〜更なる高みへ/035〜




 「・・・なんだ、この眼は・・・!?」


 ・・・・・・


 「気分はどう?」

 男は、そう悪びれも無く言った
 おれは男が手を離した途端、その場に崩れ落ちていた
 ディックとリサは興味ありげに、そっとおれの方を覗き込むようにして見ている

 「・・・何を、したッ!?」

 「キミの素質を目覚めさせてあげたんだ」

 「素質・・・・・・ッ!!?」

 「そう。類稀なる素質だ。他の人間には無い、素晴らしいものだよ」

 「随分とまぁ、上から人を見下すように言うもんだな」

 おれは自らを奮い立たせ、にらみつけるようにし立ち上がる
 正直、頭がぐわんぐわんと回るように痛む
 そして、肝心の眼が瞬きするたびにその頭痛はいっそう酷くなった

 「・・・今は無茶しない方がいい。その痛みも、あと6秒程で消えるから」

 ・・・・・・その言葉通り、頭痛は波が引くように静まっていく
 吐き気がするほど酷かったのが、まるで嘘のようだ

 「やっぱりこの方法は手っ取り早くて色々良いんだけど、ちょっと面倒だね」

 「ちょっと待て、何をした・・・・・・ッ!!!?」

 頭痛が治まり、おれが3人の方を視た
 するとどうか、今までとは全く違った視界がそこにはあった

 リサの腰元のボールから『ワカシャモ』『ビブラーバ』
 ディックの腰元のボールから『ブラッキー』『エアームド』というように中に入っているポケモンの文字が浮かび上がって視えた
 あのジョーイさんの時より、それを遥かに超えた鮮明さでわかる
 どんなポケモンを持っているのか、なんという名前なのか・・・が・・・だ

 しかし、あの男からは何も視えなかった
 確かにボールは持っているという確信があるにもかかわらず、何も視えてはこなかった

 それを見透かすように、男は言った

 「僕のは視えないよ。どれだけ、目を凝らそうと・・・そういう設定だから」

 男はにこりと笑った


 「設定は覆らない」
 
 「意味がわからん」

 男は肩をすくめ、ふっと息を吐いた
 それから、「まぁ、座って」とおれを促す
 ディックもリサもとうに座って、もうお茶をいれ始めている

 「とりあえず、君が何になったのか。それについて語ろうじゃないか」

 「・・・・・・」

 「先に言っておくけど、僕がこうして目覚めさせなくても君は遅かれ早かれ、最初からそうなる運命にあった。それは決定事項だった。
 誰を、何を恨めばすむ話じゃない。ただ、後戻りは出来ない道なのだと受け入れるしかない。
 そして、その為に話す必要がある。・・・わかるかい?」

 「決定事項? 未来は決まってなんかいない、切り拓けるものじゃないのか」

 ディックは不満そうにおれのことを見て、リサは何も言わずにクッキーをかじっている
ためにためて、男は首を振った

「未来はね、ひとつしか無い。僕達はその未来へ向けて流されてる。
 その到達する未来が狂わない程度にしか、抗うことも許されてない」

 「・・・!?」

 「君の能力はこの先、必要とされるものだ。そういったものは、例外無く時が来れば必ず目覚めるものだ。
 僕は、その時より少しばかり早めたに過ぎない。元々、目覚める寸前までいってたことだし・・・ね」

未来が、ひとつしか無い?

「そう、初めは小さなものだった。それが、時が経つにつれて大きく拡がった。
湧き水が、大河になるように。・・・でも、その先は自由に満ちた海じゃない。
初めと同じ、小さなもの。同じだけの時をかけて、今度は小さく狭まっていくんだ」

「それが」

「未来」

ふざけた話だ、どこの宗教勧誘から持ってきたのだろう

「ふざけてないよ。その為に用意したものもある」

「くだらん。・・・とりあえず、本題に入ってくれ。おれは何になったんだ」

 どすっとソファーに座り、差し出されたお茶を飲む
 そういえばさっきコーヒーを飲んだばかりだ、お腹がたぷたぷいっている気がする・・・

 「能力者、って知ってる?」

 「? ゲームか何かの話か?」

 「トレーナー能力に聞き覚えは?」

 「さぁ?」

 そこまで聞くと、男は「うーん」とうなった

 「・・・正直、ちょっとだけでも聞き覚えがあるとか思ってたんだけどね」

 「? どうしてそう思った?」

 「秘密事項」

 「……今更隠し事もどうかと思うがな。まァ、いい。続きを」

 「OK。ディック、資料室から何冊か持ってきてくれ」

 「うん、わかった」

 飲みかけのお茶を置き、ディックが小走りで先程通った資料室へ向かった
 おれはその行動に少しだけ疑問を抱いていた
 あんな面倒臭がり屋の彼が、あそこまで聞き分けが良いと・・・何か腹に一物あるんじゃないかと思いたくなる

 「それは無いよ」

 また、男はおれの心を読んだかのように答えた

 「彼は素直で、聞き分けのいい子だよ」

 そう言った時の男の顔は、何故だか背筋が凍りついた気がした
 生きた心地がしないとまではいかないが、少なくともまともに目を合わせられなかった
 なのに、一歩も・・・一向に逃げ出そうとも思わなかった
 むしろ、自らの意志でここに留まりたい・・・そんな風に思い出していたのかもしれない
 
    ああ、思えばもう既につかまっていたのかもしれない
    この、謎めいた男から感じる何かに・・・・・・

 「お待たせー。とりあえず、目に付いたの持ってきた」

 ディックがごっそりと資料を持ってきて、お菓子類が乗った皿を押し分け机の上に載せた
 正直、二重に驚いた・・・ディックはその細身で該当する資料を自分の背丈程も積み上げて持ってきたからだ
 それにこれだけ資料が揃っているということは、それだけ世間に知られているということではないのだろうか・・・

 「あ、ここにある資料の半分は僕が書いたものだから」

 ・・・・・・なんか別の意味で頭痛ぇ
いや、それを差し引いても大した資料の数だとは思うのだが・・・

 「これだけ資料や文献があるにも関わらず、世間に広まっていないということは・・・何らかの情報操作があったってことだよ」

 「!」

 「そもそも、能力者は排他されるべきではない」

 「それなのに、そういう結果になってしまったってことは・・・何かきっかけがあったんじゃないのか?」

 男は嬉しそうに、おれの顔を見て笑った

 「ご明察。その通り。ポケモン協会が、いつか気づくことではあったが気づかなくていいことに気づいてしまったからだ」
 
 「・・・何だって?」

 「何故、能力者は能力者なのか。能力者とは何なのか、それを知ってしまった。
 ある男が、それを伝えた。それが、きっかけさ」

 「?」

 ますますわからない・・・ていうか、話がどんどんそれてる気がするんだが

 「まだ君には教えられない。いつか、自分で知ることになるだろうからね」

 男はそう言って、お茶を一口飲んだ
 ・・・・・・で、本題はどこにいったのやら

 「君は見えるものを知る者だ。文字通り、目に見えて素晴らしいものだと思うよ」

 「見えるものを知る・・・」

 「そう。それが君だ」

 
    それから、語られた能力者の話
    総てを語られたわけではないから、おれが他に話せることはない
    むしろ要約すれば、基本的な『トレーナー能力とはポケモンに関する力、トレーナーが得る能力』ということぐらいだった
    しかし、当時のおれには衝撃的過ぎた
    こんな世界が広がっているなんて、考えもしなかった・・・
    同時に、知りたくなかったことを知ってしまったというものもあった


 「・・・もう、後戻りは出来ないわけか」

 「でも、君は何も悪くない。僕も悪くない。悪いのは、能力者の規制だ。
 能力者は先の可能性を示す最たる存在。先を進もうとするものが危険に見えるのは、自然であり愚の骨頂なんだよ」

 男はぱちんと指をはじくと、その背後に今まで見なかった人が現れた
 まるで漫画やテレビの忍者のような、まさに神出鬼没といったやつだ
 そいつはボールを取り出すと、中から『ポワルン』を取り出した
 次にキマワリを出し、にほんばれの指示を出した

 すると、そのポワルンの姿が変わっていく
 晴れ状態となったから、赤い形体へと姿を変えたのだ

 「・・・ジョウトやカントーじゃなかなか見られないだろう?」

 「ポワルン自体、珍しいしな」

 男はうんうんとうなずいた 
 ・・・くそ、なんだその懐っこい笑顔は・・・気を許したら負けだぞ
 そうだ、こいつは感情表現や表情が意外と何故か豊かなんだ
 それが人を惹き付けるのか、それだけでもなさそうではあるが・・・

 「このポワルンははれ、あめ、あられ状態の時、その姿を変化させる。
 しかし、天候は他にもある。代表的なのはすなあらしだが、ふぶきも天候といえなくも無い」

 まぁ、確かに・・・そうなんだが

 「だが、能力者ならばポワルンに更なる変化をもたらすことが出来るかもしれない。
 まだ見ぬ未知の力を引き出してやれるかもしれない。ポケモンの謎に今まで以上に踏み込み、迫れるかもしれない。
 ・・・そう思い、考えると心が躍らないかい?」

 ・・・・・・もの凄く興味はあるな

 「だろう。僕もなんだよ」

 ・・・ああ、つまりここはそういう組織なんだ

 「そう。いわゆるひとつの研究機関といっても過言じゃない。
 それとここには今、部門があってね。バトル・コンテスト・ブリーダー・アイテムと試験的に分けてみているんだ。
 どこに顔を出してもいいし、掛け持ちしたって良い。好きにね」

 「・・・既に入団決定か」

 男がすっと左手を差し出した


 「ようこそ。『Gray Myth』へ」

 「? 灰色の・・・」

 「ああ、ある絵本の題なんだ。響きがいいだろ?」

 「・・・よくわからない」





    これがおれの入団までの経緯
    正直言って、流されっ放しだった

    だが、この組織の雰囲気は悪くないものだったし、むしろ楽しかった
    ホウエン地方中の本がいつでも好きな時に読めて、借りることも出来た
    バトル施設は充実していたし、最新式の治療マシンも導入されてたのには驚いた
    何より今までに無い指導、自らの能力を使いこなしていくというのは相当引き込まれた
   おれの能力は各方面に役立つから、リサから羨ましがられていた記憶がある


 ・・・・・・


 『決まった~! ガイク君、マスターランク完全制覇ァ〜〜〜ッ!!!』

 会場からの大々歓声、おれがついに夢かと思われていたことを成し遂げた瞬間だった
 この頃、ゴールドやレッド達が仮面の男をリーダーとしたR団との死闘を繰り広げ始めていたはずだ

    その話に聞いたことはあったが、おれは戻らなかった
    ・・・ああ、そうさ、こっちにいた方がずっと楽しかったし面白かったからだ
    故郷が大変なことになっていると聞いても、まるで他人事のようだった
    ある意味、おれはどうかされてたんだと思う


    あの日が訪れるまでは





 To be continued・・・
続きを読む

戻る