〜更なる高みへ/040〜




 「「「「「『「ちっともかわいくね(な)―――――(い)ッッッ!!!!!」』」」」」


 ・・・・・・ 


 「あわわわわ…」

 たった1分の出来事だった
 ハイパーボイスの衝撃、サイコキネシスの恐怖

 イエローは背筋が凍るだけでなく、腰が抜けるどころかばきばきに砕けてしまった

 観戦場にいたレッド達も、その驚きは隠せなかった

 「・・・なんじゃ、ありゃ」

 「そもそもチリーンがハイパーボイスなんか覚えたっけ?」

 『レベルアップでも遺伝でもわざマシンでも覚えなかったと思うなぁ・・・』

 まぁハイパーボイスはチリーンの覚える『さわぐ』の上級技に近いものではあるのだが・・・
 それともあれは鍛え上げた結果、ハイパーボイスに限りなく近いさわぐだというのか

 ゴールド達が首をひねると、レッドは言ってのけた
 「いや、ガイクだから。だって、ガイクのポケモンだから」・・・と
 その言葉に納得し、もうそれ以上の追及は止めることにした・・・
 
 だって、ガイクのポケモンだもの


 「チリーンは普通、どうやってもハイパーボイスは覚えねぇ。
 だが、俺のは覚えた。それだけだ」

 だって、ガイクのポケモンだもの
 多少の理屈が吹っ飛んでても、もう誰も気にしないよ


 「・・・どうしよう。ドドすけ?」

 一方で、イエローは困惑していた
 どうやら、かなり相手と足場が悪すぎる
 このままだとイエロー自身もまともな指示も出せそうにないし、ドードリオの脚力も活かせそうにない
 
 「・・・・・・ああ、そっか」

 イエローはよいしょっと、ドードリオの背中に乗った
 腰をぐいぐいと動かし押し付け、落ちないような位置にしっかり据えた

 「うん、よし」

 「おい」

 ガイクが思わず突っ込みを入れるが、イエローは至って真剣な表情だ
 どうやら、何か策があるらしい
 いや、これだけでもイエロー達にとっては正解かもしれない

 「ドドすけ、走って!」

 イエローが指示をすると、ドードリオは足場に構わず走り始めた
 ガイクはその動きを予測し、チリーンに指示を出す

 「ハイパーボイス!」

 ガイクのチリーンのそれはあまりの威力で、進行上の瓦礫や砂を吹き飛ばす
 そのおかげで、見えない音波の軌道がわかる

 「ドドすけ、左!」

 ぐんと身体を傾けての指示、ドードリオは間違うことなくその方へ避ける
 が、足元の岩に気づかず、思い切り踏んづけ体勢が上下した
 
 「技の威力で軌道がばれることなんざとうにわかってる。だから、誘導させてもらった」

 ドードリオの今いる場は、フィールドの中でも更に沢山の瓦礫や穴でいっぱいだった
 
 「・・・!」

 チリーンのサイコキネシスで足元の岩が一斉に勢い良く浮上し、イエローとドードリオを襲う
 ひるみ、足がもつれたところでガイクがすかさず次の指示を・・・とどめを刺しにきた

 「チリーン、『あくび』」

 そう言われ、チリーンは小さくくあっとあくびしてみせる
 イエローはその可愛らしさと恐ろしさに気づき、ドードリオを走らせるがもう遅い

 グリーンはふむ、と小さく頷いた

 「いい手だ。あくびは相手の眠気を誘い、『ねむら』せる技」

 『それを防ぐ手立てはバトルポケモンの交換のみ。でも、この戦いは手持ち1体のみ』

 
 既にあくびの術中にはまってしまったようだ
 イエローはドードリオに必死に揺さぶり、話しかける

 「寝ちゃダメだよ〜! 起きて〜!」

 何だかいつもと立場が逆だ
 その呼びかけもむなしく、ドードリオは3つ首そろって船を漕ぎ出した
 ねむりが近づいているからか、足取りもふらふらで上に乗っているイエロー自身が今にも落ちそうだ 

 と、思ったら急にドードリオはシャキンと目が冴えたようだ
 またいつものように、ドードリオは走り出す
 落ちかけたイエローも、そのおかげで何とか体勢ごと持ち直した


 「・・・ドードリオの特性は『にげあし』か『はやおき』のどっちかだっけ」

 「特性『ふみん』『はやおき』、その持ち前の素早さ・・・鳥ポケモンは総じてねむり状態に強いからな」

 レッドとグリーンの言う通り、それが功を奏したということか
 イエローはふぅと安堵の息を吐いた

 「あ〜、麦わらギャルだけなんスよね。ガイクにHPもPPも満タンで挑んだの」

 『そもそもイエローは回復能力者だよ』

 「・・・いや、でも自分の身体のことだし、なるべく使わないようにしてるんだろ」

 「それに使ったら、自分が眠くなっちゃうもんねぇ」

 ブルーはふぅとため息を吐いた
 1体くらいの回復ならどうってことないかもしれない
 しかし、今はバトル中だ・・・いちいち減ったから回復なんてことをやってたらきりが無い
 バトルが終わるまではHPは幾らでも減るから、やるならぎりぎりの状態で1回だろう・・・
 器の件もあるし、何よりここで回復能力無しでガイクに勝てなければ皆の戦力的に足手まといにしかならない

 それに自分が少しでも眠くなって、指示がおろそかになったら負けは確実なのだから

 「・・・ガイクのチリーンはまだ余裕があるな」

 「はい。まだ一撃も当たってませんから」

 そう、ここで一撃は当てておきたい
 ドードリオが使用した技はまだドリルくちばしのみ
 ここからがイエローの勝負だ

 先ずは走り続けること

 「トライアタック!」

 ビシッとイエローが指差した方に、三つ首のそれぞれからエネルギー球を放つ
 勿論、相手はガイクのチリーン
 
 「ハイパーボイスで相殺しろ!」

 また阻まれたが、イエローはひるまない 
 PPに余裕がある分、勢いも充分にある

 「ドドすけ、もう一度!」

 ドードリオが急転換して、更に追撃
 方向転換の際に砂ぼこりが舞い上がり、チリーンの視界を奪う
 更に砂と一緒に蹴り上げた岩が当たり、岩が飛んできた方にイエロー達がいるものとチリーンは勘違いしてしまった

 「(注意が横にそれた・・・かな?)」

 イエローもそれに気づくのが早く、静かな技の指示も方向もばっちり決まった
 そのおかげで先ずは一撃、ようやくチリーンに命中する
 チリーンのHPが削れたと同時に、それ以外にも具合が悪そうだ
 ガイクの眼はごまかせない

 「トライアタック。ノーマルタイプの技でありながら、その実は氷・炎・雷の三種のエネルギーの複合攻撃。
 それ故にこおり・やけど・まひのいずれかを2割の確立で与える、か・・・」

 状態異常を引き起こす可能性は低くも高くもなく、チリーンはやけどを負っていた
 やけど状態は攻撃力を著しく低下させ、このままだとハイパーボイスの威力が落ちる 
 ガイクはこの状況下で、最も適当な指示を選択する必要があった

 「チリーン、『いやしのすず』」
 
 リィーンと快い音が辺りに響いたかと思うと、チリーンの状態異常は全快していた
 これはそういうわざであり、本来チリーンはそういう役どころでマスコットキャラであるべきなのに・・・

 「おいうち!」

 いやしのすずを使ったタイムラグ、戦闘モードに移行するまでのわずかな隙
 そこにエスパータイプであるチリーンの弱点、あくタイプのおいうちが見事に決まった

 「・・・最も適当な指示は最善の指示とは限らない、か・・・」

 ガイクはこれに、こうなることに気づいていた
 チリーンは小さな身体でそれを受け止め、何とかこらえた

 「だが、いいペースだ。回復の時、それが反撃の好機となる。敵も味方もな」

 ガイクにそう言われ、イエローはその言葉をしっかり心に刻み込んだ
 ひとつひとつの一挙手一言動が修行であり、これが最後なのだから・・・

 「チリーン、反撃だ!」

 リリィーンと音と共にサイコキネシスがドードリオを襲う
 イエローはドードリオをせかし、逃げ回らせる

 「強い技のPPはどれも少ないから、逃げ切れるかも・・・!」

 「PPなんざわざひとつで10もあればどうとでもなる。バトル1回分なら多すぎるぐらいだ」

 チリーンのサイコキネシスで岩を飛ばし、ドードリオの足を潰しに来た
 イエローは常に足元を見続け、比較的安全なルートへ誘導する
 それでも、もうドードリオの足は悪路によって限界を迎えている

 「・・・チリーン、もう一度あくびだ」

 ガイクの指示に、イエローは少し驚いた
 さっきやってみて、ほぼ失敗したにも関わらず・・・・・・またなのか
 しかし、これは好機だとイエローはまたチリーンに突っ込んでいく

 「おいうち!」

 あくびをするチリーンにダメージを与え、素早く下がる
 鳥ポケモンにねむりは効きにくい、それはガイクもわかった・わかってたはずなのに・・・

 「さ、行くよ。ドドすけ・・・・・・」

 がくんとドードリオが揺れ、イエローは思わずドードリオの身体にしがみついた
 あくびの影響が出てきたのだろうが、さっきみたいにすぐ回復してくれるはず

 「チリーン、サイコキネシス」

 追撃の一手、イエローはドードリオを奮い立たせて走らせようとするが避けきれなかった
 サイコキネシスの念波をまともに食らい、吹き飛ぶ
 が、この衝撃やダメージのおかげできっと眼が覚めてくれるに違いない


 と、思ったのだが・・・・・・

 「ど、ドドすけ!!?」

 起きるどころか、さっきとは全然違う・・・今にも眠り潰れてしまいそうだった
 足もがくがくで、上に乗っているイエローはバランスを取るのが非常に難しい
 というか、少しでも気を抜くとぽーんと勢い余って身体が宙に舞ってどこかへ飛んでいってしまいそうなぐらいだ

 
 「・・・ガイクは狙ってたんだな」

 観戦場のレッドが、ドードリオの異変に気づいた

 「ドードリオが走り回ることで疲弊し、HPが減っていくのを」

 「眠りは本能だからな。わざをきっかけに、そちらに訴えかけたか」
 
 『要するに「一日中遊びまわって疲れた時に倒れこんだソファーの柔らかさにかなわなくてそのまま寝ちゃった」みたいな?』

 「わかりやすくていいけど、全然要してないわよ。シショー」

 ブルーの冷静かつ冷徹な眼差しに、シショーはあううとすくむ
 レッドは面白そうに、期待の眼で腕を組みつつイエローを見た 

 「さて、どうやってイエローは解決するんだろうな」

 「ここで眠ったら、間違いなくイエローさんは負けちゃいますもんね」
 
 「絶体絶命ってやつッスか」


 そして、当の彼女はドードリオの上で慌てふためいていた
 どうしよう、どうしようと、何も手立てが思い浮かばないようだ

 そんなことをやっている内に、もうドードリオは限界を迎え・・・・・・

 「・・・そうだ!」

 イエローは何か思いついたようだ
 この局面で回復行為をするのか、あるいは・・・


 ポゥっとドードリオが光に包まれた
 
 ガイクや皆は回復の光かと思ったが、何か感じが違う気がした
 レッドが首をかしげ、よたよた走るドードリオに乗るイエローの光を見た

 「・・・これは回復じゃない?」

 「もしかして、トキワの癒し・・・もうひとつの力・・・」

 『ドードリオの意志を読み取ってるのか』
 
 「? 眠る寸前のやつに今更って気がしますけど」

 ゴールドのいうことも尤もだ
 そして・・・・・・
 

 「・・・ついにドードリオが寝たな」

 「寝たわねぇ・・・」

 『寝たけどさ』

 「何ですか、あれは」

 しかし、イエローは無茶苦茶なことをやってのけた 
 なんと、三つ首の内、その1つだけがぐっすりとイエローにもたれかかって寝ているのだ
 残りの2つは眠らず、何とか堪えているという感じだ

 流石にこの絵は、ガイクをあきれさせた

 「・・・なんだ、そりゃ」

 「よーし、行くぞー!」

 ズドドドドドドとドードリオがチリーン目掛けて襲ってくる
 ひらりと特性・ふゆうの力で難なく避わすと、元気よくまた突っ込んでくる

 「おいうち!」

 「チリーン、ハイパーボイスで吹っ飛ばせ!」

 ドードリオに音波が迫りくる時だった
 イエローにもたれかかっていた頭が目覚め、それを素早く回避した
 が、今度はそれとは別の首がさっきと同じ形で眠りについていた

 「・・・えぇー。どうなってんの?」

 この展開についていけないブルーがそう漏らした 
 しかし、イエローの眼は真剣そのものなのだ
 グリーンは、こちらこそ寝ているんじゃないかと思うくらい身動きせずに目をつぶりながら語りだした

 「・・・ドードリオの3つの頭にはそれぞれ意志がある。普段は利害やトレーナーの指示で1つの身体を動かす。
 逆に3つの頭の統制が取れないと1つの身体は混乱してしまうわけだが・・・・・・」

 『もしかして、イエロー・・・1つの頭ごとに寝かせて眠気を解消させる気?』
 
 「は」

 「まぁ、出来なくはないな」

 そこで納得し始めたレッドとグリーン、シショーにブルーが突っ込みを入れた

 「普通に無理だって!」

 「いや、頭はひとつあればいいんだぜ? なら、残りは寝かせてやってもいーじゃん」

 「そーいう問題じゃないでしょ! 大体、そんな指示を出せるわけ・・・」

 「意志を読み取るイエローが、ポケモンの気持ちに応えてやった荒技だな。普通は出来ないだろうが、それを可能にしたんだ」

 ・・・いや、あの、そういう問題だろうか
 「ガイクだから」以上に苦しい答えの気もするが、どうなのか・・・・・・

 「普通にHPと状態回復させれば良かったんじゃ・・・」

 「さて、そこはイエローのことだ。後は見てればわかるだろ」 

 周囲が色々と言っても仕方ない、言いたくもなるが仕方ない
 イエロー自身が総ての結果を出すまで・・・・・・


 「(・・・うん、何とかいけてる)」

 イエローは眠りについた頭をそっと抱え、ほっと息を吐いた
 まさか、こんな提案をドードリオの方がしてくるなんて思わなかった
 トレーナーであるイエローの身体の負担を考え、自分達で何とかどうにかするという方法
 無理があるって、わかってた
 けど、何故かきっと出来るともわかってた
 
 だって、ドドすけとは・・・おじさんから貰った時から

 ドードリオの前から、ドードーの時から一緒にいたのだから

 3つの首の内、ひとつが寝ても大丈夫

 2つの首でひとつの身体を動かす指示をする

 それはドードーの時に知っている感覚

 ドードリオだって覚えているから、今もこうしていられる


 
 「ドリルくちばし!」

 たった二つ首だけだというのに、むしろ三つ首の時より果敢に攻めてくる
 そのわざはチリーンにかすりはしたが、まともには当たらなかった
 ドリルくちばしはドードーの時から、ワタル戦で使ったほど馴染みのある技だからこの状態でも戸惑いは無かった

 チリーンの攻撃を避けるドードリオの動きが眠る前よりも素早く、鋭くなってきている
 足元の瓦礫や岩も段々指示がなくても踏まなくなってきた

 「(・・・きちんと寝たら頭がすっきりしたってか?)」

 そこまで冗談みたいなことがあるのか
 いや、元々能力者同士のバトルなんてそんなもんだ
 いちいち世間の常識に当てはめて驚いてたら、本当にきりがない

 「そういった意味じゃ、なかなかサマになってきたぞ。イエロー」

 ガイクは不敵な笑みを見せる
 ・・・今日はよく笑える日だ、とまた笑った

 イエローの最後の首が眠りについたところを、ガイクが狙う

 「チリーン、ハイパーボイスッ!」

 いつも以上に小さく深く深く息を吸い、そして一気に音波を発する
 それは今までにない、全方位を吹き飛ばす渾身の攻撃
 チリーンもだいぶ傷つき、イエローはまだ回復能力を残している今・・・ガイクは勝負に出たのだ

 イエローはドードリオを迫る音波とは反対方向に走らせ、逃げる
 しかし、いくら足が速いとはいえ音速にはかなわない

 その時、最後の頭がむっくりと起き上がった
 三つ首が揃い、ここからが真骨頂か

 ドードリオはイエローの指示を無視し、音波の方へと方向転換した
 それに慌てるイエローだが、ドードリオは突き進む

 破壊音波にぶつかる寸前、ドードリオは足元の傾いた石柱の上を走る

 そして、跳ん・・・・・・いや飛んだ

 破壊音波の上を通り越し、チリーンの頭上にその身を躍らせる
 飛ぶことのないドードリオが、ふゆうするチリーンの上を取った

 イエローはここぞと言わんばかりに、自らの氣を送り込んでドードリオの体力や傷を回復させる
 順々に三つ首それぞれが寝たから、気力の方は充分だった


 「『ひみつのちから』!」

 頭上からの攻撃には流石に対処が遅れ、チリーンは避け損ねた
 ドードリオはイエローごとのしかかりやすてみタックルに近い体勢で、ずしんと地上に落下した

 ひみつのちからはバトルしているフィールドによって効果が変わる
 岩場の追加効果はこんらん状態になること
 その確率は30%

 先に浮かび上がったチリーンは落下の衝撃か追加効果が出たのか、くわんくわんと頭を揺らしている
 同じくして、後から起き上がったイエローもドードリオも身体や頭をふらふらさせている
 舞い上がる土煙、何かがひび割れ砕ける音
 こんな足場、瓦礫や岩だらけじゃ落ちる側も落とした側もただではすまないのは当然だ

 しかし、その中でドードリオの真ん中の首だけは無事だったようだ
 
 ドードリオは三つの頭を持っている
 三人寄れば文殊の知恵と言うように
 ドードーの時より増えた三つの頭で高度な作戦を練るという
 まさにその言葉を体現しているポケモンといえるだろう

 真ん中の首はイエローと他の首を無視して、ふらふらしているチリーンに毅然として近づいていく
 たった頭1つだけでも、ひとつの身体を動かすのには何の不自由も無い

 ゴスッとチリーンの額にくちばしを刺した
 あまりにコミカルで微笑ましくも見える光景に、ガイクは一瞬固まっていた

 ドードリオがくちばしを離すと、チリーンがどべしゃっと地面に落下した
 何とも間抜けな戦闘不能か


 「・・・・・・う、わぁ〜〜〜」

 「こ、これはいいのか・・・?」

 観戦場にいた皆も困惑気味だ
 何しろ、当のイエローが何もしていないのだから
 

 「・・・・・・いや、負けは負けだろ」

 ガイクは物凄い長く力の抜けたため息を吐き、つかつかとドードリオに近づいていく
 傍まで来たところで、まだ落下の影響でふらふらでいるイエローの頭をすぱかたんと叩いた
 それでようやくはっきりとした意識が戻ってきたようだ

 「・・・っは! え、えっと・・・うわわ! ガイクさん、今はバトル中ですよ!?」

 「バカ。もう終わってる」
 
 「へ? ・・・・・・あ、あれ?」

 ガイクは地面で倒れているチリーンを拾い上げ、抱きかかえた


 「久々に、目の前が真っ暗になったよ・・・」

 それから、ひみつのちからの時に落としたのだろう麦藁帽子を拾い、ぽすんとイエローに被せてやった


 「全員、卒業だ」

 「・・・・・・あ、はい」

 まだ状況が飲み込めていないイエローに、ガイクは噴き出した

 「せっかくの、だってのにしまらねぇなぁ!」

 「あ、ごめんなさい」

 「謝るのだけは異常に早いな」

 ガイクが呆れると、イエローはえへへと後頭部をかいた
 別に褒めてるつもりもないし、まだ状況が飲み込めていないことはよくわかった


 「おー、終わったかー」

 「お疲れさん、って言いたいけど。なに、あの戦いっぷりは」

 観戦していた皆がぞろぞろとイエローの周りに集まり、何だか抜けていることと激励を述べた
 イエローは勝ったという実感がわかず、困っている

 そんな中で、ガイクがぽんと右拳と左手の平を合わせるように叩いた

 「おーし、今日は卒業祝いってことで、また外で騒ぐか」

 「いや、勘弁して・・・」

 ガイクの提案をすっぱりと断ると、彼はふむと首を傾いだ

 「なら、ひっそりとおれの家でやるか」

 「うーん・・・それならいいか、な?」

 バーベキューパーティで懲りた皆は、おそるおそる賛同する
 
 「あと卒業したとはいえ、今日は泊まってくだろ? まだ昼前で出発は充分出来ると思うが・・・」

 『そーだね。じゃあ、もう1日だけ泊まらせてもらって、そしたら出発するよ』

 「賛成。今日はもう疲れたわ・・・」

 それには皆が異議無しと、迷いなく賛成した
 バーベキューパティでまともに寝れなかったのと、卒業試練の疲れがどっと出たようだ
 色々とここに預けておくポケモンなどの打ち合わせもしたいし、もう一晩だけおじゃますることになる

 「んじゃ、ま、祝いの準備でもするか」

 ガイクは元気よく腕をぐるぐると回し、張り切って・・・ブチッミチッと身体の中から嫌な音が出た
 やはり重傷人なのだから、そう無茶はさせまいと皆が宴会などの準備はやめるように言う
 しかし、そこはガイクだ
 その言葉に制止することなく、止める皆を引きずってでもやろうとする


 「・・・はいはい、そこまでにしなさい」

 凛とした声でその場を制したのはカンナだった、後ろには育て屋の爺さんと婆さんもいた
 カンナはとりあえず、先ず預かっていたポケモンをブルー達に返した
 それから、ガイクの方に向き直った

 「ガイク君、親身になってくれている皆を困らせるのは良くないわよ」

 「・・・・・・」

 ガイクが押し黙る辺り、カンナの影響力はなかなかのものだ
 年上ということからだと思われるが、同郷というのもあるだろう

 「あなたは休みなさい」

 「いえ、でも・・・」

 「その代わり、今日の宴会の料理は私が作るわ」

 ・・・・・・ ・・・へ?


 ガイクの眼が、皆の目が点になっている

 「・・・作れるんですか?」

 「ガイク。凍らせるわよ」

 それだけのやり取りで、カンナが作ることに決定した


 何か非常に怖いので、クリスやブルーにあとで手伝うふりして調理手順を確認してくれとガイクから頼まれたのは内緒の話だ





 ・・・・・・


 ちなみに調理手順も材料も何も間違っておらず、その晩のカンナの作った夕食は大変美味しく豪華なものだった
 それから普段は家事で忙しいガイクを拘束して、沢山喋ったり遊んだりして一夜を楽しんだ
 その間の家事は育て屋爺さんと婆さんで、ガイクは何か手伝いたがっていたが

 「ガイク、今は家事の時間ではない。お前の時間だよ」

 そう言われ、以降ガイクは何も言わなかった

 ガイクは割と運が無く、ババ抜きジジ抜きだといつもビリかビリから2番目だった
 ポーカーフェイスかつ真剣な表情なのに、引くのはいつも数の合わないものばかりかジョーカーなのが余計におかしく皆は腹を抱えて笑った
 それで笑われると、いつものように怒鳴るのだがしまらないので更におかしい

 本当に、ガイクも同い年なのだと改めて思い直したりもした 


 ・・・・・・


 「・・・さて、出発だな」

 海岸線で、ガイクはそう言った
 見送りは彼だけだった
 

 翌朝、朝食を食べた後すぐにガイクの家を出た

 育て屋に預けたポケモンとしばしの別れを惜しみ、転送システムが直り次第、ボックスに戻してくれるよう頼んだ
 普通は育て屋に預けたポケモンは弱く育ってしまうというが、それはただ預かって食事を与えているだけの育て屋
 ガイクのように立派な志を持つ育て屋ではそんなことはない、預けたトレーナーのランクやレベルに合わせた最高の育成をする
 皆はそれが、よーくわかっているから預けることに不安はおぼえなかった
 第一、そんなことをガイクの前で漏らしたら大変な騒ぎと育て屋の何たるか・・・という説教を食らうはめになるだろう

 キツすぎた修行の場である裏庭に二度とやるかと叫んだり、ぐるっと1周回ってわざと修行を思い出して背筋を寒させ笑い合った
 卒業試練でぼろぼろになったところには、もう既にそういった環境を好むポケモンが棲みつき始めていたのが、微笑ましくおかしかった

 今日の昼食としてガイク特製のおにぎり弁当、携帯かつ保存のきく食料も大量に押し付けら・・・分けてもらえた
 そうして、この海岸線に来たのだ

 「あ〜、この島も長かったッスねぇ」

 ゴールドがしみじみと言う
 確かに、随分と長く滞在したものだ
 そして、その間の殆どをガイクの修行で過ごしてきたわけか

 「・・・ほんとによくまぁ、耐えたもんだ」

 「・・・それはポケモンに対してか?」

 「トレーナーも合わせた両方だ」

 ガイクは爽やかな笑顔で言った
 ぼそりと「何回やりすぎた、今度は間違いなく殺したかもと思ってヒヤヒヤしたぞ」とかすれて聞こえないくらい小さな声が聞こえたのは気の所為か
 いや、たぶん違う・・・・・・かな
 そう思いたいものだ
 
 
 「卒業記念にこれをやろう」

 ガイクはなみのり準備・体勢に入った皆に、1人ずつ何かを手渡した

 「レッド、皆を引っ張っていけ。しっかりしろよ、リーグチャンピオン!」

 「グリーン、お前は常に冷静でいろ。お前の頭脳で支えてやれ。・・・無愛想と不器用は程々にな」

 「ブルー、暴走するだけじゃなくて周囲の判断や収拾がつかなくなった時の暴走を止める側にも回ってくれな」

 「イエロー、今は仲間を信じろ。そして、時が来たら皆にそれだけ返せばいい」

 「クリス、 この先の旅でお前は不可欠な存在になる。気を引き締めろ」

 「ゴールド、もっと過剰なくらい自信を持て。それくらいで丁度いいんだ」

 皆の手の平には黄色のヴィップエレキバンのようなバッチのようなものが10枚ずつあった
 ガイクはシショーの方に向き直り、頭を下げての礼をした

 「シショー、後は頼みます」

 『了解しました』

 シショーは器用に翼を曲げて、敬礼の真似をした


 「・・・ガイク、これ何だ?」

 皆は卒業記念が何なのかわからないようだった

 「それは新式の『きょうせいギプス』だ。ちょうど6組あるし、俺はもう使わないからな。
 そういう意味ではお古ですまん」

 「全然そんな道具には見えないんだけど・・・」

 ガイクの話によれば・・・・・・
 旧式のばねを使用したものとは違い、それらは関節などの要所に貼ることで使用する
 貼ったらほぼ自動的に作動、連動して間接を締めつけ、動きにくくする
 これにより旧式と同じ、それ以上の効果を得ることが出来る
 ただし、目立たない・かさばることはないにしろ、やはりポケモンの持てる道具のひとつ
 これを貼って使用しているポケモンは他の道具を持てないから気をつけること
 また旧式と同じように素早さも下がるのでバトルの時ははずさないとまずい、とのことだ

 「・・・へー」

 「凄いですね」

 「ん? 待て、これを付けて修行をすれば良かったんじゃないか?」
 
 グリーンの的確な突っ込みに、ガイクがふんと鼻息で返した

 「これと併用して修行なんかしたら、お前らのポケモン死んでるぞ」

 「・・・・・・そこまでギリギリな修行だったのか、あれは・・・」

 今更ながら、ぞっとしてきた
 それとも、この新式の効果が強すぎるということなのか・・・・・・あるいはその両方か

 「まぁ、やればわかるが半年とか1年とかの長時間の使用はポケモンに負担がかかりすぎるのでお勧めしないな」

 「そんな長いこと付けるか!」

 ブルーの突っ込みで、ガイクとの会話が途切れた


 お別れの時間だ
 
 「また会えるさ」

 「そうだな」

 今生の別れではない

 「次はどこに行く気だ?」

 「うん、皆と相談して決めたんだけど、『たー島』。どうくつのポケモン達やR団も追いたいけど、まずは手がかりや情報を集める。
 いろは48諸島の古本屋だか図書館だかを、まだ行けないガイクの代わりに見てくる。何かきっとあるはずだ」 

 「そうか」

 いずれ、また・・・・・・

 「元気でな」

 「修行中に何度も殺しかけたやつの台詞か、このヤロウ!」

 ゴールドは笑いながら、怒って見せた


 「次会う時は恐らく戦場だ」

 そう、きっと

 「組織との最終決戦・・・てか」

 「ああ」

 ガイクの真っ直ぐな眼が、レッド達とぶつかった
 彼の強さがそこに詰まっているのが、今ではよくわかる
 
 「行けよ」

 「そうする」

 レッドは苦笑して、なみのりを始め、大海へと進みだした
 

 振り返らない

 また会えると信じているから

 わかっているから



 レッド達はなみのりの速度を上げた


 ・・・さらば 4の島・・・


 ・・・・・・


 「・・・ところでさぁ、この卒業記念なんだけど」

 「ん?」

 「引っかからない?」

 ブルーがそう言うので、皆は首をかしげた
 言った本人も、何が引っかかっているのかわからない様子だ

 「しっかし、まぁなんつーか・・・せーせーしません?」

 「ねぇ、先輩」とゴールドがレッドに話しかけた

 「お、いきなりどーした」

 「だって、こっちが不利な状況下で・・・1対1で、あのガイクを倒したんスよ?
 最後の最後で越えたーって感じがしません? 特に俺は白の試練を突破したポケモンを倒したんスよ!?」

 「うーん、まぁそーかもな」

 最初は手も足も出なかった
 修行中も総ての手持ちを使っても、全滅させられなかった高くてデカい壁
 だけど、最後になってようやくガイクに勝てた・・・乗り越えられたんだ
 確かに、これは嬉しい

 そこにグリーンが会話に割って入ってきた

 「・・・ゴールド、お前、まだ気づかないのか?」

 「へ?」

 「お前の相手になったガイクのハリテヤマなんだが、『4つ目のわざ』を使っていない」
 
 「・・・うん?」

 「他の皆の時の対戦ポケモンは4つの技を総て出し切っていたと思うが、ハリテヤマは明らかに使用していない」

 「・・・・・・」

 「更に白の試練を突破したポケモン。HPや状態異常はきのみで何とかなるが、PPはそうはいくまい。
 何らかの特能技を使えなければ、突破は難しいだろう。野生ポケモンとは違って、脅しで向こうから逃げてはくれないしな」

 「・・・て、おい」

 「つまり、ハリテヤマにはまだ何かあるということだな。故意かどうかはわからんが」

 グリーンの冷徹な解説に、ゴールドは4の島に向かって叫んだ

 「ちきしょー! もう一度勝負しやがれぇえぇえぇッ!!!

 ゴールドの気持ちはよくわかる
 まさか、最後の最後で勝負をうやむやにされるとは・・・・・・


 「あ」

 ブルーが、ようやく引っかかっていたものがわかったらしい
 何だったんだ、と軽く訊いてみた


 「これ、ガイクは『もう使わない』って言ってたわよね。つまり、これ使ってたんだわ」

 「・・・お古と言ってたからな。そうだろう」

 「半年も1年も付け放しにしたこともある」

 「そんなことも言ってたような・・・」

 「ちょうど6組ある! 付けても目立たない!」

 「待て、ブルー、さっさと言え」

 勿体をつけるブルーにグリーンが言うと、彼女は少し落ち込んだ風に笑いながら言った


 「ね、これ、ガイクの手持ちに使ってたんじゃない?」

 ね、これ、ガイクの手持ちに使ってたんじゃない?

 「で、修行終了ということでパワー・スピードセーブ要らなくなったから『あげる』と」

 修行終了ということでパワー・スピードセーブ要らなくなったから『あげる』と

 「要するにぃ〜、これつけてまともにバトル出来るよう鍛えな・・・」

 ・・・・・・ ・・・うん

 さん はいっ


 「「「「「「このやろー!! ガイク―――――ッ!!! もう一度勝負し直せ―――――いッッッ!!!!!!!」」」」」」


 皆の必死の叫びもむなしく、それは波にかき消されたという・・・
 既に4の島は見えなくなっていた


 ・・・本当にさらば 4の島・・・





 ・・・・・・


 ガイクはレッド達が見えなくなるまで、ずっと海の方を眺めていた
 遠くで何か聞こえた気がするが、きっと気の所為だろう

 「さて、戻るか」

 もう少し潮風に当たっていたい気もするが、これ以上は身体に障りそうだ
 ぐぐっと背筋と右腕を伸ばし、痛む身体に顔をしかめた

 そのしかめた顔が、ふと真顔になった

 目の前と、すぐ後ろに・・・もう来ていた
 ガイクが黙っていると、彼をはさむようにして立っている2人が深々と礼をして同時に言った


 「慣れぬことをし、さぞ疲れたでしょう。ご苦労様でした」

 「お迎えにあがりました。『最高の幹部候補・ガイク』様」





 To be continued・・・
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