〜更なる高みへ/055〜
「ニョロが空けたコンクリの穴から脱出・・・」
・・・・・・
何が、いったいどうなったというのだろう
レッド達が気づいた時には何もかも終わっていたのだ
いつの間にか夕日が差し込み、長い夕方が始まっている
「・・・あれ?」
「気がついたんですか」
レッドが目を覚ました時、目の前にはイエローがいた
夕日がその顔を照らし、いつもより明るい表情にも見えた
それでもどこか憂げなものを感じ取ってしまうのは、心配しすぎだろうか
「何があったんだ?」
レッドの周りにはまだ目を覚ましていない皆、それか寝ることで体力回復に努めているようだ
さっとその目で見回してみても、R団の倉庫が見えない
あるのは四角く縁取るような燃えカスのような黒い何か、そのなかにすっぽり収まるように設置された機械や檻
そう、まさに壁と天井だけが失くなっているのだ
「それは・・・」
イエローが語る真実
・・・・・・
「行っちまいましたね」
「はい」
見張り役として残されたイエローとゴールドは不満ありげな顔だった
理由には納得しているが、戦力外通告されたようなのでイヤなのだろう
人選的にそう感じ取れなくもない、と考えられてしまう自分達にもため息が出る
逆に2人という少数に任せる、ということで実力を評価していると思ってもいい
しかし、いまいちこれまでの戦歴などがパッとしないのだった
「とりあえず、何もないか確認しましょう」
「ぐるっと回って見てきます」
ゴールドがさっさと行ってしまおうとするのをイエローが寸でのところでとめた
万が一の時を考えれば単独行動はやっぱりまずい、と判断したようだ
「大丈夫ッスよ」
ボボボンッとゴールドがボールから相棒達をすべて出した
「俺にはこいつらがいますから」
にかっと笑いながらそう言う
その相棒達のたくましくも愛嬌のある顔つきはトレーナーに似たのだろう
並大抵のトレーナーなどでは相手になるまい
「でも駄目です」
きっぱりと言うイエローにちぇーと言いつつ、ゴールドは従う
コンビを組むのだから、協調性を大事に取ったようだ
・・・
「で・・・R団員がいないッスよ」
「レッドさん達が無事になかに入れたならいいんですけど、ちょっと変ですね」
見回ってみても、辺りに不審な人影はない
いやむしろこうして嗅ぎ回っているイエロー達の方が不審者に見える
「倉庫って割とでかいんスよね。何が入ってるんでしょ」
「それも含めてレッドさん達がなんとか調べてきてくれますよ」
よいしょっ、とイエローが地べたに座った
いい天気なので寝転がって、能力の反動関係無しに昼寝したいくらいなのだ
ゴールドも立った状態からあぐらになって、どすんと音を立てて座った
「・・・実際、あの倉庫には何があると思います?」
「でかでかとRの文字が扉に入ってますから、R団に関係のあるものだと思いますけど」
「つーことは、あのブラッキーはR団のポケモンってことになる」
100人以上乗れそうな大きな倉庫を世間の目から隠す気はないらしい
その代わり見た者を生きては帰さないレベルのセキュリティがあるのかと思えば、レッド達はすんなりと扉から入らせてくれた
もしかしたらなかへ誘い込んでからということなのかもしれないが、今度は物音はしない
「違うんですかね」
「さー。あるとすりゃ、今この状況を作った人間のポケモン・・・とか」
ゴールドが携帯食料、チョコスティックを半分に折ってイエローに渡した
その言い回しから、ゴールドは何かを感じ取っているのだろうか
「・・・・・・」
すぅっと視線を上にあげて見る
ずんと静かに圧し掛かるプレッシャー
ゴールドとイエローの立ち位置の正面、倉庫の向こう側に立っている・・・
「あいつは・・・!」
「っ!」
敵だ
最強の敵
四大幹部・ディックがそこにいた
その足元にはブラッキー、肩の上辺りを飛ぶのはエアームドだ
間違いなくレッド達が追いかけてきたポケモン
何故気づけなかったのだろう
エアームドはともかくブラッキーは彼が持っているポケモンの1体だというのは全員が知っていた
しかし、そうやって結びつけて考えることが出来なかった
ブラッキー使いは他にもいるから、具体的な思案は放ってしまったのだ
「ゴールドさん!」
「な・・・」
ディックの後ろにそびえ立つポケモン
その雄雄しき勇姿、漲る力を彷彿させる眼力
かつてジョウト地方を駆け巡った火山の化身
エ ン テ イ !!
伝説のポケモンが、サンダー同様、組織・ディックの手に渡っていた・・・
事実、現実
決してまやかしではない真実
衣擦れの音も無く、その肩その腕その手その指を動かす
その先にあるのは、レッド達が入っていったR団の倉庫
示し合わせてあったのか、とめる間もなかった
エンテイが火を噴き出した
ゴゥと一瞬で倉庫が燃え上がった
急な展開にゴールドとイエローがあんぐりと口を開けている
しかし、身体はぐんと引っ張られるように前へと飛び出した
「ニョたろうっ」
「オムすけ!」
手持ちの水タイプを出し、消火作業に入ろうとする
「蝕む炎」
ここにきて一言もしゃべらなかったディックが、口を開いた
「エンテイは特殊な炎を持つ。
ひとつ、命をはぐくむがごとく生命エネルギーを対象に与える炎。
ひとつ、命ではなく、それに反するものを焼却する攻撃的な炎」
前者はうずまき島でゴールドとシルバーを救ったもの
後者は仮面の男の氷を再生させなかったものの外、使い方によっては病巣などを焼ききることが出来る
「なにしやがんだてめぇぇえぇぇぇえっ!」
ゴールドがニョたろうに炎を任せ、ディックに殴りかかる
しかしそのこぶしは空を切った
ディックが軽くそれを避けてしまったからだ
「あの炎を消す方法は簡単だ。ただ強い水タイプの攻撃を当てればいい」
淡々とディックは話している
すたんと飛ぶエアームドの上に立ち、ゴールドを見下す
見上げる形で・はねた前髪が影がかかっているからか、まるでそれがツノのように見えた
「もし実力が足らず、炎を消せないようでもいい。
この先のシナリオで本当に必要な人間だから、どんな形であれ、その運命が生かすだろう」
「シナリオだか運命だか知らねーが、降りて来い!」
「それらが生かさないようなら、それでもいい。ちょっと試したんだ」
ぺいっとディックが蒼い鉱石を下へと投げ捨てた
尾行に気づかず、大勢いいたのに最下層へ行くのを止められなかったこと
隙を狙われ・どろぼうされる油断、対処を身につけていないこと
これを取り返すための鬼ごっこでは『その身体を張ってでも取り返す』、という気迫も見せず追いかけるだけに甘んじたこと
エアームドをよく見ていれば離しすぎないように速度を緩める瞬間があり、そこに食らいつけばここまでくる必要は無かったはずだった
仕舞いには島に上陸したら一時的にでも姿を見失い、教わるはめとなった
「期待はずれだ。これじゃまだあの人の思うところまでいけない」
ディックは本当に物悲しそうな顔を見せる
その表情はまるでクリスマスプレゼントを貰えなかった子供のようだ
投げ捨てられたそれをゴールドが物に当たるように、乱暴にキャッチした
「間違いなくサファイアだ。これで世界がつながるよ」
「なに知った口利きやがる」
ゴールドがにらみつけるが、逆にディックの眼に圧されてしまいそうになる
あの物悲しそうな表情をからずいぶんな変わりようだ
それ以前にこの男の性格ががらりと変わっているようにも見える
「世界がつながり、預けていたポケモンの転送が可能になる。
いくらなんでも・・・これで少しは強くなれるでしょ」
ディックの表情が消え・・・いや影がかかって見えなくなった
「頼むから、せめて最低限の強さだけは身につけてほしいんだ」
「ざけんな!」
ゴールドがキューを構え、ボールに入ったポケモンを上空へ射ち出そうとした
そこにイエローが叫んだのだ
「ゴールドさん、倉庫の火がっ」
それに気を取られている内に、ディックの姿は忽然と消えていた
残されたのはサファイアとエンテイの炎だけだ
「くっそ」
まただ
まだ四大幹部の手のひらにいる
クリスの時もそうだった
シナリオの駒として、人の命で遊んでいる
まさにゲーム感覚で
「・・・許さねーぞ」
ぼそっとつぶやいてから、ゴールドはイエローの元に走った
炎の勢いが激しく、なかの様子がまったくわからない
「オムすけのハイドロポンプでも消えないなんて」
「さすが伝説のポケモンの炎だけありますよ!」
ゴールドが勢いづけて炎の壁の前に立つ
オムすけとニョたろうと合わせた攻撃も殆ど効果が無い
むしろその勢いがどんどん増しているようにも見える
「やっべー、水が足りねーや」
「ですね」
ゴールドは更にマンたろうを出し、大量に付いたテッポウオの水流を加勢させる
イエローはいないよりマシかとゴロすけでどろをかけ、消火に勤しむ
それを見てゴールドもダグたろうを出し、同じようにどろをかける
それでもまだ駄目だった
「なかはどうなってんだ?」
まだなかまで焼けているとは思えない
ダグたろうに地面掘らせて脱出させようとも考えたが、この倉庫の造りが頑丈で床板を破壊出来なかった
それに下手に攻撃を加え、倉庫を倒壊させればなかにいるレッド達が危険なのだ
だからこそ、状況が知りたい
状況を把握出来れば、打開策も見えてくる
ぎゅっとゴールドはポケギアを握り締め、連絡しようとしたところでニョたろうが消えない炎の壁にひるんだ
「もっと勢い出せー!」
ポケギアを握り締めたまま、必死で飲み込まれそうな勢いに抵抗する
打開策があっても水流が足りなければ意味が無い
ゴールドは焦りつつ、炎の壁に挑む
「・・・ほかに水とか炎に強い技おぼえてるポケモンいねーのかよ」
がちゃがちゃとポケモン図鑑をいじり、手持ちのポケモンを検索する
その範囲はイエローに偶然及び、ゴールドは驚愕と歓声をあげた
「ちょ、イエローさん、手持ち手持ち!」
「え? え?」
いきなり言われ・思わずイエローがボールからすべてのポケモンを出し、うろうろしてしまう
ゴールドはじれったそうに、叫んだ
「そのひきこもり! そいつ、ハイドロポンプおぼえてますって!」
「えええ!」
ひきこもりと言われてしまったコモルーがイエローのことを見上げた
ハイドロポンプは水タイプの技でも最強の威力を誇る
突破口が見えた気がした
「ルーすけ、ハイドロポンプ!」
ドンと放たれる水流はいいが、やはり効果は殆ど無い
イエローとルーすけが頑張りを見せているところで、ゴールドのポケギアに通信が入った
着信、発信先はグリーンからだ
連絡・指示に従い動くゴールドとイエロー
その電波状況は思いのほか、いや当たり前のように悪く伝えたいことを伝え切れなかった
そう、「この炎の壁はディックの操るエンテイのものだ」などと、伝えれば別の状況打破もありえたかもしれない
ともかく、内と外からの同時水流攻撃
これならばエンテイの炎も破れる、とイエローとゴールドは信じていた
ありったけの力を振り絞って、すべてをぶつけにいったのだ
それでも、なお立ちふさがる炎の壁
打ち破ることが出来なかった
イエローは思わず膝をつき、ゴールドは自棄になって炎の壁に突っ込みそうなほどだった
ひゅるりと頬をなでる冷たい風
炎の壁の熱気で汗が出るほどなのに、どこから吹くのか
ゴールド、イエローはその風吹く方を見る
ほぼ2人の真後ろ、炎の壁を背にした向き
そこに何かの希望を感じ取ったのだろうか
美しく透き通るような青い翼
流れる水のような尾羽
フリーザーがそこにいた
ふわりと地面に置いてある銀色の岩に降り立つその姿は美しかった
冷気をその両翼に溜め込み、それを大きく広げ、羽ばたきを見せる
まばゆいひかりがあたりをてらす
思わずイエローとゴールドは目をつむってしまった
そうでなくても何が起きたのか理解出来なかったかもしれない
ただ心なしか気温が下がった気がした
それからわずかな振動
倉庫の崩壊
「・・・イエローさん」
「なんでしょう・・・」
2人は呆然としている
崩壊した倉庫のなかから倉庫の形をした氷の塊が現れる
エンテイの残り火でそれが徐々に溶け、最後にひび割れ自壊した
「あ・・・あぁ」
自壊ではない
なかにいるレッド達やそのポケモンが、その生命力を搾り出して氷から脱出したのだ
体表面に薄く氷が残ったまま、ぐらりとレッド達が地面に倒れこむ
慌ててイエローとゴールドが駆け寄るが間に合わず、すぐ傍に行くまでしか出来なかった
その足元や周囲の機器にはまだ氷が張っていて、見覚えのある檻型のモンスターボールの開閉スイッチは完全に壊れている
倒れているレッド達を凍っていない地面に寝かせようと、ポケモンと一緒に引っ張り出す
身体が冷え切っているから、バクたろうの炎がありがたかった
「しっかし何がどうなってんだ? フリーザーの仕業なんスか。そもそもあのフリーザーって」
「はい」
イエローがまだその場に残るフリーザーのことを見つめる
持ち主も傍にいるはずだった
「・・・・・・」
ざりと微かな足音がした
「!」
「・・・お久しぶりです」
目の前にいる人物
フリーザーがはばたき、その者の腕にとまった
「(これが・・・災厄!?)」
ゴールドは焦った
優しそうとか何とか、イエローから聞いていたのと印象が違う
息が詰まるほど空気が濃くなったような、ディックとは違うプレッシャーを感じる
それとも治癒と災厄の間に何かある為に、イエローはこれすら何も感じないのか
「・・・・・・」
災厄は無言だ
ゴールド達には前髪がかかっていて目元も良く見えない
もっと近づけばいいのだろうが、妙に尻込みしてしまう
その所為でわかることといえば、ただ背の高さから男だろうと思えるくらいだ
「!」
フリーザーがとまっていた銀色の岩が動いた
不自然なものだと思っていたが、まさかそれが・・・・・・ハガネールの一部だったとはわからなかった
音も揺れも無く地中からその巨体を這いずり出すのは不気味で仕方ない
普通は多少の振動などが起きてもおかしくないのだ
「え? あ、あの」
何をしたら、どうなるのか
どうやって、レッド達を助けたのか
どうして助けてくれたのか
また会えるのか
聞きたいことはたくさんあった
出来れば、一晩かけて語り合ってみたいと思った
それでも向こうはそうは思わないのか、歩き出していってしまう
「・・・・・・俺の力の本質は差異」
一人称は俺、低い声だ
しかし、それらだけではまだ男女の区別はつかない
いい加減、じれったい・・・
本当に色々と話してみたい
「結果的にすべてを助けられたのは、お前がこの場にいたからだ」
「?」
話しかけられているのはゴールドではなく、イエローのようだ
ゴールドは警戒し、災厄の一挙一動を見張る
「平に、等しく、治し、癒す」
「!」
イエローがなんとなくぺたぺたと自らの胸元を触るがそういうことではない
ゴールドは思わず違うでしょ、と突っ込んだ
そういうボケは、今は求めていない
「災厄はいずれ災禍となる」
「??」
わからないことばかりつぶやかれ、イエローはそれらについて聞こうと口を開いた
一番聞いてみたいこともまだなのだ
「・・・・・・」
フリーザーが再びまばゆい光を発し、辺りを包んだ
攻撃の前触れかとゴールドは身を構えたが、逆だった
もう災厄の姿は無かった
「行っち・・・まったんスか?」
「そうみたいです・・・」
貸しばかりつくっているようで、他の意味でも寂しかった
とりあえずよくわからない、の一言に尽きた時間だった・・・
・・・・・・
「・・・ということもあったんです」
「そっか。そんなことが・・・」
あの炎の壁を自力で破れなかったのは悔しいが、命あってのものだねとも言える
それにしても災厄は何をして、どうやったのだろうか
「でも、それだけじゃねーんです」
ぬっとゴールドが身体ごと割り込むように、話に入ってきた
それだけではない、というのはどういうことか
ゴールドがイエローと目配せし、そして話し始めた
・・・・・・
「ま、行っちまったもんはしょうがねーッス。はぇーとこレッドさん達をあっためましょう」
「はい」
自力で氷から脱出出来たとはいえ、まだ身体が冷えている
他人のポケモンを借りることは出来ないので、ゴールドのバクたろうが火を起こした
その傍に寄せ、お湯をわかしてタオルをひたし、それで手足を温める
特にレッドは四天王カンナの攻撃を受けたこともあるので、深刻だ
手足にまたしびれが出てしまったら大変だが、大丈夫だろうか
「やってみるしか・・・」
イエローが手をかざし、能力を発動させる
少しでも体力、気力の回復になればと思ってのことだが多用は出来ない
加減しなければもう1人倒れる人間の追加だ
「・・・・・・ん?」
イエローの処置を見ながら新たに湯を沸かしていたゴールドが、何かに気づいた
焼け跡、いやガレキの山から何かが動いたのだ
よろよろと動く姿はポケモンではなく、人影・・・・・・それも複数人以上いる
「!」
見覚えのある団服
雇われエリートトレーナー、R団員達だ
あのエンテイの炎の壁やフリーザーの氷漬けに巻き込まれていたようだ
それでもかろうじて無事なようで、手持ちポケモンに肩をつかまってもらっている
「だいじょぶな・・・わけねーよな」
「はい」
イエローも気づいたようだ
敵をこちらに招くか、それともやり過ごすか
選択する前に向こうがこちらに気づいた
「・・・気遣いは無用だ」
「拾った命よ、りもこの無・・・様なプライドの方が大事なんでな」
他のR団員達も同意見のようだ
ゴールドがほっときましょう、と言うがイエローは気にしている
その様子を見て、嘲笑するようにエリートトレーナーが表情をゆがめた
「次は無いかもしれんがな・・・」
エリートトレーナーがぽつりと一言だけそう漏らし、次々にそらをとんでいく
伝説級の炎・氷のダメージを受けて間もないのに無茶なことをするものだ
そして、最後のつぶやき・・・・・・任務失敗などからの除外ということか理由はわからない
イエローとゴールドの胸の内にイヤなものを残していった
「っのヤロ、サイアクじゃねーか」
「・・・今はレッドさん達の回復に集中しましょう」
気丈に、イエローが頭をぷるぷると振って言う
ゴールドもそれに従い、ガレキのなかから何か役立てるものを探そうと立ち上がる
訪問者は再び現れた
To be continued・・・
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