〜更なる高みへ/036〜




    あの日が訪れるまでは


 ・・・・・・


 「白の腕輪?」

 「そう。取ってみる気ない?」

 「・・・無い。というか、いいのか? 四大幹部様が、下々と気軽に話しかけるなんて」

 「私は初期からいるだけ。・・・別にいいじゃない。ケチ」

 上の立場なリサがそう返すが、下の立場なおれはどうなんだ
 というか、流されていたらいつの間にかそうなっていたと彼女は言っていた
 本当にそうだろうか、ディックはむしろその流れを望み受け入れていた気がするんだがな
 
 かくいう俺も、いつの間にか赤と青の腕輪を持ってたりする
 部門とやらは試験期間が終わったら無くなって、気づいたら能力者重視みたいな組織に切り替わってた
 コンテストにはいつもと同じように出られるが、戦闘訓練だとかミッションとかに参加することも多くなった
 たまにおれに憧れて入団したとか、弟子入りさせてくださいという者もいるんだが・・・・・・どうかしてないか
 全く、困ったものだ
 そんなこんなで自分の時間がいつの間にか削られている、という感じだが・・・さてどうなんだか
 それでも、この組織改変の流れに文句を言う者は誰もいなかったんだからおかしなもんだ

 「大体、あの試験はキツすぎるだろ」

 「得られるものは多いと思うんだけどなー」

 「まぁ、自信は付くだろうな。だが、ますます精神状態が酷くなるやもしれん」

 「・・・・・・!」

 「四大幹部様なら気づいてるだろ。能力者の中には、自分の能力に振り回され喰われおかしくなっちまったやつがいるって」

 そんな状態に気づかないわけがない
 リサはふぅとため息をついた

 「うん。でも、普段は普通の人なんだよ。ただ・・・」

 「能力を使っている間限定か・・・。それなら、もう能力を二度を使わせないようにするしかないだろ」

 「わかってるよ。でも、この世界はポケモンと密着してる。
 そういう人が能力者やトレーナーをやめても、完全にポケモンとの関わりを断つのは無理だと思う。特に常時型は・・・」

 「・・・・・・」

 それはそうなんだが・・・


 何も能力者はいいことばかりではない、ポケモン協会からお達しがあるとおりだ
 トレーナー能力を得たことと、それの交換が出来ないなどというデメリットで交友関係が断たれたという話も聞いたことがある
 おれは祖父ちゃんと祖母ちゃんには話しておいたが、やはり顔を曇らせていた・・・

 「他に解決策は無い。仕方ないだろ。こればっかりは・・・」

 「うん。そうだよね・・・」

 リサがしょんぼりとする、厳しいようで性根は心優しい・・・優しすぎるのかもしれない
 何よりも、おれの眼に映るポケモン達の成長振りや感情がそれを教えてくれる
 
 まぁおれ自身も、リサの悲しむ顔はあまり見たくない
 気丈に、明るく振舞う姿は・・・・・・この眼には痛々しい

 ぽんとあやすように頭に手をのせると、リサは「なんか子供扱いされてる」と頬を少し膨らませる
 
 「ま、白の試練は頭の片隅に置いておく。今のところ、自分が受ける意味を見出せないから、する気は無いがな」

 「そ。わかった」

 リサはいつもの顔に戻ると、パッとおれのところから離れた
 おれはあることを思いついたので、一応言ってみた

 「・・・。ディックに相談してみろ。もしかしたら、あの人が何か解決策を知ってるかもしれん」
 
 「そうするけど・・・・・・2人一緒のとこ想像するとあんま気分が乗らないわ」

 「・・・はっ、それもそうだ」
 
 ディックの傍にあの人あり
 あの2人がいるところだけ、なんか空気が・・・・・・雰囲気が違いすぎる
 普段のディックを知る者なら目も当てられないような感じ、いや・・・あれが彼の素顔なんだろうか
 もうそれをずっと見続けてきたはずのリサでさえ、こんな調子であるところからいかにあの2人の留まるところを知らないアレっぷりかがうかがえる

 
 リサと離れてから、おれはふと思った
 そういえば、あの人は何者なのだろうかと

 コンテスト関係者に強いコネを持っていたり、ポケモン育成やホウエンなどの各地方にも精通している
 何よりこんな組織を立ち上げ、ほぼ1人で運営しているのだから大した能力と統率力だ
 また平素からの身のこなしから相当腕の立つことは知れるし、たまにやらされるトレーナー同士の模擬線では未だに勝てたことは無い
 強いシジマ叔父さんでさえ、あの人には手も足も出ずに・・・勝てないんじゃないかと思うくらいだ

 「名の知れたトレーナー、って話は聞かないしなぁ・・・」

 これだけの人物なのだから、少しぐらいメディアに出ていてもおかしくはないと思うのだが・・・創刊号から読んでいるポケモンジャーナルでは見たこと無い
 マイナーなポケモン関連の雑誌も、割と目を通しているが・・・・・・見落としているだけなのか

 「(まさか、情報操作が行われている?)」
 
 だとしたら、ますます何者だというのか

 今まで気にしなかったというか、うまくはぐらかされ自らの興味の対象にならなかったと言える
 何故、しかも今更という感のある話ではあるが、一度気になりだすととことんいってみたくなるのが性分

 「ちょっと調べてみようか・・・・・・」

 しかし、どこをどうやって?
 本人に聞くわけにもいかないし、本人自身よくわからない存在だ
 もしかしたら普通に聞けば普通に答えが返ってくるかもと、ふと思うが・・・・・・それもつまらない
 こういうことは自分の手で調べてみること、その案を実行するのは後でいい

 「じゃ、まずは聞き込み・・・か」

 それと同時にこの建物を調べてみよう
 これもあの人同様、どこでどうやって建てられたものなのか詳しい経緯は全く知らない
 この広すぎかつ豪華すぎる建物とあの人はどこか似ている、きっと何か面白い情報をつかめるに違いない

 おれはにわか探偵気分で、建物を嘗めるように見渡しながら足を進めた
 




 それがきっかけだった


 ・・・・・・


 「ていうか、何だここ」

 おれはそう呟いていた
 
 
 いつも通る廊下、その途中にあるいつもは曲がらない角
 そこを曲がって、また知らない角を・・・・・・それを2〜3回繰り返しただけなのに
 
 「・・・ここ、何なんだ?」

 見慣れない部屋は当たり前だが、ここに来てから一度も聞いたことの無い施設や資材があったり
 そんな聞いたことの無い施設で、よく知っている友人が当たり前のようにそこにいたり
 いかに自分がここのことを知らなかったのか、どれほど広いものか改めて知らされることとなった

 更にはふざけているとしか思えないものもあった

 そのひとつが、階段
 下りの階段があったので、ふと足を進めた
 それは思いのほか深く、いつまで経ってもどこまで下りても階段の先が見えない
 少なくとも、10分はそうしてたんじゃないかと思う
 ようやく別の階について、そこの表示を見たらこの階段はさっきまでいたところの1階だけ『上』の階だった

 あり得ない、と思う・・・・・・ねじれ空間か何かか?

 色々と考えて、爺さんの家で読んだ漫画のことを思い出した
 その漫画では、確か階段自体がエレベーターだというのだ
 人が上るか下るかしている間に、階段自体が上下する
 だから、どれだけ階段を上ろうとも出口は階段の上下次第・・・というわけだ
 馬鹿馬鹿しいほどの大掛かりな装置で、単に人を騙してみる以外やる価値も無い
 他にもワープパネルによるトラップと考えたが、それは独特の感覚でわかるのでますますあり得ない
 最も、そういう感覚を失くした最新式だか改良型ならわからないのだが

 ともかく、この階段の例の通り、ここは人を馬鹿にしてるんじゃないかと思うもので溢れていた
 これも、ここを作ったあの人の趣味だろうか
 これだけのものを作るのに幾らかかったのか、それよりこんなに広い土地なんてホウエンのどこなのかも気になる
 そういえば、おれはこの建物の外観を一度も見たことがない
 果たして城なのか、それともマンションのような箱型のものなのか・・・

 「(まともに考えるだけ無駄な気がしてきた・・・)」

 あの人の手がかりも無い、というか単に『いかれたお金持ち』の線でいいんじゃないだろうか
 それなら深く考えることもな・・・・・・駄目だ、余計に気になる

 「ていうか、こりゃ迷ったかな?」

 おれはぽりぽりと頭をかいた、少し探索に夢中になりすぎたか
 全く帰り道に見当がつかなくなってしまった
 いや、来た道を戻ればいいのかもしれないが、今までの仕掛けを思うと・・・・・・

 「まぁ、どれだけ広いのかわからんが・・・適当に歩いていればどこかで誰かに会うだろ」

 楽観的というか、それが当たり前だ
 いつの間にか呟いている独り言は虚しいが、こんな広くて誰もいない空間だとしたくもなる


 40分ほど真っ直ぐに歩いてみたが、一向に行き止まりに着かない
 ただ延々と続く分かれ道も無い長い廊下、おいおい・・・・・・本当にここはどこなんだ?
 もう、これはひとつの街以上の広さと規模を持つ建物だというのか?

 更に20分程歩いて、ようやく何かの行き止まりに着いた
 いや、部屋の入り口に着いたというべきか
 おれは少し迷ったが、閉まっているドアを開けることにした
 一応ノックはしたし、そろそろ帰り道を教えてもらわないと・・・建物内で遭難は笑えない

 「失礼します・・・って、暗っ」

 薄暗く、何も見えない
 ここは使われていない部屋だったのか、だとしたらまた一時間は廊下を戻らなくてはいけないのか
 おれはドアを閉め、そうしようと思った
 

 その時だった
  

 「お客さんかな?」

 人の声がした、顔は見えないが・・・
 おれはこれ幸いとばかりに、道を聞いた

 「・・・僕の遊びに付き合ってくれたら、教えてもいいかな?」

 「遊び・・・?」

 こんな暗がりで? ていうか、その条件は何なんだ?

 「この子達と遊んでやってよ」

 そう、声の主が言った


 薄暗い部屋の中から伸びてくる複数の手
 まるで助けを求めるかのように、おれの元に深く深く伸びてくる手

 おれは声を失った
 同時に、強く眼が痛んだ

 声にならない悲鳴

 呼吸の仕方も忘れてしまった

 おれは何をしようともがいたんだろう


 ああ、そうだ


 逃げるんだ、この場から


 おれは必死だった

 おれは、おれの眼に映った総てを否定した
 おれの眼はどうかしてしまったんだ
 だって、あれは・・・・・・あれが・・・・・・おれの眼が認識した・・・それは・・・

 



 気づいたら、おれは汗だくだった
 どうやら、呼吸も出来ているらしい
 
 どれだけ闇雲に走ったのか
 しかし、ここの廊下や扉には・・・今までとは違い見覚えがあった
 
 途端、おれは何かを思い出しそうになって、思い切り自分の頭を押さえつけた
 眼が、焼けるように痛い

 ・・・ ・・・ ・・・

 すぐ横の、見覚えのある扉が開いた
 そこにはリサが立っていた

 「・・・ガイク? どうしたの?」

 「・・・ ・・・ ・・・」

 「・・・・・・何か、あったの?」

 「・・・ ・・・ ・・・ 目の前が真っ暗になりそうだったよ」

 おれはリサを押しのけ、部屋の中へと入っていった
 見覚えのある調度品、この部屋には・・・・・・いる


 「・・・どうかしたのかな? ガイク君」

 
 あの人がいる


 「白の試練、受けさせてもらう」

 リサの目を見張るような表情、あの人は表情を変えない

 「どうして、また急に」

 「・・・そして、おれはその後、ここを辞める」

 「! ガイク・・・!?」

 リサがおれの肩にすがる、華奢な手のひらにぐっと力が入るのがわかる
 その動作に、おれはあれらを思い出してしまう
 おれはリサの手を反射的に払いのけてしまった
 
 「・・・おれは無知だった。それだけだ」

 「無知は恥じゃない」

 「おれは知らなすぎた」

 自らの手首をつかみ、ぐしゃりと赤と青の腕輪を潰した

 「あんたのことも、この組織が抱えてるものも、何もかも・・・!」

 「・・・・・・」

 「おれは長くここにいすぎた・・・らしい」

 あの人の表情は変わらない、それが何故か無性に悔しかった

 「・・・おれをトレーナーとして、育て屋として、コアクター(コンテスト参加者総称)として育ててくれたことには感謝しています」

 おれは、くるりと部屋の外へと身体の向きを変えた
 あの人は、今も表情を変えてはいないのだろうか

 「すみません。・・・もう行きます」

 「ああ。試練の準備は整っているから、向かうといい」

 おれは、もう何も言わず・・・そのまま退室した
 リサの制止を求める声は聞こえていたが、届かなかった・・・


 ・・・・・・


 「リサ。彼の試練を見届けてきなさい」

 「・・・・・・」

 「彼はもう戻らない。彼と親しかった君が、見届けるんだ」

 「・・・わかりました。すぐに向かいます」

 リサが彼を追って、この部屋から出て行った
 

 「・・・彼は見てしまったのか」

 この組織は、単なる能力者によるポケモン愛好組織ではない
 それは、ここに在籍するものならわかっている
 もっと別のものを抱えている

 「少しばかり、裏方が出しゃばり過ぎたようだ」

 「粛清」

 白髪の軍人がそう言った

 「そうだね。彼らが出てくるのは、まだ早い」

 今は、まだ・・・・・・

 「ガイク君がいなくなったことにより、少しばかり進行が遅くなるかもしれない」

 「引き止めた方がよかったんじゃない?」

 ディックが、ひょっこりと顔を見せた

 「楽園の鍵が、ひとつ離れただけ。彼の才能は惜しいけれど、シナリオの影響は然程のこと」

 あの人の、口の端がほんの少しだけ持ち上がる

 「それに、彼はいずれ戻ってくる。形はどうであれ、ここに・・・・・・」

 
 それまで、待っていればいい

 彼はこの手に 楽園の鍵は総てこの掌に


 「さて、お仕置きに行こうか」

 白髪の軍人とディックを連れて、裏方より伸びる手の始末に





 ・・・・・・


 おれの猛りは、白の試練に総てぶつけられた
 おれの驕りは、白の試練に総てぶつけられた
 おれの憤りは、白の試練に総てぶつけられた
 おれの嘆きは、白の試練に総てぶつけられた
 おれの叫びは、白の試練に総てぶつけられた
 

 この時に出たという記録には興味が無かった


 ただ、この組織から離れたいと思うばかりだった


 ・・・・・・


 「元気でね」


 白の試練を終えたおれに、リサがそう語りかけた
 おれは何も返さなかった、応えやしなかった

 手の中のボールの、白の試練を共にしたハリテヤマが少し物悲しそうだった


 


 To be continued・・・
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