〜更なる高みへ/045〜
「(大丈夫かな?)」
・・・・・・
「えー、というわけで」
皆からまじまじと注目を集めるなか、レッドがこほんとひとつ咳払いをした
「こちらが連れてきたキリュウ・トウド博士」
「どうも」
ワインレッドのタートルネックにこげ茶のズボンに白衣を着ているという恐ろしく研究者に見えない人物だった
唯一、小ぶりの丸眼鏡をかけているのがそれらしい
「うわ、なんかムカつく」
ゴールドが単刀直入に、直感でキリュウ・トウド博士を見破る・・・・・・といっていいのだろうか
トウド博士がつかつかと腕を組んで近づき、堂々と言い放つ
「初対面の人間に失礼ではないか?」
「いや、なんとなくお前が言うなって感じ」
やばい・・・そう周りは感じ取る
この2人は、ゴールドにとってまた肌が合わないタイプの人間らしい
というよりは、色々とゴールドは正面衝突のしすぎだろう
「あー、それより悪いんだけど診てほしい人がいるんだ」
ゴールドとの間に入り、レッドがトウド博士に頼んだ
その視線の先にいるのはイエローだった
いきなりだが、この為に連れてきたのもあってイエローはぐっとトウド博士を見返した
「彼女を?」
「あの、なんだっけ。『生吹』を起こした俺達の仲間」
ぴくっとトウド博士の目じりが動き、まるでぜんまい人形のような動きでイエローを見た
その目は真っ黒で、好奇も好意も何も感じられなかった
「ほぅ、名前は?」
「い、イエロー・デ・トキワグローブ」
「能力は『トキワの癒し』か」
「!」
トウド博士がそのものズバリと当ててみせたのに、皆が驚いた
当てられたイエローも目をぱちくりとさせていた
「わかるのか?」
「名前でね。あそこの血統は研究者の間では有名だ」
割と背の高いトウド博士はイエローをかがんで見て、それからまた背筋を伸ばしてレッドと向き合った
「で、どう見ろと言うんだ?」
「イエローは一時、その器を崩壊しかけた。その後、生吹が起こった」
「・・・・・・そして、奇跡的な回復か。つまり、自分はこの子がもう戦える状態か見てほしいと言うことか」
「戦うは別にしても、もう大丈夫なのかどうか。・・・わかるんだろ?」
レッドの頼みに、ふむとトウド博士は肩をすくめた
「それはわからない」
トウド博士はかぶりを振って、そう答え続けた
「確かに多少の判断なら可能かもしれないが、絶対ではない。0か100か、そう両極端なものなら別だがな」
「ちなみにどうやって調べるの?」
ブルーが聞くと、トウド博士はビ・ビビビッと自らの身体の各部位を指差して示す
「瞳の輝き、呼吸音、肌の色、髪のキューティクル、あらゆる身体の状態から見極める。そして」
トウド博士が腰のボールに手をかけ、それをイエローに投げつけた
パシッと受け止めたなかには先程のペルシアンがおさまっている
「実際に能力を使用してもらう」
なかにいるペルシアンは相当疲労していて、ぐったりとしている
ポケモンセンターに寄る前にこの島に本を貰いに訪れたからだそうだが、優先順位が違う気もした
「ちょ、ちょっと待った! だから、イエローは今能力が使えないんだ」
「使えないわけじゃない。君達が制限しているだけだろう?
器の状態を見るには、能力を使ってもらうのが一番いいんだ」
「それでイエローの身に何かあったら・・・!」
皆が口々に他の方法を問いただそうとした時、イエローの周りが暖かな光で包まれた
能力を、『トキワの癒し』を使用した・・・・・・
クリスが制止に入ろうとするのを、トウド博士が手で押さえつけた
「な・・・」
「見たまえ」
トウド博士は笑っていた
レッド達は唖然とするほかなかった
イエローを包む暖かな光がうっすらと、放射状に広がっていく
広がった光は木漏れ日を連想させ、辺りが広い森に包み込まれたようだった
いや、実際にその目で森が見えた
「0か100か。確かに極端だ」
人によっては不気味に取れる微笑をトウド博士は見せ、ゴールドをのけぞらせた
その光は潮引くようにイエローのなかに戻っていき、蜃気楼のように跡形もなく消えた
「・・・・・・あ、あれ? ボク、どうしたんですか?」
イエローは自分自身の変化に気づいていないらしく、回復したペルシアンのボールを持ってきょとんとしている
しかも、回復はほとんど無意識だったようだ
皆はあまりの変わりぶりに誰も口出せずにいる
まさかこれが生吹の力、氣脈の直結というものなのだろうか
「その昔、ポケモン同士による激しい争いがあった」
トウド博士は遠い目で、空に向かって語り出した
「何が起因なのかさえわからないほど、最初はささいな争いだった。
それが徐々に波紋を広げるように、争いは狂気と激しさを増していった」
争いは派閥をつくり、派閥は均衡をつくらなかった
負の連鎖
誰もやめようとしなかった
やめられるものならば、とっくにやめていたはずだ
理性を暴力性が上回り、感情や抑制に許容範囲はすでに越えた
誰も争いをやめようとはしなかった
それによって争いを続けることがいつしか目的になり、争いの理由は必要でなくなった
「争いをやめさせようとしたものがその渦中に入っていく矛盾」
渦中に入れば、他に例外もなく争いに呑み込まれた
あがけばあがくほど、誰もがその身を赤く染めあげる
「その渦中に身を投じたもの2つ」
それらが何なのか
争うポケモン達は考えることなく、襲いかかった
まるで道連れる相手を求め・欲し、渦中に引きずり込もうとするかのように
1人は派閥も何も関係なく、すべてを無差別に襲い返した
どんなポケモンにも致命傷から軽傷まで幅広く、無茶苦茶にした
もう1人は派閥も何も関係なく、すべてを無差別に癒した
どんなポケモンの致命傷から軽傷でも、拾える命はすべて拾いつくした
その共通した敵と味方
ポケモン達は倒すことも何をすることも出来なかった
争いがとまった
その力の前に、何をすることも出来なかったからだ
2人の前では何をすることも無意味だった
命はいつか滅び、争っていなくともそれからは逃れられない
早いか遅いかの違いであり、今の今まで命の奪い合いをしていた
そこに乱入してきた者に襲われたとて文句の言いようがなく
そして、救える命はすべて救ってもらった
それから一方はその地にとどまることとなった
もう一方はとどまることを許されなかった
その差は当然とも言えた
争いをとめた2人であっても、生かした者と殺した者
2人の間に挟まれた心情は氷と炎までの温度差だった
とどまる者は去る者のあとを追い、共にあろうとした
それを押しとどめさせ、去る者は自らは1人で生きていくことを納得させた
その後、
去った者の行方は知れない
とどまった者はその地に根付き、その数を増やした
次に2人が出会った時の為に、その約束の時の為に
「古い伝承だ。いつの時代かもわからないほど」
トウド博士が背筋をしゃきっと伸ばし、歩く
イエローの傍まで、目をそらさず見据えている
あまりに真摯なそれに視線を離すことが出来なかった
「素晴らしい」
「ほへ?」
「君は―――……」
イエローの両肩に手を置き、トウド博士が何かつぶやこうとするのとほぼ同時だった
それを見ていたレッドがほんの少しだけ眉をひそめたのとほぼ同時だった
上空に何かいた
背筋を氷でなぞるような感覚した気がする
思わず、条件反射的にその空を見上げた
・・・・・・
「「気づかれた」」
ぼそぼそと同じ顔をした女性が2人、いや双子が同じく双子のヤミカラスに乗っている
鏡合わせのような2人のその腕には腕輪が3つ
『幹部候補』
「「迅速に処理しなきゃ」」
ジークの実行部隊
狙いは間違いなくキリュウ・トウド博士だ
そうして2人は同時にボールを、ナナシマ交本館へと落とした
静かに音も無く、しかし徐々に加速していく
なかから飛び出したのはゴローニャ、それも2体
その内に全力をこめ、今にもはちきれそうな身体を必死で押さえ込んでいる
『だいばくはつ』の予兆を容易に察せられ、目標は落下地点の全てだ
「「キリュウ・トウド博士以外はいらない」」
博士の持つあの能力なら、たやすくしのいでくれるはずだと双子は笑った
邪魔者も消えて、一石二鳥だった
双子の能力は2人で1つ、その名も『無双』
同じポケモン、同じ技を使った時、その威力や命中率が上がる(上昇度は双子に依存)
プラスルとマイナンのようなダブルバトル専用の能力といえるだろう
この双子のゴローニャによる大爆発なら、ナナシマ交本館程度なら跡形もなく吹き飛ばせる
狙いもはずすことはない
ただひとつの懸念をのぞいて
「「高度320、280、234、181、112、47・・・…」」
目前に、ゴローニャはトウド博士の頭上ぎりぎりまで到達した
「「・・・・・・」」
双子は地上を同時に見下ろし、つぶやいた
「「失敗」」
双子はその場からすぐに離れ、体勢を立て直そうとする
そこをトウド博士が見逃すわけもなかった
上空を見上げ、つぶやいた
「カイリュー、今日最後の一撃だ」
トウド博士はバチンと指を鳴らし、目標を定める
それを合図に、カイリューは大口を開けて上空を見上げた
「「まずい」」
双子が逃げるよりも、カイリューの一撃の方が早かった
桁外れだった
何もかもかき消してしまいそうな光の柱がナナシマ交本館の上空に立った
双子の姿がそのなかに一瞬だけ見えたが、それからずっと見えなくなった
テレポートで逃げられたのか、それさえもわからない
「ああ」
ゴローニャのだいばくはつを防いだのはレッドのニョロだった
その特性は『しめりけ』で、周囲にまとうようにおおわれた湿気の結界によって誰も爆発出来なくさせるのだ
落下してきたのがゴローニャとわかり、保険のために出したのが良かった
双子の懸念もまさにそれ、だいばくはつを封じる絶対の策だ
「礼を言おう。しかし、時間が無くなった」
トウド博士はまくしたてるように、それでいてはっきりとした言葉でそう告げた
「じきにここにはいられなくなる」
「あれだけ派手に撃退したら、なぁ」
海での戦い、先程のはかいこうせんも考えれば充分目立つ
わかっていてやったのか、天然なのかはいまいちトウド博士のその表情からはつかめそうにない
しかし、この状況下で淡々と話せるようになったというのは・・・・・・レッド達は成長したというべきなのか
人として何か欠けてしまったかのようにも思える
「これから、自分はどのくらい拘束されるんだ? 診るだけか?」
「・・・・・・これについて色々と俺達にもわかるように教えてほしい」
そうしてレッドが見せたのはトウド博士が書いた2冊の論文
『携帯獣氣体成生論』と『携帯獣経験値及び性格傾向から見る育成論』
そのどちらも、専門的な言葉や引例を用いているので素人や一般人には読みづらく理解もしがたいものだった
「いいだろう。その代わり、そちらが口をはさむひまなど与えない。
それと話し終わったら、さっさと自分を自由の身にしてもらおう」
あっさりとトウド博士は了承した
しかし、あっさりとしすぎだ
トウド博士の実力なら、レッド達を振り払って逃げることも出来るだろうか
否
その確率があまりに低すぎるから、無意味と考えたトウド博士は動かないのだ
ただ先程まで上空にいたトレーナーは対処出来る、自らに比べてのレベルの低さを感じ取れたから動いただけだろう
こうして条件取引をすることで穏便にことを進めようとしている
「わかった」
レッドとグリーンは顔を見合わせ、うなずいた
それを聞いてトウド博士はわずかに口の端を吊り上げ、不敵に微笑んだ
To be continued・・・
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