〜更なる高みへ/047〜


 「なら、いい。これで自分の話を終わるとしよう。質問は受け付けない。基本的なことは話したから、あとはその論文を一から読んで理解することだ」



 ・・・・・・
 
 
 本当に口を挟ませなかった・・・
 一息で言ったわけではないが、呼吸をついて間も無く話すのだからその圧迫感でレッド達は声も出せなかったのだ
 自らの宣言通りに話せたことに満足したのか、トウド博士はわずかに微笑んでいる
 それがまた人を見下すように見えるのは、もはやどうしようもない地顔なのだろう

 「最も、その論文をすべて読み解くことは難しいかもしれない。自分だって無理かもしれない」

 「なんで?」

 「自分にもわからない」

 しれっとトウド博士は言うが、本来そのようなことはありえない
 書いた本人がわからないことなど、あるわけがないのだ

 「・・・どういうわけかその論文は自分の手から離れていったものなんだ」

 「?」

 「論文が成長してる、なんて馬鹿げているとは思うが・・・・・・確かなんだ。
 まるで元々用意されていたものを自分が書くはめになった、そんな感覚がある。
 それヵら様々な人の手に渡り、それを読まれていくことで、論文自らが変化を起こしている。
 君達が持っているのはオリジナル版だが、他の者が持っているのはそれをベースに全く別の内容になっているかもしれない。
 さっきも言ったように論文は誰かにパクられることがある。が、それとは別次元のような話だ」

 トウド博士は思い切り首をかしげ、その目を見開く様は・・・人には見えにくかった
 そこらのホラーものより余程怖く、変なところで迫力を増すのはやめてもらいたいものだ
 何故なら、イエロー・次点でレッドの顔が真っ青になっているからだった
  
 しかし、トウド博士はその表情と首の位置を変えなかった

 「これはポケモンと人間の真実の一端に触れるもの。
 そして、その更なる奥の真実を知るものが新たに書き加えていくことで、この論文は真の完成を迎えるのかもしれない・・・」
 
 「あー、わかったから、さっさとその顔やめなさい。不快だから」

 バッサリとブルーがそう切り捨てると、トウド博士は意地の悪い笑みを見せながら戻す

 「正論だね」

 トウド博士が笑うのを見て、グリーンはふと思い出した
 いつの日だったか、オーキド博士がつぶやいていた独り言とも何ともつかない言葉


 ・・・・・・


 「正しいことが、正しいとは限らない」

 「正論は時に暴論となり、誰かを・何かを傷つける」

 「正しいだけでは駄目なんじゃ」

 「正しいだけでは、人も心もついてはこない」

 「彼はまだ若い」

 「正しいか間違っているか」

 「どちらかだけという両極端のものだけでなく、その妥協も虚実もまた人にとっては大事なことじゃ」

 「若さゆえかのぅ・・・」

 「しかし、あれで気づかぬはずがないんじゃが」

 
 ・・・・・・・


 あの時の言葉は、当時のグリーンなどではなく目の前にはいない人物
 そう、オーキド博士の前に置かれていた論文の論者に対してつぶやかれていたものだったのかもしれない

 しかし、しかしだ
 首を押さえ、ごきごきと音を鳴らすふてぶてしさは・・・・・・頭の固い人間が集まるという学会で嫌われたのは正論だけではないのは確実だった
 
 書いた論文が異端ならば、書き上げた本人も異端であるのは当然なのかもしれない
 悪い人間ではなさそうなだけで、人畜無害な存在でもない
 両極端のどちらかを求めるような正論者のくせに、自らはどちらつかずでいる矛盾している
 悪く言えば両極端のどちらかを求めるように他人に厳しく、自分には甘いのかもしれない 
 

 「さて、もういいだろう。自分を解放してく・・・」

 れ、とうんざりともあきれともつかない声でトウド博士が言いかけた瞬間のこと
 トウド博士は右手をひるがえし、シュピッパチンと指を鳴らし音をたてボールを宙に放った
 なかから出てきたのは先ほどイエローに回復してもらったばかりのペルシアン
 
 「ねこだまし!」
 
 その指示の1秒前に、レッド達の目の前に・トウド博士の背後に巨大な氷塊が現れていた
 どこから出現したのかさえもわからなかった
 反応が遅れ、今ポケモンを出し・先制技を繰り出しても遅かっただろう

 機先を制し、誰よりも速く攻撃が出来るねこだまし以外にこの状況は打破出来なかった
 威力の不足は能力で補う

 ゴガンと氷塊が砕け、つぶてがばらばらと落下した
 しかし、砕けた氷は自ら細分し霧となり周囲を・視界を覆いつくす

 「これは・・・・・・」

 
 ・・・・・・


 レッド達がいるところより1km以上も離れた沖合い

 波間に見える怪しい影
 海風でも揺れることのないそれは人間とポケモンだった

 「攻撃に失敗」

 3色の腕輪に不恰好なゴーグルをつけた・背広着用のリーマン風の男が舌打ちした
 海に浮かぶ男の足場はキングドラ、その横にはメガネをかけたオクタンがいる

 「補正・修正をかけて、もう一度行くぞ」

 リーマン風の男が両手の人差し指を十字に交差させ、腕や肘ごと動かす
 それは照準を、狙いを定めているかのようだ
 オクタンはリーマン風の男の動きに合わせ、たこの口をすぼめ・力をこめる

 「『特能技・れいたうほう』、発射十秒前」

 その指示と共にオクタンの口に、自身の10倍近くある氷塊が出来る
 周囲の水分を巻き込みながら冷気を凝縮し、出来上がったそれを『きあいだめ』し・渾身の力で撃ち放つ
 『特能技・れいたうほう』
 氷塊が飛んでいく速度は1kmならば衰えることはないが、それだけの威力を出すオクタン自身への負担は相当大きい
 最低でも1ターンのインターバルが必要なことから、はかいこうせんの氷・物理ヴァージョンといえる
 更に相手が氷塊を防ぎ・砕いてもそれは濃霧に変わってまとわりつく
 『れいたうほう』のれいとうは直線軌道かつ高速のれいとうビーム、ほうは敵の命中率を下げるオクタンほうからきている
 霧から抜け出すべきか否か、悩むその隙にオクタンのインターバルはほぼ終わる
 距離さえ置いていれば死角の少ない技だ


 リーマン風の男は濃霧のなか、狙いを固定した


 ・・・・・・


 迷わなかった

 レッド達を振り払い、トウド博士はその場の濃霧から突き抜けていった
 カイリューのそらをとぶで、罠への誘発と考えることもなく・何のためらいもなく飛んでいく
 
 制止する間も無かった 

 「・・・それでは・・・」
 
 「ってぇ、待てぇ―――ッ!!?」

 『ひどすぎるッ』

 「ちょ、待ちなさいよ」

 そう声をかけるが、白い濃霧で何も見えない
 逆に言えば、組織から同じように狙われているレッド達を視認することが出来なくなっている

 今のところ、標的はトウド博士だけ 
 知る由も無いがその最高責任者はジーク
 四大幹部・ジークの指揮下において、失敗は許されない
 これでレッド達は一時的に、組織から目をごまかせるだろう


 ・・・・・・


 「離脱したか」

 リーマン風の男は素早く照準を、その角度を変えた
 気合も力も充分に溜め込んだオクタンが氷塊を放つ
 標的はカイリュー、ドラゴン・ひこうタイプにこおりタイプの技は効果抜群の4倍ダメージだ
 
 「『れいたうほう』、撃て」

 オクタンはためらうことも迷うこともなく、標的めがけて打ち込んだ
 それは一直線に、重力に逆らって突き進む
 狙うは今見える標的ではなく、それがこれから向かう先の予測地点だ
 
 「ウインディ!」

 トウド博士がカイリュー、ペルシアンと続いて3体目を繰り出した
 ぱちんと指を鳴らし、ウインディの放つかえんほうしゃの威力を高め、れいたうほうを相殺した
 そして、炎と氷のぶつかり合いによって生まれた蒸気とあいまってまた白い濃霧がトウド博士を包み込む
 上空にぽつんと浮かぶその濃霧は雲のようで、かなり目立った
 そう、マーキングと何も変わらない

 「こちら縛隊7号。標的、トウド博士を捕捉」

 縛隊とは一時的に編成されたトウド博士捕獲部隊のことだ
 リーマン風の男が小型の無線をONにし、招集をかける

 しかし、そんな召集よりも早く彼らは行動を起こしていた
 マーキングされた上空に、高速で何者かが近づいてくる
 
 多くの能力者のなかから選ばれた一握りの選抜者
 将来、組織を背負う可能性と自負を持つその候補生
 それが『幹部候補』・・・・・・

 縛隊・総勢23名

 集められるだけ集められたその力が、トウド博士1人に向けられている

 
 ・・・トウド博士は上空へ逃げることをやめ、眼下の島から遠く離れるように・濃霧から飛び出した
 その様子をレッド達はいまだに晴れない濃霧の所為で見ることが出来ず、唐突過ぎる別れとなった
 ろくに礼も言えず、一方的に利用したようにも思える扱い
 しばらくレッド達は気に病んだりするのだが、トウド博士の方は何も気にしてはいなかった
 ただ、今はトウド博士自身のことで精一杯だからだ
 

 「上空へ」

 トウド博士はカイリューにそう指示をするが、背後から迫る力に焦りを感じずにはいられなかった
 恐怖と絶対の下に支配されたチーム、そのコンビネーションを打ち破るのは困難だからだ
 いや、能力者1人1人のレベルを考えれば到底トウド博士1人ではかなわないことだった

 「(・・・・・・賭けるか)」

 この場を切り抜ける
 それ以外、トウド博士の頭にはなかった
 何も使命感に燃えているとか、やらなければ残っていることとか、この戦いを見届けるためとかではない

 『死にたくない』
 生き物としてとてもシンプルな行動理念
 その為に自他の行動を賭けるとあれば、さらに楽観的なものも加えるべきだろう

 つまり、トウド博士は『死にたくない』と思うが行動する心のどこかで『自分は死なない』と思っているのだ
 思い込みか直感か
 どちらにせよ、その心が無ければこの場を切り抜けることは不可能だったろう

 「どこへ逃げる気だ」

 トウド博士よりも速く、上空にとどまり・網を張っている女がいた
 パートナーはアリアドス4体、そしてモルフォン
 何も無い空中に文字通り『くものす』を張る能力かと思われる
 粘性も通常のものよりも遥かに高く・強く、絡まれば身動きも呼吸さえもままならなくなる
 水の塊である雲をまとわせ、その姿を視認しにくく・炎への耐性もある
 上空を覆う完全なる包囲網
 
 「少しばかり高いところまで」
 
 トウド博士の白衣の懐から4体目、ポワルンがその形態をいきなり変える
 『携帯獣氣体成生論』における携帯獣が環境適応及びそれで見られる様々な変化に基づくもの
 形態変化と同時にポワルンのかみなりが雲の間を駆け抜ける
 ウインディが吼え、かえんほうしゃを放つ

 雷が雲を分解し、炎が網を走る
 単純な連携で包囲網を切り崩す

 「幹部候補をなめるなよ」

 燃え落ちる網からわざとは関係ない爆発が連続する
 火薬の類を予め仕込んでいたのだろう
 自らの危険も顧みずに、意地でも突破させない気か

 「なめるな」

 トウド博士の背後から迫るプレッシャー
 他の幹部候補が追い上げてきたのだ
 爆発は確実に捕らえるための、増援待ちの足止め
 
 誰がトウド博士を捕らえるかの問題ではない
 手柄をとっても無意味
 次の幹部に上がるのに必要なのは武勲ではなく、上の者を確実に潰すだけの実力
 だから、今ここで功に焦って1人で無理して戦うこともないのだ
 
 「・・・幹部候補はその程度の器か」

 「キッサマァッ!」

 人の神経を逆なでするような言葉は、幹部候補達に火をつけた
 本音を、本当のことを言い当てられたからだろう
 強ければ、さっさと幹部と戦えばいいのだ
 しかし、それをしないということは・・・・・・つまり・・・・・・

 「悪いけれど、向上心の無い・いつまでもぐだぐだしてるやつとはつるみたくないんでね。
 口だけなら、言うだけなら誰でも政治家にだってなれる」

 トウド博士のカイリューが垂直に加速し、爆発や幹部候補達を突き放していく
 それを負けじと追跡・追撃してくるが、カイリューはのらりくらりとかわす
 ポケモンのわざで上から下に落とすようなものはあるが、その逆は殆どない
 中・遠距離攻撃ならば尚更で、届く前に威力が落ちて返ってきてしまう
 そうでなくとも、よほどの場数を踏み・戦闘経験が積まれているのだろう
 同時にトウド博士はアイテムをうまく使い、PPや体力を回復する
 イエローの能力で回復してもらったペルシアンも、流石にPPまではどうにもならなかった


 「・・・・・・」

 幹部候補達は異変に気づいていた
 
 トウド博士のカイリューは先程からずっと垂直に飛び続けている
 旋回もせず、ひたすら『上』に向かっているのだ

 追いかける幹部候補のなかで空中戦が元来得意でないものは次々に落下していく
 高度が上がるごとに気流が、気温が、トレーナーもポケモンでさえ耐え切れないものになっていくからだろう
 もう半数以上は振り落とされただろうか

 トウド博士の能力は既に割れている
 そこから導き出される解答と狙い
 もしも気づけたならば、それを阻止しなければならない
 しかし、なんということをしでかそうとしているのか

 「阻止ッ!」

 それを合図にトウド博士へ向け、放たれる大技
 しかし、そんな幹部候補達の一斉攻撃を特大の『まもる』で防がれた
 いや、気づかぬ内にその『まもる』は常に張られていた

 そして、そこが境界なのだと悟った
 

 「おのれ・・・ッ」

 トウド博士は幹部候補達が憎々しげにつぶやき、落下していく
 1人、また1人と・・・・・・


 幹部候補の数が残り2名となった

 そこから、トウド博士は100mほど高い位置で静止した
 まだ姿も見える
 幹部候補の鍛え抜かれたポケモンの射程距離外とは到底思えない
 まだ追える

 そう思えるし、そう見える

 しかし、確かにそこには境界があったのだ
 

 上空にはおおよそで4つの空気の層がある
 ・・・対流圏(0〜11km)/成層圏(11〜50km)/中間圏(50〜80km)/熱圏(80km〜800km)・・・
 対流・中間圏では高度が上がっていけばいくほど、気温が下がる
 逆に成層圏では対流・中間圏に比べ、高度が上がると気温が上がるという不思議なものだ
 熱圏は2000度という高温の大気で、鉄の融点が1535度といえばどれだけのものかわかることだろう

 長距離旅客機は対流圏と成層圏の境を飛ぶ
 地上から11km、気温は−70度
 伝説のポケモン・単身のフリーザーでさえ最高高度もそこまでか、それ以下が限界とされてきた
 通常のポケモンならば、リザードンで高度1400mで有人飛行したことが確認されている
 生身の人間でも登れるフジヤマは3776mと考えれば、実はそう大したことでもない
 実際に鍛え抜かれたリザードンならば、有人でもその倍は確実だろう
 8000mの山々に巣を作った鳥ポケモンもいた、という話もある
 だが、そこからなかなか上へは行けるものではない

 『高度10km』
 それがポケモンによる有人飛行の限界とされてきた
 鍛え抜かれたリザードンからだいぶかけ離れたものと思うが、理論上は可能な話だ
 ただ冷気に耐性があるリザードンの尾の火が消える可能性があり、トレーナーの方もかなりの重装備を想定してのこと
 気温は南極とほぼ同じ、−50度ほどになろうか
 何の備えもなしに行けるようなところではなく、自殺行為にしかならない

 そう、あくまで理論上は可能というだけだ

 それをトウド博士は越えた
 カイリューの外皮、伝説ポケモンに限りなく近い種族値
 そこにトウド博士の特大の『まもる』が加わり、人を乗せた上で11kmまで飛んだ
 異例中の異例
 トレーナー本人は白衣という薄っぺらい服装でとくれば、嘘でも信じられない話だろう

 全員ではないものの、幹部候補達もよくここまで追いすがれたものだ
 既に気温は−70度に近い
 組織から配給される団服は耐熱・耐寒などあらゆる悪環境・能力者との戦闘用に仕様がほどこされているが、それでもこの高度と極寒には耐え切れない
 ここまで来られたのは同じような『まもる』の使い手と、炎ポケモンでわずかに暖を取れるものだけだった
 それも長くは保たない
 かげぶんしんと同様の回避力・集中力を瞬間的に高める『みきり』とは違い、『まもる』は相手ポケモンのわざに対して同量のエネルギーを盾にするようにぶつけて相殺する
 みきりは精神力・まもるははかいこうせん並のエネルギーを瞬間的に放出するという荒業の為、どちらも連続の使用は難しい
 
 しかし、トウド博士は違う
 自らとポケモンを『まもる』に必要なエネルギーを、その消費を常にその能力を基本にアイテム補助して維持し続けることが出来る

 そらをとぶ対決になった時点で、幹部候補たちの負けは決まっていたのだ

 残った幹部候補がゆっくりと下に落ちていく
 ゆっくりと、悔しげに落ちていくのを見てトウド博士はふぅと息をついた

 「(危なかった・・・)」

 とはいえ、トウド博士にとってもこれは賭けだった
 本当に自らのポケモンによる『まもる』で極寒の気流から身を防げるのか
 もしまもれなければ、凍えて自由落下して人生にピリオドがついていたろう
 
 今でも、まもるのバリア内に冷気が吹き込んでこないか冷や冷やしている

 「・・・・・・持久戦だな」

 これで組織が諦めるわけがない
 幹部候補達はおそらく、これから境界より離れたところから監視に入るはず
 遠視能力のある者がいれば、場所を常に捕捉しておくこともたやすく可能だ
 もしくは『まもる』を封印する能力やわざ・PP削りを得意とする者を連れて、再びここにくるかもしれない

 トウド博士はそれでも、ここから動けない
 この境界から出て、地上へ行こうとすれば境界下を張っている幹部候補達に袋叩きにされるだろう
 実力はどうでも・数では圧倒的に不利だからこそ、ここまで逃げてきたのだ・・・

 監視の目が外れる時、自らの位置を捕捉し損ねた時
 そんな時が来るまで、ここで待つしかない

 極寒の気流をさまようカイリューの背でトウド博士はごろりと横なり、目を瞑った

 イエローが『トキワの森』でその氣を回復するというならば・・・
 トウド博士のホームは『空』

 どこにでも拡がっている空からの恩恵
 いつもは地上で受けるのだが、今は全身で受け止めている 
 反則的に思えるかもしれないが、どこにでも拡がっている空は近いようで遠い
 広大すぎるため、恩恵の密度も非常に薄いのだ
 こんな状況にでもならなければ、通常の空の恩恵は常人の氣力充填・回復速度に毛が生えた程度のものしか与えられない
 器も『治癒』の能力者であろうイエローほど大きくもなく、能力が使いたい放題ということもなく、存外に不便で満足しうるものでもなかったりする

 「(それでも、今はこうして横になって寝続けていれば、『まもる』で消費し続ける氣を取り戻せるはずだ・・・)」 

 しかし、それにも限界がくる
 今残っている氣と回復量を合わせたものより『まもる』で消費する氣が上回る
 高価で珍しいアイテムを惜しみなく使用・併用したとしても、カイリュー自身の肉体及び精神の消耗を考えれば・・・おそらく1週間ほど保てばいい方だろう

 「(それまでに、なんとか状況が好転すればいいんだが・・・・・・)」

 思い浮かぶのはレッド達の顔
 さて、彼らの踏み絵はどうなったのか
 
 「(寝よ)」

 考えることをやめ、トウド博士はすべての氣をカイリューの『まもる』にまわすことに集中する
 眠りながら、実に器用に
 カイリューも気流に逆らわず、あくまで高度と『まもる』だけを一定に保つようにする
 気流・天候に異常があれば、ポワルンが反応を示してくれる

 次に目が覚めた時、どこへ流されているか・・・・・・それは少し楽しみでもあった
 そういうところが楽観的、というのだろう
 

 「あぁ、お気に入りサイト巡りはしばらく出来そうにないな・・・」

 のんきそうな寝言
 しかし本気で言っているのだから、本当に嫌な人物だ
 こんなのにしてやられた幹部候補達はたまったものではないだろう・・・


 ・・・・・・

 
 トウド博士と幹部候補達の攻防の、およそ4時間程前のこと


 その部屋には『幹部・十二使徒』と『四高将』、そしてディック達3人が全員揃い踏みしていた
 彼らは裁判所のように、ある1人の男を囲むようにして座っている

 「おめでとう」

 ディックが正面の席から軽やかに飛び降り、にこやかに、微笑みながら言った

 「アウェイル」

 聞き覚えのある名前だ
 『赦沸焼独』というトレーナー能力を持つ徹底した女卑主義者
 かつてレッド達の前に立ちふさがり、クリスに瀕死の重傷とトラウマを負わせた男

 ジークが厚着した男に手裏剣かと思うほどの速度で何かを投げつけた
 その男がたやすく受け止めると、それは白の腕輪だった

 「白の試練を突破し、『幹部候補』となった証だ」
 
 アウェイルは受け取ったそれを眺め、リサが続けて言った

 「見事な戦いっぷりだったわ。パートナーは赤いギャラドスで持ち物はたべのこし。
 先制のじしんで雷タイプのポケモンをはじめとする地上のポケモンを制し、広範囲に及ぶ灼熱のあまごいで一気に殲滅を狙った。
 惜しかったのはフィールドに障害物が多くて雨宿りされやすかったことね。熱湯に耐性のあるポケモンも少なくなかった。
 それでも、記録はガイクを越えた20分34秒。相当なものよ」

 「女に褒められても嬉しくない」

 アウェイルがざっくりと、そう言い切った
 それでもリサは不快感を顔にも出さず、微笑んだ

 「ジンとガイク。2人の記録保持者は、今は組織には在籍していないから実質あなたがトップとなるわ。
 これからの働きにも期待してるわ。
 早速なんだけど、幹部候補として十二使徒のなかでつきたい人の指名を・・・」

 「俺は誰の下にもつかない」

 リサの言葉をことごとく切り捨てるアウェイルの言葉に、部屋の空気に不穏なものが漂い始めた
 最初の内は勢揃いした幹部達に粋がって・強がって反抗的な態度を取るものも珍しくないが、それも実力の差や開きを感じればすぐにおさまる
 身の程を知らせる、という意味もあるので幹部達は平然と構えているものだ

 だが、アウェイルのようにここまで露骨だと・・・

 「特に、女っていう生物には虫唾が走る」

 「お〜い」

 ディックが楽しそうに、面倒臭いことを回避しようとして面倒臭そうに声をかける
 すると、アウェイルは手に持っていた白の腕輪を握りつぶした

 「・・・俺が欲しいのは白でも、赤でも青の腕輪でもない。
 黒さえもいらない。色のついた腕輪などいるものか」

 白の腕輪を握りつぶしたアウェイルに、ジークは淡々と訊いた

 「何を望む」

 「この組織の頂点。そして、組織からすべての女を排除する。
 ああ、女も!!!! 男も、俺の上に立つなッ!!!!!」

 アウェイルはとんでもないことを言った
 組織の最高権力が集うこの部屋で、宣戦布告したのだ
 
 「口を慎んだ方が、身の為だぞ」

 子のチトゥーラが細く貫くような声を出すが、アウェイルは止まらない

 「幹部・十二使徒!!! それは最初から決められた12人ッ!!!
 そうだ、俺はすべて知っている」

 アウェイルはこの一連の事を見ている幹部達に対し、軒並みに指差していく

 「降りて来い。女。女に与する者、すべてが俺の敵だ。
 この組織は俺があるべき世界にする為に使う。その為に根本から変えてやる」

 既に下にいるディックは完全に無視されている
 そもそも普段は上に立つ者というオーラがないから、眼中に無いのだろう

 使徒長のドダイが席を立とうとした
 それよりも早く、誰かがアウェイルの前に立った

 「誰に入れ知恵されたのかしら」

 「女に用は無い。この世から消えていろ」

 とたんと軽くステップをしながら着地し、午のメグミがその目の前にたった
 しかし、アウェイルは止まらないところまでぶち切れていた

 「・・・男も女も関係ないわ。愛よ。
 愛があれば、どんな世界だって生きていけるし・成立するのよ。
 そう、愛があればどんなカプだってバッチコイよ!!!」

 「女は消えろ」
 
 メグミのカプだのはともかく、アウェイルは既に戦闘体勢に入っている
 ボールの開閉装置を押し、なかにいるギャラドスを出した
 その体色は、今のアウェイルと同様に異常だった

 ・・・もはや、その色はペンキの赤や血などで形容出来るものではない
 赤よりも闇に近いだろうどす黒い憎悪の赤・・・
 
 「幹部候補への昇格時、お忙しいなか幹部共がぞろぞろと集まってくれる」

 グォオオォオオとギャラドスの咆哮と共に室内に暗雲が轟き始める
 今にも降り出しそうな、熱気に包み込まれた異常な環境

 身の程を知るどころか宣戦布告をしたアウェイルが組織の覇権を握る、絶好の機会・・・
 灼熱の暗雲は部屋にいる者を人質にしているようなものだ

 「・・・リサ様。よろしいですね?」

 「・・・・・・戦闘を許可するわ。少し、灸をすえてやって」
 
 直属の上司にあたるリサに、奇声しかあげない未のエースを無視して問いかけた
 そして、許可を与えられた
 つまり・もう手出しをしなくても良い、ということで他の幹部達もしばしの観戦モードに入った
 それもどこかのんびりとした、あくびをかみ殺している者もいる

 アウェイルを見て、メグミは肩をぷるぷると震わせ、堰を切ったように一気に喋りだした

 「お忙しいって言ってくれたわよね? ええ、そうよ。私は忙しいの!
 まだ原稿のペン入れ終わってないっていうのに、わざわざ時間を推して来てあげたのに・・・この態度と状況。
 頭にきてるんだからね! さっさと終わらせて、部屋に帰って続きをさせてもらうわよッ」

 「女が帰るところは棺桶しかない」

 話がほとんどかみ合っていない
 お互いがお互いを無視して、勝手に会話を進めている感じだ

 ギャラドスが吼えると、メグミは胸ポケットに入れたボールを取り出した
 決して、それは貧乳をごまかし・紛らわせるためにしているのではない・・・と周りに目で訴えかけている

 「あなたが一番嫌いな、腐った女こと『腐女子・メグミ』がお相手いたします」

 ボールから火炎が漏れ出し、メグミとアウェイルを包み込むようにして燃え上がった


 「あなたはどれだけ私を萌えさせてくれるかしら?」
 



 
 To be continued・・・
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