〜更なる高みへ/049〜




 「イヤな予感はしないがな」


 ・・・・・・

 
 向かい風、潮風が強い
 レッドは思わず片目をつむる

 「荒れてんなぁ」

 「天候が崩れるのかもな」

 「それは困るわね」

 5のしまを後にし、6のしまを先に行く
 それだけなのだが、どうも今の状況はよろしくない
 
 「・・・・・・雨は本当にこないんですか?」

 『うん。雨のにおいがしないからね』

 イエローでなくても疑問を抱ける空模様だが、ポケモンであるシショーの勘はそう告げているそうだ
 とりあえずもはや野生の勘ではないのだろうが、少なくとも人間のものよりは当たるだろう

 「海流も少し強いな」

 ブルーの重量級のカメックスが、少し不自然にぐらりと揺れた
 グリーンのゴルダックもうまく波に乗っているようで、必死に足元を押さえつけて波に遊ばれないようにしている

 常人にはなみのりすることかなわず、船に頼るしかない海域
 能力者や常人の域を超えている者ならば可能ではあるが、それでも大自然は脅威だ
 力で逆らうことは出来ても、思うように従わせることは到底不可能なのだ
 それが単純な『力』ではなく、大自然を知ろうとする知力や分析力であっても変わらない
 結局、どれだけ強い力を得ても1人の人間には変わりない
 油断せずとも、大自然の気まぐれと牙であっという間に呑み込まれる

 「海の底で異変でもあったんスかね?」

 「どうなんでしょう」

 「海の底っていうと、ルギアを思い出すなぁ」

 クリスがぽつりと言う
 確かにあれは海の神などと呼ばれることもあり、海底やそこにつながる島々を拠点に生息していた
 
 「伝説のポケモンね」
 
 「ウインディも確かでんせつポケモンだったけど・・・」

 「あれは種族値が実際の伝説ポケモンより低いらしい」

 『各地にその美しい姿や伝承が残っているから、でんせつポケモンになってるんだ』

 その話を聞きながらクリスがウィンぴょんを見て、わずかに微笑んだ

 くわえて伝説のポケモンより種族値が低いとはいっても、ウインディ他のポケモンと比べれば高い部類に入る
 その名に恥じないだけの実力があるのだ

 「伝説のポケモンが強いのは種族値が他より高いから、か」

 『そう。それと様々な、そのポケモンに宿る他を圧倒する能力があったりする』

 サンダーの無尽蔵ともいえるだけの、膨大な電力
 フリーザーの戦闘を好まぬ性質から現れる、自身への絶対氷壁
 エンテイの悪しき細胞を焼ききり、生命を育む特別な炎
 スイクンの追跡者を阻む、不可侵の空間・水晶壁

 などと・・・どれも敵にはまわしたくないものばかりだ
 更に伝説のポケモンが全力を出し切れば、そこに高密度のエネルギーが発生し、それだけで人間は耐え切れずに倒れてしまう
 大自然と同等
 それが伝説のポケモンと呼ばれるものの、種族値だ

 「これらが敵の手に渡った時のことを考えるとぞっとするな」

 「こっちはまだ1体も持ってないんスよね」

 「逃がしちゃったからね」

 何度思っても勿体無いが、してしまったことは致し方ない
 それも伝説のポケモン達が本来トレーナーに縛られるべきではない存在と、知っていたからの優しさだ
 
 「運があれば、また出会えるさ」

 「そうですよ〜。少なくとも、フリーザーだけはいい人についていったみたいですよ」

 運があれば、と言うが伝説のポケモンは一度会った人間の目の前には現れない
 現在、カントー地方の3体に出会えるのはゴールド、クリス、イエローの3人だ(データだけや実際の面識という認識が無い)
 ジョウト地方のスイクン達は何度でも出会えるのが不幸中の幸いだろう

 「ていうか、フリーザーがついていった『いい人』ってさ。イエロー」

 『「災厄」の能力者?』
 
 「はい」

 イエローがにこにこと微笑んでいるが、皆は呆れ顔だ
 何しろ、話したことがあるだけでまともに顔が見れなかったという出会い
 それに加えて、災厄というに恐ろしい・島の地形を変えてしまう『はかいこうせん』の破壊力
 
 「いい人、ねぇ・・・・・・」

 「笑えないッスよ」

 「まー、イエローがそう言うならいい人なんだろうさ」

 レッドがはにかみながら言い、皆を納得させるようにする
 何しろ、その人物に対する情報が少なすぎる
 男か女かもわからないのだ

 それでも、『治癒』と『災厄』は対になる能力
 いずれ、またレッド達の前に現れることだろう

 「レッド。前を見ろ」

 「へ?」

 グリーンに促され、前を見る
 

 何か大黒柱のように太いものが、荒れる海流に乗ってきた
 波の上を滑るように、レッド達に向かって突っ込んでくる
 
 「ハッサム、メタルクロー!!」

 その鈍重な身体に似合わぬ機敏さと俊敏さで、襲い来る何かに飛び移っては破壊していく
 鮮やかに砕いていくその様から、以前よりもはるかに強靭な力を兼ね備えているのがわかる
 
 「ブイ、サイコキネシス」

 レッド達も負けてはいられない
 エスパーの技で動きを止め、力技を以って応戦していく
 生物でもないそれらをすべて砕くのにはもうそんなに時間がかからない

 
 「・・・・・・で、結局これは何だったんだろ?」

 砕け、波間に沈んでいった破片
 
 「岩、だろうな」

 「水に浮く岩って・・・・・・」

 「形状もあったんじゃないですか」

 『いや、正確には水に浮かんでないんじゃないかな』

 おそらく、海底に沈みかけていた石柱が激しい海流に巻き込まれ・一時的に海面に出てきたのだ
 それなら、急にその姿が見えたのも不思議ではない
 あれらが岩と判断されたのも、メタルクローという鋼技で砕けたからだ
 それ以外の力技では、殆ど砕け切れなかったのだから余程の硬度といえる
  
 「自然的なものか、遺跡のような人工物か」

 「さては能力者の特能技か」

 どれも否定出来ない
 しかし、出来れば先に挙げた2つのどちらかであってほしいものだ
 石柱の太さはレッドが両手を伸ばして抱きかかえ、ようやく中指がつくかつかないかというもの
 長さは最大で10mはあったように思える
 こんなものを飛ばすトレーナー能力・特能技など、ミサイルを相手にするようなものではないだろうか

 「だいたい、こんな海のど真ん中で能力者が戦うわけが・・・・・・」

 あるとすれば、キリュウ・トウド博士関連だろうか
 組織から追われる、ポケモンの核心の一端に触れた・正論の研究者
 学会からも、能力者からも、人間からもどこか離れズレた存在

 「ま、そうと決まったわけじゃないけど」

 「逃げ切れたのかな」

 『ああいう知識が組織の手に渡ると、厄介そうだからね』

 かといって、素直に言うことを聞くタマでもないだろう
 アレが組織に居座り、正論で迷惑をかけている姿を想像すると実に笑える

 ―――あれ?

 ふ、と・・・だがレッドは微かに胸の内に不安を覚えた
 今までの会話で、何か忘れていることがあったような気がするのだ
 それはとてもいやな予感で、まだ誰も感じていないものに違いない

 思い出せないことが、こんなにも気持ち悪いことだなんて

 いつかでは駄目だ
 今、思い出す必要がある気がしてならない

 レッドはぎゅっと胸を押さえるが、何も浮かんでこない
 
 「・・・どうやら、能力者の仕業だったみたいですね」

 ハッとレッドが顔を上げると、皆が見ている・・・随分先に薄暗い雲が立ち込めていた
 石柱が流れてきた辺りなのだろうか
 ・・・いや、あの先に見えているのは暗雲ではない

 雷雲だ

 一目見てそう黒いわけでもない
 しかし、どこか静かで圧迫した何かを感じ取れる
 バチバチバチバチバチと、遠くから微かに何かが弾ける音もする
 あの反応は、間違いなく・・・・・・


 「博士の図鑑の通りなら、だが」

 「伝説の鳥ポケモン、サンダー!?」

 稲妻が走る音が激しくなり、空を裂くような閃光
 遠かった雲が雷にしたがうように伸びていき、こちら側まで迫り来る
 姿こそ見えないが、荒れ狂っているのは充分にわかる
 

 「既に誰かが、戦闘に入っているようだな」

 これは願ってもない好機だ
 噂をすれば影、というが・・・まさか本当に影も形もつかめなかった伝説のポケモンに出会えるなんて

 「交戦しているのはやっぱりあいつらか?」

 「ロケット団の可能性もある」

 「どのみち、横取りってことになりそうね」

 「野生ポケモンの捕獲は早い者勝ちッスよ」

 ゴールドの言葉にも一理ある
 ここはうまくことを進めて、漁夫の利といきたいところだ
 それが出来れば苦労はしない、と誰もがわかっているのだが

 『いや、ロケット団が相手なら能力者に勝てるわけがないし、組織のメンバーでも今のキミ達に勝てる能力者は早々いない。
 もっと自信を持っていけば、きっと大丈夫だ』

 シショーの力強い言葉だが、そんな敵が沢山出てきたことを忘れてはいないだろうか
 今のレッド達の実力は『幹部候補』と同等、まだ上には上がいる
 どれだけ自信過剰になったところで、『四大幹部』にはまだ足元にも及ばないだろう
 今まで、何度も遭遇し、そのたびに反芻させてきた思考だ
 
 『・・・四大幹部はこんなところには来ないよ。実働部隊としてはきっと幹部候補がせいぜいでしょ』

 「でも実物がいるとすれば、幹部以上の存在が出張ってくる可能性があるわ」

 「こりゃ本当に早い内に行った方がいいッスよ」

 グリーンが率先して雲の伸びる方角へ進んでいく
 皆はその後に続き、一直線に向かう

 「横取りなんて、ヒーローらしくないな」

 「漁夫の利よ。漁夫の利」

 それでも、横取りは悪役のすることだ
 ゴールドやクリスはルギアを仮面の男に先取りされたこともある

 「じゃ、正々堂々とサンダー捕獲を賭けて向こうと勝負すればいいじゃないですか」

 「あ、そりゃいいな」

 「向こうが了承してくれるわけないでしょーが」

 イエローとレッドが和気藹々、無邪気にそう話すがブルーがたしなめる
 それもそうだが、名案ではある
 「ダメもとで掛け合ってみるかー」なんて、レッドは嬉しそうにつぶやいている
 

 そして、レッド達は見ることとなる


 驚愕の
 光景を


 ・・・・・・


 「にゃぁ」

 猫の鳴き声ではない
 幹部候補がマストラルだ
 彼は小隊を率いて、伝説のポケモン探索の一員として駆り出されていた

 『1体でも見つかるまで、帰ってくるな』

 物資補給は部下にやらせ、探索に専念しろと言う鬼のような任務だった
 今までの不真面目さのツケのせいか、地味に辞めろ・左遷と言われ続けているようなものだった
 それでも、彼はへこたれなかった
 幸い、探索する場所の殆どが広い海だった
 青い空、輝く海、白い砂浜・・・・・・
 脳裏に焼きついている水着姿の女の子での妄想の背景には困らなかった
 その合成妄想に気づいた彼は、ため息に続いての素晴らしい退屈しのぎになった
 なかでも、組織に逆らうレッド一行の女の子はマストラルには大ヒットをもたらした
 実物には会ったことがないぶん、妄想が広がる
 素肌も胸の膨らみも見たことがないから、写真に写っている限りで妄想するしかない
 実はこんなところにホクロがあるんじゃないか、こういう水着が似合うというだらけきった妄想天国に1人で酔いしれた
 部下達はあきれ、しかし立場というものを考えてくれたのか組織への報告はしなかった
 しばらくの間だけ、だ
 一時の甘い判断が、マストラルを更に堕落させた
 女の子大好きな彼がいきなりむさい男の小隊のリーダーに任命され、強制的に女の子断ちさせられたのだ
 禁断症状が出始めた
 妄想の世界から帰ってくる時間が短くなっていった
 もはやヤバい、と判断した部下達が組織へ急ぎの報告をしようとした
 
 そこにサンダーが現れた
 図鑑のデータにはない唐突な遭遇に驚いた
 部下達は応戦しようとしたが、わけもわからぬほどにサンダーは荒れ狂っていた
 対応し切れなかった
 同じ捜索部隊に増援を呼んだものの、多人数であっても・伝説のポケモンに攻め続けられるという限界が押し迫ってきた

 その頃になって、ようやくマストラルの目が覚めてくれた
 伝説のポケモンが現れた=捕まえれば現実の女の子達にまた会えるようになる、という至って合理的な考え方のもとにだ
 腐っても幹部候補、その実力は若くして・まごうことなき本物だ
 サンダーを徐々に、部下達をうまくまとめあげて・連携で押していく

 ボールを投げても、捕まえられる気配は一向に無かった
 何度投げても、結果は失敗
 それだけの体力があることも事実だが、以前計測されたLvよりも上昇しているのだ
 レベルは上がれば上がるほど、次のレベルアップへの道のりが遠くなっていく
 伝説のポケモンならば、通常のポケモンよりそれが顕著だ
 だから、大幅なレベルアップはないと見られ、マストラル以下程度の部隊で大丈夫だと判断された

 誤算だった
 ここまで強くなっているとは、思わなかった
 サンダーのただの飛行によるバチバチッという放電が『かみなり』レベルの破壊力を持っている
 野生のポケモンを狩っていても、ここまでなるには時間がかかるだろう
 そうだ
 伝説のサンダーともなれば、それよりもレベルの低いポケモンは逃げていく
 サンダーよりもレベルの高い野生ポケモンは早々いるものでもなく、レベル上げには相当困難な道のりのはずだ
 ブルーたちが逃がしたその日から逆算しても、果たして間に合うかどうか

 「にゃあ」

 マストラルは果敢に立ち向かっていく
 捕獲出来ない理由など、運でしかない
 ボールマーカーが付いていないのだから、誰にでもチャンスがあるのだ
  
 そう、思っていたのだ


 ・・・・・・


 「目標No.3:サンダーを発見」

 「能力者の存在を視認」

 「特殊捕獲部隊出撃します」
 
 距離的にはレッド達とほぼ同じ海域に現れた黒い団装束
 胸元に大きくプリントされたRの文字

 「この場を制するのは我らだ」

 「先の戦に備え、我らは今再び伝説のポケモンを手中におさめる」

 「伝説のポケモンは能力者に打ち勝つ布石がひとつ。決して今から後れを取るな」





 To be continued・・・
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