く、がしっとその男とディックに両脇をつかまれる
 抵抗することも出来ず、おれはただ総て仕組まれたことでハメられたんだと・・・そう思うことにした


 ・・・・・・


 「どう? ここの珈琲の味は」

 「・・・・・・」

 悔しいが、最高レベルの味だ
 しかし、おれはそう口に出さず黙々と飲むことにした
 この味、いつか自分の手で再現してやる

 「コンテスト、見せてもらったよ。いい線いってる」

 「どうも」

 初対面の時、コンテスト関係者かと一瞬頭をよぎらせたのだが・・・まさか本当にそうだったとは・・・

 にしてもディックは、この男のどこがそんなにいいのだろう
 先程から付かず離れず、何故かべったりとしている
 男同士のカップルなんて、あまり直視したいとは思わないのだが・・・いやそれとは雰囲気が違うか
 なんていうか、親離れできていない子供・・・それがしっくりくる感じだ

 「・・・で、ちょっとは考えてくれた?」

 「・・・・・・あの時より、少しだけ、興味が沸きましたよ」

 この前の青年団とやらの勧誘を、今またここでされているのだ
 そして、今は少しだけ心が動いている

 「まぁ、最初は仮ってことでね。一度、見に来るといい」

 「どこへ?」

 「なんなら、今から来るかい? すぐそこだ」

 ・・・・・・流されてるな、どうも
 しかし、この流れに乗るのも悪くないと思い始めているのはどういう心境の変化だろうか

 「善は急げ。決まりだね」

 そう言うと、リサやディックが立ち上がり、ついでにおれも立たされた
 男がボールに手をかけたその瞬間、刹那の出来事だった


 ・・・・・・今までいた店とは、何もかも違う所にいた
 大理石、いや・・・何かもっと別の、神々しさで圧迫感をおぼえる程の純白の壁に囲まれた廊下
 その美しさ、完成度は他に類を見ないまでのものだった

 「・・・一瞬で移動した・・・のかっ!!?」

 「そう。『テレポート』でね」

 「! じゃ、じゃあここはポケモンセンターなのか!?」

 「世間一般とは違う性質を持つテレポートだから」

 その男は軽く笑って、そう返した

 馬鹿な、ありえない・・・

 「とりあえず、立ち話もなんだし、ちょっと見学がてら歩こうか」

 男が率先して歩くと、ディックとリサがその後に続いた
 おれもこんな広そうなところで置いてきぼりをくうわけにもいかないので、その後を追いかける


 「・・・ここは老若男女問わず、トレーナーの知力・体力・気力を充実させ、高めることを目的とした施設だ。
 まぁ、要するに団体の本部施設であるわけだけど・・・」

 男ががしゃっと音を立て、扉を開けた

 「ここは図書資料保管室。各地方の、あらゆる文献や論文を詰め込んだ部屋でね。今ではもう手に入らないものから最新のものまで、ごっちゃになってる。
 ここを通らないと、今向かってる部屋には行けないんだ。足元気をつけて、本当に凄いことになってるから」

 3人は手慣れた感じで本の山や崩れたところを避けて歩くが、おれはそうもいかない
 ふらふらと歩いている内に、やっぱり小さな本の山に気づかずそれにつまづいてしまった

 「大丈夫?」

 「なんとか」

 リサが心配して声をかけてくれたが、それより心配なのは貴重な資料をどうかさせてしまったんじゃないかってことだけだ
 おれは慌てて周りを見ると、ふと一冊の古ぼけた資料を手に取った
 そこには『MB理論』と書かれており、中を開くと割と子供のおれでも読める内容だった

 「・・・ああ、そうそう。資料が全部、真実を語ってるわけじゃないから・・・」

 要するに嘘やでたらめな論文なんかも混じってるということだろう
 しかし、その声は届かず、ガイクは初めて目にする論文の内容を頭に刻み付けていた・・・
 この論文が、レッド達に話したモンスターボール・位相空間のことだ
 そして、これが実はMB理論というものを被った別の意味を隠し示すものだったとは今のガイクでも気づいていない

 
 ・・・・・・


 「さて、何やかんやで部屋に到着したわけだけど」

 「無駄に広いな」

 純白の壁、荘厳たる部屋

 いや・・・部屋、というには規模が大きすぎる
 どうも野球場、ドーム球場ぐらいの広さはありそうだ
 その中心にぽつんとソファーやテーブル、紅茶入りのポットが置いてあるのだから可笑しい
 
 「まぁ気にしない気にしない。ここはまだ狭い方だよ。同じ大きさの部屋はまだあるし」

 ・・・・・・この面積と同じだけの部屋が複数とは、この建物自体どこに建てられているのだろうか
 テレポートで中に入ることと、何か関係があるのだろうか

 「そんなことよりさ」

 まるで、おれの心を読んだかのような発言
 直後、ガッと男の片手がおれのこめかみをわしづかみにしていた

 「!!!?」

 ディックとリサは動かない

 「「何をするんだっ!!?」」

 「「離せ!」」

 なんだ

 「「やめろっ!」」

 この感覚は

 「「口真似なんかするなッ!」」

 おれが先に喋ってるのか

 「「離せッ!!」」

 それとも同じ言葉を喋らされているのか

 「「随分とムラがあるようだけど、まずますだ。よくぞここまで」」

 いや、おれはこんなこと話さない・・・ッ!

 「「すぐにすむよ」」


 こめかみが熱く感じ、ジュッと焼けるような痛みを覚えた
 
 それから、つかんでいた手はすっと離れた


 「気分はどうかな?」

 「・・・・・・ぁ」

    おれの眼が

 「おめでとう」

    今日、この日より

 「能力者の仲間入りだ」

    完全に、新しい視界を目の当たりにした


 「・・・なんだ、この眼は・・・!?」


    『覚醒』





 To be continued・・・
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