〜更なる高みへ/041〜
「お迎えにあがりました。『最高の幹部候補・ガイク』様」
・・・・・・
「何の話だ?」
ガイクは怪訝そうな顔で、尋ね返した
「確かにおれは人を育てるっつー不慣れなことをしてたわけだが」
それだけガイクは認め、首を押さえごきっと鳴らした
しかし、迎えの者とやらは一向に気にせずに話を続ける
「あなた様を再び組織へと勧誘しに来たのです」
「あなた様は組織に必要とされている」
ガイクはぼりぼりと頭をかいた
「組織の勧誘は2度行われます」
「2度断られてしまった時、組織はその者を必要としていた程度に合わせての『制裁』を加えます」
・・・シルバーの時は、それは何よりも重い『死』だった・・・
「あなた様は1度目の勧誘を断られ、2度目の勧誘で入った」
「故に、この勧誘が最後となります」
2人は交互に、淡々と話す
「「よく考えてご決断ください」」
「断る」
ガイクの答えはまさに即決だった
迎えの者が唖然としている
「・・・お前ら、あの人の使いじゃねぇだろ」
ぎろりとその眼で睨みつける
「組織の闇、もしくは裏の方の使いだ。
そんなにあれを見たのはまずかったのか?」
今思い出してもぞっとする光景
「・・・いや、それとも『おれ』に見られたのがまずかったのか?」
迎えの者が無言で、リングマとスリーパーを出した
その目はどこかイッてしまったかのように、もはやまともな者の目ではない
どう見てもガイクに制裁を、始末をつけてしまいたいようだ
「勧誘ヲ断ラレマシタノデ」
「制裁ヲ決行イタシマス」
ガイクがもう一度、この2人を視てみる
・・・・・・こいつらは、間違いなく『トレーナー』だ
では、裏の手の者ではない・・・・・・はずがない
あの時・あの手の集まりとは違うが、こいつらも同じように何かが狂っている
「「死ヌ覚悟、制裁ヲシカト受ケ止メヨ」」
ずんと低い音が腹の底まで響き、ポケモンと同時にトレーナーまで襲ってきた
ガイクはこう見えても重傷人、それも4つの狂気が相手とは少々分が悪い
その時だった
海から現れたのは
「ミルっち、『まるくなっ』て『ころがる』! ラキっち、『タマゴばくだん』!」
ガイクがポケモンを出すまでもなく、4つの狂気は横槍を入れられた技によってダウンした
直接確認したから間違いない・・・・・・ポケモンはきぜつし、瞬間的にボールに戻っていった
トレーナーもきぜつ・・・というか、深い眠りについている感じか
何らかの組織の闇の呪縛から解放されたのか、それともまだ囚われているのかはわからない
それでも、わかることがある
「・・・戦闘の勘をだいぶ取り戻し、鍛えられたみたいですね。ナナミさん」
「ええ。・・・死に物狂いで修行したのよ」
彼女が強くなったということだ
並のトレーナーではなみのり出来ないナナシマ海域で、ここまで来れたこともあるが・・・・・・
「・・・なみのりも、そらをとぶも使えなくなっていませんでしたか?」(〜更なる高みへ/003〜参照)
「少しだけ、難儀だったかしら・・・」
ナナシマにおける異常気象は大人しくなったものの、まだ完全には収まっていない
・・・レッド達はそれを忘れてしまうくらい、強くなったので無問題
しかし、いつものナナシマ間をなみのりする以上になみのりは使いにくく、キツかったはずだ
少なくとも、彼女はそれを乗り越える実力・・・並を越えるトレーナーの更に上を行く実力を得ているのはわかった
「さっきまで、グリーンがいました。すれ違ったりは?」
「してません。目的を果たすまで、きっと会うべきじゃないわ」
彼女は本当に強くなった
ならば、と・・・・・・ガイクは腹を括った
「では、当初の約束通り、あなたを能力者に育て上げましょう。こうして素質の証明は充分になされたようですから・・・こちらも約束は守ります」
ナナミさんは頷くと、ガイクは更に続けた
「更におれはあなたに・・・2ヶ月近く共に過ごし、修行を行わせたことで知り得たレッド達の戦闘データを全て・余すところ無く教えましょう。
そして、あなたは能力者としての実力とそれを手土産に『The army of an ashes cross』へ入団する」
ナナミさんの表情は変わらない
「本気、なんですね?」
「・・・・・・以前、話した通りです。ガイクくん、ありがとう」
・・・・・・
それはグリーンがガイクから電話を貰う前のこと
ガイクは真夜中にナナミさんから電話を貰った
2人の繋がりはホウエン地方、コンテストでのもの
あの時から互いのポケギア番号を変えなかったのは、幸いだったのか否か・・・・・・
ナナミから計画を打ち明けられた
能力者となったグリーン達を鍛え、強くしてやってほしい
自らが組織へ入団する為の手はずを整えてほしい、と
ガイクは驚いた
確かに、コンテスト参加中にその特異な眼について言及され・・・グリーンには内緒で自分がそういう存在になってしまったことを告げたこともある
だが、組織についてはそれこそ青年団体程度しか伝えておらず、能力を身に付けたことに関しては適当にはぐらかした
それなのに彼女は自らの推測で、ガイクの能力者化と組織を結びつけた
強引に、いや・・・状況証拠は揃っていなくもないがガイクが否定すればそこまでだ
否定出来なかった
あまりにも、彼女の声が真剣だったから
ガイクは条件を出した
組織への入団は能力者であれば容易になる
手土産として何か有益な情報があれば、更に入団の確率は上がるだろう
しかし、誰でも簡単に能力者になれるものでもない
その為にも素質を見極める必要がある
だから、船を使わずにナナシマ海域を一巡りしてくるように
自らに素質があることをどんな形でもいい、納得させるだけの証明してみせろと・・・過酷な条件を出した
何が起こるかわからない未知の海域も存在するし、しかも条件を出した直後に空と海が異常気象の発生
素質という曖昧で不確かで、自分で納得するだけの証明を導くのは至難であるというより自己満足に近いものがある
それでも、彼女はナナシマ海域を巡ってきた
そして、素質があることを証明して見せた
・・・・・・
「今の組織はおれの知る組織とは違います。カントー・ジョウト本土を壊滅させるキチガイぶりだ。
ましてや組織に拉致されたオーキド博士の肉親であり、故郷を奪われた者が反逆者の情報を手土産に入団したいという。
正直言って馬鹿な真似や危険を通り越して、自殺・自滅行為にしか思えない・・・・・・」
「それでも、私は行くと決めたの・・・」
ナナミさんは穏やかに微笑んだ
「組織に入った後、自分の身の危険や災難を振り払うだけの実力も・・・ここで得ていくつもりだから、心配は要らないわ」
「わかってんですかっ!」
ガイクは大声をあげ、その痛む身体を抑えて尚も怒鳴った
「組織に入るってことは、いずれ全面的にぶつかるおれ達と敵同士になるってことです・・・!」
「・・・・・・」
「もし組織に入ったその時は、あなたを容赦しません。敵とみなし、全力を以って排除します。
それはきっと、グリーンも同じだと思います・・・」
「覚悟も何も、出来ていると言ったわ。すべて、わかっています」
ナナミさんが、「それでも・・・っ!」と続けた
「私には、確かめなくてはいけないことがある。何に代えても、絶対に・・・」
ガイクの眼に映る決意の女性
何を言おうが聞きやしないだろう、絶対に
「・・・・・・ふぅ」
ガイクは少しだけ肩を落とし、ため息を吐いた
「・・・余程のことなんですね。確かめたいこと。
オーキド博士かウツギ博士・・・いや、それとは違う別の人か」
ナナミさんの顔が少し赤くなったのは見逃せない
・・・・・・なるほど、そういうことですか
ガイクはふぃっと妙なため息をひとつ吐き、落とした肩を少しだけすくめる
「まぁ、おれはいいんですけどね。問題は手土産を持ってしても、この時期に組織に入れるかどうかです。
情報を貰うだけ貰ったら後はポイって可能性もある。信用を得るために、厳しい試練を課せられるかもしれない」
「・・・もう、わかってるてば」
ナナミさんは「しつこい」と言わんばかりの、複雑な表情をしている
危険な行為をさせたくないというガイクの気持ちも充分汲み取っているからだ
それでもとまらない想い
譲れない願いを抱きしめて
「私も話に混ぜてくれないかしら」
ガイクとナナミさんの間に入るように現れたのはカンナ
そのことに一番驚いているのは何故かガイクだった
「・・・・・・」
「・・・ガイク、今までありがとう。おかげで、ようやく決心がついた」
カンナは言った
「私はポケモン協会につくわ」
・・・・・・
こちら側として『Gray War』に参戦してもらいたい
そうポケモン協会から言われたのは、いつだったか
条件は四天王事件やその他の余罪の免除・恩赦、望むならば報酬も出すという
更に本人が参戦せずとも、その弟子などが充分な働きを見せれば良いという・・・向こうは相当下手に出てきた
それでも、カンナは迷っていた
そうして、迷っている間にレッド達がナナシマ海域に入ったことを知った
決心も何もついていない今、彼らに会うわけにはいかない
だから、カンナは4のしまに、結論を出すその時まで身を潜めていた
ガイクは彼女がまだ迷っていることを知り、守護者の仲間としてそれに協力した
そう、無闇な詮索はしないように、させないようにガイクはレッド達に常に修行をさせ続けてきたのだ
ナナミさんとカンナの揺れる思惑・意志・状況を、ガイクがうまく立ち回ることで・・・自らを鍵としてそれらを結びつけた
あくまでガイクの提案だと思うレッド達が知ることのない、修行に隠された裏の事実・・・いや真実・・・
そして、
カンナが意思表示を見送らせていた理由
ひとつが、ワタルの消息が途絶えてしまったこと
もうひとつが・・・
・・・・・・
「本当にいいんですか。カンナさん。
『むじんはつでんしょ』をはじめとし、パウワウからコラッタまで多くの野生ポケモンを苦しめた工業地帯。
あれの開発関連業者及び関連企業のリストの中にポケモン協会の名があったんでしょう?
・・・あなたからすれば四天王に加担した最大の理由であり、最も憎むべき仇だ。
だから、今まで迷っていたんでしょう。本当に決心が・・・」
「ついたわ。私はポケモン協会の側につき、私自らが参戦する」
ガイクの険しい表情、カンナの氷のような表情
そのどちらも強い感情を抱いているのが見て取れる
「・・・・・・何故、ですか?」
「ポケモン協会を許したわけじゃない。でも、あの子達を見てたら・・・ね。
ありきたりな感情だけど、少し・・・信じてみたくなった」
カンナの氷のような表情が緩み、微笑んだ
「それに同じ女性が奮い立っているのですもの。負けてなんかいられない」
それはワタルのことも指しているのだろうか
ナナミさんが少し戸惑っていたが、やがて同じように微笑んだ
「・・・・・・さぁて、とりあえず疲れたでしょう。今日のところはゆっくり」
「休んでなんかいられないわ。早く特訓してちょうだい」
ナナミさんの申し出に、ガイクの方は引きつった笑みを見せた
「・・・・・・一応、重傷人なんですがね」
カンナはあぁと氷のような笑みに再び戻り、言った
「それにしても、ガイク。・・・あなたもよ」
「は?」
「修行だっていうのに、あんなにデレデレしちゃって、ねぇ。割と女性が苦手だったんじゃなくて?」
ガイクの表情が固まった
ナナミさんも興味深そうに見ている
「・・・・・・いや、何の話ですか」
「とぼけても無駄よ。大人の女性を甘く見ないことね。
大方、好みのタイプがあの子達の中にいたんじゃないの」
「そうなの?」
反射的にガイクに訊くナナミさんの目が若干輝いて見える
「・・・勘弁してください」
ガイクはようやくそれだけ言うと、カンナの眼鏡がきらりと光った
「まぁ、個人的なことだから深くはつっこまないであげる」
「ガイクくんが女性が苦手? どうして?」
ナナミさんが面白そうに訊いている
やはり恋話やその手の話になると誰もがこうなるらしい
「いや、誤解の無いように言っておきますけど、女性が苦手とかじゃないです。
ただ昔の上司が強烈で、その手の人が少し苦手なだけです」
・・・・・・
「すいません、今日はキャンプなんでさっさと調理に移りたいんですが」
「ガイク、あんた料理が出来るなんて生意気なのよっ」
「いや、別にいいじゃないですか」
「良くないよっ! 男子厨房に入らず、料理は女性の特権よ!
よってあんたは違反よっ! 厳罰ものよ!!」
「チームの皆が飢えてます。焚き火の前からどいてください」
「いやよっ」
「・・・わかりました。じゃあ、代わりに作ってください」
「当然よっ」
「ちなみに料理は?」
「ちきんラーメンの卵落としよっ」
「だけ、ですか」
「何よ」
「いや、卵割れるんですか?」
「失礼千万よっ! 反逆罪よっ! 誰かガイクを捕らえてよっ!」
「すみませんでした」
「わかればいいのよ。なによ、卵ぐらい割れるわよ」
ツルッ グシャ ベチャ
「・・・・・・」
「・・・・・・割る前から卵に拒絶されましたね」
「て、手が滑っただけよっ! 卵はやめよっ、ラーメンの袋を開けるところからが本当の調理開始よ!」
みし メシャ グシャバキキィッ
「中身が粉々ですね」
「い、勢いあまっただけよっ! いいわ、袋だって味のひとつよっ! このままどんぶり直行よっ!」
「それはいくらなんでもまずいですよ。せめて袋から出してください」
「いいのよ! いいから見てなさいよっ! この沸いたお湯を袋入りのままラーメンに注ぐ姿よ、これが本当の料理人の姿なのよっ」
ピィ―――ッ! じゅわっ
「って、あっちゃーっのよッッッ!!!!!」
ぶォんっ ばっちゃしゃんっ
「熱湯の入ったやかんをこっちに投げないで下さいッ!」
「ガイク、あんた後で始末書50枚提出よっ」
「何でですか!」
・・・あまりに見苦しいので音声だけでお送りしました
・・・・・・
「・・・・・・おかげで格段に調理速度が上がりました。邪魔が入らない内に、出来上がるように・・・」
「・・・料理オンチというより、食材全てに嫌われている人なのかしら」
「よく生きてられたもんね」
女性陣は2人に同情し、あきれている
確かに、ガイクの上司は相当に強烈なキャラのようだ
これでは苦手になるのも無理はない・・・・・・だろう
「ま、そんなことはどうでもいいんです。とにかく、潮風が障るんで戻りましょう」
「そうね。無駄話が過ぎたわ」
なら、やめてほしかった
昔の傷を掘り返され、ガイクは胸がずくずくとうずいていた
「あ、そういえばこの人達はどうするの?」
そう言うナナミさん本人がのした2人のことか
確かにこのまま放ってはおけないが・・・・・・
「しばらく捕まえておきましょう。何か白状させれば、こっちからつかめることがあるかもしれない」
「場合によっては、こいつらをツテにあなたを入団させるって手もあるし」
ガイクとカンナの意見に賛同し、早速ポケモンを一時的に取り上げることにした
意識が戻った時、そいつらを使って暴れられても困るからだ
「・・・・・・あら?」
ナナミさんが何かに気づき、そして言った
「この人達のポケモン・・・・・・どこへ行ったのかしら?」
のした2人が使ったポケモン
確かにボールは存在するのに、その中身が消えていた
逃げ出したり野性に帰した様子も無かったとすると、これは・・・・・・
「・・・中身だけ転送された、のか?」
まさか、そんな技術が確立されているはずが・・・・・・
「・・・思った以上のことが、水面下よりも深い水底で・・・起きているのかもしれないわね」
突如復活し、台頭してきたR団
この数ヶ月間、殆ど動きを見せなかった組織
その組織を隠れ蓑に、深く潜り込み未だ全貌を見せぬ裏方
「厄介な時期に送り出しちまったのかもしれねーな・・・」
ただレッド達の無事を祈るばかりだ
・・・・・・
「・・・今日中にその図書館とやらに着くかな?」
『うん、今の実力なら行けると思うよ』
シショーはそう水面ぎりぎりの低空飛行をしながら、言った
「どんなところなんでしょう」
「漫画本とか置いてねーかな」
皆も久し振りの旅に、その目的地にわくわくしているようだ
ブルーは「そこで一晩泊まれないかしら」などと現実的な算段をしているが・・・
「そもそも図書館とか古本屋とか言ってますけど、どういう施設なんでしょうか?」
『ああ、それはね・・・』
「おい、前を見ろ」
クリスの問いかけはグリーンの言葉に遮られ、皆は指された方・・・正面を見てみる
レッド達の前を通るのは小さな船舶だった
そして、そこの船主であろう人物がひょっこりと顔を見せた
「おめーら、この先に用があんのか?」
To be continued・・・
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